とある世界の残酷歌劇 > 幕前 > 06


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

その日は朝から妙な空気が漂っていた。
人の口というものには戸が立てられぬもので、こういう閉鎖されたコミュニティでは噂は爆発的に広がる。
元より娯楽の少ない場だ。例えそれがゴシップの類でいけない事と分かってながらも口にせずにはいられない。

件の噂話が彼女、婚后光子の耳に届いたのはその蔓延速度から見れば比較的遅い時期だった。
下手なプライドが邪魔をしているという自覚はあれど彼女は基本的に他人に対し居丈高な態度を取ってしまう。
認めたくない事実ではあるが婚后にとって友人と呼べる者は少ない。

そんな事もあって、婚后がそれを知ったのは午前の授業が終わった後、昼休みの事だ。

「白井さんがいなくなった?」

常盤台中学の構内に幾つかある小洒落たカフェテリア、学食も兼ねるそこで昼食のオープンサンドを抓んでいた婚后は眉を顰めた。
相手は一つ下、一年生の二人組。水泳部に所属する湾内絹保と泡浮万彬。前述の婚后の数少ない友人だった。

ほんの数分前、窓際の日当たりのいい席を陣取っていた婚后の横に揃いのランチプレートを手に現れた。
二人はどこか深刻そうな面持ちで昼食を一緒してもいいかと尋ね、婚后はそれに対し彼女には珍しく快く椅子を勧めた。

それから数分間、普段通りならば談笑でもしている場面だったが何故か二人は無言で黙々とフォークを動かし続けていた。
重苦しい雰囲気に痺れを切らした婚后がその訳を二人に尋ね、そして返ってきた言葉は、白井黒子の失踪という事件だった。

「はい。一年生の間ではかなり噂になってます。昨晩、消灯時間には寮にいたのに今朝の点呼の時には既に姿がなかったと」

ふわふわと柔らかそうな栗色の髪をした方、湾内は心なしか声を潜めてそう言った。

彼女の言う事が正しければ最早その行為に意味はないだろう。
常盤台の学生寮は複数あるが学年では区別されていない。同じ寮の中に一年生から三年生が暮らしている。
そして寮生全員の集まる朝の点呼に姿がなければその事実は寮生全員の知るところとなる。

婚后の耳に届かなかったのは彼女の人付き合いの悪さも一因としてあるが、学年が違うから話題性に欠けるという面があったからだろう。
クラスにも白井と同じ寮で暮らす生徒が何人もいる。彼女たちがそれを知らないはずがないのだ。



「白井さんが、ねえ……空間移動能力者の姿が見えないからといっても別段可笑しくはないと思うのですけれど」

それに元からあの性格ですし、と婚后は付け加える。風紀委員きっての問題児は学内でも有名だった。
共通の友人……と呼んでもいいだろう。元から遠慮する気などさらさらないが、この二人が相手なら辛辣な事を言っても構わない。

「また面倒なトラブルを起こしてなければいいのですけれど。いつかのようにわたくしが出るような事になっては迷惑ですし。
 ……とまあ? たまにはそういう事でもないとわたくしの真の実力を披露する場がないのですけれど?」

歯に衣着せぬ物言いに一年生の二人は困ったような顔を見合わせる。

「……それが」

クラッシュアイスの見た目は綺麗だが今の時期暖かい飲み物の方がよかったか、などと思いながら婚后はストローに口を付ける。
そんな彼女に今度は泡浮がおずおずと切り出した。

「実は……昨晩から御坂様も寮にお戻りになられていないようで……」

「……何ですって?」

彼女の口から出てきた名前に婚后は眉を顰めた。

御坂美琴。常盤台の擁する二人の超能力者の片割れ。『超電磁砲』。
彼女もまた白井と同じく、お世辞にも品行方正とは言い難い。何かとメディアへの露出も多いにも関わらず。
常盤台の看板を背負っているのだからもう少し大人しくしていればいいのに、もう片方とは豪い違いですわね、と常々思ってはいるが。

御坂美琴と白井黒子。
二人の関係を一言で表すには婚后の語彙は余りに貧弱だったがその仲を知らぬ訳ではない。
故にこの二人が揃って行方を眩ますのはある意味では自然な流れだと言えよう。
だが同時に、だからこそ何か裏があると確信する。

婚后とて伊達や酔狂で大能力者を名乗っている訳ではない。
下手な性格が邪魔をしているがその実力は本物で、それは即ち相応の頭脳を持ち合わせているという事に他ならない。
もっとも、彼女でなくともいなくなった二人を少しでも知る者であればその発想に至る程度など造作もない事なのだろうが。



「ああ、やっぱりご存知なかったんですのね」

「ちょっと? 今のはどちらが言いました。やっぱりってどういう事です」

思考に気を取られていた婚后が睨み付けると二人は揃って苦笑を返した。

「その……婚后様はこの手の話題はお好きではなさそうなので」

湾内はそう本気で言っているのか、それとも。
婚后には判断が付かず、曖昧な笑みを返すしかなかった。

婚后は御坂とは同学年だ。
クラスは違うにしろその行方が知れないともなれば少なからず噂になっているはずだ。
そもそも学年の違う二人が知っているのに婚后の耳に届かないという道理はない。

実際彼女のクラスメイト達は何やらこそこそと噂話に興じていたのは知っている。
ただ、その輪の中に入れなかったというだけで――。

「婚后様もご存知ないのですか……心配ですわ」

はあ……と二人は揃って溜め息を吐く。

「一体どうなされたんでしょうか。何か危険な事に巻き込まれていなければ好いのですけれど……」

「そう……ですわね」

少し躊躇いながらも同意する。
あの二人もまた婚后の数少ない友人だ――少なくとも婚后自身はそう思っている。
心配でないはずがない。婚后の知る限りでも何度も危険な目に遭っている。
今回もまたいつかのように、命すらも危うい状況にならないとも限らない。

もしそうなのだとしたら……伊達や見栄は抜きにして純粋に力になりたいと思う。

ただ、二人にそう面と向かって言えるかといえばまた別の話なのだが。



「ねえねえ。ここ空いてる?」

突然横合いから掛けられた声に三人は揃ってそちらに振り返った。

「相席、いいかしら」

そこには小柄な少女が三人に柔らかく微笑んでいた。
緩いウェーブの描く長い金髪の、この街では比較的珍しい外国人の少女だ。
手にはトレーを抱えている。彼女も昼食だろう。そろそろ混雑してくる時間帯だ。

「ええどう……ぞ……」

泡浮が快く了承するよりも早く、返事を待たずに彼女はトレーをテーブルの上に置いて席に着く。
人に尋ねておきながら、と一瞬眉を顰めるが――。

「うっ――」

漂ってきた臭いに閉口した。

彼女の置いたトレーの上にはこのカフェテリアには似合いもしない――鯖味噌定食。
焼けた味噌の香ばしい匂いが周囲の空気を塗り替えた。

「いっただっきまーす」

そんな周りの事には委細構わず金髪の少女は行儀よく手を合わせ、それから猛烈な勢いで食べ始めた。
だというのに彼女は器用に箸を操り鯖の切り身を解してゆく。

「んぐ……あ。結局、私の事は気にしないで?」

そう彼女は言うのだが他の三人は揃って乾いた笑いを浮かべるしかなかった。



「あー、やっぱり権力ってのは行使するためにあるもんだわ。
 前にメニューに入れるように頼んでおいたのはいいけど、結局一回も食べてなかったのが勿体無かったって訳よ」

金髪の少女は何やらご満悦の様子で鯖をつつく。

「――それでさ。結局、何か面白そうな事話してたみたいだけど私にも教えてくれない?」

箸を止めず、視線も向けぬまま彼女はそんな事を言った。

「……」

だが答えるものはない。
沈黙が場を支配し、彼女の箸が食器に触れる小さな音だけが妙に煩く聞こえた。

その静寂を最初に破ったのは婚后だった。

「……ところであなた」

「んー? なーにー?」

「以前何処かでお会いしましたかしら」

……婚后の言葉に少女の箸が一瞬止まる。

けれど一瞬の無言の後。
彼女は不貞腐れたような顔を婚后に向けた。

「何それー。結局、私の事忘れちゃった訳?」

「え……?」

「それはちょっと酷いんじゃない? 私たち――」







「――ともだちでしょ?」







「――――」
    、 、 、 、 、
――思い出した。

「え、ええ……そうでした。わたくしとした事がつい」

ついうっかり、忘れていた。
この金髪の外国人の少女は自分の友人だった、と婚后は回想する。
学内でも珍しい外国人だ。こんなにも目立つ容姿なのにどうして今まで忘れていたのか不思議だ。

「それでー? アイツがどうしたって?」

「アイツ?」

「れーるがん。あと腰巾着」

ずずず、と音を立て味噌汁を飲む彼女は妙にシュールだ。
    、 、 、 、
なまじいかにもな外見の彼女がこうして純和食に舌鼓を打っている様子は中々に滑稽だ。
それこそ銀幕の中でフレンチでも食べていた方が似合いだろうに。……もっとも、そういうところも好感が持てるのだが。

「結局、もう噂になってんの?」

「ええ。学校中その話題で持ちきりで」

「ふーん」

自分で聞いておきながら彼女はあまり興味無さそうに、どこか空返事を返し味噌汁を飲み干した。

「――じゃあ結局、よかったって事かな」

「え……?」

「あ、こっちの話」



彼女は空になった椀を重ね、ぱん、と音を立て手を合わせる。

「ごちそーさまでした」

「……食べるの早いですわね」

「結局、アンタ達が遅いだけなんじゃない? 早く食べた方がいいわよー」

トレーを抱えて彼女は立ち上がる。
それを合図とするかのように――微かな音が聞こえた。

各所に設置されている校内放送用スピーカーのスイッチが一斉に入り、無音のノイズを放ち始めた。
それから傾注を促す軽快な四音に続き、聞き覚えのある放送委員の声が響いた。



   『 生徒の皆さん こんにちは 常盤台中学 生徒会からの お知らせです

     昼休みの後 午後 一時 四十 五分より 臨時の 生徒総会を 開きます

     生徒の皆さんは 第一講堂に お集まり下さい

     また それに伴い 本日午後の授業は 中止となります

     繰り返します 午後 一時 四十 五分より ―― 』



「……だってさ?」

肩を竦める金髪の少女。

また妙なタイミングだと婚后は眉を顰める。
恐らく御坂に関する事だろう。彼女がどういう理由でいなくなったにせよ超能力者である事には変わりない。
このままではスキャンダルにもなりかねない。常盤台中学というブランドを維持するにはそれなりの対処が必要だろう。
だからこれはその事に関するもの。生徒の自治権など有って無いようなものだが生徒会が動く理由としては十分だ。



「生徒会が……」

「やっぱりお二人の事でしょうか……」

一年生の二人も不安げに小さく呟く。
だが彼女、金髪の少女はそんな他の様子を面白そうに眺めているのだった。

「ほーらー。結局、アンタ達も早く食べないと遅刻するわよー」

「あ、ちょっと……!」

けらけらと笑いながらその場を去ろうとする彼女。
その背中を呼び止め――。

(あれ……?)

婚后は違和感を覚える。

何かがおかしい気がする。
上手く表現できないが、まるで世界が騙し絵になったようで、妙な具合に捩れているような。
そしてその捩れが何なのか分からない。何かがおかしいという事は分かっているのにどこが間違っているのかが分からない。
どうにも全てがちぐはぐで噛み合っていないような。

「何?」

「ええと……」

立ち止まり振り向いた彼女に何かと問われ、答えられずに婚后は視線を宙に泳がせた。

一体自分は彼女に何を尋ねようとしたのだろう。
そう暫く考えて――偶然にも婚后は最も正解に近い答えを導き出す。

「その……あなたのお名前、何でしたかしら」



「私の、名前?」

彼女は一瞬怪訝な顔をする。

「結局、前に言わなかったっけ」

そして彼女は少し考えるような素振りをして。
何か悪戯めいたものを思いついた子供のような顔で笑った。

「鈴科百合子、よ」

……そういえばそんな名前だった気がする。
金髪碧眼の明らかに日本人ではない風貌なのにそんな純和風の名前が妙にちぐはぐで。



そんな余りに特徴的な外見と名前をそう簡単に忘れたりするはずがないのに――。



「……あら?」

気付けば彼女はいなくなっていた。

「婚后様。早く食べませんと総会に遅れますわよ」

「え、ええ。そうですわね……」

小首を傾げつつも婚后は食事を再開する。
御坂と白井の事は気掛かりだったが生徒総会に遅れる訳にはいかない。

ともあれ、生徒総会に出れば何か分かるだろう。その後の事はそれから考えればいい。
けれど頭では分かっていても感情の面ではそうはいかない。数少ない友人だ。二人の行方が何よりも気掛かりだった。

悶々と頭を悩ませていれば金髪の少女の事はいつの間にか忘れてしまっていた。



――――――――――――――――――――








常盤台中学第一講堂。

敷地内に幾つかある大講堂の一つ、唯一全生徒を収容できるその大広間にはそのほぼ全員が集まっていた。
主な用途は入学式や卒業式だがそれ以外にも度々利用されるそこは生徒達にとっても印象深い。
緩い傾斜を持つ席の群れと高い天井はコンサートホールを兼ねる事を示している。

そんな場に行儀よく、学年、クラスごとに分かれて座っている生徒達の顔は皆どこか不安げだった。
臨時の生徒総会など前代未聞だ。少なくともこの場にいる三学年の学生らは経験した事がない。

常盤台中学の運営のほぼ全ては理事会が握っている。生徒自治などという綺麗事は名目上の飾りに過ぎない。
生徒会も理事会に回されない諸々の雑務を請け負う謂わば雑用係だ。
口には出されぬもののその事実は皆が知っている。だからこそこの臨時の生徒総会は何か妙な気配があった。

そんな彼女らの不安は他所に、午後一時四十五分。
時間通りに生徒総会が始まった。

照明がやや暗くなり開始の合図の代わりとなる。
それまでは幾らかざわついていた集まった生徒らもお喋りを止めた。

しん――と静寂が講堂に満ちる。

時間にして十秒ほどだろう。
場の静寂を割ったのは壇上に現れた人影の立てる足音だった。

こつ、こつ、こつ、と靴はゆっくりとしたリズムで乾いた音を奏でる。
そして中央に据えられた演台の前に立った人物の顔は、この場にいる全員が知っていた。

規則に厳しい常盤台の中では異例の、長い髪を綺麗な金色に染めた長身の少女。
彼女は演台に両手を突き、講堂全体をゆっくりと見回すと――とびきりの笑顔で目の前のマイクに向かい口を開く。



『えー、それではこれより――』



――常盤台中学生徒会長、三年、食蜂操祈。

常盤台の擁する二人の超能力者の片割れ、『心理掌握』と呼ばれる少女。
実際に目にする事こそ少ないもののこの場の全員がそう認識していた。



『臨時生徒総会を始めます』



彼女の登場に生徒達の間では緊張が走る。

滅多に人前に姿を現さない常盤台最大派閥のトップ。
記憶や感情、およそ心と呼ばれるものを意のままに操る超能力者。

人は考える葦である――パスカルの言うように人の人たる所以は心にこそあるだろう。
他者のそれを自在に操る事のできる彼女を前にして緊張せぬ者はいない。
本人の与り知らぬところで己そのものが他人に勝手に弄られていたら――そう考えぬ者などいない。

『えー、本日皆さんに集まってもらったのは他でもありません。
 既に知っている方も多いでしょうが、二年生の御坂美琴さんが昨晩より寮に帰らず、連絡が取れない状態となっています』

そんな目の前の生徒らの内心すら見透かせるであろう彼女はそれを知ってか、また知らずにか。
生徒会長の少女は笑顔のままに口を開く。

『――まぁそんなどうでもいい名目は置いといて』

その一言にざわめきが起きる。

彼女の告げた名もまたこの場にいる全員が知っている。
常盤台の二人の超能力者の名を知らぬ者などこの場にはいない。
御坂美琴という二年生の少女がこの学び舎にとってどういう意味を持ち、またどれほど重要かなど、今この場で論ずる必要すらない。
しかし壇上に立つ少女は彼女の事をどうでもいいと一言に切り捨てた。

生徒達の動揺にすら気付かぬように彼女はずっと変わらぬ笑顔を客席、その内の何処とも取れぬ一点へと投げ続ける。
まるで周りが全く見えていないような――舞台に上がった役者のように、ただ決められた台本を読み上げるように彼女は己の役割を演じ続ける。

『まず最初に、生徒会長、食蜂よりご挨拶があります』

そう言って彼女は演台の前を退き、数歩下がる。
あたかもそこに見えない誰かが立っていて、彼女はそれに侍るような、そんな立ち位置。

その空席へと、この場の誰もが『食蜂操祈』であると認識していた少女に代わり、一人の少女が壇上へと向かう。



座席の中央にある通路を悠然と、まるで王の行軍のように誰にも憚る事なく歩く。

彼女の纏う服は他と同じ常盤台中学のもの。
ただ一つ、明らかに違う点があるとすれば頭に乗せた帽子。

そして何よりも目を引くのは、その金の髪。
染められたものではない、生来に二親より授けられた自然の輝きを放つブロンド。
彼女の肌もまた磁器のように白く、明らかにこの国のものではない事を示している。

彼女は歩きながら何かのメロディを口ずさんでいた。
手がリズムに合わせて小さく振られ、指揮者のように拍子を刻む。

 「――Freude, schöner Götterfunken,
      Tochter aus Elysium
      Wir betreten feuertrunken.
      Himmlische, dein Heiligtum!」

椅子に座る生徒達の間を抜け、壇上へと繋がる短い階段を踏み。
彼女はその中央、演台の前へ。

 「――Deine Zauber binden wieder,
      Was die Mode streng geteilt;
      Alle Menschen werden Brüder,
      Wo dein sanfter Flügel weilt. 」

黄金の髪をした少女はゆっくりと演台に立ち、マイクを突く。
こつこつ、とくぐもった音がして、それに満足したように彼女は一度頷くと笑顔で口を開いた。

『はい皆さんこんにちはー。はじめまして、それともおひさしぶりー?
 えーと、ただいまご紹介に預かりました食蜂こと『心理掌握』でーす』

彼女の言葉にざわめきはより大きなものとなる。
こういう場において私語など唾棄すべきものだと教育されている彼女らにとってそれは異常な事とも言えただろう。
だが、それほどまでに彼女――真の『心理掌握』の登場は生徒らにとって衝撃的だった。

そんな喧騒を他所に彼女は反応を確かめるように客席をゆっくりと見回し、それから満足したように一度頷いた。

『えー、ではまず始めに、皆さんにお願いがありまーす』

こつこつ、と再び調子を確かめるようにマイクを指で叩き、そして。





『――その場から動く事、外部と連絡を取る行い、発言、及び能力の使用を禁ずる』







放たれた言葉はその場を凍り付かせるには充分なものだった。
彼女、『心理掌握』の言葉は強制力として場の全てを支配し、抗う事のできない絶対のものとなる。
ざわめきは途端に消え去り言葉のままに一言も発する事なく生徒達はその場から身動き一つ取れなくなった。

『はい、結局みんないい子ねー。
ウケ狙いでこれから皆さんに殺し合って貰いまーすとか言おうかとも考えたんだけど、そういうのってあの子の持ちネタだし。
ま、いいや。それじゃあみんなー。そのままちょーっと私のお話聞いてくれるかなー』

幼子を相手にするような道化めいた口調で彼女は続ける。

『えーっと、今日の本題はねー、そろそろ私も会長職引退しようかなーと思って。
結局、そんな訳で簡易の会長選挙を行おうと思いまーす。
勿論そんなのは建て前で、お察しの通りみんなを一ヶ所に集めるのが目的だったんだけど。
欠席者はえーと、二十八名? 思ったより少ないわね。うんうん、みんな自己管理できてて偉いねー』

一方的に捲くし立てる彼女に口を出せる者などいない。
元よりこの場、今や常盤台の全生徒、全職員を集めた講堂を支配し掌握しているのは彼女だった。

『必要票数は満たしてるわね。今日欠席してる人たちには先に確認取っておいたから気にしなくていいわよ?
じゃあ面倒な手順とか置いといて、信任投票にしようと思いまーす。
まずこの議題、ここで簡易で通していいか――反対の方はご起立くださーい』

彼女の言葉に誰一人として動けない。
その場から立ち上がる事はおろか指一本すら動かせる者などいない。

『はい反対者ゼロ。それじゃこのまま信任投票に行きまーす。
会長候補はえーと、じゃあ二年生の婚后光子さんでー。反対の方はご起立くださーい』

勿論その言葉も意図的なものだ。彼女には全て承知の上。

誰一人として起立できないと分かった上で全てを一方的に進めている。
これはただの茶番劇。一から十まで決められた台本をなぞっているに過ぎない。

『反対はいないわねー? それじゃ新会長は婚后さんって事で。
はい拍手ー。がんばってねー。結局、何もしなくていいんだけどさ』

ぱちぱち、と一人分の拍手が広いホールに響く。
当の本人がこの中の何処にいるかなどどうでもいい。

彼女は何も知らぬまま生徒会長という役を押し付けられ、知らぬまま卒業していくだろう。
実質的な生徒会長の不在。そこには大なり小なり様々な問題が発生するだろう。
だがそんな事はどうでもよかった。どうせ彼女の知り及ぶところではないのだから。



『じゃあ今度こそ本題。御坂美琴さんの件でーす。
結論から言うと、何にも心配いりませーん。結局、男とデートしてただけー。そんな奴心配するだけ無駄よねー。
一年の白井黒子さんもなんか姿が見えないみたいだけどどうでもいいでーす』

消えた二人の片方をどうでもいい事と断じて彼女は笑う。
御坂美琴、『超電磁砲』。
名門と呼ばれる常盤台の名実共の広告塔の前ではいかな彼女でもその存在は霞んでしまうだろう。
暫くの間は御坂に噂が集中して白井の事はその影に隠れてしまう。

元より長い時間を掛けるつもりはない。数日か、精々十日余り。
学舎の園に外界から隔離され、その上全寮制という極端に偏った生活基盤を掌握すれば真相の発覚は遅れるだろう。
さらに幾つかの陽動を加えればこちらの動きを察知できる者もそういない。

『そんな訳で、みんなは気にせず普段通りに過ごしてねー。私からは以上でーす』

そう最初から最後まで一方的に言い、けれどすぐさま何かを思い出したように再びマイクに向かった。

『ごめんねー。結局、一つ言い忘れてたけど……』

彼女は一度言葉を切り、ゆっくりと場の全員を見回して。
それからとびきりの笑顔でこう尋ねた。

『みんなー、この話は誰から聞いたのかなー?』



    『――ともだちからききました』



返ってきた全員の唱和に彼女は今度こそ満足げに頷いた。

『それじゃ生徒総会は終わり。結局、お疲れ様でしたー』



……、……。

「――あら?」

ざわつく講堂の中、婚后はふと我に返る。
いつの間にか少し居眠りをしてしまっていたようだった。昨夜は遅くまで起きていたつもりはないのに。
記憶が朧気だがまた長ったらしい校長の話でも聞いている内に眠ってしまったのだろう。
見回せば皆どこかしら呆とした表情で目を擦っている。

急に集められて、一体何事だったのだろうか。
しかし誰かに尋ねるにしてもまさか居眠りをしていたから聞いていませんでしたなどと言えるはずもない。
そのような『格好の悪い真似』ができる婚后ではなかった。

とまれ、周りの様子から見れば然程重要ではなさそうだが。
続々と席を立ち講堂を後にする生徒達はざわざわと、好き勝手にお喋りに興じている。
その話題は一つ残らず御坂美琴に関する事で――。

「…………はて」

何か忘れているような気がした。
それが何かは思い出せないのだが。

「うーん……」

席に座ったまま背もたれに体重を預け講堂の高い天井を見上げる。
眠気がまだ頭の中に靄を作っているようで思考がはっきりとしない。
そのまま夢と現の間にある水面を漂う浮遊感のような気分に少しの間浸っていた後。

「……まあ、いいでしょう」

思い出せぬのならばそれまでだ。どうせ益体もない事だろう。
婚后は席を立ち眠い目を擦ると教室へと戻る生徒の流れに加わった。
午後の授業は中止らしい。勉学に励むのが学生の本分だが予想外の休講は喜ぶのが世の常だ。
彼女には珍しく、久し振りに誰か、友人を誘って買い物にでも出かけようかと思い立ち誰に声を掛けようかという平和な悩みを抱えて教室へと向かう。

「御坂さんはいいですわねー……」

思わず口から零れた言葉にはっとなる。
誰かに聞かれてはいやしまいかと不自然にならない程度に辺りを見回し、誰とも目が合わなかった事に安堵した。
婚后もまた年頃の少女だ。色恋沙汰に興味がないと言えば嘘になる。
ただどうしても気恥ずかしくてその手の話をしている輪に混ざれないのだが――。

今度、彼女と二人きりで話す機会があれば少しだけその事について訊いてみようかと、そんな事を思いながら歩を進める。

すぐ横を追い越して行った綺麗な長い金髪には一瞬目を取られただけで、
彼女の頭の中はきっと恥ずかしがるだろう噂の少女からどうやって話を聞こうかという事で一杯だった。





――――――――――――――――――――








前へ        次へ
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。