とある世界の残酷歌劇 > 幕間 > 06


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「ン、ンっンー、んん。ん。よし」

咳払いするように。それとも歌うように。
黒夜は唇を尖らせ何かを確認するように少し声を出し、そして再びにやりと刃のように嗤った。

「久しぶり、って再会を喜ぶような仲でもないけれど、少し話をしようか」

「……別に、超そんな必要もないでしょう」

「まぁそう言うなって。いいじゃんいいじゃん。少し語らせてよ」

敵意を剥き出しのままの絹旗に黒夜は溜め息を吐いた。

「私もアンタも、いってみれば兄弟みたいなもんじゃん? 女同士だし姉妹か?
 系統は違うけど、そっちの滝壺ちゃんも、こっちの査楽くんも。こっちはイトコかな。
 同窓のよしみだよ。仲良くしようぜぇ? あのクソッタレな実験室のモルモット同士よぉ」

黒夜に視線を投げられ、査楽は肩を竦め、滝壺は無言のまま彼女に険しい視線を向けていた。

「そっちのザコっぽいのはアレ? 絹旗ちゃんのカレシ? 男の趣味悪いじゃん」

「うっせえよクソガキ」

浜面は無言ではいなかった。

恐らくこの少女もまた、絹旗や滝壺に匹敵するような高位能力者なのだろう。
『暗闇の五月計画』。その産物だというのであれば。

しかし浜面は、圧倒的な力量差がある事を冷徹な頭で判断しながらも口が動くままに任せた。

「勝手に一人でベラベラ喋って悦ってんじゃねえよ厨二患者。
 確かにコイツらはレディーの心得ってのがなってねえけどよ――」

はっ、と鼻で笑ってやる。

絹旗と滝壺の表情は浜面には見えない。
ただ黒夜の見下すような視線を真正面から受け。
  ファッキンビッチ
「糞ったれのあばずれが。テメェなんかと一緒にするんじゃねえ。少なくともオマエの何百倍も可愛げがあるぜ」

黒夜に握り締めた血塗れの右手の甲を見せ、中指を立ててみせた。




黒夜はしばらく無言で浜面に視線を向けていたが、やがて深い溜め息と共に前屈みになるように視線を落とした。

「…………あーやっぱダメだな私」

低い声で小さく呟く。

「ダメダメだなー。マジでダメだわー」

不機嫌さを隠そうともせず、がづがづと爪先で床を蹴り付け。

ゆらりと上げたその顔は。


                   ゴミムシ
「――――ブチコロシ確定ね、無能力者」



「っ――!!」

あたかも質量を持っているかのような高密度の殺気を真正面から浴び浜面は息を呑む。

右手を開きこちらに向ける黒夜。そこから発せられるのは必殺の一撃だった。



どんな性質のものかは分からない。
ただそれは圧倒的な殺傷力を持っていて、正面から受けて生きていられるほど生易しいものではないのは確かだ。

だが浜面は少しも危機感など感じていなかった。

何も言わずとも分かる。
期待とか依存とか、そういう生易しいものではない。

彼、そして彼女らには、もはや絶対的な信頼がある。



「――超させませんよ」



声を遮るように、パーカッションボーリングマシンが大地を穿つような轟音が響く。

威力を持った音――衝撃波が広がり空間を揺るがす。

浜面が聞いたそれは、黒夜の持つ圧倒的な破壊力を示すと同時に。
彼の信じる少女が間違いなくその通りだった事を示していた。
                  、 、 、、 、
「あなたの相手は私でしょう、黒夜ちゃん?」

『アイテム』の誇る難攻不落の要塞、鉄壁の少女。

浜面と滝壺の前に彼らを守るように絹旗は小さな体を広げて立ち塞がった。
学園都市でも屈指の絶対防御力を持つ『窒素装甲』が黒夜の攻撃全てを残らず受け止めていた。

「――生憎と、浜面は別に私のカレシじゃないんですけど。どっちかって言うとペット? みたいな」

不満そうに絹旗はちらりと浜面と滝壺を一瞥し。

しかしその目はどこか笑っていた。

「勝手に人の男に手ェ出してンじゃねェですよ!!」

その声に浜面は思うのだ。

――ほら見ろ。オマエなんか比べ物にならないくらいいい女じゃねえか。



「……査楽」

黒夜の視線は既に浜面を向いていない。

「あの子は私がやる。アンタは滝壺ちゃんをよろしく」

「彼は?」

「アンタなら瞬殺できんでしょうが」

舐められたものだな、と浜面は思うが、自身が無能力者である事は変わらない。
ここで何か突然に新たな力に目覚めるとか、そんなご都合主義のマンガじみた展開は望むべくもない。

浜面の武器は己の体と、頭と、ポケットの中のツールナイフが精々だ。
たったそれだけで浜面は高位能力者に立ち向かわなければならない。

「絹旗」

浜面の呼びかけに絹旗は視線を黒夜に向けたまま頷く。

「黒夜海鳥は私がやります。彼女は私と同じ――窒素を操り武器とする能力者ですから」

なるほど、と浜面は心中で頷いた。

『暗闇の五月計画』――彼女たちの言っているそれは要するに彼女たち自身がその身で受けてきたものなのだろう。
それがどんな内容なのか浜面には分かるはずもないが――この際内容の非人道性はさておき――黒夜海鳥が『成功例』なのだとしたら。

対抗できるのは同じく『成功例』である絹旗最愛でしかないのだろう。



しかし、もう一人。

「彼は――、」

腕の中の滝壺は荒い息と共に言うのを遮るように浜面は制す。

「馬鹿言うな。滝壺、オマエまともに歩けもしないだろうが」

「……うん。だから」

滝壺は首肯し、浜面に寄り掛かるように体を起こし。

「はまづら。助けて」

小さく、しかしはっきりとそう言った。

「私一人じゃ多分無理。だから助けて」

その判断にどれほどの葛藤を抱いただろうか。
                                           ざつよう
まがりなりにも滝壺は『アイテム』の構成員であり、浜面は彼女らに従う下部組織の一人でしかない。
幾らでも代えの効く消耗品だ。だからこそ浜面は無能力者でありながら彼女たちと同じ場に居合わせる事ができた。

だが彼女ら『アイテム』は違う。

いわばキーパーソン。戦場におけるヒーローユニット。
浜面のような名もなき雑兵を気にする必要などなく、一言死ねと言えばそれですむ立場だというのに。

しかし滝壺はあえて浜面に言った。

助けて、と。

頭を下げ懇願した。



滝壺は続ける。

「はまづらがいればきっと大丈夫だから」

そこにどれだけの思いが込められていただろう。

一介の、いや、一芥の無能力者でしかない浜面に対し彼女は「大丈夫」と言った。



滝壺一人では無理だけれど、浜面がいれば。



この場においてそれは雑兵に対するものではない。
彼女らと同じく、戦場の英雄へと掛けられる言葉だ。

滝壺の瞳に映るのは単なる消耗品の無能力者などではなく。

紛れもなく浜面仕上という名の少年だった。

「――滝壺」

そしてその言葉の重みが分からないほど浜面は無能でも朴念仁でもなかった。

彼は薄く、優しく笑い、彼女の腰に回す腕に僅かに力を入れる。

まるで抱き締めるように。
大丈夫だ、と。彼女の言葉に応えるように。

「オーケー、任せとけ。確かに俺も一人じゃ心細かったんだ」

茶化すように肩を竦め浜面が言い。

「じゃ、超そういう事で」

絹旗が頷くと同時。

大きな破裂音と共に黒夜が高速で絹旗に迫り右手を振り上げた。



まるでトラック同士が正面衝突したような轟音。
それを間近で食らった浜面の鼓膜は許容量異常の振動に軋み激痛の叫びを上げた。

黒夜の放った無色透明の一撃を真正面から受け止め絹旗は僅かに後ずさったが。

「『窒素爆槍』……私とは同系列別ベクトル、攻撃に特化した能力。
 作用点が両手のみに超限定されますが、窒素に絶対的な指向性を持たせ鋼鉄をも貫く槍とする――黒夜、あなたも相変わらずですね」

それだけだ。見えない槍を掴むかのように両手で虚空を握り締め――否、まさに見えない虚空でできた槍を掴んでいるのだ――絹旗は黒夜を見遣る。

「相変わらず――超攻撃特化のクセに私の『窒素装甲』すらまともに貫けないンですかァ?」

その両眼がどろりと濁ったと同時、絹旗の放つ雰囲気が一変する。

「ぐっ……!?」

まるでコールタールのような黒い重圧を持った気配。

殺気というには生易しい、それこそ負の臭いを極限まで凝縮したような圧倒的で禍々しい腐臭。
大量殺戮兵器や処刑・拷問器具の類、死を撒き散らす事しか能のない器物が持つ重圧感。

今まで纏っていた少女特有の微かに甘いような気配が吹き飛び、それがまるで拘束具であったかのように彼女の内から濃密な『死』の臭いが爆ぜるように噴出した。



間近、絹旗の背を見ていた浜面は彼女の放つ気配に圧され慌てて滝壺を抱いて後ろに下がった。

臆した訳ではない。
いくら気配が急変したからといって彼女、絹旗最愛は浜面の知る幼い顔立ちと矮躯の少女だった。

浜面が退いたのは純粋に危険を感じたからだ。
           、 、 、、 、 、
その場にいれば巻き込まれる。
今の絹旗には浜面と滝壺に憂慮する余裕などなかった。

そしてもう一つ。

浜面はその場にいれば絹旗に要らぬ配慮をさせる事になると自ら退避した。
彼女が全力で相対できるように。

その判断を下すのに一瞬たりとも迷いはしなかった。

下らない心配をする必要はない。それは彼女に対する侮辱であり冒涜だ。
浜面はただ、絹旗が十全に戦える状況を用意したまでだ。

474 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga] 投稿日:2011/03/18(金) 23:06:39.43 ID:pN86/G7wo [7/8]
果たしてその言葉にしないされない思いは絹旗に届いただろうか。

彼女は振り返らず、浜面に見えないようにどこか悲しげな笑みを浮かべる。

それは誰に向けられたものなのか。
視線を交わしたまま黒夜が僅かにいぶかしむように眉を顰めるが。

続く絹旗の表情に黒夜は戦慄し、同時に歓喜した。

――なぁ絹旗ちゃんよ、アンタも相変わらずみたいで私は嬉しいよ。

カハッ、と思わず嗤い声が漏れる。

嬉しくて嬉しくて仕方なかった。
二度と見たくもなかったはずの少女の顔は、今や黒夜にとって最愛ともいうべきものだった。

ああ――その可愛い顔を涙と血でグチャグチャに犯してやりたくて仕方ない――!

黒夜の殺意でしかない視線に絹旗は正面から睨み返す。
その眼光は鋭く爛々と輝き、まるで燃え盛る気炎は鬼火のようだった。
幼い外見の少女には似合わない悪鬼のような笑みを浮かべ絹旗は背後に向かって言い放つ。

「そォです。超離れててください。今回はちょっと――さすがの私も抑えが効きそォにありませンからァっ!」

ゴッ!! と絹旗の足元、床が音を立てて数センチ陥没し。

両手で握り締めた窒素の槍を、思い切り引っこ抜いた。



窒素の槍は、黒夜が制御しているとはいえその掌から生えているわけではない。
能力の出力点が掌を基点としているだけで、徹底的に制御された窒素の刃がそこから放射されているだけに過ぎない。

しかし僅かに――ほんの僅かに、黒夜は窒素の槍に引き摺られ、体勢を崩す。

直接的な接点がないとはいえ槍を作っているのは黒夜自身だ。

高度すぎる演算能力が故に『窒素の槍』の想定しない動き。
それを補正しようと反射的に制御端末である掌を『窒素の槍』の動きに合わせて修正してしまう。

純然に結果としてだけを見るのであれば。
絹旗が『窒素装甲』でむりやり押さえ込んだ窒素の槍を投げ飛ばし、黒夜は右手を引っ張られる形となり体勢を崩した。

実体を持たない『ベクトルの集合体』でしかない窒素の槍は黒夜の制御下を離れた途端に雲散霧消する。

だが黒夜自身は肉体を持つ。
崩された体勢を立て直すためにたたらを踏み、結果として充分すぎる隙を見せる。

そこを絹旗が見逃すはずがない。

槍を放り投げるような動作と共に背後に振り上げられた拳は来た道を引き返すように前方に繰り出され黒夜へと迫る。
       みぞおち
狙いは腹部。水月。
第二次性徴の途中にある薄い胸の下、肋骨下部にある人体急所。

腹腔神経叢のあるそこは鍛えようのない急所の一つだ。どれだけ筋肉や骨を鍛えようとも、神経を鍛える術を人類は持たない。

だが、そんな事はこの場面では些細な事でしかない。
そこを絹旗が狙ったのは単に狙いやすい胴の中心であったからで、更に言うならば格闘術における急所を狙うという基本戦法に則った的確な一撃だからだ。

しかし絹旗の拳は急所だろうが何だろうが関係ない。
その間合い、射程こそ身体から数センチと黒夜に大きく劣るが、単純な威力だけで見れば黒夜の『窒素爆槍』の一撃と比べても全く遜色ない。

ただ絹旗の『窒素装甲』が攻撃性という点で『窒素爆槍』に劣るのは威力の問題ではなく。

彼女のように『斬る』『吹き飛ばす』というような小器用な事は一切できず。

ただ単に『殴り殺す』しか能がないからだ。



「ふっ――――!」

吐息と共に繰り出された拳は見た目こそ少女のものだが大型トレーラーを正面から殴り飛ばせるだけの威力を伴っていた。

対し、黒夜の『窒素爆槍』は攻撃性に特化している。

両掌を基点とし、およそ三メートルの間合いに入れば戦車装甲だろうがチーズのように易々と切り裂いてしまう窒素の刃は、
絹旗のようなごく一部の例外を除いて必殺となる威力を持つ。

まがりなりにも『第一位』の演算能力の内でもその代名詞ともいうべき『ベクトル操作』を植え付けられているのだ。

『攻撃性』――どんな防御であれ正面から突き崩さんとする性質に特化した能力はそれ故に致命的な弱点を孕む。

防御性能の決定的な欠落。

どうしても絹旗の『窒素装甲』と比べてしまうが――『窒素装甲』は射程が数センチと極端に狭い代わりに全身を基点とする。
彼女の圧倒的な防御力はその所為だ。どこからどう攻撃されようとも『反射』の性質を移植された絹旗は完璧に防御する。

しかし黒夜の能力は両手を基点とし、故に他の部位は生身の少女のそれでしかない。

極限の域の薄く鋭利な刃物。黒夜の本質は槍だ。
刃は穂先だけにしかなく、それ以外を打たれれば容易く砕けてしまう。

まして絹旗の一撃をして。

黒夜は容易く打ち砕かれてしまうだろう。



だが。同系異質の特性故に、黒夜にも策はある。
                                            、、 、
絹旗の拳が黒夜の腹部を捉えんとするその直前、黒夜の体が不自然にぶれた。

「――っ!?」

僅かに毛の先ほどの距離。
絹旗の拳に纏った窒素の奔流は僅かに黒夜の体に届かない。

「ばァ――――っか」

黒夜の嘲笑が絹旗の耳に届く。
彼女の体はよろめいた先とは逆方向に跳ねるように逸らされていた。

「確かに私はアンタに比べて防御は紙だけどさァ――避けちまえば一緒だろォが」

にぃ、と歯を見せ嗤う黒夜の犬歯が鋭く輝く。

不自然に背を曲げスウェーした黒夜。
引かれた右手は絹旗の右肩上に向けられていたはずだったが、今は黒夜の折り曲げられた体の真上を向いていた。

瞬時に絹旗は理解する。

彼女は右掌を基点に窒素を噴射し、まるで宇宙船の機体制御法のように自らの体を押し返したのだ。

だがそれだけでは辻褄が合わない。
黒夜は別に格闘技に長けている訳でも相手の動きを高精度で察知するスキルを持っている訳でもない。
瞬間的に、絹旗の一撃を文字通り紙一重で避けてみせるような技量を持っているはずがない。

そのからくりを推理するよりも前に絹旗の背筋に嫌な予感が駆け抜けた。

黒夜の右手は天井を向いているが。

もう片方、左手がこちらに向けて掌を翳していた。

(まず――――!)


     パイルバンカー
「――――破城槌だ。吹っ飛べェ!」



轟音と共に打ち込まれた気体の一撃は確かな重みをもって絹旗の胸に直撃した。



「づァっ――!!」

真正面から『窒素爆槍』の刺突を受けた絹旗はそのまま後方に吹き飛ぶ。
一瞬で数メートルの距離を飛び、そのままノーバウンドで壁に激突した。

「絹旗っ――!」

浜面が叫ぶ。

しかしそれは届かなかった。
壊滅的な音が響くと共に建物自体がびりびりと悲鳴を上げ振動し、叫び声が掻き消される。
壁面に大きなクレーターを刻み付け、粉塵が跳ね上がり濛々と立ち込めた。

その煙の中から絹旗が、ゆっくりと、歩いて姿を現す。

無傷だ。だが――その顔は苦しげに歪み、吐く息も若干荒い。

彼女の様子に黒夜はまた破裂するように嗤うと口の端を吊り上げた。

「確かに『窒素装甲』には私の『窒素爆槍』でもまともにダメージ入らない。
 攻撃も衝撃も全部受け止められちまうだろォよ。……でもさァ――」

とん、と軽く地を蹴ったと同時、黒夜は両手を背後に向け、窒素を高速で噴射しブースターとして絹旗に一足で迫る。

噴射は一瞬。反動を利用して前方へ跳ね上げられた両手は絹旗に向けて突き出される。

「――アンタ自身はただの、生身の中学生だ。いくらなンでも慣性の法則には逆らえねェだろォ?」

即座に演算を終了させた黒夜の形成した、長さおよそ三メートルの窒素の槍が絹旗に向かって爆発した。



ガガガガガガッッ!! と、まるで道路工事の現場のような音が連続する。

翳した両手から黒夜は窒素の槍を連続で形成し高速で穿ち続ける。
その先はアスファルトではなく一人の少女に向けられていた。

一撃一撃に必殺の威力が込められている。
絹旗の能力が十全に働かなかったとしたら、彼女は瞬時に押し潰されていただろう。

しかし絹旗の纏う窒素の鎧は万全に機能し黒夜の放つ攻撃の雨から彼女を守っていた。

だが『完全に』とはいえない。
繰り出される連撃は少しずつではあるが絹旗に『振動』という名のダメージを与え続けている。

絹旗の『窒素装甲』は防御性こそ高いが――その中で二点、致命的な弱点を持つ。

彼女の能力はその結果だけを簡単に言ってしまえば『窒素を固めて身に纏い鎧にする』というものだ。

一つは前述の通り、絹旗自身が生身の少女であるという事。
車だろうと軽々と持ち上げてしまうが、彼女自身の力ではない。
絹旗は窒素を操る能力者であって肉体強化の能力者ではない。
故に『窒素装甲』を貫けずとも絹旗自身に何らかの方法で攻撃できるのであればダメージは通る。

そして二つ目。
『窒素装甲』は衝撃を殺せない。
外面は決して砕けぬ鎧として、内面は絹旗を守るクッションとして働いているが。

単純に『硬い』。ただそれだけだ
別に足に根が生えている訳ではない。何トンもの重さがある訳でもない。
形成された鎧は互いを支えあい、外部からの干渉で変形させられる事はないが――。


                、 、 、 、、、 、
簡単な話、『窒素装甲』は押せば動くのだ。



その特性をしっかりと理解していた黒夜は真正面から『窒素装甲』を抜く事を捨てた。
先の一撃、絹旗を吹き飛ばしたものがそれだ。

絹旗がその場で堪えられる打ち下ろしではなく、吹き飛ばすための打ち上げる一撃。

撥ねられれば絹旗といえど無傷とはいかない。
表面上は確かに傷はないが、内面、特に脳に衝撃が伝われば確実にダメージとなる。
内臓も、骨も、筋肉も。大きな衝撃には耐えられない。

何せ絹旗最愛は肉体的にはただの中学生の少女なのだから。

一度壁に押し付けてしまえばあとは一方的だ。
射程は黒夜の『窒素爆槍』が上。
絹旗が動けぬよう壁に押し込んだまま一方的に殴り続けられる。

そうしてガードの上からじわじわとダメージは蓄積され体力を削り取ってゆく。

スマートなやり方ではないとは思う。
だが絹旗にはこのような搦め手でなければ通用しない。

気に入らないが『暗闇の五月計画』の中でも黒夜と違い絹旗は優秀だった。
攻撃性のただ一点であれば確かに黒夜に勝る者はいなかった。
しかし彼女でも才能という点では絹旗には遠く及ばない。
あの最強、『第一位』の無敵の性能に最も近付いたのは絹旗だ。

『窒素爆槍』と『窒素装甲』。槍と鎧。矛と盾。
矛盾の逸話では答えは出なかったが――学園都市における二人の矛盾の能力者は才能という点で勝敗が決している。

だから、気に入らないがこうでもしないと。

ただの秀才は、努力しなければ天才には敵わないのだ。



「くっ……!」

声を発したのは浜面だった。

窒素を操る二人の大能力者。
その戦いの間に割って入るなど無能力者の浜面には愚の骨頂でしかない。

しかし一方的に蹂躙される絹旗の姿に歯噛みする。
何か自分にできる事はないか……そう考えてしまう。

だが。

「――離れないで」

滝壺の声にはっとした。

袖を掴む手には心なしか力が込められている。
浜面を見上げるその顔は疲弊し切っていた。
吐息は熱く、目は茫と潤んでいる。

けれど視線は――確かに力強い光を持っていた。

「……ああ」

浜面は頷き、右手を滝壺の左手に重ねる。

絹旗は任せろと言った。
ならばここで浜面が手を出すのは彼女に対する侮辱だろう。

そして浜面にはやるべき事がある。

「離れるもんか。絶対に」

この腕の中の少女を守らなければならない。



「立って、はまづら」

声に頷き、浜面は立ち上がる。
腕の中の滝壺を抱き起こし支え、ポケットの中のツールナイフを取り出し右手に握り締める。

視線の先はダウンジャケットの少年、査楽。

相変わらず馬鹿にするような薄笑いを浮かべているが――今の浜面には不思議と癪に障らなかった。

むしろ憐憫すら抱く。
相手が高位能力者だろうが『暗闇の五月計画』の被検体だろうが関係ない。
浜面はもはや彼に自分が負ける場面など考えられなかった。

「お別れの挨拶は済みましたか?」

見下すような台詞。それすらも滑稽に感じてしまう。

「そっちこそ」

浜面は目を細めた。

「遺言状は書いてきてんのか」

「……別に。必要ないでしょう。私たちのような立場の人間には、そんなもの、不要でしょうに」



「はっ、確かに」

ナイフの刃を引っ張り出し浜面は頷く。

そして一言。

「それじゃ――悪いけどよ。お姫様方の頼みだ」

断って、浜面は己の顔付きが変わった事を自覚する。

既に一人。
だから二人だろうがそれ以上だろうが同じ事。

浜面は選択をした。
守るべきものとその価値を得た。

だからもう――他は何だって捨ててやろう。
平穏だろうが人生だろうがプライドだろうが、人として大切なはずの何だって。

ここは暗部。学園都市の裏にあるこの世の地獄。
そこに墜ちた浜面にとって今まで守ってきた人生観など無価値に過ぎない。

そして浜面は新たな役割を得た。

所詮自分は使い走りの雑用でしかない。
それが浜面仕上の仕事だ。

少女たちには不相応なゴミ掃除こそ自分の役目。
                  アイテム
それこそが浜面に架せられた姫君たちに侍る騎士の称号だと確信して。



「――――オマエ、殺すわ」



ナイフを握る手と滝壺を抱く手に力が込められる。

浜面仕上はこの時生まれて初めて真正の意思を以って殺人を決意した。



その言葉を合図とするように査楽の姿が虚空に掻き消える。

学園都市に五八人しかいない空間移動能力者。
高次元関数を用いる特殊な演算と、それを処理するだけの演算力を持つ空間移動能力者はその名だけでも充分な脅威だ。
その上、彼が『暗闇の五月計画』の被検体と言うからには超能力者級のスペックを持っているのだろう。
     トリック
しかし既に種は割れている。

必殺の一撃を放てるはずの空間移動能力。
物体が能力によって移動した際に起こる出現空間への割断は防御不可能の一撃だ。
絶対防御を誇る絹旗の『窒素装甲』であろうと、相手が三次元に捕らわれる以上不可避の断裂。
紙切れ一枚でダイヤモンドを断ち切れるというその能力の殺傷力は伊達ではない。

だというのに。査楽はそれをしようとはしない。
滝壺は元より絹旗に対して非常に相性がいいはずのそれを行おうとはしない。

空間移動能力者であるはずなのに普通の武器を持ち、そして未だに浜面は生きている。

(……なるほどな。やっぱり、そういう事か)

とっ、と背後で起きた小さな音。
それは空間を移動し浜面と滝壺の背後に現れた査楽の靴底が床を叩く音だ。

不意打ちであれば効果は絶大だろう。
だが査楽の行動は予想の範疇でしかない。
      、 、 、、 、 、 、 、 、
最初から後ろから攻撃が来ると分かっていればどうという事はない。
むしろどこから攻撃が来るのか教えてくれているようなものだ。
   バックスタブ
(『背後からの一撃』……オマエら能力者ってのはいつもいつも――)

だから浜面は微塵も動揺せず振り向き様にナイフを振るった。

(名前の時点でネタバレなんだよ――っ!)



力任せの掻き裂くような一閃は虚空を薙ぐだけだった。

「おっと」

浜面のナイフを査楽は危なげなく軽いバックステップで避ける。

「警戒しないで下さいよ。今のは別に攻撃するつもりなんてなかったんですから」

おどけるように笑う査楽はそのまま浜面に背を向け悠然と歩く。
その先には浜面が投げ捨てた鋸。査楽の得物だ。

「さて、と。それじゃあ」

鋸を拾い上げ振り向く。
       、、 、
そして刃をずらりと構え。

「――今度は殺しに行きますよ」

再び査楽の姿が音もなく宙に消えた。



「――走れ!」

叫び、滝壺の手を引き浜面は駆け出す。

直前まで浜面の首があった場所を鋸の刃が薙いだ。
背後に現れた査楽の振るった鋸をすんでのところで避ける。

(コイツは――相手の背後に回る事しかできない――!)

彼の持つ武器は鋸。リーチはどう頑張っても二メートルほどしかない。
彼が拳銃を持っていたとしたら話は別だっただろう。
飛び道具を相手に背を晒す事は愚行でしかない。

真っ当な空間移動能力者が相手であれば即座に決着はついていただろう。

けれど浜面はまだ生きている。
それは浜面でも――無能力者であっても抗えるという事実に他ならない。

明らかに体調の優れない滝壺に走らせるのは気が引けるがそう言える状況でもないだろう。
文句は後から幾らでも聞くからと心中で謝りながら浜面は滝壺の手を引く。



例えここで査楽から逃走できたとして彼が追ってこない可能性も捨てきれない。

後方では絹旗が黒夜と交戦中だった。
凄まじい打撃音が響き続けているのがその証拠だ。

そこに査楽が加勢するという事もあり得るが――。

(それでも。アイツは俺たちを追ってくるしかない)

その確証が浜面にはあった。

(アイツらがここで一番されたくない行動を取る――!)

彼らが最も危惧する事柄。
先ほど浜面は本人の口からそれを聞いた。


             メルトダウナー
――超能力者第四位、『原子崩し』麦野沈利。


                ジョーカー
彼の打てる手の内で最強の切り札。
それをこの場に持ってくる。



二人の背を横目で見送り絹旗は小さく、ふ、と溜め息を吐く。

浜面の意図は絹旗にも分かっていた。
この場において最良の選択といえるだろう。

彼女たち『アイテム』の主砲、『原子崩し』。

黒夜の『窒素爆槍』など彼女に比べればおもちゃのようなものでしかない。
少なくとも彼女の粒機波形高速砲は同程度の強度を持つ超能力者七名でなければ防御すらままならないだろう。
いくら絹旗といえどあれを食らえばひとたまりもない。それほどまでに強力なものだ。

(そもそも――私たちがバラバラに動いてる事がそもそもの間違いだったンです)

絹旗は独白する。

『アイテム』の最大の武器は『原子崩し』でも『能力追跡』でも『窒素装甲』でもない。

麦野沈利。
絹旗最愛。
フレンダ。
滝壺理后。

個人個人の能力や技術は確かに強力なものだが彼女たちの真価は別にある。



――チームワーク。



絹旗が食い止め、フレンダが撹乱し、滝壺が捉え、麦野が撃つ。

四人の少女たちが個々の短所を補い合い、長所を引き出した時こそ真の力が発揮される。



彼女の大好きな映画だって似たようなものだ。

監督も脚本も俳優も音響も撮影も照明も演出も衣装も全てが揃った時こそ傑作が生まれる。
単独での力など高が知れている。どこかが欠けていてもいけない。

絹旗が愛してやまないC級映画はその『欠落』そのものだ。

別に絹旗は下らない映画が好きな訳ではない。
駄作などなければいいに越した事はないと常々思っている。
しかし悲しいかな、映画というものは個人では作る事ができない。必ず誰かの協力が必要なのだ。

例えばそう、スポンサーの金銭的補助。
最も得がたく、ある意味では最も重要な役割。
予算がなければどうしても陳腐なものになってしまう。
ハリウッドの映画と比べれば華々しさなど圧倒的に見劣りする。

そういった『傑作』になれない『隠れた名作』を見るたびに絹旗はある種の親近感を覚える。

彼女たち『アイテム』もまた――何かが足りない。

欠けたピースは輪郭も朧でその形すら想像できない。
そもそも欠けたピースが存在するのか、それともないのか、それすらも分からない。
だのに、確かに何かが決定的に足りないとどこかに虚無感を持っていた。

けれど。

もしかしたら。

自分たちは今こそ最後のピースを得たのかもしれない。

少年の背を見送りながら絹旗はそんな柄にもない事を思ってしまうのだ。



浜面もまた、知り合ってまだ間もないがその事を直感的に悟ったのだろう。
全てのピースがかっちりと嵌った時こそ彼女たちは無敵の集団と化す。

だからこそ絹旗を残した。

逃げたのではない。
散らばってしまったピースを集めるために。

残したのは絹旗を信じての事だ。
彼女を信じるからこそ言葉も交わさず迷わず全てを任せた。

そして絹旗を後に残し浜面は走る。

滝壺の手を取って。

(――あは。なンですかそれ)

こんな血と死の臭いしかしない舞台だというのに二人の姿は鮮烈に絹旗のまぶたに焼き付いた。

手に手を取って駆ける男女。それを追う敵対者。
力の差は歴然だというのに絶対に負ける気はしない。

それはまるで――。

(まるで――どっかの映画のワンシーンみたいじゃないですか)

二人の背に若干の嫉妬を覚えながらも絹旗は薄く笑った。



「……どォしたンだよ絹旗ちゃンー? おつむをシェイクされすぎてどっかおかしくなっちゃったのかなァ?」

絹旗の笑みを見て黒夜はいぶかしむような視線を向ける。
軽口を叩きながらも攻撃の手を一切緩めないあたりはさすがとしか言い様がないが。

「いえね。私には私の役割があるって超再認識しただけですよ」

黒夜の言葉に絹旗は笑みを崩さぬまま視線を投げる。

そこには今までのどす黒い炎のような光はなかった。
彼女の放つ気配の質量はそのままに、性質だけががらりと変質していた。

殺意の炎ではなく、希望の光がそこにはあった。

そう、絹旗の役割は仲間を守る盾。
その防御力を以って敵を食い止める防波堤。

損な役回りだとは思う。
花形は麦野だ。自分はそれを飾るための冴えない木石でしかない。

けれど己に割り当てられた最良の役割を全うする事こそ彼女の仕事だ。



「私を突破できない時点であなたの負けは確定してるンですけど」

嘯いて、絹旗はようやく反撃に出る。

黒夜が絹旗の一撃を避けた時に見せたおかしな反応。
彼女の能力には第一位の持つ『ベクトル操作』の演算方式を移植されている。
それは単に掌から無色透明の槍を生み出す能力ではない。

『両の掌を基点に窒素のベクトルを操る能力』

限定こそされるものの窒素は大気中の大部分、およそ八割を占める。
呼吸をし、音が生まれ、風が流れる場には全て窒素が満ちている。

だからこそ黒夜は避ける事ができた。       ベクトル
絹旗の呼吸、心拍、動きの悉くを窒素が媒介する震えとして捉え察知している。

その全てを捌き切る事はできないにしても少なくとも大きな挙動を伴う動き程度なら見ずとも分かる。

何かが動けば空気が流れ風が生まれる。
それらは窒素の持つベクトルとして黒夜の掌に伝わり彼女の超反応を手助けする。

味方であるはずの窒素に裏切られたような気がするがそれも些細な問題だ。

避けられるならば。

風を読まれるならば。

動いて風が生まれるならば。



それって要するに――風を超生まなければいいだけの話でしょう!


                     ボンバーランス
窒素の挙動を操るのが黒夜海鳥の『窒素爆槍』なのだとしたら。
                    オフェンスアーマー
窒素の停止を操るのが絹旗最愛の『窒素装甲』なのだから。



前方からの攻撃は止まない。
両足は地から浮いていて踏ん張る事もできない。

しかし背には壁がある。

先ほど黒夜が窒素を噴射し回避したように、絹旗もまた窒素を操り無理な動きを起こす。
絹旗の全身が纏う窒素の鎧を意識して固定し、体の挙動に合わせ動かす。
何も珍しい事ではない。
能力を行使する際には少なからずやっていたものだ。全方位を意識するのは初めてだが。

警備員などの使う駆動鎧に原理は似ている。
人には不可能な力と強度を兼ね備えた窒素の鎧。
                                      、、 、 、
それを操り絹旗は前方からの攻撃を受けたまま壁に力を込め押し返す。

「っ……!」

黒夜の顔に微かな焦りが浮かぶのを絹旗は見逃さなかった。

両足で壁を蹴り、窒素の槍をいなし掻い潜るように、右前方、床に向かって飛び込んだ。
絹旗という盾を失った壁は黒夜の放つ窒素の槍衾に晒され瞬時に砕け散った。



「テメ――!」

黒夜が振り返るよりも早く絹旗は両手で受け止め衝撃を逃がすために身を縮ませる。

そして、曲げられた両手で床を押し返す。
少女の細腕では到底不可能な運動。しかし『窒素装甲』が本来彼女が持つものよりも遥かに高い力を生む。

腕の動きだけで絹旗は跳躍する。
小さな体が宙を舞い、それに合わせ大気がうねり――――
                               ベクトル
絹旗は持てる演算能力を全開にし、大気が、窒素が動きを生むよりも早く制御する。

――――私に従え!

絹旗の体の動きに押され流されようとした窒素を、
能力の圏内に入った端から周りの他の気体ごと固定し内へ内へと圧縮する。

身に纏う僅か数センチの領域内に全てが押し込まれるが、
体が過ぎた後の空間に停止させたまま置き去りにする事で同量のものを逃がす。

風を生まず移動するために全てを後ろへ流す。
そのために莫大な量の演算をこなし、脳の血管が破裂しそうな錯覚さえするが。

私だって――この程度の芸当もこなせずに『彼女たち』と同じ舞台に立てる訳がない――!

たとえ主役にはなれなくとも。
銀幕に輝く花形にはなれなくとも。

華美さの欠片もなくどうしようもなく地味で損な役回りだとしても。



「――助演女優賞くらいは貰っとかないと超割りに合わないってもンですよォっ!!」



繰り出された蹴りが槍の如く一直線に黒夜に突き刺さった。








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