とある魔術と木原数多 > 32


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8月20日11時00分、『猟犬部隊』32番待機所 
 
 
「ん……?」 
 
 
地下の研究所から出てきたテレスティーナが、会議室で蹲る木山を発見した。 
 
 
「ちょっとあなた、大丈夫?」 
 
「ああ、ちょっと気分が悪くてね。すこし休めば良くなると思うんだが」 
 
 
そう話す木山は、いつも以上にぐったりして見える。 
 
公園からふらふらと帰ってきた後、彼女はずっとこんな感じで覇気を失っていた。 
 
 
「それより、君は今までどこに?」 
 
 
木山がふと気になって尋ねると、テレスティーナはニッコリと微笑んだ。 
 
 
「ちょっと地下の研究所で実験をね。なかなか面白い研究材料が搬入されたから」 
 
「……そうか」 
 
 
傍から見れば魅力的なその笑顔が、木山の“何か”を刺激する。 
 
 
(この嫌な感覚、どこかで感じたことがあるような) 
 
(何故だ……妙に心がざわつく……) 
 
 
それは消された記憶からの警告――だったのかもしれない。 
 
 
「あれ、はるみ? お帰りなさいなんだよ!」 
 
「!」 
 
 
だが、とてとてと走り寄るインデックスの声が注意を奪う。 
 
ステイル達の戦闘が終わり、インデックスはサポートをやめておやつを探しに来ていたところだった。 
 
 
「ねえねえねえねえ、このおまんじゅうは食べてもいいのかな?」 
 
「ああ、構わないと思うが」 
 
 
木山の返答を聞くや否や、インデックスは嬉しそうにおまんじゅうを頬張る。 
 
あっという間に4つが消え去ったところで、テレスティーナが話しかけた。 
 
 
「ちょうど良かった、あなたを探していたのよ」 
 
「ふえ?」 
 
「また聞きたい事ができたの。少し時間をくれるかしら?」 
 
「『歩く教会』のことかな?」 
 
「……それも含めて、イロイロとね」 
 
 
そのままテレスティーナとインデックスは、地下の研究所へ降りて行った。 
 
嬉しそうにおまんじゅうを食べるインデックスを見て、木山は何とも言えない表情を浮かべる。 
 
 
本人が手を下したわけではないとはいえ、天草式を虐殺した後なのだ。 
 
カメラ越しにその光景を見ていたはずなのに、インデックスにそんな素振りは見えなかった。 
 
彼女の性格が何か大きく変化したわけではない。 
 
天性の明るさも、見る者の顔を綻ばせる愛くるしい表情も、旺盛な食欲も。 
 
全てがそのまま残っている。 
 
それでも、そこにかつての修道女インデックスは存在しなかった。 
 
本来の彼女なら、他人の死を無感動に受け止める様な事は出来なかったはず。 
 
 
「もうあの子は……」 
 
 
その先を言えずに、木山が口を堅く結ぶ。 
 
インデックスの精神に起きたのは、言うなれば一種の麻痺。 
 
優しすぎる彼女の心が、直面する現実に耐え切れず石のように固くなってしまったのだ。 
 
 
「……」 
 
 
自分達が引き起こした悲劇。 
 
木山は無言で自分を責め立てた。 
 
 
地下の研究所へ向かうエレベーターの中で、テレスティーナは過去に思いを向ける。 
 
かつて自分の祖父から受けた、苦痛極まりない『実験』。 
 
その経験は、祖父である幻生が消えた後も色濃く彼女に残った。 
 
 
“実験に際し一切のブレーキを掛けず、実験体の限界を無視して壊す” 
 
 
テレスティーナも、その矜持に従って壊された。 
 
自分が壊れる音、それを世にも嬉しそうに眺める祖父の顔。 
 
幼かった彼女はそれ以降変貌する。 
 
 
(私はただのモルモットで終わるつもりはない) 
 
(木原一族の実権を握る。その為にはクソ忌々しい数多のヤツを引き摺り下ろす必要がある) 
 
 
そしてその手段を彼女は持っていた。 
 
隣に居るインデックスに、心の中で語りかける。 
 
 
(あなたには悪いけれど、犠牲となってもらうわ) 
 
(“この能力”を使うのは抵抗があるけれど、これが一番確実なのよね) 
 
 
木原数多とは違い、テレスティーナは能力開発を受けている。 
 
彼女がモルモットと呼ばれる所以だ。 
 
普段は決して能力を使おうとはしないのだが、今回はその枷を外す。 
 
 
「マーブルチョコ、食べるかしら?」 
 
「もちろん食べるんだよ。ありがとう!」 
 
 
その返事を聞いて、テレスティーナはチョコの入った筒をシャカシャカと振った。 
 
 
「じゃあ、何色が出るが当てっこしましょうか」 
 
「?」 
 
「赤、青、黄、白、緑、茶、ピンク――どれが出てくるかしらね」 
 
「……むうう……白かも!」 
 
 
そして、転がり出たチョコの色は――。 
 
 
同時刻、とあるビルの屋上 
 
 
凶悪な夏の日差しが降り注ぐ中、1人の女性が汗ひとつ掻かずに立っている。 
 
しかもそこは、手すりのない屋上の縁。 
 
だと言うのに彼女は欠片も恐怖を感じた様子を見せなかった。 
 
時折強く吹く風で、彼女の纏う白衣が激しくバタバタとはためく。 
 
 
「ふふ」 
 
 
そんな中、彼女が漏らした笑いは誰にも聞こえることなく風に溶け込んだ。 
 
 
「準備は整った。間もなく“本当の”幕が開く」 
 
「十字教三大宗派の最後、ロシア成教との接触がほど近い」 
 
「かくて事象は決定し、歪みはやがて世界に至る」 
 
 
「そうだろう、木山春生?」 
 
 
そこに居たのは“木山春生”だった。 
 
 
この世界について、少しだけ言及しよう。 
 
統括理事長アレイスターが存在する世界をA世界、この世界をB世界と仮定する。 
 
A世界で『幻想御手』事件を起こした木山は、B世界で拘禁された直後へと飛ばされた。 
 
ならば当然、“B世界で『幻想御手』事件を起こした木山春生”が存在する。 
 
そうでなくては彼女がB世界で拘禁されている理由がない。 
 
この世界でも事件が起きたからこそ、スタートが特別拘置所だったのだ。 
 
ただし、こちらの『幻想御手』事件の真相はA世界と大分異なっている。 
 
 
「そもそも、こちらには君が救うべきチャイルドエラーなど存在しない」 
 
「ふふ。つくづく救えないな」 
 
 
1万人もの学生を利用した、前代未聞の凶悪事件。 
 
それは教え子の恢復方法を探すためではなく、もっと利己的で醜悪な理由で行われた。 
 
そして決定的な違いは、こちらの木山はわざと捕まったこと。 
 
御坂美琴が事件を解決するように仕向け、異世界の来訪者を迎える準備をしたのである。 
 
では、何故このような事を計画したのか。 
 
答えは明白である。 
 
別世界から飛んできた木山を、こちらの木山が利用するためだ。 
 
それもとある人物の助けを借りて。 
 
その人物とは誰か。 
 
これも答えは明白である。 
 
この世界で、A世界の『幻想御手』事件を知っていたのは彼女以外にただ1人。 
 
 
「――と、電話か」 
 
『よぉ。楽しそうだな、木山ちゃん?』 
 
「そうでもないさ。向こうの世界の私が打ちひしがれているのを見るのは、さすがに辛いものがある」 
 
 
 
 
木山春生をスカウトした、木原数多その人だ。 
 
 
 
 
同僚だった木山との取引により、木原は別世界の木山を手中に収めた。 
 
彼は特別拘置所で最初に木山と接触した際に、記憶の確認作業を行っている。 
 
 
――「嬉しいねぇ。実験の手伝いをしてただけの俺を、フルネームで覚えてくれたなんて」 
 
――「忘れるはずが無い……貴様が木原幻生の一族で、あの実験の真の目的を知っていたのは分かっているんだ!」 
 
――「おいおい、落ち着けって。幻生のじーさんと俺は遠縁だし、あのチャイルドエラーも全員生きてるんだろ?」 
 
 
そして存在しないチャイルドエラーの事を持ち出して、確かに彼女が異世界の人間であることを確かめた。 
 
 
『白々しいな。ま、こっちは魔術相手に楽しんでるからどーでもいいけど』 
 
「提供した情報が役に立ったようで嬉しいよ」 
 
 
そもそも、木原に魔術の存在を教えたのも彼女である。 
 
故に木山は救われない。 
 
異世界の自分をも利用した悪意――その歪みからは。 
 
人質である教え子の写真も嘘、いずれは木原から教え子を助けるという希望も同様に。 
 
 
――「その辺が木山ちゃんは甘いからなぁ。まだ自分が救われると勘違いしてんだ」 
 
 
最初から、木原はそれを分かっていた。 
 
10分ほどして、木原達は会話を終える。 
 
 
『――にしても、本当に木山ちゃんが呼び寄せたわけじゃないんだな?』 
 
「ああ。向こうの世界の私が来た原因はこちらにはないよ」 
 
『じゃあ、どうやってそれを予測した?』 
 
「企業秘密と言っておこう。手札は残しておきたいからね」 
 
『……今日はここまでか。またひと段落ついたら続きと行こうか』 
 
「そうだね、君の活躍が楽しみだよ」 
 
 
そして会話が切れる刹那、木原は楽しそうにこう言った。 
 
 
『やれやれ。向こうの世界の木山ちゃんとは随分と違うな』 
 
「……」 
 
『まるで別人だぜ。なあ、本当に“同一人物”かよ?』 
 
 
答えを聞かず、一方的に木原が電話を切る。 
 
 
「やはり侮れないな、君は」 
 
 
屋上にいた『人間』の賞賛は、この世界の誰にも届かない。 
 
 
 

 
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