『…………』
上条の言葉に球磨川を始め誰も口を開こうとしない。
静寂が、場を支配する。
『はぁ……』
それを破ったのは、球磨川の漏らす溜息の音。
『何でそんなことができるのか分からないって、上条ちゃん、そんな当たり前の事を言わないでほしいな』
やれやれと首を振るう球磨川に対し、上条は言葉を出せなかった。
激昂するわけでも、言い訳をするわけでも、ない。
ただ球磨川は興が削がれた様に先ほどまでの笑みを消し、ただただ上条に対し落胆をしているように見えた。
『人間が、人間を理解するなんて不可能に決まっているじゃないか。それとも上条ちゃんは読心能力でも使えるのかい?』
『使えないよね、だって君はそんな利点のある能力者じゃない。どう足掻いても殺すだけの人間だから』
『第一、そんな能力を持っていたとしても本質的な意味では理解することなんてできない』
多勢に無勢のこの状況で、御坂に追い詰められた時よりも不利なこの場面でも、球磨川は淡々と言葉を吐き出す。
命乞いの嘘もつかず、適当な理由を並べるわけでもない。
真正面から上条の言葉を否定する。
『分からないのに、分かってもらおうとするなよ』
「っつ!!」
その言葉に後頭部を殴られたかのようなショックを覚える上条。
ゆらゆらと視界が揺れる。
『そこに居る打ち止めちゃんや花飾りちゃんから聞いたのか知らないけど、それだけで僕達(マイナス)を理解したつもりだった?』
球磨川の言葉で御坂と一方通行は入り口にへと目を向ける。
「打ち止め……」
「初春さん……」
そこには心配そうな眼差しで上条たちを見つめる二人の少女が居た。
実は上条がここに来れたのは初春がC棟の妹達の調整室で眠る上条を発見したからだった。
その途中、ビーカーに閉じ込められていた打ち止めを発見した二人は、幻想殺しでビーカーを破壊、救出しこの部屋へと向かったのだ。
球磨川が言う様に、上条がこれまでの経緯を把握しているのは二人が現場に向かう中、彼に説明したからである。
『いいかい、上条ちゃん。人間が他人を理解したって思うのは他人と同じ意見を持った時か、他人を自分色に染めた時にそう思っちゃうんだよ』
「…………」
球磨川の話に何を言い返すわけでもなく、ただ公演を聴く一人の観客のように黙り込む上条。
『例えば同じ趣味を持っていたとき。例えば同じ相手を好きになったとき。例えば同じ敵を前にしたとき。そうだね、後は……』
そして球磨川は再び仮面のような笑顔を浮かべ、こう言った。
『自分の思想を無理やり相手に押し付けて、それが正義だと思ったとき、ぐらいかな』
『例えば、今までの上条ちゃんが“敵”にしてきたみたいにね』
数々の相手に振るったその拳と言葉は球磨川には届くことはなく、逆に上条の信念を再び揺らがすことになった。
「……でも、だからって目の前の人を助けない訳にはならねぇだろうが!!」
登場したときのように吼える上条だったが、どこかその言葉は弱く感じてしまう。
「皆が幸せになりゃあそれが一番だろうが!!」
もはや上条の言葉は誰かを正す為のものではなく、今にも倒れそうな自身の体と信念を支える為のものだった。
『皆が幸せに、か……』
「そうだ!」
球磨川はそんな上条に対し再び深い溜息をつく。無感情な無表情を浮かべ上条を見つめる目は、もはや落胆ですらなく哀れなものを見るそれだった。
ガシガシと頭を掻き、面倒くさそうに球磨川が言った言葉は、上条の主張を打ち砕く。
『でも、その皆ってのに僕は入ってないんだろう?』
もう、どんな言葉も球磨川には届くことがない。この場に居る人間は例外なくそう思った。
『涙子ちゃんも、ミサカちゃんも、天井ちゃんも、姫神ちゃんも……あぁ青髪ちゃんは少し違うけどさ』
『みーんな僕に感謝してくれたよ』
『心のどこかに抱えた感情を受け入れてくれたことが嬉しかったんだろうね、誰も彼女達に目を向けなかったんだろうね』
『能力者(プラス)が、生きている者(プラス)が、成功者(プラス)が、人気者(プラス)が』
『僕達(マイナス)に少しでも気をかけてくれたら、こうならずに済んだかもしれないというのに』
球磨川の言葉は止まらない。
球磨川の過負荷は止まらない。
『涙子ちゃんがどんな気持ちで能力者を見ていたのか』
『ミサカちゃん達がどんな気持ちで死に、今を生きているのか』
『天井ちゃんがどんな気持ちで成功しようと努力していたのか』
『姫神ちゃんがどんな気持ちで存在証明を探していたのか』
『青髪ちゃんがどんな気持ちで今まで生きてきたのか』
『他人は理解はできないけど、上条ちゃんは他人をちゃんと理解しようとしたのかな?』
『いいよ、上条ちゃんが全部自分の思い通りに事が運ぶと思うなら、他人を無理やり幸福(プラス)に導こうとするなら』
『そのふざけた現実をぶち殺してあげるね』
「っ……そ、それは」
『それは、なんだい?上条ちゃん。何か間違いがあったら教えてほしいな』
弱弱しく言葉に詰まる上条。もはや、自分の信念など音をたてて崩れ落ちていた彼の足は、小さく震えていた。
それは恐怖でも、畏怖でもない。
純粋に上条当麻が否定された為だった。
「何をビビってるのよ!!」
と、今にも崩れ落ちそうな上条にかかる一つの叫び。御坂の声だった。
「例えそれが偽善でも、間違いでも、自己満足でも私達がアンタに助けられたことは事実なのよ!!」
妹達を巡る事件の時、自らの命を差し出してまでも実験を止めようとした御坂を救ったのは紛れもない上条の言葉。
「そうだよ!ヒーローさんのおかげでミサカ達はこうやって生きてるし、あの人も変われたんだから!」
姉の言葉を続けるように、小さな体を震わせながら打ち止めも叫ぶ。
打ち止めの言葉に、一方通行は小さく舌を打つ。
「そうだァ三下……悪党は主人公に負けるってのが物語のお約束だろうがァ……」
どこかバツが悪そうな表情を浮かべながら一方通行も上条へ言葉を送る。
「その通りです!」
初春も、それに続く。
「だからアンタは今まで通り――」
思い切り息を吸い、御坂が上条に向けて伝えた言葉は。
一人で何でも抱え込む素直じゃない彼女が今まで誰にも伝えられなかった言葉だった。
それは。
「私達を助けてよ!!」
助けてほしいという、願いだった。
『あらら、嫌われたもんだね。まぁいいかこんな役回りは僕の役目だからね』
声援を浴びる上条を他所にどこからか取り出した螺子を構える球磨川。
『ちょっと長々と話しすぎちゃったね。ここは週間少年ジャンプみたいに戦って決着をつけようか』
立ち尽くしたまま動かない上条に、襲い掛かる球磨川。そしてゆらりと挙げた右手で球磨川の螺子を掴む。
その瞬間、球磨川の螺子は消滅してしまう。
「わかったよ球磨川……」
そして空いていた左手で拳を握り、球磨川の顔面へと叩きつける。
衝撃で仰け反り、顔面を押さえながら悶絶する球磨川に向け、上条は決意の言葉を投げる。
「俺は、お前を助けない」
球磨川は一瞬でダメージをなかったことにして、醜悪で、凄惨な笑みを浮かべる。
それは上条がこの部屋に来たときと同じ、どこか嬉しそうな笑顔。
『そう、それでいいんだよ。これで心おきなく戦える』
「ああ、何の気兼ねなくな」
向き合う上条にもう迷いはない。
「俺は、俺の幻想を守る為にこの拳をお前に振るう」
『そう。だったら僕はただ何となく君を螺子伏せることにするよ』
「いくぜ、大嘘憑き」
『おいでよ、幻想殺し』
最終更新:2011年06月11日 15:23