球磨川『学園都市?』 > 06

 

「ごめんね。さっきはとり乱しちゃって」
 
「お姉様の精神状態を考慮すれば仕方がないことですよ、とミサカは先程のお姉様の無様な姿を思い出し、笑いを堪えながら……っぷ」
 
「相変わらずいい性格してるわね……」
 
「これが個性というものです、とミサカはお姉様の遺伝子のせいで物足りない胸を張ります」
 
「アンタたちはどれだけ胸に対して恨みを持ってるのよ……」
 
御坂とそのクローンであるミサカ9982号はそんな会話を交わしていた。
 
「どう?元気してた?」
 
「こちらに戻ってきたのが二日前なので元気もなにもないですよ、とミサカは質問に答えます」
 
「本当に貴女はあの時の……?」
 
「ええ、このダサいバッジがその証拠です。なんならあの時の会話も再生できますが?とミサカはお姉様に提案をします」
 
「ダサイって……いや、いいわ。どうせ球磨川とかいう、あのふざけた奴の仕業なんでしょう?」
 
「そうですよ。彼の負能力で戻されました、とミサカは同時に球磨川禊がふざけた奴という意見にも同意します」
 
御坂は笑顔を、9982号は無表情を貫いている。
 
「アイツの居場所を教えてくれない?知ってるんでしょ?ちょっと私の後輩たちがお世話になったみたいだし」
 
「いやいや、それはねーよ、とミサカは左手を振りながら敵に情報を漏らさない意思を表します」
 
「敵……ね」
 
「ええ、敵です。仇と言ってもいいでしょう、とミサカは殺された妹達を忘れ平然と生きているお姉様に改めて伝えます」
 
9982号の言葉に、御坂の笑顔は、もうなかった。
 
「忘れるわけないじゃないの!」
 
自然と言葉に力が入ってしまう。
 
「妹達の事は決して忘れるわけがないわ!」
 
実際、御坂は殺された妹達の事を忘れることなどは一日もない。それどころか未だに自分を責めている。
 
だからこそ、学園都市内に残っている妹達には気をかけているし、偶然出会えばアイスだって奢ったりもする。
 
「その行為そのものが、既に死んだ00001号から10031号に対する侮辱だという事を理解していないのですか?」
 
だが、そんな叫びすら9982号に届くことはない。
 
「同情は要りません、慈愛は受け取りません、懺悔は聞きません、後悔は届きません、そんなものは、何一つ欲しくは無いんです」
 
「ミサカは……ただ、命が欲しかった、とミサカは言い放ちます」
 
全く感情の込められず吐き捨てられたその言葉の裏側に、本当は様々な感情が混じっているように感じた。
 
怒りが、悲しみが、憂いが、嘆きが。
 
感情を持たない人形として造られたはずの彼女から、ひしひしと伝わってきた。
 
「まぁこれはミサカ9982号単体の意見で、きっと他の戻ったミサカ達は何も思っていないでしょう、とミサカは告白をします」
 
「それは……どうして?」
 
ひねり出すように声を出す御坂に対し、今度は本当に無感情に、いっそどうでもいいでしょう?とでも言いたげな表情を浮かべながら、
 
9982号は答える。
 
「ミサカ以外のミサカ達の感情と呼ばれうるもの全てを、球磨川禊はなかった事にしたからですよ、とミサカはお姉様の問いに答えます」
 
なにせ一方通行との実験に妨げになりますからね、と9982号は淡々と御坂に告げた。
 
「一方通行との実験って……まさか!?」
 
9982号の言葉に御坂の背中に汗が滲む。
 
一方通行と妹達を繋ぐ実験など、一つしかない。
 
一方通行が二万人の妹達を殺害することによって、レベル6へとなる為の実験、通称【絶対能力進化実験】だ。
 
「そのまさか、です、とミサカは心中を察します」
 
「でも、一方通行には実験に参加するなんてことは……」
 
この場所に来る前に出会った妹達の一人が話したことが事実ならば、
 
彼は実験事態に疑問を抱いていた筈で、さらに妹達の危機を救ったのである。
 
そんな一方通行が再び実験に参加することなど思えない。
 
背中に滲んだ汗は小さな玉となり、すっと落ちて御坂の背中を撫でるだけでなく、掌にもじんわりと汗が浮かぶ。
 
「確かに一方通行には実験に参加する意思はありません、とミサカはお姉様の言葉を肯定をします」
 
「だったら……」
 
参加する意思はない、9982号から台詞で、体に圧し掛かる緊張の塊が少し軽くなった気がする。
 
「“打ち止め(ラストオーダー)”」
 
「え?」
 
「ミサカ達の上司にあたる固体です。お姉様はご存じないのですか?」
 
その名前も聞いたばかりのものだった。その打ち止めの名前がここで登場するのだろうか?
 
御坂には9982号の意図が全くつかめない。
 
文字通り一方通行は命を懸けて、絶対的で、圧倒的な能力に制限をかける事になってしまっても守った存在。
 
現在は彼と行動を共にしているとも聞いている。
 
「その通りです、とミサカは賛辞を送ります」
 
パチパチと無表情のまま拍手をする9982号。
 
「打ち止め……この場合は“最終信号”と呼称したほうが適切ですね。その最終信号に対して一方通行は何かしら特別な感情を抱いています」
 
「罪の意識から来るものなのか、それとも違う感情なのかはミサカには理解できませんが……」
 
「とにかく、一方通行は彼女を守るべき存在だと思っており、また上位固体も一方通行を慕っています」
 
寝食を共に過すほどに、そう付け加えて一度息を吐き出す。
 
「全く、とても感動できるお話ですね。お姉様もそう思いませんか?とミサカは同意を求めます」
 
「……そうね」
 
「そうですか。ミサカはそうは思いませんが」
 
「アンタが言ったことじゃないの」
 
要点を得ない9982号の言動に、御坂は漏電してしまうほど苛立ちを覚えていた。
 
「まるで小説か映画の物語ですね。悲惨な運命や、己の罪を乗り越えていく主人公とヒロイン……」
 
「さしずめミサカ達は物語を盛り上げる為に死んでいった脇役といったところでしょうか」
 
「……」
 
自分自身を脇役と平然と言ってしまう彼女は佐天との会話の中でも同じようなことを主張していた。
 
――ミサカは物語の主人公になどなれませんよ
 
それは暗に、人生を諦めていることを指していた。
 
「さて、ここでお姉様に質問をします、とミサカはようやく話の確信へと触ります」
 
「なによ……?」
 
「ヒロインが悪役に攫われて主人公に関する記憶を消されてしまい、何かしらの要求を受けたときに、その主人公はどうすると思いますか?」
 
そこでようやく理解した。
 
一方通行の意思など、もはや関係がないのだということに。
 
再び絶望の波が襲い掛かり、そのまま深い闇に飲まれまいと歯を食いしばる御坂に対して、9982号は初めて笑みを浮かべていた。
 
口元だけを大きく歪めているその表情は――
 
とても人には見えなかった。
 
「……で、でも!もしそうだったとしても他の妹達は――」
 
そうなのだ。例え生き返った妹達が実験に参加したとしても、
 
例え一方通行が実験に参加せざるおえなくなっても、
 
生き残った妹達が参加する訳がない。
 
これ以上、一人だって死んでやるものかと誓った彼女達が、再び死へ向かう姿など想像もできない。
 
「はぁ……お姉様は本当にレベル5の頭脳をお持ちなんでしょうか?とミサカは先程から佐天涙子がしていたように罵声を浴びせます」
 
「どういう事なのよ……」
 
肩をすくめ、まるでアメリカンホームドラマの登場人物のように首を振る9982号は深く溜息をつき、御坂の疑問へ答えるべく口を開く。
 
「上位固体から強制的に命令を下せば、そこにミサカ達の意思などは存在しないのですよ、とミサカは親切に教えてあげます」
 
「じ、じゃあ実験はもう始まってるの?」
 
「実験自体は開始していますが、ミサカ00001号の調整の関係で第一次実験が終了していません」
 
ということは、まだ誰も死んでいない。
 
その事実が闇に飲まれそうになった御坂に希望の光を与える。
 
まだ間に合うのだ。
 
この妹を退け、球磨川から打ち止めを奪還できれば誰も傷つかないで済む。
 
一方通行も、打ち止めも、妹達も、自分がそこまで辿り着けばきっと上手くことが運ぶはず。
 
その為にはこんな所で止まってはいられない。
 
例えその道が一方通行だろうと。
 
例えその弾が打ち止めになろうと。
 
例えその声が最終信号だろうと。
 
例えその人がツクリモノだろうと。
 
そんなことが諦めていい理由になどはならない。
 
それは、御坂がアイツと呼ぶ男に教えてもらったこと。
 
彼も文字通り命を賭けて、最強に立ち向かった。
 
そして、多くの命を守ったのだ。
 
だから、御坂は叫ぶ。
 
これから自身が立ち向かう“最悪”に向かって。
 
渾身の力を込めて、叫ぶ。
 
最悪が命を弄ぶというなら。
 
全てを台無しにしてしまうのなら。
 
これまでの物語をなかったことにしてしまうのなら。
 
「そんな幻想、全部ぶっ壊して進んでやるわ!」
 
その言葉と共に、御坂は最愛の妹に向かって跳躍した。
 
 

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最終更新:2011年06月11日 14:37
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