【禁書】5+0+0+5【SS】 > 7


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「いい話でしたね……」

「あァ、いい話……だったな」

 試写会の上映が終わり、会場からワラワラと人の列が出てくる。その列に混じり、一方通行
と佐天も会場を後にしているのだが、その表情は二人の会話の内容とは裏腹に微妙だ。と言っ
てもそれが異質と言う訳でもないらしい。周りの人間の顔を見ると、二人と同じ顔をしている。
全体がそんな雰囲気だからだろうか、200~300人は居そうなのに会場は酷く静かだ。

「にゃンこがわンこをかばってジェット機に轢かれるトコとかな」

「ずっとツンツンしてたのにやっぱり友達だと思ってたんだぁって感じでウルッときましたね」

「玉ねぎの大群からにゃンこを逃がしてやるトコとかな」

「自分も食べたらダメなのに猫を守るためにガブガブ食べてましたね。涙目で」

「ラストとかもゥやばかったろ。柄にもなく泣きそうになった」

「犬に新しい飼い主が見つかって良かったのか、それとも今まで通り野良でいた方が幸せだっ
たのか……最後の最後で私たちに疑問を残して終わるなんて考えもしませんでしたよ」

「ただ、な……」

「……」

「全編にゃンことわンこの鳴き声だけってありえねェだろ。促販CMの人間ほぼ無関係だった
じゃねェか。よく知らねェけど普通こういうのは声優とかが声あてンじゃねェのかよ」

「やっぱりでそうですよね! 言ったらダメかなーって思ってたんですけどやっぱりそうです
よね!?」

 二人の会話を聞いていたのか、そこで周りが僕も、私も、吾輩もである、とざわめく。下
手にいい内容の映画だった為か、皆言うに言えなかったのだろう。
 

「それでもなんとなく内容が理解できるのは凄いんですけどね」

「それがまたなンか腹立つな」

「そう言わずに。ほら、あのベンチの人みたいに感動のあまり泣いちゃってる人もいるんです
から」

 佐天の指先に目をやると、確かに全身ジャージの男がベンチの上で体育座りで丸まり、シク
シクと泣いていた。横には彼女だろうか、小柄なミニスカートの少女がジャージの男に話しか
けている。

「浜面、超泣きすぎです。あの程度で泣くなんて流石は超浜面ですね。私ぐらいになるとあの
程度の感動ものじゃ涙腺はピクリとも動かないですよ」

「……グスッ、いいじゃねぇか、俺は凄い感動したんだからよ。あとそんな事言う前に鏡見て
こい。目ぇ真っ赤だバカ」

「……っ! こ、これは超花粉です! 今日は一年で一番花粉が飛ぶ日だからっ! 建物の中に
も花粉が超入ってくるんで花粉症な私は超目を擦らないといけないんです!」

「はいはい花粉症ね。……グジュ……なら仕方ないな」

「絶対信じてませんねっ! 今日の浜面は浜面のくせに超浜面ですっ!」

「あっ! テメッ!!」

 少女がジャージの男の頭を足蹴にする。唯でさえ短いミニスカートはさらに上へと捲れ、少
女の肌をかなり際どい位置まで露出させた。ソレを見ていた一方通行の目線が意識せずに少女
の際どい場所に集まる。ただ計算しつくされているのか、どんなに頑張っても見えるのは健康
的な太ももまでで下着的なものは見えない。

「なに見てるんですかっ」

「ゴハッ」

 佐天の細い指が肋骨と肋骨の間を縫って一方通行に突き刺さる。

 

「し、死ぬ……」

「気持ちは分からなくもないですが見ちゃダメですっ!」

「お、男ってのァああいうのは自然と目がいっちまうンだよ……」

「がまんっ!」

「ゴエッ」

 佐天の鋭いボディーブローが一方通行の脇腹にめり込む。的確に肝臓を打ち抜かれた一方通
行は膝から崩れ落ちた。

「おま……マジで……」

「男の子のそういう目線は意外と気付いてるもんなんですよ! ほらっ、もう行きますよ!」

 佐天が膝立ちで脇腹を押さえている一方通行の手を取って引き上げる。そしてその勢いのま
ま一方通行の手をがっちりと掴んで階段へと早足で歩き出した。一方通行は歩調を乱しながら、
佐天に引っ張られる形で後を追う。かなり力が入っているのか佐天に握られている手がやけに
痛い。

「待てっの! 自分で歩けるから引っ張ンじゃねェ!」

「……」

 一方通行の言葉は無視して階段を降りる。下から吹き抜ける風はいやに生温かい。 

「なァンなンだよ、急に!」

「……」

 ようやく佐天の手が一方通行の手から離れたのは、一階と二階を繋ぐ階段の踊り場まで来て
からだった。早足と言うよりほとんど走るようなスピードで下りてきたため二人とも軽く息が
切れている。

「ハァッ……どォしたよ、何怒ってンだよ。俺なンかしたか?」

 普段の運動不足がたたってか、額にじんわりと汗がにじむ。一方通行はそれを右手で乱暴に
拭った。

 

「いえ……なんでもないです。それに怒ってなんかないですよ?」

 一方通行に背中を向けたまま佐天が答える。

「……ンな事ねェだろ」

「なんでもないですよ」

 佐天が振り返る。

「急にすみません」

 その顔は少しの憂いを帯びたような笑顔だった。

「気になンじゃねェか」

「ははっ、やだなぁ。ホントに何にもないですよ? それより外に出ませんか? 多分早くし
ないと出口が人でごった返しますよ」

「佐天!」

 一方通行が再び階段を降りようとした佐天の手首を掴んで制止させる。このまま有耶無耶に
していい訳がない。本来ならダブルデートの日のそれっきりの関係であっても、現に今、目の
前に佐天は居るのだ。だから目を瞑る事は出来ない。

「言えって」

「……」

 一方通行と目が合い、佐天はソレから逃げるように目線を左下へと泳がせた。

「だって……」

「おゥ」

 苦しそうに佐天が言葉を紡ぐ。一方通行の手の中から佐天の手がスルリと抜け落ちた。

「デートの途中だったから……」

「一方通行さんはそんな事思って無かったと思いますけど、私にとっては今日は二人っきりで
のデートだったから……」

「……」

 そこで一方通行は初めて気付く。ああ、そうか。佐天も自分と同じだったんだと。

「だからかは分からないんですけど、一方通行さんがあの子を見てると何故か気持ちがざわつ
いちゃって……」

 それならたとえガキの恋人ごっこでも――

「私たち恋人でも何でもないんですけどね。ちょっと不思議です」 

 佐天への気持ちが自分でさえ分かってなくても―― 

「そりゃァ、悪かったな」

 今日を楽しまなければ、笑っていなければいけない――

「い、いえ! 一方通行さんのせいじゃないですよっ! 私の勝手な妄想ですしっ!!」

 だから今、自分に出来る事は――

「ならよォ……」

 自分の中の勝手に作った壁とかを全部ぶっ壊して――

「俺ァ、今からお前の彼氏だ」

 ただ、素直になる事。
 


「え?」

 佐天がポカンとした表情で一方通行を見る。突然の申し出に付いていけていないらしい。

「いや、なンつーかよォ。恥ずかしながら俺もお前と同じ様な感じでココに来てたンだよ。だ
からお前も同じ様に考えてンなら……アレだ、今日はデートってことで一日彼氏彼女でいねェ
か?」

 こんな時どんな顔をすればいいのか分からないの。といった具合に一方通行が眉を顰めなが
ら後頭部を掻く。恥ずかしくて、にやけたくて、いっその事顔を赤くしたいがそんな事は理性
が許さず、結局いつもの仏頂面のまま口を開いた。

「いやっ……あの、えと」

「ア゛ァ!?」

 恥ずかしさと上から物を言っといて断られたらどうしようと言う不安からつい声を荒げてし
まう。その声に佐天はビクリと肩を縮めて俯いてしまった。

「うぅーー」

 喉からやっとの事で絞り出したような悩ましげな声が佐天から漏れる。脅かそうとしたつも
りはないが、さっきので佐天は俯いてしまっているため一方通行からは表情がうかがえない。

「い、嫌なら断われよ。別に強制って訳でもねェンだしこれからどうなるって訳でもねェンだ
からよォ」

 少し焦りながら一方通行が言葉を付けたす。これ以上沈黙が続くと誰が見ても分かるぐらい
テンパりそうだ。と言うか実は現在進行形で仏頂面のまま静かにテンパっており、頭の中では
『やっちまったのか!?』
『俺だけ勝手に突っ走っちまったのかァ!?』
『いや、でもさっきデートがどうのこうのとか言ってたじゃねェか!』
『あれ? もしかして俺嵌められた系ですかァ!?』
『やべェ! もしそれなら俺今超ハズいじゃねェか! いや、でも佐天がそんな事するってのは
想像できねェし!!』
『ま、まさかそれも込みで今まで全部演技とかかァ!?』
『もしかして今下向いてンのも笑い堪えてンのか!?』
『俺ァ、今からお前の彼氏だ(笑)ってかァ!?』
『女こえェ!! 何それ女超こえェェェ!!!!』
『いや! コレ俺の勝手な妄想だし! 事実じゃねェし! アレ!? 事実じゃねェよな!?』
願望と被害妄想が蔓延っていた。
 


「あのっ」

「フォウ!」

 返事もろくに出来ない程度に勝手にテンパっていた一方通行が佐天の一言で一気に現実世
界へと引き戻される。

「わ、私っ」

 佐天の顔が一方通行に近づく。佐天は人との距離が近いと改めて思う。急に声を掛けられた
驚きやら、自分の彼氏になってやる宣言やら、佐天の顔が近いのやら、色々な要因で一方通行
の拍動が早まる。

「よろっよろしくお願いしますっ!」

「……お、おォ! こちらこそ夜露死苦ゥ!」

 DQNっぽくなりながら親指を立ててグーのサイン。一方通行自身、何故こんなバカみたいなポ
ーズを取ったのか分からない。あえて言うならテンパってたからの一言だが、とにかく告白?
は成功した様だった。

「じ、じゃあ折角なんで……」

 佐天が一方通行に向けて右手を差し伸べる。反射的に一方通行は握手をする形でその手を握
った。

「いえ、そうじゃなくてですね……」

 佐天が一度手を離し、今度は左手で一方通行が差し出したままにしてある手を取り一方通行
の右側に並んだ。そしてその細い指を絡ますように、一方通行の指と指の間に自分の指をスラ
イドさせる。

「ぬァっ!」

 恋人つなぎ。以前のダブルデートでもやったが、今回は何か違う。何が違うかは分からない
が以前とは絶対全く全然違う。取り敢えず前より手が熱い。それが一方通行の熱なのか佐天の
熱なのか、それとも両方の熱なのかは分からないがとにかく熱い。

「えへへ」

 佐天が一方通行の顔を見ながらはにかむ。その頬は仄かに赤く、繋いだ手からその熱を伝え
たかの様に一方通行の頬も仄かに赤く染めた。
 

「お、おおォォおォ……そうだな。握手はねェな! 今俺ら付き合ってンだからな!」

「そ、そうですよっ! まさか握手されるとは思わなかったですよ!」

 無駄に緊張しながらもなんとかいつもの笑顔な佐天とは対照的に、一方通行はなにも知らな
い人が見たらダッシュで逃げだす様な超不器用で邪悪な顔で笑う。と言うか顔を歪ます。この
状況が嫌な訳ではない。ただただ緊張しているのだ。

「……ここにいるのもなンだからどっか行くか」

「……そうですね」

 あり得ないぐらいギクシャクな会話で場を持たす。当麻か美琴がいれば絶対突っ込まれてい
るだろう。一日限定のカップルとして関係は近づいたようで逆に遠くなった気さえする。

「どっか……行きてェとことかあるか?」

「前は私と御坂さんで決めちゃったんで、今度は一方通行さんに決めて欲しい……なぁ~」

「そ、そォか」 

「無理にとは言わないですけどっ」

「いや、問題ねェ! 行き先ぐらい決めてやるってンだ!」

「じゃあ、お言葉に甘えますね」

「そォだな……」

 一方通行が脳内に学園都市の地図を広げ、この場所から近くて、そして佐天が退屈しない
様な場所を探す。会話が続くか不安なのでカフェ系は候補から外し、再度地図を展開。二~
三十秒程考え、そして一つの答えを出した。

「うし、決めた。行くぞ」

「どこ行くんですか?」

「そりゃァ……秘密だ」

一方通行が赤く鋭い眼光はそのままに、口角だけを引き上げて笑った。
 


                                                 * * *


「あーっ! 一方通行さん見てください! このぬいぐるみすっごいカワイイ!!」

「そォかァ? なンかデロンデロンじゃねェかよ」

「わかってませんね~。それがカワイイんじゃないですか」

 一方通行が選んだのは、試写会のあったビルから徒歩五分程のところにある雑貨屋が集合し
た通りだった。軒を連ねる店は便宜的にすべて雑貨屋として扱われているがその実、売ってい
る品物の種類はなかなか多い。今二人がいる様なぬいぐるみ専門店もあればアロマグッズを扱
っている店もあるし、所謂『雑貨屋』といった色々な品物を一色単にして売っている店もある。
 この通りなら話も途切れないだろうと踏み、実際その通りに事は進んだのだがそれがまた一
方通行を悩ませる種となっていた。

(ちょっと待てェ……)

(これ、この前と一緒じゃねェか!!)

 そう、佐天が物色してその後を一方通行がチョロチョロ付いて回る。この構図は違いは当麻
と美琴がいないだけで、一週間前のダブルデートとほとんど同じなのだ。佐天は楽しんでいる
様だし、会話もさっきのギクシャクしたものからいつもの感じには戻っているのでマイナスファ
クタ―ではないだろうが、一週間前の行動をなぞるだけと言うのは如何なものか。仏頂面のポ
ーカーフェイスのまま一方通行は頭を悩ませる。前とは違った場所に行った方がいいのか古い
ドラマである様なビッグサプライズを用意した方がいいのか……

「なァ佐天」

「なんですか?」

「こンなンで大丈夫だったか? なンかこう……ビル貸し切って夜景が綺麗だぜ! みたいな事
した方が良かったか?」

 迷った挙句本人に聞いたのだった。
 

「いえ、私はこういう普通なのがいいです。っていうかそんなのされたら困るし引きます」

「急に真顔になって冷めンな」

 今の質問はアウトだったが場所の選択は佐天的に正しかった様だ。そのことに一方通行は胸
を撫で下ろす。

「え? なんですか? もしかしてそんなサブい事しようとか思ってたんですか」

「ン、ンなわけねェだろォが! ほらっあっち見ようぜ! アクセとかあンぞ!」

 佐天の手を引いて通りの向かい側にある所謂雑貨屋な店へと歩を進める。急にアクティブに
なった一方通行に多少戸惑いながらも言われるがままに佐天は引っ張られる。一方通行は佐天
に好感触なら割と本気で『夜景が綺麗だぜ』をやろうとしてた事は、胸の奥深くに百重ぐらい
鍵を掛けて忘れ去ることにした。

「見ろ佐天! こンなに綺麗な……ンだこりゃァ!? 唯の棒っきれじゃねェか!」

 話題の流れを完全にアクセサリーに持って行くべく適当に選んだものは、何の変哲もない銀
で出来た棒がついただけのネックレスだった。

「ちょっと前にこういうシンプルなのが流行ったんですよ。知らないですか?」

 言いながら佐天が前屈みになり黒いベニヤ板に掛けられたシルバーアクセサリーを物色する。
全て店のオリジナルらしく、大衆受けしそうなものから突飛なデザインのものまでバラエティ
に飛んだネックレスが規則正しく並んでいた。

「アクセはあンま見ねェからな……ァ」

 一方通行がなんとなしに佐天の方へ首を向け、そして言葉を詰まらせる。これは幸福と呼ぶ
べきなのか不幸と呼ぶべきなのか、佐天が前屈みになっているせいでまたしても胸元が露わに
なっていたのだ。
 自分で言っといてなんだが、『男は自然と目が行く』というのは真理だと一方通行は思う。
今はただ佐天の顔を見るために振り向いただけなのに顔はスルーで自然と目線は胸元へ向かっ
てしまったのだ。
 

(ばァかか俺は! さっきそれで佐天を怒らしたンだろォがァ!!)

(学習しろよォ!!)

(ハッ! そういやさっき女の子は気付いてるとか言ってたな。つーことはもしかして……)

「あっ」

「はィィィ!?」

 恐る恐る佐天の顔を窺おうとした瞬間、佐天の声が一方通行の鼓膜を揺らした。測ったかの
ようなジャストタイミングに一方通行の声が裏返る。

「?」

「い、いや。なンだよ? なンかあったのか?」

 頭上にクエスチョンマークを浮かべながら佐天が首をかしげる。どうやら一方通行の目線に
は気付いていなかったらしいが、そんな事を感じ取るほどの余裕は無く、一方通行は白々しく
佐天が持っているト音記号を模ったアクセサリーを覗き込んだ。

「いえ、ただコレかわいいなーって言おうとしただけですよ?」

「そそそそうか! ならいいンだけどよォ!」

 そこでやっと一方通行は自分の目線が気付かれていない事を知るのだった。そんな事には全
く気付いていない佐天は、すっかり気に入ったのか手のひらでネックレスを転がす。

「……気に入ったのか?」

「結構。でも先週買い物しちゃったんで今日はお預けですね」

「俺が買ってやンよ」

「そんなの悪いですよ。この前もお昼ご飯奢ってもらったんですから」

「俺、お前の彼氏なンだしプレゼントって事でよォ」

その言葉に佐天の顔が薄くピンクに染まる。試写会のあったビルを出てからはいつも通りに
一方通行と接していたため、忘れかけていたがそう言えば今自分たちはカップルなのだ。ソレ
を自覚すればするほどに顔は紅潮していく。今なら美琴にも負けないだろう。
 一方通行も自然と出た自分の言葉と今の佐天の顔を見て一気に恥ずかしさが込み上げる。あ
くまでも顔には出さないが今すぐココから逃げ出したいくらいには恥ずかしい。
 
「え、えと……それならお願いしちゃおっかなぁー」

「……おゥ、任せろ。これでいいンだな?」

 佐天の手からネックレスを受け取ろうとして、一方通行の手が空をかすめる。

「なンだ? 違うのにすンのか?」

「ダメ、ですか?」

「別にいいぞ。他になンか欲しいのあンのか?」

 コクンと喉を鳴らし、佐天がソロリと手をあげる。 

「私、一方通行さんが選んだのが欲しいです」

「はァ!?」

 一方通行が思わず大声を出す。まさかそんな選択肢があるなんて夢にも思っていなかったの
だ。

「いい、嫌ならいいんですけどっ、折角なら選んでほしいなーって思っただけなんでっ」

 さっきの声にビビってしまったのか、かなりの早口だ。両手は前に伸ばし指を目いっぱい広
げてブンブンと振っている。

「も、もちろンこの音符のはなしなンだわなァ?」

「えっと、そうですね……出来れば一方通行さんが私に似合いそうなの選んでくれたら嬉しい
です」
 

これは大変な役目を負ってしまったと一方通行は少し後悔する。佐天のためにネックレスを
買うのはなんの問題もないし、金銭面もカードを使えばどうとでもなる。しかしネックレスの
デザインまで決めるとなると少し気が引ける。自分が選ぶ、と言う事は相手に自分のセンスを
見せるのと同義だ。つまらないものを選んでしまって佐天に気を遣わせるのもセンスなし人間
と認定されるのも御免被りたい。とにかく一方通行は数多かけられているネックレス達を覗き
込む。
                       
(取り敢えずこの棒っきれはねェだろ……佐天も『ちょっと前』に流行ったって言ってたから
な)

(これは雪の結晶か? 今春だってェの。却下だな、却下)

(後は……ンだこりゃァ? ビーチサンダルゥ? もうすぐ夏だぜヒャッホォォイってかァ?
これ作った奴バカじゃねェのか)

(これはどォ考えてもジャラジャラしすぎだろ。こンなバカでかいの付けてたら肩こンぞ)

(クソ、碌なもンがねェじゃねェか)

 掛けられているネックレスを端から順に見ていくがどうもシックリくる物が見当たらない。
もう佐天の選んだト音記号を選ぶしかないかと諦めかけた時、ふと一つのネックレスが一方通
行の目に止まる。

(あァー。これは中々……っつーかこれ以外がクソ過ぎっからなァ)

(……これにすっか。多分大丈夫だろ)

 一方通行がネックレスを取る。それは薄いピンク色のチェーンに小ぶりで少し太めのリング
が通してあるものだった。

「これとかどォよ? 真ン中の空色の帯とかお前の色っぽくねェか?」

 一方通行の手の中のネックレスを見て何故か佐天が恥ずかしそうに下を向く。まさかの失敗
かと少し不安になりながらも一方通行は取り敢えずこのネックレスを押す事にした。

「ほら、手にとってみろよ……あァ?なンだ?二つ取っちまったのか?」

 佐天にネックレスを渡そうとして気付く。一方通行は一本だけを取ったつもりでいたが、ど
うやら二本のネックレスを取ってしまっていたようだ。薄いピンクの方だけを渡そうと一緒に
取ってしまったらしい銀色のチェーンを指でつまんで離そうとするが、何故だか二つのチェー
ンは離れない。

 

「……? どォなってンだ?」

「一方通行さん」

「あァ、タグで束ねられてンのか。こりゃ店側のミスだな」

「一方通行さんっ」

「なンだよ?」

「それ、ペアネックレスです……」

「……」

「……」

 二人の間に沈黙が流れる。この店で唯一良いんじゃないかと思い、手に取ったものがまさか
のペアネックレス。これが本当の恋人同士なら特に何の問題もなくレジへと進めるのだろうが
この二人は違う。今は一応カップルと言う事にはなっているが、それが決まったのはついさっ
き、それも今日だけ、超短期の擬似的カップルなのだ。
 一方通行は「あァ……おォ……そうか」と小声で呟き、佐天は「どうしましょうか?」とい
った具合に眉を下げて困った感じの笑顔だ。もう一つぐらい候補があればすぐさまそちらに替
える事も出来るのだろうが如何せん一方通行のセンスセンサーに引っかかったのはこれだけ。
最終手段として佐天が最初に選んでいたト音記号のネックレスにする事も出来るが、ここで一
方通行自ら「やっぱ佐天の選ンでたのにしようぜ」などと言うと佐天とのペアネックレスは嫌
です。と言ってしまうようなもので、それは佐天に申し訳ない。しかし、それは佐天も同じな
訳で、かくして二人はお互いに何も言えず、ただつっ立っているだけの状態になってしまって
いるのだ。

「……どォするよ」

 手のひらにネックレスを乗せたまま一方通行が口を開く。

「一方通行さんはコレ……嫌ですか?」

「ンな訳ねェだろ。俺が選んだンだからよ」

 嫌ではない。ただ、今日が終わればカップルでも何でもない唯の友達同士なのにペアネック
レスを持っているのも何か違う気がするが……

「なら、これでお願いします」

「おゥ」

 佐天が良いと言うならこれで良いんだろう。一方通行は佐天の手を優しく掴み、レジへと向
かった。
 

 

 

 



 先のアクセサリーショップからほど近い場所にあるカフェテリア。一方通行と佐天はそこで
向かい合って座っていた。綺麗な木目調のテーブルの上には二人が頼んだブレンドコーヒーと
キャラメルマキアートが置かれていて、カップから湯気を昇らせている。
 一方通行はアクセサリーショップのロゴがプリントされた紙袋から、朱色の紙でラッピング
された長方形の箱を一つ取り出すと、ソレを佐天へ差し出した。

「ほらよ」

「あっ、ありがとうございます」

 言わずもがな箱の中身は先ほど購入したペアネックレスの片割れだ。もう片方は今佐天が持
っている物と同じように包装され、紙袋の中で眠っている。

「付けてみてもいいですか?」

 佐天が包装紙の糊づけされた部分に指を掛けながらワクワクと言ったところか……プレゼン
トをもらった小さな子供のように気持ちを弾ませている。それが少し可笑しくて一方通行の口
元が僅かに弛んだ。

「お前のなンだし、好きにすりゃァいいだろ」

 待ってましたと言わんばかりに、それでも所作は丁寧に、佐天はほんの数分前に閉じられた
ばかりの包装紙を破らない様に綺麗に剥いでいく。
 包装紙を取り去り、箱に付いたシールをはがし蓋をあけると、中から薄いピンク色のリング
ネックレスが顔をのぞかせた。ご機嫌な顔で佐天はそれを取り出すと、慣れた手つきで金具を
止めた。オレンジ色の西日が反射してネックレスが佐天の胸元でキラリと光る。

「どうですか?」

「まァ……似合ってンじゃねェの」

「へへ~」

 その言葉に佐天の顔がほころぶ。ここまでに喜ばれるとプレゼントしがいがあるというもの
だ。つられて笑顔になりそうになるのをグッとこらえて、一方通行はブレンドコーヒーを啜った。

 

「一方通行さんは付けないんですか?」

 佐天が紙袋の中からもう一つの箱を取り出し、自分の顔の前で両手で左右に箱を振った。

「俺は似合わねェからいいンだよ」

「そんな事ないですよー」

「つーか、俺ネックレスすると首爆発すっから」

「ウソのレベルが低すぎですよ」

「うっせェ」

「私とおそろい嫌ですか?」

「……」

 嫌な訳ではない。ただやっぱり実際にとなるとどこか気恥しい。一方通行の言葉が詰まる。
どうすればこの状況を回避できるかと必死で頭を回転させた。

「嫌……なんですね」

 その沈黙を悪く取ってしまったのだろう。佐天はシュンと肩を縮めた。

「嫌じゃねェよ。けどそれとこれとは……」

 そこまで言って一方通行は気付く。佐天の目に光るものがある事に。

(はァ!? なンですかァ!? 泣いてンの!?)

 今はもう完全に佐天が俯いてしまって見えないが、鼻も啜っているしさっきのが見間違いと
言う事は無いだろう。その証拠に佐天が目を拭った指が濡れている。
 

「ちょ……佐天?」

「……」

 声を掛けてみるも返ってくるのは鼻を啜る音だけだ。これはやってしまった、佐天を泣かせ
てしまったと一方通行は焦る。

「な、泣いてンのか?」

「……泣いてなんかないです」

 そして決定。これは完全に泣かせてしまっている。試写会のビルでの時とトーンが同じだ。
さっきはどうすればネックレスを付けずに済むかに回転させていた頭を、今度はどうやって佐
天を泣き止ますかに切り替える。ただ、考えるまでもなく答えは最初から出ているのだ。自分
がネックレスを付ければいい。それだけの事なのだ。
 
「わ、分かった」

「ネックレスつけっからよォ」

「……ホントですか?」

「あァ、だからもゥ泣くな」

 ポンと、子供を慰めるように佐天の頭の上に手を乗せる。その手を包むように佐天が両手で
一方通行の手を握り、顔をあげた。

「じゃっ! つけましょっか!」

「……へ?」

 そこには泣き顔なんてものは無く、いつも通りのヒマワリのような笑顔があった。急な佐天
のトーンの変化に付いて行けず、一方通行はただ呆然とする。

「ウソつくならこれくらいしなきゃダメですよ♪」

「……!!」

 その言葉でやっと一方通行は状況を理解する。詰まる所、佐天は泣いてなんかおらず一方通
行にネックレスを付けさせるべく一芝居うち、一方通行はものの見事にソレに嵌ったのだ。
 
「なンだよォォォォォォ!! 嘘かよォォォォォォォォォ!!」

「ウソですよー。あっ立たないでくださいよ。ネックレス付けにくいじゃないですか」

 椅子から立ちあがろうとする一方通行の頭を片手で押えながら、佐天は手際よく未開封の箱
からネックレスを取り出し、早足で一方通行の背後に付いた。

「やられた! 完っ全にやられた!!」

「今度何か奢らせて下さい♪」

 佐天が歌う様に言いながら手を回し、一方通行の首にネックレスを付ける。嵌められたのが
よっぽど悔しいのか、手を首に回した時に佐天の胸が後頭部に当たったの事にも一方通行は気
付かない。

「はいっ! 出来ましたよっ」

「てめェ、絶対今度なンか奢らせるからな」

「喜んでっ。でもこれでホラっ、ちゃんとおそろいですね」

 佐天が胸元のリング手にのせて、いつもの様にヒマワリを咲かせて笑う。ただそれだけなの
に、一方通行は自分の胸元にあるリングをやけに冷たく感じるのだった。
 

                                                              * * *


 バタリと倒れ込むように佐天が自室のベッドの上に突っ伏す。あの後カフェで一方通行と小
一時間程話こんだ後解散となり、たった今戻ってきた所なのだ。

「イタっ……?」

 体勢を変えようと身体を動かすと胸部に痛みが走った。どうやらネックレスのリングの部分
が肌に食い込んだらしい。ネックレスを外そうと首に手を持って行くが、そこでふと手を止め
る。同性同士、例えば初春や黒子、美琴となら誕生日やクリスマスなどに何度かプレゼントし
たりされたりしたが、そう言えば異性からプレゼントをもらったのはこれが初めてだ。止めて
いた手を再び動かしネックレスを外す。どこに置こうかと少し迷ってから、結局自分で買った
アクセサリーを置いている小物入れの中に他のものとゴッチャにならない様に丁寧に置いた。

「私、一方通行さんに色々してもらいすぎだなー」

 リングをいじりながらポツリと呟く。先週は強制デート要員をして貰った上、昼ごはんまで
奢ってもらったし、今日はこのネックレスだ。そのくせ自分は一方通行に何もしてないし、い
くらその場面場面で自分が彼女設定だからといっても甘え過ぎているかもしれない。というか
たとえ自分がホントに一方通行の彼女だったとしても甘えすぎだろうか……

「今度はちゃんと私が一方通行さんに何かしてあげなくっちゃ……」

 脳裏に一方通行の顔が浮かぶ。おそらく一日の八割はそうしているんであろう仏頂面、本人
はごまかせていると思っているのだろうが、一瞬だけ見せる照れた顔、佐天の冗談に慌てる顔。

「それにしても」


 俺ァ、今からお前の彼氏だ


「私って結構単純なのかも……」

 ハァと溜め息をつき頬をネックレスと同じ薄いピンク色に染めながら、佐天はがっくり項垂
れた。


一方そのころ、一方通行は先週の悲劇をなぞり、今は一人公園のベンチで項垂れているのだった。

 

ツールボックス

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