03 「能力者……?」
「リコ、リコっ、しっかりして!」 麻琴が利子にしがみつく。「麻琴、アンタ邪魔だからどいてっ!」 上条美琴が麻琴を引きはがし、顔をひきつらせている湾内を睨む。「あんた、何をしたのっ!?」 美琴が目を血走らせて言う。「は、はい、薬を処方してます。精神集中補助剤と脳活性化誘導促進剤の複合剤です。簡易能力チェック用の薬です。傾向を見るのにはこれが確実ですし、副作用も殆どありませんので……」 湾内絹保はすっかり動転している。「ああ、ワタシ迂闊だったー! なんてものを……あんた、彼女がジャマー使ってること知らなかったの?」「本人は知らなかったそうですが、チェッカーが作動しましたので使っていることは確認してました」「バカっ、もし体内にあったらどうするのよ!こんなところじゃ取り出せないわよ!?」「そのことを考えて、AIMジャマーのパターンを読みとって減衰機<アンチジャマー>を動作させてあるんですよ? なのに、なのにどうして?」「あー、説明してる時間がないっ! 湾内さん、解毒剤というか、あなたの薬を効かなくするヤツは?」「はいっ、あります!」「それ飲ませなさい、早く!」湾内が控え室にすっ飛んで行く。「ごめんね、利子ちゃん、私たちのせいで……本当にごめんなさいね」美琴が涙を流しながら、意識がなく顔をゆがめて荒い息を吐いている利子を撫でさすっている。
「これです!」 湾内が薬を持ってくる……が、「これ、注射器が必要なやつじゃないのよ!」「ええ、でも注射器は今ここにはないです」「何ですって?? あーもう役に立たないわねっ! 黒子! アンタ、看護師免許あるわよね?」「もちろんですわ、風紀委員<ジャッジメント>の上級職員は必須ですの」「どっかで注射器見つけて、あんた、この薬を佐天さんにうって!」「はいですの!」 白井がテレポートして消える。「す、すみませんでした」 湾内がひたすら恐縮している。「私に言っても意味ないわよ。佐天さんが起きたら謝りなさいね?」 美琴が言う。「そうだ、麻琴、ちょっと手伝って。えーと、あんた外出て、待ってる女の子2人をお母さんたちが待ってる集合場所まで連れて行ってあげて」「は、はい。じゃ行ってくるね、ママ。リコを見ててね、お願い」 麻琴が泣きそうな顔で出て行こうとすると、「わ、私もちょっと一緒に行ってきます。垣内さんにも連絡しておきますから」 と湾内も一緒について部屋を出た。部屋には上条美琴が1人残った。「まさかこうなるとは……、ごめんなさいね、利子ちゃん。完璧なはずだったんだけど……」と独り言を言いながら苦しげに荒い呼吸を続ける佐天利子の髪を撫でていた。
「ありましたわ!」 白井黒子が救急キットを持ってテレポートしてきた。「近くの66番支所で借りて参りましたわ。では早速」 黒子は薬の瓶にある注意書きを読み、注射器にその薬を充填した。「あんた、息切れてない? 大丈夫?」 美琴がちょっと不安そうに白井に聞く。「お姉様、そ・れ・は・ちょっと黒子に失礼、ですわよ? わたくし、学園都市1級看護師の白井黒子、ですのよ?」と軽口を叩きながら、さっさと佐天の腕をまくり、静脈注射を1本打った。「とりあえず、これで脳の暴走は食い止められるはずですの。でもやはり脳の問題ですから病院で念のため検査を受けた方が良いと思いますわ」「そうよね、どこに連絡しようか?」「一番近いのは、私ども風紀委員直属のジャッジメント付属病院がありますけれど……」
白井が考えながら答えを1つ出す。「近いの?」「クルマで5分、というところですわ」「オッケー。そうしようか?」 美琴は答えたが、「しかしお姉様、そうなりますと、ことが大きくなりますわ。正式に捜査になるおそれがありますの。
佐天さんも場合によっては捜査の結果が出るまで出国できなくなるかもしれませんし、湾内さんもいろいろとややこしいことになるかもしれませんわ……」 と白井が懸念を示す。数秒間「考える人」のポーズを取った美琴はパッと顔を上げて白井を見た。「黒子、決めたわ」「はい?」「アイツの行きつけのところにする」
救急車に佐天利子を乗せ、上条美琴・麻琴親娘、白井黒子、湾内絹保の4人が美琴のリモに乗り込み、救急車の後を走る。「で、結局どういうことなんですの、湾内さん? 説明して頂けませんこと? 場合によってはあたくし、風紀委員<ジャッジメント>として、貴女にお話を伺わねばならなくなりますのよ?」と白井がじとっとした目で湾内を睨む。「は、はい。佐天利子さんはお母様から全く能力について知識を与えられていなかったようですわ。それだけならよくあることですが、しかしその一方で何故かAIMジャマーを身につけていらっしゃる。でもそのいきさつを佐天さんご自身は全く知らない。かなり不自然な状況です。本人がAIMジャマーの存在を知らないということは、体内に埋め込まれている可能性が高いために、今回はジャマーを一旦無効化した上で能力のチェックを行った方がよいだろうと考えまして、まずAIMジャマーの波形を取り、アンチジャマーの動作プログラムを作りました。これを動作させることでAIMジャマーを無効化出来ますし、実際に無効化出来たことを確認した上であの薬を処方したのですが……。
薬自身は合法的なものですし、今までも入学時の先行テストでは長いこと使われておりまして、安全性には定評がありましたから、特に疑いもなく……」「なぜAIMジャマーが動作していないのに彼女が昏倒してしまったか、ですわねぇ……」白井がため息をつく。
「は、はい。その通りです。今思えば、やはり身体スキャンしてジャマーの場所をきちんと確認した上で、AIMジャマーを外してから検査にかかればよかったと……ごめんなさい、ううっ……」
湾内が頭を抱えて突っ伏してしまう。「状況からみて、作動していないはずのジャマーが実際には動作している、ということしかなさそうね。それならば、能力発現促進剤によって脳が刺激を受け活動が激しくなったところに強制ダウンの圧力がかかった、ということだから、佐天さんが昏倒する説明はつくわね。
想像もしたくないわ。片方で煽って、もう片方で妨害だもの。脳だってどうしたらいいかわからなくなるわよ」
美琴が考えを述べる。「でもお姉様? すると……」 白井が考えながら発言する。「ジャマーと脳が葛藤して、佐天さんが倒れた、ということは……?」「彼女に能力があるから、ということになる、わね……」 美琴が白井の疑問を引き取る形で答えを出した。「ママ、リコは? リコは大丈夫なの……?」 黙って聞いていた麻琴が不安そうな顔で美琴に尋ねる。「大丈夫よ」 と美琴が微笑んで麻琴に答える。「明日はみんな揃っておうちに帰るわよ!」
ここは、冥土帰し<ヘヴンキャンセラー>の病院。あの、カエル顔の医師は健在であった。彼の部屋に上条美琴が座っていた。「こんにちは、上条さん。久しぶりだね。まぁ、僕には滅多に会わないほうが良いんだけどね?」「こちらこそご無沙汰しております。おかげさまで、妹達<シスターズ>も、ここのメンバーは全員健在ですし」「そうだよ、僕が面倒みているんだからね、君より長く生きてもらうつもりだよ。まぁみててごらん?ところで、今日の患者は彼じゃなかったんだね?」「つまらない冗談はよして頂けませんか? それより彼女の方を宜しくお願いしますわ」「ああ、話は湾内さんだったかな、彼女から聞いている。応急処置も適切だったようだね。
念のためチェックを今、いつもの彼女にしてもらっているよ。そう時間はかからないだろう」「そうですか、良かった……」「そうそう、データで思い出したよ。あのときの子なんだね?
いや、月日の経つのは早いものだね、僕が年を取るわけだよ」「そのことは内密に願います。先生のところを選んだのは『いや、すまなかったね。キミの言うとおりだ。僕は医者だからね。 患者の秘密は守る義務がある。信用してくれていいよ?』……お願いしますね」その時、扉がノックされた。
「終了したかな? 入って良いよ?」 カエル医師がノックに答える。「入ります……!! これはこれは、お姉様<オリジナル>ではありませんか! あのひとに何かあったのですか?」入ってきたのは、かつて御坂妹と言われていた妹達<シスターズ>の1人、ミサカ麻美(あさみ・元10032号)であった。「アンタねぇ、ひとの亭主つかまえて<あのひと>発言はやめなさいよね、誤解招くわよ?」はー、とため息をついて美琴がミサカ麻美(10032号)をたしなめる。「このミサカにとって、<あのひと>は命の恩人です。なによりこのミサカは、直接<あのひと>に生きる希望を与えられた唯一のミサカなのですから。他に呼び方は考えられません」「はいはい。事実はその通りね。あなた、そう言えばしゃべりかたはかなり普通になってきたわね?」「お望みとあらば元に戻せますが、戻しましょうか? と、ミサカはお姉様<オリジナル>に質問を投げかけます」「いいわよ、別に。ちょっと気になっただけだし、あたしの影役とは違うなと」「10039号や19090号とは生活環境が大きく異なりますから、とミサカはお姉様<オリジナル>からミサカの質問に回答がないことに対して何ら不満の声を上げることなく、お姉様<オリジナル>の質問に対し丁寧に回答します」「あー、ミサカくん? 姉妹ゲンカはその辺にして、肝心の報告をしてもらってもいいかな?」カエル顔の医者がここらでもういいだろう、と二人の口撃を止めさせた。
「失礼致しました、ドクター」 ミサカ麻美(10032号)は直ちに看護師に戻った。「B-316の救急患者の容態確認が終わりました。報告します。血圧、上下ともに正常範囲内、血液内各成分分析、速報ですが異常データなし。
脈拍数若干高いものの正常と判断。心電図チェック、異常値なし。 脳波レベル、α波 正常値、β波 正常値、θ波 正常値。突発波発生認められず、波形異常認められず」美琴はその報告を聞いてほっとため息をついた。が、「現在、過度の脳の活動集中及び相反するAIMジャマーによる疲労のため脳活動の一部ダウンにより睡眠中ですが、あと1時間弱で意識も回復するものと判断します。なお、AIMジャマーの動作も異常ありませんでした」との報告に思わず美琴はミサカ麻美(10032号)に「麻美、ゴメン、先生と2人で話がしたいんだけど、ちょっと席を外してくれるかしら?」 と頼む。「いえ、報告は終わりましたので、わたくしはこれで失礼致します」
とミサカ麻美(10032号)は二人に礼をして部屋から出て行った。
カエル顔の医者はミサカ麻美(10032号)が去ったのを確認して美琴に振り返って言う。「ね? 僕の作ったものはしっかりしているだろう?
もちろん、彼女とあの娘さんが僕の言いつけをしっかり守ってくれているからこそ、僕の技術が生きているのだけれど」「湾内さんにばれたらどうしよう、とヒヤヒヤでしたわ」 と美琴が苦笑して答える。「ただね、これは僕よりもむしろ木山君のテリトリーだと思うけれど」 と前置きして、カエル顔の医師は顔を引き締めて美琴に言った。「今回のことで、今まで意図的に押さえられてきた脳の一部分の活動が彼女の脳に記憶されてしまった。まぁいつかは起きることだったかもしれないが、とにかく起きてしまったことはもう消せないんだ。今後も何かのショックでまた同じことが起きる可能性がある」「すると……また倒れることが?」 美琴が恐る恐る聞く。「それでは済まないかもしれないな。ジャマーが壊れるか、彼女の脳が壊れるか……」「!」「あのジャマーは残念だけれど、お役目御免の時が来たのかもしれないね。
キミやお嬢さんのように、能力発現部分にのみ影響を及ぼすタイプに切り替えるべきなんだろうな」「でも、彼女の能力は正確には……」「そこまでは僕はタッチできないな。僕が言えるのは、彼女はもう普通の人には戻れなくなってしまった、と言うことだ」
(どうしよう、とりかえしのつかないことをしてしまった……) と美琴は重い足取りで個室を出てフロアへ戻った。そこには不安そうな顔で麻琴、白井、湾内の3人が待っていた。「ママ、リコはどうなの?」
「先生はなんと仰ってましたの?」
「……」と、我に返った美琴は、声を張り上げて「あ? ああ…、ああ! もちろん全部異常なしだって! あと1時間以内に目が覚めるだろうって言ってたわ!」と力強く答えた。「よかったですの!」「あ、あたし、アタシ、リコに、もし万一のことがあったら、もう生きていられ……びえええええ」麻琴はようやく気が緩んだのか盛大に泣き始めた。「ほらほら、麻琴さん? レディたるもの、びーびー泣くものじゃございませんよ? ほらお顔を拭いて」と白井が麻琴の面倒を見ている。すっかり麻琴も白井に慣れたようだ。「は―――っ……」 湾内絹保もやはり気が緩んだのか、ソファーに崩れるように座り込んだ。(湾内さんも気が張ってたのね……) と思いつつ、(だけど、どうしよう、佐天さんにはいつ? どうやって言えば?)と再び美琴は考え始めた。
「……さま、お…………ま、ちょ……えていらっしゃいます? ちょっとお姉様?」「は、はいっ?」 白井の声で再び美琴は現実世界に引き戻された。「もう、なにをそんなに考え込んでいらっしゃいますの? そろそろ佐天さんのお部屋に行っていた方が宜しいのでは?お部屋に参りませんか? とお尋ねしておりましたのに」 と白井が麻琴を従えて訊いてくる。「そ、そうよね、起きたときに誰もいない部屋は寂しいよね、じゃ行こうか?」「あ、あのう……あたくしはやはりちょっと……」
湾内はこの事故を引き起こした張本人なだけに遠慮しきっている。「うーん、じゃ部屋の外にいてもらって、落ち着いたら呼ぶから、というのはどうかな?」「そ、それで十分ですわ、ではわたくしは部屋の外でお待ち致しますわ」 ホッとしたように湾内が答える。「よし、じゃ行こう。えーと、B棟の3階、316号室だったわね」「ここですわね」「静かに、まだ寝てるはずよ」「ではわたくしはここで待っております」「リコ、ちゃんと起きてくれるよね……?」部屋の中に静かに入って行くとベッドに突っ伏しているひとが1人。(……誰?)顔が向こう向きなのでよくわからない。美琴が静かに低い声で「すみません、あの……」 と尋ねながら肩に手を置いた瞬間、「は、はいっ!?」 とそのひとは反射的に立ち上がった。――― 佐天さん ――― 目は真っ赤に充血し、目の下には深い隈が出来ていて、化粧ゼロのすっぴん、佐天涙子だった。
「本当に申し訳ございませんでした」「本当ですよ。あのバカ娘め、顔を合わせたが最後、さんざんぶちのめしてやろうと思って意気込んできたら、 <病院に担ぎ込まれました> ですよ? あたしの立場どうしてくれるんです、湾内さん?」いつもの軽口を交えて話す佐天涙子であったが、昨日は大変だった。
ーーーーーーー
バルセロナの国際空港に着いたのが午前2時。
カウンターですったもんだして学園都市行き超音速機直行便のビジネスクラスをゲットして出発は午前3時。
例によって強烈な旅の末、23学区の国際空港に降り立ったのは昼の12時半。タクシーに飛び乗り、中から花園(初春)飾利に連絡、利子の居場所を聞き出し(第1中央能力開発センターという名前を聞いてまた愕然)、センターに着いて問いただしてみると「さきほど救急車で運ばれましたが」との話で驚愕、腰砕け状態。どこへ運ばれたかが不明で、再び花園に情報収集を依頼、救急車が「あの病院に入った」ことを知り、ようやくのことでたどり着き、娘の病室に入り込んだ。しかし、ぶちのめすはずだった娘利子は深い眠りについており、それを見た佐天涙子も安堵と疲労から急激な睡魔に襲われ、ベッドの脇で突っ伏してしまったのであった。
「佐天さん、あなた確かさっきまでバルセロナにいたのよね?」 美琴が涙子に訊く。「ええ、おかげさまで徹夜状態ですよぅ……はは、アタシも残念ながら歳なんですかねぇ、昔はこれぐらい、どうということもなかったのに」顔を洗ってはきたものの、目の下の隈は取れていない。
化粧しようにも、バッグには最低限のものしかなく、殆どは空港に預けてきたスーツケースの中だ。「ちょ、そんなこと言ったらあなたより一つ上の私はどうすればいいのよ?」 美琴がむすっとして答える。「ちょっと、佐天さん? お顔の色がすぐれませんし、そのままではちょっと宜しくないと思いますわよ?
あたくしので差し支えなければお貸ししても、如何ですの?」 黒子がバッグを「ほれ」と佐天に突きつける。「いやいやいや、この佐天涙子に身に余るお言葉、有り難うございます、でも……」と涙子がいやいやとんでもない、と言おうとしたときに「……お母さん?……」 かぼそい声がした。「としこ?」「おかあさん!」
利子が跳ね起き、ベッドから飛び出して、母・涙子に飛びつき、ひし、としがみついて泣き出した。「おかあさん、おかあさん、おかあさん!」「……」 母・涙子は黙って、娘・利子を左手で抱きしめながら、右手で頭をよしよしと優しく撫でてやる。「あたし、怖かったよう、頭痛かったよぅ、うわぁぁぁぁーん」いつもは、ちょっと大人びた感じがする利子だったが、涙子にしがみついて泣きじゃくる姿は、どこにでもいる、ただの14歳の普通の女の子であった。そう、「普通の14歳」の……
「そんなことより佐天さん、先生がいらっしゃいましたですの」 白井が、湾内と喋る佐天涙子に注意を促した。「え? あら、いけない」 佐天(涙)がパッパッと服をなおし、娘・利子をそばに立たせ、「このたびは、本当に娘がおせわになりまして、どうも有り難うございました」
佐天親娘がカエル顔の医者に深々と頭を下げる。「いやいや、僕は今回は特に何もしていないよ? お嬢さんの面倒を見てくれたのは」 その医者は廻りを見渡していう。「ここにいる、みんなだと思うよ」ニコニコ笑っている上条当麻・美琴・麻琴のファミリー、白井黒子、湾内絹保、そして花園飾利であった。ちなみに奥の方では、美琴の秘書ミサカ美子(10039号)と影役ミサカ琴子(19090号)、看護師ミサカ麻美(10032号)が上条当麻を巡って一悶着を起こしていたが、美琴から 「あなた達を娘に紹介するのはもう少し時間が欲しいから、今は席を外して待っていて欲しい」 と強くお願いされたため、表面上はおとなしく見えないところに詰めていた。当然ながらミサカネットワーク内では激しいやりとりが交わされていたのだが特に大筋には関係ないので省略しよう。「いやぁ、今回もまたウチの麻琴が企んだことで皆様にご迷惑かけてしまったみたいで、本当にすみません。
ほれ、おまえも頭下げなさい」当麻が娘・麻琴の頭をぐいと押さえつける。「ちょっと、パパ、止めてよ、そんなことしなくたって、アタシ反省してるんだからって……ごめんなさい、あたしのせいです」と父当麻に少し反発しつつもおとなしく頭を下げた。
そうとうしかられたのだろうし、彼女自身も肝を冷やしたのだろう。
「そ、偉そうなこといってるアンタは何もしなかったけどねー。
まぁアンタが今回は何もしなかったから、スムースに事が進んだんだけれど?」美琴が当麻にまぜっかえす。「おいおい、こういうときになんてこと言いやがりますかねー、美琴さんは?
そんなこと言われると、上条さんはまたここへ入院しちゃいますよ?」 当麻がやり返す。「部屋は用意してあるよ? 入るのかい?」 カエル顔の医者が言う。「うちにはキミを待っている看護婦もいるようだしね?」当麻は、一瞬御坂妹ことミサカ麻美(10032号)がガッツポーズをしている姿を思い浮かべたが、「わぁっ!?」美琴が左手を握り軽く電撃を飛ばしてきたので悲鳴を上げた。「アンタ、今へんなこと考えてたでしょ?」 美琴がすました顔で言う。「な、なにを仰っているんでせうか、美琴さ~ん?」 当麻が泣きそうな声を上げる。「お、お姉様、何をこんなところでいちゃいちゃなさっているんですのっ? お止め下さいまし」
白井があたふたしながら注意をする。「おほほ、仲がお宜しくて羨ましいですわ」 と湾内が一歩引きながら笑う。「御坂さんも相変わらずですねぇ……」 と花園飾利がやれやれと言った感じでつぶやく。「佐天(涙)さん、忘れないでくださいね? 銀座のパティスリー・アオヤマのアレとイデミ・スギタのアレですからねっ!」「おー、初春、わかってるって」 佐天(涙)が笑っていう。「初春じゃありませんって」 花園が答えると、「花園だろ? 冗談だよ、あははは、……もうホントにいくつになっても初春はカワイイんだからさー」
と佐天(涙)が弄り返す。「また<ういはる>って呼んだじゃないですか~(怒)」「あなたたち、そろそろその辺で終わらせなさいな、もう時間過ぎてますわよ」
と白井が佐天(涙)と花園2名をたしなめる。「じゃぁ、美琴、頼んだよ。母さんには連絡しといたから大丈夫だと思うけど」 と当麻が美琴にそっと言う。「わかってるわよ。でもたぶんワタシがまた怒られるんだから。ま、仕方ないわね、その通りだし」
と美琴はふっと自嘲のため息をつく。「ママ、あたしがおばあちゃんに謝るから、大丈夫だから、ね?」 と麻琴が母・美琴を心配そうに見る。「はいはい、あんたに心配されるほど、私はヤワじゃないわよ」 と美琴はぽんと麻琴の頭を叩く。「お世話になりました」「ご迷惑おかけしました」佐天親娘が先に乗り込み、続いて美琴・麻琴親娘が乗り込んだリモはすっと病院の車寄せを離れ、病院を走り去っていった。
「利子さん、ホントに大きくなりましたねぇ……」 と花園が感慨深げに言う。「あ、あの、子供さんの頃をご存じなのですか?」 と湾内が恐る恐る尋ねる。「お父様はご不明なんですよね?」「湾内さん?」 ぴしっと白井が言う。「あまり、ひとさまの微妙なところを詮索するものではございませんこと、ね?」「あ、し、失礼致しました。そ、そうですわよね」 とまたまた湾内が恐縮する。(でも、いつかは……きっといつかは……でも佐天さん、頑張ってね……)
と花園飾利は親友佐天涙子を思ってそっと涙を拭いた。「さて、上条当麻委員、スケジュールの打ち合わせをしたいのですが、宜しいでしょうか?」いつの間にか、そこには秘書のミサカ美子(10039号)と影、ミサカ琴子(19090号)が立っていた。「お、おう、驚かすない。じゃ、とりあえず俺の車に行こうか?
それじゃみなさん、今回は本当にウチの娘がご迷惑をおかけしてしまってすみませんでした。
許してやって下さい。では私はちょっと用事がありますのでお先に失礼します」上条当麻が歩き出し、美琴のクローン2人が付き従う。「ふう、わかってはいますけれど、やっぱり何度見ても一瞬どっきりしますよねー」
その姿を目で追いながら花園が白井にいう。「以前よりは差が見えるようになりましたから、だいぶ慣れてきましたけれど、昔はほんとわかりませんでしたわね」 と白井も言う。「お姉様はどうやってあの方たちをお嬢さんに御紹介するのか、人ごとですけど気になりますわ」「御坂さまのご姉妹、ではないのですか、あの方たちは?」 湾内がとまどったように訊いてきた。「あら、ご存じではなかったのですか、湾内さんは? まぁお会いになってしまったのですから仕方がございませんわね。
あの方々は上条、いえ御坂美琴さんのクローンですわ。でも、それ以上はお知りにならない方が無難ですわ。わたくしもそこで止めざるを得なくなりましたし、知ったところであの方たちがどうなるわけでもないですもの」白井黒子が小さな声で答えた。
「……え? あの、中学の時の都市伝説の……?」 湾内が呆然としたところに、「ドクター、回診のお時間ですが?」 と現れたナース服に身を包んだ「美琴」を見て再び目をみはった。「あ、あなたは……?」「ミサカに何か、御用でしょうか?」 とミサカ麻美(10032号)が訊く。「い、いえ、あの、御坂さんと仰るのですか?」 と湾内は恐る恐る尋ねてみる。「はい、このミサカはミサカですが」 とニッコリ笑って湾内を見る……その笑顔は確かに上条美琴によく似ていた。「さて、じゃ僕らも仕事だから、もう行こうかね?」 とカエル顔の医者はミサカと名乗る美琴そっくりの女性看護師を連れて中へ入っていった。「さて、私たちもここで解散致しましょうかしらね。湾内さんは?」 白井が湾内に訊く。「は、はい、わたくしは今回のテストのレポートを仕上げませんといけないので」 湾内が答えると、「上条委員からの指示は聞いていらっしゃいますよね?」 白井が小声で確認する。「もちろんです! とある方は今回はいらっしゃらなかった、ですね?」「そう、ですわね。それが一番望ましいですわね。では、また改めて別の機会に一席設けてやりましょうね?」 白井はニッコリと笑って、「では、ごきげんよう」 とテレポートして姿を消した。
「湾内さん……」 花園が湾内に近づき、これ、ナイショですよ?と前置きして小声で言った。「白井さんの酒グセはかなり悪いので、飲みに誘われてもなるべくなら用事を作っておいて避けるのがセオリーですよ……?」「ええっ? そ、そうなんですか?」 またもや湾内が驚く。「ええ、実際それで旦那さんとは別居状態なんですって。ちょっと信じられないですけれど」 ひそひそと花園が言う。「えええええ? 今、あたくし、白井さんから一席設けてやりましょうね、って言われたばかりですのよ?」花園は(あ~あ、間に合わなかったか~)というような、気の毒そうな顔をして、「まぁ、何事も経験ですから、一度ご一緒してみるのもいいかもしれませんね、もしかしたら案外話が合うかもしれませんよ?」 と気休めにもならない事を言う。「ちょ、ちょっと花園さん、その辺の喫茶店でもう少しお話して行きませんか?」 と湾内は花園の腕を取り、しがみつく。「じゃ、XXの△△へ行きましょうか、あそこにはおいしいパフェがあるんですよ?」 と花園は(まさか、タダで、とはいいませんよね?)という顔で湾内の顔を見る。「いいですわね、そこにしましょう! も、もちろんあたくしが奢りますから、御坂さんや白井さんの是非詳しいお話を……」かくして2人の商談は成立。タクシーに乗り込み、喫茶店のパフェに向かって走り去った。誰もいなくなった病院の車寄せ。しばらくして1台のファミリーセダンが駐車場から出て行ったが、気がついた人間は誰もいなかった。
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* タイトル、前後ページへのリンク、改行及び美琴の一人称の修正等を行いました(LX:2014/2/23)
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