学園都市第二世代物語 > 02

02 「学園都市へ」

 

月曜の午後。

授業が終わったあたしと麻琴は帰宅部なので、素直に帰る……はずだった。 しかし。

  

「おい、今日はスカートまくりやらねーのかよ?」

「是非またお願いしますよ、ね?」

「俺、先週見てないんだよ。不公平じゃね?」

 あまりガラのよくない、不良3年生に絡まれてしまったのだ。

うー、金曜日のツケがこんなところで出てくるとは。ブルーだ。

「すいませーん、今日は予定してなかったもんで、またの機会をお待ちくださ「うるせーんだよ!」キャッ!」

あたしは1人に突き飛ばされて、あっさりと地べたに転がった。ぶざまだ。恥ずかしい。それより結構痛い。

「ううう、痛たたたた……」

「リコ!? ちょ、ちょっとあんた達、何すんのよっ! 先生に言いつけてやるからっ!」

マコがくってかかる。

「おもしれぇじゃねーか。言ってみろよ。俺らにも言い分があるんだぜぇ?

女の子同士がスカートまくり合って、エッチなことをしようとしてたのを止めようとしたんですってさ。

オマエがエロ女って言われるようになっても俺らは知らねーからな?」

「やーい、エロおんなー」 「すけべーおんな!」

廻りの男子生徒たちがはやし立てる。あーそう言うところホントにガキ臭い。こんちくしょー。ちょっとすりむいてる……。

「なぁ、おまえ、今日何色履いてんだ? ちょっと見せるだけでいいからさぁ……「さわるなぁぁぁぁぁぁっ!!」」

一番大柄なヤツが麻琴に近づき、彼女の肩に慣れ慣れしく手を掛けようとした瞬間、

麻琴が絶叫し同時に 「ぎゃっ!」 と声を上げてそいつが倒れたのだった。

(ちょっと、マコ……?)

「あたしとリコに近づくなーっ!!!」 

麻琴が左手を振り回し、さわられた男子生徒は 「わぁっ!」 「痛ぇっ!」 と地面に伏してゆく。

あたしは呆然として、暴れ回る跳ね馬のような麻琴を見つめていた……。

 

 火曜日、麻琴は学校を休んだ。

電話にもでないので、メールで

「助けてくれてありがとう。もし聞かれたら、護身用にスタンガンを持っていた、と言っておくからマコも覚えておいてね」

と打っておき、母のそれを(勝手に)借りて学校に行った。

不思議な事に、先生から呼び出されるような事はなかった。

彼らは先生に何も言わなかったらしい。

そのかわり、「ビリビリ女」「歩く静電気」というあだ名が学校に静かに広がったのだった。
 

 

水曜日の夜遅く、麻琴は当麻おじさんと一緒に帰ってきた。

「リコ~、久しぶり~!」  マコが門を開けて飛び込んでくる。 

ちょ、アンタ何よ、その脳天気ぶりは? あんなに心配してたあたし、ちょっとバカじゃない? 

むかっときたあたしは麻琴に冷たい声で、

「お帰り。マコ、あんた、明日学校へ行ったら ” ビリビリ女 ” って言われるから覚悟しといた方がいいよ」

といきなりかました。

「へ?」

「そ、その名前、上条さんとしてはひじょーに気になるんですが、もしかしてウチの娘のことでせうか?」

え? え? あちゃー、お父さんが一緒だったのか……大失敗だ……。

「ちょっとー、リコ、帰ってきていきなりのそれはなによ……」 麻琴がちょっと黄昏れる。

まぁ、あたしにも、あんたのビリビリおんなというあだ名の責任がないわけじゃぁないさねー。

それよりも、

「こ、こんばんは、おじさま。ご無沙汰しています。いつも母がお世話になってます」 まずは挨拶しなきゃね。

「あ? いえいえ、こちらこそ。麻琴から良く聞いてます。こいつがいつもご迷惑かけてるようで、ホントにすみません」

と右手で麻琴のアタマをわしわしと撫でる。

「やーめてよ、パパ、子供じゃないんだからー。髪ぐちゃぐちゃになっちゃうでしょー、このー、うにアタマっ!」

「ちょっと、家の前で何騒いでるの、こんな夜に……あら、もしかして、上条さん?」 おっと、母まで出てきてしまった。

もしかして、噂のフラグメイカーが見れるかも?

「え、あ? 佐天? おう、久しぶり。相変わらず綺麗だぞ、いやホント、昔から変わってないなー」

思わず、キタ━(゚∀゚)━!! がアタマに浮かんでしまった。

いやー、久しぶりの挨拶がいきなりコレですか? 

旧来の知人とはいえ、お互いの娘がいる前で、よその娘の母親にいう言葉じゃないよねー。ちょっとわざとらしいし。

美琴おばさんが気を抜けないわけだわ。

麻琴は……あはは睨んでるよ。娘とはいえ、そういうところは女だねー。

「いやー、なーにを言ってるんですかぁ? 何も出ませんよ? 上条さんこそ、昔から ” ちっとも変わってません ”ねぇ。

美琴さん泣かしてたらあたし、怒りますからねー?」

「ななななんの事でしょうかー佐天さん、なんかトゲがあるようですけれど? わわわ私が美琴を泣かすことがあるわけがないのことよ?」

動転してる、動転してる。 日本語ヘンだ。 しかし、自分の発言に問題がある事に気づいてなさそう。 重傷だなー。

「ちょっとマコ、上がって?」 

まぁ親同士は好きにやっててもらおう。 あたしらにはあたしらの話があるんだっての。

「うん。じゃ、パパ、先に帰ってて。あたし、ちょっとリコと話してくるから」

「あら、あたしとしたことが。立ち話もなんですからお茶でも飲んでいきません? 上条さんにお聞きしたい事もありますし」

と母が麻琴パパを家に上げようとしている。

そういえば、ウチに男の人が来るのは、中学校に上がってからは初めてかも。

おじさん、上がる事にしたみたい。ちょっとしたイベントですねっ、これは! 

「リコ、早く上がってきてよー」 

おーい、ここはあたしんちだし、そこ、あたしの部屋なんですけどー?
 

 

 「えー、それであたしがビリビリ女ってわけ?」

「職員室に呼ばれなかっただけ良しとしなさいよ。ヒヤヒヤしてたんだから、こっちは。スタンガンを使ったことにすればいいじゃないか、という結論出すまですっごく考えたんだからねー?

アンタは学校さぼって、家族とおいしいもの食べて「ちがーう」」

「あたしだってすっごい大変だったのよ……」

「?」

  ―― 麻琴の説明によれば ―― 

1.「学園都市のスター、超電磁砲<レールガン>のお嬢様帰国!」とド派手に歓迎された。

  もちろん上条一家には知らされてはいなかった。麻琴自身は、あまりのことに気を失った。

  美琴おばさんがパパラッチに激怒して電撃をぶっ放したことが逆効果になり、さらに注目されることになった。

2.簡単な身体能力チェックを受けさせられた。得体の知れない薬を飲まされたのがいやだった。

  美琴おばさまは、これには反対しなかったので、それがまた麻琴にはちょっとしたショックだった。
  
3.簡易検査では「静電気」を「起こす・貯める・放出する」ことに対しての能力が認められ、通常電圧3千ボルト、最大電圧1万ボルトを確認した。

  判定は「レベル1」。 全く開発を受けていないのにレベル1というのは母親からの遺伝にしても、将来は有望と見られる、というものだったそうな。

  コントロール能力がもう少しつけば電圧も上がり、直ぐ「レベル2」になる、と言われたそうな。

4.ということで、とりあえず左腕に美琴おばさまと似た感じのAIMジャマーリングを作ってもらい、はめて帰ってきた。

5.当麻おじさまがどうしても、ということで一緒について帰ってきた。美琴おばさまは仕事に戻ったとのこと。

6.学園都市は、実際に見てみると、こことは違う世界だった。確かに紹介ビデオやウェブサイトで知っていたものがあったけど、動く実物をみることで、よりそのすごさに圧倒された。

  また、日本以外のひともけっこう見かけたそうだ。

 ―― (説明終了) ―― 

 

 「はーん、やっぱりマコは能力者だったんだね……」

わかってはいたけれど、仲の良い友人がなんか違う世界に行ってしまったような気がして、あたしはちょっと寂しい気がした。

やっぱり麻琴は学園都市に行ってしまうのかもしれない……。

「まぁね、でもパパはレベルゼロなんだよね。両親が能力者でも子供がレベルゼロだったという例は沢山あるみたいだし。

あたしはたまたま、まぐれが少しかすっただけ。レベル1だし。やだ、そんな顔しないでよ、リコ」

無邪気な麻琴の話を聞いて行くうちに、なんとなく、母がその昔感じていた思いというものが解ってきたような気がした。

麻琴、レベル1とレベルゼロとでは天と地ほどの差があるんだよ……?

「で、あっちの高校にマコは行くの?」

「わかんない。怖いことされるのはいや。普通でいたいし。でもあの世界でもっと自分の力を試してみたい、と言う気もする」

そうよね、あるものは使ってみたい、それも当然の思いだよね……「ある」ものならね……。
 
「リコも、行く行かないは別として、一度測定してもらったら? もしかしたらあたしより上かもしれないよ?」

おいおい、そんな馬鹿な事を言うもんじゃないって。あり得ない。無能力者の娘に向かってなんと言うことを……

「だってさ、リコは測ってもらったことがないわけでしょ? 佐天おばさんが無能力だった、というだけじゃない。

もしかしたら、お父さん ―――― あ」 

麻琴の言葉が詰まった。あれ、もしかして泣き出した? なんであんたが?

「ご、ごめんなさい、失礼なこと……う、ぐすっ、……うわぁぁーん」 

あーあー、全くもう。よしよし泣くな、麻琴。

可愛いやつめ。ホント、アンタが心配だよあたしは。こんな不安定な状態で学園都市へ行けるんかね?
 

「まぁ、気にしないでよ。ありがと、マコ。ところで、もう一度言っておくよ、いいかな? 

1つめ。あんたが電撃を放った男子生徒は、火曜日には全員学校に来てた。

で、職員室に私は呼ばれなかったから、たぶん騒ぎは漏れていないと思う。

2つめ。そいつらの誰かが、おもしろおかしく話を作ったみたいで、マコにさわるとビリビリくるぞ、って。

で、あんたにビリビリ女という名前がついた。そこから歩く静電気という名前も出来てる。

3つめ。たぶん、明日にはまた違う名前が出来てるかもしれない」

「うわーん、やっぱりあたし、もうお嫁にいけない、学校行くのいやぁぁぁぁ!」 

げっ! やばい! またやっちゃう!

「ちょっちょっと、待ったぁ、ここで電撃放つなー!」

と私は昨日買ってきたウレタンゴム製のマットをバッと彼女に押し当てた……が、何も起きない。

「ちょっとー、リコ、止めてよ。もう大丈夫なんだからさぁ?」

ウレタンの向こうから麻琴がごにょごにょ言っている。

「え?」 あたしはウレタンマットをのけた。

「ぷふぁー、あぁよかった……ちゃんと効いてるわ、コレ」 

麻琴が左腕をまくると、二の腕のところに薄いけれど幅のあるリングが嵌っていた。
 

 

「利子ちゃんも大きくなったんだな」 遠くを見るように上条がつぶやく。

「そりゃそーですよ。あなたのとこと同じなんだから。 でも、あたしに似て、マコちゃんを引きずり回してるみたいでごめんなさいね。」

「いえいえ、麻琴の話には必ず利子ちゃんが出てきますからね。

頼れるお姉さん、という感じみたいで上条さんも安心しているんですよ」

下では、佐天涙子と上条当麻との話が続いていた。

 

「初春は元気してますか?」 佐天の親友、初春飾利(ういはる かざり)のことである。

現在の名前は、正確には花園飾利(はなぞの かざり)。結婚して姓が変わっているが、佐天は相変わらず「初春」と呼んでいた。

彼女は天才SEとして「その世界」で名を馳せているのだ。

「うーん、美琴は何回か会ってるらしいけれど、俺は会ってないな、ここしばらく。佐天さんこそ会ってないの?

いつも二人一緒だったんじゃなかったっけ?」

「いやぁ、ちょっと最近はご無沙汰なんですよ。結婚してからちょっとね。やりとりはたまにしますけど。

初春がここへ来れるような仕事をしてたらよかったんですけれどねー。どっちかというと、なか専門ですからね。

学園都市内ではホログラムメールのやりとりが出来ますけど、アレは外へ出ちゃうと使えないじゃないですか。

だからあたしが行った時じゃないと会える可能性はゼロですもん。でもここのところ、呼ばれる回数も減ったし。

やっぱり目つけられちゃったかなぁ……まぁいいけど」

「考えすぎだと思うぞ。あまり言えないけど、中は今も大変なんだ。そんなところを外部に見せたくないんじゃないかな。

最近は子供は別だけど、外からの見学者とか観光客も積極的には誘致してないような話も聞くぞ?」

「そうそう、麻琴ちゃん、無事に入れたんですか? というか戻ってこなかったらどうしようかと思ってましたけど♪」

冗談めかして軽く聞く佐天。

しかし、返ってきた上条の言葉は衝撃的なものだった。

「ちょっとな……俺も美琴も失敗したと思ってる。いや本当に大失敗だった」

上条当麻は下を向き、苦しげな顔で話をしている。

「美琴と麻琴が一緒に帰ってきた時のことなんだが、報道陣が100人くらい詰めかけたんだよ。

いかに歓迎してるか、ってのを見せつけたかったんだろう。もちろん俺たちはそんなこと知らされてなかったから唖然呆然ってところ。

あの通路に報道の人間だけで100人だぜ? 佐天ならわかるだろ?」

「すごいですね……」 びっしりとカメラやライト、マイクを持った人間、それに警備員やらアンチスキルやら、風紀委員(ジャッジメント)やらを入れたらもっと多い数になったろう。

(そう言えば白井さんはどうしているだろう?) と一瞬佐天の脳裏に懐かしいひとの面影がよぎった。

「やっぱり美琴、御坂美琴っていう存在は学園都市の華、なんだな。

俺と結婚して上条美琴になって、一児の母になってもそれは変わらない、いや更にステータスが上がっていたのかもしれない。

俺たちは甘かった」

 上条当麻の話は続く。

 「そういうところに、新たに外の世界からスターの娘が帰ってきたと?」

「まさにそうなったわけだ。親娘二代の花形スターに仕立て上げようとしたのさ。実際、俺はあいつらのところにたどり着けなかったんだぞ?」

「あら、感動の対面が出来なかった?」

「ある意味、感動の対面、だったね」 上条はそこで大きくため息をついて、茶を飲み干した。

「まぁぐちゃぐちゃで、参った。思わず上条さんは叫んじゃいましたよ、不幸だーって。まぁ俺のことはいいさ。

で、冗談はともかく、美琴も途中から恐怖を感じたって言ってた。麻琴は本当に怖がって震えてたらしい。

そんなところで……」  

 ――― バン! ――― 

上条当麻がテーブルを叩いた。湯飲みがひっくり返る。

「ひっ」 佐天がパッとひく。

「す、すまん。驚かしたか?」 上条当麻が謝る。

「ごめん。ちょっと年甲斐もなく興奮しちまった……」

佐天が上条の湯飲みにもう一杯、お茶を入れる。

「まぁ無礼なレポーターが、何人もつきまといながらしょうもない質問をしつこく繰り返して、あげくに1人か2人が麻琴をひっぱったらしいんだな」

「そりゃ美琴さんがキレますよねー」

「いや、違うんだ。……麻琴が電撃食らわしたんだよ」

「えーっ???」

そう、佐天は、麻琴がその前日に中学校で男子生徒数人を電撃で打ち倒していたことをまだ知らない。

「もちろん、美琴とは比べものにならない、可愛いレベルだったらしいんだけど、パニックになったものだからまぁ暴走状態になっちまったんだよ。

美琴が電撃使い<エレクトロマスター>なのは有名だけど、今は立派な大人だからな、アイツが電撃食らわすわけないってみんな考えてるから電撃防止対策が緩かったんだな。

自業自得だと思うが、まぁけっこう伸びちゃったひとが出たのよ」

「……」

「俺がそばにいたら、止められたんだろうけどな」 上条は右手を見ながらぼそりと言う。

「美琴がAIMジャマーを外していなかったのも運が悪かった。外して、麻琴にコンタクトして暴走を押さえ込むまで時間がかかった。

俺が二人のところに駆け寄れたのは邪魔者が全員ぶっ倒れたから、と言えばわかってくれるかな。

そしてまたこれがスクープになっちまってな。もちろん上層部が押さえこんだんだが、ウェブやTVの生放送は流れちゃったからな。

見たヤツの口はふさげねーよ」

上条は少し線が細くなったツンツン頭をぐしゃぐしゃとかき回した。

「よく帰って来れましたね」

「まぁな。で、覚えといて欲しいんだけど、」 と上条は一旦話を切り、佐天を見据えて低い声で話し始めた。

「麻琴は騒ぎをよく覚えていない。学園都市は美琴が電撃を放ってまわりを蹴散らしたことにした。もちろん美琴も納得した」

「次に、麻琴は直ちに身体測定に掛けられた。能力開発を受けていないにもかかわらず、パワーは最大10万ボルトが出せて既にレベル3にほど近いんだが、ノーコン状態。

従って形の上ではレベル1だ。麻琴にはパワーとレベルを1段下げて教えてある。

要は、麻琴は今、非常に危険な状態なんだ。急激に能力が発現しつつあるノーコンの能力者、と言えばわかるだろう?

とりあえずAIMジャマーで暴発を防ぐことにしたが、今付けているのは実は美琴と同じレベル5用の最新型なんだ」

「それじゃ……麻琴ちゃんは……」

「だから、一時帰国みたいなもんなんだ。最悪、3学期から学園都市に編入させなければならないかもしれない」

下ではそれぞれの親が深刻な話をしているとは知らず、二階の私の部屋ではあたしと麻琴が他愛もない話で盛り上がっていたのだった。
 

 

3学期。

クリスマスもお正月も、いつものように過ぎていった。

マコ、すなわち上条麻琴は引き続き、あたしと一緒に学校へ行っていた。

AIMジャマーの威力は確かで、あれ以降麻琴が電撃を放つことは全くなくなった。

「電撃が出そうになると、アタマが痛くなるの」と言っていたけど。条件反射でそのうち出せなくなったりしてね。

「ひとの噂も75日」とはよく言ったもので、「ビリビリ女」などのあだ名はだいぶ影を潜めてきた。



バルセロナで会合がある、ということで母が2週間の出張に出ていたある日。

あたしは第2の我が家である上条家で夕食を共にしていた。

「あたし、こんど自炊してみようと思ってます」 とあたしは詩菜大おばさまに話しかけた。

「あらあら、自立心が芽生えてきたのかな、利子さん? すごいわ。麻琴、あなたも見習わないとね、女の子なんだから。

でも、利子さん、まさかおばちゃんのご飯がもういやだとか、そういうことではないわよね?」

大おばさまが悲しそうな顔をする。

「とととと、とんでもない、違います、全くの勘違いです」

また飯抜きの刑を受けるのは絶対勘弁してほしい。

「もう今年で15歳ですし、いっぺんどこまで自分で出来るかな、って試してみたくなっちゃったもんで……」

「そうね、今ちょうどお母様も出かけてらっしゃるし。巣立つ練習するのにはちょうど良いかもしれないわね。

でも、いやだわ、お願いだからうちで練習してくれるかな。おばちゃん1人でご飯食べるのは寂しいわ」

え? 最後の言葉にひっかかった。1人って? なに?

「ちょっと、母さん、ワシがおるじゃないか」 口を挟んだのは上条家の主、上条刀夜さん。久しぶりに帰ってきているのだった。


「何言ってるんですか刀夜さん? 自分は好きなようにほっつき歩いてて、ろくすっぽ連絡もなしのくせに、いきなりクリスマスにサンタの格好で帰ってきて。

何がワシ自身がクリスマスプレゼントー! ですか、ばかばかしい。

そうやって何人の女をくどいてきたのかしらねー。…………ちょっと、聞いてるの、刀夜さん?

ああもう、刀夜さんったらそんなに私を怒らせたいのかしら? あなた、もしかしてマゾなのかしら?」

真っ黒なオーラが巨大化し始めた大おばさまと、

ああもうどうしよう助けて下さい、という顔をしている刀夜おじさま、

そして 「また始まったか、好きにしろ/好きにやってろ/してやがれ、の三段活用!」 という顔でぱくぱくご飯を食べている麻琴。

ああ、これで台所デビューの話は消えたなーと、あたしは一人小さくため息をついた。

 「ねぇ、リコ、ちょっと相談したいことがあるんだけど」 と麻琴が小さい声で言う。

「なに?」

「部屋で」

「む(OK!)」

ぐちゃぐちゃのドロドロが始まってしまった刀夜・詩菜お二人からそーっと抜け出したあたし達は、そーっとまた麻琴の部屋に上がっていったのであった。

「脱出成功!」「いぇっさー!」

「あー、しんどかったー」

あたしは床にごろんと転がって、ベッドに飛び込んだ麻琴の方を見る。

「リコ? 食べてすぐ寝るとウシになっちゃうんだよ? だからね、うしリコ? リコうし? うーん」

「ひねりが足りません! そのままじゃないの。ざぶとん取り上げだね。つーか、アンタだって同じじゃないの」

「えー、あたし寝転がってないもん。座ってるからウシじゃないよー」カエルのぬいぐるみを抱きしめている麻琴。

「でもホントにね、おじいちゃん、(帰ってきたとき)サンタのカッコした泥棒かと思ったのよー、くくく」

と思い出し笑いをひとしきりしたあと、あたしの方を見ずにカエルのぬいぐるみに向かって麻琴が言う。

「リコ、学園都市に行かない?」

「わかってるでしょ」 とあたしはいつもの答えを返す。

でも、その瞬間、私はさっきの大おばさまの言葉の意味を理解した。

「え、あんた……」 血の気がひいたのがわかった。

「……ごめんなさい……」 ぬいぐるみに顔を突っこんだまま麻琴が泣き出した。  「わたしだって、やだよ、でも」

「だめなの。行かなきゃだめなの。コントロール出来るようにならなきゃいけないの。今のままだと、あたし、化け物になっちゃう」

あたしは泣く麻琴にかける言葉を見つけられなかった。

「こんな能力いらないのに。サンタさんにだって頼んでないのに。どうして今になってこんなことになっちゃったの? 

私のせいなの? ねぇ、リコ、なんか言って!お願い」

あたしはあたしで突然のことに衝撃を受けていた。

マコが、かわいいマコが、あたしのマコが、あたしの妹分が、あっちに行ってしまう。きっと、もう会えない。

あたしの頭の中を、ぐぉーっといろいろな思い出が駆けめぐっていた。

しかし、その中で、(ああ、やっぱりその日がきたか) という冷静な自分がいることにも気が付いていた。

(仕方ないよ、麻琴は能力者なんだから) というそいつは、混乱するもう一人のあたしをじっと見ていたのだった。

「リコ、今度の週末、学園都市の見学ツアーがあるの。母も来るけど、途中からなの。だから代理という形で、

一緒に行って欲しいの。お願い」

「あたしが行っても 「いいの。リコは、あたしの親代わりなんだから」 ……」

(あたしはアンタの母親かいっ!……まぁ姉ぐらいってとこかもね)

幸か不幸か、週末にはまだ母は日本に帰ってきていない。行こうと思えばいける状態にあった。

このチャンスを逃したら、次はいつ行けるかわかったものではないし、麻琴と一緒に行ける、ということもあたしの心を揺り動かすに十分だった。

見学ツアーというのも社会科見学みたいなものだろう、とその時は考えていた。中学2年生の好奇心は不安より強かった。

しかし、(お嬢ちゃん、世の中はそんなに甘いもんじゃおまへんがー)ということをイヤと言うほど思わされることになるのだった。





そして運命の土曜日の朝。

新宿駅西口のホテルの前に学園都市行きの見学ツアーバスがざっと10台並んでいた。

驚いたことに日本人だけではなく、欧米や東南アジア、オーストラリア、中近東の各国から来た、という感じの親子もかなりの数がいた。

圧倒的に子供が多いが、中にはあたしたちのような中学生、また高校生以上かな?というような大人っぽい学生もチラホラと。

「ちょ……、スゴイねぇー」 あたしは少し雰囲気にのまれていた。

「ママに聞いたんだけど、少子化の日本だけじゃじり貧になるから、海外からも子供を呼んでるって言ってた。

こうやってみると世界にはいろんな人がいるんだねー」

すこし経って、

「本日は学園都市先行体験・見学講習会にご参加頂きまして有り難うございます。

お忙しいところお集まり頂きまして誠に恐れ入ります。

つきましては、日本国籍の方の点呼を取りますのでこちらへお集まりくださーい」

という内容の案内が流れた。

その後、英語、スペイン語、中国語など各国の言葉での説明が続いていた。

「麻琴、先行体験ってなに? 何か変なことされるんじゃないよね?」

「ママは何も言ってなかったから大丈夫だと思うよ?」

「ちょっとアンタ、詳しいこと何も調べてないの?」

「いやー、『アンタは黙って、来れば良いだけだから』って言われたの……。

まぁとって食われることはないと思うよ。

それより、この間みたいなことになったらどうしよう、ってそっちの方があたし少し心配」

「それ、マズイ。あたしが一緒に行ったこと母さんにバレちゃうよ。

大変なことになっちゃうよー、やっぱり止めようかなぁ……」

「今更ここまで来て何言ってるのよ、リコはあたしの親代わりでしょ?」

不安になったあたしと、すっかり腹をくくった麻琴との間で真剣なんだか漫才なんだかわからない言い争いが始まったとき、

「上条さーん? かみじょう まことさぁん、いませんかぁ?」  係員の女性が麻琴の名前を呼んでいる。

「呼ばれてるよ? アンタ」

「リコ、行くよ!」 

麻琴があたしの右手を左手でひっつかんだ。麻琴はあたしを引きずりながら係員さんの方へ走っていった。

 

 

――― 学園都市 入出国管理事務所 エントランス ――― 

あたしたちはバスの中にいた。

(どうしよう、ホントに来ちゃったよ……) 7割の罪悪感と3割の好奇心があたしの心を占めていた。

ガイドさんが車内マイクで案内を始めた。

「それでは、ここで入国審査を行います。外へ出る必要はありませんが、申し込み時と本日変更されて違う方が付き添われているような方はいらっしゃいませんか? 

すみませんが、その方は一旦事務所で確認作業を行いますので、お手数ですが一旦下りて頂きます」 

「すみません、母親の代わりで来てまして、私は父親なんですがそう言う場合も下りないとダメですか?」

「申し訳ございませんが、個人情報が異なりますので、お手数ですが再審査となりますので宜しくお願いします。

お時間はかかりません。他にはいらっしゃいませんか? ご本人である証明書、日本政府発行のパスポートまたは免許証などをお持ち下さい」

何人かの親御さんがガイドさんに連れられて事務所の方へ入っていった。

と、入れ違いに2人の入国管理官?が入ってきた。

「えー、それではチェックを始めますので、身分証明書の提示をお願い致します。

お子様は生徒証、学生証でもちろんOKです」

幼稚園児もいるんだけど、証明書なんてあるのかしらん、と思っていたらその子はパスポート出していた。杞憂だった。

「前もこうだったらよかったのにな……」と麻琴が一人ごちていた。
 

あたしはチェックが終わったので外をぼけっと見ていると、他のバスからはぞろぞろとひとが下りている。

どうやら外国人は全員一旦外へ出されているみたいだ。

「あたしらはいいのかな」 とつぶやくと、隣の麻琴が小さい声で

「結構、身分証明書を偽造して入ろうとするひとが多いんですって。あたしが行ったときにも、あっ!?」

麻琴が小さく叫び声を上げたので、(なに?)と外を見ると……


男が子供を引っ張って走っていた。なにがあった?

――― 突然その前に高校生?ぐらいの男子生徒?が現れて、「あれ? あの人どこから?」 ――― 

次の瞬間、男は道路に倒れ込んでいた。というより何かで押さえつけられた、と言う感じだった。

子供はその男にしがみついていたところを、駆けつけた警備員風の女性にだっこされて事務所の方へ連れて行かれた。

残された男の方はもう1人の警備員に、こちらは屈強な男の人で、スタンガンかなにかで気絶させられたみたいで、
警備員に軽々と担ぎ上げられてこちらは警備車?の方へ運ばれていった。

この間、たぶん2分も経っていないだろう。

「おお~」声にならないどよめきのようなものがバスの中に広がり、あたしは我に返った。

「マコ……」

「リコ……」

あたしたちは顔を見合わせたけれど、二人ともそれ以上言葉が出なかった。
 

少したって、先ほどの女性警備員?さんがトントントンとバスのステップを上がってきた。

「学園都市へようこそお越し下さいました。

わたくしは学園都市アンチスキルに所属致します、入出国管理事務所警備担当の内田(うちだ)と申します。

ご覧になった方もいらっしゃると思いますが、先ほど偽造パスポートで不正入国を図った男性1名と小児1名を拘束致しました。

2名とも大きなけがはしておりません。お騒がせ致しまして誠に申し訳ありませんでした」

バス内がざわめく。

「なお、入国審査場から脱走を図った際に数人の一般の方が巻き込まれて、軽いけがをされた方がいらっしゃることから、このバスの出発は少し遅れますのでなにとぞご了承頂きたく、宜しくお願いします」

よどみない説明を述べたアンチスキルの内田さんは、バス内を進み、奥でチェックをしている入国管理官と二言三言、言葉を交わしてバスを降りようとバスの乗車口に戻って来た……

「すいません、あの」 あたしは反射的に声を上げた。

「なんでしょうか?」  と内田さんは笑顔であたしの顔を見た。

「さっき、あの、突然男の学生さんが現れたような気がするんですけれど……?」

彼女は一瞬考えた後、またニッコリして答えてくれた。

「彼は風紀委員<ジャッジメント>でしてね、空間移動<テレポーター>の大能力者、つまりレベル4、の学生ですね。

テレポート能力を見るのは、あなたは初めて?」

まわりから 「あのひと学生だったの?」 「すげー、あれが超能力か…」 「ホントなんだ……」 というささやきやら何やらがバスの後部へ向かって波紋を広げて行く。

「は、はい。一瞬見間違えた、というか、あれ? どこから来たんだろうって思っちゃいました」

あたしの声も少しうわずっていたんだろう、内田さんはくすっと少し笑って、

「最初に見るとびっくりしますよね。私もいきなり人が目の前に現れた時は、買い物袋落としちゃいましたから。

心臓によくないですね、アレは。(というか、アレは越権行為なんだけど。ことと次第では後でしばいてやらないと!)」

と後半はブツブツ独り言? を言ってバスを降りていった。

(アレが超能力か!)

とにかくいきなりレベル4の能力をナマで見ちゃったわけで、すっかりさっきまでの不安はどこへやら、(あたし、ホントに来ちゃったんだー!!) という興奮の方が先に立ってしまった。

「ちょっとー、リコ、なにキラキラしてるの? おーい、帰ってこーい? リーコー?」

麻琴があたしをトントン叩いていたことは全く記憶にございません、でした。
 

 

smile for you and ~、とメールの着信アラートが耳元で小さく鳴った。

「あれ、なんだっけ、これ……と」

学園都市の守護神<ゴールキーパー> 花園飾利(旧姓初春)はスカウターのホログラムを開く。

<着信メール 1件>という表示が出ている。発信人は<学園都市入出国管理事務所情報センター>とある。

「?」 と思いつつ、<開封>のところに視線を合わせる。

すると ” さてん としこ 再入国 ” と文字だけが流れてきた。

 

(わぁ佐天さん……じゃないわ?、他に佐天って誰かいたっけ……?    

          ……             

          ……

えぇぇぇぇぇぇぇぇっ??? まさか、あの子? ホントに?)

 

あたふたと花園はスカウターの<メール発信>に視線を合わせ、次に<思考入力>を選び、アドレスの欄に<佐天涙子>を想定し、頭の中で発信内容を作り上げ、内容を確認して<送信>を念じた。

同時に部屋のブラインドを下ろし、スタンバイ中のPCを立ち上げてジャッジメントIDを入力して入出国管理事務所の監視カメラ映像を確認し始めた。
 

しばらくして、Go go ready ~ と違うアラートが鳴り、スカウターに ”佐天涙子 音声通話 ”の表示がでた。

<開始>を頭のなかで念じると、

「う・い・は・る~、ひさしぶり~。なに? どうしたのこんな時間に~?」

と懐かしい声が飛び込んで来た。

「いまは、は・な・ぞ・の、ですって! いい加減に覚えてくださ~い、佐天さんたら!」

「あー、そうだったねー、いやぁごめんごめん。でも、初春はいつまでも<ういはる>だからねー!」

「なに訳のわからないこと言ってるんですか? 昼間から飲んでるんですか?」

「今はもう深夜1時だっての。こっちの時間見えてない?」

なるほど、<発信場所検索>を想定すると、スカウターのホログラムには " Barcerona, Spain : Telefonica AM 1:17 " との表示が現れた。

「はー、スペインにいるんですか……、いいなぁ」

「よかないわよ、初春。遊びならいいけどさー」

「そ、それどころじゃないですよっ、佐天さん!!」

またもや佐天に 「ういはる」 と呼ばれたのだが、もうそんなことはどうでもいい。肝心な話だ。花園飾利は叫んだ。

「お嬢さんって、”としこ ”って名前でしたよねっ?」

「としこがどうしたのっ!!???」 

それまでの <へろへろ・あはーん> というようなだらけた口調はすっ飛び、いきなり緊迫した声になった。

「学園都市に入ったというオートコールがありました!」

「あン の バカむすめがぁっ――!!!!!!!!」

ものすごい衝撃波が来た。
 

ボイスオートコントロールがあって助かった、と花園飾利はスカウターに感謝した。

それでもアタマが一瞬クラっときたくらいだったのだから。

「で、今どこ、どこにあのバカがいるのっ?」

「ちょっと押さえて下さい、佐天さん、怒鳴ったところで状況は変わりませんよ」

彼女はいつもの守護神らしさを取り戻していた。パタパタと検索をかけて行く。

「どうも、学園都市主催の先行体験・見学講習会に参加しているようですね」

「……」

「全体の参加メンバーを見てみますね。……ひゃー、ざっと13カ国ぐらいの多国籍研修会ですねー」

「もしかして、”かみじょう まこと ”って子がその中にいないかな?」

佐天も少し落ち着いたようだ。

「かみじょうさん? って、ええ? もしかして御坂さんのお嬢さんですか? 

この間の、もしかして超電磁砲二世とか噂されている?

キャー!すご~「いたの、いないの、どっちなのっ!?」」   佐天がじれて怒鳴る。

「んもう、そんなに怒鳴らないで下さいよぅ……、あ、いました。参加してますね」

「あン のガキめらぁ……、わかった。ありがとね初春!」

「はなぞの、ですってば!」

「すまないけど、ちょっと見ててくれるかな、あたしもそっち行くから!」

「いいですよ……え? はい? ちょ、ちょっと、ちょっと佐天さん!?」

スカウターのホログラムに " 通話終了 リダイヤルしますか?" の文字が躍る。

花園飾利は、一瞬リダイヤルを思いかけたが、まぁいいかと<通話終了><思考入力 解除>を選択して一旦スカウターを解除した。

(さーて、どの子が佐天利子ちゃんなんだろう?)と先行体験・見学講習会のデータリストをチェックし、顔データをダウンロードして監視カメラのプログラムに「捜査」を入力しチェックを開始した。

「ふーん、この子か……。やっぱり佐天さんとは似てないわね、ま、そりゃそうよね……。

あの子がねぇ……あたしがおばさんになるわけだわ」

花園飾利はぶつぶつ独り言を言いながらデータをチェックして行く。

「さーて、今はと……バスから降りてるのかー。ちょっと面倒かもしれないですね。どうしよう? 

そうだ、上条麻琴ちゃんを見つければ一緒にいるかもしれない」

ともう1台のモニターに上条麻琴の顔を映し出しておき、こちらでは「自動追尾」を指示した。

だが、この時まだ花園飾利は気が付いていなかった。バスが止まっているところがどこなのかを。

 

一方そのころ、佐天涙子は……

「わかったわ、佐天さん、任せておいて」

「すみません、あたしも直ぐ行きますから」

「いいわよ、あなた、今回発表なんでしょ?」

「いいんです。" Nature " に既に発表してますから、今回はそれの詳細を追加発表するつもりでしたけど、次の京都での開催の時でも問題ないですから!」

「そんな、佐天さん……ごめんなさい。麻琴のせいで」

「あはは、気にしないで下さい。でも、言うこと聞かないで突進しちゃうの、ちょっとあたしに似てきたと思いません?」

「自慢にならないような気もするけど? 佐天さんも親ばかねぇ」

「そう言ってもらえると、親やってる甲斐があるってもんですよ……あたし。 じゃもう空港なんでまた連絡します」

「気を付けてね!」

(あの行動力はさすが佐天さんねー、私も見習わなくちゃ。ってそんなことより娘たちは今どこかしら?)

上条美琴は席に戻ると秘書に、

「申し訳ないけど、予定を変えるわよ。公式行事は今で終了。私はこれからプライベートタイムに入ります。

復帰は明日の午後。戻る1時間前に連絡します。やっかいそうなもの、残ってる?」 と指示を下す。

「本日18時からの新入学予定者たちとの合同懇親パーティはどうされますか? 

お嬢様と御出席予定となっておりますが……。 これはやはり委員ご自身の方が宜しいかと判断致します。

その他はとりあえず私でも大丈夫でしょう、とカミジョウは、……コホン、失礼致しました」

「あなた、今、もしかしてウケ狙ったのかしら? 美子(よしこ・元10039号)?」

「いえ、とんでもありません、上条委員。委員の影を果たせるのは今やこの私だけです、とささやかな自負と共に私は宣言します」

「まぁね、それは認めてるわよ。しっかりね。じゃ18時のパーティには娘たちと戻ってきて参加します」

「了解致しました。ということで、プライベートに入ったお姉様<オリジナル>にミサカからお願いがあります」

「ちょっと、もう委員からお姉様<オリジナル>に切り替えたの? す早いわね」

「当然です。伊達にお姉様<オリジナル>と22年を共にしておりません、とミサカはちょっと自慢げに胸を張ります」

「申し訳ないけど、それは他の妹達<シスターズ>も同じなんだけれど?」

「いえ、内容の充実さにおいて、このミサカは他の個体に対し優位に『あー、もういいから。で、早くお願いをいいなさい!』」

「はい。ミサカはお姉様<オリジナル>のお嬢様にお会いしたいのです、とミサカはささやかな希望を述べてみます」

「ごめん、それはまだ早すぎるわ。もうちょっと時間が経ってからじゃないと、今は無理。で、いったいどうしたのよ、突然?」

「はい、このミサカと上条当麻さんとが結ばれて、出来た子供がどうなるのかを実例を見て考えてぐぷっ!?」
 

  ――― ごちん ――― 

 「何考えとんじゃゴルァァァァァァァァァァァァァァ!」 

ミサカ美子(10039号)は美琴のチョップを食らってのびてしまった。
 

「いけない、いま麻琴がどこにいるのかわからなくなってしまったじゃない。

あー失敗だぁ……こら、起きなさいミサカ!」

「……てめぇでチョップ食らわしておいて、今度は起きろですか、勝手にしやがれとミサカは心の中でがさつなお姉様<オリジナル>をののしってみます」

「もう一度吹っ飛ばされたいの、あ・な・た?」 美琴がニッコリと微笑む。

「そうだ、今日は琴子(ことこ・元19090号)に頼もうかしら?」

ぽーんとミサカ美子(10039号) ――― 上条美琴のクローンの1人 ――― は 「なんでもありません、お姉様<オリジナル>」

と立ち上がって起立の姿勢をとった。彼女はスカウターをささっと走査し、5秒後に回答を出した。

「上条麻琴他、日本人の新入予定者を乗せたバスは現在、第1中央能力開発センターに到着しています。

既に1時間が経過」

「何ですって?」

美琴の顔が厳しいものになった。

「そんな予定なかったわ。おかしい。というより佐天さんがまずいわ。普通に行ったのでは間に合わないわね。

……仕方ないけど、呼ぶしかないか」

美琴はブローチに触れてささやく。

「黒子? 聞こえる? こちら美琴です。悪いけど、抜けられたら第1学区の広報センターの2Fメインロビーまで来てくれるかな、出来れば急ぎで。緊急事態発生よ!」

ささやいた後、美琴はミサカ美子(10039号)に向かって命令する。

「アイツにも伝えておいて。私はこれから第1中央能力開発センターに行きますから、と。

それからあなた、私の影を頼んだわよ。それから琴子(19090号)をあなたの影にしなさい。わかったわね」

「かしこまりました。それでは大切なことなので、私は直接当麻さんへ会ってお伝えして参ります、とミサカはあの人に会う口実が出来たことを密かにほくそ笑みます」

「あなた、顔がニヤケてるわよ。鏡見てご覧なさい?」

と言い残して美琴は役員専用エレベーターへ乗り込んだ。

 

 

親たちがケンケンガクガクの大騒ぎになっているとも知らず、佐天利子と上条麻琴は他の見学者たちと一緒に第1中央能力開発センターにいた。

「ちょっと、もしかして、ここで能力チェックするんじゃないの?」 あたしはちょっと不安になった。そんな話じゃなかったからだ。

「ごめんねー、リコ。あたしも聞いてなかったのよ、こんなことがあるだなんて……。

だって、スケジュールには書いてないのよ、これ」

ブツブツいいながら、どうしよう、怒られるかも、という顔をして麻琴があたしの顔を見る。

白衣を着た、いかにも研究者、という感じの男の人や女の人がニコニコしながらあたしたちを見ている。

一人の男の人がマイクを使って説明を始めた。

「それでは、今日は人数が多いので、いくつかのグループに別れて頂きます。よろしいですか?

まず大きく分けて、能力があると判定されたことのあるご家族がいらっしゃる方、こちらへどうぞ、左手へお集まり下さい!」

麻琴が左へ移動しようとして、あたしの顔を見て立ち止まった。

そしてニッコリ笑ってあたしに言った。

「あたし、リコに付いてあげる!」

「いいの? だって……」

「気にしない気にしない、バレたからってどうというモンじゃないし、あ、スイマセーンてなものよ、たぶん」

正直、ほっとした。あたし1人じゃとてもこの中にはいられない。ちょっと怖いから。
 

「それでは、それ以外の方はこちら、右手へお越し下さい!!」

だいたい四分の三くらいの人たちがあたしと同じ、家族に能力者がいない方に集まった。

背の高い、ちょっとカッコイイ研究者のような人が説明する。

「今日は簡易検査ですので、お時間はかかりません。注射とかそういうこともありません。ご安心下さい。

学園都市に正式に入られてからもう一度再検査を致しますので、気を楽にして下さいね」

「次に、年齢毎に別れて頂きます。

小学校入学前のお子様並びに保護者の方は" A "の列に、

現在小学生のお子様並びに保護者の方は " B "の列に、

現在中学生のお子様並びに保護者の方は " C "列に、

高校生以上の方並びに保護者の方は" D "列にお並び下さい」

さらに4つのグループに別れたので、それぞれはだいぶ小さくなった。

あたしたちC列のグループは、中学生本人がざっと10人、うち男子が6人、女子が4人といったところだった。

「何されるんだろう?」 「薬飲まされるんだって」 「えー、なんか怖い」 「だったら来るなよ」

みんな勝手に言いたい放題。

「まぁ、ここでいっぺん見てもらえば、リコもはっきりするかもね?」

麻琴がペロっと舌を出す。

「あのね、母さんにバレたらあたしどうなると思うのよ? 怒ったらそりゃスゴイんだからねっ!」

麻琴に文句を言ってみる。

「んー、もし家放り出されたら前のように詩菜おばちゃん家に居候すればいいよ。詩菜おばちゃま喜ぶよ?」

「そういう問題じゃないんだけど!」

「怖いの?」

「怖くなんか! (……やっぱり怖いよ)」

あたしたちC列のところに男の人と女の人がやってきた。

「それじゃぁ、Cグループの方、我々がご案内致します。私は垣内(かきうち)です」

「わたくしは湾内(わんない)と申します。どうぞ宜しくお願い致しますわ」

あたしたちは大ホールからエレベーターで上に昇っていった。

あたしたちは8階の待合室みたいなところに通された。

「どうもこういう病院という感じのところは好きになれないなー」

とあたしはため息をつく。

「病院が好きな子なんか普通いないわよ」

と麻琴がツッ込む。いつもと立場が逆だねー、どうもいかんな。

「あー、でもあたしのパパはしょっちゅう病院に入ってたから、とうとう専用の部屋が出来た、ってママが言ってた」

はいはい、アンタのお父さんは不幸の避雷針だもんねー。

「でも、お父さんがいるってのは心強いわよ」

と、何気なく言葉を返すと、(あ、やっちゃったかな?)

「うう……、ごめんなさぁい、リコぉ、またあたし余計なことを……」

またグスグスが始まってしまった。

しかし、言われたあたしがわりと平然としてるのに、加害者のアンタがなんでいちいち泣くのかしら。はー、不幸だ。

「お待たせしました。それではここからは男女別になりますので宜しくお願いします。保護者の方はここでお待ち下さい。

男子の方……6人の方は私に付いてきて下さい」

垣内さんが男子6人を連れて行く。

「行ってくるねー」

と意気揚々と男子たちが部屋に吸い込まれて行く。

「それでは、女子の4名の方、わたくしに付いてきてくださいね。保護者の方はこちらでお待ち下さいませ。

あら? あなたはどうして残っていらっしゃるの? それに、あなた(あたし)とあなた(麻琴)のご家族の方はどうなさいましたの?」

と湾内さんがあたしたちに尋ねる。そりゃそうだよね。中学生の女の子2人だけ、とは思わないよね。

「あ、あたしは実はこの子の親代わりなんでーす」とあたしがちょっとおどけて答える。

「まぁ! 本当に? かわいらしいお母様ね、ほほほ。じゃあ、あなたたち2人だけで今日は学園都市に来たの? 偉いわね」

「ええ、でも私の母は、あとから来るはずなので」 と麻琴が会話に割り込む。

「あら? ではあなた、お母様はこちらにいらっしゃるの?」  と湾内さんが麻琴に聞く。

まずい、麻琴のウソがばれる!

「あのー、早く行った方がいいんじゃないかと……」  とあたしは話をそらせようと必死。

「あらいけない、ちょっとおしゃべりしちゃったわね、ごめんなさいね。直ぐに行きましょう」 

よっしゃ、作戦成功!

「ところで、その前に、あなたは検査受けなくても良いのかしら? どうなの?」

おっと、意表をついた質問が来た! 

「いえ、あたしは付き添いですか「受けなよ、リコ!」……」 麻琴!この小悪魔!

「あらそうよ。大丈夫、怖いことは絶対無いから。おねえさんが保証してあげる。受けていきなさいな」

かくして遂にあたしも能力検査を受けることになってしまったのだった。

尤も、あたし自身、どこかに「もしかしたら」 なんていう、かすかな期待みたいなものがあったのは事実だったから……。
 

 「はい、それでは確認致します。かみじょう まこと、さん」

「ハイ」

「あなたは、さてん としこ、さんね」

「はい」

「たてかわ ゆめの、さん」

「ハイ」

「ゆかわ ひろみ、さん」

「ハイ」

「それではお一人ずつ入って頂きます。服はそのままで大丈夫ですから。それではかみじょうさん、入って下さいね」

「じゃ、行ってくるね、リコ」 「ハイハイ、あたし知らないからね、マコ」 「だいじょぶだってー♪」

相変わらず脳天気なヤツだ。アンタ、大物になるよ、ホント。


 ――― ものの30秒で麻琴は出てきた ―――  (マコ、早い、早すぎるよ!)

 

 

「どうしたの?」 あたしは当然ながら聞いてみた。残りの2人も寄ってきた。「何をされました?」 「どうでした?」

「パパとママの名前を答えたら」 麻琴がちょっとむくれて言う。

「あなたは今日ここで測る必要はないです、お母様に尋ねてご覧なさい?、と笑って言われちゃったわよ。

湾内さんって、ママの学校の後輩なんですって」

「へーっ」 「なーんだ」 「え、じゃあなたはもしかして能力者なの?」 「え、そうなの?」 「すごーい!」

「ねぇ、空飛べるの?」 「火の玉出せるとか?」 2人の女の子から矢継ぎ早に質問される麻琴。

「ちょ、ちょっと、何よ、知らないわよっ、リコ助けて!」

「知ーらないってば」 あたしは冷たく麻琴をあしらった……ふりをした。

「さてんさーん、入って下さいね~」  湾内さんが私の名前を呼んだ。来てしまった。

「じゃ、あたし行ってくる」  ちょっと緊張して私は麻琴に言った。

「大丈夫、なんかあったらあたし助けに行くから」  麻琴が言う。

「ハイハイ、あてにしないで待ってるわ」

私は扉を開けて中に入った……

 

「もう、御坂さんのお嬢さんだったなんて。どこかで見たような気がするなぁ、と思ってましたのよ」

と湾内さんは机の3次元ホログラムモニターからあたしの方を見て軽く睨んだ。

「すみません、あたしが不安だったので、彼女が気を利かせてあたしと同じグループに入ってきてくれたんです」

「なるほど、優しいのね。……大丈夫よ。じゃ、まずお父さんとお母さんの名前を仰って下さいね」

「父は……わかりません。あたしが生まれて直ぐに事故で死んだと聞いています」

「まぁ、それは……お気の毒でしたわね。ごめんなさいね、これも規則なので。それではお母様のお名前を」

「さてん るいこ、です。るいこは" なみだ "のるいに、" こども "のこ、です」

「佐天涙子……ね。ごめんなさいね、チェックかけているので………なるほど、お父様はわからないのね……

あら、あなた、ここで生まれてるのね? 生年月日はXX年X月X日で正しいのかしら?」

「はい、間違いないです。記録が残っているんですか?」

「ええ、あなたがいつどこで生まれたのか、あなたのお母様がいつ学園都市に来られたかもわかりますよ……あら?」

湾内さんのデータ入力を操作している手が止まった。そして驚くべき質問が来た。

「あなた、お母様が能力をお持ちだったことは聞いてらっしゃらなかった?」

―― かあさん、そんな話、本当なの? ――― 

「母がですか!? そんなことは聞いてません!……母は無能力者だったと常日頃言ってますし、だから、あたしが学園都市に行くことはもちろん、今日のこの見学のことも大反対でした。

無能力者には厳しいところだからって」

湾内さんはちょっとまずかったかな、という顔してあたしに答えた。

「記録によれば、あなたのお母様は、あなたの年の頃、正確には中学1年生の時に、ある病院に入院されたことがありますわ。 とある事件の被害者だったようですね。

うーん、詳しくは申し上げられませんけれど、この事件で入院された方は、いずれの方も能力を持っていらした方ばかりでしたの。

ですから、もしお母様が本当に無能力者であったならば、被害者になることはなかったはずですわ。

ただ、書庫<バンク>の記録にはお母様の能力の記載がなかったので、たぶん能力が発現したばっかりで公式に確認される前に発病して入院されてしまったのではないかと思いますわ」

(母さんは完全無能力者ではなかった……) (母さんがウソを言ってた……) (あたしは無能力者ですからねー……)

私のアタマのなかでは、母さんの顔が、言葉が渦を巻いていた。

「ごめんなさいね、ちょっと混乱させてしまったようね。ちょっと落ち着きましょうか。とりあえず次の項目に、……あら?」

またもや湾内さんが不審な声をあげた。くるりと椅子を回してじっとあたしの目をみつめて言った。

「あなた、もしかして、AIMジャマーをつけていらっしゃる?」

本当に今日は驚かされっぱなしだ。

「はい? アタシが、ですか? ととととんでもない、そんなもの付けたこともないです。

マコなら、いやあの上条麻琴さんが付けてるのは知ってますけど?」

「ええ、わたくしも知っておりますわ。さきほどね。」と湾内さんがあたしの顔をまっすぐに見つめて言う。

「彼女のジャマーの影響はこの部屋には及びません。ですが、今、この部屋の中にAIMジャマーが存在すると言う反応が明確に出ておりますのよ? ほら」

と湾内さんがモニターをこちらに向けるとそこには警告表示が出ていた。

――― ホントだ ――― どこに? どうしてあたしに? ―――    

「あなた、お母様からはやっぱり何も?」

「……はい。もう、なにがなんだかわからなくなってきました。母さんは無能力者じゃなくて、実は少しだけど能力があった。

そして、今度はわたしにAIMジャマーがくっついてる、なんなんですか? 私、いったいどうなってるんですか?

そんなこと、聞いたこともないです。母さんも何も言ってないです。もうわからないです!」

もうあたしのアタマの中はぐしゃぐしゃだった。

「ねぇ、一旦休みましょうか」と湾内さんが優しくあたしに言った。

「感情が乱れると、テストにならないし、危険なこともあるの。大丈夫よ、いま無理することはありませんわ。

ちょっと何か飲んで落ち着いた方が良いですわ。コーヒーでも如何?」 と優しい言葉をあたしにかけてくれた。

「ぐすっ、は、はい。コーヒー頂きますぅ……」

あーあ、麻琴を笑えないわ、あたし。グジュグジュのボロボロ。しっかりしろ、佐天利子! みっともないぞ!

「ミルクとお砂糖はどうしましょうか?」

「ミルクは普通で、お砂糖は少なめでお願いします、すみません、みっともないところお見せして」

「気にしないで大丈夫よ。コーヒーには鎮静効果がありますから、もう少ししたらだいぶ楽になりますわ。

そうね、あと2人だから先に彼女たちを測定してみましょうか。時間ももったいないし。あなたは最後にもう一度やってみましょう。

そのころにはもう落ち着いているわよね?」

「すみません、ご迷惑おかけしました……」

「いいえ、大丈夫よ。こちらのことは気にしないで下さいな」

(さて、彼女のジャマーのデータは取れたと……。これを打ち消すようにデータを作れば良い……)

……湾内は、佐天のAIMジャマーを無効化するアンチジャマーのデータを作成にかかった。
 

 

あたしはコーヒーの入ったカップを持って外へ出た。

「どうしたの、リコ!?」 

ぐちゃぐちゃのあたしの顔を見て麻琴がすっ飛んできた。

麻琴の顔を見たあたしは緊張が一気に緩んで、

「マコぉぉぉぉ! うわぁぁぁぁぁぁーん!!」  

と恥も外聞もなく泣き出してしまったのだった。

「リコ、リコったら、何よ、どうしたのよ、泣いてちゃわかんないよ、しっかりして!」

たてかわゆめの(館川夢乃)さんと、ゆかわひろみ(湯川宏美)さんもちょっと不安そうにあたしを見ている。

「たてかわさん、お入り下さいな」

ちょっと困った顔をしながら湾内さんが出てきて次の館川さんを呼んだ。

「はい」

とちょっと不安げな顔をしながら館川さんが入っていった。

「ねぇ、リコったら、しっかりして。何があったの? 一体どうしたの?」

麻琴があたしに問いかける。

湯川さんもすごく心配そうな顔をこちらに向けている。

「うっ、うっ、あ、あたしに、AIM、ジャマーが、取り付けられてるって、湾内せんせいが、言うの。

で、か、母さんも、能力者だ、能力を持ってた、ってあたしに教えたの。

かあさんの、今までの話、じゃぁみんなウソだったって、そういうことなの? もうわかんないよ!」

「そ、そんな……」

麻琴が絶句してしまった。

「ジャマーって、あの、能力者が付ける機械のことです、よね?」

湯川さんが恐る恐る訊いてくる。

「うん、こういうヤツだよ? ママもうちに帰ってくるときはしてるよ」

と麻琴が袖をまくり上げて自分のAIMジャマーを湯川さんに見せた。

「へー……、すごーい、ということはお二人とも、もう能力者なんですね?」

と尊敬するような目であたしたちを見る。

「いや、あたしはちょっと問題があるんだけどね? でもリコは持っているのかどうかはっきりしてなかったの。

お母さんが無能力者だってことはお母さんが言ってただけだから、リコもそれを信じてただけで、本当のことを
知らなかったと言うことよ。

今まで測ったことなかったから、(チェックしてもらって)よかったのかもよ」

麻琴がわりと冷静なことを言い始めた。その通りよ、とあたしを見つめるもう1人のあたしがささやく。

でも、そんなのいや、あたしは、と言おうとしたところで

「ありがとうございました」

と館川さんが部屋から出てきた。泣きそうな顔をしている。

「どうでした?」 「どんな感じでした?」 麻琴と湯川さんが口を揃えて訊く。

「簡易検査だから、改めて精密検査を受けることも出来るけど……」

館川さんが、ぽろっと涙をこぼした。

「たぶん、能力はない、って、うぁぁぁぁん! 悔しいよぅ、どうしてなのよぅ、うわーん!」

ばっと走り出し、ソファーにしがみついて、バンバン座面を叩きながら館川さんが泣く。

(能力が無くて、悔しいって泣くひともいるんだ……) とあたしは、自分と彼女とが全く逆の立場なのに、どっちも衝撃を受けて泣いていることにちょっと不思議な気がした。

「ゆかわさん、どうぞ」  湾内さんが湯川さんを呼んだ。

「は、はい。直ぐ行きます」  すっかり緊張してしまった湯川さんがおずおず、と言う感じで入っていった。

むこうのソファーでは、館川さんがぐすぐすまだ泣いている。

「うまくいかないものね……」  と麻琴がため息をついていう。

「リコは能力があるかもしれない、ってことで泣き、館川さんは能力がたぶん無い、と言われて泣く。

入れ替わってればめでたしめでたしだったのにね……」


ちょっと違うんだよね、マコ。

あたしの衝撃は、あたしの母があたしにAIMジャマーをどっかに付けたこと、そしてそういうことを全く教えてくれなかった、ということにあるんだけどね。


――― そうか、だから反対してたんだ ――― 


謎が解けた。なんで母さんがあれほどあたしを学園都市にいかせまいとしたのか。

秘密がばれるからだ。なんだ。そういうことか。


――― じゃ、あたし、もしかしたら本当は能力があるのかも? ――― 


そうでなくては、あたしにAIMジャマーを付けておく意味がない。どんな能力なんだろう? 麻琴のような電撃?

さっきのあのひとのようなテレポート? それともスーパーマンとか? 空飛べたらいいな。

母さんの能力は、いったいどんなものだったのだろう? 

でも母さんがAIMジャマーを付けてるようには見えなかった。

記録にもない、ということはどういうことなんだろう?

1つの疑問は解消した。しかし新しい疑問がまた生まれた。

 

あたしはすっかりぬるくなってしまったコーヒーを飲み干した。

「ありがとうございました」  湯川さんが出てきた。どうだったんだろう? 

「どうだったんですか?」  麻琴が尋ねる。

館川さんも聞き耳をたててるみたい。

「精密検査を受けた方が良いですって」  不安と希望が入り交じった感じで湯川さんが答える。

「簡易検査では能力発現性は確認できないけれど、完全にゼロという答えも出てこないので、もう少し調べた方がいいと言われました。

その上で進路を決めた方が良いんじゃないかって……」

「なら、あたしも精密検査受けるー!」  館川さんが叫ぶ。

「簡易検査じゃわからないことだってあるんでしょ? あたしだって精密検査受けてもいい、って言ってたし。

絶対あたし、能力あるはずなんだから!」

どんな検査受けるんだろう? 痛いんだろうか? 気持ち悪くならないだろうか? 

あたしはそんなことを考えながら、元気を取り戻した館川さんと、とまどっている湯川さんとを見つめていた……

「さてんさん? どうかしら」 湾内さんがあたしをまた呼んだ。

「大丈夫です!」 先ほどとは違った考えであたしは再び部屋に入った。

「気分は如何? もう落ち着いたかしら?」  と湾内さんが微笑みながらあたしに訊いてきた。

「ええ、なんか吹っ切れた、というか、あたしにはもしかしたら本当に能力が隠されてるのかも、という気がしてきまして」

「そうかもしれないわね。じゃ、ちょっとあなたのAIMジャマーを無効にしてみるところから始めますわ。

ちょっとこちらに来て、そこのベッドで休んで頂けるかしら? あ、服はそのままでいいわ」

湾内絹保は佐天をベッドに寝かせ、何やら小型のZアームの先に小型の機械を取り付けて行く。

「あの、あたしのAIMジャマーがどこにあるかはわかったんでしょうか?」  とあたしが尋ねると、

「あなたが全く知らない、ということは私にもどこにあるかわからないと言うことなの。

もしかすると体内に埋め込まれているかもしれないんだけれど、それをチェックする時間をかけるより、今動作しているAIMジャマーの働きを打ち消してしまう方が簡単だと思うのね。

大丈夫よ、痛くもかゆくもないから、安心しててね。じゃスイッチ入れます」

湾内さんはホログラムキーボードでひとしきりコマンドを打ち込み、いくつかのスイッチを入れた。

特に何の変化もない。

「オッケー、ジャマーは見かけ上動作を止めたわ」 なるほど、画面にはジャマーの動作が殆ど見えていない。

あたしには何も感じられない。ホントにあたしにAIMジャマーなるものなんか付いているんだろうか?

「じゃ、ちょっと起きてくれるかな? この水薬飲んでみて下さいね」

と湾内さんがあたしにピンク色のちょっとどろっとした感じの薬を渡した。

以前、麻琴が言っていた「あやしげな薬」って、もしかしてこれ?

「あの、これは……?」  さすがになんだかわからないものを黙って飲むのはいやだった。

「ああ、ごめんなさいね。説明しなかったわね。それは脳活性化誘導促進剤といって、脳の活動を促進するお薬よ。

これを飲むと、脳のある部分を刺激して、今まで使われていなかったところの隠れた能力が出せるようになったりするの。

これは昔からあるもので安全性は確認されてますわ。それと、あくまで補助なので、脳への負担は少ないの。

大丈夫よ」

湾内さんが優しく説明してくれた。

「もしかして、館川さんや湯川さんも?」  と聞いてみると、

「ええ、飲みましたよ。結果はあたしは秘密保持の取り決め上、何も言えないの。ごめんなさいね」

と湾内さんが答えた。

結果は本人たちが既にさっきバラしちゃいましたけど、というつっこみは止めておいた。

(えい) とばかりに、あたしは目をつぶって飲み込んだ。あま~い。ちょっと、スゴイ甘い。

「あなたよりうんと小さな子もいたでしょ?だから甘くしてあるの」

とあたしの渋い顔をみて湾内さんは少し笑いながら、理由を言った。

「じゃ、また横になってね。ちょっとデータを取りますから……」

と湾内さんはあたしの頭、首、手、腕、足首、おなか、胸に電極をテキパキと取り付けて行く。

と、その時。

部屋のスピーカーから

「業務連絡、業務連絡、研究第1グループ6チーム、湾内絹保さん、研究第1グループ6チーム、湾内絹保さん、至急館内連絡電話をお取り下さい。繰り返します、研究……」 とページングが流れてきた。

「あら、何かしらね、ページングなんて珍しいこと」  と彼女はつぶやきながら壁にかかっている子機を取った。

「ハイ、湾内ですが……はい、確かに私のところに……まぁ、本当ですか?……は、はい、そうですね。はい。

わかりました。それで、まだ1名確認が終わっておりませんので、その後で、あれ? もしもし、もしもし?」
 



そのとき、部屋の外では……

「間に合ったかな?」

「お姉様、受付の確認途中にいきなりここへ飛び込むというのはマナー違反だと思いますけれども?」

上条美琴と白井黒子が、いきなり中学生3人の前にテレポートして姿を現したのだった。

麻琴、館川、湯川の女子中学生3人は、突然空中から現れた女性2名にすっかり土肝を抜かれ、呆然としていたが、いち早く気を取り直したのはさすがに麻琴で 「ママ、ごめんなさい!」 と先手を打った。

「あたしがリコを誘ったの!」

「麻琴、あんた、誰に断って利子ちゃんを連れてきたのっ? このバカたれっ!」  とバチンと麻琴を張り飛ばした。

「ごめんなさい、ごめんなさい」  とひたすら謝る麻琴。

「おおおおお姉さま、いけませんわ、暴力はいけませんわ、おやめ下さい! お嬢様にそんなことを……」

白井が美琴を押さえにかかる。しかし、美琴は、

「ほっといて、黒子。これは私のウチの問題なんだからっ! 

いやウチだけじゃない、佐天さんに迷惑かけてッ!

娘といえど、いや、ウチの娘がッ、ウソついて、自分のことのウソならまだしも、大事なお友達のことでウソついてッ!」

館川・湯川、2人の女子中学生はあまりのことに呆然として成り行きをみている。

「ちょっと、何さわいでいるんですかっ!」  扉をガラッと開けて湾内が飛び出してくる。

「ここは研究室でっ、あ……? あ、あのもしかして、今の電話の……、御坂さま……と、しらい……さんでしょうか?」

二人をみて、湾内の怒りがすっと消える。

「お久しぶりですの、湾内さま。白井黒子でございますわ。お変わりございませんこと?」

「上条美琴です。ご無沙汰してましたわね。湾内さんもお元気でいらっしゃいましたか?」

今までぎゃーぎゃー騒いでいた美琴と黒子がころっと態度を変えた。これまた第三者の中学生2名は唖然。

「湾内絹保でございます。お久しゅうございます」  と湾内さんがぺこりと頭を下げる。

「湾内さん、佐天利子さんは?」  美琴が湾内に訊く。

「は? はい、今、中でちょうど検査を始めたところですが」

「止めてっ! 危険だわ、早く止めて!」  ダッと美琴が部屋に走り込む。

「え、えええっ? ちょ、ちょっと、それってどういうことですかっ?」  湾内が動転する。

「お、お姉様っ? 落ち着いて下さいましっ! 危ないですわっ?」  美琴を追いかけて白井も部屋に突っ込む。

「リコが危ないって? どういうことなのっ?」

美琴にひっぱたかれて出来た赤い手形をほっぺたに付けたまま、麻琴も部屋に入ろうとするが、

「麻琴さんは外にいて下さいっ!」  と湾内に立ちはだかられ、締め出されてしまった。

「えー、なんでアタシはだめなんですかぁ~? ひどいよぅ、ねぇ、ママ~」 と外でダダをこねるしかない麻琴であった。

館川・湯川の女子中学生2人は、あまりの展開の早さに全く付いて行けず、お互いに顔を見合わせるのが精一杯だった。

「ど、どうしたんですか、いったい? あ、おばさま? ……あのう、それにそちらの方は?」

体中にセンサーを貼りつけられていたあたしは、いきなり血相を変えて飛び込んできた美琴おばさま、そしてもう1人の女性にちょっと驚き緊張した。

「はー、とりあえずは無事みたいねー、ふう」  と美琴おばさまが肩で息をする。

「ご挨拶が遅れましたわ、私、風紀委員会<ジャッジメント>統括総合本部におります白井黒子(しらい くろこ)と申しますの。

こちらの上条美琴委員(おねーさま)の1年後輩にあたります。

佐天さんのお母様とは同い年で、良く存じあげておりますの。宜しくお願い致しますね?」

と白井さんが挨拶した。お母さんのお友だちだったんだ……。

「私は中学2年生で、佐天利子といいます」  寝たままであたしは白井さんに答えを返した。

「あたしも中学2年の上条麻琴と「こらっ! 何してるの?」……いいじゃない、あたしとリコは姉妹なんだから!」

外で聞き耳をたてていたのだろう、麻琴がいきなり飛び込んできて美琴おばさまとちょっと言い争いを始めた。

いきなり飛び込んでくるってところはさすが親娘、あなたたちそっくりだねぇ。

「まぁ、なんという運命のいたずらなのかしら、御坂様のお嬢さまに佐天さんのお嬢さまと、こんなところでお会いするなんて!

本当に素晴らしいことなのですの! それに湾内さんまでここにいらしたなんて」

白井さん、緊張感ゼロですけどいいんですか? 美琴おばさま、引いてますけど?

「そんなことより、湾内さん、はやく佐天さんのこのセンサー、外して!」  

美琴おばさまがはっと我に帰り、湾内さんに指示する。

「は、はい? でもどうして?」 

あたふたしながら、湾内さんがあたしの身体のそこここに付いているセンサーをバリバリと引きはがして行く。

「いたっ!」

「ご、ごめんなさいね」  せっかく取り付けたセンサーは全部外されてしまった。

「とりあえず、これでいいか……」  美琴おばさまはふーい、と息を吐いて、空いている椅子を見つけて腰を下ろした。

白井さんがあたしの顔をじっと見ながら訊いてきた。

「佐天さん? あなた、この先行体験ツアーに参加されているわけですけれど、あなたはこの学園都市にいらっしゃるおつもりですの?」

「いやー、正直、よくわかんないんですけれど……。母はとにかく反対ですし、あたしも母譲りで能力はゼロですから、どうかと……」

と答えると、白井さんは

「何を仰ってるんですの? お母さまは無能力者ではありませんのよ。能力開発を望まなかっただけですのよ」

とやはり湾内さんと同じようなことを言う。やっぱりそうなのか……。

「えー、佐天のおばさんはレベルゼロじゃないんですか?」  と麻琴が突っ込んでくる。

「おばさん、と言う言葉には少々引っかかるものがございますわね?」  と白井さんが突っ込み返すが、

「え? だってウチのママの一つ下、ってことは……36歳でしょー? 立派なおばさんですよぅ?」

と麻琴が地雷を力一杯踏みつけた!

「ななななななななんと言うことをッ!? レディに向かってその発言は失礼ですのよっ!」

おーい、娘みたいな中学生相手に本気で怒るんですかー白井さ~ん? はーアタマ痛いわ…… 



ホントになんか痛い?

やだ、なにこれ? え?

ちょっと……冗談じゃないわ、痛いよ、すごく痛い! 死ぬかも!!

助けて……マコ…… 怖いよ母さん! お母さぁん!! 助けて!!! お母さん!!!

猛烈な頭痛が突然押し寄せてきた。頭が割れそう。身体の力が抜けた。もうだめだ。

くらっとあたしはそこに横倒しに崩れて倒れ込んでしまった。

「佐天さん?」

「利子さん!!!」

「リコ? ちょっとリコ? どうしたの? リコ!!」

麻琴が駆け寄って…… 真っ黒な雲があたしを包み込んだ。



あたしの意識はそこで切れた。
 

 

→ 03 「能力者……?」

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*タイトル、前後ページへのリンク、改行並びに美琴の一人称等を修正しました(LX:2014/2/23)

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最終更新:2014年02月23日 10:40
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