そして、その日は突然訪れた。
『今日の仕事は、風紀委員(ジャッジメント)にアジトを特定されちゃったおバカな暗部組織の殲滅よ』
情報を流出させたり、裏切ったりした同業者の始末も、彼女たちの仕事である。
『風紀委員の攻撃が開始されるのは今から一時間後。それまでにアジトから組織員をおびき出し、別の場所で処分。 アジトはもぬけの殻にすること。風紀委員に一切の情報を与えてはいけないわ。時間がないから、早速出発してちょうだい』
急な依頼に、一同は急いで出発し、第七学区にある目的のアジトへと車を飛ばす。
「ったく、一時間以内とか無茶なこと言いやがって……もっと早く見つけろよな~」
「敵は私と唯ちゃんでおびき出すのはどうかしら」
ギター女、キーボード女が現れれば、たいていの組織は放課後ティータイムだと判断して攻撃してくる。
「よっしゃ、それで行こう。梓、このあたりで人目につかないところは?」
梓は携帯端末を操作し、人気のない場所を速やかに調べ上げる。
「ええと……あ、そこを曲がってください、今は使われてない資材置き場があります」
梓に指定されたところに着くと、コンテナが立ち並ぶかなり広い資材置き場があった。周囲はコンテナで視界を遮られており、人気もない。
「よし、ここにおびき出すぞ! んじゃ、澪と梓はここで待機。あたしは唯とムギを送ってくから」
律は唯と紬を抱え、高速でアジトへと向かった。
一方、ほぼ同時刻、桜ヶ丘女子高にて。
放課後、帰宅しようとした憂に和から電話が来る。
「もしもし、和ちゃん?」
『もしもし。憂、今日これから時間あるかしら』
「うん、大丈夫だよ。どうかしたの?」
『学園都市の闇にかかわる組織の居場所を突き止めたわ。今からそこを押さえに向かうのだけど、 激しい戦闘が予想されるから、一応憂にも来てもらって後方で待機しててほしいの。許可はとってあるわ』
「……本当!? わかった、すぐ行くね!」
『闇』に関わる者との戦いとなれば、大きな危険が伴う。そのため、緊急事態に備えてレベル5である憂のサポートが求められていた。早速出発しようとすると、純が現れた。
「憂~? どうしたの、そんなに焦って」
「あ、えっとね……」
憂は一瞬、純を巻き込んでいいのか迷う。だが、包み隠さず話すことにした。
「……『闇』に関わる組織のアジトを和ちゃんが見つけたんだって。それの手伝いに今から行くんだ」
「マジで!? こうしちゃいらんない、私も行くよ!!」
やはり、この友人は一緒についてくるようだ。憂は申し訳なさと嬉しさが混じった表情でほほえむ。
「……ありがと、純ちゃん。行こう!」
第七学区の路地裏にて。憂と純が到着すると、既に多数の風紀委員が集結していた。和がその中から姿を現す。
「待ってたわ、憂。……ふふ、やっぱりあなたも来たのね、純」
「あはは……すいません、つい」
「まあ、順調に行けば二人には戦闘に参加してもらうことはないわ。 今から私たちが突入して組織員を拘束するから、あなたたちはここで待機してて。じきに警備員(アンチスキル)も到着するわ。 もし、私たちが危険な状況になったら、あなたたちにも加勢してほしいの」
「うん、わかった。……何か情報が得られるといいね」
「そうね……じゃ、行ってくるわね」
そう言うと和は委員たちのほうへと戻っていく。
「行くわよ、みんな!」
和の号令で、一斉に委員たちがアジトへ向けて走り出した。
人気のない路地裏を風紀委員たちが素早く抜けていき、目的地に到着する。目的のアジトは、なんの変哲もない小さなアパートだった。入口付近に集結した委員たちが戦闘態勢に入る。
「アジトは一階の奥の部屋。他の部屋の学生は全員外出中よ。 準備はいい? ……突入!」
和の合図とともに、一斉に皆が突撃する。肉体強化系の能力をもつ盾役の委員が素早くアジトの扉を破壊し、皆がいっせいに室内へとなだれこむ。
「風紀委員よ!! あなたたちを――」
和が腕章を見せながら突入するが、しかし。
「……やられたわね」
アジトは、既にもぬけの殻だった。
(危なかった……風紀委員はすぐそこまで迫ってたわね)
ギリギリでアジトの証拠隠滅を終えた紬は、敵を誘導している唯に追いつくため、肉体強化系能力を使用して駆け出す。前方に、バリアーを張りながら走る唯と、それを追う数名の男たちが見えてきた。
唯は反撃せず、バリアーで男たちの攻撃を防ぐのが精一杯であるように見せかけている。それに気づかない男たちは、誘導されているとも知らず、醜い笑い声を上げながら唯を追跡していく。
目的の資材置き場が見えてきた。
(あとはあそこに追い込んだ組織員を殲滅。ふふ、今日も任務成功ね。帰ったら新曲の続き書かなきゃ♪)
紬に笑みがこぼれ、軽い足取りで皆が待つ資材置き場へと向かっていった。
一方、『闇』の摘発に失敗した和たちは、失意のまま、帰宅するため路地裏を歩いていた。
「参ったわね……何一つ証拠が残っていないなんて」
「惜しかったですね、和さん……。あ~あ、また振り出しかあ~」
『闇』の組織を捕らえれば、そこから唯や梓に関する情報を得られるかもしれない。しかし、純はふとあることを思いついた。
「……もし梓が組織の一員になってたら……?」
その言葉に、和と憂が歩みを止める。
「……それは十分考えられるわ。『闇』で生きていくために、唯や梓ちゃん自身が犯罪をやらされているかもしれない」
「もしそうだったら……戦うんですか? 梓や憂のお姉ちゃんと」
「……そうね。残念だけど、戦って捕まえるしかないわ。唯たちを取り戻すにはそれしかない。そのためには、私は手段を選ばないわ」
和の言葉からは強い決意が感じられた。唯を取り戻し、唯を陥れた『闇』を暴く。唯がいなくなって以来、和はその思いを支えに生きてきた。
「お姉ちゃんと梓ちゃんが悪いことをやらされてるなら、助けてあげたい。 きっと二人とも、つらい思いをしてるだろうから……」
憂も和と同じく、既に決意は固まっているようである。唯と梓を本来いるべき場所に戻す。そのためには彼女たちと戦うことも厭わない。
「そっか、そうだよね。う~ん……」
純は頭を抱える。
「じゅ、純ちゃん、ごめんね、考えすぎないで」
「……あはは、ありがと憂。でもしょうがないよね、私も梓に戻ってきてほしいもん」
「うん――えっ!?」
突如、憂が何かに気づき、建物の壁のほうを見る。 「……え、どしたの、憂? 壁に何かあるの?」
憂は壁を見つめたまま、驚いたような表情を浮かべている。
「……いる」
「え?」
「いる、この向こうに! お姉ちゃんと、梓ちゃんが!」
「うそぉ!? ホントに?」
「憂、感じるのね? 自分だけの現実(パーソナル・リアリティ)を」
「うん……この感じ、間違いないよ。お姉ちゃんと、梓ちゃんの自分だけの現実だ!!」
憂は建物を越えて100メートル先にある資材置き場に、唯と梓、そして律と澪の自分だけの現実を感じとっていた。憂はすぐさま律の『衝撃増幅(アンプリファイア)』をコピーすると、
「お姉ちゃん! 梓ちゃん! 今行くね!!」
と言い残し、突然凄まじい勢いで真上にジャンプする。
「うわっ、憂!? どこいくの!?」
「憂、待ちなさい!」
しかし憂は二人の呼びかけに応えず、そのまま建物の屋上に着地すると、また大ジャンプしてあっという間に見えなくなってしまった。
「追うわよ、純!」
「は、はいっ!」
資材置き場での戦闘は、一方的な展開になっていた。おびき出され、逃げ場を失った男たちは、レベル4(相当)の五人組になすすべなく次々と撃破されていく。あっという間に、残りは一人。足を潰され、もはや動けない男は地面に這いつくばる。
「く、くそ……化け物め……」
唯が男を見下ろし、ギターを構える。
「放課後ティータイムのために死んでくださいっ!」
唯がとどめの一撃を放とうと、ピックを持った右手を振り下ろそうとした瞬間、紬は何者かがすさまじいスピードで近づいてくるのを探知能力で感じ取る。
「待って! 誰かが来る――」
「――えっ?」
とっさのことに唯の手は止まらず、レーザーが発射され、男の体を貫く。同時に、まるで隕石が落ちてきたように、何者かがすさまじい勢いで上空から飛来し、唯たちの10メートルほど前方に着地して砂煙を上げた。
「ぐああああああああああっ!!!」
男の体から血飛沫が上がる。よそ見をしながら唯が発射したレーザーは急所をはずれ、死に損なった男がのた打ち回る。
砂煙が晴れ、襲来した者の姿が明らかになる。唯とそっくりな顔立ちで、髪を後ろで束ね、桜ヶ丘高校の制服を着た少女。学園都市第六位、平沢憂だった。
その姿を見て、真っ先に反応したのは梓。
「あ……ああ……そんな……憂……!?」
闇に堕ちた自分を、見られてしまった。表の世界とは決別すると決心したはずであったが、危ういバランスの上に成り立っていた『ユニゾン』の一員としての梓の心は一瞬にして崩れ去り、恐怖で体が震える。
(((第六位……!?)))
律、澪、紬の三人は、最も出会ってはいけない敵の襲来におののく。見られてしまったからには、このレベル5を処分しなければならない。しかし、レベル5を倒すのはかなりの難題だ。さらに、第六位は唯の妹であり、梓の親友。倒せたとしても、殺すのははばかられる。どうすればよいのか。とっさに判断できず、三人は動けずに硬直してしまう。
唯はまだ状況を飲み込めていないのか、憂を見つめながらぽかんとしていた。憂もまた、返り血を浴びて血まみれの姉を見つめ、ぽかんとした表情を浮かべていた。
「がああああっ!! あああ、ああああ……」
対峙する一同の間に、男の断末魔だけが響く。次第にその声は小さくなっていき、やがて沈黙があたりを支配すると、唯がやっと口を開いた。
「……うそ……憂、なの?」
姉の声を聞いて我に返った憂は、事態を理解し、その表情が曇っていく。しかし、すぐに意を決したように顔を上げると、姉をまっすぐに見つめて話し始めた。
「……久しぶりだね、お姉ちゃん。ずっと、会いたかった。ずっと、探してた。 でもやっぱり、『闇』にかかわっていたんだね。こうなることを、覚悟はしてたよ。 さあ、お姉ちゃん、梓ちゃんも、一緒に帰ろう? 罪を償って、また一緒に暮らそう?」
憂は、目の前で人を殺した唯に対してもなお慈悲を見せ、更正して表の世界に戻るように求める。
「……できないよ、そんなこと。そんなことしたら、憂も……狙われちゃうんだよ?」
「大丈夫だよ。私が、みんなを守るから」
「無理だよっ!! 学園都市の闇は……そんなに甘くないんだよ?」
「だからって! お姉ちゃんと梓ちゃんに、こんなこと続けさせられないよ!!」
押し問答を始めた姉妹の間に、律が割って入る。
「……ちょっと待ちな、第六位さん。あたしらの存在を忘れてないか?」
「あなたは……Ritzさんですか」
「そ。あのな、第六位さんよ。こっちにもいろいろ事情があるんだ。あたしらはただの犯罪者ってわけじゃない。 あたしが悪うございました~、自首します、で済む話じゃないんだよ。 さらに言うなら、あたしらの秘密を知ったあんたは今すぐに処分しなきゃいけないわけだ」
律が圧力をかけるが、憂はまったく動じる気配がない。直立不動で、まっすぐに律を見つめてくる。
(ちっ……余裕かよ。しかし、処分とか言ったはいいもののどうしたもんかな…… とりあえず総攻撃をかければ拘束ぐらいはできるか? 説得して仲間に加えるのは無理そうだし……)
結局、両者は動けずにその場に立ち尽くすのみ。しかし、さらなる危機を紬が感じ取った。
「……まずいわ! あと二人、こっちに向かってくる!」
「「なんだって!?」」
澪と律は驚きの声を上げる。憂を追ってきた和と純がすぐそこまで来ていた。
「どうする、律!? これ以上人に見られたら……」
「それはやばいな。収拾つかなくなる……くそっ! レベル5を速攻で倒せってか!?」
「いいえ、見られる前に向こうの二人を倒しましょう! 今、あそこのコンテナの裏を走っているわ!」
「よっしゃ、行くぜ!!」
「させません!」
律がジャンプしようとした瞬間、まるでテレポートしたかのごとく、目の前に憂が現れた。
「うっ!?」
突然のことに、律はひるみ、ジャンプできずに後退する。
「あたしの能力……コピーしてんじゃねーよ!!」
律が全速力で憂を振り切ろうとするが、律の能力をコピーし、レベル5の演算で行使する憂のスピードはすさまじく、まったく前へ進めない。
「……ちっくしょー!!」
「りっちゃん、援護するわ!」
紬が火炎弾を憂に向けて発射する。その瞬間、憂が驚きの表情を浮かべたのを紬は見逃さなかった。
(やっぱり……コピーできないみたいね)
しかし、火炎弾はあっさりとかわされ、状況は変わらない。そうこうしてるうちに、和と純が資材置き場へと入ってきてしまった。
「「憂!」」
その言葉を聞き、憂は後方へとジャンプして二人と合流する。和は唯の姿を、純は梓の姿を見つけ、驚きの声を上げる。
「唯……ほんとに唯なのね!?」
「和ちゃん……なの?」
「梓!! よかった、生きてた……」
「純……!!」
しかし、喜びもつかの間。憂が状況を伝える。
「二人とも、お姉ちゃんと梓ちゃんはもう……」
和、純の二人とも、この事態は覚悟していただけあって、すぐに真実を受け入れ、戦闘態勢に入る。
「……そう。残念ね……唯。あなたの幼馴染として、風紀委員として、あなたを拘束するわ。覚悟しなさい」
「そんな、梓……。 ううん、もう決めたんだ。あんたが闇に堕ちたら、ぶん殴ってでも連れ戻してやるって。友達だからって、手加減しないよ?」
事態は最悪の方向へと向かっている。唯の妹、梓の親友のレベル5、憂。唯の幼馴染、風紀委員の和。梓の親友の純。この三人をすみやかに拘束し、殺害または監禁しなければならない。唯と梓はこの相手に対してはもはや戦闘不能であり、実質動けるのは三人。『ユニゾン』結成以来、最も難しいミッションが始まってしまった。
和はすぐさま携帯電話を取り出す。和のつけている腕章を見た律は、応援を呼ぼうとしていると判断した。
「まずい、梓、やれ! 電話させるな!」
「え、あ……はい!」
梓が和の携帯の電源を落とすため近づこうとするが、またもや憂が高速で移動し、梓の前に立ちはだかる。
「ひっ……!」
動揺している梓は十分に能力を使用することすらできない。それを見かねた律が憂に攻撃を開始するが、まったく当たらない。
「くそっ! 澪、やれえっ!!」
焦った律は、梓を抱えて大ジャンプし、切り札である澪の能力の使用を促す。もはや、相手を殺さずに拘束することなど考えていられない。このままでは、こちらが全員拘束されてしまう。律の考えを汲み取った澪は、左手を掲げ、演算に集中し始めた。
「「――澪ちゃん、ダメ!」」
後ろから唯と紬の声が聞こえたが、澪は構わず能力を発動する。
「……ごめん、唯、梓。行くぞ!!」
澪の衝撃波が発射され、轟音が響き、粉塵を巻き上げ、あたりのコンテナが吹き飛ばされる。しかし――
「……そんな!? 衝撃波を……消された?」
憂がいた地点から後方へ、きれいな扇形ができていた。その外側は衝撃波ですべてが吹き飛ばされ、その内側はまったくの無傷。澪の『波動増幅(ショックウェーブ)』をコピーした憂は、澪が音波を増幅して放った衝撃波を直接減衰させ、消滅させていた。
「うわ、すご……何今の。くらってたらヤバかったよ」
純は澪の能力の威力に驚くが、和は冷静に電話を続け、応援の要請を終了する。
「……じきに風紀委員が来るわ。警備員もね。 おとなしく投降しなさい。今、わかったでしょう? レベル5の力を」
「そんな……そんなはずない! もう一度だ!!」
「ダメよ、澪ちゃん、やめて!」
衝撃波を打ち消されたことが信じられない澪は、紬の制止も聞かず、再び衝撃波を放とうとする。しかし、澪の足元で突然爆発のようなものが起こり、砂煙が澪に降りかかる。
「うわあっ!?」
何が起きたのか理解した澪の顔が青ざめる。澪にはできない、衝撃波の威力や範囲の調整。それを憂はいとも簡単に成し遂げ、空気砲のような小型の衝撃波を澪の足元に向けて放ったのだった。
「うそ、だろ……」
自信を喪失した澪が膝から崩れ落ちる。もはや打つ手のなくなった律も、言葉を失い立ち尽くしていた。
唯は先ほどから呆然と突っ立っているだけで、まったく戦意が感じられない。梓は恐怖でガタガタと震え、右手に装備された超電磁砲を構えることすらできない。
万事休すの状況だが、紬だけはまだ希望を失っていなかった。念話能力を発動し、律と澪にだけ作戦を伝える。
(りっちゃん、澪ちゃん、聞いて)
(ムギ……何か作戦があるのか?)
返事をしたのは律だけで、澪は黙ったままだった。
(一つだけ、方法があるの。誰も死なずに、みんなが元の生活に戻れる方法が)
(あいつらを殺したり監禁したりしないでもいいってことか? どういうことだ?)
(……記憶を消すの)
(そうか! ムギの多才能力(マルチスキル)なら記憶操作もできるな! ってもまずはあいつらをおとなしくさせなきゃいけないんだが……)
その会話に違和感を覚えた澪がようやく発言する。
(……待って、ムギ。レベル3の能力で、完全に記憶を消せるのか?)
(……できないわ。でも、それをできるようにする方法が、あるの)
紬の表情が曇る。
(おいムギ、お前まさか……)
(……これは、賭けよ。でもこれしかないの。お願い、任せて)
紬は何か、話したくないことがあるようだ。しかし、他に案は思いつかない。律と澪は、紬の作戦に任せることにした。
(……わかったよ、やるしかねーな!)
(頼んだぞ、ムギ)
(うふふ、ありがとう。 私は唯ちゃんと梓ちゃんを逃がすから、りっちゃんと澪ちゃんは別の方向に逃げて。 そうすれば、第六位はこっちに、残りの二人はそっちを追うはず。 その二人は殺さず、動けない状態にして拘束してほしいの。こっちが終わったら、すぐに向かうから)
((了解!))
(どうか無事でね、二人とも)
「よっしゃ、逃げるぞ澪!」
テレパシーでの会議が終わるや否や、律は澪を抱えて高速で逃げ出そうとする。しかし、憂がすぐさま律を上回るスピードで移動し、回り込まれてしまった。
「って、早速こうなんのかよ……こんの、食らえぇっ!!」
作戦を妨害され苛立った律は、澪を降ろすと、憂に向けて全力で飛び蹴りを放った。憂は避けようともせず、律の攻撃を正面から受ける。
「――ああっ!!」
律が悲鳴をあげる。律の蹴りがヒットした瞬間、憂は律の運動エネルギーを減少させたため、ダメージをまったく受けない。かわりに、急激に動きを止められた反動が全て律の足にかかり、足をくじいてしまった。
「くうっ……! てんめえ……澪、アレだ!」
律はよろめきながら、地面を指差す。
「わかった、行くぞ!」
澪が地面を踏みつけると、地中を伝わる音波が衝撃波となり、激しく粉塵を巻き上げる。憂の姿は粉塵で見えなくなった。
「よし、今だ!」
視界が悪くなった隙を突き、律は苦痛に耐えながらも澪を抱え、もくもくとたちこめる粉塵を回り込むように走り出す。
(ダメよ……! 視界を遮っても、第六位は自分だけの現実の位置を察知できるはず。なんとかして阻止しなきゃ!)
紬は、走っている律と平行に、盾になるように真空の刃を何個も発射する。すると予想通り、憂は律の位置を正確に捉え、煙の中から飛び出してきた。
「逃がしませ――うっ!?」
憂の顔面すれすれを紬の発射した真空刃がかすめる。視界を遮られていた憂は、自分だけの現実の位置は分かれど、飛んでくる攻撃までは察知できなかった。憂がひるんだ隙に、律たちは逃走に成功した。
「逃がさないわよ……こっちは任せたわ、憂!」
思惑通り、和は律たちを追い、駆け出した。
「うん、わかった! ……純ちゃん、和ちゃんを助けてあげて!」
「えっ? あ、うん、気をつけなよ!」
単身で敵の追跡を始めた和をサポートするため、純が後を追う。残されたのは、唯と梓をかばうように立ちはだかる紬と、第六位・平沢憂。
「……何をたくらんでいるんですか、Mugiさん?」
憂の言葉に紬は答えず、ただ静かに立っているのみ。
「そこをどいてください……お姉ちゃんも、梓ちゃんも、戻ってきてよ!」
「そろそろいいかしら?」
紬は、律たちが憂のコピー可能範囲から出るのを待っていた。
(これで、この場にいる能力者は唯ちゃんと梓ちゃんだけ。さらに二人が範囲外に出れば、私の勝ち)
紬は唯と梓の方へと歩いていくと、小声で二人に話しかける。
「二人とも、私が合図したら、向こうへ全力で逃げて。第六位がコピーできる範囲から出て」
「ムギちゃん……憂をどうするの?」
「……安心して。殺したりはしないわ。私に考えがあるの。 私たちも、憂ちゃんたちも、きっと今まで通りの生活に戻してみせるから」
そう言って紬が両手で二人に触れると、二人は数メートル先へと転送された。
「さあ、唯ちゃん、梓ちゃん、逃げて!!」
唯と梓が後方へ向けて走り出す。
「……っ! 逃がさない!」
「そうはさせないわ!」
紬が地形を操作して壁を作り、進路を塞ぐ。対する憂は紬の能力をコピーしようと何度も試すが、失敗に終わる。
(やっぱり、コピーできない……この人、自分だけの現実が……ない? なのにどうしていろんな能力を……)
「残念ね、憂ちゃん。私は能力者じゃないのよ」
(能力者じゃないんだったら、何かの道具を用いて能力を使ってるはず……ならきっと!)
憂は梓の『空中回路(エリアルサーキット)』をコピーし、紬のキーボードに向けて電撃を放つ。しかし、梓の能力は電子機器の精密操作に特化していて、電撃を用いて攻撃するのは不得手。レベル5の演算をもってしても、電撃の威力はレベル3程度であり、いとも簡単に防がれてしまった。
(ダメだ……なら、お姉ちゃんの能力を……今ならできるかな?)
憂は唯の能力をコピーする。しかし、かつてのようにそれを使用しても何も起こらなかった。さらに、憂は唯の自分だけの現実の「位置」に違和感を覚える。
(おかしいな……お姉ちゃんの自分だけの現実、ちょっと位置がずれてる? まさか……ギー太?)
何度サーチしてみても、唯の自分だけの現実が唯の脳内から感じられず、そばにあるギターから感じられた。それに疑問を感じている間もなく、紬が発射した火炎弾が憂に襲いかかり、すんでのところで回避する。
「どうやら、唯ちゃんの能力もコピーできないみたいね。梓ちゃんの能力だけで勝てるかしら、超能力者さん?」
紬は念動力で瓦礫を操り、憂へと投げつける。しかし憂はすぐに梓の能力に切り替えると、磁力を操って周囲の金属製のコンテナへと飛び移り、避けた。コンテナからコンテナへと飛び移りながら、紬の作り出した壁を乗り越え、梓が範囲外に出ないように前方へ進んでいく。
「さすがレベル5ね。でも行かせないわ!」
紬は発電能力に対し有利な能力を選び、憂を攻撃する。二人の戦いは平行線で、いつしか資材置き場を出て、路地裏へと入っていった。
しかし、戦闘向きではない梓の能力しか使えない憂はやや劣勢で、しだいに唯・梓との距離が離れていく。
(ダメ……突破できない。だったら!)
憂は梓の能力を用い、紬のキーボードの電源を直接落とすため干渉を始めた。
「……キーボードの電源を落とすつもり?」
梓の能力を知っている紬はこのような事態を想定済みであり、電気系の能力を駆使して電磁場の「盾」を何重にも張り、憂の干渉を妨害する。対して、憂はレベル5の演算能力をフル回転させて「盾」を解析し、一つ、また一つと突破していく。しかし、唯と梓は憂の能力範囲を越える寸前まで迫っていた。
(お願い……間に合って!)
「そろそろかしら……あなたの負けよ、憂ちゃん」
梓が範囲外に出るのに合わせ、紬がとどめの一撃を放とうとキーボードに手をかける。しかしその瞬間――
「――終わったっ!!」
キーボードから火花が散り、いくつかの鍵盤が弾けとんだ。
「きゃあっ!?」
憂の解析はギリギリで間に合い、「盾」を突破してキーボードの回路をショートさせ、使用不能にすることに成功する。尻餅をついた紬は、驚愕の表情を浮かべていた。
「驚いた……やっぱり驚異的な演算力ね、レベル5。でも、梓ちゃんはもう行ってしまったわよ?」
紬の多才能力を封じたとはいえ、能力範囲内に誰も能力者がいなくなってしまった憂は無能力者も同然だった。
「それでも……お姉ちゃんたちを追います。そこをどいてください!」
憂が紬に向かって駆け出す。紬は壊れたキーボードを投げ捨てると、憂を迎え撃つ。無能力者となった二人の肉弾戦が始まった。
一方、律と澪は和と純を誘導しながら、人気のない路地裏へと逃げ込む。憂のコピーできる範囲からは十分に離れたはずだ。
「はぁ、はぁ……こんだけ離れれば大丈夫だろ……っつう……!」
律は立ち止まり、澪を降ろす。
「律、足大丈夫か……?」
「ああ、たいしたことないって……。はあ、ムギに回復してもらってから来ればよかったな」
ほどなくして、追ってきた和と純が到着する。
「……見つけたわよ! 殺人の現行犯で、あなたたちを拘束するわ」
和が腕章を見せつける。
「……ハッ、もうレベル5はいないんだぜ? あたしらに勝てると思ってんのか~?」
律は痛みを隠しながら相手を挑発するが、和も純もひるむ様子はない。
「私たちだってレベル4ですよ、なめないでください!!」
(ちっ、レベル4かよ……まいったな~)
律は思わず舌打ちする。普段ならレベル4が相手だろうとなんとも思わないのだが、今回は相手を殺してはならないという制限付き。即死級の威力を持つ澪の能力は使えない。怪我をした律一人だけでレベル4二人を相手にするのはかなり不利だ。
(……速攻だ。まず足を潰す!!)
律は何も言わずに、突然、和に向けて猛スピードで突撃する。
「――まずはあんただ、風紀委員っ!!」
「……」
和は避けるそぶりを見せず、黙って能力を発動する。律が和に残り5メートルほどまで迫った瞬間、律は全身が焼けるような感覚を覚えた。
「――あっちいいいっ!!」
思わず律が後退する。炎が出ているわけではなく、和の周りの空気が、かなりの高温になっていた。少し離れた律のところまで、温風が吹いてくる。
「なんだよ、発火能力者か何かか? このっ!」
律が和に回り込むようにいろんな方向から突撃するが、やはり高温の「壁」に阻まれて攻撃できない。分子レベルの運動エネルギーを操れない律は、熱による攻撃を無効化できない。相性の悪い相手だった。
「観念しなさい。こっちから行くわよ!」
今度は和が律に向けて駆け出す。
(……今だ!)
律は和を十分に引きつけると、和の頭上を飛び越え、後方にいた純に狙いをさだめ突撃する。
「――次はあんただ、もふもふ頭!!」
「しまった! 純、避けて!!」
「え、ちょ、いきなり!? ――く、くらえ、バクハツ!!」
純が手をかざすと、その前方5メートルほどの地面が突如爆発し、律の進撃を止める。
「うわっ、なんだよ!? ……これならどうだ!」
律は素早い動きで純をかく乱し、距離を詰めていく。
「ちょっ、こ、来ないでよ~!!」
対する純は何度も地面を爆発させて律を近づけないようにするが、和のように範囲攻撃ではないため、次第に追い詰められていった。純を救うため、和は能力を使用し、全速力で駆け出す。
「純、今行くわよ! ……前方を-50℃、後方を100℃」
和の後方から前方へ、温度差による追い風が吹き荒れ、和を加速する。すぐに、律に追いついた。
「――冷てええっ!!」
-50℃の冷気にさらされた律は思わずジャンプし、和を飛び越えて澪のいるほうへと戻る。
「ふ~、危なかった……すいません、和さん」
「いいのよ。私から離れないで、純。Ritzは私には近づけないわ」
熱に冷気。二種類の攻撃を受けた律は困惑する。
「……どうなってんだ、多重能力か?」
「私が操っているのは温度よ。『温度制御(ヒートコマンダー)』、覚えておきなさい」
「へ~、温度ねえ……それだけか、安心したぜ」
律がにやりと笑う。
「じゃ、これで終わりだな。くらいな!!」
律は足元にあった砂利を掴み取ると、和と純の足をめがけて高速で投げつけようと振りかぶる。
「――まずいわ、純、爆発させて!」
「は、はい!」
純が地面を爆発させると、和は温度差を利用した逆風を起こし、巻き上がった粉塵を律に向かって吹きつける。しかし、律が放った砂利は銃弾のように加速されているため、逆風や粉塵では完全に防ぐことはできない。
「うっ!!」
「いったぁーっ!!」
和と純の足に鋭い痛みが走る。とっさの防御策のおかげで威力は軽減されていたため、一撃で歩けなくなることは免れた。
「ありゃ、防がれたか……ま、次でおしまいだ。ふう、なんとかなったな……」
一時は劣勢に立たされていた律が安堵する。その隙に、和は純に小声で話しかける。
「くっ……次撃たれたらまずいわね。純、Mioを狙って。 どうも、向こうは私たちを殺さずに捕まえようとしているみたいだわ。なら、さっきの戦闘からして、Mioはあの強力な能力を使えないはず」
和は律たちの思惑を、弱点を見破っていた。
「いたたた……わかりました。はあ、まさか憧れのMioに攻撃することになるなんて……」
純が前に出て、右手を高く掲げる。
「――くらえっ、私の『炭素粉刃(アダマントブレード)』!!」
すると、純の周囲に無数の小さなダイヤモンドの結晶が出現した。その結晶は、先がとがっていて、小さな刃のようになっている。純が手を振り下ろすと、きらめく無数の刃が澪に向かって発射される。
「!? 澪っ!!」
攻撃の矛先が澪だとわかった律は、すぐさま高速移動して澪をかばい、ダイヤモンドの刃を受ける。
「いってええええっ!!」
「り、律っ!?」
普段なら刃物で切りつけられても効かない律が、痛みを訴える。足をくじいたことに始まり、ダメージを受け続けてきた律の能力の精度が落ちてきていた。
「もういっちょ~!!」
純は周囲の地面を爆発させる。再び右手を掲げると、ダイヤモンドの刃が出現し、澪に向けて発射された。澪ばかりを狙われては、律は身動きがとれない。痛みに耐え、刃を受け続ける。
「くうっ、いてて……!! どうなってんだ、爆発女じゃなかったのかよ……?」
「爆発女って言うな~!! 私の能力は炭素原子を操ってるんですよ!」
炭素原子限定の念動力。純は周囲の地面に含まれる炭素原子だけをもぎ取り、それを再結合させてダイヤモンドを作っていた。急激に炭素を奪われた物体は、残された水素、酸素、窒素などの原子が激しく反応し、爆発を起こす。
このままではらちがあかない。律は澪をかばいながらも、純の攻撃の合間に足元の小石を拾い、再び投げつけようとする。しかし、既に和が目前にまで迫ってきていた。
「同じ手は食わないわよ!」
「しまっ――」
瞬間、律の意識が飛びそうになる。和は、律の脳の温度を直接上昇させた。
「うあ……? て、めえ、何を……」
意識が朦朧とした律は、ふらふらとよろめき、澪にもたれかかる。
「律っ! しっかりしろ!!」
「あ、あたまが……ぼーっとする……」
「あなたたちの負けよ、Ritz、Mio。おとなしく投降して」
和がゆっくりと迫ってくる。
「澪……もういい、やっちまえ……」
みんなが生きて元の生活に戻るという紬の作戦は達成できそうにない。しかし、このまま捕まるわけにはいかない。律の言葉を受け、澪は律をその場に座らせると、和のほうへ向き直り、左手を掲げた。
「ちょ、和さん、まずいですよ!」
澪の即死級の攻撃が来ることを察知した純は焦り始めた。下手に動いて衝撃波を発射されることを恐れた和は、澪に思いとどまらせるため、話しかける。
「……あなたたちは私たちを殺さずに捕まえようとしているんでしょう?」
「……そうだ。でも、それができないなら、こうするしかない」
「唯や梓ちゃんが悲しむわよ?」
「……っ!」
和の精神攻撃に澪は動揺する。和は一歩ずつ、ゆっくりと近づいてくる。
「く、来るな! 撃つぞ!」
「あなたたちも、唯と同じように『闇』に巻き込まれたのでしょう? 唯と一緒に、やり直しましょう。今なら、まだ間に合うわ」
「だ、黙れ! 暗部は、そんな生易しいものじゃない! そんなことしたら、みんな殺される!!」 「それでも……『闇』がどんなに強大でも……戦ってみせるわ! 唯を助けたいのよっ!! お願いだから、おとなしく投降して!!」
冷静な態度で相手を追い詰めようとしていた和も、ついに感情的になり始める。暗部を恐れず抵抗するその姿は、かつての澪たちそのものだった。
「投降なんてするもんか……! 私たちの放課後ティータイムを……闇に住む私たちの唯一の居場所を失うわけにはいかないんだ!!」
澪が演算を開始する。
「和さん、ヤバいですって! 逃げてください!」
純は近くの建物の窓ガラスを割り、中へ逃げるよう促す。
「……そのようね」
澪が止まる気配はない。即座に澪に攻撃をしかけたとしても、衝撃波の発射を止めることはできないと判断し、風を起こして一旦身を引く。
しかし、澪は衝撃波を放つことをためらっていた。
(私が、衝撃波の威力を抑えることさえできれば……!)
澪の脳裏に憂の姿が浮かぶ。
(それさえできれば、私たちも、唯や梓の大切な人たちも、守ることができるのに……! なんで、私は……っ!! 思い出すんだ、さっきの第六位の小さな衝撃波を……!)
澪の様子を見て、律は澪のしようとしていることに勘付く。
「や、やめろ……澪、無理するな……」
「律……私は、私は……みんなを守ってみせる!」
澪は全演算を集中し、和に狙いを定め、「小さな衝撃波」を放とうとする。
「――くらえっ!」
しかし、無理に範囲を狭めたことで一極集中した膨大なエネルギーはコントロールを失い、澪の目の前の地面に衝撃波が直撃。けたたましい音が響き、地面はえぐれ、反射波によってあたりの建物の窓ガラスが割れる。反射波をもろに受けた澪は、後ろにいた律を巻き込んで吹き飛ばされた。
「う、ぐうっ……!」
地面に落下し叩きつけられた澪が悲鳴をあげる。衝撃波により全身に打撲傷を負ってしまい、もはや立つことはできなかった。
「澪……! ばかやろう……」
かろうじて能力で衝撃を軽減した律は無事だったものの、ダメージを受けていた。ふらつきながらも、すぐさま澪のもとへ駆け寄る。
「ごめん、律……ダメだった」
「しゃべるな、澪……!」
建物の中に隠れていた和と純が出てくる。
「……私たちを守ろうとしてくれたのかしら。お願いだから、これ以上抵抗しないで……」
「もういいでしょ、Mioさん、Ritzさん。もうやめようよ……」
「やられる……もんかよ。あたしたちの、放課後ティータイム……つぶさせねえ!」
もはや律と澪の二人に戦う力は残っていないが、なおも譲ろうとはしない。どんどん傷ついていく二人を見て、和と純もさすがに耐え切れなくなってきていた。
「……さあ、おとなしくして」
和が近づいてくる。もはや、逆転勝利することは不可能。
(捕まる、ぐらいなら……)
律は澪を抱える。
「……! 逃げる気!?」
「――ムギ、すまん!!」
律は最後の力を振り絞り、遥か遠くへと大ジャンプした。
紬と憂の格闘戦は、紬の勝利に終わった。
「はあ、はあ……やっとおとなしくなったわね」
「くうっ……!」
紬が憂を地面へと叩き伏せ、拘束する。
「格闘に関しては素人のはずなのに……どうなってるのかしら、この子」
幼いころからスパイとして暗部とかかわってきた紬は、格闘術もマスターしている。しかし、憂は紬の動きを見てその場で習得していたようで、思わぬ苦戦を強いられた。
「第六位の前では自分だけの現実はもはや自分だけのものではない、だったかしら? 確かに、恐ろしいまでの飲み込みの速さね」
「私を……どうするんですか」
「記憶を消すの。あなたが、唯ちゃんや梓ちゃんを見つけたことは、なかったことにするの」
「……そんな! 離してください!! せっかく、せっかく見つけたのに!!」
「憂ちゃん。唯ちゃんと梓ちゃんは、学園都市の闇に深く染まってしまったの。一緒にいても、お互いに不幸になるだけよ。 今日のことは忘れて、今までの生活に戻って」
「それでも、それでも……! 私は、お姉ちゃんを――」
「お~い、憂~~!!」
「「!!」」
遠くから、純の声が聞こえてくる。和と純が駆けつけたのだ。
「離してくださいっ!」
すぐさま純の能力をコピーした憂は、近くの地面から炭素を抜き取り爆発を起こす。そして、10センチほどの長さのダイヤモンドの短剣を作り出し、紬に向けて発射した。
「きゃあっ!」
紬は思わず憂を拘束していた手を解き、飛んできた刃を回避する。自由になった憂は一旦後退し、和たちと合流する。
「憂、大丈夫?」
「うわ、アザだらけじゃん!?」
「……えへへ、大丈夫。来てくれてありがとう、和ちゃん、純ちゃん。助かったよ」
形勢は一気に逆転した。もはや多才能力を使えない紬に対し、かたやレベル5が一人とレベル4が二人である。
「そんな……りっちゃんと澪ちゃんは……?」
「……彼女たちには逃げられたわ」
律と澪が無事だったことに安堵するも、作戦は失敗。紬一人で、この三人を相手しなくてはいけないという絶望的な状況に陥った。
「もうあなたに勝ち目はないわ。おとなしく降伏して」
「……そのつもりはないわ」
「なんでみんなあきらめが悪いかなあ……もうやめようよ! これ以上やっても傷つくだけですよ!?」
純の必死の訴えにも、紬はまったく動じる様子はない。さらに憂が前に出て、畳み掛ける。
「もうあなたは能力は使えません。道を空けてください、私たちはお姉ちゃんと梓ちゃんを追います!」
「いいえ、それはできない。 唯ちゃんと梓ちゃんは、あなたたちにとって大切な存在なのでしょうけど…… それは私たちにとっても、同じことなの!」
紬は先ほど投げ捨てた壊れたキーボードを拾い上げると、その場に正座し、膝の上にキーボードを置く。
『――我が膝より世界の卵は零れ落ち天地を創造する』
すると、膝の上のキーボードが輝きはじめ、突如バラバラに砕け散り、破片があたりの地面に規則正しく突き刺さる。輝きを放つ破片からは蒼いオーラが噴出し、紬の周りを覆う。
『――我が歌は万物を操る魔法となる』
紬の声が何重にも重なり、また、紬のものではない声も聴こえてくる。聖歌のような、呪いのような、不思議な『歌』があたりに響き渡った。
「えっ、なんなのアレ? ちょっと憂、あの人能力を使えなくなったんじゃなかったの!?」
「……そのはずなんだけど。ダメ、あれもコピーできない……Mugiさんは、超能力以外の何かを操っているみたい」
超能力とは相容れない異質の存在である「魔術」。科学の結晶である超能力にはないその神秘性に、能力者である一同は直感的に気味の悪さを感じていた。
(『ワイナミョイネンの歌』は魔法の歌であらゆる現象を操る魔術。でも私の知識と信仰心じゃ単なる『歌』にしかならないわ…… ふふ、『万物を操る』とはよく言ったものね。でも、これを使えば……)
合成魔術(シンセサイザー)の開発に力を入れていた琴吹グループは、魔術の使用に関しては本職の魔術師には劣る。しかし、紬にはある秘策があった。
(魔術的な要素を含む『歌』は、ただの音波じゃない。この『歌』を使って合成魔術を使えば、もっと複雑な術式を組み立てられる―― レベル4までの能力が使えるはずよ!)
これこそが、紬の作戦だった。魔術の『歌』を用いてレベル4の精神感応系能力を使用し、憂たちの記憶を消す。そうすれば、誰も死ぬことなく任務は完了し、皆がもとの生活に戻れる。律、澪の敗北によって一対三の状況にはなってしまったが、強化された多才能力を用いればなんとか撃退できるはず、と紬は考えていた。
紬の歌声が、謎の声とからまりさらに何重にも重なる。単なる音波では成し得なかった、三次元以外の要素を含む複雑な術式を組み上げ、『虚数学区』へと接続する。しかし――
「――ぐっ、ごほっ、ごほっ!!」
紬は血を吐き出した。魔術を発動しながらの超能力の使用により、二つの異世界が紬の体の中で混線する。もはや合成魔術の例外からは漏れ、魔術を使用した超能力者と同じように、拒絶反応が紬の体を襲う。
血を吐き出す紬の姿を見た和と純に、先ほどの律と澪の姿が思い起こされる。彼女もまた、無理をしてまで放課後ティータイムと憂たち三人を守ろうとしているようだ。
「……またなの!? やめなさい! どうして自分を傷つけてまで……!!」
「……ふふ、私、欲張りだから。 私の大好きな放課後ティータイムのみんなも、唯ちゃんと梓ちゃんの大切な人たちも、全部……この身のすべてをかけてでも、守ってみせるわ!!」
紬は足元に落ちていた鍵盤の破片を拾うと、一歩前に踏み出し、高らかに宣言する。
「聞きなさい――我が名は、Intimus076!!」
次の瞬間、先頭に立っていた憂のふくらはぎに、鍵盤の破片が突き刺さった。
「――うっ!?」
「「憂!!」」
その場に崩れ落ちた憂に駆け寄ろうとした和と純の前に、テレポートしてきた紬が出現する。突然現れた紬に驚き、二人の動きが止まった一瞬の隙に、紬が両手で二人の体に触れる。その部分が噴射点となり、突風で二人は勢いよく吹き飛ばされた。
「「きゃああああっ!!」」
憂が振り向き、状況を理解したときには既に和と純は憂のコピー可能範囲の外へ出てしまい、憂はもはや反撃できない。勝負は一瞬でついた。
「……うっ、げほっ! ……さあ、憂ちゃん。まずは、あなたの、記憶を……」
紬は口から血を吐き、血の涙を流し、服のあらゆるところを血に染めながら、ゆっくりと憂に近づいてくる。連続でレベル4の強力な能力を使用した紬の体は、早くも限界に達していた。
憂は能力も使えず、足の痛みで立ち上がることもできない。禍々しいオーラに包まれ、この世のものではない歌声を発しながら血まみれで迫ってくるその姿に、レベル5は初めて恐怖を覚えた。
「……お姉ちゃん……!」
紬は右手を憂の頭へと伸ばす。憂はもはやどうすることもできず、目をつぶった。『歌声』が重なり、能力が発動する。
しかし、その手は憂の頭に触れることはなく、ドサッと音を立てて、憂の横に紬の体が倒れこんだ。
憂が目を開けると、横には血まみれで倒れている紬の姿。『歌声』は既に消えていた。
誰もいなくなった資材置き場に、風紀委員の応援が到着する。
「うっ……ひどい状況だな」
澪が二度放った衝撃波により地面はえぐれ、破壊されたコンテナの瓦礫があたりに散乱している。そして、中心部には虐殺された男たちの死体。
委員の男性が死体を確認する。和からは、アジトから逃げ出した『闇』の組織員を発見したとだけ聞いていたのだが、それだけではこの状況を説明できない。
「どういうことだ? 誰がこいつらを…… ……! この人、まだ息があるぞ! 救急を呼んでくれ!」
一人だけ、瀕死の状態でかろうじて生き残っている者がいた。唯が急所を外し、仕留め損ねた男だった。その手には、携帯電話が握り締められており、メールを送信した状態で止まっていた。
「……なんだこれ、暗号か?」
その内容は暗号化されており、読み取ることはできなかった。
薄暗い路地裏の、建物と建物の間の狭い場所に、律と澪の二人が壁にもたれかかって座っていた。
「澪、大丈夫か……?」
「……ごめん、もう立てそうにない。律こそ、さっき着地のときに……」
「はは、情けね~よな。あたしが着地失敗だなんて」
度重なるダメージで演算能力が低下した律は、大ジャンプの着地の衝撃をうまく軽減できず、もはや澪と同じく立てない状態になっていた。
「なんか、こうしてると昔を思い出すよな~」
「言うなよ……」
幼いころ、暗部に入る前に二人で乞食のような生活を送っていたころの記憶がよみがえる。
「ムギ、どうなったのかな……」
律が携帯を取り出し、紬に電話をかける。しかし、電話が通じることはなく、コール音が延々と鳴り続けるのみだった。
「……ははは……あたしらみたいな人殺しが、いっちょまえに人を『救う』なんてマネをしようとしたから、こうなったのかもな」
普段なら容赦なくターゲットを殺していたが、相手を救うために戦ったのは初めて。不慣れな戦い方が隙を生み、『ユニゾン』結成以来の敗北を喫した。
「どうする、律……?」
「さあな。もう何も考えられない」
どうすればいいかわからないし、動けないのでどうすることもできない。そんな二人に、さらなる絶望が襲う。
「――ケケケ、見つけたぞぉ」
「「!?」」
狭い通路に、男が侵入してきた。その手には拳銃が握られている。
「……黒髪ロングに、カチューシャか。報告通りだな。てめえらが噂の放課後ティータイムってわけだ」
生き残っていた組織員からの連絡により、協力する組織が一斉に放課後ティータイムを探して動き始めていた。動けずに一か所にとどまっていた律たちは、あえなく見つかってしまう。
「てめえらは俺たち暗部組織の中でもやっかいな存在だったんだよ。ちょっとでもしくじったり、言うことを聞かなかったりしたら即皆殺しだもんなあ。 その恨みを晴らせるときがついにきたってわけだ、ケケケ」
男が銃を構える。
「く、くそおっ!!」
律は小石を拾うと、なけなしのパワーを注ぎ込み、男の脳天めがけて投げつける。
「ぐはっ!?」
小石は男の頭を貫くことはなかったが、男は気絶し仰向けに倒れる。男の持っていた銃がこちらへ飛んできて、律の足元に落ちた。
「はあ、はあ、なんとかなったか……」
「り、律ぅぅぅ!?」
「……え?」
突然絶叫した澪に驚き、律が自分の体を見ると、腹のあたりから血が流れ出ていた。銃弾は既に発射されており、もはや威力を軽減できない律の体を貫いていた。
「……あ、うそ、だろ……」
一気に血の気が引いていく。
「い、いやああぁぁぁぁぁ! りつうぅぅぅぅ!!」
澪は律の血を見てパニックに陥っている。
「お、おちつけ、澪……あたしは、大丈夫……じゃないかも、てへっ」
律の意識が薄れていき、もはや残された時間が少ないことが感じられた。
「澪、聞いてくれ……」
「イヤだ! 聞きたくないっ!!」
律が最期の言葉を言おうとしていると感じた澪は、それを拒否する。律が死ぬことを認めたくなかった。
「いいから、聞けよ……なあ、澪、お前と逢って、今までずっと一緒にやってきて。バンド、組んでさ」
「やめろ……やめてくれ……!」
澪は耳をふさぐようなポーズをとるが、聞こえているようだ。律は澪に這い寄ると、やさしく澪の手を耳から離す。
「放課後、ティータイム、楽しかったな。思えば、あたしらみたいな人殺しが、あんなしあわせな、せいかつ……できた……だけ……」
「りつぅ……!」
「いままで、ありがとな……みお。じゃあな」
そのまま律は澪にもたれかかると、もう言葉を発することはなくなった。
「う……うああああああああああああ!!!!!」
澪が絶叫し、能力が暴走する。澪の声が衝撃波となり、全方向に発射され、瞬く間に周囲の建物を吹き飛ばす。
かつて澪が律に出会ったときのように、瓦礫の中で澪と律がぽつんと残された。
「律……イヤだ……私を置いていかないでくれ!」
満足に動かせない手で律の体を揺さぶるが、反応がない。
「そんな……私は、律がいなきゃ……」
ふとあたりを見渡すと、先ほどの男が持っていた拳銃が目に入った。
「……ごめん、みんな」
澪は拳銃を手に取る。
「後を追ったりしたら、きっとみんなに怒られるな……でも、私は律がいなきゃだめなんだ。律がいたから、今まで生きてこれた。 これからも、ずっと一緒にいてよ……律」
澪は左腕で律を抱きしめると、右手で拳銃を持ち、目をつぶり、自らの頭に押し付ける。そして、躊躇なく、自らの頭を撃ち抜いた。
紬に言われるままひたすら走り続けた唯は、道中、これからどうすべきなのかをずっと考えていた。
(ムギちゃんから連絡来ないなぁ……なんか作戦があったみたいだけど、ダメだったのかな……。 憂……どうして、こんなことになっちゃったんだろ)
いまだに、現状を信じきれない。憂、和、そして梓の親友の純に見つかってしまった。その三人を、本来なら殺すなり監禁するなりしなければならない。しかし、そんなことはできるわけがない。
(わたしたちが捕まっちゃったら、牢屋から出てくるまでは安全だけど……出てきたら、狙われるよね。 憂たちも、私たちをかくまおうとしたら……きっと)
秘密を知っただけでもこれから暗部に付け狙われる可能性が高いのに、憂たちは一緒に暮らす気だった。そんなことをすれば当然、暗部からの激しい襲撃を受けるに違いない。
(逃げ切ったとしても、わたしたちは任務失敗でクビになっちゃうよね。文字通りに。 憂たちもあきらめる気なさそうだし、たぶんまた暗部に首をつっこんできて……やられちゃう)
どう考えても、憂たちは暗部の攻撃を受けることになる。ならば、最も被害が少なくて済む方法はどれか。
(憂が……わたしのこと嫌いになればいいのかな)
憂たちが唯たちに興味を失えば、これから暗部に関わってくることもないだろう。暗部からの初動の攻撃をなんとかしのぎ切れば、その先は危険にさらされることはないかもしれない。
(そうだ、それがいいよ。憂や和ちゃんに嫌われるのは悲しいけど、それで救われるなら、わたしは――)
「――先輩、唯先輩!!」
先ほどから梓が呼びかけていたが、考え事に集中していた唯は気づいていなかった。
「唯先輩……聞いてください」
「……何、あずにゃん?」
「……自首しましょう」
梓は、唯がまったく考えていなかった選択肢を提案してきた。
「あずにゃん……何を言っているの? そんなことしたら……憂たちもやられちゃうんだよ?」
「他に何があるんですか!? このまま逃げたって、同じことです! だったら、憂たちと一緒に暗部と戦ったほうが……!」
まだ暗部に入って日の浅い梓は、学園都市の恐ろしさをよく知らない。上に逆らって成功した者は、今だかつて存在しない。レベル5ですら、五体満足で上層部を打倒することは難しいだろう。
「ムリだよあずにゃん! そんなの、自分から憂たちを殺しに行くようなもんだよ……!」
「やってみなきゃわからないじゃないですか! 私たちは今まで暗部で戦ってきて、ずっと負けなかったんですよ!? レベル5の憂も、レベル4の純と和先輩もいます!」
「そんなに甘くないよ、あずにゃん!!」
甘いことを言う後輩に唯はついムキになってしまう。
「……っ! もう唯先輩なんか知りません! 私は戻ります!!」
「……行かせないよ!!」
唯が素早くギターをカッティングすると、事切れたように梓がその場に倒れた。梓は唯の能力により、深い眠りに落ちた。
「ごめんね、あずにゃん……」
梓が倒れたことにより、唯はその場から動けなくなってしまう。突っ立ったまま、静かに「その時」を待つ。
(……来た)
100メートル先に、憂、和、純の存在を感じ取る。建物の影から三人が現れ、憂と目が合った。
「……お姉ちゃんっ!」
憂は足を引きずりながらもこちらへ駆け寄ってくる。和と純も、痛みに耐えているように見えた。そして、唯の足元に倒れている梓を見つけてそれぞれが驚愕の表情を浮かべる。
「あ、梓……!」
「……唯。その子はどうしたの?」
「寝て……いや、わたしが、殺した、よ」
唯は憂たちの気持ちを遠ざけようと、非情な殺人犯を演じようとする。
「そんな……! 梓ぁっ!」
純は激昂し、唯に向けて能力を発動しようと一歩踏み出す。それを見た憂が慌てて純の腕を掴み、制止する。
「純ちゃん、落ち着いて!」
「こんなの落ち着いてらんないよ! 梓が、友達が殺されたんだよ!? いくら憂の姉ちゃんだからって、いくら深い事情があったって……許さない!」
純が憂の制止を振り切り、能力を発動する。純の前方の地面が爆発を起こし、周囲に無数のダイヤモンドの結晶が現れ、唯に襲いかかる。しかし、唯のバリアーで防がれ、結晶は唯の足元に落ちた。
「ちっくしょおおお!!」
怒りに狂う純が攻撃を連発する。がむしゃらに能力を発動したため、だんだんとダイヤモンドは黒鉛が混ざって黒ずんでいく。唯のバリアーにヒビが入り始めた。さらに、和も前へ出る。
「唯。真偽はともかく、私は風紀委員としてあなたを拘束するわ。覚悟してちょうだい」
和が冷たい声で宣戦布告する。唯は黙ったままだった。
「……なんか、なんか言ったらどうなの、この人殺し!」
純がまくし立てるが、唯は俯いたまま応えない。
「このっ…!」
「行くわよ、唯」
二人が能力を発動しようと構えるが、憂が制止する。
「待って、純ちゃん、和ちゃん!」
「なによ、憂! まだ言うの!?」
「梓ちゃんは……まだ死んでないよ」
「えっ!?」
「感じるもん……梓ちゃんの自分だけの現実。すごくうっすらとだけど……多分、深く眠っているんじゃないかな」
「唯が眠らせたって言うの?」
「うん、多分……お姉ちゃんの能力で。お姉ちゃんの能力、何でもできるから」
憂は二人の前に出ると、唯をまっすぐに見つめる。
「ねぇ、お姉ちゃん……何で殺したなんて嘘をつくの? お姉ちゃんは、友達を傷つけることなんてできない、よね?」
「……う、うるさい……憂、さっき見たでしょ? わたしは、人殺し、なんだよ」
唯がついに口を開く。表情は前髪に隠れて伺い知れないが、声は明らかに動揺していた。
「そうしなきゃいけない事情があったんだよね、お姉ちゃん。じゃなきゃ、優しいお姉ちゃんがあんなことできるはずないもん。今まで、つらかったでしょ……?」
やはり、この妹はこれくらいでは唯のことを嫌いになることはないようだ。どんなに唯が闇に堕ちても、手を差し伸べてくる。
(ダメ、憂に嫌われなきゃ……嫌われなきゃ……)
憂たちに嫌われ、これ以上関わらせないようにする。唯の最後の悪あがきが、早速失敗の危機を迎えている。混乱し始めた唯は、ひたすら嫌われることだけを考えていた。
「ね、お姉ちゃん? だから一緒に――」
「――うるさい! わたしは、人殺しだよ? 友達も、妹も、傷つけてもなんとも思わない……人殺しだよ!!」
唯が乱暴にギターをかき鳴らすと、空砲のようなものが発射される。それは憂の横を通過し――
「純ちゃん!?」
純が後方へ弾き飛ばされ、倒れた。憂が駆けつけると、純は意識を失っていたが、特に傷はない。唯は無意識のうちに手加減し、意識だけを能力で奪ったようだ。
「――唯、見損なったわよ!!」
和が温度差による風を起こし、高速で唯へと突撃する。
「和ちゃん、来ないでぇぇ!!」
唯が後ずさりながらギターを鳴らし、再び空砲が発射される。和は逆風で打ち消そうとするが――
「和ちゃん!!」
唯の発射したものは風ではない何かであり、和の起こした風をすり抜けて直撃し、吹き飛ばされた。憂が和のもとへ駆け寄るが、純と同じく傷はなく、眠らされただけのようだった。
「はあ、はあ……憂、わかったでしょ。わたしは、悪い人になっちゃったんだよ?」
憂は黙ったまま、ゆっくりと唯の方を見る。
「――ひっ!?」
その視線に射抜かれた唯は恐怖を覚える。その目を、唯は知っている。憂は、完全に怒っていた。
「信じてるよ、お姉ちゃん。私を遠ざけるためにこんなことしたんでしょ? 今だって、手加減してくれたもんね。 でもね、お姉ちゃん……? だからって、友達を攻撃するのは――」
憂が手を前に出し、親指を突き立てる。
「――めっ」
――ドゴオォォォォォォォォォッッ!!!
「きゃああああぁぁぁぁぁぁっ!!!」
憂と唯の間の空間で大爆発が起こり、唯はとっさにバリアーを張るも一撃で破られ、吹き飛ばされる。憂は和の『温度操作』を使い、空気の温度を瞬時に1000℃まで加熱。空気が一気に膨張し、衝撃波とともに爆発を引き起こした。
「あうっ……!!」
勢いよく飛ばされた唯はゴロゴロと転がっていき、ギターが何度も地面に打ち付けられるが、ギターは無傷だった。唯が起き上がると、憂が無傷でこちらへ歩いてくるのが見える。憂の向こう側には爆発の形跡がない。憂は、自分側の空気は瞬時に冷却することで、爆風を防いでいた。
「こ……来ないで!」
唯は再びバリアーを張り、後方へと逃げ出す。
「逃がさないよ、お姉ちゃん」
憂は背後に液体空気を作り出すと、それを一気に常温まで加熱。ジャンプして常温の爆風に飛び乗り、唯のもとへ一気に詰め寄った。すぐさま純の『炭素粉刃』をコピーすると、逃げる唯の前方の地面が広範囲にわたって爆発を起こし、唯を足止めする。間髪いれずに、上空に発生した無数のダイヤモンドのつららが、雨のように唯のバリアーに降り注いだ。
「くうっ……!!」
最後のダイヤモンドが突き刺さった瞬間にちょうどバリアーが割れる。どうやら、憂は唯がギリギリで防げる威力の攻撃を行っているようだ。
「来ないでって、言ってるでしょ!」
唯は憂の方を振り向くと、威嚇のためレーザーを放つ。しかし、威嚇だとわかっている憂は避けようともせず、そのまま近づいてくる。
「ひっ……! わ、わたしは……妹を傷つける、悪者なんだからね!!」
唯がついに憂に当たるように光弾を発射する。憂は梓の『空中回路』をコピーすると、近くの建物に磁力を用いて飛び移り、避けた。
「だから! 来ないでよお……! わたしのこと、嫌いになってよお!!」
唯がめちゃくちゃにレーザーを発射し始める。憂はそれを器用にかわしながら、あっという間に距離を詰め、唯のギターをがっしりと掴んだ。
「い、いや! やめてよ! ギー太を返して!!」
「ダメ! ギー太は没収だよ!!」
唯はピックを持った右腕も掴まれ、能力を発動できない。
「やめてええ!!」
唯が叫ぶと、ギターを弾いていないにも関わらず、能力が発動。ギターから謎の爆風が発せられ、憂を吹き飛ばした。
その隙に、唯は全力で走って逃げ出す。
「……待ってよ、お姉ちゃん!」
憂は建物の壁に飛び移ると、磁力で加速しながら壁の上を駆けていく。すぐに唯に追いつき、飛び降りようとした瞬間。憂は突然壁から落下し、地面に打ち付けられた。
「ううっ!!」
唯が振り向くと、憂は地面に倒れ伏していた。走っているうちに、憂の能力範囲から梓たちが出てしまい、コピーできなくなっていた。
「う、憂……コピー、できなくなったんだね?」
憂は無言で立ち上がるが、先ほどの紬との戦闘で受けた足のダメージがさらに悪化したようで、苦痛に顔をゆがめながら何とか立っている状態だった。
「憂……もう、あきらめてよ……わたしは、憂に傷ついてほしくないよ。もう、暗部なんて関わらないで。わたしのことなんか、嫌いになって、忘れてよ……」
「いやだよ、お姉ちゃん」
憂は能力を使えなくなったにもかかわらず、まったく臆することなく近づいてくる。
「どうしてわかってくれないの!? わたしと憂が一緒にいたら、みんな殺されちゃうんだよ!?」
「守って、みせるから……お姉ちゃんに、もう危ないことをさせたくない。もうつらい思いをさせたくない」
憂はまっすぐと唯を見る。憂は唯を救うため。唯は憂を救うため。互いの思いはすれ違う。
唯のギターから黒いオーラが噴出し始める。
(わたしのせいで、憂が……わたしのせいで……。嫌われなきゃ、嫌われなきゃ)
混乱している唯はもはや、嫌われることしか頭にない。しかし、いくらやっても憂は嫌いになってくれない。そして、その間にも憂がどんどん傷ついていく。憂を救うためにやっているのに、自ら傷つけてしまっている。唯のストレスが、限界に達していた。
「う、うい……はは、あはは…… あは、あははははははははははは!!!」
ついに唯は発狂し、能力が暴走する。自分だけの現実を吹き飛ばす、不可視の衝撃波が憂を襲う。
「っ!?」
強烈な違和感を感じた憂は、本能的に、即座に自らの『能力吸収(AIMグラビティ)』を発動する。それにより、自分だけの現実が飛ばされることは免れた。そして、ついに憂は唯の能力の正体を理解した。
(お姉ちゃんの能力……私と、同じだったんだ!)
まったく同じ能力で、符号が逆。唯の能力は『能力放出(AIMリパルジョン)』だった。現実世界のゆがみを増幅し、AIM拡散力場を広げる。違うのは自分だけの現実を引きつける引力場なのか、反発する斥力場なのかだけ。憂は唯の能力をコピーすると、引力と斥力が打ち消しあってAIM拡散力場が消えてしまうため、使用することはできなかった。そして今も、暴走しホワイトホールと化した唯から発せられる斥力をある程度打ち消したため、自分だけの現実を飛ばされることはなかった。
(ここは……お姉ちゃんの自分だけの現実の中? なつかしい……昔、ギターを弾いてるお姉ちゃんに抱きついたときの感じだ……)
あたりは黒いオーラが吹き荒れ、地獄のようになっているが、憂はあたたかさを感じていた。
(そっか。この中はお姉ちゃんの思いのままの空間。だから何でもできたんだね)
斥力により膨張した唯の自分だけの現実は、唯の周囲の空間を覆い、あらゆる現象を思いのままに引き起こすことができる。さらに、その周りの空間も強い影響を受けるため、発射したレーザーなどをある程度制御することができる。
そして、暴走によりさらに膨張した自分だけの現実は、激しい斥力によりだんだんと蒸発していく。
(このままじゃお姉ちゃんが……助けなきゃ!)
いつのまにか、足の傷は治っていた。憂は唯のもとへと駆け寄る。
「お姉ちゃん!」
「あはははは!! 来ないでよ、憂!! 来たら、わる~いお姉ちゃんが、殺しちゃうよ!?」
憂めがけて黒いオーラが吹き荒れる。一瞬たじろぐも、憂は再び歩みを進める。
「……お願い、やめてよお姉ちゃん!! このままじゃ、お姉ちゃんも……!」
しかし、憂の声は唯に届かない。謎のオーラによって作られた大きな「手」が、憂の首を絞め、持ち上げる。
「うぐぅっ……!!」
「あはははは!! 憂、わたしはこんなことしちゃうんだよ! 妹を殺してもなんとも思わないんだよ! ねえ、嫌いになったでしょ!? あは、あはは!」
「う……ぐ……!!」
憂は必死に言葉を発しようとするが、首を締められているため声にならない。だんだんと、意識が朦朧としてくる。
(お姉ちゃん……殺すだなんて、嘘。こんな弱い力じゃ、死なないよ? こんなになってまで、私のこと、考えてくれる、優しい、お姉ちゃん……大好き、だよ)
意識が薄れてくるのは、首を絞められたことによるものなのか、それとも唯の能力なのか。そのまま、憂は意識を失った。
「あはは……え?」
あたりをうごめいていたオーラが、時間が止まったように一斉にストップする。憂の首を絞めていた「手」が消え、憂の体がドサッと落下する。
「うそ……わたし……なんて、ことを」
オーラは霧散し、唯がフラフラした足取りで憂に近づく。揺さぶっても、反応がなかった。
「あ……ああ……憂……」
唯の顔から血の気が引いていく。まだ憂は生きているのだが、ショックで気が動転してしまった唯はそれに気づいていない。
「あはは……バカだよ……わたし。憂を助けようとして、憂を殺しちゃった。これで、本当に嫌われちゃったね」
唯は後ずさりしながら、憂から離れていく。
「もう、そっちに逝っても、会えないよね? わたしは本当に、わるい人になっちゃったんだから。 いいんだ。もう憂とは会わないって決めてたんだから……」
唯がギターを構え、ピックを持った右手を上げる。
「憂……ごめんね、ごめんね……!! バカなお姉ちゃんで、ごめんね……! 永遠に、お別れだよ。さようなら、憂――」
唯が渾身の力を込めて、ギターを弾く。しかし、和音が鳴り響くことはなく、すべての弦がブチッ、と切れた。
人形のように生気を失った唯の体は、そのまま仰向けに倒れた。
「――はっ! 憂は!?」
突然目が覚めた純があたりを見回すと、同じように目覚めたばかりの和と梓が目に入った。しかし、憂と唯の姿はない。
「梓! 大丈夫!?」
「あ、純……和先輩……」
梓は気まずそうに目をそらす。和は起き上がると、梓のほうへ近づいてきた。
「梓ちゃん……いいわね?」
「はい……そのつもりで来ました」
梓の腕に手錠がかけられる。
「よく戻ってきてくれたわね、梓ちゃん」
「梓……もう離さないからね!」
「うん、ありがとう……そしてごめんなさい」
一同は立ち上がってあたりをよく見回すと、爆発の痕跡が随所に見られ、唯と憂の激しい戦闘があったことが見受けられた。
「憂と唯はどこに行ったのかしら……向こうに行ってみましょう」
三人が歩き出そうとした瞬間、何かが収縮したような感覚が三人を襲う。
「!?」
この感覚を、和は知っている。
「まずいわ……憂の能力が暴走してる!!」
「「ええっ!?」」
自分だけの現実が、吸い寄せられるような感覚。間違いなく、憂の『能力吸収』が暴走している。
「そんなっ、憂っ!!」
和が動くより先に、純が駆け出した。それを見て和は、すべてを純に託す決心をする。
「純っ! 憂を救ってあげてっ!!」
和は温度差を利用し純に追い風を起こす。純もまた、自らの体を構成する炭素原子を前方へと引っ張り、加速する。結合を切らないように炭素を動かすのは慣れておらず、分子レベルのダメージを受け、体のあちこちが悲鳴をあげる。
「つっ……! 憂ーーーーっ!!!」
純が憂の100メートル以内に突入すると、強烈な違和感が襲う。
(うっ……! これが、和さんの言ってた感覚!? やばい、意識飛びそう……)
その感覚は、近づくにつれて大きくなる。次第に、憂の姿が見えてきた。
「――ああああああああああああああああ!!!!!! おねえちゃああああああああああん!!!!!!」
憂の悲痛な叫び声が聞こえてくる。憂は唯の亡骸を抱え、絶叫していた。姉の死を目の当たりにし、暴走した『能力吸収』はブラックホールと化し、あたりの自分だけの現実を吸い込んでいく。
(ちっくしょーーー!! 間に合えーーーーーーーっ!!!)
感覚的にはもう憂のすぐそばまで来ているのに、体は遥か後方を走っている。そして、純の意識は憂の中へと入っていく。そのとき、すぐ近くに誰かがいるような感覚を覚えた。
(だめ……かも。ごめん、憂……まに、あわない――)
「――純、純っ!」
純が目覚めると、和と梓の姿があった。体を起こしてあたりを見渡すと、50メートルほど前方に憂が立っているのが見える。
「私、助かったの?」
意識が戻ったということは、憂の暴走が止まったということ。三人は、足並みをそろえて憂のもとへ向かう。向こうを向いて立ち尽くす憂の周りにはきらめくオーラが渦巻いていて、なぜか唯のギターを持っている。ギターの弦はすべて元通りになっていた。
そして、憂の視線の先には、傷一つなく、眠ったように死んでいる唯の姿があった。
「唯っ!!」
「唯先輩!?」
和と梓が唯の亡骸へと駆け寄る。
「そんな……唯! イヤよ! せっかく、会えたのに……!!」
「あ……ああ……唯先輩……私のせいで……」
純は、立ち尽くす憂に何と言葉をかけていいかわからず、とりあえず憂の前に回りこんで表情をうかがう。すると、憂の目は遠くを見つめていて、心ここにあらずといった感じだった。
「う……憂? あのさ……」
「わたしは……唯?」
「――え?」
純は憂の言った意味がわからず、きょとんとしてしまう。
「そうだよ、わたしは唯だよ? えっと、キミは……憂のお友達だね! えへへ、いつも憂と仲良くしてくれてありがと~」
「……は? ちょっと憂、何言ってんの?」
和と梓も振り向き、憂の言動に驚く。
「憂、どうしたのよ……? 唯は、ここに……」
「あっ、和ちゃ~ん! 久しぶりに会えたね! 何年ぶりかな~」
「やめてよ、憂! 唯先輩は、もう……!」
「あずにゃ~ん! 今日もかわいいねえ」
憂は梓に駆け寄ると、抱きしめる。梓は違和感を覚えた。
(なんで、私のあだ名を……?)
三人は、姉の死を受け入れられない憂が唯になりきっているのかと考えたが、どうも様子がおかしい。その目つきや挙動はまるで唯そのものだし、唯しか知りえない情報も知っている。
「まさか、憂、あなた……」
和は嫌な予感がしていた。先ほど憂の能力が暴走し、純は間に合わなかったにもかかわらず、暴走は止まった。そして今、憂は謎のオーラを発しながらギターを構え、その性格はほとんど唯。
「唯の自分だけの現実を、吸収したのね……?」
「え? ん~よくわかんないや。なんか記憶があいまいで……」
「憂は、どこに行ったの!?」
「の、和ちゃん、こわいよ……えっとね、憂は、わたしの中にいるよ、多分。うっすらとだけど、感じる」
憂はギターに宿っていた唯の自分だけの現実を吸収し、姉の存在を感じた憂の暴走は止まる。しかし、暴走を続けた憂の自分だけの現実は、自重でほとんど押しつぶされてしまった。そのかわりに、憂の脳内は唯の自分だけの現実で満たされる。
とはいっても、自分だけの現実だけでは完全な記憶は引き継げず、性格や習性など、本人のアイデンティティに強くかかわる要素や、強い記憶だけが残っていた。憂の記憶は失われていないが、精神が唯に変わってしまってため、それを完全に引き出すことはできない。
一同が状況を飲み込めず呆然としていると、憂の周りのオーラが消え、あっけらかんとしていた表情は真剣なものに変わっていく。
「……少し、思い出してきたよ。わたしは、みんなと一緒にはいられない」
「「「!?」」」
唯の強い思いが残っていたようだ。憂はきびすを返すと、三人から離れていく。
「待ちなさい、憂!」
「ごめんね、和ちゃん。なんかわかんないけど、そう感じるんだ。一緒にいちゃ、みんな不幸になっちゃうんだよ」
「そんなことないわよ! 憂、お願い、行かないで……あなたまで、失いたくない!!」
憂は振り返らない。
「憂! 目を覚ましてよ! なんで憂までいなくなんなきゃいけないのさ!!」
「純ちゃん、だよね? ごめんね。あずにゃんを、よろしく」
「そんな……!!」
憂はさらに歩みを進めていく。
「……唯、先輩」
梓に「唯」と名を呼ばれた憂は、立ち止まる。
「あずにゃん。あずにゃんは、そっちに戻る決心をしたんだよね?」
「……はい」
「じゃあ、わたしが、守ってあげるから。あずにゃんも、和ちゃんも、純ちゃんも。 だから――二度と、わたしを追わないで」
憂が駆け出す。
「「「憂!!!」」」
三人が後を追うが、憂が軽くギターを鳴らすと、全員が圧倒的な力で地面に叩きつけられた。レベル5の演算で使用する唯の能力は、もはや思ったことを何でも叶える能力と化していた。
「う……憂ーーーーっ!!!」
和の叫び声が響く。憂は超人的な勢いでジャンプすると、建物を軽く飛び越え、あっという間に見えなくなってしまった。
――学園都市第六位・『能力複製(デュプリケイター)』は、この日を境に行方不明となった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
とあるマンションの一室にて。
仕事を終え帰宅した教師・山中さわ子は、先ほどから携帯で電話をかけ続けているが、相手は電話に出ない。
「……こりゃ『ユニゾン』は全滅ね。 教え子に自分たちと同じ道をたどらせちゃうなんて……教師失格ね、私」
次の瞬間、携帯の呼び出し音が鳴り響く。しかし、ディスプレイに表示された名前は『ユニゾン』のメンバーのものではない。それは彼女の上司を示す名であった。
「あ~あ、とうとうお迎えが来ちゃったか……」
その電話は、彼女が『ユニゾン』の壊滅の責任を取らされ、粛清されることを意味していた。それを一瞬で理解した彼女は電話に出ることなく、壁へと投げつける。その衝撃で通話ボタンが押され、携帯から上司の怒号がかすかに聞こえてくるが、遠くて聞き取れない。
「……うるせえんだよ」
彼女はゆっくりと立ち上がり、床に落ちた携帯を思い切り踏みつける。携帯は真っ二つに折れ、声は途切れた。そのまま、クローゼットのほうへと歩いていき、中の引き出しから拳銃を取り出す。さらに、奥にしまってあった愛用のフライングVも取り出し、優しく抱きしめた。ギターを抱いたまま、彼女は自らの頭に銃口を押し当てる。
だが、次の瞬間。
「――ヒャーッハッハッ!! 山中さわ子はいるかあ!?」
醜い笑い声とともに、玄関のドアを破壊して三人の男が乱入してきた。
「……あぁ?」
水を差されたさわ子は、鋭い目つきで侵入者を睨みつける。
「ヒャハッ、いたいた。さっそくだけどなあ、あんた死んでもらうわ」
「悪く思うな。これも仕事だ」
「そ。僕らに狙われたら最後。あきらめるんだね」
男たちは中学生ぐらいの年齢に見えた。おそらく、さわ子を処分する依頼を受けた暗部関係者だろう。
「言われなくても死ぬつもりよ。 ……てめえらを、ぶっ潰した後になあぁぁぁぁぁ!!!」
さわ子の突然の豹変に男たちは驚く。その一瞬の隙を突き、さわ子は持っていたフライングVをフルスイングし、先頭にいた男の顔面を殴りつけた。
「グヒャァッ!?」
男は一撃で意識を失い、豪快に吹き飛び壁に激突する。
「てめえら……せっかく人がきれいに死のうとしてたのに……空気読めやゴラアァァァ!!」
さわ子は修羅の顔でフライングVを振りかぶり、男たちに襲いかかる。
「……甘く見るなよ。食らえ!」
二番目に立っていた男がエネルギー弾を連射する。しかし、さわ子はそれを超人的な動きでかわし、素早く懐にもぐりこむと、男の鳩尾に拳を叩き込んだ。
「ぐふっ!? ……き、貴様、肉体強化系か?」
「はあ? ……なんでもかんでも能力、能力。最近のガキは能力に頼らないと女一人倒せねえのか、ああ!?」
さわ子は男の腕をつかむと軽く投げ飛ばし、既に恐怖で立ち尽くしていた三番目の男にぶつける。
「ぐはあっ!」
「うわああっ!?」
「てめえら、それでも暗部か? ひょろっちい体しやがって……このデスデビルのキャサリンが、本物の暗部ってのを見せてやるよ!!」
「な、貴様、あの伝説の……ぐうっ!?」
言い終わる前に、さわ子は男の首を片手で締め上げ、持ち上げる。そのまま壁へと投げつけると、男は後頭部を強打し意識を失い、うつ伏せに倒れた。
「う、うわあああ!!」
最後に残った男は念動力を使い、部屋にある物をがむしゃらにさわ子に向けて飛ばす。さわ子はその一つをフライングVで打ち返すと、ネックが折れ、飛んでいったボディが男の顔面を直撃した。
「ぶっ!?」
鼻血を出し、尻餅をついた男に、さわ子が指をポキポキと鳴らしながらゆっくりと近づいてくる。
「ひ、ひいいいっ!」
男はついに戦意を失い、背を向けて逃走する。しかし、さわ子はすぐさま距離を詰め、男を後ろから羽交い絞めにした。
「た、助けてくれ! 僕は命令されて来ただけなんだ! 僕は悪く――」
「シャラァァァァァァーーーーーーーーーップ!!!!!」
チョークスリーパーが決まり、男はその場に倒れ伏した。
「……ふう。まったく、とんだ邪魔が入ったわ……。 ふふ、でもまあ、久々に暴れたらすっきりしたわね」
さわ子は再び拳銃を手に取り、銃口をこめかみに押し当てる。
「クリスティーナ、デラ、ジェーン。……やっとそっちに逝けそうだわ。 ねえ、着いたらさっそく合わせない? 唯ちゃんたちを見てたら、うずうずしてきちゃったの」
――そして、引き金を引いた。
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