『リゾナント殺人請負事務所録』 Interlude.7~殺し屋たちはその日、居場所を欲し『闇』へと手を伸ばす~


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時間は物事が同時に起こらないために存在する―――

そう言ったのはアインシュタインだっただろうか。

それが真理であるのか、それともただの欺瞞に過ぎないのかは分からない。
ただ、その逆が、誰もにとって「真」であることはさくらにも分かる。
すなわち。

時間が存在するこの世界では、物事は同時には起こらない―――

それが、この世界に生きる人間全員にとっての共通認識であるということは。

無論、人それぞれ様々な観点はあるだろう。
時間などというものは幻想であり、本来物事は全て同時に起こっているのだ…などと、哲学的な思想を抱く者もいるだろう。
だが、そう考える者も、現実には不可逆的な時間の流れの中に身を晒し、未来へと流されてゆく自分を止めることはできない。

そういった意味で、先の概念は間違いなく「共通認識」と言える。
抗えない無意識下の“コモンセンス”であると。

…では、そこから弾かれた自分は、一体何なのだろう?
さくらは思う。

それはこれまでに何度も繰り返した問い。
そして、絶対に答えに辿りつくことはない問い。

誰も抗えないはずの流れから抜け出し、それ故に、この世界に生きる誰とも認識を共有できない自分は、一体何なのだろう。

異物?特異点?神?
それとも、何ものでもないのだろうか。

その答えは、やっぱり今日も出ない。


「お嬢ちゃん、一人?」
「どこ行くの?」

あたりを見回す。
ぼんやりと歩くうち、見覚えのない場所まで来てしまったらしい。

「ヒマだったら、俺たちと来ない?いい仕事があるんだけど」
「あ、仕事っても簡単な仕事だからさ、心配しなくていいよ」
「そそ、楽勝でいっぱいお金もらえるよ。どう?」

もう一度周囲を見回す。
他に人影はない。
ということは、この人たちは私に話しかけているんだろうな。

同時に思う。
どこからどう見ても18歳未満にしか見えないだろう自分に「仕事」を持ちかけてくるっていうのは…そういうことだよね。
世事には敏い方ではないさくらにも、さすがにそれくらいは分かった。

「急いでますんで」

ありきたりの言葉を短く発しながら、再び歩き出す。
「急ぐ」という概念も、時間に捉われていればこそ存在するものだな、とふと思う。
つまり、自分が使っていい言葉では本来ないのかもしれない。

だからということはないのだろうけど、男たちはその言葉をおとなしく聞き入れてはくれなかった。

「急いでるようには見えないよ。ほんとは行くあてなくて困ってんじゃないの?」
「困ってる子見てるとほっとけないんだよ。特に君みたいなかわいい子が困ってるのはさ」
「そそ、俺たちのこと信じなって。悪いようにはしないから」

さくらの行く手を遮るようにしながら、男たちはまとわりつき食い下がってくる。
再び立ち止まらざるをえなかった。


改めて男たちを観察する。

3人組。年齢は全員「アラサー」といったところだろうか。
身長も体型も髪形もバラバラだが、雰囲気はおおよそ揃っている。
若干くたびれ気味のスーツに色付きのシャツ、趣味の悪いネクタイ。
それより何より、発散されるよどんだ空気が共通している。
この人たちを「信じる」のはちょっと難しい。

ただ、急いでいるように見えないという言葉に反論するのも難しい。
事実急いでいないし、何より自分が使っていい言葉ではないのだから。

「私、一人なんです。一人ぼっちなんです。今までも。多分これからも」

不意にそんなことを言い出した目の前の少女に、男たちは一瞬面食らったような表情を覗かせた。
だが次の瞬間、それまで以上の「親愛」の表情に変わる。

「そうかそうか、そうだったのか。かわいそうにな」
「それなら余計にほっとけないよ。いいからついてきなって。絶対にいいことあるからさ」
「そそ、もう一人じゃなくなるよ。君のこれからの人生はバラ色だって」

「OK」の意思表示だと解釈したのだろう男たちの、満面の笑みがかわるがわる迫ってくる。
だけど、もちろん言いたかったのはそういうことじゃない。
伝わるはずもないし、伝えるつもりもなかったけど。

「私は…バラ色よりラベンダー色の方が好き」

そう言うと、一瞬呆気にとられて固まった男たちをすり抜けて歩き出す。
2、3歩置き去りにしたところで、男たちの我に返ったような声が聞こえた。

「おい」「こら」「待てよ」

あーあ、我に返った分、地が出てるみたい。


「どこ行くんだよ」

追いつき、再び行く手に立ち塞がるようにしながら、そう聞いてくる。
それ、最初と同じ質問ですよね。

「どこに行くかは特に決めてません」
「だろ?だったら――」
「ただ」

ピョンっと後ろに一歩跳び下がる。
そして言った。

「あなたたちのいないところがいいなって思います」

一瞬、沈黙が降りる。
そして、その意味を理解したらしい男たちの顔に、完全な地の色が表れた。

「テメェ!」
「黙ってついてくりゃいいんだよ!」
「おら、来いよコラ!」

ガラの悪い言葉と同時に、手が伸びてくる。

そして―――
その手はさくらの鼻先で静止した。

同時に、世界のすべてが動きを止める。
完全な無音の世界――絶対の孤独な世界が、さくらを包み込んでいた。

「私、一人なんです。一人ぼっちなんです。今までも。多分……これからもずっと」

自嘲気味に口にした先ほどと同じ台詞が、無音の世界に吸い込まれてゆく。


時間操作―タイムトリック―

「時間」に捉われることのない能力。
誰も抗えないはずの流れから、抜け出すことのできる能力。
そして私を絶望的なまでの孤独に追いやる能力。

できることなら、この能力は使いたくない。
否応なく自分が孤独であることを突きつけられるこの能力は。
自分が、この世界の誰とも認識を共有できない存在であることを実感させられるこの―――

「うわー、びっくり。こんなことできる人がいるなんて」
「!?」

びっくりした。
こんなにびっくりしたのは、これまで生きてきて初めてかもしれないくらいに。
まだそんなに生きてもないけど。

振り返った先には、一人の女の人がいた。

艶のある長い黒髪。
すらりと伸びた手足。
華奢な体。

その体を覆うモノトーンのワンピースは、ごちゃごちゃしない程度の柄が散りばめられている。
シャープなイエロー地に何かの絵柄がプリントされたトップスの上では、左右に分けられた長い黒髪が緩やかに弧を描く。
その髪を先の方から根元へと辿っていくと、ラベンダー色(!)のニット帽の中に吸い込まれていく。
そしてそのすぐ下には、ゆったりとした温和な笑みがあった。

「あ、ちょっと待ってね。今のうちにお仕事終わらせちゃうから」

柔らかい笑みを浮かべたまま、その女の人がややハイトーンな声でそう言う。
何が何やら分からないままに、頷きを返した。


「!!?」

びっくりした。
さっきの人生びっくり記録を早速更新しそうになった。
もしかしたら更新したのかもしれないけど、もうよく分からない。
だってそりゃ分かんなくもなるって話じゃないですか?

いつの間にか女の人の手の中にあった小さなナイフ。
何の躊躇いもなくそのナイフが突き出されて、静止したままの男の胸に吸い込まれ、そしてまた抜き出されたんだもん。

あの、そこって、確か心臓があるところですよね?
そんなとこにナイフなんて刺しちゃって大丈夫なんですか?

思わずそう訊きたくなったけどできないでいるうち、あっという間に残りの男に対してもそれは行われる。
「あっという間」っていうのも思えば時間の概念が……ってそれどころじゃないか。

「こんなに楽しちゃってよかったのかな」

女の人がそういうのと同時に、自分の能力の限界が来たのを知った。
時間が流れを取り戻し、世界が元通り動き出す。

でも、あの男たちは「元通り」というわけにはいかなかった。
それはそうだよね、だって心臓思いっきり突き刺されたんだもん。

バタバタと倒れていく男たちから慌てて離れながら、心ではのんびり冷静にそんなことを考える。
「戻す」こともできないことはなかったが、その気にはなれなかった。

「あの……これ、一体何が起こってるんですか?」

目の前で人が殺された(しかも3人も!)というのに、不思議と怖くはなかった。
感覚が麻痺してしまっていたのかもしれないし、女の人の持つ空気がそうさせたのかもしれない。
ううん、それより何より、やっぱり―――


「私の能力、『認識―グノーシス―』って呼ばれてる」

「何が起こっているのか」という私の問いに、女の人はただそう答えた。
でもそれはおそらく、私が訊きたかったことへの正確な答えの一端だった。

「認識……?」
「うん、お勤め先の名前にかけて『共鳴―リゾナント―』なんて言ってくれた子もいるけど」
「リゾナント……あの、つまりどういうことですか?」
「あなたは、時間を操作できる能力を持ってるんだよね?私は、それを『認識』した……ってこと」

そう言い、女の人は「何が起こったのか」の説明をしてくれた。
「あ...ありのまま 今 起こった事を話すぜ! 」とか、「DIO様」がどうとか、ところどころよく分からない引用らしきものを交えながら。

一言で表せば、女の人の能力はその名前の通り「認識」をすることができる――ということだった。
今回の件で言えば、「止められた時間」を「認識」し、それによってその中に入って来られた…ということらしい。
自分で時間を操ることができるわけではないが、操られた時間を「認識」することはできる…と。

そのことについての理解は、正直なところはっきりとはできなかった。
だけど、理解できたこともある。
私、もしかして一人ぼっちじゃ……ない?

「あの、私、小田さくらって言います。お名前聞いてもいいですか?」
「あ、自己紹介まだだったね。私は飯窪春菜って言います。お仕事は殺し屋。さっき言った『リゾナント』は私のいる殺人請負事務所の名前」
「はあ……そうですか…」

そう言うしかないよね?
ここまで来ると、ある程度もう予想はついてたし。
ただ、その先の言葉までは、さすがに予想していなかった。

「さくらちゃん、うちに来ない?一緒にうちでお仕事しない?」

なんかまた妙なお仕事に誘われちゃいました、私。


「あの、お仕事って…その……そういうことですよね?」
「うん、殺し屋」

真面目な顔で頷く春菜からは、冗談の空気は感じられない。
本気ですか?殺し屋?私が?

「でも、その、人を殺すのって……いけないことですよね?」

殺し屋に訊くことではないと思いながら、そう言わずにはいられなかった。

「うん、いけないことだよね。ただ、さくらちゃんは何でいけないか考えたことってある?」

そう返してきた春菜の顔は、どこまでも真面目だ。
はぐらかしたり、茶化したりしているのではないことは分かった。

考えたことは、ない。
考えるまでもないことだと思っていたから。
ただ、言われてみると、はっきりとした答えを言葉にはできない。

「飯窪さん…は、どう考えてるんですか?」

だから、逆に問い返してみた。
どんな信念を掲げて、この人は「いけないこと」をしているんだろう。

「ずっと考え続けてる」
「…え?」

帰ってきた答えは、また予想の外にあった。

「人を殺してはいけない。でもそれはどうしてだろう…って考え続けながら、私は人を殺し続けてるの」
「……変」
「うん、よく言われる」


少し笑い合い、真顔に戻る。

「それで、どうする?やる?」

舞い戻ってくる質問。もしかして、断ったら私も殺すつもりかな。
それならそれでもいい。でも何があっても私は私の納得する道を往きたい。

「ラベンダーの花言葉って、知ってます?」

質問に質問を、それも全然関係ない質問を返されても、春菜はまったく驚かなかった。
代わりに少し悪戯っぽい笑みが浮かぶ。

「さっき好きだって言ってたよね。♪時~を~駆ける少女~……だから?」
「…?あぁ!その発想はなかったです」

少し古く、そして少し調子はずれの歌に、新鮮な驚きを得る。
あの時間を跳躍する少女の物語の中では、そういえばラベンダーが需要な役割を果たしている。
そのことと自分を重ねたことはなかったけど、案外、深層心理では関係してたのかな?

「花言葉、知ってるよ。『疑い』とか『不信』…だったよね。まあ、そりゃあそうだよね。だって殺し屋だもん」

続けて、悪戯っぽい笑顔のまま、春菜はそう言う。

あー…そうね、確かにそれもラベンダーの花言葉。
だけど他にも……あること分かっててわざとああ言った顔だな、あれは。

「でも、こんなのもある。『期待』『私に答えてください』そして……『あなたを待っています』」

ああ、私、一人ぼっちじゃないよ。一人ぼっちじゃなかったんだ。
僅かに滲んだ涙を拭い、差し出された春菜の手に、その手を伸ばす。

何ものでもなかった少女は、この日、殺し屋になった。





2014/02/24(月) 14:15:57.61 0






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