『リゾナント殺人請負事務所録』 Interlude.6~復讐と殺し屋たち~


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人の手が入らなくなった場所は、あっという間に荒れ果ててゆく。
それなりに大きな通り沿いにあるこのボウリング場も、潰れてからまださほど経っていないはずだが、完全に廃墟の様相を呈している。

入口へと向かい駐車場を歩く亜佑美の足元は、ひび割れたアスファルトの隙間から伸び出した雑草に覆われている。
急速な自然破壊が叫ばれる昨今だけど、もし自然が本気を出したなら、人間世界の駆逐なんてそれとは比較にならないくらいあっという間だろうな。
そんな気にさせられる。
「最強の殺し屋は自然だよ」なんて道重さんが冗談ぽく言っていたことがあったけど、実際そうなのかもしれない。
それならそれで、人間の中で最強の殺し屋を目指すまでだけどね。

片側が完全に割れた自動ドアのところへと到達し、亜佑美は店内をそっと窺う。
当然ながら照明は切れているため薄ぼんやりとしか見えないが、様子はある程度掴めた。

入ってすぐの場所はゲームコーナーであったらしく、いくつかゲーム台が残されている。
正面奥にはビリヤード台が置かれているのも見えた。
スプレーによる趣味の悪い落書きが壁や床に描かれているのは、最早お約束といったところだろう。

割れたガラスの破片を踏まないよう気を付けながら中に入る。
ドアの傍にいたときから僅かに聞こえていた声が、更に大きくなった。
世の中を舐めてかかっている未成年特有の、癇に障る笑い声が特に響いている。
大っ嫌いなんだよね、こういう笑い方するやつ。

ゲーム台の一つに身を隠し、目を細めて店の奥を望む。
曇天の夕刻である現在、光は僅かにしか差し込んでいない。
元々採光部が少ない造りなのもあって、店内は随分と暗い。
だが、ネコ並みに夜目の利く亜佑美にとっては、十分すぎるほどの明るさだった。
…ネコがどれくらい見えてるのか知らないけど。

レーンが40ほど並ぶ、その奥の方。
亜佑美のいるところからおおよそ50メートルあたりに、彼らはいた。
レーンの手前、フロント等のあるフロアから一段下がったところに設けられた、球の取り出し口や椅子のあたりに3人の影が見える。
3つの影は、レーンの方を指差したり手を叩いたりしながら、不愉快な叫び声や笑い声を響かせ続けている。


こちらには全く注意が向けられていないのを見て取り、一気に距離を詰める。
一切の音を立てず、亜佑美は3人のすぐ背後へと到達し、一段上のフロアの椅子の陰に身を潜めた。

「準備オッケーって感じ?誰からやる?」
「俺、よゆーでストライク出せっから、お前らの分なくなっかもよ?」
「ノーコンのくせにフカシこいてんじゃねーよ」

男が2人と女が1人。
少年2人と少女が1人と言い換えた方がいいかもしれない。
年齢は、全員が亜佑美と同じくらいだ。

「でもやっぱ最初の人がダンゼン有利だよねー」
「歯の場所で点数変えっとかすりゃいんじゃね?」
「んじゃ前歯が1ポイントで真ん中らへんが2ポイントで奥歯が3ポイントな。ついでに鼻折ったらスペシャルボーナス5ポイントにすっか」

…そういうことね。
「標的」たちが何をしようとしているかを知り、亜佑美は顔をしかめる。

3人の向こう側、レーンの中ほどに横たわる影が見える。
僅かにもがくその影は、ガムテープか何かでぐるぐる巻きにされているようだった。
目もテープで塞がれており顔はよく分からないが、3人と同じ年頃の少年であるのは分かる。

「やめてよ!こんなことやめてくれ!」

唯一自由な口で震える声を振り絞って必死に許しを乞う姿は悲愴だった。

『ヤメテヨ!ヤメテヨ!」

1人が少年の叫びを真似、後の2人が手を叩いて爆笑する。
耳障りな声が、すぐ背後の亜佑美に生々しく届いてくる。
あーマジこういうの受けつけないんですけど。


暴力行為そのものについては、亜佑美も人のことをとやかく言えない。
…うん、当たり前だけどね。

だが、こういう陰湿な暴力はどうしても肌に合わない。
一方的で、自分は反撃を受けないノーリスクの暴力。
自分は暴力を振るう側であり、振るわれる側にはなり得ないと、無根拠に、無条件に信じ切ったまま行なわれる暴力。
大っ嫌いなんだよね、そういうの。

人に拳を振るうからには自分も拳を受ける覚悟を。
誰かを殺すからには自分も殺されるかもしれないという覚悟を。
それを持っていてこそ、初めて暴力行為は許されると思う。
…いや、法律では許されてないんだけどさ。

隠れていた椅子の陰から身を起こし、立ち上がる。
こちらにたまたま顔を向けていた少女がその姿を認め、ギョッとしたような表情をした。

「誰?」

少女の声に、少年2人もこちらを振り返って驚いたような表情を見せる。

「なんだてめー!どっから入った!」

やや肥満気味の体型の方の少年が、凄んでくる。
何その無駄な質問。
どっから入ったも何も入口からに決まってなくない?

「いつからいやがった」

どこから入ったのかは大して聞く意味がなかったとさすがに悟ったのか、こちらの答えを待たずに質問を重ねてくる。

「いつからいたのか?今でしょ」


流行語風にジェスチャー付きでそう返すと、少年たちの顔に分かりやすく血が昇る。

「テメー!舐めてんのかコラ!」
「ぶっ殺すぞ!」

覚悟もない人間が軽々しく使わないで欲しいな、殺すなんて言葉。
この仕事を侮辱されてるような気分になるんだよね。

「ねー、その子も“ピン”にしちゃおうよ」

一人、薄笑いを浮かべていた少女が、言いながら傍らに置かれていたガムテープを拾い上げる。
あーなるほど、リーダー的な位置にいるのはこいつなんだなと直感する。
少年2人におそらくその意識はないだろうが、中心にいるのはこの少女だ。

整った顔をしている。
いかにも「不良少女」という感じはまったくなく、むしろ生徒会長をしていますと言われても信じるだろう。
案外、実際にそうだったりするのかもしれない。
こういう、内面の醜さを表面の皮で巧みに覆い隠しているタイプも大嫌いだ。
ついでに言えば、胸のあたりが無駄に膨らんでいるのも。

「でもやばくねーか?どこの誰かもわかんねーのに」

太った方じゃない方――背の高い方の少年が、眉をしかめる。
少年たちの方も、見た目だけで言えば、日頃は「普通」の学生生活を送っているとしてもおかしくない。

「マワしちゃえば問題ないでしょ。ついでにその動画でも撮っとけばさ」

何でもないことのように、少女はさらりと言う。
「それは燃えるごみでいいんじゃないかな」くらいのノリで。

その考えは、あまりに浅はかで愚かだ。
でも、だからこそ闇の世界のそれとはまた違う生々しい不快さに彩られている。


「じゃ、ヤっちまうか。おい、お前押さえとけよ」

少女からガムテープを受け取った少年が、小太り少年を顎でしゃくる。
ニヤッと笑い、小太り少年はナイフを取り出して振って見せる。

「逃げてもいいぜ。陸上の短距離でインターハイにも出たそいつから逃げ切れっならな」

ナイフの先で背の高い少年を指し、小太り少年は嘲笑を浮かべた。

「あんたら、ワンピースって漫画読んだことある?」
「……あ?」
「仕事仲間があんまりしつこく言ってくるから最初の方読んだんだけどさ、確かこんな台詞が出てきたんだよね」

想像していたどんな反応とも違ったらしい亜佑美の言葉に、少年たちはポカンとなっている。

「『ナイフを抜いたからには命を賭けろよ』……ん?ピストルだったかも」
「さっきから何言って――」
「『それは脅しの道具じゃない』って言ってんの」

言葉と同時に地面を蹴る。
数歩のところまで迫っていた小太り少年の頭上を体を反転させながら跳び越え、背後に降り立つ。
そして空中で開いていたバタフライナイフを振り、跳び退く。

一瞬遅れて裂けた首から血が噴き出す。
さらにしばらく遅れて、脂肪の付いたお腹が床で弾んだ。

「ひぃ…!」

それを見て、腰を抜かしたらしいノッポの少年がへたり込む。
少女の方はとみると、さすがに蒼褪めた顔ながらも、なんとか立っていた。

「あたしらの世界では、ナイフはこうやって使う」


微かに痙攣する小太りな体を冷たく一瞥し、へたり込んでノッポじゃなくなった少年にその視線を向ける。
少年は、口をパクパクさせて何も言えないでいる。

「な、なんなのよあんた…」

背後の少女の方は、震える声ながら気丈にも問いを向けてくる。
でも、それは最初に訊いとくべきだったよね。
ま、結果は変わんないんだけど。

「あたしはあんたらのこと殺すように依頼された殺し屋」
「こ、殺し……?何言ってんの?何言ってんだよお前!」

まあそりゃ思いもしないだろうね。
自分の前に「殺し屋」なんてものが現れるなんてさ。

「依頼者の希望だから、あんたらが殺される理由教えておくよ」

ブレードに付いた血と脂肪を拭い、少女の方を振り返る。

「犬…殺したよね?」
「……犬?」
「そう、フレンチ・ブルドッグ」

少女の視線が、反射的に記憶を辿るように泳ぐ。

彼女にとっては、そして彼らにとっては、例えばある日に食べた昼食のメニューとさほど変わりないことなのだろう。
もう終わってしまった、振り返ることもない過去。
まあ、自分にしたところで半年後にこいつらのこと思い出せって言われたら、同じ反応するかもしれないけど。

「何?何なの?それだけのことで?たったそれだけのことで?」


思い出したのか思い出せなかったのかは定かではないが、自分が殺されようとしている理由はとにかく理解できたらしい。
蒼褪めていた頬が紅潮し、引き攣っている。
恐怖を上回ったのか突き抜けたのか何なのか、とにかく怒りの方が前面に出てきたようだった。

「犬が何よ!何でそんなことで私がこんな目に遭わなきゃいけないの?大体あんたに何の関係があんの?」
「だから言ってんでしょ。それがあたしの仕事なの」
「人殺しが仕事なんて最低!恥ずかしくないの?」

思いがけない言葉を浴びせられ、思わず苦笑する。
ま、確かに最低だけどあんたみたいなのに言われるとはね。

「最低なのはそうかも。でも恥ずかしいとは思ってないな。誇ってるわけでもないけど。とにかく、あたしは犬の仇を討ってくれって依頼されてここにいる」
「犬?だから犬って何よ!そんなの警察に任せときゃいいじゃん!どっかの犬がどうなったとか知ったことじゃないんだけど!関係ないし!」
「警察に突き出したところで大した罪には問われない。あんたらは特に未成年だしね。それじゃ気が済まないってさ」

依頼してきた老夫婦は、激した様子もなく、むしろ淡々とそういった言葉を連ねていたらしい。
だが、むしろそこに底知れない憎悪の色が感じられたと聖は言っていた。
「犯人」を突き止めたときにあがったであろう復讐の産声も、きっと耳を澄まさないと聞こえないほど静かだったろうね……と。

老夫婦にとって、この少女たちに遊び半分に殺されたフレンチ・ブルドッグが、どれほどの存在だったのかは分からない。
だが、資産を投げ打ってでも復讐に充てたいというのなら、それに応えるのもあたしたちの仕事だ。

「取り返しはつかない。あんたらがやったことがあんたら自身に返ってきたんだ。自分の責任は自分で取りな」

とん、と少女の前に踏み込み、ナイフを突き出す。
不必要に膨らんだ左の乳房の下に、刃先が潜り込んでいく。。
金属が脂肪を貫き、肋骨の間を通り、筋肉に到達する感触が伝わってくる。

怒ったまま驚いたような表情を浮かべた少女の喉から、息とも嗚咽ともつかない音が漏れる。
ナイフが体の外に出ると同時に、少女の体はその場に崩れ落ちた。

「さて、もう一人」


血を踏まないように気をつけながら少女の体を蹴り転がして仰向けにし、死んだのを確かめると、亜佑美はへたり込んだままの少年を振り返った。
亜佑美と視線が合うと、これ以上ないくらいの恐怖の表情を浮かべた。

「や、やめ……たすけ……」

先ほど大声でしていたガムテープ巻きの少年の真似からは程遠い掠れ切った声が漏れている。

「無理。何回も言うけど仕事だし」

再びナイフを拭いながらそっけなくそう言うと、何とも言えない表情になった。

「逃げるなら逃げてもいいよ?足に自信あるんでしょ?」

どうせ立つこともできないだろうと思って言った言葉だった。
だが、絶望の中に差し込んだよほどの希望だったのか、少年は奇跡のようにすっくと立ち上がり、段を跳び上がると出口に向かって駆け出し始めた。

おおっとこれは予想外…と舌を出し、上のフロアへとジャンプする。
そして、10mほど先の背中を目指して地面を蹴った。

「はい、捕まえた」
「えっ?」

何が起こったのか分からない…といった表情のまま、少年はつんのめって転倒した。
出口まではまだ遠い。

「インターハイ出場だっけ?さすが速いじゃん。100mの自己ベストどれくらい?」
「じゅ、10秒8……」

呆然とした表情で、少年は素直に答える。

「ふーん、ちなみにあたしは多分3秒くらいかな。測ったことはないけど。あと走り高跳びは多分5mくらい?それも測ったことないけど」
「さん………?」


一瞬、何言ってんだこいつ…という表情をした後、再び恐怖の色がゆっくりと広がっていく。
事実、自分が一瞬で追いつかれたことを思い出したのだろう。

「ば、化け物………」

尻をついたまま後退り、少年はガチガチと歯を鳴らしながらそう言った。

「化け物ぉ?それはひどくない?」
「ふひっ…!」

一歩、少年の方に近づくと、大げさなくらいに動揺して体の向きを変え、そして腕で体を支え損ねて床に突っ伏した。
上手く力が入らないのか、そのまま起き上がれずにもがいている。

その背中を踏みつけ、素早くナイフを突き下ろす。
裏側から体内に入ったナイフは、背骨の脇を通り、肋骨の隙間を抜けて心筋を切り裂いた。

「『人間』の中で最強目指してんの、あたしは。ま、今日の仕事はそういうのからほど遠くて気が進まない類なんだけどさ。でもこれも同じ仕事だから」

命の色が消えた顔に向かってそう言い、ナイフを拭く。

「さて、あとは…」

レーンの方を振り返る。
そこには相変わらず、芋虫のような少年の姿があった。

脈をとり、「標的」たちの確実な死を確かめつつ、亜佑美は転がったままの少年のところへと向かう。
傍らに立つと、気配を感じたのか少年は僅かに身を竦ませた。

「あんたのことだけど――」
「ぼ、僕は目隠しをされていて、何が起こったのかまったく分かりませんでした。声は聞こえたんですけど、年配の男の人だったと思います」
「……へぇ。なるほど」


短絡的に、「この人は自分のことを助けに来てくれたんだ」…などと都合よく思わなかったことに、好感を抱いた。
実際、助けに来たわけではまったくない。むしろ逆に、「目撃者」であるところのこの少年をどうするべきかと思案していたところだった。
この状況下、それを冷静に感じ取って、第一声でああいう言い方をしてきたこの少年は、頭の回転が速いのだろう。

「ま、実際見てはないもんね。吐き通せる?その嘘」
「通せます。通します。誓います」

命乞いの哀願というよりは、誠実さを訴えかけようとするようなその声に、亜佑美は頷きを返した。

「分かった、信じる。もちろん、聞こえたかもしれない他の話も全部忘れてもらうよ」
「聞こえていません。僕は何も聞いてない」
「了解。あとは餓死する前に見つけてもらえることを祈ってるよ。悪いけどそこまではあたしも責任持てないからさ」

踵を返し、レーンの上を戻る。
なんらかの痕跡を残していないか確認した後、ボウリング場を出た。
ただでさえ薄暗かった空は、急速にその闇を増しつつある。

駐車場の雑草を再び踏みしめながら、携帯を取り出して電話を掛ける。

「譜久村さん、今、終わりました。西河優美、前原篤嗣、渡野遊馬――3人とも確かに」
「ご苦労さま。何もなかった?」
「…特には。ただ……あの……しばらく経ったら、誰かに通報なりさせる手配をしてもらってもいいですか?」
「…ん、どうして?」
「いえ、その……」
「甘いね、亜佑美ちゃん。…わかった、いいよ。やっとく」
「ありがとうございます」

電話を切り、ほっとため息を吐く。さすが聖はあれだけでおおよその事情を悟ったようだ。
無関係の一般人を巻き込むことはできるだけ避けるのが基本方針とはいえ、今回はギリギリのラインといったところかな?

でも―――
目指すのは「人間の中で最強の殺し屋」なんだから、ちょっとくらい人間らしさがあったって……いいよね?





投稿日:2013/12/30(月) 11:43:40.12 0