『リゾナント殺人請負事務所録』 Interlude.8~メメントモリは殺し屋たちとの約束~


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「そのこ、どうしたんですか?おじさんのねこさん?」

そう声をかけると、ふり返ったおじさんは少しこまったような笑い顔をした。

「いや、違う。首輪もついてないから野良猫だろうね」
「死んじゃったの?」
「…ああ、そうみたいだ。昨日の夜か…夜中のうちだと思う」

しゃがんだおじさんの前で丸まったようになっている、黒いねこさん。
ねているだけのようにも見えるけど、手をのばしてさわってみると、かちこちだった。
口のところには、血のまじったあわみたいなものがついている。

「ここのところ、近所で続いてるんだよ。こんな風な猫の不審死が」
「ふしんし?」
「僕の知る限り、これで10匹目だ。どれも目立った外傷はなく、こんな風に血を吐いて死んでる。おそらく毒物だろう」
「どく?だれかに殺されたってことですか?」
「猫が死に至るほどの毒物が、偶然そのあたりに落ちていることは考えにくいからね。誰かが故意にやっているんだろうな」
「…ひどいことするね」
「そうだな。酷いことをする」

こわい顔でそう言って、おじさんはビニールのふくろを出して、ねこさんをその中に入れた。

「ねこさん、どうするんですか?」

そう聞くと、おじさんは何かを言いかけたあとまた少しこまったような笑い顔をして、そして言った。

「このままにしておいたら可哀想だからね。どこかに埋めてあげようと思って」
「まいそうするんだね」
「ん?…ああ、そうだ。埋葬してあげようと思う。…ところで君は――」
「死ぬって…どういうことなのかな。生きてるのと死んでるのって、何がちがうのかな」

そう言うと、おじさんの顔がまじめになった。

「よかったら、ちょっとあそこに座って話さない?」

おじさんが指さしたのは、何メートルかはなれたところのベンチだった。
うなずくと、おじさんはねこさんの入ったふくろをだっこして歩き出した。

「座ってて」

ベンチの脇にねこさんの入ったふくろをそっと下ろすと、おじさんはそう言って、となりにある自動はんばいきの前に立った。

「温かいのはコーヒーしかないな…。コーヒーは飲める?」
「う~ん……のんでみます」
「はは、飲んでみます、か。わかった」

ちょっと笑うと、おじさんはおかねを入れてボタンをおした。

「はい、一番飲みやすそうなやつにしといたよ。飲んでみて」
「あ、はい。ありがとうございます、おじさん」

ベンチにもどってきたおじさんがわたしてくれたコーヒーをうけとって、おれいを言う。

「あのさ、そのおじさんっての……なあ、ちなみに何歳に見えてる?」
「おじさんのこと?えっと、30さいくらい?」
「あ。うん、ほぼ正解。だけど……そうか……それでもおじさんなんだな……。君は?いくつか聞いていい?」
「まさは14さいです」
「14か……。ま、中学生からすればおじさんか」
「まさ、中学校行ってないよ」
「……ん?」

おじさんの顔がまたまじめになって、ちょっとしまったと思う。
言わない方がよかったかな。このこと言うとたまにおこり出す人いるし。

でも、おじさんはおこらなかった。

「冷めちゃう前に飲まないと。ほら君……まさちゃん?も」
「あ、優樹です。じゃあ、いただきます」
「優樹ちゃんか。どうぞ、いただいてください」

ぷしゅっとどうじにふたを開けて、笑いあう。
あけ口から出てきた白いゆげは、ちょっとにがくてあまいにおいがした。

「僕は森っていいます。森憲人。おじさんじゃなくてもりさんね」
「まさ知ってますよ、もりさんちゅうさん」
「いや、森三中ではないけど」
「コーヒーいがいとおいしい」
「そりゃよかった。…マイペースだね、優樹ちゃん」

おじさん…じゃなくて、もりさんちゅうさん…じゃなくて、もりさんはそう笑ってコーヒーをのみ、ちょっとだけにがそうな顔をする。

「優樹ちゃんはこんな朝早くから何してたの?」

さりげないかんじで、もりさんがそう聞いてきた。
ほんとうのことは言えないので、うそをつく。

「う~ん、おさんぽ?というか何もしてない。目がさめちゃったからぶらぶらしてただけです」
「そっか。お父さんやお母さんは大丈夫?心配しない?」
「うん、だいじょうぶです。だって父も母もいないもん」
「…いない?旅行でいない…ってことじゃ…?」

だまって首をよこにふると、もりさんは「そうなのか」とだけ言った。
どじょう?…どうじょう?…のことばはめんどうくさいので、ありがたい。

「あのさ、優樹ちゃんがさっき言ったのって…どういう意味?」
「さっき?」

そのかわりに聞いてきたことばに、くびをかしげる。

「うん、言ってただろ。『生きてるのと死んでるのって、何がちがうのか』って」
「ああ、そのこと」
「最初に聞いたとき、この子は生きてるのが苦痛なのかなって思ったんだよ。だから話に誘った」

そう言って、もりさんはまたコーヒーを一口のんで、ちょっとだけにがそうな顔をする。

「でも……そうじゃないみたいだね。色々と複雑な事情はあるみたいだけど、生きるのが辛いわけじゃなさそうだ」
「うん、つらくはないよ。たいへんなこともいっぱいあるけどたのしいこともあるし」
「はは、それなら安心だ。それこそが生きることだからね。優樹ちゃんはちゃんと生きてる」
「それこそが生きること……。じゃあ死ぬことは?どういうことなんですか?」
「死ぬことはどういうことか……か。難しいな」

もりさんはうでを組み、う~んとうなる。
そして言った。

「どうしてそんなことを聞きたいの?まあ、優樹ちゃんくらいの年の子は、誰でも一度は考えることなのかもしれないけど」
「まさね、よくゆめを見るんです」
「夢?」
「そのゆめの中でね、まさがししゃをよみがえらせる力をもってることがあって」
「ししゃをよみがえらせる…?死んだ人を生き返らせることができるってこと?」
「そういうことです。ヘンですか?ヘンですよね」
「まあ……夢だからね。そんな夢を見ること自体はそこまで変でもないと思うけど」
「ゆめの中では、ヘンじゃなくてとくべつっていうんだよ、って言われました。優樹ちゃんはとくべつなんだよって」
「ん?ああ、夢の中で誰かに言われたってことだね」
「よみがえった人にありがとうって言われたこともあるけど、まわりの人にやめなさいって何度も言われたり、まさもこわくなったり」
「…なるほど。まあ確かにそれはきっとやっちゃいけないことだからね。でもそんな夢を見るってことは、優樹ちゃんも心の深層では分かってるんじゃないかな」
「どういうことですか?」
「人は皆、いつかは死ぬ。つまり生と死は誰もが必ず経験することなんだ。案外、そう違いはないのかもしれない。隣り合った世界に移るというだけで」
「生きてるのも死んでるのもおなじ…ってこと?」

言いながら、ベンチの下におかれた白いビニールのふくろに目をやる。
もりさんも、おなじようにふくろを見た。

「いや、それは違う。例えばこのコーヒー。互いに見えないけど、缶の中と外はすぐ隣り合ってる。生の世界と死の世界のように。でも…同じじゃないだろ?」

ふくろから目をはなし、もりさんはこんどはコーヒーを顔の前にもちあげる。

「そとだったらコーヒーがこぼれちゃうってことですか?」
「ん?ああ、はは、そうだね、その通りだ。そういうことなんだよ、きっとね」
「ん~……よくわかんない」
「はは、何が何だか分からないような話でごめんね。だけど、僕自身も今まで考えたことがなかったことを考えられた気がする。ありがとう」

そう言って笑ったあと、もりさんはまたまじめな顔になった。

「人は…いや、生きているものは皆、いつかは死ぬ。僕も、君も……この猫も」

そしてまたふくろをちらっと見る。

「だけどね、生と死の世界を移るタイミングは誰にも決められない。決めちゃいけない」
「せかいをうつるタイミング?」
「優樹ちゃんは夢の中で言われたんだろ?死んだ人を生き返らせるのはやめなさいって」
「うん、言われたことある」
「それは、生と死の世界の壁を勝手に越えさせることになるからだよ。このコーヒーの缶の、中と外の世界の壁を」
「あー、コーヒーがこぼれるはなしだ」
「そう、コーヒーはこぼしちゃいけない。死んだ人を生き返らせちゃいけない。そして……生きているものを死なせちゃいけない」

座ったまま、もりさんはそっとふくろに手をのばして、ふくろの上からねこさんをなでる。
カシャカシャと音がした。

「僕はこんなことをした犯人を絶対に捕まえるよ。必ず見つけ出す」
「けいじさんって、人殺しだけじゃなくてねこさん殺しのはんにんもつかまえるんですね」

いがいだったのでそう言うと、もりさんの顔がかたまった。
ちょっとしまったと思う。
また言ったらいけないことを言ってしまったのかな。

「僕が刑事だってどうして知ってるの?言ってないはずだけど」

ああ、しまったそれかー。
ふくぬらさんに知らないふりをしておくように言われててだからそうしてたんだけど、だってわすれてたんだもんいまは。
でもまあ、どうせたぶんもうすぐだし。

「優樹ちゃん、君は――」

何かを言いかけたもりさんの口から、こえのかわりに赤いものが出てくる。
もっていたカンが手をはなれておち、ズボンの上でひっくりかえる。

あーあ、コーヒー、こぼれちゃったね。

「まさ…き…ちゃ……まさ…か…きみ…が……?」

ベンチのせなかのところにつかまって、もりさんはひっしにこっちを見てくる。
いっしゅん、その目がビニールのふくろをむいて、もりさんの言いたいことがわかった。
あわててくびをふる。

「ううん、ねこさんを殺したりなんかはしてないよ。まさはけいじさんを殺すように言われただけ」
「どう…し…て……」
「けいじさんのこと、きらいな人がいるんだって。いい人だし、まさは好きだけど……ごめんね、おしごとだから」

もりさんが、口をパクパクとさせる。
だけど、もうこえは聞こえず、ひゅーひゅーという音がなるだけ。
そしてそれをさいごに、もりさんの首はがくりとおれた。

「あとは、えーっと…あ、このいしょだ」

ふくの内がわにはってあったいしょを、もりさんのふくのポケットに「てんそう」する。
これでいいはず。じぶんでどくをのんで死んだことになる……はず。
あとはしらない。

わすれものがないか見まわしたところで、ねこさんのことをおもい出した。

ちょっとまよったあと、しゃがんでふくろをだっこする。
このままだと、ヘンにおもわれるかもしれない。
それに……

「まいそうしてあげないとね」

ふくろの上から、つめたくてかたいねこさんの体をなでる。
カシャカシャと音がした。

「あっ!そうだ。どくのつつみもだった」

さいしょにもりさんのコーヒーの中に「てんそう」したどくをつつんでいたかみも、いっしょにおいていかないといけないんだった。
あぶないあぶない。

もういちど「てんそう」をすませて、ためいきをつく。
こんどこそわすれものはない……はず。

人がこないうちに……と、あるき出して、ふりかえる。
ベンチの上で死んでいるもりさんが目に入った。
つい、言った。

「かってにとなりのせかいに行かせちゃって…ごめんなさい」

殺すあいてにあやまったことはあっても、殺したあいてにあやまったのははじめてだね。

どうしてかはじぶんでもわからない。
はるなんがよく言ってる「人を殺してはいけないりゆう」が、ちょっとだけわかったからかもしれない。
それとも、ただそういうきぶんだっただけかも。

こぼれたコーヒーは、いまも少しずつひろがりつづけていた。





投稿日:2014/03/08(土) 18:14:44.62 0