『リゾナント殺人請負事務所録』 Interlude.5~殺し屋たちの資質~


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。



「キミは疑問には思わないのかい?」

ホテルの一室。
読みかけなのだろう開いたノベルスを手にしたまま、ダブルベッドに腰掛けた男は小さく肩を竦めた。
軽くウェーブのかかった長髪が、その肩に当たって揺れる。

P・佐久野――それが、衣梨奈の目の前にいる男の名前。
ついでに言えば、衣梨奈の「同業者」ということになる。

遺伝子の半分がイギリス人という佐久野は、なるほどそれを思わせる顔だちをしている。
通った鼻筋に、澄んだ色を湛えるブルー・アイ。
そこに、今も口元に浮かぶ優しげな微笑が加われば、大抵の女性はときめくだろう。

「別に思わんけど」

だが、無愛想な衣梨奈の返答に、艶めいた色は皆無だった。
イケメンに興味がないというわけではない。
衣梨奈にとって、「標的」は「標的」意外の何ものでもない…という、ただそれだけのことだった。

「少しは思った方がいいよ。明日は我が身かもしれないって心配じゃないのか?」

佐久野が呆れたような微苦笑を浮かべる。

「依頼人は茶渕さんだろう?僕も依頼を受ける相手を間違えたみたいだ。想像以上に小心者だなあの人も」
「依頼人のことは言えん」

「分かってるよ」というように手をひらひらと振り、佐久野はため息を吐いた。

「自分の弱みを知る人間を消して安心したと思ったところで、今度はそれを請け負った人間が邪魔になった。…どうだいこれ。キミは本当に疑問を抱かないのかい?」
「疑問なんてないと。衣梨は自分の仕事をするだけやけん」
「キミが僕を無事殺したとして、茶渕さんは安心するだろうか?…しないね。今度はキミが邪魔になってまた誰かに依頼が行くだけだ。そう思わないか?」
「かもしれんけど、そんなん知らん。それは衣梨の考えることやないけん」

衣梨奈がそっけなくそう返すと、もう一度ため息を吐き、佐久野はベッドから立ち上がった。

「…やれやれ。聞く耳持たずか。茶渕さんにとっても結構便利だと思うんだけどなあ、僕の存在。僕みたいな“殺し”ができるヤツはあまりいないのに」

柔らかい笑みを湛え、半開きの本を手にしたまま、佐久野は衣梨奈の方へ真っ直ぐ体を向ける。
身長はそれなりにあるが、全体的にほっそりとしていて、その立ち姿はどちらかといえばひ弱にさえ映る。
物騒な「業界」に身を置いているようにはとても見えず、それこそ静かに本でも読んでいる方が明らかに似合っている。
実際、腕相撲したら衣梨奈が余裕で勝つんやないと?

そうは思いながらも、もちろん衣梨奈に油断の思いはない。
むしろ、この華奢さでこの世界を渡ってきたという事実が、逆に強い警戒を促す。

「仕方ないな。降りかかる火の粉は払わなくちゃね。話して分かる相手なら僕も無駄な“殺し”をせずに済んだんだけど」

口元に笑みが張り付いているのは先ほどまでと変わらない。
だが、その種類が明らかに変わったのが見て取れた。

「僕が何て呼ばれてるか知ってるかい?」
「んー…『イリュージョニスト』やっけ?」
「光栄だね。その通りだよ。まるで人体消失マジックのように、人一人をきれいさっぱりこの世から消してしまうからそう呼ばれてる」
「…知っとー」
「そうかい?ありがとう。でも、どうやって消しているのかは……知らないだろ?」

甘い声で紡がれる佐久野の言葉に、衣梨奈は無言を返す。
知らないが、知らないと答えるのは少し癪だった。

「人体消失の魔術師」とあだ名される佐久野は、請け負った「標的」を完全にこの世から消し去ることで知られている。
殺した相手の死体が存在しなければ困る者とトラブルになったことも過去にはあるようだが、その逆の者にそれなりに重宝もされていると聞く。
しかし、何しろ「モノ」が残らないだけに、「業界」の中には「本当に殺してるのか?」と皮肉めいた疑問を口にする者も少なくない。
殺し屋と言われるよりも結婚詐欺師とでも言われた方がしっくりくる風貌も相まって、「魔術師」ではなく「詐術師」なのではないか……と。

だが、佐久野が請け負い「始末」したはずの人間がどこかで生きていたという話は聞かない。
何より、臨戦態勢の本人を目の前にして衣梨奈は確信していた。
この男は、間違いなく「魔術師」っちゃん。

「キミはもう、僕のステージの上にいる。『イリュージョンマジック』の舞台の上に」

舞台に見立てているのか、佐久野は手にした本を、開いた面を上にして持っている。

……本?

この期に及んでまだそんなものを持っていることに違和感を抱いた直後、佐久野はその本をパタリと閉じながら言った。

「亜本―オッド・ブック―」
「!!」

同時に、信じがたいことが起こった。
衣梨奈の左右から壁が一気に迫ってくる。
反射的に「潰される!」と思った直後、衣梨奈は気付いた。

…違う、壁やないっちゃん!

衣梨奈を挟み込むように、「景色そのもの」が左右から倒れ込んでくる。
自分は今、「潰され」ようとしているのではなく「閉じられ」ようとしている。
さながら、佐久野の手の上にある本のように―――

「さよなら、思慮の浅いお嬢さん」


    ◆    ◆    ◆ 



「さよなら、思慮の浅いお嬢さん」

微かに侮蔑の色が込められた笑みとともにそう言うと、佐久野は手にした本をベッドの上に置き、クローゼットに入れたコートと荷物を取りに向かった。
薄々感じてはいたが、茶渕の呼び出しがフェイクだと分かった今、長居は無用だ。

それにしても舐められたものだ。
コートに袖を通しながら、思わず舌打ちをする。
この「魔術師パトリック」を、安易に口封じのため始末しようとするとは。
それも、あんなロクに本も読まなさそうな愚かな小娘を差し向けられるなど、屈辱以外の何物でもない。

「この代償は高くつくよ」

小さく呟くと、ベッドの方へと戻る。
白いシーツの上、薄茶色のブックカバーをかけられた本が載っている。
これまで、何人もを「消失」させてきた「凶器」とはとても思えない静かな佇まいだった。

「亜本―オッド・ブック―」と自ら名付けた佐久野の能力は、この本と連動している。
本を開き、しばらく相対し会話をすれば、その相手はもう「ページ」の上だ。
それを閉じることにより、相手を「本の中」に葬り去ることができる。
佐久野自身、どこなのか分からない「亜空間」に。

ベッドの上の本へと手を伸ばす。
ことによっては茶渕も「本の中」に始末することになるかもしれない。

「……?」

そこまで考えたところで、伸ばしかけていた佐久野の手が中空で止まった。
僅かにベッドの上の本が動いた気がしたからだった。

「気のせい―――」

言いかけたところで、その顔が驚愕に歪む。
信じられないことが起こっていた。

ミシミシと音を立て、本が裂けていく。
本だけではない。
室内の空間に、それに合わせるかのような裂け目が出現し、広がりつつある。
次の瞬間――一際大きな音とともに、その裂け目が一気にこじ開けられた。

「ひぃっ!」

大きく開いたその隙間から2本の腕がニュッと突き出した瞬間、佐久野は知らず悲鳴に近い息を漏らした。
突然現れた2本の腕は、空間をさらに派手に劈いてゆく。
もはや「破壊」されたといっていい状態になったそこから、腕に続いて肩が、頭が、そして全身が現れる。

「あんたの手品のタネはこういうことやったっちゃんね」

空間の裂け目から現れた女――衣梨奈は、そう言うとニヤァッと笑った。

「ひ……」

再び、佐久野の口から息が漏れる。
それは、かつて感じたこのとないほどの恐怖によるものだった。

「ど、どど、どどどうして……」

理屈ではない恐怖の感情に苛まれながら、半ば無意識に問いかけの言葉が口を突く。
衣梨奈への問いというよりも、それは自分自身に向けられた問いだった。

「やけん、聖は衣梨にこの仕事させよったんやね。やっぱ聖に任せとけば間違いないと」

衣梨奈のその言葉も、佐久野にではなく自分自身に向けられたものだった。

「あんたの『魔術』は衣梨には効かんと。衣梨も魔法使いやけんね」
「ま、魔法…だって…?」

混乱した頭を、衣梨奈の言葉がさらに掻き乱してゆく。

「じゃ、今度はこっちの番っちゃん」
「ひっ……」

向けられた笑顔に恐慌をきたし、今度は思わず息を吸い込む。
吸い込んだ息の吐き方を忘れ、呼吸ができない。
見開かれた目に、一歩、また一歩と近づいてくる衣梨奈の姿が映る。

「く、来るな!来るなぁっ!!」

振り回した腕が軽々と受け止められ、強い力で捻られる。
体が浮いたと思った次の瞬間、背中から床に叩き付けられ、一瞬視界が白くなる。

「か……は……」

何とか弱々しい息をした直後、何かが頭を掴んだ。
白飛びしていた世界に色が戻ってくる。
そこには、馬乗りになり、恐怖そのものの笑顔を浮かべて両手で頭を掴む衣梨奈の姿があった。

「た、助け―――」
「バイバイ、軟弱なイケメンさん」

その声が耳に届くのと同時に、佐久野の中に何故か「本」のイメージが浮かんだ。
先ほど、真ん中から裂かれて真っ二つになった本の残骸のイメージが―――


    ◆    ◆    ◆ 



「やっほー聖ー、エリキテルだよー。お仕事終わったよー」
「ご苦労さま。…エリキテルって何?」
「ポケモンでエリキテルっておるらしいっちゃん」
「あ、そうなの?だからって意味はわかんないけど」
「ところでさー、聖あいつの能力知っとったと?」
「ううん、はっきりは分かんない。どんな感じだったか後で教えて」
「はぁ?嘘やん?分からんやったと?」
「あ、もちろん色々調べてほぼ確信に近い予想はついてたよ。えりぽんなら楽勝な相手だったでしょ?」
「まあねー。余裕すぎだったよね。やっぱりさっすが聖はわかっとー」
「とにかくちゃんと後始末して帰ってよ。無事に事務所に戻るまでが仕事なんだよ」
「はーい。あ、そうだ。いっこいいと?」
「何?」
「あの魔術師が言ってたんだけどさ、茶渕って人、今度は衣梨たちのことが邪魔になるんやない?って」
「うん、だろうね」
「はぁ?じゃあ衣梨のこと殺しに来るやつがおるかもしれんいうこと?超面倒なんだけどー」
「大丈夫、それはないと思うよ。そういう人だっていうのは丸分かりだったし、ちゃんと手を打っといたから」
「そうなん?どんな?」
「後でゆっくり話すよ。ちゃんと後片付けしていい子で帰ってきたら」
「へいへい、わかりましたよもー。じゃあばいぽーん」


    ◆    ◆    ◆ 


「相手が悪かったね、『魔術師』さん」

電話を切り、聖は呟く。
佐久野がいわゆる「亜空間」を操ることのできる稀有な能力者であることは、集めた情報からほぼ確信していた。
そして、それ以外は至って脆弱な人間であるということも。
衣梨奈にとっては、その辺のチンピラ以下の相手だったはずだ。

 無形物破壊―テアリング・アームズ―


衣梨奈の能力は、その名の通り「形の無い物」を引き裂き破壊することができる。
普段は「精神」を破壊することがほとんどだが、今日は珍しいものをぶち壊せて満足だろう。

「パトリック佐久野」の書類に「済」の印を入れる。
そして、契約の際“手を打った”ときの依頼人の真っ青な顔を思い出して、少し笑った。

『不安そうな顔をなさっていますね。私どもが信用できませんか?』
『いや、そんなことはない。もちろん信用している』
『依頼人のことは、どのようなことがあっても決して漏らすようなことはありません。その点はご心配なさいませんよう』
『わかっとる。心配などしていない』
『…もしも、どうしても不安が消えないということであれば、一つだけいい方法がありますよ』
『…なんだ?』
『とても簡単な方法です。……あなたが死ねばいい。死ねば不安は無くなります』
『な……!貴様…!自分が何を言っているか分かって――』
『よろしいですか?この手の契約には、お金と同じくらい互いに信頼し合うことが大切です。そして信頼はお金では購えない。…分かりますね?』
『わ、わしは信用しとると言っている!』
『それならば結構です。私どもも信用致します。あなたの命を懸けたその言葉を』

色々と失いたくないものが多いゆえの小心さを持つあの男が、自分の命を人一倍大事にしているのも透けて見えていた。
過去に茶渕の周辺で起こった不審死のいくつかにもこの事務所が関わっている…という話を、宣伝を兼ねてそれとなくしておいたのも効果を発揮しているはずだ。
こちらを裏切る方が愚策だとさすがに思っただろう。
もちろん本当の意味の信頼関係など当然築けるわけもないが、ともかく互いに利害が一致する間は表面的な関係が築けていればそれでいい。
今は、こちらにとってもあの男には利用価値がある。

「さて、これは誰がいいかな…」

呟き、書類をめくる。
喜ぶべきか呆れるべきか、現在立て続けに複数の依頼が舞い込んできている。
いくつかは同時進行で行ない、聖自身も「現場」へ出向かねばならないだろう。
だがそれより何より、それぞれの資質に合った割り振りをするこのときに最も頭を悩ませる。

軽くため息を吐き、聖は「仕事」の振り分けを再開した。





投稿日:2013/12/25(水) 21:31:32.54 0