『R-Infinity(4) 想い、かさねて』


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第4話 想い、かさねて


空気が重い。
重い空気の中で、六つの呼吸の音がある。

閉店後の喫茶リゾナントで田中れいなはじっと里沙と小春からの連絡を待っていた。
既に夜も更けてきているが二人からの連絡はない。
それは愛の安否について相当に厳しい結果もあり得るという事を意味していた。
もし、愛がいなくなったら――

――私は、どうすればいい?
道重さゆみは窓際の席に座ったまま、己の胸の内から湧き上がってくる不安と懸命に戦っていた。
さゆみはその能力の特性と彼女自身の生い立ちから、極端に死を恐れるところがある。
自分の死よりも、自分の大切な人の死。それが何より恐ろしい。
さゆみは向かいの席に座る亀井絵里へ、すがるような視線を投げかけた。

絵里は、喫茶リゾナントの窓に映る夜景を無言で見つめている。窓の向こうに浮かぶ一つ一つの光を眺めるのが好きだった。
愛も、そしてこの喫茶リゾナントも、彼女にとっては光だ。光の中でこそ、人はその営みを続けられるのだから。
想いを馳せるように、絵里は自身の胸の鼓動へ耳を澄ませた。
とくん、とくん、とくっ……絵里の心臓は、静かなリズムを刻みながら、その時を待っている。
私はまだ、やるべき事をやってない――

「ミツイ、何か予知で見えないか?」

背中を壁にもたれかけたまま、ジュンジュンは光井愛佳に問いかけた。
愛佳はかつて予知能力で愛の危機を察知した事がある。
今回も愛佳だったらなにか分かるのではないかと期待をしていたのだが、愛佳は無言で首を横に振った。

「調子のヨクナイ時は誰にでもあります」

暗く沈んだ愛佳の表情を見やって、リンリンは努めて明るく声をかけた。
が、リンリンが期待したほどには彼女自身の声に張りがない。

何度目かの沈黙の中、れいなは軽く鼻をひくつかせた。ちょっとした癖のようなものだ。
れいなの野生が、ある匂いを感知している。
新垣里沙と久住小春が喫茶リゾナントに帰還したのは丁度、れいなが自身の感じた匂いが、戦いの前兆だと気付いた時だった。



「作戦は明日の正午になるそうです」

ダークネス生物化学研究所に立つ吉澤ひとみの背中へ向けて、小川麻琴は短く言った。
吉澤は無言で眼前の生体培養カプセルに視線を注ぎ込んでいる。
背後に立つ小川からは窺い知れないが、それを眺める吉澤の視線は悲しいほどに優しい。

返事のない吉澤に向けてもう一度言葉を続けようかと小川が思った瞬間、間を外すように吉澤が振り向き、言った。

「しかし、えげつねえ事考えるもんだ。高橋愛を餌にリゾナンターを決戦に引きずり込もうなんてさ」
「その件はあくまでも想定外でしたので、少なくとも私は聞かされていません」
「ほう、その口ぶりからするとお前も何か妙だとは思ってるわけだ」
「任務に想定外の事態はつきものです」

事務的な口調を崩そうとしない小川の顔を覗きこみ、吉澤は言葉を滑り込ませた。

「嵌められてんじゃないか、私達」
「仰っている意味が分かりませんが」
「単純だねえ、お前は」
「単純?」
「ダークネス潰しの事だけ考えてりゃいいんだからな」

吉澤は再び振り向いてカプセルへ視線を戻した。心中複雑なものがあるのだろうと、小川は思った。

「どうにも、タイミングが良すぎるよなあ」

嘆息するように、吉澤が言った。考えてみれば確かにそうかもしれない。
「吉澤ひとみを焚きつけて明日の部隊の突入を容易ならしめよ」というのが『M』の指揮官中澤裕子から小川に下された指令だった。
が、その材料が異様に都合よく転がっていたのだ。
ダークネス生物化学研究所は何故今この時期によりにもよってこんな計画を実行に移したのだろうか。
生化研単独の発案ではあるまい。相当上層の人間が絡んでいる筈だ。

「安倍なつみ……」
「は?」
「こんな事思い付きやがるのは、あの人しかいねえよ」
「まさかあの人が」
「狙いが分からねえって?」

安倍なつみならば当然吉澤の気性は知っている筈だし、今さら戦力の拡充に躍起になるようなタイプとも思われない。

「お前もスパイならさあ、少しは鼻を利かせろよ」
「余計な詮索をしないのが長生きする秘訣だと教わりましたもので」
「お前の上司の中澤裕子って人、十年前までは組織の大幹部だったってのは知ってんだろ?」
「らしいですが、あまり過去を話したがらない方なので」
「あの人、急にいなくなったんだよ。最も当時はおっかねえ鬼ババがいなくなったってホッとしてたんだがね」

吉澤はダークネス諜報機関のトップに立つ者の凄味をそのまなざしに宿らせ、言葉を続ける。

「十年前に何があったかは分からない。でもその時から何かが始まったんだ。安倍なつみ、飯田圭織、中澤裕子」
「ではダークネス殲滅の作戦計画も十年前に始まった何かの一部だと?」
「高橋愛の件も恐らくそうだろう。何かあるんだよ、秘密が」
「でもそんな事って、まさか」
「そういうまさかを嗅ぎ分けんのをさ、優秀なスパイって言うんだよ」

508 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2011/08/31(水) 20:05:04.91 0
一連の計画の中心からはやや離れたところにいる吉澤にさえ、ここまで目星をつけられる。
そして、吉澤は知っている。
リゾナンターにもこの種の勘の鋭さを持った人間がいる事を。

「私が中澤さんの事鬼ババよばわりしてたって、死んでも言うなよ」
「そんな事喋ったら私も殺されます」

そう切り返して微笑を浮かべた小川を見ながら、吉澤は少年のような悪戯っぽさと、大人の皮肉が混ざり合った笑顔を浮かべた。



「作戦は明日の正午」

愛が不覚をとりダークネスに連れ去られた事、政府特務機関『M』の存在と目的、高橋愛奪還およびダークネス殲滅作戦のあらまし。
それらの事を淡々とした口調で説明した後、里沙はきっぱりと先の言葉を言って一同を見まわした。

さゆみには、里沙の口から吐き出された言葉がとても現実のものだとは思えなかった。
頭の中がぐるぐると回っている様な気分だ。何故こんな事を急に、それも淡々と言うのだろう、と無性に里沙に腹が立った。
もっとも里沙に言わせればこんな事を情感を込めて話せるものではない。

里沙はリゾナンターの一人ひとりの顔を見つめながら言った。

「何か質問は?」

聞きたい事なんか山ほどあるに決まっているのだが、さゆみには何から聞いたらいいのか分からない。
愛が攫われたというだけでも天地がひっくり返ったような一大事なのに、
よく知りもしない政府の機関と手を組んでダークネスに攻撃を仕掛けるとは、一体どういう事だろうか。
それも明日と言う。いくらなんでも急過ぎる。心の準備も何もないではないか。
そうこうしてるうちにれいな達が次々と口を開いた。

「愛ちゃんは生きとう事は生きとうとよね?」
「殺す気ならあの時やっていたはずだから、生きてはいると思う。でも今の愛ちゃんの状態は分からない」
「Mの部隊の戦力はどれくらいデスカ?」
「およそ500と聞いてるわ。精鋭ぞろいだそうだけど」
「ダークネスの方は?」
「本部詰めの人員はそこまで多くなくておよそ1000人、そのうち非戦闘員が三割ほどいるから700位。
 それとあとこの前横浜で戦った戦獣という生物兵器がどれくらいいるかはっきりしないけど、100はいると覚悟した方がいいわ」
「数の上では、大分不利ですね……」
「私達の有利は奇襲をかけられるという点にあるわ。ダークネス本部は攻められる事に慣れてない」
「可能なのカ?本部の防衛システムを突破して奇襲なんて」
「横浜で会った小川麻琴さんっていたでしょ?彼女政府からダークネスに送り込まれたスパイだったの」
「アイツが……道理でヘンな奴だと」
「小川さんが手引きして、ダークネスの防衛システムを一時的に麻痺させる。その隙をついて私達が攻め込む手はずになってるわ」

現実のものと思えないのは里沙の言葉だけではなかった。
他の仲間達も、絵里さえも、作戦に夢中になっている。愛を置き去りにして。
今はもっと愛の身に起きた不幸を思って、かなしみに沈むべきなんじゃないだろうか。
いつだって人は前を向いて生きていかなくちゃいけないんだろうか。

「さゆみん、どうした?」
「ん?ああ、ごめん。ちょっとぼうっとして」
「さゆ!愛ちゃんがさらわれたとよ!分かっとうと?今がどんな時か」

殆ど怒鳴り声に近い剣幕でれいながさゆみに詰め寄る。
「ねえ、分かっとうと?」れいなは分かってるのだろうか。それが正しい事だと。
きっと分かってるのだろう。少なくとも彼女自身はそう信じている。
私とれいなは分かり方が違う。多分、みんな一人ひとり分かり方は違うのだ。そう、さゆみは思った。

れいながこれ以上行ったら喧嘩になりかねないという一線の丁度手前あたりで、
絵里がさりげないしぐさでさゆみとれいなの間に入り、里沙に質問を投げかけた。

「ガキさん、ダークネスの能力者は本部にどれくらいいる?」

恐らく明日の作戦において、リゾナンターが果たすべき役割は敵の能力者の撃破であろう。
絵里の質問に、里沙はしばらくの沈黙を置いて、念を入れるような口調で答えた。

「私達が直接当たらなければならない敵幹部能力者は――
 安倍なつみ、後藤真希、粛清人A、吉澤ひとみ、魔女ミティの五人」

生まれて初めて里沙は、なつみの事を“安倍さん”とではなく“安倍なつみ”と呼んだ。
そして恐らくこれが最初で最後だろう。という予感が里沙にはある。

「勿論他にも手ごわい能力者がいるかもしれないけど、特に注意すべきなのは今言った五人よ」
「となると、誰が誰に当たるかも重要になってくルナ」

さゆみは思いを巡らせる。
ここにいるメンバーで戦闘向きなのは里沙、れいな、ジュンジュン、リンリンの四人で五人には一人足りない。
そうするともう一人の敵幹部能力者に当たるのは小春か、さもなくば絵里になるだろう。
恐る恐るといった様子で、さゆみは里沙に問いかけた。

「ねえ、ガキさん……私達、勝てるの?」

里沙はさゆみに振り向きもせずに、感情を殺した声で言った。

「これだけはみんなに言っておかなくちゃいけないんだけど、この作戦は罠よ」

一瞬、時が止まったような感覚に店内にいる誰もが見舞われた。
罠とは仕掛けるものと仕掛けられるものの両者がいて初めて成り立つ。
この場合の仕掛けられるものとは、即ち愛を除いた里沙達リゾナンター八人という事になる。

「まさか、あの中澤って人が高橋さんをダシに私達を嵌めたって事ですか?」
「中澤さんはきっとまだダークネスと繋がってるわ」
「なのに何でダークネス潰しの作戦に乗ったりしたんですか?」

罠だと知ってて何故作戦計画への協力を呑んだのだろうか。
里沙の気が狂ったのか、それとも何か成算があっての事なのだろうか。
ぽつり、ぽつりと里沙が語りだす。
静かな口調であったが、その目に宿る光に曇りはない。

「私ね、ずっと考えてたの。どうしてダークネスは私達をずっと泳がせるような真似をしてたんだろうって」

高橋愛が光の力に目覚めるのを待っていた。というのが表向きの理由であろう。
しかしそれだけではない筈だ。
愛が光に目覚め、その力で何を為すかが重要なのだ。

里沙はダークネスの諜報員時代に組織の重鎮飯田圭織の精神に潜った事がある。
その時、飯田圭織と安倍なつみが最後に交わしたであろう会話を聞き、飯田が予知した真の闇を目の当たりにした。

全てを飲み込み、決して逃れる事の出来ない闇。
飯田が見た闇はまさに絶望と呼ぶにふさわしいものだった。
あの闇が世界を覆う時、それは世界が滅ぶ時だろう。

安倍なつみは世界を守りたいと言った。
飯田圭織はなつみにならばそれが出来ると言った。

飯田圭織は闇の中に浮かぶ希望を予見した。
新垣里沙は漂う光の中に自らを含めた心響き合う九人の戦士の姿を見た。

なつみが何を成し遂げようとしているのか、それは里沙には分からない。
里沙に分かる事は一つ。己の成し遂げるべき事は分かる。

「私は愛ちゃんを助ける。絶対に」



雪原に咲いた深紅の野バラ。
張り詰めた凛冽の中に抱きしめるような温もりを湛えて、血は肩に巻かれた包帯を赤く染めている。
あの安倍なつみにも赤い血が流れているのかと、改めて後藤真希は目の覚める思いがした。

「彼女、様子はどう?」
「すやすや眠ってるわ。なんか落ち着くのかもね」
「明日、目覚めたらこれを」

そう言ってなつみはやや大きめの紙袋を後藤に手渡した。
見ると中にはなつみの私服なのだろう、優しい色使いの洋服が入っている。

「地面に倒れた時に汚れちゃったから、着替え」
「なっちが渡さないの?」
「私きっと彼女に嫌われてるから」

そう言われて後藤はちょっと困ったような笑みを浮かべた。
後藤はかつて高橋愛の右腕を念動で引きちぎり、生死の境まで追い込んだ事がある。
事実だけを見れば、なつみより後藤の方が高橋愛に恨まれているだろう。
だが、人の心の機微というものを考えれば、確かになつみの言う通りのような気がした。

「肩の具合はどう?」
「治癒能力者の人が言うには、痛みは残るみたいだけど明日には傷は塞がるそうよ」
「ずいぶん無茶したね」
「私が今までやってきた非道に比べたらこのくらい」

「優しいんだ。なっち」という言葉を後藤は喉元で飲み込んだ。
なつみの優しさが最も残酷に抉っているのは彼女自身の心だろうからだ。
後藤は今になってようやくなつみに対するわだかまりが無くなっている自分を発見している。

もし、もっと早くなつみが打ち明けてくれていれば、私は最初からわだかまりなんか抱かなかっただろうか?
そうではないという確信が後藤にはある。
背負わされた運命の巨大を、直前まで己の胸にしまい続けてきたなつみの強さ。
その強さに、後藤は心の底から「敵わない」と思ったのだ。

「……明日だね」
「うん。明日、決着がつく」

なつみは遠くを見るような目で、後藤を見つめている。
何か大切な事を言おうとしていると直感的に後藤は悟った。

「もし、私に何かあったら、その時はよろしくね」
「私が?」
「お願いね。みんなの事」
「なっちみたいには出来ないよ。私」
「後藤が正しいと思う事をしてくれれば、それでいい」

現在の組織の序列から言えば、後藤真希は安倍なつみに次ぐ地位にあるわけだから、
なつみが頼むか頼まないかに関わらず、万一の時は後藤が指揮を執る事になる。
だが、なつみは後藤に未来を託す。その思いを伝えたいと思った。
それが仲間というものだから。