『狂犬は亀を背負う』(後) - 2


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「あっ、判ってるとは思うけど“しかし~”以降の件は、オッサンが自分に都合の良いようにアタシの心情を勝手にアテレコしただけだから」

「一体誰と話してるんですか?」

突然虚空に向かって話し出した美貴に絵里は尋ねた。

「まあな」

作者の筆力不足を気にかけていることを、絵里には知られまいとお茶を濁す。
脳天にcPad の痛打を受けたダークネスはというと頭を抱えている。

「大丈夫ですかね。 ダークネスさま」

「やられ強いだけが取り柄の奴だ。 心配することはない」

しかし、カメちゃんよぉとなれなれしく声をかけられて絵里は少し驚いたようだ。

「で、実際のとこどうよ。 このオッサンの実態がわかったところでまだこの店で働きたいっていう気持ちは残ってるわけ」

「まあ正直ちょっとひいています。 電話でお話した時はとても優しい人だと思ったのに…」

「ふたを開けてみれば変質者だったとはね」  言いよどんだ絵里の気持ちを代弁してみせる。

「ワシのようなフェミニストをつかまえて何が変質者だ。 いい加減にしてくれ」

「フェティシストの間違いじゃないのか」

「そうそう、愛キュンの履き古したストッキングとかメイク落としに使ったクレンジングティッシュとかを集め…」

バカが、自滅しやがってよ。
悪の組織の首領の権威を自分で損なっていくとはどうしようもない奴だ。

そんな美貴の思いを知ってか知らずか、ダークネスは自分の正当化を試みる。

「だいたいワシはそんなに悪いことをした? ただ市販のアプリを自分のcPad に入れて個人的に楽しんでただけじゃないか」

「その楽しみ方がキモいってんだよ!」

「そうですよね。 まだ愛してるとか、キスしてぐらいの言葉を喋らせてるんだったら、微笑ましいと言えなくもなかったんですけどね」

「生々し過ぎたんだよ!」

美貴と絵里。 二人の息の合った追求を受けて、闇の王は意気消沈してしまう。

「カメちゃんだって、もうここでは働きたくないって言ってるぞ」

「ションナ」

美貴の更なる追い討ちは闇の王を徹底的に凹ませたようだ。

「ちょっと待ってください。 私働きたくないなんて言ってませんよう」

絵里の言葉が意外だったのか、美貴は眉を顰めた。

「それはダークネス…さん?の変態さんぶりにはちょっとひきましたけど」

変態じゃないという闇の王の反駁は誰もが無視した。

「やっぱ、ここで働きたいです。 だって…」

だってそう決めたことだから。
自分という人間の甘さを思い知らされたあの時に誓った。
どんなに困難な壁だって逃げたりせずに立ち向かうと。

「おい、オマエ寝てんのか。 急に黙りこくって」

「そんなことないです。寝てませんよう」

「どんなもんだかな」

どうにもつかみどころのない奴だ。 
アタシの前で安心しきってるってことか。
アタシが舐められてるってことなのか。
クソッ、気に要らねえ。 アホのリゾナンターも変態の首領もキモヲタの客も、どいつもこいつも気に要らねえ。

「なあお前」

美貴は尋ねた。

「お前んち金には困ってはいなかったはずだろう。それが何でそんなに急に働こうとか言い出すんだ」

美貴の問いかけに虚を突かれたのか、絵里は口ごもった。

「小遣い銭が欲しいなら、お前んとこのリーダーの店を手伝ってやれば…待てよ」

cPad をダークネスの頭で粉砕してしまった美貴は、自分の携帯のメモ帳を頼りに亀井絵里の面接を再開するつもりらしい。

「あいつ、れいなにもまともにバイト代払ってねえんだっけ。じゃあお前がバイトしたところで、ただ働きさせられるのがオチだな。だから、ウチで…」

「違います」

何だ。 

話を途中で遮られた美貴が、不機嫌そうに絵里を睨む。
その短い荒々しい気配に、関係のないダークネスがびくっと震える。

「何が違うって」

「違います。藤本さんは愛ちゃんのことを誤解してます」

噛み合わねえな。
再々、亀井絵里によって自分の話を途中で遮られた美貴は露骨に舌打ちをする。
お前ごときがアタシが言いたいことを邪魔して話し出すなんて生意気だと表情が物語っている。
流石に黙ってしまった絵里が、それでも物言いたげにしているのを見て、顎をしゃくった。
取りあえず言いたいことがあったら言ってみろと言わんばかりに。

「確かに愛ちゃんはれいなにバイト代を支払ってません。 でもそれはれいなが受け取らないからなんです」

絵里によれば、リゾナントに転がり込んだ形のれいなは、ベッドと一日三食の食事にありつけるだけで満足だと言って、愛がいくら促しても、頑としてバイト代を受け取らないという。
そんなれいなの頑なな態度に、愛も引き下がらざるを得なかった。 どうしても欲しいものがある時は、申し出るようにと言葉を添えて。

「でもれいなはその方が嬉しいみたいですよ。おねだりしてお小遣いを貰うみたいで」

「へっ、子供かよ」

愛と二人買出しに出かけたれいなが、あれが欲しいといっては買い物カゴに入れている光景が目に浮かぶ。
それを窘めながらも、嬉しそうに微笑む愛の顔も。

ふん、どいつもこいつも幸せごっこか。
愛とれいなの関係を想像して、一瞬微笑ましく思った自分が疎ましい。


「だがあいつが喫茶店の人件費を安く上げてることには違いないだろうが。 浮いた分を自分の身の回りに使うってか。 まあ羨ましいっちゃあ羨ましい」

そんなセコい奴のところでは働きたくないから、区の広報誌でバイト先を探そうとしたんだろうと決め付ける美貴に絵里は反論する。

「私もリゾナントで働きたいです。 働きたいと愛ちゃんに言ったこともあるし、愛ちゃんもいいって言ってくれたし、でも」

「でも、何だ」

「それじゃあ愛ちゃんに負担をかけてしまうし」

へっ、間の抜けたような相槌を打つ美貴に、絵里は話し続ける。

「私が言うのも何ですけどリゾナントはいいお店だと思います。 かなりのお客さんが常連さんになってくれてるし、でも…」

その経営状態は決して楽じゃないと絵里は言った。
理由はダークネスが出現するたび、出動するためにお店を閉めなきゃいけないことだという。
一度来たお客様がまた訪れてくれた時に、肝心のお店が閉まっていては常連客を増やす機会をみすみす失ってしまうことになる。

「今、常連になってくださったお客様からも、不規則な臨時休業がリゾナントの欠点だと言われているんです、だから…」

愛はダークネスが作戦を実行する日時を10日前ぐらいに教えてくれれば、かなり助かると言っているらしい。

「ふざけんなよ。 何でアタシたちがリゾナントの経営安定の為に、作戦の日時を知らせてやらなければならないんだ」

「そうだ。 いくら愛キュンの為でもそれは出来ん相談だ」

重々しく告げるダークネスの様子を見て、美貴は彼に対する認識を少しだけ改めた。

さっきはアホだ変態だとか言って少し痛めすぎちまったな。 なんだかんだ言ってもお前はアタシたちが掲げる首魁に相応しい存在だぜ。

「1週間前ならどうだろう」

訂正、やっぱお前はアホだ。 っていうか何、その3日間だけ縮まった理由って。

「ワシたちにも事情があってな」

どんな事情だ。 言ってみろ。

「人目もあることだから、カメちゃんの携帯にメールしよう。 面接の時に知らせてもらったメルアドでいいのかな」

早速、自分の携帯を取り出すと、アドレスを確認する。

「ごめんなさい、ダークネス様のメルアドは着信拒否にしましたから」

「えっ、何で何で」

心外そうに抗議する闇の王に対して、美貴は先刻耳にした愛ドロイドの口調を真似てからかった。

「だめ~、こんな大きいの入んない~」

自らの醜態が蘇った闇の王は頭を抱えてしまう。

いいですか?と絵里が言った。

「少し話が逸れましたけど、決して経営が楽な状態でないのに、愛ちゃんは本来れいなに支払う分のバイト代を積み立ててるんです」

ほう、美貴は少し感心した。

「あのバカがそんな風に心遣いが出来るなんてな」

自分だったら浮いた金は自分の為に使うけどな、とうそぶく美貴に絵里は微笑んだ。

「私は藤本さんはそんな人じゃないと思いますよ」

チェッ、と舌打ちする美貴を優しく見つめる。

「私がリゾナントで働きたいって言ったら、愛ちゃんは決してダメって言わないと思います。 そして世間並みのお金を支払ってくれると思います。 もしも私が断ったら、れいなと同じようにして…」

だから、自分はリゾナントでは働かないんです、というのが亀井絵里の結論だった。
淡々とした、だからこそ決然とした意志がそこにあった。

何か言おうとしたダークネスを手で制した美貴は、絵里に告げた。

「よく話してくれたって言ってやりたいところだが、お前は肝心な所をぼかしてる。 そもそもリゾナンターとして戦う以外はのほほんと暮らしてきたお前が、何で急に働きたいって思ったんだ」

それこそがアタシの聞きたいことだと言う美貴に、穏やかな表情で絵里は言った。

「藤本さん、私22歳なんですよ。 今年の誕生日が来れば23になります。 働かなきゃいけないじゃないですか」

「アタシはそうは思わないねぇ。 快方に向かってるとはいえ、元々お前は病弱なんだ。 リゾナンターとして動いてる間は無理をしない方がいいんじゃないか」

「愛ちゃんはいつかれいなが一人立ちをする時の為に通帳を作ってあげたんです。 
それが愛ちゃんに代わってリゾナントを切り盛りすることなのか、独立して暮らしていくことなのかはわからないですけど」

その通帳を見た時、絵里は思った。
愛にはリゾナントがある。
れいなはその愛から喫茶店の仕事を日々仕込まれている。

「ガキさんはアパレルの仕事を一生懸命やってるし、さゆや愛佳は学校に通ってる。 小春は月島きらりとして頑張ってるし、ジュンジュンやリンリンだって」

アイツら免許を取るとか言って帰国してやがったな。
携帯のメモ帳を確認した美貴に頷くと、絵里は思いを打ち明ける。

「私だけ、何もないんです。 私だけ自分の未来の為に何もしてないんです。 何も…」

だから、絵里は働こうと思ったという。
それもリゾナントとは関係のないところで。

「実はこのお店に応募する前に、別の所の面接を受けて来たんです」

リゾナントやダークネスカフェのある町ではかなり高名な洋菓子店。 百貨店にも支店を出し、全従業員を合わせれば30人を超えるという。

「私、ケーキ作りには自信があったし、いつかケーキ屋を開ければいいなって思ってたし、その修行になればいいなって思って面接を受けに行ったんですけどね」

面接に行った絵里を待ち受けていたのは極めて当たり前の現実だった。

「その洋菓子店が求めていた人材は、他のお店で働いていた経験者か、洋菓子の専門学校で最低限の知識や技術を習得した人なんだそうです」

絵里のように履歴書の経歴の欄がほぼ空白な人間はお呼びでなかったという。

「叱られちゃいましたよ。 遊び半分の気持ちで応募してこられても迷惑なだけだって。 けちょんけちょんにやられちゃいましたよ」

私は真剣だったんですけどね、絵里は寂しげに呟いた。

まあ、いい勉強をしたと思って出直すんだな、ただしダークネスカフェ以外のどこかで。

どんな言葉をかけようか思い悩んでいた美貴は強烈な意志を感じた。

闇の王が粛然と立っていた。

「何をしておる。 その洋菓子屋を消しに行くぞ。 全戦闘員を緊急招集しろ。 国内に居る幹部も全作戦行動を中止させて集め…ヒィィィッ」

「お前、ふざけてんのか。 いや、破壊活動に勤しむのは悪の組織としては至極真っ当だけども、これはおかしいだろう、これは」

厚木基地の在日米軍とだって互角に渡り合える戦力を洋菓子店一軒潰すために召集することの非効率も含めて意見する美貴に対して、闇の王も譲らない。

「一軒じゃないぞ。 支店も潰してや…ヒィィィッ」

「だ~か~ら~、やめときなって」

常になく常識的?な判断をする美貴に対して、珍しくダークネスも譲らない。
潰すったら潰すのと駄々を捏ね、美貴の手を焼かせるのだった。
そんな一種異様な膠着状態を崩したのは、絵里の慌てたような声だった。

「ちょっ、ダークネス様。 やめてくださいよう」 ダークネスの暴発を必死に止めようとする。

「面接で厳しいことを言われた時は泣いちゃいそうになりましたけど、でも全部その通りのことですから」

「カメちゃん」

絵里に手を差し伸べようとした闇の王は、寸前で思いとどまる。
それは自分のやるべきことじゃないのだということはわかっている。
きっと喫茶リゾナントに集う彼女の仲間たちがやるべきことなのだろう。
しかしリゾナントの経営を抱えた愛への気遣い、自分の道を進む他の仲間への複雑な感情の存在が絵里の今日の行動に繋がっているのだとしたら。
そう簡単に済む話では無いのかもしれない。

闇の王は唐突に思った。
絵里と同性であり、リゾナンターと一線を画す藤本美貴ならば、夢と現実の間で思い悩む亀井絵里に対して手を差し伸べられるかもしれない。
いや、リゾナンターと距離を置く藤本美貴だからこそ、フラットな立場で亀井絵里に道を示せるのではないだろうかと。

絵里に何か言葉をかけてやるよう促す思いを込めて、藤本に目をやった闇の王は愕然とした。

こ、こいつ携帯で遊んでやがる。
絵里の思いを知ってか知らずか、薄ら笑いを浮かべながら自分の携帯電話で落ちモノのパズルをしている。

なんて冷たい女だ。 非難の思いを込めて睨みつけても我関せずどこ吹く風といった感じだ。
この調子ではさっき携帯を取り出した時からずっと遊んでいたのかもしれない。

よく考えてみれば藤本美貴はそういう人間だった。
他の誰かとの間で絆が生まれたら、自分でその絆を断ち切る奴だった。
生まれた絆が自分を弱くすると決めつけて、絆を壊し踏みにじる、そんな奴だった。

自分や藤本が手を差し伸べることが適わないなら、せめて絵里の思いの受け皿になってやろう。
闇の王の思いが伝わったのか、絵里は口を開いた。

「ちゃんと働いた経験も無くて、専門学校で知識や技術を学んだこともない自分みたいな人間が、好きだから、やりたいだけという理由で働きたいって言ったって、迷惑な話ですよね」

どうせ私なんか…とい落ち込む絵里にダークネスは思わず声をかけてしまった。

「なれるよ」

「えっ」

「君は成りたいものに成れる。 行きたい所に行ける。 だから…」

「何、そのROCKET DIVE。 オッサンはhide派なのか。 てっきりはToshI 派だと思ってたがなあ、オッサン」

「藤本」

お前、と思わず言い掛けたダークネスの存在はあっさりと無視された。

「気持ちいいか?」

その言葉が自分へ向けられたものだと気づかなかった絵里は、戸惑いを見せる。
携帯の画面から目を離さず美貴は話し続ける。

「どうしようもなくちっぼけで、惨めなくらい何も出来ないって、自分で自分のことを責めるのは気持ちいいだろうって聞いてるんだ」

「私そんなつもりありません」

「そうだ、お前言っていいことと悪いことの区別もつかないのか」

あーまたミスったや。
絵里やダークネスの抗議をよそに、パズルの落とし所を間違ったことを嘆いている。

「自己嫌悪の海に浸るのはたまらない気分だろう? 自己憐憫の雨に打たれるのに慣れたらもうそこから抜け出せないだろう?」

自分で自分をダメだと言う奴は、自分で自分の可能性に蓋をしてしまってるんだ。 その方が楽に生きていけるからな。
吐き捨てるようだった美貴の口調が少し柔らかなものになった。

「別にいいんだぜ。 結局はお前自身のことだ。 お前がお前自身に楽させてダメになってくのは勝手だ」

心のどこかで慕っていた美貴の口から叩きつけられたこれ以上ない辛辣な言葉は絵里を打ちのめした。

「お前には見えてねえんだろうな。 9人で戦っているとき、他の奴らがお前をどんな目で見ていたか」

アタシには見えてた、美貴は言った。

「当たり前だ。 アタシはお前らと向かい合って戦ってきたんだから。 戦いの最中で他の奴らはお前のことをダメなヤツだとも頼りないヤツだとも、保護すべき対象だとも思ってない」

みんながお前のことを頼りにしている。 どいつもお前のことを誇りに思ってる。どいつもお前を信じてる。
そういう目でお前のことを見てやがる。
そんなお前が自分で自分を信じられないってことは、お前はお前を頼ってる仲間のことを否定しているってことだ。

「藤本さん」

「お前は何かしなくちゃいけないと思って、それこそ一度にいろんなことをやろうとして頭がテンパってちょっとばかし迷ってるだけだ。 
一度落ち着いて見つめ直すんだ。 そうしたら自分が何をすべきかわかるはずだ。 自分の居場所ってやつもな」

「藤本さん」

「何だ、さっきからしつこいぞ。 感極まって泣きそうなのか。 アタシへの感謝の気持ちを表したいか。 いい心がけだ。 私の銀行口座の番号を教えておこうか」

「藤本さん。 敵とはいえ確かにあなたの言葉はけっこう来ました。 ただ…」

「ただ…何だ?」

「ただそういうことは、携帯でピコピコゲームをやりながら喋ることじゃないと思うんですけど」

「…やなこった」

Game over の文字が携帯の小さな画面に躍った。