『XOXO - Hug and Kiss(2)』


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『あなたは私の一番のお気に入りよ』

 * * * * * * * * * *

「予知通りね。いらっしゃい、新しい世界の始まりへ」
光源の不明なおぼろげな光が包み込む中に、紅色で彩られた微笑が浮かびあがる。
「私にとっての現在は過去でしかない―それでもどれだけこの日を待ち望んでいたか。
何人が権謀術数を弄そうと暇つぶしでしかなかったというのに…ついに最終章に辿り着いたのね。
初めてよ、こんな高揚感を味わうのは」

腰まで届くような漆黒の髪をなびかせながら姿を現した女。
絹のような素肌を覆う濃紺のドレスは終わりを描くこと無く、海となって完全にフロアを覆い尽くしている。
あの日のままの、記憶通りの姿であった。

培養施設から破棄される一週間前。
当時のあたしは、白に覆われているものを“人間”だと認識していた。
白い帽子、白い服、白いマスク、白い長靴に白い手袋。
防護服を着用しないまま入ってくるのは、毛の生えた猛獣か、新種の開発機具だけだったから。

その中に突如現れた黒。純白の世界に染み込んだ黒。
表情一つ変えること無く強化ガラスすれすれに近づいた漆黒の女の名を、研究員は叫び続けていた。

―――イイダサマ、スグニオハナレヲ――
―――シゲキヲクワエルト ボウソウスルオソレガ、イイダサマ―――

研究員の静止を無視し続けた女はあたしを見つめ、かすかに目を細めた。

『アタラシイ ジッケンアイテ?マタiヲ キヅツケヨウトスル?
イヤダイヤダイヤダ……』

それが何なのか理解できないまま拒否を示したと同時に、たまらず女の肩に触れた研究員をはじき飛ばして女は去った。
その口元にわずかな微笑を浮かべて。

初めて目にした異質な存在――それが今、目の前にいる“イイダ”だった。


手を大きく横に広げる。
「世界はいつでも救世主の登場を夢見ているわ。
ジャンヌダルクにイエス・キリスト――だけど救世主はいつの時代も悲哀な最期を遂げてしまう。
圧倒的な能力を持っていればいるほど、その力を妬む者が現れる。
奇妙であればあるほど、人々を陥れると風評が立つ。これは運命なのよ」

ゆったりとした足取りで歩みを進める奴と同じ速度で距離をとるが、里沙は一向に動く気配を見せない。
奴の顔をじっと見つめたまま視線をそらすこと無く、話に耳を傾けている。

「そして今日あなた達がここに来たのも運命。どうして二人きりで来たのかしら。
他の仲間達は信頼するに足りなかった?だから全員の記憶を改ざんした?
全部あなた達の意思かしら、自信を持って言える?本当に?」
「里沙ちゃん!!」
「この世界は全部運命で出来上がっているわ。運命じゃない世界なんてありえない。
 でもその運命を形作っているのは…未来なの」


「里沙ちゃんそんな奴の言うことなんか聞いたらあかん!
うちらは何の運命でも誰の意図でもない、うちら自身の意思で動いとるんや!」

「愛ちゃん」

あたしの声に呼応するでもなく、間近に迫った奴に動じるのでもなく里沙はただあたしの名を呼んだ。
そしてその声色にはあたしの牽制を制する意思が含まれていた。

「飯田さん、あなたは未来を未来より早く見ることができます。
その能力のせいでこれまでにどれほどの未来が変えられ、捩じ曲げられ、失われたのかは私には分かりません。
一員としてその一端を担ってはいたものの、代わりに得られた未来が本当に組織にとって有益であったのかは怪しいところです。
まさに今の状況が良い例でしょう」
「あら、あなたほどの人材が何を言っているのかしら。
私は組織のために動いているのではない、それこそ私が描く理想のために私自身の意思で動いている。
単純にエンディングを眺めても何の感動も抱けない。そこに辿り着くまでの経緯が大切なのよ…
それを演出するパーティーを得るためにも」


ちらりとこちらを目で捉えるとすぐに視線を戻し、伸ばした指の先で里沙の頬をなでる。
その手を払い落とし、一歩下がり、一歩下がり、ようやく里沙があたしの隣に並んだ。

「未来が運命を形成するならば、なるほどあなたの未来予想図から私は逃れられないかもしれない。
でも…未来を変えられるのはあなただけじゃない」

くるりと背をむけて濃紺の海に帰って行くうしろ姿が不意に立ち止まる。

「どんな思慮をめぐらそうと、全ては私の脚本通りよ。
あなたには勇者の役を振り当ててあるのだけれど、思った以上の働きをしてくれている。
悲劇のヒロインとの相性もばっちりのようだし。あなた達を選んで本当に良かったわ」

冷えきった、でもどこか温度を感じる様相の中、ふっと笑みを浮かべた奴は最初と同じ顔をしていた。