『モーニング戦隊リゾナンターR 第??話 「Wingspan の世界:闇の翼(2)」』



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「オバサン」がその申し入れを受けたのは、Mの系譜に連なる能力者に対する敵愾心からではなかった。
自分の能力に自信はあったが変わりつつある世界で生き延びるには、協力者が居た方が便利だろうという計算が働いたからだ。

「オバサン」と「ボク」のタッグチームは要塞ビルで入手した情報を頼りにダークネスの拠点を潰していった。
拠点は小規模なものが多かった。
ごく普通のマンションのワンフロアであったり、暴力団の事務所であったり、中には政府の管轄する施設もあった。
襲った拠点で新たな拠点の情報を入手して、一つずつ潰していく。
そんな日がしばらく続いた。

「ダークネスの拠点ってやつはどうしてこうも脈絡がないのかねえ」

その日二人が襲ったのは、
ありふれたオフィスビルの一室だった。

「それにしてもこいつらは随分と律儀に抵抗したもんだ。 世界の崩壊が加速してるっていうのに義理堅いというかバカ正直というか。いずれにしてもご苦労なこった」

拠点に残っていた情報端末に夢中な「ボク」は答えない。

「オバサン」と「ボク」が迷いこんだ世界は急激にタガが緩み始めていた。
異界からの侵入者による破壊、掠奪、殺戮が始まりの合図に崩壊が始まりだした。
常軌を逸した異常気象。文字通り世界の形を変えていく地盤沈下。
疫病の流行は人心の荒廃を招き、人間がその英知で長きに渡って構築してきた社会システムはあっさりと崩れ去った。
都市部から人の姿は消え、住人の居なくなった建物は急速に劣化していった。
まるで特別な何かが作用しているかのように。

「このビルだってぱっと見、築十年てとこだけど、方々がひび割れてる上に気のせいかちょっと傾いてる」

「ホントうるさいな。これだからオバサンって生き物は」

端末の画面に見入っていた「ボク」が顔を上げている。

「オバサン、最近例のアレを感じたことはある」

この世界に存在した瞬間から感じていた空気が肌を刺すような感覚。

「そういや全然感じないねえ。やっぱ肌の手入れって大切だねえ」

「バカだな。 アレはね…」

二人が感じていた肌が無数の針で刺されるような感覚。
それは異世界からの侵入者に対する世界の防衛反応だと「ボク」は言った。

「この世界が一つの生き物だとしたらボクたちはその体内を侵すウィルスのような存在。 世界は自らを守るためにボクたちを消そうとした」

「けど、あたしたちは何ともないじゃないか」

「ああ、ボクたちが散々荒らしまわったことで世界の力が衰えてきてる。 もう侵入者を排除することに手なんて回らない。 辛うじて形を維持するのに精一杯みたいだ」

「そいつはちょっとおかしいね」

ちっぽけな自分たちの浸食で世界がこんなに脆く崩れ去ってしまうものかと疑問を投げかける。 
自分たちが殺めた人の数など自然災害で失われた命の数に比べれば、微々たるものでしかないと。

「ボク」にもその疑問には答えられなかった。
本来この世界には存在しなかった自分たちの破壊行動が及ぼす影響は想像できないぐらいに大きいのかもしれないと考えを述べるに止まった。

「で、こいつらのことなんだけどね」

自らが粉砕した人間の残骸を指さしながら「ボク」は言った。

所持品や端末に残されていた情報から察するに、彼らは組織の中枢に近い存在だったらしい。
未だその影さえ掴むことの出来ないダークネスの上級幹部直々の命令で裏切り者を追っていたらしい。

紺野あさ美。 かつてはレベル7相当の治癒能力者としてMで活動していた。
Mがダークネスへと変貌していくムーブメントに同調し、ダークネスの一員となった能力者。
治癒能力を失った後はIQ180以上の頭脳でダークネスの科学部門に貢献する天才科学者。
組織内ではドクターマルシェの通称で知られている。

「世界が終わりかけてるっていうのに追いかけ回すぐらいの価値があるっていうのかねえ。 そのマルシェって娘には」

「そのようだね。 生きたまま捕まえろという但し書きまで付いてる」

「ボク」の声にはいつもとは違う熱いものが感じられた。

「ちょっと何よ。 まるで恋焦がれていた思い人にようやく巡り会ったみたいな顔をして」

「オバサン」の冷やかしにもいつものように言い返そうとしない。

「ああ、ボクは彼女を探していた。 彼女ならボクに翼を与えてくれる筈さ」

予想もしなかった言葉が飛び出したことに「オバサン」は戸惑った。

「翼が欲しいっていうなら、あたしはギターを弾いてやるからあんたは唄いなよ」

「オバサン」の言おうとしてることが判ったのか、「ボク」の貌にいつもの皮肉っぽい笑いが戻る。

「ありがとう。 でもねボクは翼を下さいなんてお願いするつもりなんてさらさら無いのさ。
 Mの血統の後継者であるドクターマルシェにボクはこう命じるつもりさ。 我に翼を与えよとね」

                   ★

「ボク」の合成獣化は人工的に付与された特質だった。

人間の意識の表層部分と感応するメンタル・テレパシー。 それこそが「ボク」が生まれもってきた能力だった。

「もともと他人の考えていることは結構判ったんだよね。 でもそれが特別すごいことだとは思わなかった」

そんな「ボク」だったが学校に入り家族以外の人間と一緒に過ごす時間が増えると、自分が他の人間とは違った力を持っているらしいことに気付く。
そしてその事実は他人には知られない方が得策らしいということにも。

「能ある鷹は爪を隠すみたいな感じでね。 最初の頃はスイッチのオンオフとか難しくて、他人との接し方とかも上手くいかなくてさ。 よく不思議ちゃんとか思われてたみたいだね」

「ボク」が中学一年の時のことだった。
同級生に頼まれて一緒にアイドルグループのオーディションを受けたときのことだった。
アイドルになんて興味の無かった「ボク」は、同級生が合格するよう援護射撃に徹するするつもりだった。
チカラによって審査員の心の声を聞き、彼らが求めるアイドル像とは正反対の自分を演じた。

「見てみい。 784番の子。 顔は抜群に可愛いのに、それを台無しにするようなマニッシュな服。 ふてくされてワシら審査員を舐めきったようなその態度。 ロックやでぇ」

意に反して一人合格してしまった「ボク」を笑顔で祝福する同級生だったが、彼女の尖った心情が「ボク」の心に流れ込んできた。
…何よ、自分だけ目立とうとして。 これじゃ私はあんたの引き立て役じゃないの。

違うと言いたかった「ボク」だったが、表面上は「ボク」の合格を祝福している同級生に対して言葉のかけようがなかった。

アイドルになろうとは露ほども思っていなかった「ボク」は、合格を辞退しようと思った。
しかし心の中で「ボク」を罵っていた同級生やその友人たちが、「ボク」を通じてアイドルの情報を知りたがっていることに気付き、アイドルの研修生生活を送ることにした。
彼女たちの歓心を得るために。 しばらくの間、事態は上手く回っていた。
アイドルの卵の同級生を級友たちは嫉妬しながらも憧れの目で見ていたし、ダンスや歌の厳しいレッスンもそれなりに楽しかった。

「一学年先輩の女がサインをしてくれって言ってきたのさ。 勿論断ったけどね。 CDデビューはしてない、先輩のバックでさえ踊ったことのないボクなんかがサインをしてもねえ」

それでも「ボク」のサインが欲しい。 将来絶対スターになる「ボク」の初めてのサインを欲しいという求めに応じて、はにかみながらサインをした瞬間に先輩は豹変した。

「まだデビューもしてないのにスター気取りかよ。 だっせえ、何このサイン」

真っ二つに折られたサイン色紙は掲示板に張り出され、「ボクは」学校中の嘲笑を浴びた。
自分を守るためにメンタル・テレパシーのチカラを使った「ボク」。 そのことで却って心が傷つき追いつめられていく「ボク」。
そんな「ボク」に救いの手を差し伸べたのは一緒にオーディションを受けた同級生だった。
先輩は妬んでいるだけだと言い、気晴らしにカラオケに行こうと誘った同級生の言葉を鵜呑みに信じるほど「ボク」は純真ではなかった。

メンタル・テレパシーで垣間見た同級生の心はどす黒く汚れていた。
騙す、暴走族、レイプ、ビデオ、脅迫、売春。
言葉を繋ぎ遭わせるまでもなく、目の前で天使のように笑っている女が何を考えているかを察知した「ボク」は躊躇うことなく持っていたボールペンを、同級生の眼球に突き刺した。 自分を守るために。

教師たちに取り押さえられ、警察に引き渡され、法的手続きを経て医療少年院に送致された「ボク」だったが、その精神は暗く澄み切っていた。

人目を引く貌が自分に災いをもたらし、チカラが自分を救ってくれたという思いが「ボク」の価値観を形成していく。
自らの容貌の蔑視、異能のチカラの絶対視。より強いチカラの渇望。

「院の中で胡散臭い医者が話を持ちかけてきたのさ。 難病の治験に協力すれば、外に出してやるしボクのやったことも無かったことにしてやるってね」

その医師は「ボク」に他人の思考を読み取るチカラが備わっていることを知らなかった。

「ボクのことを騙そうとしてるのが丸わかりでね」

複数の遺伝子情報の移植。 キメイラ生命体。 ナノマシンによる細胞の激的活性化。 人工的な獣化。

医師が「ボク」に合成獣化の処置を施そうとしたのは、あくまで実験の為だった。 
そのために遺伝子情報の適合性もナノマシン移植の安全性も無視して処置は施された。 
施術を受けた被験者はナノマシンの作用によって合成獣に変態できるのか。人間態に復旧できるのか。
それら全てが可能だったとして、肉体にどんな副作用を及ぼすのかのデータを採取するための実験体の一人として「ボク」は選ばれた。

「じゃああんた、自分を騙そうとしているのを知りながら、改造手術を受けたっていうのかい?」

そんなに綺麗な顔をしてるのにという言葉は飲み込んだ。

「ああ。 何度か獣体への変態実験を行ったら、ボクの身体を切り刻んで色んな器官を取り出して、細胞レベルの精密検査を行うつもりのようだった」

記憶を辿る「ボク」の頬に冷たい笑いが浮かぶ。

「でも、あんたはこうしてここに生きてるじゃない」

「当たり前さ。 ボクの能力を知ってるだろう。 メンタルテレパシー、薄っぺらい人間の考えなんか手に取るように判るさ」

医師の申し出を受け院外の施設で、合成獣化の施術を受けた「ボク」は行動を起こした。
ナノマシンを起動させゴリラと羆、バイソン、三つの猛獣の肉体を併せ持つ魔獣として生まれ変わった「ボク」は、新たに手に入れた力で医師や、助手たちを切り刻み、粉砕していった。
「ボク」と同じ合成獣化の被験施術を受けた人間たちも。

「こんな美しい身体を他の人間が手にするなんて許せないからね」

「ボク」の過去を聞かされた「オバサン」はその陰惨さに圧倒され悪酔いしそうだった。
自分では自分よりも闇に魅入られた人間は存在しないだろうと思ってた。
だが自分のことを「ボク」と呼ぶこの若い女はに比べれば、自分なんて…。

                           ★

きっかけは女子生徒の間で流行った悪戯だった。
好きな人を振り向かせる恋の白魔術。
雑誌の記事の切り抜きが指南書だった。

気になる男子生徒の毛髪を手に入れて地面に埋めたり、公園で明けの明星の光を浴びている四つ葉のクローバーを捜しに行ったり。
熱に魘されでもしたように一通りの魔術を施して、当たり前のように何も起こらなかった。
いつのまにか熱は醒めていき、切り抜きの記事はゴミ箱へ直行した。

でもあたしはどこか違っていた。
裏のページに踊っていた復讐の黒魔術という文字に目を奪われた。
秘密の呪文、独学の秘薬、ゴーレムの創造。

何も起こらないと思っていた。
真夜中の墓地、古木の根元、掘り起こした土で作った人形。
いけ好かない同級生の愛犬を襲うように記した呪譜。

何も起こらないはずの夜明け、窓の外を見て息を飲んでしまった。
崩れ落ちた泥人形の所々がどす黒く染まっていた。
恐る恐る泥土をほじくり返すして、悲鳴を上げてしまった。原型を留めていない犬の残骸がそこにあった。

異能。
スプーンを曲げる。 未来を予知する。 他人の心を読む。
テレビや雑誌で見かけたことのある超能力。

そうしたチカラが欲しかった。
自分は他の愚かな人間とは違うという証が欲しかった。
自分が何者かであるという証明が欲しかった。
他の誰かに憧憬の瞳で見つめられたかった。

そんなあたしが手にしたチカラはパペット・コマンダー。
科学の範疇を越えて闇の呪術の領域に属するチカラ。
憧れられることもなく、羨ましがられることもない。
恐れられ、蔑まれ、忌避される闇のチカラ。
何かを壊し、誰かを傷つけるたびに強くなっていくチカラ。

一度に召喚し操れる人形の数が二桁に達したときふと思った。
初めてこのチカラが顕現したときに上げた悲鳴、あれは恐怖の悲鳴ではない。 歓喜の叫びだったのだろうかと。


                           ★

「おんなじさ」

「ボク」がこれまで見せたことのないような真摯な顔を見せている。

「ボクもオバサンも同じさ。 チカラの所為でこうなったんじゃない。 光の下では生きられない.
漆黒の闇の中では自分を見失ってしまう中途半端なボクたちが求めたから今あるチカラを手にしたんだ。 そういう意味ではボクたちは同じさ」

「ああ、そうかもね」

生まれてきてこれまで、何百人かあるいはもっと多くの人間と出会言葉を交わしてきた。
だがこれほどまでに心と心が通じ合ったことはないと「オバサン」は思った。だから…。

「あんたがそれほどまでに翼を生やすことにご執心なら、そのドクターマルシェってやつを是非とも捕まえてやろうじゃないか。 あたしも手を貸すよ。 そのかわり…」

「その代わりに…?」

「もしもあんたが翼を手に入れたら、あたしを連れて空を飛んでおくれよ」

「オバサン」の言葉を耳にした「ボク」は破顔一笑した。

「ちょっ、何がおかしいんだい」

「いや私を連れて空を飛んでだなんてこっぱずかしい台詞は夢見る十代が口にしても相当痛いのに、オバサンが言っちゃったらもう痛すぎて突っ込めないしぃ」

「突っ込んでるだろうが! それならあたしも言わせてもらうけどあんたが自分のことをボク、ボクっていうのもかな~り痛いんだけど」

「クソババア、殺すぞ!!」

「かわいいかわいいボクちゃんにそんなことが出来るのかい」

顔を険しくして向かい合う二人。
殺し合いが始まらんとしたその時、どちらからともなく手を相手に差し出した。
音を立て握られる手と手。

「勿論だとも。 オバサンを乗っけて飛んであげる。約束するよ。
二人でちっぽけな地上を見下ろしてやろうじゃないか。 自分たちは世界を変える力がある神様だと思ってる奴らを下界に叩き落としてやろう」

第一線で戦っていた経験があるとはいえ、一介の研究者に過ぎないドクターマルシェ。
C3細胞の浸食で身体の自由が利かなくなった新垣里沙。
そんな二人を捕らえることなど容易いことだと思っていた。

しかし科学者だと思っていたマルシェは狡猾な一面を持っていた。
普通の人間なら立ち入らないであろう区画に巧妙に配置されたペイント弾のトラップ。
無造作に停められた車に仕掛けられた催涙ガス。
追跡者を嘲笑うかのような仕掛けに翻弄される度、「ボク」は苛立っていった。

降り積もった砂埃の上に残った轍を追って行き止まりの海岸に辿り着いた時は、真剣に追跡の中止を考えた。
それでも放置された車両群からガソリンが抜かれた跡を見つけ、再び探索の網を張り巡らした。
マルシェが逃亡に使用しているワゴン車の痕跡を捉えた時、「オバサン」は言った。

「マルシェはあたしが抑えるよ。 今のあんたはカッカし過ぎてる。 こんな状態でなまじ反撃を食らったら折角見つけたマルシェちゃんをバラバラにしそうだ」

最初は不服そうな「ボク」だったが、「オバサン」の意図するところを理解したのか渋々了承した。

「じゃあボクは新垣里沙を捕まえるよ。 人間を生きる死者に変えるC3細胞に肉体を侵された彼女の精神を覗いてやるんだ。 もしかしてマルシェを思い通りに動かす切り札になるかもしれない」

そんなやりとりが為されてからどれくらいの時間が経ったのだろう。

                                   ★

少しずつ、ほんの少しずつ。気付かれないように思念の糸を手繰る。慎重に注意深く反応の有無を確かめる。
無い。傀儡人形たちの反応を感じ取ることは出来ない。当たり前か。

高橋愛に失神させられた時点で、周囲に展開させていた傀儡人形たちとの接続は絶たれてしまったようだ。
一方的に使役命令を与えるだけの自動操作モードだったら、人形たちは仮初めの生命を全うするまで動き続けただろう。

だけどドクターマルシェや新垣里沙を生かしたまま捕まえるために精緻に操ろうと、手動操作モードで動かしていたことが仇になった。
仇になった?
人形たちを操れたとして、あたしに何が出来るんだろう。
鋼の堅さを誇る2体の人形たちは、高橋愛によって一瞬で崩壊させられた。
残った人形たちを差し向けたところで何が出来るというのか。

「ボク」が最後に送ってきた思念。

粒子化、ボクたちはムシ、高橋愛ハ光、逃げロオバサン…。

薄目を開き精神の死を迎えつつある相棒の姿を目に収めようとしたが視界がぼやけてしまう。
涙?
こんなあたしが他人の為に泣くなんて。
もしもあいつが見たら、オバサンは涙腺が緩くなってるんだねって憎まれ口を叩くだろうに。

笑い声が聞こえた。
甲高いのではなく押し殺したような声。
まるで近くに重病人がいて気を使ってるみたいに。
あいつら。
あいつらフィフスは、自分たちのプライドを踏みにじり、命まで奪おうとした「ボク」やあたしのことを気遣っている?

チクショウ。
とてつもなく惨めだ。
何とかしてやつらの顔を恐怖と絶望で歪ませたい。
やつらが泣き叫ぶ声を聞きたい。
それが叶うなら死んだっていい。
いや、死ぬのはいやだ。
折角拾った命。
こんなところで花を散らしてなるもんか。
第一あたしの人形たちじゃ高橋愛に適わないじゃないか。
何か手はないか。
高橋愛は光、光は高橋愛。
粒子化、粒子か?
粒子って何のことか判らない。
こんなことなら科学の授業だけでも真面目に受けてりゃよかった。
えっあたしまだやつらと戦おうと考えてた?
どうせ適いっこないのに。
何を義理立てしてるんだろ。
本当の名前も知らないあいつなんかのために。
初めて会ったときから、最後の最後まであたしのことをオバサン呼ばわりしたあいつなんかのために。

あたしは虫だ。
ちっぽけで薄汚い虫。
だから仲間がやられたって、その仇が手の届きそうな所にいたって何もしない。
何も出来ない哀れな虫。
たとえどんなにバカにされたって生き延びてやる。
そして強いやつが戦場で勇ましい死に様を晒したなら、その屍に湧いて嘲ってやろう。
だから動くな。
奴ら、フィフスがこの場を立ち去るまで絶対に動くな、何も考えるな。逆らおうなんて思うな。
どんなに情けなくたって敵意を示すな。
悔しいけど、悔しいけど・・・チクショウ。



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最終更新:2011年02月19日 05:20