『ダークブルー・ナイトメア~5.闇のカタチ(3)』


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 ※

「そんなもん、小春が全部吹っ飛ばしてやる!」
「待ちなさい小春!うかつに飛び込んじゃダメっ!」
「フハハ、もう遅いわ!」

猪突猛進。
冷静さを失った小春が敵の懐に飛び込んでいく。
里沙の視界には不敵な笑みを浮かべる敵の顔がよぎった。

「・・・っは!」

危険だと悟った瞬間にはもう、小春の身体は宙を舞っていた。
驚愕に目を見開き、思いきり身体を仰け反らせる小春。
続いて、どしゃっという鈍い音。小春が地面に叩きつけられた音。
頸部が潰れ、折れ曲がった手足は不自然な方向に投げ出されている。
糸の切れた操り人形を思わせるさまだった。
小春が人間だったことを示す証はその身体から流れ出る赤黒いものだけ。

「我々はリゾナンターの攻撃パターン、弱点、すべて熟知している。・・・・・・おまえのおかげだよ、新垣里沙」
「わあああああああああ!!」

頭を抱えて蹲る里沙の背後には、すでに斃れた仲間たちが小春と同じ姿で転がっている。
里沙はずっと、こうなることを恐れていた。

自分が洩らし続けていた仲間の情報。それを利用されて仲間たちが死ぬ。
守れなかったのが自分なら、殺してしまったのも自分だ。
彼女たちを裏切るような真似をしなければ。
そもそも出会ってさえいなければ。
彼女たちは、死ななくてすんだかもしれないのに。

里沙は携帯電話を取り出し電話をかけた。
誰かに許しを請うために。
そして「そんなことは起きないよ」と強く言い切ってもらうために。
だからなのかもしれない。
すべてを優しく包んでくれる彼女の声を聞きたくなったのは。

無機質な呼び出し音を聞きながら、里沙は不意になにかの気配を感じた。
上か?
目を細め、斜め上を見上げる。
すると。


落下する物体が
目にも止まらぬ速さ
衝撃音と
振り乱れる髪
血飛沫を


落ちてきたその人の変わり果てた姿を見た瞬間、里沙は理解した。
こんなものは現実逃避に過ぎないと。

自分は一体何をしようとしていたのか。
電話などかけても無駄だと、救いを求めても手遅れだと、知っていたくせに。


――――安倍さんは、とっくに死んでるじゃないか。


里沙は、これが支離滅裂な夢であるとわかっていた。
わかっていながら抗おうとはしなかった。
なぜならこれは、里沙が思い描く単なる想像に過ぎないから。
夢から抜け出せば、この最悪の想像が現実になるのを目の当たりにすることになるかもしれない。
そうなるくらいなら、こうして夢をみていたほうがましだ。

たとえそれが、身を切られるより辛い悪夢であったとしても。



 ※

心の闇とはなにか。

決して表に出せない自らの暗黒面?
切り離すことのできない不安や迷い?
過去の記憶・経験等からくる疑心暗鬼?

確かに、それもあるだろう。


高橋愛は心の内に潜む暗黒面すなわち闇人格に取って代わられることを恐れており、
(本人たちにその自覚はないにせよ)同じことは負の感情を一手に引き受ける人格を備えた道重さゆみにもいえた。
表に出せない面があるという点では、「周囲がそう望むであろう自分」を保つため
自らの本音を常に後回しにしてきたリンリンもその同類と呼べるかもしれない。

また、亀井絵里は様々な決断を迷ってばかりいる自身の性質を歯がゆく思い、
ジュンジュンは他人との間に壁を作らざるを得ない自らの本性について悩む。
この二人の抱える不安や迷いは、簡単に切り離すことのできない本質的な類のものだ。

さらに、光井愛佳は自らの人生に光を与えてくれた高橋愛に深く感謝する一方で
「もしも愛に声をかけられなかったら自分はどうなっていたのか」という半ば自虐的な疑念を抱き、
新垣里沙は犯した裏切りという罪がいつか最悪の形となって仲間たちに跳ね返る想像から逃れられず、
久住小春は、ようやく巡りあえた本当の自分を曝け出せる仲間も結局は過去に何度も見てきた
“小春”のことを理解しようとしない人間と同類なのではないかという可能性を拭い去れずにいる。


しかし、田中れいなの心の闇は他の誰とも性質が違った。
れいなは表に出されたら困るような内面は秘めていないし、常日頃から抱えている深刻な悩みなどもない。
もちろん、疑心暗鬼になってしまうほどの激烈な恐怖についても考えたことがなかった。

れいなが恐れているのは、闇という概念そのもの。
明確な「闇」という記号がれいなを恐怖に陥れる。
だから、その女がれいなの前に立ちはだかる。



「このぉ!・・・え?・・・・・・がっ!!」

捉えたはずの確信は、一瞬にして腹部に走る鈍い痛みへと変わった。
これで何度目だろう。渾身の蹴りが避けられ、代わりに彼女の反撃をくらうのは。
その間にれいなが放った打撃は一度たりとも相手に届いていない。
あまりに一方的な展開だった。

「さ、すがに・・・強いっちゃね。きっとあんたが一番強いっちゃろなーって・・・思ってた」

息も絶え絶えにれいなが口を開く。
これもまた、一方的。
二人がここで対峙してしばらく経つが、女はまだ一度も言葉を発していないのだから。

まっすぐ伸びた栗色の長い髪。
しなやかな筋肉を纏う、細く引き締まった身体。
気だるそうな瞳。その奥に揺らめく静かな炎。

れいなはこの女の名前を知らない。声を知らない。能力も知らない。
戦いのさなかにその姿を見かけたことがあるだけ。
それで充分だった。
それだけで、れいなは確信していた。
きっと彼女がダークネス最強の能力者なのだろうと。

「けど・・・いくら強かろーと、負けるわけにはいかんとよ。れいながあんたを倒さんと、
 みんなのとこに光が届かないけんね!」

彼女の存在を知ったその日から、れいなにとっての「闇」は彼女ということになった。
ダークネス最強の能力者。すなわち闇の象徴。
単純な図式化だった。
れいなはあまり物事を難しく考える性格ではない。



れいなは自身の内面に巣食う闇よりも、「闇」という概念そのものを恐れている。
だから“闇を名乗る組織の中心人物”その人が、れいな自身の「いずれ打ち勝たねばならない心の闇」になった。
田中れいなの心の闇は、他の誰とも性質が違う。


心の闇とはなにか。
それは、人が最も自分から遠ざけておきたいと願う負の内面。

人は誰しも、心に闇を秘めている。



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