『ダークブルー・ナイトメア~4.闇のカタチ(2)』


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『さすがですね、お嬢・・・あ、いえ、銭琳殿。やはり百年に一人の天才という話は本当のようだ』
『ハハ、ありがとうございます』

違う。そんな風に思われたかったわけじゃない。

『ほんっとにいい子だよね~、リンリンは』
『オゥ!褒められた!ヤッター!』

違う。そんなことを言われたかったわけじゃない。

『広東省での件はごくろうだった。次は天津だ。行ってくれるな?』
『・・・はい。わかりました、総統』

違う!そんな言葉を待っていたんじゃない!


本当の自分は。

本当に求めていたのは―――――



記憶の断片が渦を巻いてリンリンに迫りかかる。
時系列も登場する人々もてんでバラバラな過去の記憶。
次第に強く激しくなっていくそれはやがて竜巻と呼べる大きさにまで成長し、
あっという間にリンリンの体を呑み込んだ。


渦の内部。
荒れ狂う記憶の奔流。

頭の中には怒涛の勢いで様々な情景が流れ込んできたが、こんな事態に遭ってもリンリンは状況の観察を怠らない。
瞬時に、流れてくるこれが自身の持つ記憶のすべてではないと悟り、またこれらの記憶には
とある共通点が存在することを見抜いていた。


そうして、いくつもの記憶が嵐のように脳裏を過ぎ去っていった後。
ようやくリンリンは解放された。
渦が消え、辺りは漆黒の闇に閉ざされる。

「あれ?」

闇の中に、一組の男女を見つける。
がっしりとした体格の男と、まだ小さな女の子の二人組。
さっきまではいなかったはずだ。女の子のほうは身長からいって4,5歳くらいだろうか。
      • というか、その前に。
あれは、どう見ても。

「私と・・・・・・お父様?」

リンリンが見つけた二人は、父と自分自身だった。
ただし、まだこうして日本で活動することなど夢にも思わなかった十数年前の姿の。

あ、きっとこれは夢なんだな。
心のどこかで冷静にそう判断する自分がいる。
が、夢は理屈じゃない。
だから、いつの間にか大人の自分と子供の自分の意識が交じり合って
一つになっていたとしても、なんら疑問に思うところはなかった。


『我が組織はおまえの力を借りねばならんほど人材に困っているわけではない。
 諦めろ、琳。この程度で音を上げるようでは護衛官など到底務まらん』

冷たく言い放ち、背を向ける父の姿。
覚えている。
これは確か、護衛官となるための訓練を始めたばかりの頃に、父に稽古をつけてもらった際の記憶だ。

当時の自分はまだ弱くて、幼くて。
父の厳しい教えについていけず、投げ出してしまいそうになることもしばしばだった。
そんな娘を見限って、父は立ち去ろうとする。

行かないで、お父さん!

喉元までせり上げてきた言葉を、必死になって押し込めた。
こんな弱々しい姿は、あの父の娘として相応しくない。

父は、娘が生まれるずっと前から総統だった。
彼は銭琳の父親である前に一組織の長なのだ。普通じゃない。普通の父子にはなれない。
だから、その子は強くあろうと決意した。
自分があらゆる面で強くなって父や組織の役に立てれば、それがなによりの父子の絆になると信じた。

そうして小さな少女が秘めた決意は日増しに大きくなっていき、
いつしか“周囲が求めている自分像”を保つことが少女の癖になっていた。

いわゆる普通の生活を諦めて。
誰かに甘えたくなる気持ちを隠して。
自分に向けての妥協を捨てて。
誰に対しても誠実な「銭琳」もしくは「リンリン」を取り繕って―――――




彼女は、断片的に再生される記憶の共通点に気づいていた。
これらの記憶はすべて、彼女が相手に対して反射的に従順な態度をとった時の記憶。
心に抱いた本当の気持ちを、押し殺した時の記憶だった。




そこに壁があることはわかっていた。
単に透明だったから、周囲には気づかれずにいただけで。
ジュンジュンにはわかっていた。
そこに壁があることを。
自分と他人の間に確かな壁があることを。


ジュンジュンは、大きなアクリルケースのようなものの中に入って膝を抱えていた。
辺りが闇に包まれているこの空間で、そこにアクリル板があると気づく者はいないだろう。
透明な壁が存在することを知っているのはジュンジュンだけだ。
獣化能力者の抱える闇は、獣化能力者にしかわからない。


時として、能力者を「化け物」と呼ぶ輩に出くわすことがある。
だが、獣化能力者に対してそれは比喩でもなんでもない。
本当に“化け物”なのだから。
向こうからすれば侮蔑の言葉を放ったつもりでも、こちらとしては事実を言われただけであって、悲嘆も否定もしようがない。

さらに。
獣として発揮する力は人間を凌駕するが、獣化している間は人間的な思考力が鈍る。
つまり、人間よりも獣と呼ぶに近い時間が生まれるわけだ。
このわずかな時間がジュンジュンを悩ませる。

もしも人間としての理性に獣としての本能が勝ってしまったらどうなるか。

暴れだす。止められない。壊れていく。全部。
能力の暴走に対する恐怖は、“普通”の能力者の比ではない。

こんな自分がここにいてもいいんだろうか。
彼女たちの仲間を――“人間”を、名乗ってもいいんだろうか。

人と深く関わり合うことが怖い。
いつ暴走するかもわからない自分が怖い。
自分が醜い化け物であると見抜かれるのが怖い。
仲間たちに見放されてしまう日が来るのが、怖い。


そこに壁があることはわかっていた。
色が透明で、自分が必要以上に踏み込もうとしなかったから、周囲には気づかれずにいただけで。
ジュンジュンにはわかっていた。
自分が壁を作ったことを。
自分と他人を隔てる、確かな壁を作ったことを。




闇の中に、大きな鏡が浮かんでいる。
一枚で全身像を映すことができる姿見だ。
道重さゆみはその前に立って、自らの姿を映した。

通常、鏡というのは自分の姿を左右あべこべにして映す道具のことをいう。
しかし、この世界において常識は通用しない。

鏡に映ったのはさゆみの姿ではなかった。
姿形はほとんど同じ、けれどもまったく別の人物。

「お姉・・・ちゃん?」

戸惑いがちに尋ねたさゆみの言葉に、鏡の中の彼女はゆっくりとうなずいた。
彼女は「さゆみ」ではなく「さえみ」。
さゆみの“姉”ともいうべき、別人格。
鏡の中で、さゆみの最大の理解者が微笑んでいた。


「ホントにお姉ちゃん?え、なにこれ?どういうこと?」
「ここはさゆみの夢の中・・・精神の内部みたいね。だから通常ではありえないことが起きてしまう」
「夢?じゃあ、本当のさゆみはどっかで寝てるってこと?」
「そうね。でも、この夢を克服しない限り、現実の世界にいるあなたが目を覚ますことはないみたい」


夢を克服?
聞いたことのない言葉の取り合わせに、さゆみは首をかしげる。
さえみは浮かべていた笑みを消した。
感情の窺い知れない瞳でさゆみを見据える。

「なんで夢を克服しなきゃならないの?お姉ちゃんと一緒にいられるなら、さゆみはしばらくこのままでいいよ?」
「気持ちは嬉しいけど、それじゃダメなのよ。ぐずぐずしていたら手遅れになる。・・・そうでしょう?」
「そうでしょう、って・・・・・・」

力強さと神秘性を兼ね備えた光が、さえみの瞳にはあった。
有無を言わさぬ力強さと、見えないものでも見通してしまいそうな神秘性。
さゆみは寒気を感じた。
夢の中、なのに。

「さゆみ、よく聞いて。・・・ええ、わからなくてもいい。わからなくてもいいから、頷いて?」
「・・・うん」
「いい?これは悪夢なの。この悪夢から脱出するには自分の内なる闇を克服するしかない。
 それができないと、あなたの心は一生この夢の中に縛りつけられてしまう。
 だけど、もしそれができるなら、あなたの心はこれまで以上に強くなれるはずよ」
「うん」
「あなたの抱える闇はこの私。私自身が、あなたの心の闇の象徴。だから・・・・・・」


「さゆみ。私を殺しなさい」



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