『“未来”への反逆者たち ―闇と光(6)―』


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      *      *      *

「どういう…ことや……?ウチは確かに……」

“空間”を経由し、ひとまず廊下へと退避した中澤が直後に見たのは、あるはずのない光景―――

「……まさか……生きてたいうんか?どうやって…」

掠れた声で呆然と呟く中澤の目に映っていたのは、確かに自分がその手で致命傷を与えたはずの、田中れいなの姿だった。

自身の“空間裂開能力―スペース・リッパー”により、空間ごとその体を深く切り裂いたはずのれいな。
事実、れいなの服の一部は大きく裂け、そこから多量の血が流れ出た形跡がある。
たとえ即死でなかったとしても、あの傷を負って生きていられるはずがない。
最高レベルの治癒能力者が、瞬時に傷をふさいだりでもしない限り―――


「……あんたらには、きっと分からんとよ。一番大切なもんが見えとらん…あんたらには」

一瞬だけ合わせた視線をすぐにガラス越しの室内へと向け、れいなは怒ったように呟く。
直後、中澤の目の前でさらに信じられない出来事が起こった。

「―――なっ!?」

自分がつい今しがた通ってきた“空間”―――
ほとんど閉じかけていたその出入り口が、中澤の意志に関係なく、一瞬にして再び広がる。
裂け目は、迷わずその中に飛び込んだれいなを飲み込み………そして閉じた。

呆然と立ち尽くす中澤の前を、れいなの服から滑り落ちた一枚の写真が静かに舞った。
写真の中の、優しそうな笑顔を浮かべた2人の男女が、一瞬中澤の目に映る。

足元で裏返しになったその写真の隅には何故か、ピンクのうさぎをあしらった小さなシールが貼られていた―――

      *      *      *

「………ちゃん……!」
「―――――?」

圧倒的な“闇”のエネルギーに飲み込まれ、押し潰されそうになっていた愛の耳に、微かな声が届いた。
懐かしく、温かく、心強い……その声が。

「愛ちゃん!」
「れい……な…?」

今度ははっきりと聞こえたその声の……二度と聞くことはできないと思っていたその声の方へ、愛は必死で視線を動かす。
同時に、視界を完全に閉ざしていた闇が、急速にその濃度を薄めていくのを愛は感じていた。

そして、加速度的に後退していく闇のその向こう……やがてすっかり取り払われた闇の向こう側に――愛は見た。
自分が守れなかったはずの、ぎこちない笑顔がそこにあるのを。


「愛ちゃん、あのときれいなに言ってくれよったやん?れいなのこと絶対一人にはせんって。だから自分だけで抱え込むなって。れいなはもう一人やないって」

ゆっくりと愛の方に歩み寄りながら、れいなはその一言一言を噛み締めるように繰り返す。

「嬉しかった……ほんとに。バリ嬉しかったと」

目の前まで歩み寄ったその顔には、もうぎこちない笑顔はなかった。

「やけど…同じやけんね。れいなかって愛ちゃんのこと、一人にしたりせん。絶対に。愛ちゃんは……一人やない」
「れいな……」

そこには、温かくも力強い微笑みが浮かんでいた―――


「……何をしたの?れーな」

呆気にとられた―どこか“人間らしい”―表情で、床に膝をついた後藤が衝撃を隠せない口調を露わに訊ねる。

「“共鳴―リゾナント”……それがれいなの持たされた特別なチカラらしい。…ううん、ほんとはみんなが持っとーチカラなんかもしれんって…今ふと思った」
「“共鳴―リゾナント”……?みんなが…持ってる…?」

初めて聞くその事実に、愛はれいなの言葉を呟くように繰り返す。

「このチカラは、強力すぎるあんたや愛ちゃんの能力が暴走したときのため…それを止めるために、れいなのパパとママがくれたチカラらしい」

そのれいなの言葉に、愛の記憶の一部が刺激された。

 白衣の男性と女性が、誰かと何か話している。
 2人の言葉に対して首を振って何かを言っていたその人は、やがて諦めたように頷くと、2人と抱擁を交わす。
 そして、決意を秘めた美しい瞳をこちらに向けて、しゃがみ込んだ。
 様々な色を湛え、僅かに潤んだ瞳がすぐ目の前で揺らめく。
 次いで、その腕が温かくわたしを包み込んだ―――

「みんなが持ってる?あたしのチカラを完全に無効化しといてそんなこと言うわけ?自分でも持てあましてるこの“闇”を……」

愛の意識は、吐き捨てるような後藤の言葉で引き戻された。
だが、垣間見た記憶の残滓がまだ目の前をちらついている。

記憶の中の白衣の2人は、れいなの両親だった。
そして、わたしを温かい腕で抱きしめていたのは―――

「れいなも昔は思っとった。どこまで行っても出られん永遠の闇があるって。…やけど、今は知っとー。光が届かん闇なんてない。朝は必ず来る。誰にでも。どんなときでも」

その言葉に、愛の意識が完全に現在に戻る。
そこには、きっと記憶の中の2人――れいなの両親が、希望の未来を託して送り出したのだろう、弱く…強い一人の人間の姿があった。

「後藤さん、あんたは目に見える光しか見とらんとよ。やけん、光は闇を照らせんとか言いよう」
「………?」
「やけど、目に見えんものこそが、ほんとの光やって…れいなはそう思うと。その光は、どんな闇でもきっと照らす」

そうきっぱりと言い切るれいなの力強い瞳に見とれながら、愛は先ほどれいなが言いたかったことの意味をようやく理解した。

“共鳴―リゾナント”―――それは、人と人との繋がり。
心から心へ……現在から未来へと伝え継がれてゆく、途切れない想い。
人生という道を歩んでいく上で、忘れてはいけない大切なもの。

それは闇を照らし出す、唯一のチカラ。
誰でも持っている…特別なチカラ―――

れいなは、そう言いたかったのではないだろうか。
愛と…里沙と…絵里と…さゆみと…小春と…ジュンジュンと…リンリンと…愛佳と―――
偶然か、必然か……同じ名を持つ喫茶店に集まり、皆と心を繋ぎ合えたことそのものが……“共鳴―リゾナント”である―――と。

「さっき、れいなのチカラはあんたや愛ちゃんの能力を止めるためのチカラって言いよったけど……れいなはほんとはそうやないと思う」

そして―――

「れいなは思うとよ。愛ちゃんと後藤さんを……“光”と“闇”を繋ぐためのチカラなんやないかって。光も闇もどっちも未来にとって必要で……ほんとは同じもんやないかって」
「同じ……?どっちも…必要……」
「れいなもさっき思いついたばっかしやけん、上手く言えんっちゃけど」

光と闇――それは確かに溶け合うことはないのかもしれない。
だがきっと、並び立ち……手を取り合うことはできる。

…いや、光と闇は本来そういう関係のものではないだろうか。
闇があればこそ光が存在でき、光があるからこそ闇が存在できる。
2者が繋がり合い、そして共鳴し合った先にあるものこそ、誰もが望む未来なのではないか―――と。

「後藤さ―――」


“それ”が起こったのは―――まさにその瞬間だった。

言葉を失い、呆然とした瞳をおそらくは自分の内面へと漂わせたままの後藤に、愛が声を掛けようとした―――瞬間だった。


体の奥まで震わせるような咆哮と、劈くような衝撃音が耳を満たし、反射的にその源へと視線を動かす。


「―――――!!」


そこには、絶望的な“未来”の姿が在った。

不穏さをはらみつつも静かに横たわっていたはずの“未来”―半獣化した男が、意志を持って暴れ出した姿が―――


間に合わなかった。

先ほどの後藤との短い交戦は、想像以上に愛の体に負荷をかけていた。
後藤もおそらく同様であったのに違いない。

粉々に砕かれたガラスの雨に全身が傷つくのにも構わず、“獣人”は咆哮と共にその凶暴性を標的へと一直線に向けた。

ガラス片と、自らの血と、そして絶望を纏った塊は、床に膝をついた無防備な標的―――後藤へと驚くべき速度で迫る。

“それ”を認識しながらも、愛の反応は―――間に合わなかった。


  ゴリッ―-ー


「ぐっ――――!」


鈍い音と―――苦痛の呻きが響いた。

少し遅れて…噴き出した血が、牙を剥き出した凶悪な獣の口元を紅く染める。


「れいなっ―――!!」


悲痛な叫びと共に、ようやく愛の体が意識に追いつく。

後藤と“獣人”との間に割り込んだれいなの華奢な体を掴む、毛で覆われた太い腕――
そしてその肩あたりに深々と突き立った何本もの鋭い牙が、その目に映った。


  ボギッ―――


愛が自身を光子化しようとしたのとほぼ同時に、“獣人”の肩口あたりに出現した歪みがその腕をへし折った。

力の緩んだ腕を振り払い、れいなは自分の顔の真横にある、人とも獣ともつかないその顔へと真横から拳を叩き込む。
“獣人”の口が離れたその瞬間、れいなは思い切りその胸辺りを蹴り、反動で後ろへと跳んだ。

光速移動した愛がその体を受け止める。

ほぼ時を同じくして―――“獣人”の体は圧倒的な重力によって後方の壁面へと叩きつけられていた。

――それらは、ほんの数瞬の出来事だった。

だが、あまりにも長い時間だった―――


れいなの体を受け止めた愛の手を、肩口の傷から滴る温かい血が濡らす。

「つ…ぅ……」
「れいな…!しっかり!」

血の気の失せた青白い顔を苦痛に歪ませるれいなに、愛は必死で呼びかけた。

「れーな……どうして…あたしを助けたの?」

床に座り込み、その腕に抱いたれいなの顔を覗き込む愛の頭上から声が聞こえた。
顔を上げたそこにあったのは、どんな表情を浮かべればいいか分からない――といった面持ちの後藤の顔だった。

「…そんなん…知らん。っていうか…あんたかって…れいなのこと助けよったやん、今」

苦しげな息をしながらも、れいながそう返す。

「人間――だからだよ。れいなも、後藤さんも。人が人を助けようとするのに理由なんてない」

2人のやりとりに割り込むようにして、愛は思わずそう言っていた。
それは、かつて一人の治癒能力者――心を繋いだ一人の仲間が口にした言葉だった。

 目の前に傷ついた人がいて、自分はそれを癒すことができる。
 その他に理由なんていらないと思うよ。
 だって、人が人を助けようとするのに理由なんてないもん―――

そう、優しい微笑みを浮かべながら―――

「あはははは!」
「―――!」

唐突に違う方向から聞こえてきた哄笑に、愛は座ったままで視線を廻らせる。
そこには、先ほどから姿を消していた、麻琴の姿があった。

その白衣には、点々と赤いものが散り、今もその数を増やし続けている。
深紅の涙を流し、歪んだ口元にも赤い筋を幾筋もつけた麻琴の表情は、思わず絶句するほどの凄絶さを湛えていた。

「マコトちゃん……!」

それは、麻琴のウイルス感染が疑いないものと判明したと同時に、発症した今、その命がもう長くはないことを示していた。

「笑わせてくれんじゃん。人間?お前らが?人を殺すために生まれてきて…人からすべてを奪っていったお前らが?」

自らを待つ運命を知ったその瞳には、先ほどと変わりない……もしかするとそれ以上の憎しみの炎が燃えている。
今も体内で上がりつつあるであろう高熱に浮かされたかのように、麻琴は口から血を飛び散らせながら喋り続けた。

「あいつには今、擬似記憶を入れてやったんだ。お前らがあいつらを全滅させたときのデータを元にした“記憶”をさ。そしたら思ったとおりのことしてくれたよ」

床に倒れ、再び動かなくなった“獣人”を首の動きだけで指し、麻琴は赤く染まった瞳を後藤に向ける。

「きっと恨んでんただろうね。あはは!あいつが本当に生きてても、きっとお前を見たら同じことしただろうね。全部奪ってったお前に復讐するために」

浮かされたように喋り続ける麻琴の目に燃えていた炎が、急速にその暗さを増していく。

「奪われたものはもう取り戻せない……だったら…わたしも奪ってやる!全部奪ってやる!」

言葉と同時に、麻琴はそれまでポケットに入れていた手を抜き出し、その中のものを愛たちの方に向かって掲げた。

「―――爆弾………!?」

濁流のような憎しみの感情とともに流れ込んできたそのフレーズに、愛は息を呑んだ。

「あはははは!!正解!消えてなくなれ!」

感情のタガが外れたようなひと際甲高い声でそう叫ぶと同時に、麻琴は掲げたままの超小型爆弾の起動スイッチを押した。
微かな電子音と共に、麻琴の手の中で赤いランプが明滅し―――――


「―――――――!?」


思わず閉じていた愛の目が開かれたとき……まだ爆発は起こっていなかった。
それどころか、麻琴の手の中にあったはずの小さな機械は、もうそこにはなかった。
その行方を探して一瞬彷徨った愛の視線が止まる。

「後藤さん……!」

そこには、球体状の黒い歪みの中、爆弾を抱え込むようにした後藤の姿があった。

「あたしのチカラも……使い方次第で“光”になれたのかも。愛ちゃん、れーな……あたしは確かに甘えてたよ…自分にさ」

爆発をそのチカラで抑え込みながら、後藤はそう言って照れたような苦笑を浮かべる。

「あたし自身が“闇”を作ってたんだね。このチカラのせいなんかじゃなく、あたし自身の弱さが」
「後藤さん……」
「最後に……そう気付けてよかったよ。気付かせてもらえて。ありがとう、愛ちゃん、れーな。それから……マコトも。じゃあね……バイバイ。裕ちゃんたちに…よろしく」
「―――――ッ!?」

穏やかな声で後藤がそう言った直後―――――閃光と轟音、そして振動がほんの一瞬訪れ―――――そして消えた。

最後に後藤真希の顔に浮かんだ、澄み切った笑顔と共に――――――         To be continued...