『“未来”への反逆者たち ―闇と光(7)―』


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      *      *      *

「後藤………」

ガラス越しに…そしてスピーカー越しに目まぐるしく展開する出来事を、中澤はただ傍観するしかなかった。
そんな自分に対し、これまで圧し殺していた疑問や迷いが膨れ上がるのを感じずにはいられない。

知らず、先ほど無意識に拾い上げた写真を持つ手に力が入る。

 ――……あんたらには、きっと分からんとよ。一番大切なもんが見えとらん…あんたらには

同時に、れいながつい先ほど自分に残していった言葉が頭を過ぎった。

「なあ、保田、吉澤……。ウチらにとってほんまに一番大切なもんって……結局なんやろな」
「…………」

自分の後ろで、同じようにガラス越しの室内を見つめている保田と吉澤に、半ば独り言のように問いかける。
無言を返すしかないその戸惑ったような空気は、2人が中澤と同じ迷いを抱いていることを物語っていた―――

      *      *      *

「……はは…自分の能力で自分ごと爆発を飲み込むなんてね。…バカみたい」

憎しみを湛え続ける赤く滲んだ瞳に僅かな動揺の色を覗かせながらも、麻琴は吐き捨てるようにそう言うと、引き攣った笑みを浮かべた。

「だけど何も変わらない!そいつはもうウイルスまみれだ!そいつだけじゃない、この部屋中がもうウイルスだらけだ。お前ももうすぐ死ぬんだよ!あはははは!」

“獣人”に咬まれたれいなを、そして愛を指差し、麻琴は天を仰ぐようにして哄笑する。

全身の細胞に侵入し、短時間で破壊してゆくこのウイルスは、いわゆる“空気感染”で容易に広がる―――
麻琴の言うとおり、この室内には既に無数にウイルスが浮遊し……おそらく愛自身も既に感染しているとみて間違いなかった。

「でも、もうすぐ――じゃ困るんだよ」
「―――!?」

ピタリと笑いを止め、麻琴は静かな低い声でそう言うと、白衣の内側に手を入れた。
抜き出したその手に握られたデリンジャーをゆっくりと愛たちに向け、血に濡れた口元を歪ませる。

「わたしの方が“もうすぐ”だから。お前が死んでいくところをわたしは見られない。……それじゃ気が済まない」
「マコトちゃん……」
「気安く名前を呼ぶなよ!お前はわたしから全部奪ったんだ!今度はわたしがお前から奪う番だ!」
「――――!!」

再び激した声で言いながら、麻琴は手にした小さな拳銃をれいなの方に向けた。

「お前も奪われる絶望を味わえばいい!」
「やめて……!お願い!あーしは殺されても文句は言えん!だけどれいなは―――」
「あははっ!何でわたしがお前のお願い聞かなきゃなんないの?」

取り乱す愛の様子を見て満足そうに笑いながら、麻琴は大げさに肩を竦める。

「お前が蒔いた種だろ?あいつら“獣人族”を滅ぼした“人類”が、今こうしてあいつらの復讐を受けようとしているように」
「…………」

麻琴の言葉に、愛は壁際で動かなくなった“獣人”へと視線を注ぐ。
人類にとって絶望の“未来”をこの室内へと既に吐き出したその姿は、愛の目にも確かに“復讐者”と映った。
意識を奪われて尚、その恨みを晴らす機会を待ち続け、今ようやくそれを果たしかけて満足の表情を浮かべた“復讐者”に―――


「あんた………頭はいいのかもしれんけど…アホっちゃんね…」
「な……!?」

だがそのとき―――腕の中から聞こえた、小さいながらもはっきりとしたその声に、愛は驚いて視線を動かした。

「あんた、ジュンジュンは知っとー…やろ?」
「……“獣人族”の生き残りだろ?」

自分に向けられた銃口にも表情一つ変えないれいなの問いに、麻琴はそれがどうした?と言わんばかりの口調と仕草でそっけなくそう返す。
だがその瞳には、おそらく自分でも説明の難しいだろう、微かな不安のような感情が浮かんでいた。

「れいな、ジュンジュンに言ったことが…あるとよ。ジュンジュンの仲間たちが…みんな殺されよったいう話を…ジュンジュンから聞いたときに」

少し苦しそうな……しかし穏やかな声で、れいなは話し続ける。

「そんなヤツらが……ジュンジュンの仲間を殺したヤツらがおらんようになって、早く平和になったらいいねって。……そしたら、ジュンジュンは首を…横に振ったと」
「えっ………?」

思わず声を出した愛に僅かに微笑みを向け、れいなは再び視線を麻琴に戻した。

「ジュンジュンは…言った。自分がその人たちとも笑顔で手を取り合える日が来たときが、本当の平和だ…って。それが、本当の平和のあるべき姿だ……って」
「―――――!!」

思い切り胸を突かれたような気がした。
実現しえぬ夢物語……偽善者ぶったきれいごと……そう嗤うのは簡単だ。
だが――偽善だけで、きれいごとだけで、それを言えるだろうか?同じ立場に置かれたときに……自分が―――

そこまで考え、愛はふと我に返った。
今の思考は………自分のもの?それとも――――

言葉を失くして立ち尽くす麻琴の手に握られた拳銃が、標的を見失ったかのように……そしてその心を表すかのようにフラフラと揺れている。

「復讐なんて…何も生まん。誰も…喜ばん。あんたにかって…そんくらい…わかっとーやろ?」

れいなのその言葉に、愛は再び壁際の“彼”へと視線を動かす。
その瞳に映るのは、もう“復讐者”でも、絶望的な“未来”でもない……ひたすら平和を望む、一人の“人間”だった。

「黙れ!!」

ひび割れた声が、一瞬訪れた静寂を破った。
視線を戻した愛の目に、再度れいなに照準を定めた銃口と、思い詰めた赤い瞳が映る。

「そんなの関係あるか!わたしはこいつに!高橋愛に!全部奪われた!だから今度はわたしが奪う!それだけなんだよ!!」


 ―――今さら道を踏みかえることなんてできない―――


保田や、そして中澤の言葉の裏に見え隠れしていた思いと同じものを麻琴から感じたのと同時に、銃口が愛を向いた。


赤い涙を流す麻琴の瞳に燃える炎の中に、自分の姿が映る。


麻琴の指が引き金に掛かり、ゆっくりと引き絞られる。


   パンッ――


乾いた、小さな音が……目を閉じ、れいなの体を抱き締めた愛の耳に届いた―――



………………


………………?

確かに放たれたはずの弾がいつまで経っても自分に届かないことを不審に思い、愛はゆっくりと目を開いた。
その目が、さらに大きく見開かれる。

「中澤……さん?なんで………」

そこに映ったのは、小さく…大きな背中だった。

「ウチにも……変えられるんやろ?未来。…なあ、愛ちゃん」

片手で押さえるようにしたわき腹の辺りから…麻琴の銃弾を受けたその場所から血を滴らせながら、中澤は首だけを後ろに向けて口元に笑みを浮かべた。
次いで、もう片方の手に握られた何かを、ふわりと後ろ手に投げる。

「あ……」

それは――この世に一枚きりの写真は、その持ち主の前に滑るように舞い落ちた。

「れいな、あんたにさっき言われたこと……ずっと考えとったんや」
「……なん?」

両親の……そしてさゆみと絵里の思いが込められたかけがえのない写真を拾い上げながら、れいなは僅かに首を傾げる。

「ウチらにとってほんまに一番大切なもんはなんやろうって。……そやけど………わからん。わからんわ、れいな。わからんかった」

ポタリ、ポタリとその傷口から血が滴る。

「そやけど………その写真が…れいな、あんたにとって大切なもんやいうんはわかる。そやから、届けにきた。まあ……そういうこっちゃ」
「そういうこっちゃって……」

唖然とする愛とれいなにもう一度口元だけで微笑むと、中澤は正面へと視線を戻す。

そして―――ゆっくりと頭を下げた。

「すまん……ウチなんや、小川。あんたの両親を殺したんは…愛ちゃんやない。ウチや」
「――――ッ!?」

中澤のその言葉は、大きな衝撃をもたらした。
衝撃に静まり返る室内で、中澤はずっと頭を下げ続ける。

――やがて頭を上げた中澤は、他に言葉を発する者のない静寂の中、再び口を開いた。

「上からの…指示やった。……それは言い訳やな。いや、言い訳にすらならへん」
「どういう……こと?」

絞り出すように、麻琴が問いかける。
それは、中澤に向けた問いというよりも、自分自身に向けた問いのようにも思われた。

麻琴の言葉を受け、中澤は一瞬その理由 ―組織が麻琴の両親を“消去”した理由― を語ろうとしたように見えた。
だが、麻琴の発した問いが求めるものは別のところにあると気付いたのか、それを飲み込む。
そして、代わりに言った。

「高橋愛は……愛ちゃんは、誰も…誰ひとり殺してなんかない。あんたから何も奪ってなんかない。あんたがその銃を向けるべき相手は……復讐するべき相手は…ウチや」


再び、静寂が訪れた。

中澤の傷口から滴る血の音だけが静かに響く。

次の瞬間―――

静寂を破ったのは、麻琴の手の中の小さな銃が発した音だった。


―――正確には、麻琴の手の中にあったそれが床に落ちて立てた―――淋しげな音だった。

「はは…そっか……バカみたい。何それ……何なんだよ……」

崩れ落ちるように膝を折り、麻琴は力なく笑った。
その目から流れ落ちる赤い涙は、既に白衣の前面のほとんどを緋色に染めていた。

「…撃たへんのか?」

そう訊く中澤に、麻琴は僅かに肩を竦める。

「…今さら、ほんとは自分でしたごめんなさいって言われても……急に撃てないっしょ?普通」
「そう……かもしれんな。それが…普通かもしれん」
「ってか既に撃っちゃってますし。それに中澤さんもどっちみちもう長くないですし」
「それも……そやな」

そのやり取りを聞きながら、愛は改めて中澤の先ほどの言葉の意味を考えていた。
「そういうこっちゃ」という言葉に込められていた―――その意味を。

れいなの手の中にある写真に視線を移す。

そこには、優しい2つの笑顔があった。
さゆみが…絵里が残した、温かいココロがあった。
それらが繋ぐ――未来への希望があった。

もしかすると中澤は、それを「届けにきた」と言いたかったのではないだろうか。
中澤自身、その自分の思いを完全に理解しての行動ではなかったのかもしれない。
だが、自らの命を懸け、これまで歩んできた道を――自分の“正義”を否定して、「届けにきて」くれたのだ――――


「ふざけんなよ!勝手すぎんだよ!オレたちは…オレや!保田さんや!矢口さんや!辻は!どうなんだよ……!どうすりゃ…いいんだよっ……!」

スピーカーから、感情のやり場を失ったかのような声が聞こえた。

振り向いた愛の視界に、拳と頭をガラスにぶつけるようにしている吉澤と、その後ろで悄然とたたずむ保田の姿が映る。
同じようにそちらを見やった中澤は、体ごと2人の方を向くと、小さく息を吸い込み、はっきりと言った。

「無責任や言われてもしゃあない思う。そやけど…こっからは自分の思うようにやれ。これからの未来を決めるんは、これからの未来を生きるもんの責任や」
「……ッ!田中と同じようなこと言ってんじゃねーよ!マジで無責任じゃねーか!」

怒りと呆れが相半ばしたような吉澤の声に、中澤は思わずれいなの顔を見る。

「れいな、あんたも…同じこと言うたんか?あいつに」
「……忘れた。言ったかも…しれん」
「あはは…やっぱり似とるわ、れいな。あんたとウチ。酒、こっちでは一緒には飲めへんかったけど…あっちでは絶対飲みに行くで」
「れいな……多分酒は好かん」
「ええから付き合えいうねん。閻魔があかんいうてもどつきまわしてOKにルール変えたるから」
「なんでれいなまで地獄行きになっとーと……」


「愛……ちゃん」
「………!?」

中澤たちのやり取りを聞いていた愛の耳に、遠慮がちな声が届いた。

「最後だから……謝っとく。愛ちゃんはわたしから何も奪ってなんて……なかったんだよね。何て言っていいか分かんないけど……ごめん。謝って許されることじゃないけど」
「そんな!マコトちゃん、謝らんで。マコトちゃんはなんも悪くないんやし」
「なんも悪くないって……あんたら…ほんと……」

呆れたような表情で何かを言いかけた麻琴はそれを飲み込み、代わりに笑みを浮かべる。
一瞬――それは愛の記憶の中の小さな女の子の笑顔と重なった。

「最後に…勝手なお願いがあるんだけど」

笑顔を消し、真剣な表情を浮かべると、麻琴は愛にその血塗れの顔を向けた。

「お願い……?」

首を傾げる愛に、麻琴は真摯な頷きを返した。

いつしか中澤とれいなも会話をやめ、その声に耳を傾けている。


「この部屋は陰圧室になってる。だから、ウイルスはまだ外に漏れてない。まだ……間に合う」
「え………?」

インアツシツという言葉の意味は分からなかった。
だが、麻琴の真剣な瞳は、愛に自分のすべきことを伝えていた。

「あーしの能力で……ウイルスを?」

――“光―フォトン”――すべての物を光に還す、愛の能力――

「そう、すべてのウイルスを。そして……わたしたちを…光の中に連れて行って欲しい」
「―――――!」
「迷ってる時間はあまりないよ。ここの電力は……多分もうすぐ落ちる。そうなったら、陰圧は保てない」

言い終わった麻琴が激しく咳き込む。

「わたし自身の時間も…もうあまりないみたいだし。…愛ちゃんたちは、本当ならもうしばらく生きられるのに……ほんと勝手なお願いだけど」

この室内のウイルスを……すべてを光に―――
麻琴の、中澤の、れいなの、愛の体ごと……すべて―――

できるのだろうか。

自分にそれが―――

「できるかやなくて、やらんと。さっきもそう言うたっちゃろ?愛ちゃん」
「え………?」

その瞬間、言葉と同時に愛の手が力強く掴まれた。
声の方へと動かした瞳に、力強いれいなの笑みが……そして、その手に握られた写真が映る。

「そのために来たんやけん。それに…これも言うたっちゃろ?愛ちゃんは…一人じゃないとよ。れいなだけやなくて……みんなが見守っとーけん」
「れいな………」

その手から、声から、そして笑顔から…愛の中に温かい“何か”が流れ込んでくる。
それは愛の中で心地よく響き、やがてその全身から立ち昇り始めた。

室内のあちこちで、淡い光の粒子が弾け、消えてゆく。

「ありがとう、れいな。れいなと出逢えて……れいなが側にいてくれて本当によかった」
「れいなの方こそ……愛ちゃんがおらんやったら……二度と朝の光を見ずに終わっとったとよ」

室内で弾ける光は、どんどんその数を増していく。
2人の笑顔もいつしか、光に包まれ始めていた。

「圭坊、吉澤、未来をよろしくな。あと…ついでに辻も。矢口にもよろしく伝えといてくれ」
「よろしくって待てよ!マジかよ!中澤さん!ちょっと待ってくれって!」

ガラスを叩きながら叫ぶ吉澤と呆然と立ち尽くす保田に軽く手を振ると、中澤は愛とれいなに笑みを向けた。

「ウチにとって一番大切なもん……なんとなしわかった気ぃするわ。……遅いっちゅうねんな。すまん」
「中澤さん……」
「この次会うときは命のやりとり……やなくて、盃のやりとりやで、愛ちゃん、れいな」
「しつこい」

「つれないやっちゃな」と苦笑いする中澤の顔が、ひと際強い光に包まれる。

「小川……謝って許されることやないけど…」
「謝らないでください。中澤さんはなんも悪くないんだし」
「………へ?」

最後の謝罪をしようとした中澤は、その麻琴の言葉にポカンとした表情を晒した。

「さっき言われたから、わたしも言ってみたくなったんすよ。なんか。……言ってみたら実際にそんな気がしてきました」

そう言って笑う麻琴の表情は、まさにその言葉を表しているかのように澄んでいた。

その笑顔も、段々と弾ける光の中に埋もれてゆく。


「…じゃあな、愛ちゃん、れいな」
「バイバイ。……ありがとう」

最後に愛とれいなに笑顔を向け―――中澤と小川は光の中に消えた。



―――今や部屋中を覆う光の中、愛とれいなは2人きりになる。

「…愛ちゃん、未来……大丈夫かな?」

握ったままの手に僅かに力を込めるようにしながら、れいながやや弱気な声を出す。
その手をさらに強く握り返しながら、愛は笑いながら言った。

「最後の最後に弱気になるのがれいならしいね。ちょっとウケる」
「なん……っ!」

あっひゃーと笑い、「ごめんごめん」と謝ると、愛はやや真面目な声に戻る。

「大丈夫やて。あーしらがおらんようになっても、未来を守ってくれるもんはちゃんといる。れーなも託してきたじゃん」
「……そやったね」

たとえこの体が光に還っても、繋ぎ合った絆がなくなることはない。

心と心を結ぶ共鳴が、途切れることはない。

それを伝え続けてくれる誰かがいる限り―――


「れいな。あーし、れいなと出逢えて本当によかった」
「愛ちゃん、それさっきも言うとったとよ」
「何回言ってもいいじゃん。それだけ本気で思ってるってことやよ」
「やよって……!なんそれ…!バリウケるっちゃけど…!」
「うっさいなー!噛んだだけじゃん!」
「よりによってこんな最後に噛むと?普通」

涙を流して笑うれいなの、そして同じく涙を滲ませた愛の笑顔が、強い光に包まれていく。


「…ありがとう、れいな」
「…ありがとう、愛ちゃん」
http://www35.atwiki.jp/marcher/editx/307.html『“未来”への反逆者たち ―幕―』

2人が同時にそう言ったと思った瞬間―――


部屋全体をまばゆいほどの光が照らし―――室内は元通りの風景を取り戻した。


その中から、絶望の“未来”だけが取り除かれた、元通りの風景を―――