『“未来”への反逆者たち ―闇と光(4)―』


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      *      *      *

言葉と同時に、保田は自身の能力を解放した。
瞬間、一切の音が遠ざかる。

小さく息を吐き、ガラスの向こうへと視線を動かした保田の瞳に、動作を停止した機器類が映った。
蒼白な顔で立ち尽くす麻琴もまた、先ほどまでの小刻みな体の震えを止めている。
まばたきすら止めたその顔には、様々な感情に歪んだ表情が生々しく貼りついていた。

「…あんたには申し訳ないと思う。だけど……もう、こうするしかないんだよ。選んだ道をひたすら進むしか。今さら道は踏み変えられない」

麻琴の耳には届くことのない言葉を、保田はガラス越しに弱々しく投げかけた。

 ―誰かが変えなきゃ、この理不尽な世の中は絶対に変わらない。そして……変化には犠牲が付き物なのよ。これまでがそうだったように。

自分でも言い訳めいて聞こえるその言葉を心のうちで反芻しながら、保田はゆっくりとナイフを抜き出した。
里沙の胸を刺し貫いたときの感触が、その手に甦る。

 ――あたしたちならさ、創れると思うんだよ。そんな世界が。そのために……あたしたちは生まれてきたんじゃないかな?そう、思おうよ。ね……?――

その脳裏には、涼やかな声でそう微笑む一人の女性の姿が浮かびあがっていた。
先ほど里沙が言ったように、彼女が―――安倍なつみが思い描いていた世界は……“未来”は、今の自分たちのような姿ではなかったに違いない。
だけど―――

 ―時は流れ続けてる。たくさんの過去を飲み込んで。たくさんの人を飲み込んで。時の奔流を止めることなんて誰にもできない。

“停止した時間”の中でそんな独白をしていることに皮肉を覚えながらも、何かを振り切るように小さく首を振る。

「――戻れないのよ、もう」

そしてあのときと同じ言葉をそっと呟き、再び小さく吐息を漏らすと、“決着”をつけるべく愛の方へと視線を巡らせた。


「なっ―――!?」

次の刹那――その視線の先に、ありえないはずの光景を認めた保田の表情に驚愕が浮かんだ。

「そんな…どうして……?」

上ずる声で喘ぐように言いながら、保田は再びガラスの向こうを確認する。
そこには先ほどと変わりない光景があった。
停止した機器類、そして同じ姿勢と表情で立ち尽くす麻琴の姿。

だが―――

「保田圭さん……やね、あんた。里沙ちゃんから話は聞いとった。“時間停止―タイム・フリーズ”の能力者やって」
「何故……?あんた一体どうやって………」

“停止した時間”の中――自分と同じように話し、動く愛の姿に、保田は隠しきれない動揺を露わに視線を行き来させた。

直後――自身の能力限界が訪れ、“時間”は元通りに動き出す。
動き出した時の中、今度は自分たちが停止してしまったかのように、2人は数秒間黙って向かい合っていた。

「…でもそれは…あんたの嘘やね、保田さん。あんたは本当に時間を止めてるわけやない」

静かに言葉を重ねる愛の雰囲気は、先ほどまでとはどこか違っている。

        ――“覚醒”――

その瞳に捕われたように立ちすくむ保田の頭に、不意にそんな言葉が浮かび、同時に背筋を冷たいものが貫いた。

「…その通りよ。あたしの能力は、正確には“加速―アクセラレーション”――運動速度、知覚、思考を超高速化する能力」

不覚にも剥き出しにしてしまった動揺と、恐怖にも近いその感覚を取り繕うように、保田は冷静さを取り戻したかのごとく装いながら言葉を返す。


「でも…“普通の人間”にとっては、時間を止められてるんとほとんど変わらんやろね。里沙ちゃんがそうだったように」

静かに…どちらかと言えば淡々と重ねられる愛の一言一言が、保田の手の平に汗を滲ませる。
かつて経験したことのない、畏怖とも言えるほどの戦慄が保田の全身を支配していた。

「まさか……あんたもあたしと同じ能力を?だけど―――」

高橋愛―――20年ほど前に行われていた実験(プロジェクト)によって生み出された能力者。
偶然にも元々保持していたと思しきチカラに加えて、人為的な能力の付与が成功したことで、2つのチカラを持って誕生したあまりに特異な存在。

「あんたの能力は“精神感応―リーディング”と“瞬間移動―テレポーテーション”のはず………まさかその上にまだ他に…?」

そんなことがあり得るのだろうか。
2つの異なる能力を有しているという時点で、既に“常識外れ”だというのに。
だが実際に、愛は“停止した時”の中に入ってきた―――

 ―お前は本当に人間なのか……?

思わず出かけたその言葉を、保田は寸前で飲み込んだ。

その言葉だけは言ってはならない。
紛れもなく、高橋愛は人間なのだから。
自分と同じ、一人の人間なのだから。

自分が誰かを人間扱いしないのであれば、自分のしようとしていることそのものが根底から揺らぐ。
それは、同時にこれまでやってきたことを……そして自分自身を否定することに他ならない。

そしてそれ以前に、保田は愛に対して一人の人間としての敬意を払いたかった。

「“精神感応―リーディング”は、あーしが元々持ってたチカラ。そして、“瞬間移動―テレポーテーション”が後から付け加えられたチカラ……やと前まで思っとった」
「………?」


 ―……思って…いた?

保田の認識の中の高橋愛も、まさに今本人の口から語られた通りの能力者だった。
それが違っているというのだろうか。

「あーしに与えられた能力は、“光―フォトン”――すべての物を光に還す能力。……保田さん、あんたは光よりも遅いんよ」
「な―――!!」

想像もしていなかった言葉を突きつけられ、しかしそれでいて保田は半ば本能的にその意味を一瞬で理解した。

高橋愛の瞬間移動は常に光を伴なう……そう里沙が報告していたことが今さらのように思い出される。
だが、そのことについて深く考えたことはなかった。
光を伴なう瞬間移動能力者など、他に出会ったことがなかったにもかかわらず……

本人の認識如何には関係なく、愛は“瞬間移動”をしていたわけではなかったのだ。
おそらくは…自身の体を瞬時に光子化して“光速移動”した後、再び自身の体を再構築するのだろう。

自分の“加速”が無力なのも当たり前だ。
相手は“光”なのだから―――

思考ではなく、感覚でそう悟るのと同時に……保田はその場に崩れ落ちた。


      *      *      *


「あんたを…あんたらを止めるには…もう、こうするしかないんかな」

抑揚の乏しい声で呟くように言う愛の姿は、いつの間にか廊下の床に崩れ落ちた保田のすぐ傍にあった。
ゆっくりとしゃがみこんだ愛の手が、目を閉じた保田の頭部辺りにそっとかざされる。
その掌の中で、淡い光の粒子がいくつも弾けては消えた。


“光―フォトン”――すべての物を光に還す能力――

今の愛は、そのチカラの使い方をはっきりと理解していた。
すぐ目の前に倒れる一人の人間を、一瞬にして物質的に“無”に帰すことすらできる、悪魔のようなそのチカラを。

この能力を愛に与えた“組織”においても、愛の本当のチカラの意味を知る者は少ないのかもしれない。
秘密裏に当時の研究について探っていたあさ美でさえ、推論のみからのあやふやな真実にしか到達しえなかったらしいことからもそれは窺える。

 ―麻琴の両親はこの悪魔のチカラをどこまで理解していたのだろうか……

思考を止めかけた頭に、そんな思いがふと過ぎる。

麻琴が聞かされたという、能力の暴走による“事故”―――それはきっと、“不可解かつ不可能な失踪”を指していたのに違いない。
消えるはずのない場所から麻琴の両親は忽然と消え失せ、そして二度と戻ってこなかったのだろう。
その原因となったのは、愛以外に考えられないという状況で。
すなわち“愛の瞬間移動の能力”が原因であると考えるしかない状況で―――

だが、現実はおそらくほんの少しだけ違っていた。
“組織”の見解は「どこか二度と生きて戻ってこられないところに飛ばされた」―――であったに違いない。
しかし、実際にはきっと―――

手を伸ばし、保田の髪に軽く触れる。
その瞬間、緩くウェーブのかかったダークブラウンの髪が数本、光の粒子になって弾けた。

麻琴の両親も、こんな風に跡形もなく消え去ったのだろう。
「殺人兵器」――麻琴がそう罵るのも頷ける。

感情の乏しくなった瞳に僅かに自嘲の色を浮かべ、口元を歪める。
迷う必要など、もうどこにもない。
目の前の人間を消し去ることは、“未来”を救うことになるのだから。
今さら一人の人間を消し去ることに躊躇いを覚えるなど、人を殺すために生まれた自分にとっては滑稽以外の何ものでもないのだから―――


「愛ちゃん……」
「―――!?」

そのとき―――
不意に耳に飛び込んできたその声に、愛はビクリと体を震わせた。

「里沙ちゃん!?」

反射的に周囲を見回した愛の視界に入ってきた人影はしかし、それまでと変わらず目の前に横たわる保田だけだった。
幻聴だったのか――そう思いかけたとき、再び声が聞こえた。

「ごめん……後から絶対に行くって言ったのに…行けなくて……ごめん」
「―――――!!」

その声の出所を知り、愛は息を呑んだ。

自分の足元に横たわる保田……愛が手をかざしたそのすぐ下の口から、その声は発されていた。
冷静になって聞けば、確かに声は保田のそれだ。
だが、愛には分かった。
今、話しているのは、紛れもなく――里沙であると。

「ねえ愛ちゃん。愛ちゃんはあのときわたしを止めてくれたよね。この場所に、わたしを助けに来てくれたあのとき……わたしが、選ぶべき道を間違えかけたあのとき………」

  ―――後催眠暗示―――

“里沙”の声を呆然と聞く愛の頭に、そんな言葉が浮かぶ。
おそらく里沙は、最期を迎えるそのときに、保田の脳に最後の力を振り絞って侵入したのだ。
これほどに精神のガードを得意としている相手の脳に……愛にメッセージを残すために―――

里沙の死を聞かされた瞬間から彩色を失っていたかのようだった愛の視界が、再び色を持ち始める。
同時に、自分の体に何か温かいものが流れ込んでくるような感覚を、愛は感じていた。

「愛ちゃん…あのとき、わたしは心から思ったよ。愛ちゃんに出逢えて本当によかったって。愛ちゃんはわたしにとっての光なんだって」
「里沙ちゃん……」
「愛ちゃんは、わたしの進むべき道を照らしてくれた。正しい方向に導いてくれた。愛ちゃんは、光なんだよ。わたしだけじゃない、みんなにとってかけがえのない…光」
「光……?」

思わず自分の掌を見遣った愛の瞳に、淡い光の粒子が幾粒か映る。

「愛ちゃん…愛ちゃんならきっと、その光で正しく未来を照らせる。わたしを…みんなを救ってくれたように。導いてくれたように。わたしはそう信じてるから」
「!!里沙ちゃん……!」

言葉に滲む別れの気配に慌てて視線を戻し、愛は思わずその名を呼んだ。
保田の―――里沙の口元に、微笑が浮かぶ。

「愛ちゃん、ありがとう。わたし……幸せだった。大好きだよ、愛ちゃん………」
「里沙ちゃん―――!!!」

涙で滲む愛の視界の中、最後にそう微笑んで……里沙は去った。
今度こそ、二度とは会えない遠い場所へと―――

「光……あーしは……光……」

だが、自分の手を見つめ、呆然と里沙の言葉を繰り返す愛の胸の中は、先ほどまでとはまるで違う思いで満たされていた。

“光”――自分のそのチカラは、人間を…世界を消し去るためのものではなく、照らすためのチカラなのだと。
自分はそのために生まれてきたのだと―――

再び視線を足元へと動かす。
里沙の遺した言葉に満たされたその瞳に映るのは、もう「“未来”のために消し去るべき人間」ではなかった。
かつての自分や里沙と同じ、ただの悲しい一人の人間だった。

光の射さない闇の中で進むべき道を見失い、孤独に押し潰されそうになっている……一人の弱い人間だった―――

涙をぬぐい、小さく息を吐くと、愛はゆっくりと立ち上がった。

考えなければいけない。
“未来”を変えるために、自分は何をするべきか。
自分に何ができるのか。

「―――――!?」

思い出したようにガラスの向こうへと視線をめぐらせた愛は、次の瞬間それを泳がせる。

「マコトちゃん……?」

先ほどまでその中に在ったはずの、白衣姿は消えていた。
立っていた場所のみならず、部屋のどこにもその姿は見当たらない。

探さなければ……!

そう思ったそのとき、愛の目の前で空間が切り裂かれた。
その隙間から、ゆっくりと人影が姿を現す。

「まさか……圭坊が負けるなんてな」

元通りに閉じた景色の中、独り言のようにそう呟く中澤に、愛は先ほど伝え切れなかった思いを口にしようとした。
だが―――

「れいなは死んだよ、愛ちゃん。ウチが……殺した」
「―――――!!」

続いて発された、今度は明確に愛に向けられた中澤の言葉が、それを遮った―――

                                       To be continued...