『ダークブルー・ナイトメア~3.闇のカタチ(1)』


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制服姿で、一人プラットホームに佇む。
また今日も帰りが遅くなってしまった。

今日は、靴だ。
同級生に隠された靴を探していて学校を出るのが遅くなった。
昨日は古典のノートで、その前は通学鞄だった気がする。
こうも立て続けだと、もはや“悲しい”という気持ちは消え失せて“面倒くさい”という気持ちが上回る。

靴やノートの代わりなどいくらでもあるし、そんなものは無視して帰ってもいいと思うのだが、
単純な彼らは無視されればこちらがそれに気づいていないと思ってさらに行為をエスカレートさせるに違いない。
イタチごっこはごめんだ。
とはいえ、相手にすればそれはそれで彼らに喜ばれて、結局行為はエスカレートしていくものなのだが。

「ふぅ・・・・・・」

愛佳は嘆息した。

いつまでこんな日々が続くのだろう。
家庭でも学校でも厄介者扱いされ、常に一人ぼっち。
居場所なんてどこにもない。
希望が、見えない。

その時だ。
次に来る電車が隣の駅を出発したという主旨のアナウンスが構内に響いた。
ふらふら、ふらふら。
愛佳は、少しずつ前に出る。

自殺願望があったとか、そういうわけではない。
雨で増水した川の様子が気になったり、今にも崩れそうな崖を眺めたくなったりするのと同じだ。
人は危険を恐れるが、それと同時に危険に強く惹かれる心も持っている。


白線を踏んで、線路が見えるまであと一歩というところまで来た。
足を止め、そっとホームの下を覗き込む。

――――大丈夫。

愛佳には、この件は決して大事には至らないという確信があった。
それもそうだ、すでに愛佳はこの出来事を“一度経験している”のだから。
ここで「本当に飛び降りたらどうなるんだろう」と思ったところで、“あの人”が愛佳に声をかけてくれる。
そして名刺を差し出して、愛佳に生きる希望と居場所を与えてくれるのだ。

だが。

「う、わぁっ!?」

愛佳の目に飛び込んできたのは、一面の闇と無数の手。
ホームの下には線路ではなく底なしの暗闇が広がっていた。
そこからおびただしい数の手が伸びて、愛佳を闇に引きずり込もうとする。

よく見ると、手の向こうには顔がある。
手の持ち主は愛佳の同級生たちだった。
小・中・高は関係なく、愛佳が覚えている限りの同級生たちの顔が闇の中でうごめいていた。

「なんでや!なんで愛ちゃんがおらんねん!?」

愛佳は、戸惑いと憤りを隠せない。
無理もない、“現実”ではこの場面で高橋愛が現れるはずなのだ。
なのに、彼女は来ない。
なぜ?
どうして?


「やっ!ちょ、離してって!」

闇に連れていこうとする無数の手を、必死になって振り払う。

なぜ愛は来ないのだろう。
まさか、あれは夢だったのだろうか。
高橋愛と出会うほうが夢で、ホームの下に落ちてしまうほうが現実?
今までの自分は夢と現実を取り違えていたのか。
夢と現実の境界がわからない。

もどかしい気持ちを叩きつけるように身体を強く動かす。
その動きによって愛佳の視線は亡者たちから外れ、反対側のホームに向いた。
そこで愛佳は信じ難いものを見つける。

「・・・愛ちゃん!?」

反対側のホームには、他の誰でもない高橋愛が立っていた。
しかし、彼女は虚ろな視線を向けるだけで愛佳を助けようとする素振りはまったく見せず
大事そうに右腕を左腕で抱え込んだまま動かない。

愛佳はもう一度、今度はすがるように叫んだ。

「愛ちゃんっ!!」

それでも彼女は動かない。
空虚な視線もそのまま。


愛佳は絶望した。
愛に助けてもらえないことで、本当に希望を失くしてしまった気がした。

ここで彼女が手を差し伸べてくれたからこそ、愛佳の心は闇に堕ちずにいられたのに。




亀井絵里は巨大な迷宮の中を彷徨っていた。
迷路でなく迷宮。
右か左かに曲がる廊下だけでなく、上にも下にも進める階段まで用意された立体的な迷いの館。

いったい、これまでいくつの分かれ道を通ってきただろう?

立ち止まってはいけないと思うから、とにかく前に進んで。
だけど道を一つ選ぶそのたびに、後悔の波が押し寄せる。
本当にこの道でよかったのかと。
もしかしたら進むべき道を間違えているのではないかと。

怖くなる。
しかし、誰も答えを導き出してはくれない。

「人って、みんなこうなのかな・・・・・・」

人は皆こうして、一人で歩いているんだろうか。
悩んで、迷って、苦しんで。
たった一人で答えを出して、先の見えない迷宮を進んでいく。

それなら、まだいいのだけど。


「絵里だけだったら・・・・・・どうしよっか?」

もしも、迷宮で一人悩んでいるのが自分だけだったら。
他の人には、一緒に答えを探してくれる人がいるのだとしたら。

――――ひとりぼっちで歩いているのは私だけ?

みんなだって、見えないところで一人頑張っているのかもしれない。
聞いてみればすぐにわかることなのかもしれない。
けれど、それを誰かに打ち明けるのは不安で。
打ち明けて、もしも孤独に歩いているのは自分一人だと思い知らされるだけだったら・・・?
また悩む。
迷う。
そして選び・・・・・・悔やむ。


迷宮を進む絵里の前に、新たな分かれ道が出現した。
この迷宮は、絵里がおよそ二十年の人生で溜め込んだ心の迷いそのもの。
絵里の心に迷いが生じるごとに迷宮内の分岐点は増えていき、
立ち止まらない絵里の心はやがてこの中で永久に彷徨い続けることとなる―――――



久住小春は街の往来に立っている。
賑やかな雑踏の中で立ち尽くす。
誰もが小春に気を留めない、そんな空間の真ん中で。


人々は慌しく街を横切るだけで、そこにいる小春のことなど気にも留めない。
世間には目に見えるだけでもこんなにたくさんの人がいるのに、“小春”に関心を示す人は一人もいなかった。

それでもいいと、小春は思っていた。

こっちだって街を歩くその他大勢の人間には興味がなかったし、本当の自分をわかってもらおうとも思わない。
小春が自分のことをわかっていてほしいと願うのは、小春自身が心から大切に思う人たちに対してだけだった。
だから世間の人に“小春”を見てもらえなくたって平気だった。


景色が、変わる。


気がつくと、今度の小春はいつもの見慣れた風景の中にいた。
そこは小春にとって一番居心地のいい場所。仲間たちの集う場所。
喫茶「リゾナント」。その店先だ。
まるで夢をみている時のような、急激な場面転換がなされた。

「じゃあね、小春。元気でね。またいつでも遊びにおいで」
「はーい!みなさんもお元気でー!」


大荷物を抱えた小春が、見送りに出た仲間たちに手を振り去っていく。
その光景を、小春は別の誰かの視点から見ていた。
旅立つ小春を、“誰か”の中に入った小春が見送る奇妙な感覚。

あれ今の私はジュンジュンだっけいやでも感覚が田中さんあぁそう田中さんだよだから小春が小春を見送って―――

小春は自分を田中れいなだと思い込み、れいなの視点から小春が去る姿を眺めていた。

こんな場面、見たことない。
そもそも本物の小春は大荷物を抱えて店を出て行った経験なんてないし、
よく見れば店の周辺の風景だって微妙に異なっている。
この時になってようやく小春は、自分が夢をみているのではないかと気がついた。
夢だから、摩訶不思議なことばかり起こるのだと。


旅立つ小春を見送った一行は、やれやれと息をついて店内に戻る。
当然、れいな化した小春もその輪に加わった。

「『またおいで』とは言ったけどさ、来るかな、あの子」

訝しげに愛が問う。
仲間たちは口々に返答した。

「来てほしーです。でも・・・・・・」
「久住さんて、独りでも生きてける人やしなぁ・・・」
「私がいる時には来ないかもねー。私、小春に嫌われてるし」

なんだ、それ。


――――ちょっとジュンジュン。「でも」ってなに、「でも」って。
――――みっつぃーも。なんで「独りで生きていける」って決めつけるんだよ。
――――新垣さん。いつ小春が新垣さんを嫌いって言いました?
――――そもそもなんでそんな質問するのさ、愛ちゃん。

世間の人に本当の小春をわかってもらえなくたって構わない。
小春自身が心から大切に思う人たちにさえ、わかってもらえれば。
だから小春は傷ついた。これが夢であることも忘れた。
自分のことをわかっていてほしいと思う人たちに自分を誤解されたのが何よりも悲しかったから。

「・・・れいな?どうしたの?」

小春の世界から、光が消えた。




「愛佳ちゃんと小春ちゃんは『ifの世界想像型』で、亀ちゃんは『潜在意識の具現化型』か。
 この三人は割とオーソドックスなほうかな」

そこまで分析したところで、紺野は一つ息をついた。
今の紺野の状況を例えるなら、9分割されたディスプレイがすべて異なる番組を映しているのに、
それらを一度に視聴し把握しようとしているようなもの。
やはり精神は相当に疲弊する。


しんしんと雪の降り積もる雪原。
そこが紺野の本体がいる世界だった。

だが、本当に雪原にいるわけではない。
これは紺野の心象風景。
さすがに現実世界から彼女たちの夢を確認する技術は開発できなかったため、自らも眠りにつかざるを得なかったのだ。
動けない自分の代わりに、彼女たちを夢の中へ誘う役目は信頼のおける4人の仲間に負ってもらった。
私室に置いてきた生身の身体は、今頃すやすやと規則正しい寝息をたてていることだろう。

しかし、この夢の世界で何かが起きれば現実世界で寝ている身体も無事では済まない。
ここでは心がむきだしの状態だ。
一度大きなダメージを受ければ回復はほぼ不可能に等しく、現実世界の自分は二度と目を覚まさない。
そしてそれは、夢をみている10人全員に共通する条件だった。



「・・・よし。もうひと頑張りしますか」

紺野の心に降る雪は、徐々にではあるものの勢いを増していた。
雪はある程度までなら観賞に適した自然現象だが、程度を超えればそれはもう災害と言っていい。
大自然の脅威の前では人間の力などひとたまりもないことを、紺野はよく知っていた。

――――終わらせる。この“雪”が、“雪害”になるまでに。

確固たる決意のもと、紺野は改めてリゾナンターの夢に意識の照準を合わせた。



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