『■ ウェイクアップ-鞘師里保- ■』


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 ■ ウェイクアップ-鞘師里保- ■

鞘師は若干後悔していた。
もしもう少し鞘師が冷静だったなら…
敵がなぜ目撃される危険を顧みず襲ってきたかということに考えが及んでいたはずだ。
一つは目撃者の存在を握り潰せるだけのコネを相手が持っているということ。
もう一つは敵の側に「時間制限がある」ことだ。
鞘師自身あと一歩のところまでこの答えに近付いていたはずだ。
敵は寝込みを襲えないのだ。夜まで待てない理由があるのだ。
ここまで考えが至ればわざわざ危険を冒して無理矢理戦う必要などなかったはずだ。
必要最小限、包囲網の一点だけを突破しあとは時間切れまで逃げまわればよかった。

だが初陣の興奮か…いや小学生にしては十分賢しい鞘師でも、やはり子供だったということだろう。
彼女は不必要な蛮勇を見せてしまった。
今この場で追手をすべて片付ける。
その浅はかな自惚れがこの現状を引き寄せた。

「あーもうやだ!ほんと!あーもうやだ!」
がすっごすっ…鈍い音を立てて首の折れた女がうずくまる鞘師を蹴り続けている。
「みてよ!この首!完っ全に折れちゃってる!」
「あっなんか変な味がする…脳漿?あーもうっやだ!この身体気に入ってたのに!」
「やめとけよ。死んじまうぞ」
こちらは先ほど腕を破壊した男の方だ。やはり右腕は完全に破壊されているようだが眉一つ動かさない。
「いーじゃん!こんなガキっ!なんだってのっ!あたしの身体とこのガキどっちが大事?」
この二人、実際カップルだったのだろうか?
「そういうことじゃねーよ…生け取りじゃなきゃ意味ねんだって」
無線を通しての会話では無感情に情報をやり取りしていた二人だったがいまのふたりの会話が普段の口調なのだろう。

どうしてだろう?鞘師は自分のミスがどこにあったのか理解できずにいた。
周囲に敵意などなかった。
遠くにうっすらとなら複数の敵意を感じていたが充分に距離を取っていたはずだ。
一人、二人、確実に先手をとり片づけていっていた。
流れは完全に掴んでいた。
戦いを楽しむ余裕すらあった。
が、突然何の前触れもなく鞘師は気を失い、気がついたときには両腕を折られ、
両足をねじられ、身動きできぬほどに痛めつけられていたのだ。
女の固いつま先が鞘師の柔らかい腹に突きささる。
何度目かになる嘔吐を繰り返す。とうに吐しゃ物は吐き切っていた。
もう胃液も出ない。

「児童虐待のうち最も多いのは母親からの虐待」
男は『身体を壊されたぐらいの』ことで年端もいかないガキを執拗に蹴り続ける女を見ながら、雑誌か何かで読んだことを思い出していた。
「やめとけって。もうすぐ車が来る。身体ならまた探せばいいだろ」
「そういうこと言ってんじゃないの!この身体がいいの!」
そういうともう一度鞘師に蹴りを入れ、ようやく女は息をついた。
「んもう…あれ?やだ雨?雨なの?最低ーもー!おしっこいきたくなっちゃう!」

雨か…ちょっとラッキー。
絶え間なく襲い来る激痛の中で鞘師はふとそんなことを考える。
鞘師は不思議と雨が大好きだった。雨の日に傘を差すなんてもったいない。
もちろん両親の前では普通に傘を差していたが
誰に気兼ねをせずとも好いとなればどんな土砂降りでも、傘など差さない。
強い雨ほど楽しくなった。
ずぶぬれが無性に楽しいのだ。
プールやお風呂も大好きだった。
毎日弟妹たちをお風呂に入れてあげていた。
パパやママ…じぃちゃまとも…お風呂はみんなで入るもの…楽しい時間。
体中びしょ濡れでも誰にも叱られない。水って楽しい、水って嬉しい…

「そんなことより、そのガキもう『拘束』しとかなくて平気なのか?」
「そんなもんいらないわよ!両手両足折ってあるんだから!なんも出来っこないでしょ!」
そういうと再び女は鞘師を蹴り飛ばした。


「ぐふぅ」
びしゃびしゃっ!すでに路面は雨に濡れ真っ黒に染まっていた。
まだぼんやりとはしているがこの女には殺意がある。
「殺してやる」というよりは「死ねばいいのに」といった感情だろう。
後ろの男に殺意はないがこの女の暴走を特に強く止める気もなさそうだった。

「ああ、これは死んじゃうかなぁ」
鞘師はぼんやりと考える…予想通りというかさして感慨もなかった。
自身が死ぬかもしれないというのに「ああそうか」という程度だった。
パパやママはこんなにはきっと痛くなかったかもなぁ…

「おかしいな…車来ねえぞ」
男は無線に向かって車の手配の確認を始めた
「こちらベータ1、合流の手はずはどうなってる…どうした?応答せよ」
「東京なんて出る幕ないとか言っちゃってさ…外様は楽しく遊んでればそれでいいじゃけんのーとかいって、デカイ口叩いてたくせに
みーんなやられちゃうからあたしたちが出てかなきゃなんなくなって…
てゆうか東京駐在が外様ってどういう神経してんだろ?田舎もんのクセに!」
「ひがむなよ、実際外様だろ、このガキの詳細だっておりてこねえぐらいだし」
「なに?孝一は全然平気なわけ!あーもうやだ!」
「ばかコードネーム使えって…それよりベータ2と連絡とれねえぞ。アルファもだ…なんか変だ。」
「誰も聞いてやしないわよ。知ってるでしょアタシの力。」
「いやそっちのことじゃねえって。聞けよ話。」
「こんなまどろっこしいことになるならさ、このガキも親子共々消しちゃえばよかったのよ。そうすりゃ孝一たちも…アタシの体だってさ!なんでこいつだけ生け取り?しらないわよそんなこと!」

その瞬間、そう、まさにその瞬間、鞘師の中で何かが音を立てて組み換わっていった。
「このガキも親子共々消しちゃえばよかったのよ。」
確かにこの女はそう言った。

どうということはない。事故で死のうが殺されようが死は死だ。
そこに何も違いはない。
鞘師自身そこに何の怒りもない。感情もない。新しい事実が確認できた。ただそれだけ。
ただ、それだけのはずだった。
でも…でも…
「そうか…パパ達を殺したのは こ い つ ら か 」

共鳴セヨ…
鞘師は声にならぬ声を聞いた気がした。
共鳴セヨ…
なにに?
『力』ニ…
ちから?
蒼キ『力』に共鳴セヨ!

――――――――

高橋愛が鞘師里保を見つけたとき、すでに雨は上がっていた。
瞬間的に高橋の中に流れ込んできた。巨大な怒り…
何かに抑圧され堰き止められ続けたそれは…
今まさにその呪縛から解放され…猛り、吠え、全てをなぎ倒し、
全てを飲み込み全てを押し流す…
巨大な多頭龍のごとき奔流の正体にたどりついてみるとそれは
、小さな…とても小さな少女だった。

「愛ちゃん?そっちどぉ?」
「ガキさん、無事逢えたやよ…この子も共鳴者や…」
「そぉ…こっちはムリ…ぐっちゃぐっちゃ…きっとその子なのね」
「うん…この子ひどい怪我してる。さゆはまだ絵里のとこだっけ?」
「ううん。さっき連絡ついた。もうリゾナントにいるって。」
「そう…後始末お願い。今すぐ治療しなくちゃ」
高橋は気を失い…震えながら苦痛にうなされ続ける少女を抱きかかえる
「怖かったやろ…もう平気やから…」

目が覚めたときには、もう平気だから

パパ…ママ…
鞘師は夢を見ていた。
小さな鞘師が今よりもっと小さい頃、まだ妹弟達が小さくて一緒に入れなかった頃…
遠くでママの声がする…もー二人とも早く上がってーご飯片づけちゃうよー…はーい!いまあがるー
「あったかいね!おふろ!りほおふろだーいすきっ」
そうかー里保はお風呂好きか?パパとお風呂どっちが好きかな?
「んー?おふろ!それからパパ!」
あちゃーマジか?割とへこむわーはははは…はははは

ごめんね…ぱぱ…ごめんね…お風呂なんかよりパパの方が…ずうっと…ずううっと…