『■ キャストアウェイ-鞘師里保X鈴木香音- ■』


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 ■ キャストアウェイ-鞘師里保X鈴木香音- ■

鞘師里保は鈴木香音を投げた。

「鞘師ちゃん、ちょっと」
高橋さんが呼んでいる。
鞘師は鏡の前で一人踊っていた。
喫茶リゾナントの入っている雑居ビルの二階は、まるまるダンススタジオになっていた。
高橋さんが所有する、でもなぜか田中さんが住みこんでいる不思議な雑居ビル。
鞘師は一人、ここで黙々と踊る。
ただひたすらに踊る。
鏡の中の自分の動きを確認し、いいところを伸ばし、悪いところを修正する。
その繰り返しに没頭する。

東京へ着いたその日に起こったあの出来事。鞘師にとっての初陣、そして苦い敗北。
両手両足は無残に砕かれ、満身創痍で気を失ったはずの鞘師が目を覚ましたとき、
その小さな体には傷一つ残ってはいなかった。

―超能力―

まるでマンガだよね。
あまりのことに心の中で大笑いする。もちろんこのとき外見上は無表情のままだ。
目覚めた鞘師の身に起こったもう一つの変化にも特に戸惑いはなかった。
【水限定念動力(アクアキネシス)】…。

鞘師の傷を治してくれた女性は道重さゆみと名乗った。
「さゆって呼んでぇ…。」
小学生の人生経験では、みたことのない表情、”恍惚とした表情”でそう言っていた。
「さやちゃんかわいいいい☆ねえ愛ちゃん!さやちゃん、うちで預かっていい?
ねえいいでしょー?ちゃんと世話するからぁ」
鞘師が目覚めた日、鞘師の意思とは関係なく強引に道重さんと同居することに決まった。
半ば拉致に近い。

「ちょおっとさゆ!鞘師ちゃんはアンタのペットじゃないんだよ!んもう」
こちらは新垣さんという。
比較的常識人だ。よかった、まともな人がいて。
「と、わったー!ちょちょちょ!にょー」
がらんがらん。トレーの山を派手にぶちまける。
あとで聞いたところによれば、新垣さんはしっかり者だが、
同時に超せっかち&大天然な人なんだそうだ。
困った、この人も変なのか。

「あっひゃーガキさんだいじょぶかー!」
まるでじいちゃまの好きな昔のアクション俳優の奇声だ、あれは怪鳥音というらしい。
そんなことはどうでもいいが、この不思議な奇声と不思議ななまりの女性が、じいちゃまが言っていた人。
高橋愛。
あの日、高橋さんは鞘師の名字を聞いただけで、全てを納得したようだった。
何も聞かず、「ここにいていい」と言ってくれた。

そして今、鞘師はリゾナント二階のスタジオで踊り、高橋さんに声をかけられた。
「鞘師ちゃん、ちょっと」

振り向くとそこには高橋さん。
そしてその後ろに田中さん、そして、ずっき…鈴木香音ちゃんがいた。

ずっき、鈴木ちゃんは鞘師がかつぎ込まれた同じ日にここリゾナントにやってきた。
あの日感じた心の響き、初めての感覚、それは思えばこの少女との出会いからだった。
廃工場で消えた女性と少女、その少女が鈴木香音だった。
そして、彼女もまた、超能力者なのだ。
はじめてその力を見せてもらった時には驚いた…フリを一応した。
「さーやしちゃん!ばぁ!」
鈴木ちゃ、いや、もうこいつはずっきでいい。
ずっきは壁から首だけ突き出し鞘師をおどろかそうとしたのだ。
気配と言う形で相手の思念を読める鞘師にとってその行為は壁の向こうからでも
ありありと、本当に目に見えるほどはっきりと感じ取れており、
『非常に無害なスットコドッコイが、なにやら自分を驚かそうと画策している』
ことはとっくに察知していたのだが、そのときは一応の礼儀として可能な限り全力で驚いておいた。
傍目には、実にローテンションで「わーすずきちゃんがかべからでたー」と棒読みして
ニ、三歩後ずさりしただけなのだが。
このスットコドッコイはそれで大満足したようだった。

さて、話はこういうことらしい。

ずっきは身を守る手段としてこの超能力を使いこなす訓練を始めていた。
訓練は高橋さんと田中さんが指導していた。
主に田中さんが相手をし高橋さんがたまにアドバイスする。
それまでの人生でおよそ格闘や闘争と言うことに無縁だったというずっきだが、
持ち前のガッツで簡単な突き、蹴り、そしてそれらへのディフェンスの基礎を覚えていった。
とはいえ格闘技はまったくのど素人。
ちょっと手ほどきを受けたぐらいでは、軽いスパーリングにもならない。だが…
「そこで自分の能力を使ったディフェンスを覚える必要があるんやよ」
「私の能力?」
「そう。れいなが突きを放つそのタイミングに合わせて、突きが当たる場所を、
あなたの【物質透過】で突き抜けさせる」
「うーん」
「あなたは比較的、幼いころから能力が覚醒している。
能力の制御という点ではもう充分にベテランのはずなんやよ。自信を持って。」

その言葉は正しかった。
パンチがことごとく空振りする。
ずっきは一歩も動いていない。
ウィ―ビングもダッキングもしない。
まるで虚像だ。
またたく間にコツを習得していった。
やがて突き蹴りに限定したものではあるものの
『守備に徹している限り』田中さんの攻撃を見切れるようになっていた。

「だんだんコツが飲み込めてきたみたいっちゃね!鈴木ちゃん」
「ハイ!どんどんお願いしますっ!」

鞘師が観察したところでは田中さんの強さはリゾナントに集う人達の中でトップクラスのものだった。
その型にはまらない…、おそらくは我流の、戦闘術は
性差を超えて大半の人間を圧倒するに十分なものだろう。
おそらく、それは高橋さんをも上回るのかもしれない。
だが同時に、鞘師は田中さんがさほど危険ではないことも感じ取っていた。
通常、我流の人間は、きちんと修行を積んだ者よりはるかに狡猾でなければ生き残れない。
伝統という圧倒的な質量に裏打ちされた技術の差を覆すには
常にその裏をかくずるさ、陰湿さと
棋盤ごとひっくり返すような理不尽さ、大胆さが必要だからだ。
だが信じられないほど田中さんの思考回路には前者が欠けていた。
単純で直線的。
コレではどれほど強くても簡単に虚を突かれてしまう。
だがそれでやってこれたということ自体が常識を超えた戦闘能力の証明そのものなのかもしれない。
兎にも角にもその田中さんに、訓練とはいえ自由攻防の中で
全く攻撃をかすらせないというのは大した進歩、というよりは信じがたい快挙と言ってよかった。

「鞘師ちゃん、ちょっと鈴木ちゃんを投げてみて」

鞘師が声をかけられたのはまさにそんなときだった。
「鞘師ちゃんが習った通りのやつでいいよ。」

高橋さんが水軍流のことを知っているのは明らかだった。

「鞘師ちゃん投げ技とか知っとうと?」

「じいちゃま…いえ祖父にちょっと習ったことが」
「おーなんか意思送電みたいでかっこいいとね!」

一子相伝のことだろうな…まあいいや。

「ぬぬー今度は鞘師ちゃんが相手か!相手にとって不足なぁし!」
なんか向こうで大盛り上がりしているスットコドッコイをスルーし
高橋さんに目で確認を取る。
私がやってもいいんですか?私の『投げ』では…

投げというものは一般的に、突き蹴りとは根本的に異なるものとされてきている。
その一番の違い、それは仕掛け、もしくは崩しと呼ばれる前段階が必要だという点である。
どんな投げにせよ、相手を掴み崩しそれから投げに入る。

おかしな言い方だが、どうしても技にはメリハリ、
もしくはタメやキレと呼ばれるものが生じてしまう。
ダンスや歌のような表現の世界では、積極的にメリハリを付ける。
メリハリがなければ見るものには動きが伝わらない。表現にならない。
だが芸術の世界で美点とされるそれらは、
戦闘という世界では致命的且つ不可避な難題として、戦闘者たちを悩ませ続けてきた。
一拍で終了する突き蹴りですら、実際には何段階ものメリハリが生じている。
人はそれを感知して突き蹴りをさばく。

パンチやキックを全て見切れる者に
何段階もの手順が必要な投げが通用するとはおもえない。
そう考えるのが自然だ。

高橋さんの目が真っ直ぐ鞘師を見る。
鞘師は、その意図するところがなんとなくわかった気がした。

「はい」

「さあらっしゃい鞘師ちゃーん!」
ぴょんぴょん跳ねるたび、たわわな胸が上下に揺れる。
なんか…、ちょっと不愉快な気がする。
まあいいか。今は高橋さんの要望に答えることだ。

「じゃあ投げるよ」

「ほいっ!いつでもい…」

いよ。

ん?

あれ?なんか壁にめりこんでない?あたし。
ううん。
これ壁じゃない。マットだ。あたし床に寝てる?

鞘師里保は鈴木香音を投げ終えていた。

それは比較的緩慢な動作に見えた。
無造作に歩み寄り、無造作に左手を伸ばし、無造作に引き倒した。
掴んで崩して投げる、ではない。
もはや投げて崩して掴んだと言ってもいいのかもしれない。
鞘師の左手が触れた時には、鈴木の身体は朽木の如くすとんと床に倒れ、
完全に投げ終わった後、鞘師の手をすり抜け、そのまま床に埋まったのだった。
【物質透過】の発動が全く間に合っていない。その結果だった。
触った瞬間に崩しきる。
それが水軍流、そしてその察知不能な技を持つがゆえに、水軍流が仮想敵としている者もまた水軍流。
動きを目で追っても間に合わない。それゆえにこそ、殺意の察知が育まれた。

無論同等の実力者相手に使った場合、この技だけでここまできれいに投げることは出来ない。
実戦では投げ技そのものよりも「今投げを打てば成功する」という
機を捉え機に乗じる眼力そのもののほうがはるかに重要となるからだ。
ただ、触った瞬間に、大なり小なりバランスを奪うことができるなら、
それだけで相手を殺すには十分な隙を作り出せる。
隙だらけにしてしまえばその後、斬るも投げるも打つも勝手次第。
そうやって使うものだった。

すごい。
鈴木香音は床から身体を引きぬき勢いよく立ちあがる。

「うわー全然わかんなかった!いま投げたの?すごいら!」

鞘師は高橋さんを見る。これでいいですか?

GJやよ。鈴木ちゃんはこの力だけで自分の身を守らねばならない。
格闘だけじゃない。いずれは銃弾も砲弾も、そして数多の能力者の攻撃もすべて…。
れいなはあれで、下の子にはとっても甘いところがある子やから。

私なら手加減なしでずっきを投げ、同時に怪我をさせないように”手加減”できる、と?
それ、矛盾しまくりですよ…
鞘師は複雑な気持ちで、いまだ興奮冷めやらず
どうやったの?どうやったの?と食い下がるずっきをスルーしまくっていた。

この程度の投げを打てる実力者は世界中に履いて捨てるほどいるはずだった。
ただし、その技を持つ者の大半は裏の世界に潜み、その技を秘匿し、口をつぐむ。
『使ったときは殺すとき』
鈴木は鞘師という恰好の好敵手の存在により、命の危険なくこの事実をその身で知ることが出来た。
果たしてその意味を鈴木が理解しているかどうか…

驚いたことに鞘師は鈴木を心配していたのだ。
鞘師はまだ気づいていない。自分が急速に変わり始めていることに。
自分の本当の変化が何であるかに…。

「ねえどうやったの?ねえねえ?」
「あ、ダンスの練習に戻りたいんだけど…」
「だめら~!もっかい!もっかいやって~!」
鏡の前に戻ろうとする鞘師の背にすがりつき、ずるずると引きずられていくずっき。
腰にたわわな膨らみがぎゅうぎゅう押し付けられる。
両足を投げ出しているため鈴木の全身がまるでシャチホコのように反り返る。
重い…、まるで二人分じゃないか、何を食ったらこんなに重くなるんだ。
この重さの何割があの胸の膨らみによるものなんだろう?
そう考えるとちょっとイラッとしてくる。
「もういいかげんに!…?」
振り向いた鞘師の目に飛び込んできたもの。
「そうったい!もったいぶらんとれいなにも教えるったい!」
ボインのスットコドッコイの背中にもう一人…しがみついていた…
2尾のシャチホコ…

鞘師は無表情のまま、二人を吹き飛ばした。

「あっひゃー鞘師ちゃん!マットのないとこでやっちゃだめやよー!」