『異能力-Adjournment-[11]』


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最近、れいなが何か思いつめているのを知っている。
それは心の中を見なくともすぐに分かってしまうほどの、"迷い"。
店内でも溜息を吐き、お皿を洗えば一度は掴みそこね。
帳簿でさえも計算がズレてしまい、書き直す姿を何度も見た。
愛は知っている、その事実を。

 田中れいなの両親の事は、あさ美によって暴かれた。
 同時に、自分の中に宿る時限爆弾の事も。

れいなはきつく思われているだけで、根は優しい、否、優しすぎる。
何でもかんでも自分で解決しようとし、そして弱いところは一切見せない。
だから"野良猫"と呼ばれていた頃も、ただ自身の中にあるチカラを開放し
『逃げ場』を作ることしか出来なかった。
それしか、自分の"存在"を表現する事が出来なかった。

強大なチカラで屈した人間はそのチカラがあった事を決して忘れない。
だから自分自身が、このチカラがあった事を刻み込む。
例えそれが独りになることをいっそう強めて行くものだとしても。
それでも、自分が此処に在り続ける事が、れいなにとっては重要だった。
本当に独りになるというのは、誰にも知られない事だから。
愛は知っている。

 祖母が亡くなり、独りになり、アサ=ヤンの幹部に拾われ、M。の一員に成り。
 悲しみや、嬉しさや、寂しさや、楽しさを一緒に知ってくれる友人、先輩。
 自分だけが知っていた世界を、共に歩んでくれる事がどれほど幸せなのか。
 居場所という希望がどれほど大切なものなのか。

―――だからこそ、その居場所が消えた"絶望"を忘れない。



絵里がさゆみに傷を負わせた事を悔やんでいるのを知っている。
構成員との戦いにチカラを使うことを躊躇し、その度に落ち込んでいる姿。
だがさゆみもそれは同じ。
「私が絵里に辛い目に合わせた」と自虐的な発言を呟くその唇は微かに震え。
初めて仲間に与えてしまった"傷"。
仲間を攻撃してはならないという優しさが生み出した"穴"。

恐怖は二人を浸蝕する。
それが、一瞬にして二人の過去を思い出させた。

病気を持って生まれ、憐憫を込めた目で見られ、病の苦しみを共に闘ってくれる人間など居なかった絵里。
チカラの暴走によって相手を傷つける事しか出来なかった。
媚びるような笑みはただ人間の中にある黒い影しか振り向きはしない。

さゆみは人間が本来持っている常識によって"人の枠"から外された。
優しい事なのだと思っていた事が、実際には『闇』への入り口だった事を知る。
何も出来ない事が苦しかった。ただ見ていることが辛かった。
『痛い痛い』と訴えてくる声に答えられない自分が、酷く、嫌なものになっていた。
愛は知っている。

 生きることは何なのか。
 優しさとは何なのか。

麻琴を救ったあの時。祖母から自身の出生を知らされたあの時。
人間の目が鋭く、そして冷たかったあの時。
生きようと決めたあの時が、どんな時よりも高橋愛という人間を見せつけた。

―――だからこそ、『高橋愛』という存在が持つ絶望を忘れない。



小春が自分の"弱さ"を恐れているのを知っている。
彼女は既に『人間の本質』を知り尽くしていた。
イメージの中で生まれ、イメージの中で生き続けることを知っているから。
知る事で傷つく事は誰しもが通らなければいけない道。
それは人と人が繋がるとき、最も重要となるからだ。

人間は自分の『中身』を無意識に隠す。
見られるという事は、自分の中にある『見られたくない物』まで晒すという事。
弱肉強食の世界で、相手に『弱い所』を見られるというのはあまりにも嫌な事だ。
そして怖くなる、知られてしまう事が、知る事で裏切られる事を知っている人間なら尚更。

それはまるで『久住小春』という人間を莫迦にされているようで。
それはまるで『久住小春』の存在が相手に左右されてしまう程、脆いようで。
たった一人の『久住小春』が、あまりにも憐れで、悔しくて、悲しくて。

イメージだけを大切にされている事が
小春にとってそれだけの存在なのだと言っているようで。
『久住小春』を慕ってくれる人間が欲しい。
イメージではなく、たった一人の少女を認識して欲しい。
作り物でも道具でもない、人間の赤い血が通った、唯一の存在を。
魂の叫び声が聞こえた。

『光』と『闇』の狭間で聞こえたその声を、愛は知っている。
怖いからこそ訴える、独りだからこそ贖う。
 受け止めて欲しい。
 例え何があったとしても、誰かに、誰かに…。

―――だからこそ、あの『言葉』を口にした瞬間の絶望を忘れない。




愛佳が起こりうる未来を予知した事を知っている。
そしてその結末を涙で滲ませた顔で詰められた。
何も言えない愛をただジッと睨み、最後にため息を吐き―――言った。

 「死なないでください」
瞬間、"M。"のリーダーをしていた先輩の事を思い出した。
あまり言葉を交わすことは少なかったものの、幾度と無く助言をしては
メンバーを危機から救っていたのを覚えている。
その人が、任務に出る時に必ず言っていたのだ。

 「強い相手でも死ねなんて甘い事は言わない。生きて帰ろう」
 だがもう、きっとその姿を見ることは叶わない。

愛佳は頭が良い。
きっと、その未来を見た所でメンバーには言わないだろう。
混乱を招き、今でもぎこちない雰囲気を出しているリゾナンターをさらに悪化させることはまずない。
愛と愛佳の仲はまだ一年しか経っていないものの、初めに出会った時と
喫茶「リゾナント」を行き来し始めてからの表情の印象が変わった。
それは、あの雰囲気に既に馴染めている証。

愛にとって、リゾナンターを結成して一番嬉しい変化といえばそれだった。
もう、自分自身の異能力によって周りから迫害を受けていた『光井愛佳』は居ない。

 「こんなわたしでも誰かを救えますか?」

不安そうにそう問い掛けた彼女は、こうして自分から救う事を考えるようになった。
たとえ自己犠牲でも、役に立ちたい、誰かを助けたいと思えるようになった。
それは、凄い勇気だと愛は思っている。

 ―――だからこそ、待ち受ける『絶望』へ戦うことを選んだ決意を忘れない。




李純(リー・チュン)と銭琳(チェン・リン)が喧嘩した事を知っている。
どうやら"夜の徘徊"を知られてしまったらしい。
身体に宿してしまった破壊衝動は本能であり、また病に近い。
同時に肉体の維持に不可欠な行為であり、それを求める破壊衝動は生存手段だ。
つまり李純もまた、原初の呪いをその身に宿してしまった事になる。
絵里と違うのは意図的な事のみであり、一族が崩壊し
彼女がこの世に居なかった可能性は絵里となんら違いは無い。

李純、もといジュンジュンは毎晩バナナを貪りながら愛の部屋を訪れて泣いている。
銭琳、もといリンリンもまた、必ずお菓子を所持して相談を持ちかけていた。
この二人と愛の時間は本当に短い。
だが、この二人が一緒に過ごす時間はあまりにも長い。

国家権力執行機関『刃千吏』という名を背負うリンリンにとって、守護する事が自分に
とって唯一、最も信じることが出来る手段だった。
幼少時代からそれが正しいものだと学ばされてきた彼女にとって。
対してジュンジュンも、与えられたチカラが正義なのだと信じてやまなかった。
信じる事は時として絶望をいっそう深める行為だ。
だが人を信じなければ、何も掴めはしない。
それは相手にしてもらうのではなく、自分から相手にしてようやく出来上がる繋がり。
例え自身の【心の穴】が蝕まれていったとしても。

 信じたい。
 それは、このリゾナンターの全員が思っている事。
 信じて、信じて、信じて、信じて、信じて。

ほんの少しの可能性があるのなら、信じていたいから。

 ―――だからこそ、『高橋愛』は信じていた事を忘れない。



『高橋愛』は蒼き空を見上げる。
世界の矛盾に目を逸らさず、己の罪に目を背けず、泣いて笑って傷ついて愛して。
―――さぁ、往こう。
果てしない戦いの中で、愛は微笑を浮かべる。



―――れいなが愛の失踪を知ったのは、それからまもなくの事だった。