『異能力番外編-Only three words-[10]』


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否応無く押し付けられた単語の羅列に無言で受け入れ、自分が名前を
得たという事実にさしたる感慨など無い。
何かの機械番号のようだと、少年は思った。

化学合成された模造品の遺伝子。
培養液の中で促成栽培された人造の戦闘員には、積み上げてきた時間など無い。
僅か数ヶ月の『幼年期』の記憶は、円筒ガラスの外に揺らめく研究員の姿と
瞼の内側に時折見せる機械信号の光点だけ。

だがそれも曖昧なもので、本当に自分の記憶なのかも怪しいものだった。
初めて『自分』を認識したのはベットの上。
天井のライトで目を焼かれたかのような苦痛を感じたのを覚えている。
生まれて初めて感じる『自分の身体』
白い病人着の裾から覗く手足には色とりどりのケーブルに繋がる電極。

 頭の中には相応の思考能力と最低限の常識。
 そして不釣合いなほどの膨大な戦闘技術。

自分に機械番号を告げた白衣の研究員が無機質な表情を浮かべて見下ろしていた。
別の研究員が機材の片づけをし、白いライトに照らされた病室には
同じ物体が何百とベットの上に横たわっている。
等間隔に並ぶそこはまるで、大きな貯蔵庫のよう。

当時の『ダークネス』は本格的な稼動を始めたばかりで、不安定な人体実験は
『規格外』の能力者を多数生み出す事に成功していた。
だがそれ以外は品種改良された一般兵並みの『戦闘員』

  ここは、そんな『規格外』の異能力者を収納する場所。



だがその区別の違いなどに疑問を浮かばせる事も自分には許されてない。
ふと、入り口の扉の陰から少女がこっちを覗き込んでいたのを、今でも覚えている。

 それが数十年後、この『ダークネス』の首謀になる事など知る由も無い。

研究所での暮らしは、来る日も来る日も実験と検査の繰り返し。
施設の一番奥に隔離された大部屋で毎日決まった時間に目を覚まし
決められたとおりに戦闘訓練を積むだけ。

 そんな中、少年の中で『感情』が生まれた。

訓練場はその施設とは別の場所にあり、特殊なトラックで運ばれる。
専用ポートで降り、一般の区画と演習場を繋ぐ渡り廊下の小さな窓から下の
『街』を盗み見るのが唯一の楽しみになっていた。
区画の外側には一般の人間が暮らす市街地がある。

国道の交通帯には車が絶え間なく行き交い、舗装タイルを敷き詰めた通りは
人波で溢れ、通りに面した商店の軒先には見目鮮やかな服や雑貨の類が並ぶ。
携帯電話に向かって何かを叫ぶスーツ姿の男。
ガラスケースに飾られた服の前で談笑する若い男女。
父親と思しき男に肩車されて歓声を上げる男の子。
施設の中で研究員と顔を合わせるだけの日々を送っていた自分にとって
それは文字通り、息を呑むような光景ばかりだった。

中でも、通りを入り込んだ細い路地にあるカフェの様子。
外見年齢で言えば自分とそう変わらない子供達。
個性的な服で着飾り、コーヒーのカップやホットドッグを片手に笑い合う。
それを見ていると、何故か、胸に小さな痛みを感じた。



施設の中には自分の様な子供達はたくさん居る。
だが何かの規制が張られているのか、会話の類は一切禁止されていた。
言葉を交わす相手はいつも白衣を来た研究員。
それも、実験に絡んだいくつかの質問と、最低限必要で事務的な連絡のみだ。

 だからかもしれない。
 遠目に見下ろす子供達の顔はどれもこれも本当に楽しそうで
 どうしようもない程、羨ましかった。

どうして自分はあの場所に行けないのか。
あの子供と自分と一体何が違うのだろう。
ベッドの中で唇を噛んだことも一度や二度ではない。

その頃はまだ、自分が何の為に作られたのか自覚が薄かった。
だから、自分もいつかあの場所に行けるのではないか。
この訓練にも実験もいつか終わり、自分がこの牢獄から解放される日がきっと来る。
そんな他愛も無い空想が、少年にとっての唯一の慰めだった。

 ―――だが、"空想"は"空想"でしかない事をようやく理解する。



―――数年後。
心拍数モニターの小さな電子音と、人工心肺装置の微かな呼気。
『関係者以外立ち入り禁止』のプレートが付けられた隔壁の先にある実験室。
暗い室内は表示パネルの微かな緑光に淡く照らし出され、淀んだ空気に仄かな薬液の香り。
電子機器の放つオゾンの匂いと混合し、ベットの中で、少年は死んだように横たわっていた。

右肩絡胸にかけて走る赤黒い裂傷。
腹部に開いた大きな銃痕。
薄っすらと開いた瞳は片方が抉れ、そこには何も存在しない。

これが、『規格外』の末路。

自分と一緒に生まれた子供が大人と成り、どんな日々を過ごしていたのか。
戦闘訓練が何のための物で、何の為に『規格外』として選ばれたのか。 
同時に、この『ダークネス』は何を生み出す場所なのか。
男が駆り出された戦場など、まるで『廃棄処分場』でしかない。
『規格外』が異能力に目覚めなければ、もはや組織でも余分な時間を費やす訳にもいかなかった。
当然、その扱いも一般兵並みの『戦闘員』として戦闘へと出される。

だが結果は目に見えていた。
戦闘と呼ぶにも馬鹿馬鹿しいほどの、一方的な虐殺。
捨石とされた事を知った時点で既に遅く。
似たような話を何度か聞いていたものの、まさか漏れる事無くその対象内に入るとは。

生き残ったのは男と合わせて100人にも満たない。
血臭が身体に纏わり付き、夜な夜な悲鳴にも似た叫び声が木霊する。
品種改良を待つだけのこの場所は、最早『死』しかない。



そしてもう一つ理解したのは、『ダークネス』と対立している組織の事。
全てが、女の子だった。
しかも男よりも年下の、幼さが残る女の子が。
戦場の中で必死に、生き残ろうと必死に『殺し合っていた』

両親のためなのか、愛する人のためなのか、あるいは自分自身のためなのか。
だが全て、"大切な誰かを守る為"に女の子は命を賭けて戦っていた。
男にはそんな者は居ない。
だが、男にはまだ"未来"があった。

自分達以外の誰かを押しのけて、自分達が生きる場所を確保する為に。
何処でも良かった。
あの時、『街』の姿を見たあの瞬間から。
 生きていたい、そう思ったあの頃から。

―――あの時も、そう。
戦場を外れまで歩いたところで、不意に足が止まる。
林立するコンクリート柱の残骸の陰に隠れ、油断無く身構え、覗き込み、息を呑む。
白い服を自らの血で真っ赤に染めて、小さな女の子が一人座り込んでいた。
何故、こんな所に、そう思い男は息を殺して歩み寄り、眼前の膝をついた。
恐る恐る手を伸ばそうとして、その手を止める。

焼け焦げた傷の縁から、止め処無く血が流れ出していた。
手の施しようが無いのは、素人目にも明らかで。
気配に気付いた少女は濁った漆黒の瞳でこちらを見上げ、小さく唸った。
「痛い」と「苦しい」と。
咽るように咳き込んで喉から血の塊を吐き出し、そこで初めて眼前の男に気付いて、囁く。

 「―――助けて」



男は悟る。
自分の"未来"の為に、誰かの"未来"が消える、と。
それを仕様が無いと言うなら、自分はどうすれば良いのだろう。

悩み続けて三日後、事件は起こった。

 『研究員が実験体を持ち出して脱走した』

ベッドの中でその事を聴き、男は部屋を飛び出した。
物資不足によって修理のままならなかった施設の配電システムが停止。
保安関係の設備に電力を供給する送電ラインですら一時的に断線したのだ。

その為、鍵付きの分厚い隔壁や高圧電流に守られた鉄条網すらも掻い潜り
適当に取り繕った兵士の服へと着替え、周囲の地図と構成員が警備する巡回ルートを引っ張り出す。
傷口が開き、服に滲んでは鈍い痛みが頭を貫く。
その時、部屋に居た何人かが、男に力を貸してくれた。

男達は共謀する訳でもなく、研究員を殺す訳でもない。
考え付きもしなかったのだ。
そもそも仲間と言ってもただ同じ日に同じように生まれたというだけ。
だがそれでも、何故か男達は立ち上がった。
自身の"未来"が既に崩壊したと知っても、それでも"可能性"があると信じて。

この広大な外周の中で、一人でも複数でも脱走など成功する可能性は無いに等しいのだから。

傷だらけの身体を無理やり動かし、男達は駆け出した。
何度か構成員に出くわし、交戦したことで負傷して行く"仲間達"。
置き去りにする事に胸が痛くないわけが無い。

それでも。それでも、と自分に言い聞かせて走り続ける。


中央にある大きな卵型の建造物に辿り着いた時には、既に三十分が経っていた。
盗んだ服はすでに襤褸切れ同然に成り果てている。
肌を濡らす汗を乱暴に手で拭い、疲労感などすでに感覚までもが麻痺している。

 ―――この時、残っていたのは男だけ。
  最後の一人は戦闘員が撃ち放った弾丸で心臓を貫通し、絶命した。
  断末魔は無かった、が、致命傷を免れたその瞳は何かを宿すかのように訴える。

  男が頷き返したその時の安心した笑みは、いつまでも忘れられないだろう。

そして、"目的"である脱走者はすぐ其処に居た。
自分自身を布で纏い、腕に抱えられているのは―――安らかに寝息を立てている女の子。
二の腕に刻まれたコードには『i914』
それは、現在行われている計画で成功したゲシュタルトを意味している。

―――男の中で、何かが疼いた。

残兵だと思ったのか、脱走者である研究員が男を見て怯えた顔をし、半歩後ずさる。
直後、遠くの方で警告音が木霊し、男は地図を渡して出口へと促す。
研究員は驚いたような顔をしていたものの、徐々に近づいてくる音への恐怖からか、駆け出した。

 男は安堵し、息を吐いて現れた戦闘員達と対峙する。

これが、男が決意した自身の"未来"。
自分が相手から"未来"を奪った故に起こった"現実"。
だが後悔は無い。
この上ないほどの達成感が男の中で歓声を上げていた。


笑う。笑う。
白衣から取り出した黒銀の胴体をこめかみに当て―――着弾。
重力に耐え切れず男の身体は倒れ、血の海の中でたった数秒間の光を彷徨う。

その中で、男は確かに見た。
『規格外』の異能力者であった自身。チカラは『予知夢』だと知ったその時。

 ―――赤ん坊は少女と成り、女性と成り、たくさんの"仲間"と共に居る。
 ―――笑顔を浮かべ
                  それは     まさに―――『光』

 ―――だが『闇』に呑まれる  全てが
                           『闇』に―――
 ―――――――――。




―――数年後。

 男達の"未来"は、今もなお生き続けている。