『異能力-Politician's Circus-[9]』


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そこは、闇の生まれる場所。 そこは、光の眠る場所。
そこは、光と闇の出会う場所。
もっとも闇が深い時間。 もっとも光が輝く時間。 それが逢魔ヶ時。
相反するものが、集う時間。 だから、混沌とし全てが輝く。
光に生きるものと闇に生きるものが同時に存在する、完璧な世界。
どちらのルールも通用しない、また全てのルールに基づく世界。
故に美しく、儚く、完全な。
かの場所にて、集い、見える芸術品は、正に逢魔の作品。
ただ、儚くはない。 沈むことも紛れることも、ない。
圧倒的な存在感を誇示するのみ。
扉を開けば、いつでも出会うことが出来る。
さぁ、往こう。

 ―――光は、すぐ其処に…。




 瞬間移動(テレポーテーション)

物体を離れた空間に転送したり、自分自身が離れた場所に瞬間的に移動したりする現象。
それが一般的に言われているモノだが、現象とは見える事実だ。
現われを意味し、出来事を、背後にあるものを問題にしない。
その観察された現れとして扱うときに、初めて現象と成る。

 因果律の産物は"科学"の世界でも大きく追求されていた。

例えば光速度、万有引力定数、プランク定数を改変し、自分の周囲の空間を支配する。
空中移動と並行して亜光速で動ける為、他者からは「瞬間移動した」ように見える事もまた現象だ。
座標期待値改変による近距離転移。
だがそれだけではただ防御能力だけが特化した状態でしかない。
―――"空間"が制御できるのであれば、"時空"さえも操れないだろうか。
認識し、"世界"を知覚するチカラを彼らは求め始めた。

 光使い(フォトン・マニピュレート)

『ダークネス』の研究機関で行われた『黒血』計画を再度見直しの提案後
瞬間移動(テレポーテーション)の質量の存在を認識するチカラを下に、"存在確率"へ着目した。

世界に存在するあらゆる物質は、原子と呼ばれる微細な粒子が互いに結合することで
その存在を構成している。
どんなに硬化、物体であろうともその本質は僅か百億分の一メートル単位の粒子の集合体に過ぎない。
クオーク、『素粒子』と呼ばれるこれらの粒子は最早『粒』という性質に留まることは出来ず
『粒子』と『波』という二つの異なる性質を持つ事になった。
 ―――そんな極微の世界では、しばしば奇妙な現象が発生する。



例えば一つの粒子を観測したとして、粒子は空間上の一定の場所と速さで飛んでいる。
当たり前の常識に照らし合わせて考えれば同時に観測するのは難しいことではない。
しかし、素粒子が生きる極微の世界においてこの常識は通用しないのだ。
『存在座標』と『運動速度』はどちらも一定の誤差を持った曖昧な値。
完璧な制度で測定してしまった瞬間、もう一方の量を知る事は永久に叶わない。
全ての粒子は『確率密度関数』と呼ばれる存在確率の大小を表した波としてしか記述することを許されない。
その存在を司るのは、数多の物理学者が生み出され体系化された『量子』。
これに基づいて導き出された結論。

 "自身の身体を構成する物質の存在確率を書き換え、相手の全ての攻撃、防御を無効化する。"
 ―――それはまさに、"無敵"の称号を"具現化"させた事を意味していた。


高橋愛はイメージを認識する。
視界、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。五感の全てを脳から遮断し、其処は閉じた世界と成った。
世界に色彩という概念など存在しない。無色透明の虚ろな空間に、愛はただ一人で佇んでいる。

外界の時空構造が再現され、それに重なるように空白の世界。
途端、光の線が縦横に貫き、疾走した。座標軸を表す無数の細線。
等間隔かつ平行に、世界の果てへと目指しながら。
空間と時間、四方向に伸びる光の網が、巨大な四次元の格子模様を形成。
世界を覆い尽くすのは、光の立法。
考え得る限りのノイズを減算し、後に残るのは周囲の質量分布。
頭上の水平へと広がるモノ、それは天井。
足の下には床。前後左右を四角く切り取る壁。30メートルは在るかという程の広い部屋。
外周に沿って整然と並ぶのは、操作端末や計器板を表す微細で複雑な『歪み』。

 「小春!答えると!」



微かに痛む頭を堪え、高橋愛は静かに目を開く。思考の主体が復帰し、五感の機能が回復する。
照明の付いた明るい部屋と、漕ぎ続けていたエアロバイクの操作端末から鳴る機械音。
天井の換気口から時折響く、微かな風。
口の中は喉まで乾ききっている。額から流れる汗を手の甲で拭い、近くに居た里沙へと問いかけた。

 「…どうしたん?」
 「あ、愛ちゃん…それが…」
 「何であんな近距離で雷を打ったと!?下手したら…っ」
 「ちゃんと加減はしましたよ。
 それにこんな小さい乾電池から飛ばした電気なんて、たかが知れてますってば」
 「たかが知れとるにしては、爆発したんは何でっちゃ?」
 「まぁ、まだ使い慣れてませんからね」
 「……っ!」
 「もう良いよ、れいな」
 「…っ、さゆ…」
 「私もちょっとビックリして、防御が間に合わなかったの…ごめんね、小春ちゃん」

日常的に精神と肉体の鍛錬を欠かさない事がチカラの制御で最も重要になってくる為
喫茶リゾナントの地下に増築された『トレーニングルーム』。
戦闘シュミレーションや基礎体力を養うための機材が霧散に置かれている其処。
里沙が説明するには、今日は久しぶりに全員が集合した事で模擬戦を兼ねてトーナメント形式で
勝負をしようという話になった。
それは本当に何の変哲も無い、いつもの他愛の無い提案。
だが何故か、次第にメンバーでの小競り合いが始まり、ついには小春が無茶な
チカラの行使によってさゆみを負傷させ、今に至るらしい。
本人は早々にチカラで治したものの、れいながまだ眉をひそめて小春を睨む。



 「小春、次はれいなとっちゃ!」
 「ちょっ、田中っち落ち着きなって…」
 「良いんやない?」

その場に居たメンバーの視線は、額の汗をタオルで拭う愛へ。
あまりにも意外だったその言葉は、隣に居る里沙でさえも目を見開いている。
精神系能力者である愛にとって今全員が抱いている気持ちなど手に取るように
分かっている筈なのだが、その表情は平然とし、口を開く。

 「やけど小春はその電撃以外は出したらあかんよ。
 れいなはほぼ打撃系やし、それに―――」

 ―――そんな簡単に勝負を終わらせて満足するん?

愛と小春の視線が交わり、辺りは不気味なほど静寂していた。

 発電(エレクトロキネシス)

精神力によって電子機器という媒体を操作、及び高圧電量を放つチカラ。
操る対象は原則として目に見えているか、電磁波を感知しているか、接触している必要がある。
後天性の異能力ではあるものの、小春には元々念写能力と幻術を持っている為
その素質は十分あったのだが、何かのキッカケが無かった為に発現が遅かったものと思われる。

もっと訓練すれば銭琳の持つ発火能力(パイロキネシス)にも成りそうだが、これは本人次第。
彼女を見ていると、『光』のチカラとはどこまでも無尽蔵のエネルギーだと思えた。
愛と同じ、『光』を主力とする異能。
だが彼女が有するのは光子という安定な素粒子であり崩壊寿命が存在しない。
対して愛のは、不安定の世界で偶発的に発現された『規格外』のモノ。
本当の『光』に成れなかった、『無』の領域。



 「…そうですね」

バチン。
小春のその言葉を合図に、本来腕が存在するべきラインに沿って稲妻の閃光が弾ける。
脳からの電気信号、及びチカラでの細胞変異によって放電現象が発生。
指に挟まれた二つの乾電池が主電源代わり。
この場所を構成している壁に特殊な結界を張っていなければ容易に破壊できるだろう。
れいなの目が一層鋭さを増し、その身を包むのは自身の中で感じるチカラの波動。

 「これだけでも小春は負けませんから」
 「…上等やン。泣いてもしらんけんね」
二人が最初の一撃を放ったのを見届けると、愛は更衣室へと入っていった。
それに里沙が続く。
 「愛ちゃん、何であんなこと…っ」
 「模擬戦なら大丈夫やよ。二人ともそれくらい分かってるし、心配せんでも問題ないって」
 「でも…っ」
 「ガキさんは、あの子らを信用しとらんの?」

愛の怪訝な視線が里沙を貫く。
思わず逸らしてしまったが、彼女は小さな溜息を吐いてロッカーの中から水筒を取り出し、口に含む。
首に張り付く髪を手櫛で掻きあげながら、言葉を投げ掛けた。



 「最近あっちの攻撃も増してるから、こういう時間って貴重やんか」
 「……その殲滅を殆ど自分ひとりでやってるクセに」
 「単独で襲撃された時に少しでも時間稼ぎが出来るくらいはなってもらうがし。
 あたしのチカラは、そんな簡単に出来てないから」
 「まだ、言わないの?」
 「言ったら……全部正直に白状したら、受け入れてくれると思う?」

 ―――信用してないのはどっちなのさ。
里沙は心の中で悪態をつく。急に弱気な事を言うのは彼女の性格だ。
周りにはそんな弱い自分を笑って隠しているけど、頑固でわがままで
なによりも突発的な行動が多い、言えば子供。
思えば初め会った時、彼女は『ダークネス』の復讐心のみで挑んでいた。
なんて無謀、なんて愚考。それでも、彼女は前にしか進めない。
過去にあるのは思い出したくも無い、暗く、寂しく、独りだけの世界。
止まればそこで終わる。だが一歩歩んでしまえば、それはどこまでも付いてくる。
『リゾナンター』と『ダークネス』の戦いはもう個人の問題ではない。

それを愛は自覚している筈。
だから仲間を集め、『闇』との抗戦を続ける日々を送っている。
なのにいつの頃からか、愛自身、仲間を前線に出すことを拒むようになった。

  ―――その自分の迷いに気付いたのは、いつの事だったか。
愛は想う。
多分、『リゾナンター』として初めて戦ったあの日。
『ダークネス』の研究施設で開発されたクスリを投与された戦闘員が
暴走している事を知り廃棄された工場へと乗り込んだ。

女の子が殺されそうになっている姿が目に映り、助け出した。
安堵を漏らし、振り返って初めて、自分が辿ってきた足跡を見てしまった。
―――暗い通路に折り重なるように倒れ伏す、見渡す限りの死屍累々を。



戦っている間に確認する余裕など無い。
自分の身を守るのに精一杯で、ダレを何人殺したかなど覚えていない。

 それ以上に、殺したという意識すら無かったのだ。

頭に浮かんだ最適な手順に従って、ただただ戦い続けていた。
白塗りの通路は夥しい量の血液に染められ、咽るような血臭が辺りを立ち込める。
一番手前の死体が丁度こちらを向くような格好で倒れていた。
ガラス玉のような瞳で自分を殺した少女を見上げている。

―――本当に、これで良かったのか。

頭に浮かんだその言葉を振り払って駆け出す。
小さな女の子を抱きかかえ、外へと通じる道へと足を急がす。
何かに縋っていないと座り込んでしまいそうだった。
女の子を必死に抱きしめて、自分を繋ぎとめていた。
腕の中の温もりと、穏やかな寝顔だけが現実だと。
だからこれで良かったのだと、正しいことをしたのなど何度も言い聞かせた。
 ―――暴走戦闘員の末路など、考えるまでも無いのだから。

それから里沙に会い、れいなに会い、さゆみや絵里、小春、愛佳、ジュンジュン、リンリン。
仲間と居る時は、そんな事も忘れることが出来た。
自分が独りではないという事を知ってから、以前よりも『独り』が怖くなって。

 今の『高橋愛』を見られる事が、怖くなった。

それでも、現実はまるで貼りつく様についてくる。
来る日も来る日も戦いの毎日で、時には数人の人質を助ける為に
数百もの命を奪ったことさえもあった。
血臭にはいつまでも慣れず、数え切れないほどの死体に心が軋むこともあった。


そんな痛みの全てを、迷いの全てを、心の奥に押し込めて。
悪いのは人間を道具のように扱う『ダークネス』であり、自分はその過ちを
正しているのだと呪文のように繰り返して。
喪服の様な黒い戦闘服で身を包み、血に塗れた両手を晒し、ただただ戦い続ける。
慟哭の声を蹴散らし、幾千、幾万と人を殺し、死山血河を踏み越えて、それでも
どんなときでも毅然と胸を張った。

そうする事しか出来なかった。
そう信じなければ、顔を上げて歩く事など出来なかった。

 ―――だが時々、頭の脳裏へと過ぎる違和感。
 自分がしている事は、本当は"間違っているのではないか"、と。

 「なぁ、ガキさんは受け入れてくれると思う?」
 「当たり前でしょうが、何言って…」
 「そうやなくて」

 ―――あたしがもしも『闇』に染まったら、"あっち"は受け入れてくれるかな?

 「あたし、多分そうなったらもう居場所が無くなるし」
 「っ…冗談でも、度が過ぎるよ?」
 「それぐらいの配慮はしてくれるんやないの?なぁ、ガキさん」
 「!!?」
 「別に、最初からそうやとは思っとったから。今更驚くことやないやろ?」




 アンタトアタシハ、テキドウシ

【心の穴】が、まさに徐々にカタチに成ろうとしているよう。
其処に、今其処に居るのは本当に『高橋愛』なのだろうか。
もっと歪で、もっと狂気染みたその両眼は、何処までも、深い。
身体が震えそうになるのを必死で堪える。
酷く青褪めた里沙の表情を、愛は不気味なほど柔らかい笑顔で受け止めた。
途端、後ろから更衣室の扉を開く音が反響し、見覚えのある顔が顔を出す。

 「あの、次新垣さんの番なんですけど、実は二人ともこれ以上無理みたいで
 誰か代わりをしようかっていう話になってはるんですけど…」
 「あーじゃあ、あたしやるよ。ガキさんもええやろ?」
 「ホンマですか?じゃあ皆さんに言ってきますね」

愛佳の声が無くなり、扉の閉まる音を耳にした。
愛はロッカーを閉めると、何も無かったかのように里沙の隣を素通りしていく。
咄嗟に、里沙はぎこちない動きで振り返ってみせる。
反射的に腕を掴んだ―――筈だった。

確かに掴んだ。
それでも愛の腕は本来存在している筈の場所から十センチ前。
突き出した腕が虚空を掴んでいる事に疑問が募る。

 「なぁ、ガキさん」

視線を下げて、息をひとつ吐きながら愛は言葉を紡ぐ。
その背中がいつもよりも一回り小さく、それでいて…。

 「もしも、もしもやで。もしも"その時"が来たら…」



溢れそうで、零れそうで、滲んで濡れていく様を、ただただ見つめた。
視界が、悲しくて、寂しくて、切なくて崩壊を起こす。
何故。何故私は、出会ってしまったのだろう。
過去の幻影が笑っている。
新垣里沙を見て、情けなくて、脆くて、弱くて、莫迦だと戒めている。
置き忘れてしまったかのように、失くしてしまったかのように。
掴んだ筈なのに指の隙間から零れたソレは。

 「―――あたしを、殺して」

そこは、 光に生きるものと闇に生きるものが同時に存在する、完璧な世界。
どちらのルールも通用しない、また全てのルールに基づく世界。
故に美しく、儚く、完全な。

 ―――酷く眩しい"事実"は、絶望への時間をただ無音で歩み続ける。