『異能力-Sing a song gently-[8]』


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。



                                 ←back      next→


正義とは等価交換の原則に従う理念だ。
必ず誰かの命が関わり、生死が問われる。
思想、信条が異なれば、正義の内容は異なりその数だけ「正義」が存在する。
要はそれを生み出す者が居なければ、正義は形にもならない。
その為、悪行を排除した状態が正義が実現された状態であり
正義の実現は悪行を排除しようとする不断の努力によって漸近していくものであるとされてきた。

だが、人間の思想や信条で異なるのであれば、本当に正義は「善」だけなのだろうか?
自身が世界に対する評価や絶対性は、本当にそれだけなのだろうか?

 正義とは、一体なんだろう?





 発火能力(パイロキネシス)

火を発生させたり自由に動かしたりすることのできるチカラ。
主に念動力(サイコキネシス)の応用過程を特化したものだが、その物質に当たるのは『分子』。
空気中の窒素から熱を奪い凝固させ、相手の攻撃を防いだり、直接攻撃も可能。
その際奪った熱量を空気中に戻し、爆発を起こすことも出来る。周囲の物質も対象内。
より上級異能力者であれば、一定空間をまるごと凍結させたり
真空を生み出すなどの大規模な攻撃が可能になり、分子配列の変換も可能となる。
銭琳(チェン.リン)は元々念動力(サイコキネシス)の素質を持っていた。
能力の発現範囲は彼女がイメージできる場所まで可能であり、遠距離、近距離関係なく
そのチカラは人間に多大なチカラを齎すだろう。

 だがそのチカラの自由化を遮断し、触れた物質のみと限定していた。
 それは国務院と同等であり、影で存在し続ける最高の国家権力執行機関『刃千吏』で学んだ事。

強大なチカラの進む先は最早、破壊の螺旋しか紡ぐ事は無い。
それは誰しもが避けたい結末であり、誰しもが恐れる現象だ。
再生と修復という「生」を司ることは困難を極める。
機関の目的は国の御神体と呼ばれる神々の『チカラ』を守護する事。
現代まで語り継がれている秘祭や秘儀、神秘を正しく管理するためだけに機能する。
言わば正義の下で敵を処罰し、保有する者達とされてきた。
 ―――神の使者として。



その為、東洋国である『日本』で李純(リー・チュン)が発見され、密輸団との接触、そして戦闘に
遭遇したことで、銭琳の潜入範囲はこの『日本』が主となる。
その上、自衛団として結成された『リゾナンター』の殲滅目的である『ダークネス』が
機関でも危険視をした事から、リーダーである高橋愛と機密に協定を結んでいた。

 『ダークネス』
銭琳が機関から知らされた情報は、その組織の半分にも至らない。
国籍、ジャンルを問わず、異能力を使う者たちによって作られた組織、及び自衛団体。
最高位の異能者には鎖を冠した称号を与えている。
聖遺物や魔術に関する書物、地脈が歪んだ霊地さえも全て『ダークネス』が制圧していた。

自らを脅かす者達から身を守るために武力を持ち、異能力の更なる発展のための研究機関を持ち
チカラによる犯罪を抑止するための法律を敷く。言わば『粛清者』だ。
ただし研究過程で人間社会の法を犯したとしても処罰せず
反逆の存在が露呈する事態を引き起こす場合にのみ処罰をする。

策謀渦巻く権力闘争の場で、外部にアピールするための威光は欲されるが
内部で輝きすぎる新参者は当然疎んじられることが多いという。
その『ダークネス』を束ねるのは『アサ=ヤン』という自衛団らしいが、この組織は未だ不詳。
理由は当然、非公式の団体は国のデーターバングでは到底辿り着かない。
例え『刃千吏』の権限を駆使したとしてもそう易々と国外の特別機関に流出する筈も無く。
愛が何かを知っている素振りを見せるものの、どこか口を噤んでいる。

その辺りは、頃合いを見て本人が口を開けるのを待つしかない。




  ―――ここで、銭琳にはもう一つの目的が命ぜられている。
その組織内にある聖遺物、魔術の回収。
及びその土地の調査と、研究機関に重宝されているとされる資料。
『刃千吏』に属している人間にとって、それは必須事項として任務に取り込まれる。
同時に李純にも危害が及ぶ以上、さらなる神の冒涜を成し遂げようとするモノは
全て収集しなければならない。

それが全て正しい事だと教えられてきた。
それがこの世界にとって、神々にとって一番の僥倖だと。

 「銭琳、お前の幸せって何なの?」

  ―――この人が居なければ、そう思って居られたのに。



李純(リー・チュン)がもともとアルバイトとして雇われていた中華料理屋。
其処に銭琳(チェン.リン)も一緒にと誘われて早2ヶ月。
喫茶「リゾナント」との掛け持ちではあるものの、あちらは休日の方が客の回転が速い。
その為、平日はこの料理店で働くことを決意した。

メンバーからも喫茶店に顔を出せば全員が二人の出迎えをしてくれる。
暖かいコーヒーや美味しい料理をご馳走してくれたり、能力によって
マジックと言う名のビックリを仕掛けてくる人や、身体を気遣って健康グッズを
試してくれと何十種類も使わされたり。
中でも愛と里沙は本当に良くしてくれる。




同調能力者だから、というのもあるのだろうが、なによりも人の態度
表情、口調からその僅かな違いに敏感なのかもしれない。
里沙はそのチカラによって人間の構成を全て知っている。
対して愛も、人間が持つ心を捉えることには並みの能力者よりも上手。
直接その身に触れた人間だから分かる『脆さ』

その気持ちが、銭琳にとって安らぎとなっているのは事実だった。
組織の中では緊迫した空気と、張り詰めた静寂の中にある無言の怒号だけ。
銭琳は最年少にして『刃千吏』へと志願した。
どの組織でも上下関係は厳しい。
その認識を受けてリゾナンターへの加入希望を了承した時も覚悟していたが
まさかこんなにも温和で、温厚な人達だとは思わなかった。
もっと言えば、リーダーである高橋愛は自身とあまり違わない年齢ではないかとも。
だがその戦闘技術にメンバーとの関係性。

心の内にどんな葛藤があったとしても、それを決して表には出さない。
その強さが、銭琳や他の仲間たちが羨感しているモノでもある。

李純(リー・チュン)と同じく、まるで神々と共に戦っているかのような…。

 「リンリン、こコにイタの?」
 「あ、あレ?どうしたノ?ジュンジュン」

そのまま集中してしまったのか、テーブル拭きを持ったまま立っていたらしい。
いつもならこんな油断はしないのだが、少し安心し過ぎているのだろうか。
組織に居たなら上官に怒られてしまう事も、隣から聞こえる声は優しさを秘めていた。




 「ダイジョブ?グアイがワルいとカ?」
 「ううン、そうジャないけど…。
 それよりジュンジュン、もウ帰る時間ジャないノ?」
 「ア、実はオバさんガ夕食を食ベてイかないカって」
 「エッ?ホントニ?」

珍しいことではない。
夫婦で此処を営み、その人柄も働く時から優しく、温かい印象を受けた。
二人での共同生活をしている事も知っている為、何度かその手の誘いも受けている。
だが最近は経営不振か何かで相談事業にも行っている事を知っていた為
今日も「リゾナント」に行こうかとも考えていたのだが。

 「ナンカ、スゴク嬉しソな顔、してタ。「大量ニお金が入っタ」とカなんとカ」
 「?…デ、ジュンジュンはドウスるの?」
 「リンリンニ任せル」

そんな経緯により、銭琳はそのご好意に与る事にした。
李純はいつも人の話を聞かないように思われているが、メリハリはしっかりとしているし
家事や料理なども故郷の料理を何度か作ってくれた事がある。
もしかしたら、これが「母親」なんだろうかとも思えるときもあった程。

 「…あ、やっと来たか」
 「……!?オマエ…!」
 「オマエとはまた随分と嫌われたみたいだなぁ一応年上なんだけど…」

我に返るとテーブルには大量の料理と、その席に座る見知らぬ女性。
李純は明らかに警戒するように威嚇している。
まるでそれは、敵と対峙している姿と同じ。




 「オバちゃーん、これのおかわりあるー?」

お皿を差し出しながら料理を食べる女性の前に銭琳は佇む。
数秒間の間でその女性の特徴、武器の所持、身体能力の活動範囲の予測。
全てを把握しようとし、視線に気付く。

 「そんなに警戒しなくても良いよ。こんな公の場じゃあ何もしない」
 「…他の場所なラ襲撃もアリエルってコトですカ?」
 「そっちの出方次第だよ。ま、この状況ならそっちも同じだと思うけど?」

「座ったら?」そう言い、席へと促す女性。
視線で李純と結論を出し、二人は自然を装って席へと着く。
現在店内に入る人数は自分達を含めて7人。
その中にもしかしたら戦闘員も紛れ込んでいるかもしれない事も考え、警戒を解くことはしない。

 「こっちがジュンジュンで、こっちがリンリンか。本当に中国人なんだな。
 でもこっちに来てからケッコー悠長な日本語になったじゃん」
 「ソノ国に応じてノ言語を勉強すルのは当たり前ダと思いマス。
 それニ言語と文化を学ぶコトによっテ、複眼的な視点に立ち、日本的なモノノ見方・価値観ヲ
 相対的にとらえ直すチカラも養ウコトが出来マス」
 「それが、あっちで学んできた教えってヤツ?」

銭琳は言葉に詰まる。
先程の物言いは、明らかに組織の実態を知っている。
公式で発表すらされていない筈なのに、と、脳裏に多少の戸惑いが過ぎる。





 「言語とはコミュニケーションのための記号体系。
 人間が文字、及び音声によって感情や思考を表現、伝達する活動。
 言語生活の中では最も必要とされるモノだよな。うんうん、確かに大切だ」
 「…ナニガ、言いタイんですカ?」
 「簡単に言えば、人間と人間が伝える為にはまず言葉で表現しなくちゃ行けない訳だ。
 普通の人間に精神系能力なんて備わってないから、話さないと気持ちも伝わらない」
 「ソレがなニ……」

  「じゃあ何で、その言葉に躊躇してるんだ?」


女性の言葉に理解が出来ない。
李純は目の前にあった麻婆豆腐に大量の七味を入れてヤケ食いしているし
女性は女性で暢気に烏龍茶を飲んでいる。
店内には客のざわめく音と、調理する音。

銭琳の周りだけが、不気味な静寂で覆われていた。

 「…ワタシが、躊躇…?」
 「別に言葉が通じないワケでも無いし、それが重要なコトだって事も分かってる。
 それなのに、何で伝えることをしないワケ?」
 「ダカラ、ワタシがダレに何を…っ」
 「言ってほしい?」

女性の声が僅かに低く、それでいて無機質に響く。
まるで呆れたように、まるで退屈そうに。
銭琳の器はそれだけの質量でしかないのかと嘲笑うかのように。




 「銭琳、国家権力執行機関『刃千吏』で最年少にして入隊を志願。
 正義の下で敵を処罰し、保有する者が集うその組織があんなんじゃなあ」

―――心臓が、凍りついたようだった。

李純の心配そうに覗き込む視線に答えることも。
笑みを含む表情を浮かべた女性を直視することも。
まるで全身が寒気を起こしているかのように、冷たく、寒い。

 「知ってるんだろ?国の御神体と呼ばれる神々の『チカラ』を守護する事
 なんて言うのは表向きだけ。影ではその為に一度で何十、何百の人間を死に負いやってるんだか。
 あ、収集だけに専念させられてる人間にとっては知らない事実なのも無理ないか」
 「……っ」
 「何かを護るって事は、それと同時に戦うって事だ。
 戦うって事は、誰かの生死が関わる。正義なんて者は、それを唱える為の道具だよ」
 「…デモ、ダレかガそれをヤらなくちゃいけなイ。ダレかを救えるならワタシハ…」
 「それで、自分の命を犠牲にしても良いってか?ハッ、違うな。そんなもの、一時的な感情の揺らぎだよ」

誰かを救っても、それはただの気休めに過ぎない。
正義を語っても、誰かはそれを悪と呼ぶだろう。
そして救われた人間は、本当に善への道を必ず歩んでいくものだろうか。
何かの弾みで、正しい道を外れる者も居るだろう。
人間の『脆さ』とは、そこからも漏れ出し始める。



『闇』が紡ぐのは究極の所、『闇』でしかないのだから。
永劫続いていく未来の先、残留するのは"破壊"しかない。
そう女性は言い放つ。
 「人は再生させるよりも壊すことの方が得意だよ。
 壊すことで再生があると思い込んでる。だから破壊の螺旋を止めるなんて事は不可能に近い」
 「…っ、アナタ達だっテ、それヲ知っててナンデ"悪"になんてナッタっ?
 偽りノ"正義"を語っテ、ソレで満足カっ?」
 「本当の"正義"なんて無いよ。言葉も行動も、それを成す人間が現実にさせるんだ。
 お前達だけが善人なんて都合の良い事を考えるな。
 其処に居る"神様"だって、まるで赤ちゃんみたいに壊すことが好きみたいだしな」
―――今、何を言ったのだろう。
隣でお皿と箸を置き、無言のままで俯く彼女が居る。
見れない、何故か、顔が直視できない。
 「そもそも、"神様"が"善"だって誰が決めたんだ?本人がそう言ったのか?」
 「……それは…」
 「信仰深い信者ってヤツは本当に厄介だな。組織にもそんな人が居たよ。
 最も、本当の闇の中に還ってったけどね…。」
一瞬、女性の表情に影が浮かぶものの、席を立った時にはそれは無くなっていた。
 「銭琳、お前の幸せってなんなの?」
 「幸セ…?」
 「見ず知らずの人間の『闇』を抱えて、身体をボロボロにして、それでほんの小さな
 幸せを願って、お前、本当にそれで良いのか?」
 「……」
 「…そのままだとお前たちはいつまでたっても絶望には勝てないよ」



女性は―――吉澤ひとみは吐き捨てるように言って消えた。
李純と銭琳は動かない二人を心配して駆け寄った小母に声を掛けられるまで
ただただ自身の『闇』を見つめていた。

 ―――『光』が、『闇』へと沈み行く瞬間を、ただジッと…。