『異能力-Guilt-[5]』


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イメージとは認識だ。
人の認識の原風景。
意思や感情、思想、論理の集合体。

始まりも終わりもない、混沌の世界。
変容し続けることで認識し、人の意識でそれは形成される。
理解するものではなく、感じるものだった其れ。

やがて其れは、狂暴な存在となって人間に固定化されて理解する。
理解しながらも変容し、イメージは次々と書き換えられていく。
「心」に刻まれたイメージは二重、三重へと膨張し、合成され、徐々に形を求めるようになった。

 ―――それが、人々が抱く『人間』の本質なのかもしれない。




 念写能力(ソートグラフィー)

心の中に思い浮かべている観念を印画紙などに画像として焼き付けるチカラ。
それは超心理学において透視能力とも酷似する。
現前していない感覚の経験をしていない現象や物体が対象となるが、決して予知ではない。

心的イメージは、様々な意識的コントロールの度合いを持つ存在。
やがてそれは一つの"世界"となり、精神的空間の中で生まれ、"具現"した。

  幻術(ハルシネーション)

広範囲に存在する対象者の精神を支配するチカラ。
人間の精神面における隙を突いた暗示であり、相手の行動を精神面から抑制してしまう。
精妙な幻術は、見る者にあたかも本物のような感覚を植えつける。
鍛錬を積めばその幻を本物にする事も可能。
だが里沙の精神干渉とは違い、あくまで"後押し"をするモノだ。

 それが、小春が初めて発現した異能力であり、"世界"と向き合った瞬間だった。



 「…ではこれから取材に入りますので、準備お願いしまーす」
 「はーい!」

楽屋のドアが開き、スタッフの姿を確認すると、小春は満面の笑顔で受けた。
ふと、スタッフと入れ違いで入ってきたマネージャーが小春の前にある写真に目を留めた。
その視線に気付いたのか、小春は素早く机の裏へと隠す。



 「何だかたくさんあるわね。どこか行ったの?」
 「あ、はい。この前のお休みに遊びに行ったんです♪
 でも恥ずかしいから見ないで下さいよぉっ」
 「へぇ、良かったらその話も記事に載せてもらわない?
 今回は日常的な話も入れ込んでもらおうと思ってたところだから」
 「ホントですか?じゃあどれか貼り付けてもらっちゃおうかなぁ♪」
 「じゃああっちで待ってるから、なるべく早くね」
 「はーい☆」

ドアが閉まる音が鳴った途端、小春は満面の笑顔を文字通り"消した"。
再び写真へと視線を落とし、溜息を吐く。

 "此れ"をあんな子供向けの雑誌になんかに載せたら刺激が強いだろうな。

他人事のように思い、一枚を手に取る。それは、"世界"に存在する有り触れた情景。
ダークネスという『闇』が生み出すイメージ。久住小春の"具現化した"空間。


 ―――それは、まさに地獄絵図のよう。

鉛色の雲に覆われ、果てしない砂埃に閉ざされた戦場。
誰も彼もが死んで、死んで、ただ死んでいった。

血に染まる世界に吹き荒れていた激しい風はいつしか止み、静寂に包まれている。
異能力によってすり鉢状に陥没する幾つもの地面。
建ち並ぶコンクリートの残骸はガラス状に融解したまま尚も赤熱し
この地に叩きつけられた攻撃の凄まじさを物語っていた。



戦場跡を歩くと、爆発に巻き込まれて炭化した亡骸があちらの構成員によって運ばれていく。
銃殺や刺殺、撲殺に絞殺という何十もの「殺し合い」。
闇に取り込まれたような黒い服を血に染め、苦悶に見開かれた目を空に向け
小さな手を必死に伸ばして事切れた、まだ幼い『敵』 

 だが、これは戦闘なんかではない。異能力自体の『虐殺』だ。

自分と全く変わらない、子供たちの亡骸が其処には映し出されていた。
これが、―――小春が感じているイメージ。いつか来るかもしれない、『闇』のイメージ。

 「力を貸してほしい。私たちには仲間が必要なの」

そういった"リーダー"は、この映像を見たらどう思うだろう。
またあの時の、"逆念写"と偽ったあの時のように。
何も言わずに、この先の"未来"を信じようとするだろうか。

正直言えば、小春はまだあの時を忘れては居ない。
『闇』を消すためのリゾナンターの中に居ると思われる『裏切り者』。
あの時は大半が小春に対して良くは思って居なかった。

それでも、それを分かっていながらあの提案をしたのだ。
"仲間"の居る中で抱き続ける孤独が、そう叫んでいたから。

 「…私は、皆とは違うんだから…」

写真を無造作に鞄へと押し入れると、小春は部屋を出た。
今は仕事だけを考えよう。今は、今だけは『久住小春』ではないのだ。



―――不穏な気配は、そのスタジオ全体を覆い尽くしていた。
これが、ダークネスが科学的に開発したという『結界』だろうか。

 「…久住小春ちゃんだね」
 「貴方がダークネスの人?」
 「別にそんなに警戒しなくても良いよ。私は何もしないから」

作られたセットの椅子に、笑みを浮かべる白衣を着た女性が座っている。
照明や家具もそのままな上に、女性の趣味なのだろうか。
テーブルには二人分の紅茶とケーキが置かれてあった。

 「何だか喫茶店チックで良いね。こういうところで食べるのなんていつ振りだろ」
 「…用件を早く言ってください」
 「毒物なんて入れてないよ。糖分は脳にとって重要な栄養源。
 無粋な真似をするなんて愚かだと思わない?」

そう言い、女性はフォークで切り取り、口に入れる。
それでも小春は一切の油断を見せないように椅子へと座り、ただ見据えた。
「しょうがない」とでも言いたそうに溜息を吐くと、紅茶を一口含む。

 「何かアレだね。肝が据わってるって言うか、私が居たことの疑問とか、動揺が全く無いね」
 「…そっちがリゾナンターに対して何かあるとしたら、一つしかないじゃない」
 「あーうん、普通に考えればそうなんだろうけど。あのさゆが"教育係"とは思えないなって」

―――ピクリと、小春の顔が曇る。
あさ美は何事も無かったかのようにケーキへとフォークを刺す。
気を緩むな。警戒しろ。そう自身に言い聞かせながら、小春は苛立つのを堪える。
相手は科学者。人間という一つの実験体を知り尽くしている存在。

呑まれれば、負ける。



 「…道重さんを、知ってるんですね」
 「うん。知ってるよ、あの子のクセとか性格とか、能力とか全部」
 「自慢みたいに聞こえるんですけど」
 「悔しい?」
 「そんな訳ないじゃないですか、ただの教育係ですよ?」
 「そっか。あとれいなも知ってるよ。あの子は人見知りだから、貴方の扱い
 もそうとう不器用なんじゃない?」
 「…そうですね。もう完全に嫌われたほうがスッキリするんですけど」
 「でもあの子は優しいから、戦いでも前線で戦ってるんだろうね。
 貴方達を守ろうって躍起になる姿が簡単に浮かぶよ」

動揺を誘うための心理的言動。この場作りもその為。
嫌な性格、小春はそう思い、わざと溜息を大きく吐いた。

 「…まさかそんな話をするためにこんな事をしたんですか?」
 「怒ってる?」
 「理解が出来ないだけです」
 「じゃあここからは別に独り言だって思っても良いよ。強制はしないから」
 「……」
 「小春ちゃんはさ、トッペルゲンガーって知ってる?」

ドッペルケンガー。二重の歩く者。
生きている人間の霊的な生き写しであり、自身と瓜二つの身なりを持つ存在。
そして、邪悪なモノだとされている。
自分の姿を第三者が違うところで見たり、自分で違う自分を見る現象が此れの成り立ち。

 「「寿命が尽きる寸前の証」っていう伝承があったから、人間は
 『闇』だって恐れていたんだろうね、まるで自分が自分を殺しに来るって」

だがこの現象にはある科学者の研究によって解明された結果が在る。



それは脳のある領域に脳腫瘍ができた患者が見るというもの。
この脳の領域は身体的心像を司ると考えられ、機能が損なわれると認識上の感覚を消失する。
そしてあたかも「もう一人の自分」が存在するかのように錯覚するというモノだ。
他にも脳腫瘍に限らず、血流の変動による脳の機能の低下によっても起こる事が判明されている。

 「このように脳がなんらかの機能障害を患い、死期が近い人がドッペルゲンガーを見る
 っていう事からその伝承が生まれた、で終われば良いんだけど、第三者の目撃が
 認められているうちは、まだオカルト的見解が残ってるってワケ」
 「…それが、何なんですか?」
 「うん、まぁこれからが本番なんだけど、そもそもこの研究の大本って何だと思う?」
 「おおもと…?」
 「このトッペルゲンガーっていう存在が出来た理由…みたいなものかな」
 「それは、その脳の病気が…」
 「それは結果だよ。トッペルゲンガーっていうものが『闇』だって思われたそもそもの理由」

自身と同じ存在を第三者が見たり、自分自身で見る現象の成り立ち。
人の中で歪んだ混沌の世界という心理的空間から生まれた感情。―――それは、恐怖。

 「先入観、いえば固定観念だよ。人は『闇』が恐ろしいものだっていうのが当たり前になってるんだ。
 それが通常ありえないものへと変えて、人へ人へと巡っていく。小春ちゃんに近いものだと、イメージかな」
 「イメージ…」
 「人は自分で認識しないと納得しない。認識できないものが怖いから。
 そしてイメージは人の形をしていく、それがトッペルゲンガーが出来た理由だと私は思ってる」
 「…でもそれはあなたの仮説ですよね?」
 「多重人格っていうのがあるほどだから、間違っては無いんじゃない?
 それに、小春ちゃんも分からないことは無いでしょ?」
 「……」
 「心の中に思い浮かべている観念を映し出す念写能力の保持者であり
 他者のイメージの中で生まれた『月島きらり』という人間が居る貴方なら」
 「……っ」



『月島きらり』
それは、この"世界"の『久住小春』の名前だ。
デビューからわずかな時間で芸能界におけるトップアイドルの座に上り詰めたという経歴によって
普通の田舎者の女の子がトップアイドルへというその道に誰もが憧れ、希望を抱く。
―――それが、小春に"世界"が示したイメージそのものだった。

 「常識?非常識?そんなのは自分の中にある心が決めるんだよ。
 全ての科学も解明者によって結果付けられたものに過ぎない。
 だから貴方にも興味はあるんだよね、心像世界と現実世界を行き来して尚も『光』を求め続けてるその心が」
 「…小春は…」
 「『闇』が怖いっていうのは貴方の固定観念だよ。
 トッペルゲンガーという自身ではない自分に怖がるように、『光』という常識に
 捉われてる内は、ただただ怯え続けるだけ。
 まぁ違いがあるとすれば、貴方の異能力は病的なものじゃないって事かな」
 「……」
 「同時に、『光』がまた希望だっていうのも、人の固定観念だと思わない?」
 「ぇ…?」
 「光に頼ったままだと、頼りすぎて自分ひとりじゃ『闇』の中も歩けない。 
 だからだよね、貴方がまだ、あそこに慣れてないのは」

―――言葉が、出てこなかった。
小春は愛のように精神感応は持っていない。
だがこの職業についてから、人間の中にある意識、思想なモノは手に取るように分かった。
だから信じられない、信じるのが怖い。

 自分にとって『光』だと思っていた道が、結果的には『闇』だった事に気付かされた。



だから、"仲間"なんてものに執着心を感じたのかもしれない。
自分を裏切らない、信じられるかもしれない、分かり合えるかもしれない。
そこに形となって出来た『光』ならまだ、救いがあるかもしれない。
―――そして出てきたのは、『裏切り者』という『闇』

 「…じゃ、そろそろ予定時刻だから帰るね」

気付くと、女性の前にあったケーキは全て無くなり、お皿さえも消えていた。
立ち上がり、耳に手をかざして何かを呟くのを見て小春は慌てて立ち上がると、女性に叫んだ。

 「だからって、闇が希望だなんて思わない!」
 「それも先入観だよ。『光』の中でただただ見てるだけだからそう言えるの。
 『闇』だけに全部押し付けてる間は、チカラを完全に使いこなせる事は絶対に無いんだよ」
 「…っ、私、貴方が嫌いです」
 「……私は紺野あさ美って言うの、久住小春ちゃん。それと、その気の強さがアダにならない様にね。」 

笑みを浮かべて、あさ美は消えた。
瞬間、異様な空気は無くなり、何事も無かったかのように人が集まってきた。
マネージャーがスタッフと話をしていた後、小春に気付く。

 「ごめんなさい。ちょっと手違いがあって時間が遅く……?どうしたの?」
 「…なんでも、ない」
 「…?あら、何でケーキがここに……」



―――それはあなた自身が向き合わなければいけない問題だから

あの時の感情に似たモノが、身体の中で沸き立つ。

 「小春だって、分かってるよ…そんなこと…」

下唇を噛み、小春が呟いた言葉は誰にも知られること無く闇に消えた。
一瞬パチリと、手に煌く一筋の光さえも。