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魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」11-5


892 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 22:16:29.57 ID:quxpU4cP
――5年前、魔界の小さな村

ガチャリ

勇者「……」

きしり、きしり……

かちゃり

勇者 そぉっ

執事「……こんな夜更けに、どちらに夜這いですかな~」

勇者「ちょ。爺さん、なんてことをっ」びしっ
執事「もがっ。もがっ。こ、呼吸がっ。げふっげふっ」

勇者「あ、ごめん」
執事「危うく殺されてしまうところでしたぞっ!」

勇者「良いじゃないか、もう十分生きただろう?」
執事「さっぱりした顔をして鬼も顔負けな恫喝台詞をっ!?」

勇者「あ、いや。すまん。悪気はないんだ」
執事「一般会話へたくそですからね。勇者は。童貞ですから」

勇者「童貞で悪いか」
執事「いえいえ、にょっほっほ。……さてはぱふぱふに?
 こんな小さな村にはぱふぱふ酒場もありませんぞ」

勇者「えっと、ちょっと、星を見に」
執事「ほしぃぃぃ?」じとー

勇者「いや、すんません。嘘つきました」
執事「判れば宜しい。さ、庭にでも出ましょうか」
893 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 22:25:32.97 ID:quxpU4cP
執事「……良い風ですな。確かに星も綺麗だ」
勇者「そうだな。綺麗だ……」

そよそよそよ……

勇者「……」
執事「……」

勇者「んじゃ」
執事「……」

勇者「えっと、さ」
執事「ええ」

勇者「行くよ」しゅたっ
執事「はい」

勇者「止めないのか」
執事「止めて良いのか、考えているのです」

勇者「……」

執事「わたし達は、あなたに科せられた枷のようなものですから。
 あなたにとっては、やはり重荷なのか、
 窮屈なのかとも考えます。
 そもそも……この際ですから聞いてしまいますが
 あなたが世界を救う理由は、無いような気さえする」

勇者「……」

執事「聞いて良ければ。……どうしてですか?」

勇者「他にやること無いからだよ」
執事「……」

勇者「だってそうじゃん。魔法使えるし、剣技も使えるけれどさ。
 こんな化け物、学院でも騎士団でも雇ってくれないよ。
 どこに行っても歓迎されるけれど、
 ずっと住んでくれなんて云う村も町もなかっただろう?
 “有り難いには有り難いけれど、
 ずーっといられても困っちゃうのよね~”とか。
 勇者って、そういう感じじゃん?」
897 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 22:38:38.56 ID:quxpU4cP
勇者「おれ、頭悪いから、よく分かんないだけどさ。
 ――多分、おれ人間じゃないんだ。
 だって人間は俺に優しくはないもの。
 でも人間じゃなかったらなんだろうって考えると、
 俺ってやっぱり勇者なんだよね。
 しかたない。
 人間に生まれたこと無いから、なんで嫌われるかは
 よく判らないんだけどさ」

執事「……」

勇者「弱いってさ。弱くて一杯いるってさ。
 すげー暴力的だよ。
 弱い奴らが不幸になると、
 それが真実かどうかなんてお構いなしに
 近場にいる強いやつを一斉に指さして、お前が悪だって言うんだ。
 そんでもってそれに抗議をすると、
 “ほら、やっぱり私たちを責めるんだ! こいつは悪だ!”
 って大喜びしてさ。そう言うのってすごい暴力的だ。
 そういう意味では、俺はたしかに、救う理由なんて無いけどさ」

執事「……はい」

勇者「でもさー、やっぱりさー」
執事「……」

勇者「全部を嫌いになるのは、無理」 にかっ
執事「……」

勇者「だって、みんな健気なんだもん。優しいし、温かいしさ。
 ただ、そういうのが、俺に向かってないってだけでさ。
 基本的に人間は良いやつばっかりだ。
 じいちゃんが、最後には帳尻があったって言ってたけれど
 幸せだけなんてないんだよな。
 たぶん、帳尻が合うだけ。
 全てはモザイク模様で、白と黒とのコントラスト。
 白だけとか、黒だけとか、そういう手に入れ方は出来ないんだな。
 たぶん“全部もらう”か“全部要らない”かしか
 選べないセットメニューなんだよ。
 ……だから、俺がどんなに辛くても、
 誰かにとっては大事なこの世界は、壊しちゃいけない」
898 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 22:41:16.74 ID:quxpU4cP
執事「勇者……」

勇者「爺さんとか、あの二人と一緒にいるとさぁ」
執事「……」

勇者「なんか、人間みたいな気分で、楽しいわけだ」てへっ
執事「……」

勇者「だから倒してきてやるよ。魔王を。
 それくらいの幸せは、受け取った」

執事「……」

勇者「それにさ。やっぱ、もてたい訳よ」
執事「そう、ですか……」

勇者「童貞だから」
執事「童貞ですからね」

勇者「期待しちゃう訳よ」
執事「そりゃしますな。期待こそ青春ですから」

勇者「だから」
執事「?」

勇者「そのうち、なんつーか。ほらよ、なんつーかな!」
執事「はい」

勇者「“わたしのものになってくれ”なんて云ってくれる人が
 ……俺にだって現われるかも知れないじゃん?
 魔物殺すのと都市壊すのくらいしかできないけどさ。
 俺は人間じゃないから、仲間はずれだけどさ。
 そんなのは、俺のセットメニューに
 入ってないなんて判ってるんだけれどさ。
 そう言うこと云ってもらえるのは、人間なんだろうなって。
 ――でも、
 そういうの、期待しちゃうんだよ。馬鹿だから」
911 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 23:17:20.66 ID:quxpU4cP
――開門都市近郊、聖鍵遠征軍本陣内、豪奢な天幕

ザザザアアアーーーー!!
  ゴゥゥン! ゴロゴロゴロゴロ

大主教「落ちたな」
従軍大司祭「は?」

大主教「黒騎士が落ちた。……勇者と呼ばれていた男だ」
従軍大司祭「勇者が!?」

大主教「勇者は光の精霊を裏切ったのだ。その証拠に精霊の
 祈りの力を受けて身動きも叶わなくなり、地に落ちたではないか」

従軍大司祭「そ、そんな」

大主教「騎士団よ」

百合騎士隊員「はっ! 猊下」

ちゅぷ、くちゃぁ。
 ――ころり、ころり。

大主教「勇者は激しい雨と落雷を呼び寄せたが、
 祈りの結界に閉じ込められて戦場に落ちた。
 その能力は、祈りの続く限り、腕の立つ騎士の一人と大差ない。
 聖なる祈願を込めたマスケットと百合騎士隊で
 捉えることが出来るだろう。
 良いか、必ずや捉えろ。
 むしろ、殺してしまえ。
 ただしその首は持ち帰るのだ……」

従軍大司祭「まさか勇者が……」

ザザザアアアーーーー!!
  ゴゥゥン! ゴロゴロゴロゴロ
912 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 23:19:13.90 ID:quxpU4cP
大主教「勇者はもはや闇に堕ちたのだ。
 漆黒の鎧をまとい、魔族に味方をし
 精霊の遠征軍に雷の刃を向けたのが、その証し……。
 教会は、精霊の御名により、彼の者に異端の烙印を押す」

従軍大司祭「お、御命をうけたまわりましてございます」
百合騎士隊員「ははぁっ」

 ふわり

大主教「行けっ。すぐさま伝えよ」

 執事「そうはいきません」
  ひゅばっ! キィン!

大主教「行け」
従軍大司祭「はっ、はいっ」

 ダッダッダッ!!

大主教「そなたは……。見覚えがある。聖王国の」
執事「勇者の仲間です」

大主教「背教者め」
執事「その黒い呪力。……魔王になりましたなっ」

 ひゅん! ひゅわんっ! ビキィッ!

執事「その魔力っ。防御力っ。大主教ともあろうものがっ!」

ちゅぷ、くちゃぁ。
 ――ころり、ころり。

大主教 にまぁ

執事「……っ!? それは、刻印王のっ!?」
915 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 23:24:06.52 ID:quxpU4cP
大主教「われは人間だ。
 徹頭徹尾、ただの、無力な、か弱い人間だよ。
 はぁっはっはっは」

執事「偽るおつもりかっ! あなたが黒い意志ではないですかっ!?」

ガギンっ! ヒュドンッ! キン、キィン!

大主教「見えない魔弾か。造作もない」
執事「人間に弾けるはずもないっ」

大主教「人間に撃てるものは、みな人間に防げるのだ」
執事「その力は、魔王の力だっ」

キュン、キィン!

大主教「だが我は人間だ。この眼球を我が眼窩に移植をすると?
 それは。くっくっく。
 確かに魔王の資格も得るだろうが、
 それでは“勇者の敵”になってしまう」

執事「……っ!?」

大主教「勇者は強い。魔王が弱いこの時代において、
 その力は、世界でもっとも強大なもの。
 それが赦せぬ。
 この世界は人間のものなのだ! あのような超人の闊歩する
 箱庭ではない、我らが、この世界の王なのだっ!
 くっくっくっく。はぁーっはっはっは!
 何が悪い!? 人間が人間のまま、魔王を! 勇者を!
 あやつら人外どもを越えて何が悪いというのだ!」

執事「だとしたら同じ人間としてあなたを
 生かしておくわけにはいきませんぞっ!」

ギィン!

大主教「“鉄甲祈祷”、“魔盾祈祷”、“光輪祈祷”っ」
執事「……っ! おされるっ!?」

大主教「たかが弓兵ごときが、我にかなうと思っているのか。
 勇者は光の縛鎖にて――“人間の悪意”にて縛った。
 もはや我を越える力を持つ者は、この世界にはいない」

執事「っ!?」

大主教「次は、『聖骸』を。そして世界は真の平和を得るのだ」
926 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 23:41:53.21 ID:quxpU4cP
――地下城塞基底部、地底湖

ブゥウンッ!

メイド長「今の映像は……」
女魔法使い「……遠隔視の術式」

メイド長「あれは、あの男はなんなのですかっ!」
女魔法使い「……」

メイド長「あのような人間など。
 なぜ今まで隠していたんですかっ。女魔法使い様」
 ゆさゆさっ

女魔法使い「汚点」

メイド長「え?」

女魔法使い「……一族の、ミス」

メイド長「とは……?」

女魔法使い「……遙か昔、1400年前に人間世界へと出た図書館族。
 その、子孫。末裔。……それが、あれ」

メイド長「そんな、図書館……わたし達の、一族?」

女魔法使い「……存在の可能性は認識していた。
 幾つかの事象から、その実在が高い確率で想定できた。
 でも、正確に誰がそうなのか判ったのは、今が最初」

メイド長「そんな……」

女魔法使い「あれが、魔王と勇者がやろうとしていることの、
 もう一つの側面。眼をそらしては、いけない」
930 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/10/13(火) 23:47:22.82 ID:quxpU4cP
メイド長「……」

女魔法使い「……人々を善導する意志が、歪み、腐り、淀む。
 善意はやがて支配へとすり替わる。
 全ての革命の行き着く先。その、なれの果て。
 魔王と勇者が産もうとしているのは、あれかもしれない」

メイド長「だからといって、歩みを止めるわけにはいかない。
 それは死です。全てが腐敗するとしても、だからといって
 腐敗するために生きるわけではない」

女魔法使い「……」

メイド長「違いますか?」

女魔法使い「……“仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明”」

メイド長「なんですか、それは」

女魔法使い「……明滅している現象だけが、生だと。
 永遠の光も、永遠の闇も。永遠という意味では透過。
 永遠は死。なぜならそこに時間の経過はないのだから。
 明滅だけが永遠ではない。永遠でないと云うことは、
 つまり、明滅の許容」

メイド長「わかりません。そんなことは。
 ――それより、まおー様は!? 勇者様はっ!?」

女魔法使い「魔王は死地に向かっている。勇者は死にかけている」

メイド長「何をしているんですかっ。お助けしなくては」くるっ
女魔法使い「いかせないっ」 がしっ

メイド長「っ!」

女魔法使い「勇者は、全部を掛けると云ったっ。
 何でも払うと云ったんだ。だから、行かせない。
 あなたは回路を調査する。わたしはそれを修理する。
 それが役目。絶対だ。
 ……いいか? 最初から不可能だったんだ。
 可能性はゼロだ。今さら、魔王が死のうが、勇者が死のうが、
 ゼロはゼロ以下にならないっ。
 それでもっ」
934 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 23:51:15.48 ID:quxpU4cP
女魔法使い「あの二人は微笑みさえ浮かべて即答した。
 それでも構わないから、賭けると即答した。
 だったら生き延びる。いや、死んでいたって生き返る。

  二人が生きていたってそれだけ駄目なんだ。
 最初から不可能だった。
 この開門都市全てが、生け贄の祭壇。
 勇者か魔王の魔力全てを注ぎ込み、その命を絶つことによって
 起動する、天空への架け橋。『天塔』。
 片方の死を持って残り一人を『終幕』へと導く崩壊装置。
 『ようせいのふえ』にて封印されたと
 古の歌は語る伝説の中の幻の塔だ。

  それでもあの二人は、その『終幕』を拒絶するつもりなんだ」

メイド長「そんなっ」

女魔法使い「最初から奇跡の五つや六つ揃わないと
 駄目な賭けだったんだ。だからわたしはここを動かない。

  いいか? 勇者はわたしに奇跡を望んだ。
 奇跡を、望んだんだ。
 “お前なら出来る”ってなぁ!
 だからメイド長、あなたも逃亡は許さないっ。

  この世界には奇跡が溢れている。
 あの二人がそう言ったのだからわたしは信じる。
 たとえ、それがどのような荒唐無稽な話であっても。
 だからあなたにも信じてもらう。
 わたし達の知らない、どこかの奇跡があの二人を救うことをっ」

メイド長「まおー様が、そんなことを?」
女魔法使い「云ったさ」

メイド長「判りました。――宜しいでしょう」
女魔法使い「……」

メイド長「まおー様が言うのならば、そうなんでしょう。
 奇跡なんて信じないで奇跡みたいな冗談を言う人ですからね。
 冗談は胸だけにして欲しいと云ったら、
 冗談を言ってるつもりはないなんて云うほどの人です」

女魔法使い「……」

メイド長「まおー様を信じましょう。それが必要なのならば。
 わたしはあの人のメイド。主人を助けるための無限の力です」
941 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/14(水) 00:05:11.60 ID:NoxjAlgP
――開門都市、戦乱の市街

ヒュルルルル……
 グシャァァッツ!!

勇者「っ!!」
夢魔鶫「主上っ。主上……お気を確かに」

勇者「っぁく。な……んだ、この痛みは」
夢魔鶫「おそらく、体力低下の呪詛かと」

勇者「……っく」
夢魔鶫「動いては駄目です。“小回復術”」

ザァァァーザザザー

勇者「どこだ、ここは……」
夢魔鶫「おそらく開門都市の市街部かと」

勇者「周辺の偵察を」
夢魔鶫「しかし……」

勇者「行け」
夢魔鶫「はっ」

パタパタパタっ

勇者(っく! 雨が……。それでも雨だけは降ったか)

ドォオォォン!! ドォォオン!!
 キィン! ガキィン! おおおお、精霊は求めたもうっ

勇者「近いな……」
943 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/10/14(水) 00:10:50.64 ID:NoxjAlgP
夢魔鶫「主上、どうやら一街区先では、激しい戦闘が」

勇者「マスケットはどうだ?」

夢魔鶫「そろそろ、火薬が湿り、火も消えて使い物には
 ならなくなった模様ですが……」

勇者「?」

夢魔鶫「いかんせん、外の遠征軍の数が多すぎます。
 都市防衛軍は良く防いでいますが、この豪雨では
 マスケットももちろんですが、弓矢も殆ど役には立たず
 援護のない大通りでの白兵戦、しかも乱戦状態となっています」

勇者「行って援護をしてくれ」
夢魔鶫「しかし」

勇者「いいからっ」
夢魔鶫「……御命、承りました」

ぱたぱたぱたっ

勇者「……っ」

勇者(こりゃ、ちっと動けないな……。しばらく休憩しないと)

 キィン! ガキィン! 押せ! 引くな!
  ドゴォン! この都市には一歩たりとも入らせんっ!

勇者(魔王は、無事なんだろうな……)

勇者(再生が始まらない。出血制御も組織封鎖もままならない……、
 なんだこれ、毒……なのか?
 いや、でも解毒酵素も動かないぞ。身体が重い。
 神経の伝達速度が二桁も落ちてる……)

勇者「ってな。これっくれぇ、なんだってんだ」 ズキィッ

ぼたっぼたっ……

勇者「これくらい……血が……」

ぐしゃっ



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最終更新:2010年05月15日 16:06
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