魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」7-2
252 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18:01:50.54 ID:OGIpmW2P
――開門都市、安い下宿、隣り合った部屋の片方
土木子弟「いやぁ、これは美味いな」
奏楽子弟「ん。ああ……」
土木子弟「羊、って云うのか? 初めて食べるけれど」
奏楽子弟「うん。地上の家畜らしいよ」
土木子弟「へぇ~地上かぁ」
奏楽子弟「うん……」
土木子弟「どうかしたのか?」
奏楽子弟「へっ? ううんっ。何でもないよ」
土木子弟「美味いなぁ。……むっしゃむっしゃ」
奏楽子弟「……もぐ」
土木子弟「よっし、こいつだ」カリカリッ
奏楽子弟「もうっ。食事中くらい、図面をおこうよ」
土木子弟「悪い悪い。だけど、どんどん頭の中に
新しい工法や工夫がわき上がってきてさ。
メモを取っておかないと忘れてしまうんだ」
奏楽子弟「もうっ。本当に馬鹿だなぁ」
土木子弟「仕方がないさ。早く作ってくれって橋が云っている」
奏楽子弟「橋が?」
土木子弟「ああ。そうさ」
奏楽子弟「あんたほんとに変わってるよ」
253 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/23(水) 18:03:02.18 ID:OGIpmW2P
土木子弟「そうかなぁ。お前にも聞こえるもんだと
ばっかり思っていたけれど」
奏楽子弟「え?」
土木子弟「お前だって憑かれたように歌ったり、
あふれ出すみたいに戯曲を書いたりするじゃないか」
奏楽子弟「それは、まぁ」
土木子弟「あれは、お前の内側から、そう頼まれてじゃないのか?」
奏楽子弟「……」
土木子弟「頼まれる、と云うと相手が俺たちみたいな言葉を
話しているみたいだけれど、そうじゃなくさ。
なんていうのかな。
迂回路を通ってまとまった水流がため池に注ぎ込んで、
それが溢れ出しそうと云うか、
こぼれ落ちそうになって、俺をせき立てるんだ。
“早く作って! 早く完成したいよ!”ってな。
だってそうだろう?
この橋は完成すれば、沢山の人のお腹や、懐や、冒険心を
満たすためにあらゆるものを運ぶことが出来るんだ。
早く生まれたがっても不思議じゃないさ」
奏楽子弟「……うん」
土木子弟「ん?」
奏楽子弟「判るよ。それは歌声でしょう?
生まれ出たい声なき声で歌い上げるハルモニアだ。
胸の中で、フィドルが、リラが、ツィンクの勇壮な響きが
なっている、早く生まれたいと懇願の声を立てる」
土木子弟「ちゃんと判っているじゃないか」
254 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18:04:20.84 ID:OGIpmW2P
奏楽子弟「ねぇ、土木子弟」
土木子弟「なんだい? ……もぎゅ、むしゃ」
奏楽子弟「『聖骸』って聞いたことがある?」
土木子弟「ん。いいや? なんだ、それ」
奏楽子弟「わたしも詳しくは知らない。
ただ、開門都市の噂にかすかに聞こえるんだ」
土木子弟「ふぅむ」
奏楽子弟「その言葉が、わたしを誘うんだ。
時にわたしを誘う風が強すぎて、必死に何かにしがみつかないと、
魂ごと吹き飛ばされそうなくらいなんだ……」
土木子弟「……」
奏楽子弟「わたし、出掛けたい」
土木子弟「うん」
奏楽子弟「でも、一緒にもいたいんだ」
土木子弟「うん」
奏楽子弟「……」
土木子弟「……」
奏楽子弟「……」じわぁ
土木子弟「そんな顔するなよ。馬鹿だなぁ」
奏楽子弟「だってさ」
土木子弟「遠くに行くのか? もしかして、地上か?」
255 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18:06:07.33 ID:OGIpmW2P
奏楽子弟「うん……。いつ帰れるかも判らないんだ」
土木子弟「でも帰ってくるだろう」
奏楽子弟「そんなの当たり前だっ」
土木子弟「じゃあ、何一つ変わらないじゃないか。行けば良いんだ」
奏楽子弟「でもっ」
土木子弟「はははっ」
奏楽子弟「……?」
土木子弟「じゃぁ、俺の橋は、お前を旅立たせることが
出来るんだなっ! そして、お前を迎え入れることもっ!」
奏楽子弟「あ……」
土木子弟「行けばいいさ。
俺の橋はお前の帰りをずっと待っている。もちろん、俺もだ。
俺の橋はありとあらゆるものが通るんだ。
地下世界の誇る天才作家! 妖精の歌い手だって通るんだぞ!
妖精の歌い手は、地上を旅して、新しいお話と
新しい音楽を見てくるんだ。なんてすごいんだろう!
俺の橋には音楽だって通るんだ!」
奏楽子弟「う、うんっ」
土木子弟「すごいものを沢山見てこい」
奏楽子弟「すごいおとも沢山聞いてくるよ」
土木子弟「そうして、またこの街で会おう」
奏楽子弟「うん、うんっ。……約束、だっ」
土木子弟「われらは紅の子弟」
奏楽子弟「ああ。わたし達の約束は絶対だっ」
ぎゅうっ
265 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18:34:13.12 ID:OGIpmW2P
――魔王城、深部、魔王の居住空間
コンコンッ
勇者「……あれれ」
コンコンッ
勇者「寝てるのかな」
カチャ
魔王「……すぅ。……すぅ」
勇者「寝てらぁ」
魔王「むー」くてん
勇者「寝てる時まで賢そうな顔しちゃって、まぁ」
魔王「……すぅ」
勇者「仕方ないなぁ。せっかくなのに」
魔王「……すぅ」
勇者「……」
魔王「……くふぅ」
勇者「髪の毛、細いな」
266 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/23(水) 18:35:09.04 ID:OGIpmW2P
勇者「相当美人だと思うんだけど、自覚ないんだろうな」
魔王「……むぅ」
勇者 ちょん
魔王「……ふにゅ。……すぅ」
勇者「まおー」
魔王「……? ……んぅ」
勇者「起きたか?」
魔王「……うう」
勇者「……」
魔王 きょろきょろ
勇者「おはよう」
魔王「……おはようだ」
勇者「ぼけぼけ?」
魔王「茶が欲しい」
勇者「判った。メイド長かな、用意してあるみたいだ」
魔王「ありがたい」
とぽとぽとぽ
勇者「ただいま、魔王」
魔王「おかえり、勇者」
勇者「胸は平気か?」
魔王「うん、もう痛みはない。呼吸も正常だ」
270 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18:36:55.86 ID:OGIpmW2P
勇者「そろそろベッドからは出られるかな」
魔王「いい加減にして欲しい。退屈すぎる」
勇者「よし、んじゃ今日はお土産が沢山あるぞ」
魔王「なんだ?」
勇者「まずは、これだ。できたてだぞ?
妹新作のカスタードプディングだ」
魔王「?」
勇者「まぁ、食えば判るよ」
魔王「ふむ……。こっ! これは!!」
勇者「すごくないか?」
魔王「甘いではないか! 冷たくと、とろぉりとして、
初めて食べる味だ。なんだこれは?
このとろりとしたものは果樹の蜜か? まったく新しい」
勇者「卵と砂糖で作るらしい」
魔王「なんと……。ちょっと目を離した隙に、
どんどん技術を身につけ、新しい料理をつくりだすな」
勇者「うん、こればっかりは俺もびっくりだ」
魔王「すさまじい美味しさだなっ。メイド長も云っていたぞ。
“料理はメイドの必須技能の一つですが、あの子のご馳走に
かける執念は時には上級魔族を越えた気迫を感じる”ってな」
勇者「はははっ! 違いない」
魔王「これは本当に美味しいなぁ」
勇者「他にもあるぞ」
魔王「ん?」
272 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18:38:46.85 ID:OGIpmW2P
勇者「まずはこいつは、砦将経由で預かったものだ」
魔王「うむ、封書か……。ナイフを」
勇者「ほいよ」
サクッ。ぴぃっ。――がさっ。
魔王「……うむ。青年商人殿からだ。これは、ふむ。
開門都市に商館を作ったらしい」
勇者「はやいなぁ」
魔王「そう言えば面識があるのだったな」
勇者「腐れ縁でな、あ。そうそう」
魔王「なんだ?」
勇者「結構前の話だったけど、あいつには開門都市の
交易勅書出しちゃったぞ? 魔王の直轄地だから、
別に良いかなぁーって」
魔王「ああ、ここにも書いてある。お礼の言葉と共に
確認をな。今回は問題ないとは思うが、軽はずみなことを。
そこらの木っ端商人にこんな無制限な交易許可を与えたら
面倒この上ないことになるぞ」
勇者「面倒って?」
魔王「勅書の転売とかまた貸しとかだ」
勇者「ああ、そっか」
魔王「そっか、ではない。まぁ、青年商人殿ならばそんな
足下を見られるような、信用を損なう真似はしないだろうが」
勇者「で、あいつなんだって?」
274 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18:41:51.18 ID:OGIpmW2P
魔王「ふむ、羊、牛など家畜の導入。銀行と貨幣経済の
導入などを進めたい、としているな」
勇者「何だ、こっちには金貨はないのか? 普通に使ってたけれど」
魔王「使えることは使えるが、
砂金での取引も通常に行われているな。
人間の住む地上に手をつける前、つまりは勇者と出会う前には、
この魔界の改革にも手をつけていたのだが、
あの頃はまだ試行錯誤もあってな」
勇者「ふぅん」
魔王「魔界は、大地の恵みという意味では、
地上よりも恵まれている。極端に寒い場所は多くはないしな。
しかし、領土により荒れ地は多かったから
激しい戦乱は起きていたんだ。
魔界には人間界よりも、どちらかというと
潅漑や治水といった土木技術や、音楽や物語などの文化的
技術が必要で、だからそう言う意味でも――あ」
勇者「どうした?」
魔王「いや、そういえば……。魔界でも育てかけていた
弟子がいたのだが」
勇者「はぁ?」
魔王「勇者がやってきたので放置してしまっていた」
勇者「おいおい」
魔王「まぁ、彼らも良い若者だ。
のたれ死んでいると云うことはあるまいが」
勇者「結構放任主義だなぁ」
魔王「技能は現場でないと最終的には身につかないものだよ」
277 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:01:20.50 ID:OGIpmW2P
魔王「まぁ、そんな魔界側の事情もあってな。
そもそも魔界は氏族による領地の運営が通常で、
その意味では横断的な土木工事の必要がなかったんだ。
家と畑が作れれば、それで済む程度には豊かだった。
金貨による経済や食糧事情を改善は現状で機能している
地下世界では随分と後回しになっていたのだ」
勇者「そうなのか。では、青年商人の件はどうする?」
魔王「銀行については、しばらく保留だな。
まだ時期尚早ということもあるが、両界の銀行を
一者の手に握らせるのも良くないだろう。
これについては事情を説明する返事を書こう。
羊と牛については止めようもないし、有り難いことでもある」
勇者「考えてみたら、あいつ、学士が魔王だって知らないんだ」
魔王「そうなのか?」
勇者「魔族だって云うのは明かしたけれど、魔王だとは思ってない」
魔王「それで魔王宛の丁寧な手紙なのか。
回りくどい文章だと思ったぞ」
勇者「どうする?」
魔王「まぁ、そのままでもよかろう。いずれ自然に判る。
後で返事を書いておくとしよう」
勇者「そっか。んじゃ、次だ」
魔王「次は何だ?」
勇者「今度はメイド姉からの手紙だよ。結構重いぜ?」
トサッ
魔王「ほほう」
278 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:02:31.18 ID:OGIpmW2P
ガサガサッ
勇者「なんだっていうんだ?」
魔王「これは……。ふむ、馬鈴薯の栽培報告だな。
それに冬越し村の日誌。
こちらには冬の国の税収に関する報告書。
ああ、商人子弟に聞き取りをしたんだな?
財務諸表もつけてあるではないか!」
勇者「面白いものなのか?」
魔王「ああ、これは面白いぞ。
すごいな、このGDPの伸びは。予想どおりだ。
南部諸王国は恒常的な戦争という重しを取りのけてやれば、
これだけ伸びる自力を持っていたはずだったんだ」
勇者「三ヶ国はここ最近は、流入してくる逃亡農奴や開拓民の
対応に追われているらしい。商人子弟も軍人子弟も相当に
煮詰まっているらしいな」
魔王「ああ、メイド姉の手紙にも書いてある。……ふむ」
勇者「どうだ?」
魔王「どちらも国の特徴を生かして対応しているみたいだな。
どういった成果が出るかはまだまだ判らないが、
鉄の国の軍の工兵科を大拡充という発想は面白い。
民兵の発想を逆にしたわけだな。インカムと釣り合えば
国民公社的組織の礎となるだろうが、最大の問題点は生産性か」
勇者「生産性ってなんだ?」
魔王「経済の用語でな。……うーん、云ってしまえば、
“ものを作る時どれくらい効率がよいか”ってことだ」
勇者「ふむふむ」
281 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:08:46.29 ID:OGIpmW2P
魔王「軍人子弟のアイデアでは、流入してくる難民や
開拓民をとりあえず全部軍が雇用してしまうわけだ。
これは、治安維持や当面の問題解決に大きな効果を発揮する。
また開拓や道路の整備などの公共財の充実にも効果がある」
勇者「ああ、そういう目的らしいな」
魔王「だが、この体制を続けた場合、農業を営む雇用される側にも
甘えというか油断が生じるんだ。だってそうだろう?
がんばって馬鈴薯を沢山作っても、少ししか作らなくても
国からもらえる給料や食料は一緒だ。軍人なんだからな」
勇者「ああ。……云われてみればそうだな」
魔王「そう。だから、こういった環境では『生産性』は
下がってゆくんだ。腐敗した役人や硬直した組織にも
見られる問題だな。努力や結果が評価されないから
どんどん腐ってゆく」
勇者「じゃぁ、これは愚策なのか? 止めさせた方がいいのか?」
魔王「いや、そういうことじゃない。
さっき云ったように、目の前の問題の特効薬としては
有用なのも事実だ。
特に今この瞬間は、これだけの難民が一挙に入ってきても、
実際耕す地面がない。それではみんなが飢えてしまう。
耕作するためには開拓しなければならないんだからな。
この開拓を、軍という集団の力で実行してしまえるのは大きい」
勇者「ふむ……」
魔王「軍人してはその辺も考えて、退役を五年後と
さだめているみたいだ。工夫のあとが伺える。
わたし達が上からだめ出ししなくても、
多少失敗するかも知れないが上手く対応してゆくさ」
283 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:10:53.53 ID:OGIpmW2P
勇者「魔王はさ」
魔王「ん?」
勇者「決して先生が向いてない訳じゃないと思うぞ。
自分では苦手だとか、むしゃくしゃするなんて云っていたけれど」
魔王「そんなことはない。話を聞かない生徒を見ていると
本当に口の中にブラックパウダーを詰め込んでやりたくなる」
勇者「でも、子弟達の話をする時はすごく楽しそうだ」
魔王「そうかな。そんな事はないだろう」
勇者「いーや、あるって」にやにや
魔王「むぅ」
勇者「おーい」
魔王「ん?」
勇者「ほれ」ちょん
魔王「なんだ? なんだ?」
勇者「カスタードクリームつけっぱなしだ」
魔王「そうだったのか。……うむ、あれは美味しい」
勇者「もう一個食べるか?」
魔王「あるのか? 食べよう」
勇者「即答だな」
魔王「温くなっては味が損なわれる」
284 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:12:49.19 ID:OGIpmW2P
勇者「もきゅ……美味いな」
魔王「うん。本当にとろっとしてて最高だ」
勇者「半分こだぞ?」
魔王「そうなのか?」
勇者「女騎士とかメイド長さんの分まで食ったら悪いだろ」
魔王「そうか。……しかし、こんな半分こなら悪くないな」
勇者「……? ああ。うん、そうだな」
魔王「勇者」
勇者「ん?」
魔王「勇者も唇についてるぞ。――ほら」
勇者「魔王だって、端っこについてる。へたくそめ」
魔王「しょうがない。まだ右腕じゃ美味く食べれないんだ」
勇者「しかたないな、ほれ。あーん」
魔王「いいのか? や、やるではないか。偉いぞわたし。
やれば出来るではないか! 待望のシーンだぞ!?」
勇者「食わないのか?」
魔王「いやっ! 食べる。食べるぞ!
誰が何と言おうが断固として徹底的に食べる!」
勇者「どんだけいやしんぼなんだよ」
魔王「……食べさせてくれ」
勇者「お、おう」
魔王「……ん。あむっ……、ん」こくん
287 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:14:38.45 ID:OGIpmW2P
勇者「あ。ううう……。えっと、その……美味いか?」
魔王「うん、甘いぞ」にこっ
勇者「そ、そか。ほら、ついてる」
魔王「あ、だめだぞ。勇者っ!」
勇者「なんだよ」
魔王「その指ですくったのもわたしの分だ」 ぺろっ
勇者「~っ!?」
魔王「半分こだと行ったら半分にすべきだぞ。
契約を守らないのは信義に悖る行為だ」
勇者「あ。う、うん」
魔王「美味しいな。今度行ったらまた頼んでくれ」にこっ
勇者「わ、わかった……」
魔王「?」
勇者「なんでもねーよっ!」ばむばむっ
魔王「そうなのか? わたしは満足だ。美味しかった!」
勇者「はいはい」
魔王「やはりあーんは勇者からされるべきだ。
親友には悪いが、このドキドキにはかえられない」
勇者「ううう」
魔王「どうした勇者?」
勇者「なんでもない。――メイド長にプディング届けてくるっ」
がちゃん!
魔王「変な勇者だなぁ」
301 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:52:44.57 ID:OGIpmW2P
――開門都市、『同盟』の新商館、大執務室
火竜公女「すまぬ、ありがとう」
同盟職員「いえいえ、おやすいご用で」
火竜公女「帰ったぞよ」
辣腕会計「お帰りなさい。どうでした?」
火竜公女「やはり、大通りの整備は必須という結論になった」
同盟職員「インフラですか」
中年商人「おう! 竜の嬢さんだ!」
火竜公女「お久しぶりでありまする。商人どの」
中年商人「なんだい。ちょっと見ないうちにすっかり、
板についたじゃないですかい。
その服もブラウスも、地上のだろう」
火竜公女「こちらの方が活動的で、商談には便利ゆえ。
竜族の衣装はおちつくが、インクを使うと袖が汚れてしまって
なんとも困ってしまうのでありまする」
同盟職員「ははは。お似合いですよ、姫様!」
中年商人「おおっ? 姫様なんて呼ばれてるのか?」
辣腕会計「あははは! お帰りなさい、中年商人殿。公女様」
火竜公女「ただいま帰えりました。
あれは、職員のみんなが冗談半分に口にしているだけゆえ」
辣腕会計「公女様ですからね。姫様と云ったって
ちっともおかしくはないでしょう?」
303 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:55:51.01 ID:OGIpmW2P
火竜公女「ふんっ。からかっておるだけじゃ」
同盟職員「それより、頼まれていたリストが出来ていますよ」
火竜公女「ありがたい。……ふむ」ぺらっ
中年商人「そいつは?」
火竜公女「最近の人夫の人件費と、生活環境の調査でありまする。
ギルドによる機構がないせいで人材の流動性が高すぎる、
商人殿の云われるとおりかや……」
コッコッコッ……がちゃん
青年商人「おお。お二人ともお帰りなさい」
辣腕会計「委員もお疲れ様です」
火竜公女「良いところに来た」
中年商人「こっちもだ」
青年商人「早速話ですか。せっかちですね」
中年商人「はははっ。せっかちなのは商人にとっては美徳だ」
青年商人「お茶を頼みます」
同盟職員「はいっ」
火竜公女「では、商人殿からどうぞ」
中年商人「うん。まずは報告だな。大空洞の橋の初期工事の方は
工期を短縮して進行中だ。具体的には、人夫を増やして対応する
ことにより今週いっぱいで、木造の橋は全て建築を終える」
青年商人「良かった。これで時間に多少の余裕が出来る」
中年商人「で、その後の相談なんだがね」
青年商人「ええ、話にあがっていた大規模のしっかりとした
ルートの敷設、と云う話ですよね」
304 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:57:27.18 ID:OGIpmW2P
中年商人「ああ、どうだ?」
青年商人「もちろん行いたい気持ちはあります。
しかし、8年という歳月と総工費を考えた時、
『同盟』だけで負担すべきかどうかと云いますと、
これは難しいですね」
中年商人「それについて新しい提案があってやってきたんだ」
青年商人「提案?」
中年商人「こいつを見てくれ。
これは、今あの大空洞現場の監督をやっている
掘り出し物が書いた図面なんだがな」
青年商人「これは、なんですか? 水路? 水道橋?」
中年商人「いや、どっちかって云うと、井戸、のようなものらしい」
青年商人「ふむ」
中年商人「つまり、あの通路を人の行き来する街道として
認識することも可能だが、
ちょっと特別な巨大な『穴』として見ることももちろん可能だと、
その設計士は云うんだな」
青年商人「ふむふむ」
中年商人「で、この滑り台にも似た井戸だ。こいつはもちろん
壊れやすいものは無理だが、しっかり梱包した荷物を
“落とす”事が出来る」
青年商人「え?」
中年商人「落とすんだよ。紐をくくりつけた専用の台に入れて」
305 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:58:45.20 ID:OGIpmW2P
青年商人「あの長い距離を!?
どんな梱包をしたところで、全て粉々になってしまいますよ」
中年商人「いや、そうはならないと云うんだ。
あそこ前にも話した“引力”が反転する地点があるだろう。
その場所を利用すれば、重さが実際には無くなる。
いや、無くなるんじゃなくて“無いかのようになる”?
詳しいことは俺にも判らないが。
それどころか反転した地点の逆側の引力を使って
滑らかに勢いを停止させることも出来ると云うんだ。
えーっと、“引力”を錘と動滑車をつかって、なんちゃらとか」
青年商人「ふむ」
中年商人「で、反対側からは、水車の水を汲み上げる装置の
応用で荷物を引き上げてゆく。合図には磨いた鉄をつかった
反射鏡を用いる」
青年商人「具体的には、どのような効果が見込めますか?」
中年商人「効率のアップだな。大空洞のあちらとこちら、
それから中継点にもそれなりの人数を配置する必要がある。
勤務体制は鉱山に似るだろうと設計者は云っている。
その費用はそれなりに掛かるだろうが、
いくつかの難所のルートにこの装置を設置するだけで、
毎日馬車二十台分の荷物を安全に“送る”事が出来る」
青年商人「検討に入ってください」
中年商人「調査には実費が発生するが?」
青年商人「商人殿の裁量で認めて構いません」
中年商人「あんたは話が早くて助かるよ」
308 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 20:00:40.28 ID:OGIpmW2P
青年商人「お願いします」
中年商人「よっし、早速とりはからおう。俺はこれで行く」
青年商人「はい」
火竜公女「また会いましょうぞ。商人殿っ!」
中年商人「おう、姫様。今度は夕食でも一緒にしようや」
火竜公女「姫ではないというのにっ」ぷぅ
中年商人「ははははっ! ではっ!」
タッタッタ、ガチャン!
辣腕会計「彼はあの橋やインフラに入れ込んでいますね」
青年商人「元々旅商人だと云っていたからな。得がたい人材を得た」
火竜公女「あの調子であれば、すぐにでも立派な街道が復活しよう。
交易の発展にとって街道はなくてはならぬゆえな」
青年商人「そうですね。そちらの案配はどうです?」
火竜公女「やはり北の門を中心に不便さが募りまする。
あの一帯は以前の攻防戦で大きく破壊されました。
そろそろ復興に手をつけるべきだというのが、
自治委員会の意見でありまする」
青年商人「何か計画はあるんでしょうかね」
火竜公女「このままで行けば、商業区か居住区と
云うことになるだろうが」
青年商人「ふむ……」
309 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 20:01:52.23 ID:OGIpmW2P
火竜公女「板バネ式馬車の方はどうじゃ?」
辣腕会計「あれは素晴らしい発明ですね」
火竜公女「機怪族からの技術供与と部品提供らしい。
自治委員会に申し出があり、その代わりに一部地域を
機怪族へと貸し出しを行ったと」
青年商人「ほう」
火竜公女「機怪族は長い間迫害されてきた歴史がある。
この世界へ自分たちを馴染ませるためには並ならぬ努力が
必要なのだろうな……」
青年商人「こちらも新しい動きを始める時期でしょうね」
火竜公女 こくり
青年商人「“小麦引き渡し証書”は始末できましたか?」
辣腕会計「はい、全て売却しました」
火竜公女「“小麦引き渡し証書”?
この春、もうじき取れる小麦の権利だろう?
それを手放したのか?」
辣腕会計「ええ」
青年商人「売りましたよ」
火竜公女「なぜだ? 小麦を買い占めていた方が、
三ヶ国同盟に都合がよいのではないか?」
青年商人「別にわたしは、あの通商同盟の守護者ではありませんし」
313 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 20:12:09.56 ID:OGIpmW2P
青年商人「それに考えても下さい。
あの“小麦引き渡し証書”は確かに強力な武器ですが、
それは相手が取り立てを恐れている間のこと。
騎士や軍を持っている領主達が一斉に踏み倒すと決めたならば、
武器を持たない我ら『同盟』は取り立てる手段がありません。
もちろん経済攻撃などで多大な損害を与えることは可能ですが
ダメージを与えるためにもお金が必要です。
ここいらが引き際ですよ」
火竜公女「誰に売ったのだ?」
青年商人「教会ですよ。中央の」
火竜公女「なっ」
青年商人「貴族が寄ってたかっても
絶対に踏み倒せない相手です。
もちろん、三ヶ国になびきそうな国には、
わたし達に小麦を売った国そのものに売り直して
あげましたけれどね。
そうでない国は、結局は聖光教会の言いなりなのですから
多少仲を冷えさせておくのも良いでしょう」
辣腕会計「良い取引が出来ました」
火竜公女「そうなのか?」
青年商人「今回の件でもっとも大きな動きだったのは、
旧金貨から新金貨への乗り換えです。
我が『同盟』は、この乗り換え時期、その資産のほぼ全てを
小麦などの物資の現物と、“小麦引き渡し証書”に変えて
保持していました。つまり、価値の無くなった旧金貨を
持ってはいなかった」
314 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 20:13:59.91 ID:OGIpmW2P
辣腕会計「そして、今度の“小麦引き渡し証書”売却で、
大量の新金貨を得ることが出来ました。
この新金貨のお陰で『同盟』の資産は元の量を回復。
いや増大さえしました。
また、“小麦引き渡し証書”を高値で買い取った教会は、
結局は小麦の値段を高く推移させざるを得ない。
それだけの新金貨を失ったのですからね。
回収するためには、高く売らざるを得ないでしょう。
しかし、それでも売らないと自領の民が飢えることになる。
小麦の取り立ては、教会に任せましょう」
火竜公女「……悪辣じゃのぉ」
青年商人「褒め言葉と取っておきましょう」
辣腕会計「詳細な資産把握はもはや不可能ですが、
概算ではこのような結果になったようです」
青年商人「ふむ……」ぺらっ
火竜公女「どれくらい儲かったのだ?」
青年商人「それは云わぬが華でしょうね。
……聖王国は旧金貨と新金貨の交換を、
おおよそ1/3~1/4で行いました。
『同盟』はこの交換を、“小麦引き渡し証書”を通して
1/1.5~1/2程度の間で行ったことになりますか」
火竜公女「では……。およそ2倍の資産になったのかや!?」
青年商人「そこまでは行きませんよ。覚えておいででしょうが
小麦の大量輸送や、保管にだってお金はかかります。
途中でジャガイモを大量購入したり、
三ヶ国通商に肩入れしたりで、随分資金は溶けていますしね」
辣腕会計「そうですね……。仕込みに随分お金を使ってるんですよ」
315 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 20:15:20.50 ID:OGIpmW2P
火竜公女「すると、儲けはないのかや?」
青年商人「しょんぼりしないでくださいよ」
辣腕会計「ははは。利益の話を聞いてがっかりするあたり、
姫様はすっかり、我らが『同盟』と商人の流儀が
身についたようですね」
火竜公女「そのようなことはない。
妾はただ、磨いた手中の玉が二束三文で
売れてしまったかのような
寂しい気持ちになっただけゆえ」むっ
青年商人「まぁ、2倍とは行きませんが、
少なくない儲けを出すことが出来ました。
『同盟』が過去4年で築いたのとほぼ同額の富です」
火竜公女「十分ではないかっ」
辣腕会計「しかし、今回得た本当の宝は
金貨ではありませんからね。金貨は道具に過ぎません」
青年商人「ええ、もちろん。
その過程で金貨では買えない貴重なコネや機会、
新しい商売のチャンスを手に入れました。
今回の戦は『同盟』の勝ちだと云えるでしょうね。
しかし商売の戦に終わりはないんですよ」
火竜公女「次は何を狙うのじゃ?」
青年商人「それについては祝杯を挙げながら、策を練りますか」
火竜公女「ふふふっ。それならば是非お供をせねばならぬなっ」
372 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 22:38:02.16 ID:OGIpmW2P
――冬越し村、魔王の屋敷
(――お節介かも知れないけれど、
“そこ”にいつまでも隠れているわけにも行かないだろう?)
メイド姉「……」
メイド妹「おねえちゃーん」
メイド姉「……」
メイド妹「お姉ちゃんっ!、お姉ちゃんってばぁ!」
メイド姉「あ、うんっ」
メイド妹「もう、お姉ちゃんぼうっとしてる」
メイド姉「ごめんね、なんだっけ?」
メイド妹「客室に風通して、リネン取り替えないと」
メイド姉「うん、そうだね。やっちゃおう!」
メイド妹「うんっ! らんらんらん♪」
メイド姉「ね、妹……」
メイド妹「なぁに?」
メイド姉「楽しい?」
メイド妹「うんっ! 毎日楽しいよ。お仕事大好き!」
メイド姉「そか」
374 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 22:39:58.57 ID:OGIpmW2P
メイド妹「暖かいし、お布団は柔らかいし。毎日ちゃんと
ご飯食べられるし、当主のお姉ちゃんも眼鏡のお姉ちゃんも
勇者のお兄ちゃんも好きだよ」
メイド姉「そう……だよね」
メイド妹「うんっ!」
メイド姉「……らんらんらん♪」
メイド妹「お姉ちゃんはそっちの端っこもってね」
メイド姉「うん」
メイド妹「ぱりぱりシーツをひきましょー!」
メイド姉「よいよー」
ぱんっ!
メイド妹「完成!」
メイド姉「良く出来ました」なでなで
メイド妹「えへへ~。あ!」
メイド姉「なに?」
メイド妹「お姉ちゃんも大好きだよ。お姉ちゃんが一番好き」ぎゅ
メイド姉「うん。妹のこと、好きよ」
メイド妹「よかったぁ」
メイド姉「じゃぁ、洗濯の続きやっちゃおっか」
メイド妹「うん!」
382 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23:06:49.15 ID:OGIpmW2P
――氷の宮廷、謁見の間
コンコンッ!
貴族子弟「こんにちはー」のこのこ
氷雪の女王「こら。どこの世界に謁見の間に
のこのこ入ってくる宮廷官吏がいるのですか」
貴族子弟「いやいや。女王様、ごきげん麗しく。
あんまり格式張っていない方が良いかと思いまして」
氷雪の女王「とは?」
カチャリ
外交特使「お初にお目に掛かります」
貴族子弟「こちら赤馬の国の戦爵。
中央風に云うと、侯爵位ですね。今宵のお客人です。
こちらは我が氷の国の誇る女王陛下」
氷雪の女王「はじめまして、戦爵。無礼な臣下で申し訳ありません」
外交特使「いえいえ。子弟殿は我が国に、勇猛な王子と
花のように美しい姫を取り戻してくださいました恩人です」
氷雪の女王「おや」
外交特使「我が君主、赤馬王はそのため、
わたしを氷の国への特使として派遣されました。
この感謝の意を伝えるためでございます。
誠にありがとうございました」
383 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23:08:16.88 ID:OGIpmW2P
氷雪の女王「ふふっ。ちゃんと働いたようですね」
貴族子弟「いえいえ、脇役の道化踊りでございますよ。陛下」
氷雪の女王「寒かったでしょう、特使殿。
我が国の林檎の風味を効かせた、熱いリキュールなどを
入れさせましょう」
外交特使「かたじけありません」
貴族子弟「まぁ、あまり儀礼張らずに。進む話も進みませんから」
氷雪の女王「そうですね。我が国は南の辺境。
中央のような典雅な礼儀にも欠ける素朴な国ですから」
外交特使「いえいえ、そんな事はありません。
貴族子弟殿は中央の名門家をも凌ぐ学識と見識の持ち主と
お見受けいたしました」
貴族子弟「常に慇懃無礼なのはかえって礼節を欠くってだけです」
氷雪の女王「この若者はひねくれ者ですからね。ほほほっ」
外交特使「これはまた。ははっ」
とくとくとく。
貴族子弟「さ、どうぞ。暖まりますよ」
外交特使「これはどうも。……うむ、甘くて良い香りですな」
貴族子弟「女王はこの酒がことのほかお好みでして」
氷雪の女王「長い冬の無聊を慰めてくれるのです」
外交特使「我らの国にもよい果実酒がございます。
近日中にでも届けさせましょう」
384 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23:09:21.81 ID:OGIpmW2P
氷雪の女王「では!」
外交特使「はい」
貴族子弟「やれやれ」
氷雪の女王「条約に署名して頂けるのですね」
外交特使「はっ。陛下はご決断されました。
このたびの大きな転回点を越え、
国家としての信義に照らすところを冷静に判断した結果、
氷雪の女王陛下に仲立ちしていただき、三ヶ国通商同盟に
参加させて頂きたいとのことでございます。
これは、赤馬の国の公式な意思表示と取って頂いて構いません」
氷雪の女王「ありがとうございます。百万の味方を得たような
思いです。これで近隣国家のいくつかも、さらなる交渉へと
一歩踏み出せるでしょう」
外交特使「今回の決断に当たっては、貴族子弟殿と湖の国の
修道院が手配してくださった、天然痘の治療班の働きが
特に大きかった、と。
陛下自らの感謝の言葉をお伝えせよと申し使っております」
貴族子弟「うんうん」
氷雪の女王「そんな事を?」
貴族子弟「手を回しておきましたけど。いけなかったですか?」
氷雪の女王「いいえ、もちろん良いことです。
でもあなたはもうちょっとびっくりさせないようにしなさい」
外交特使「あはははっ」
385 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23:11:22.44 ID:OGIpmW2P
貴族子弟「とはいえ、治療法のある病気ではないんですよ。
あの修道士達は『予防』を受けていたから、天然痘末期の
患者の看病を出来たと云うことだけで」
外交特使「いいえ、それだけでも十分です。
また、我が国だけでも数千人、数万人いる天然痘患者が
今後どれだけその命を救われるのか。その可能性を示して
下さったのはまさに福音としか言い様がありません」
貴族子弟「やっと効果が実感できる段階まで来ましたね」
氷雪の女王「ええ、修道院や学士殿には感謝をせねば」
外交特使「その件ですよ」
貴族子弟「?」
氷雪の女王「どういう事でしょう」
外交特使「いいえ、馬鈴薯もそうですし、
此度の天然痘の治療――予防ですか? もそうですが、
湖畔修道会は常に我らの命を救おうとしてくださる。
聖教会は湖畔修道会を敵とさだめ、
その命脈を絶とうとするに対して、
湖畔修道会はただひたすらに命を救おうとなさる。
故に我が国は、どちらが真の精霊の教えかという点について
割れた国論がまとまったのです」
氷雪の女王「……そう、でしたか」
貴族子弟「……」
氷雪の女王「子弟?」
貴族子弟「はい」
氷雪の女王「あの少女を気にかけてやってね」
貴族子弟「はい。我らの妹弟子ですからね」
392 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23:34:18.13 ID:OGIpmW2P
――冬越しの村、魔王の屋敷
勇者「おーい。おーい。到着したぞー!」
メイド長「さ、まおー様。つきましたよ」
魔王「わかっている。情けないな。
転移先からわずか20分ほど歩いただけで、脚が痛む」
女騎士「普段から運動不足だから、
ちょっと寝付いたくらいで身体が萎えるのね」
メイド姉「お帰りなさいませ、当主様。メイド長さま」
メイド妹「お帰りなさい、当主のお姉ちゃん、眼鏡のお姉ちゃん!
それから、お兄ちゃんと騎士のお姉ちゃん!」
魔王「ああ、ただいま。二人ともかわりはなかったか?」
勇者「悪いな、ドア開けてくれ。まずは……」
魔王「ベッドはイヤだ」
メイド長「あらあら、まぁまぁ。談話室は暖まっている?」
メイド姉「はい、暖めてあります」
魔王「では、そちらに行こう」
メイド妹「うんっ。膝掛け持ってくるね!」ぱたぱたぱたっ
女騎士「張り切っているな」くすっ
メイド姉「待ち遠しかったんですよ。
昨日からおかしくなっちゃったのかってくらい大はしゃぎで
料理の下ごしらえなんかして。この屋敷に二人は、やはり
寂しいですから」
393 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23:35:59.31 ID:OGIpmW2P
――冬越しの村、魔王の屋敷、談話室
コッコッコッ、ガチャ
勇者「そっか。二人だもんな」
魔王「留守中心配をかけたな」
メイド長「後で仕事ぶりを見ますよ?」
メイド姉「はいっ」
魔王「ふぅ」 とさっ 「やはり外はまだ冷えるな」
女騎士「部屋着だからだ」
魔王「仕方ないではないか。まだ少し不自由なのだ」
メイド妹「膝掛け持ってきたよ。当主のお姉ちゃん」
魔王「ありがとう、妹よ」にこっ
勇者「ふぅ~。着いたなぁ」
魔王「やはりこの屋敷は落ち着くな。
あちらの城の方が長く過ごしていたはずなのに、
この部屋はずっと暖かい気がする」
勇者「騒がしい二人娘もいるしな」
メイド長「ふふふっ」
メイド姉「当主様、書類をごらんになられますか?」
魔王「うん、目を通そう」
勇者「おいおい大丈夫か? 執務室まで行くのか?」
メイド姉「いえ、執務室ではなくこちらで見ることが出来るよう
抜粋や統計をまとめてあります」
魔王「ありがたいな」
394 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23:37:21.21 ID:OGIpmW2P
メイド姉「はい、ただいまお持ちします」パタタッ
メイド妹「じゃ。お茶を入れるね? それから
夕食はご馳走だからね? お腹減らしていてね?」
魔王「楽しみにしておるぞ」
メイド妹「えへへ~」にぱぁ
女騎士「ふぅむ。では、わたしは夕食まで、
一回修道院の建物の方に顔を出してくる。
ちょくちょく帰っていたが、やはり一週間ぶりだしな」
魔王「済まなかったな、女騎士」
女騎士「気にすることはない。
しかし、もうちょっと体力をつけた方がいいな」
魔王「善処する」
勇者「……」
メイド長「どうなさいました? 勇者様」
勇者「いや、何か妙に仲が良いな。って思って」
魔王「別にわたし達は最初から仲が悪かったわけではない」
女騎士「そうだ。別に仲が悪くはないぞ」
勇者「そうなのか?」
メイド長「殿方はあまり思い悩まない方が良いと思いますわ」
勇者「そ、そか。んじゃそうする」
女騎士「勇者、修道院までちょっと付き合え」
最終更新:2010年05月14日 16:22