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魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」5-3


535 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 18:55:46.73 ID:498vELIP
青年商人「そうですね。冬寂王陛下。
 陛下達はいま、意識してか否か、歴史の岐路に立っておられる」

冬寂王「……」じぃっ

青年商人「三ヶ国通商同盟は拡大するチャンスがあります。
 今回の戦を無血に近い状況で回避できたこと。
 中央諸国の飢餓の兆候、長きにわたる不況、経済の停滞。
 そして聖教会の横暴と、農奴の解放運動」

氷雪の女王「それらが追い風になる、と?」

商人子弟「ええ」

青年商人「……すでにいくつかの打診があるのではないですか?
 自国だけは関税を緩和して欲しいであるとか、
 秘密軍事同盟を結びたいであるとか、と云った件です」

冬寂王「それはお答えしかねる」

青年商人「いままでのこの大陸では“聖王国-聖なる光教会”の
 一極支配がまかり通ってきた。
 もちろん様々な国や領主が存在していましたが、
 それらは結局はこの『中央』の自治地方として
 認められていたに近い。
 民を治めてはいましたが、教会には頭が上がらないというのが
 現状でした。また聖教会は聖王国と癒着して、
 氾濫しそうな分子を武力粛正することが出来た。
 三ヶ国通商は、そう言った状況に発生した、
 武力と、教会以外の教会――すなわち修道院の結合。
 これは歴史上類を見ないことです。
 規模は小さいけれど、そこにまったく新しいチャンスがある」
536 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 18:56:52.47 ID:498vELIP
青年商人「……そのチャンスとは、勢力圏であり、経済圏。
 わたし達商人の言葉で言えば、市場です。
 新しい政策を打ち出し、
 新しい農業を営み、人口も増えている三ヶ国。
 そこに中央からいくつかの国家が加われば、
 聖王国や教会でもおいそれとは手出しの出来ない勢力が誕生する」

鉄腕王「お前達は共倒れを狙っているのか!?」

商人子弟「いえ、そうではありません。鉄腕王よ。
 彼らは商人です。もしわたし達が共倒れをしてしまえば
 商売をする相手が居なくなってしまう。
 彼らが望んでいるのはあくまで利益なのですから」

青年商人「そうです、鉄腕王よ。
 たった一つしか国がない状態では商売の幅が狭くなってしまう。
 もしまったく二つの異なった勢力があれば、
 どれほどに商売の幅が広がるでしょう?」

鉄腕王「それが本題なのか」

冬寂王(中央諸国のいくつかを、寝返らせ、それが無理でも
 中立状態に持ってゆき、停戦の道を探るというのが
 わたし達の当初立てたプランだった。
 彼のこの発言はそれを後押ししてくれるに等しい。
 だが……)

冬寂王「商人殿。……そこまでの部分のお話は判った。
 それに対する対価はどのように支払えばよいのだ?」
537 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 19:01:00.83 ID:498vELIP
青年商人「まず、第1に馬鈴薯についてですが、
 これは0.8倍の重さの轢いた小麦、
 もしくは1.55倍の重さの大麦との交換でいかがでしょう?」

冬寂王 ちらっ

商人子弟 かちゃかちゃ「妥当……ですね」

青年商人「次に経済圏設立提案ですが、こちらはただの
 アドバイス。無料です」

鉄腕王「ただより高い物はない、と云うな」

青年商人「……ええ、至言ですね。
 この商売のやり方は、ある方より教わった物でして。
 ははは。
 私どもは、この場合“概念”といいますか“考え”を
 売っているのです。儲けは度外視してもですね。

 私ども『同盟』は新しく設立したその勢力内でも商売をします。
 勢力に活気があればあるほど利益が大きくなります。
 ですからこそ、無料と云うことでも利益は上がる。
 もちろん、そうですね。
 とりあえず、手始めに商館と銀行業開始の許可を
 頂きたいですね。商館は地区支部です。
 それは私ども『同盟』の活動拠点ですから」

冬寂王「ふむ。銀行施設、か」
538 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 19:06:23.61 ID:498vELIP
商人子弟「王……」

青年商人「……なにかございますか?」

冬寂王「いや、わたしも国がこのような状況でな。
 すっかり貧乏なのだよ。内帑金を用いて一つ新しい事業を
 興してみたいのだが、その銀行とやらは相談に乗ってくれるかね? いや、商人どの。そなたは共同経営に興味はないかな?」

青年商人「ほう、どのような事業で?」

冬寂王「三ヶ国内部、また賛意を示してくれる国全てに
 湖畔修道会の修道院を作ってゆく計画だ」

青年商人「重要な考えかと思います。中央聖教会に対応する
 ためには修道院の密度も連携もいまより格段に必要となる
 でしょう」

冬寂王「それらの修道院では天然痘の予防治療を行う」

青年商人「……事実ですか?」
冬寂王「そうだ」

青年商人「あの人ですか?」
冬寂王「……あの方の一族、だな」

青年商人「判りました。わが『同盟』は初年度において
 金貨5000万枚相当の援助を行う用意があります」

辣腕会計「それは本当なのか。……奇跡だ」
539 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 19:10:17.34 ID:498vELIP
青年商人「このようなニュースを耳にするとは……」
商人子弟「黙っていたのは、騙していたわけじゃないんですよ」

青年商人「いえ、それはもちろん判ります。
 むしろこのような機密をわたしのような得体の知れない商人に
 打ち明けて頂いたことの方が大きな驚きです」

冬寂王「紅の学士殿にあったのだろう?」

青年商人「はい。機会は多くはありませんが。
 あの美しい方は、外面だけではなく
 この世界まれに見る気高く聡明な魂を持っていますね」

冬寂王「ああ。二人共に……」

青年商人「――」
辣腕会計 ?

青年商人「ですがどうして?」

冬寂王「あの方は出会った者に刻印を……。
 いや、種を撒かれているような気がする。
 さっき話した商人殿の中に
 あの方の残した種の芽生えを感じたのだ」

商人子弟(……判る人には、やはり判るのだ)

青年商人「判るような気がします。
 だがわたしも商人です。商売のことでは退きませんよ?」

冬寂王「結構だ」にやり
543 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 19:17:11.74 ID:498vELIP
青年商人「それでは、今日の本題の二点目にして、
 最後の交渉です」

冬寂王「伺おう」

青年商人「我が『同盟』は、三ヶ国通商同盟と魔族との
 少なくとも魔族のいくつかの部族との早期停戦合意を
 希望しています」

鉄腕王「なんだとっ」ガタッ

青年商人「落ち着いてください」

冬寂王「……」

氷雪の女王「まずは話を聞こうではありませんか」

青年商人「わたし達『同盟』は魔族との交易を望んでいます。
 小競り合い程度ならともかく、全面戦争は交易にも
 深刻な不都合をもたらします」

鉄腕王「相手は魔族なんだぞ!? 取引など出来るものかっ」

青年商人「出来ます」
鉄腕王「何を根拠に大口を叩くっ!」

青年商人「誤解しないで頂きたい。あなた方だけが命を
 掛けているのではない。本日わたしが持ってきた交渉の
 材料――物資、資金、情報、信用。これらすべては
 『同盟』所属の商人たちが命がけでそろえたもの
 わたしは彼らを代表して。いわば一勢力の司令官として
 この席に望んでいるのです」
546 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 19:42:43.51 ID:498vELIP
青年商人「そのわたしが、出来る。と云っている。
 それはわたしのみならず『同盟』所属商人全ての
 声だと思って頂きたい。
 何を根拠に? そうお尋ねですが、
 根拠はそれです。わたしがわたしであるから。
 商人であるから、出来ると云っているのです。
 命を賭して、やる。と」

鉄腕王 がたん

氷雪の女王「ほぅ」

商人子弟「……お歴々方。この件に関しては、
 僕は心情的には青年商人さんの味方です」
従僕「へっ?」

商人子弟「いや、僕はしがない役人にすぎないのですが。
 商人の家の倅ですからね。商人ってのは、特に旅回り
 なんて云うのは辛いものです。嫌われようと疎まれようと
 村から村へ、国から国へと回って物を売り買いするんですよ。
 そこには敵も味方もないんです。必要なことをやってるだけ。
 自分で決めた道を自分で歩んでいるだけですからね。

  この青年商人さんにとって、この話は
 “戦争中の隣の国だけど、実はすごい特産品があるんだ。
 そうか。そんな所へ行って交易がしてみたいな”って
 それだけのことなんですよ。
 まぁ、そのために中央大陸の農民の命を盾にとって
 戦争を止めようとするほど業情っ張りの御仁ですけどね。

  なんだかその気持ちはわかるような気がするんですよ」
547 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 19:43:43.38 ID:498vELIP
青年商人「……」
辣腕会計「子弟殿……」

商人子弟「ま、それに。おい、試算」すちゃ
従僕「はいっ!」ぴょこっ

商人子弟「現実問題、中央とのもめ事に軋轢を抱えたまま
 対魔族戦線や警戒網を維持するのは無理な話じゃないですか?
 聖王国からは宣戦布告まで出されちゃってるんだから、
 魔族あいてには多少なりとも懐柔工作なり、すくなくとも
 中立派工作なり行って、いまの事実上のこの戦争休止状態を
 何とか延長することに何の問題もないと考えます。

  この試算によると、魔族との交易が推定規模に達した場合
 三ヶ国同盟の税収額の実に36%が、関連税、または港の使用料から
 まかなうことが可能であり、対魔族交易の中心地となる。
 また現在のかさんだ防衛予算を圧縮することも可能です」

辣腕会計「……やりますね、彼」

鉄腕王「……」

氷雪の女王「国民の納得はどうなるのだ」

商人子弟「実際の魔族と戦っていたこの国として
 そこをじっくりと考えて欲しいとは思います。
 本当に魔族って人間を堕落させるための破壊の化身なんですか?
 僕には……。
 こう言うと魔族との戦で死んでしまった人に
 申し訳が立たないのかも知れませんが、
 戦場で出会った魔族の方が、教会の説教に出てくる魔族より
 ずっと人間らしかった気がするんですよ」
548 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 19:45:04.34 ID:498vELIP
冬寂王「やはりこの件については、重大すぎるために
 すぐさまお返事するわけには行かない。
 申し訳ないが商人殿」

青年商人「そうですか……」

冬寂王「しかし、早急に魔界に対する調査団を派遣しようかと思う」
氷雪の女王「調査団?」

冬寂王「わたしも指摘されて思い知ったのだ。
 我らは魔界のことを知らなさすぎると、ね。
 なぜだろう?
 二回も聖鍵遠征団を送り、
 合計で10万人に迫る人間が魔界へと入り込んだのだ。
 その風物や産業、あるいは風景くらいは
 聞こえてきても良いのではないか?

  それなのに、なぜか我らの知っているのは、
 悪夢じみたおとぎ話にも思える戦闘の様子ばかり。

  何かがおかしいような気がしてならぬ」

氷雪の女王「云われてみれば……」

冬寂王「いまはこのくらいしかお答えできぬ。すまない」

青年商人「いえ、十分でしょう」
辣腕会計「委員……」

冬寂王「もしかしたら、二つの世界は意外に近いのではないか。
 そのような予感もわたしにはするのだ……」
554 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 20:24:07.38 ID:498vELIP
――開門都市、神像の無き神殿、最深部

女魔法使い「……」

女魔法使い「……すぅ、すぅ」

女魔法使い びくっ

女魔法使い「……」きょろきょろ

女魔法使い「……発見」

カツン

女魔法使い「……不可視化解除。……ここ」

女魔法使い「……」

女魔法使い「……」

女魔法使い「……」

女魔法使い「……冗長系としてのマージンがわたしを
 誕生させたけれど、その意味について設計者が
 関知しているかは疑問」

女魔法使い「……存在するなら進む。結果を見るのが、
 勇者なら、わたしはそれでも悪くない。
 ……ん。……正しく、冗長系だね」
560 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 20:45:25.57 ID:498vELIP
――魔王城、前庭、“忘れえぬ炎”の広場

魔王「我が同胞(はらから)よっ! 我が臣民よっ!」

おおおおお! 魔王! 魔王!

  勇者「なんだよ、魔王。人気ないって云ってなかったか?」

  メイド長「歴代の中では不人気なんですよ。
   魔界では戦闘能力があるほど尊敬されますしね。
   先代魔王が広場に集まった民にこんな呼びかけをしたら
   もう、4、5人鼻血だしてたおれてます」

魔王「長きにわたる不在! みなのものには心配をかけたであろう。
 様々な憶測、流言飛語があったかと思うが、
 わたしはこの通り壮健であるっ」

おおおお! 魔王! 魔王! 魔界に栄光あれっ!

魔王(小声)「メイド長っ」
  メイド長「何でございますか? まおー様」

魔王(小声)「この服、もうちょっと何とかならなかったのか?」
  メイド長「何とかなったからそうなのでございます」

魔王(小声)「胸があふれそうだっ」

  勇者「あー。やばいな。眼がちかちかするわ」
  メイド長「女性魔王たるもの、色気を無駄に
   垂れ流さなくてどうします」

  勇者「お約束?」
  メイド長「お約束でございます」
561 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 20:49:02.77 ID:498vELIP
魔王「諸君! 長きにわたる憂悶の日々に堪えてくれたことを
 嬉しく思う。……わたしは帰ってきた。この魔界にっ」

  勇者「なんか、そうぽよぽよされると、ほら、なんての。
   相方として、泣きたくなるじゃんね? 普通に」

魔王(小声)「殴る」

  メイド長「勇者様にもアピールできるチャンスですのに」

おおおおお! 魔王! 魔王!

魔王「わたしが雌伏している二年の間に何があったかは
 知っている。まずは人間の征服していた我らが聖地の一つ
 開門都市を取り戻せたことは喜ばしいっ。
 かの都市は以降、我が直轄領としての庇護を与えるっ」

  メイド長「えー。次の原稿は……」

魔王「わたしが姿を見せぬ間、魔王に反旗を翻し、
 またわたしがさだめた法を逸脱したものに関しては
 我が忠実な剣にして将、黒騎士がその斬魔の剣にて
 粛正を与えたっ!」

  メイド長「勇者様、ここで前に出て、ガオーって」

勇者「え?」 ざざっ。じゃきんっ 「こうか?」

  メイド長「もっとすごい感じで、ガオーって!」

勇者「うう。なんだよそれ……こ、“広域殲滅光炎陣”っ!」

 ヒュカッ!!  ……ビリビリ゙ビリ……チュドオオオオオオン!!!
569 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 20:52:22.99 ID:498vELIP
  シーン ……と、塔が一瞬で
  ヒソヒソヒソ…………な、なにごとだ

魔王「こっ……。これが我が将の実力だっ!」
  メイド長「まおー様、ナイスアドリブフォロー」

おおお! すげー! 黒騎士すげー! すごすぎる!魔王! 魔王~! 魔王ーっ!! 魔王!!

勇者(やっべなんか出過ぎた)

魔王「本日は我からみなに通達がある。
 忠実なる同胞よ、我が臣民達よ! 人間と接触しはや20年。

  彼らの持つ姿も力もその性格も、すでに我らの
 よく知るところとなった。
 我らはいま正にっ! 歴史の岐路に立っておるっ」

魔王! 魔王~! 魔王ーっ!! 魔王!!

魔王「わたしはっ!」 ばばっ
  メイド長「おお。黒マントひるがえり演出っ」

魔王「ここに、大部族会議っ、忽鄰塔の招集を告げるものである!」

魔王! 魔王~! うぉぉ! とうとうこの日が来たっ!
人間との全面戦争だぁ! 今度こそ我らの大勝利だぁ!!

魔王「え? ちがっ。そうでなく」

魔王! 魔王~! 魔王万歳っ!! 魔界万歳っ!!

魔王「……ええーいっ。
 すべては忽鄰塔において族長による決定があるっ!
 魔界の隅々にまで伝えよっ! 魔王が招集をしているとっ」
654 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 13:21:59.11 ID:BJlDi/AP
――冬越し村、真冬の朝、村の入り口

痩せたした村人「ほーぅい」
中年の村人「どんな案配だい?」

痩せたした村人「今日も寒いなぁ」
中年の村人「ああ、氷っちまうだがよ。何処へいくだ?」

痩せたした村人「ちょっくら豚肉をとりに倉庫へな」
中年の村人「おいら氷溶かしだがや。……おや」

痩せたした村人「?」

中年の村人「ほーぅい! ほーぅい!」

痩せたした村人「ありゃ、学士様でねぇかい!
 都におられるって話だったけんど
 おら達が村に帰ってきてくれたのかい!?」

中年の村人「ほーぅい! 学士様よぉーい!」

  魔王 ぶんぶんっ
  勇者「そんなに手を振らんでも」

たったったった

痩せたした村人「おかえりだがや! 学士様!」
中年の村人「おかえりなさい、学士様!」

魔王「うん。いま帰った」にこっ
656 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 13:24:02.27 ID:BJlDi/AP
――冬越し村、魔王の屋敷、暖炉の暖める広間

 めらめら、ぱちぱち

メイド姉「申し訳ありませんでした、当主様」

魔王「もう良いと云っているではないか」

メイド姉「しかし、当主様のお姿であのようなことをしでかし
 この件の影響は大きく、今後の当主様の活動にも
 変化を与えずには済みません」

魔王「かといって、あそこで殺されておったら、
 それこそわたしは幽霊になって
 住む家もいままでの成果も失ってしまう。
 おまけにメイド姉の幽霊も出てくるだろうから
 幽霊にたたられる幽霊ではないか」

メイド姉「は、はい……」

魔王「その件は、帰り道に勇者にも聞いておる。気にするな」

メイド姉「は、はい……」

魔王「それより長い間大変だったのであろう?
 もういいのか? 怪我などはしていないか?
 疲れてはいないか?」

勇者「いや、それは自分に云えよ」
メイド長「まったくです。人より重いものぶら下げてるんですから」
657 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 13:25:27.04 ID:BJlDi/AP
メイド姉「いえ、皆さんに本当に良くしてもらって」
メイド妹「うんうんっ! 鉄の国の料理も教えて貰ったよ!」

魔王「そうか、それは楽しみだな」なで
勇者「どんなのだ?」

メイド妹「海賊風スープとか、猪の香味炙り焼きとか」
勇者「豪快だな」

メイド妹「味が濃くて、ぎゅーって感じで美味しいよ?」
勇者「おお、なんか美味そうなな感じだ!」

メイド長「当主様がお出かけの間、
 家事に遺漏はありませんでしたか?」

メイド姉「家を空けておりましたので、
 その間は世話が行き届かなかったのですが
 村の方達が、冬支度と、雪下ろしをやってくれましたようで。
 昨日帰りましてから、邸内の埃払いなどを始めております。
 明日には全ての清掃管理を以前と同じような段階まで
 戻せるかと思います」

メイド妹「私もがんばったよ!」

メイド長「妹は何をしていたのです?」

メイド妹「シーツ全部洗濯した! リネンも全部きれい!」

メイド長「……よろしい。評価に加えましょう」
658 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 13:26:37.91 ID:BJlDi/AP
メイド姉「では、わたし達は廷内の清掃に戻りますので」
メイド妹「え? もっとお話……」

メイド姉「戻りますよ。妹。お話は夕食の時でもできます。
 それにいま全部聞いちゃったら、冬籠もりの間に
 お話を聞く楽しみが無くなっちゃうでしょ?」

メイド妹「うー」

メイド姉「ほら、いくよ?」 ずるずる
メイド妹「と、当主様。またー!」

メイド長「では、まおー様。わたしも冬の間の届け物や
 屋敷の遺漏、仕事の具合などをチェックしてまいりますので」

魔王「うむ。頼んだ」
勇者「よろしくなっ」

とっとっと

メイド長「あ、そうでした」

魔王「なんだ?」

メイド長「まだ屋敷の何処が汚れているか判りません。
 チェックも終わっていませんので、多少ご不便でしょうが、
 しばらくはこの部屋で大人しくしていてください。
 夜までには執務室を使えるようにしておきますので」

魔王「うん、お願いする」
勇者「たかが掃除で。汚れても死なないって」

メイド長「汚れた格好で歩き回られると掃除の手間が増えます」
660 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 13:28:28.73 ID:BJlDi/AP
――冬越し村、魔王の屋敷、暖炉の暖める広間

勇者「メイド長も神経質だなー」

魔王「ふふふ。あれでも気を遣ってくれたのだろう」
勇者「?」

魔王「少し休憩しろ、と云うことなのだ」
勇者「ああ。まだるっこしいなぁ」

魔王「そういう性格なのだ」にこっ

 めらめら、ぱちぱち

勇者「……」
魔王「……」

 めらめら、ぱちぱち

勇者「それにしてもさ、そのー。Quriltai?」

魔王「忽鄰塔だ。魔族の族長が集まり、
 重要事項を決定する大会議だな」

勇者「なのに、かえって来ちまって良かったのか?」

魔王「開催するためには一ヶ月以上掛かる。
 使者をとばして向こうも準備をせねばならぬからだ。
 忽鄰塔は本当に大きな集まりで、
 一人の魔王の治世の中でも2回も開けば多い方だ。
 中には1回の忽鄰塔も開かなかった魔王もいる」

勇者「ふぅん」
661 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 13:29:57.69 ID:BJlDi/AP
魔王「会議は族長同士で行われるが、
 族長だけが集まるわけではない。
 氏族の主立った顔ぶれがあつまって交流するのだ。
 市が開かれ交易も行われる。
 腕試しの決闘がそこここで開かれるし、
 中には恋に落ちる若者同士もいる。
 忽鄰塔の期間に生まれた子供は、将来利発になるとも云うな。
 そして多くの宴も催される。
 宴だけで時には一月にわたることもあるほどにだ」

勇者「ふーん。会議とお祭りと旅行が一緒くたのようなものか」

魔王「魔族の氏族の中には個性が強いものもおる。
 例えば竜族などは強力な氏族だが、多くの場合自分たちの
 領土に閉じこもって生活を続けているな。
 獣人族は山野を駆け巡る狩人で、あまり人里には暮らさない。
 彼らが他の氏族とふれあう機会である、というのも
 忽鄰塔の大きな役割なのだ」

勇者「そうか、人間と一緒にしちゃいけないな」
魔王「そのとおり」

勇者「今回の会議はやっぱり、その」
魔王「ああ、人間族との関係を見直さなければいけない時期だ」

勇者「……」

魔王「大丈夫。なんとかなるさ。そのためにもしばらくは
 この屋敷と地上界で資料集めや援軍の準備をしなくては」

勇者「そっか」
662 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 13:32:03.69 ID:BJlDi/AP
 めらめら、ぱちぱち

魔王「……ふわぅ。……んぅ」ぐぃっ
勇者「どうした?」

魔王「いや。暖かくてな。なんだか緊張が」
勇者「疲れてたんだろう?」

魔王「そうなのかな」
勇者「緊張している時は、疲れが自覚できないもんだ」

魔王「む。そういうものなのか」

勇者「激しい戦の後なんか、特にな。
 もう何が何だか分かんないくらい気合いが入っちゃって、
 戦った後に海に飛び込んでゲラゲラ笑いながら8時間泳いで、
 陸に上がった後にいきなり寝むりこけて
 二日たった事もあったくらいだ」

魔王「それは勇者だけだ」

勇者「すこし寝るか?」

魔王「いや、眠くはないのだが。ちょっとだるいだけで」
勇者「そっか。……えーっと」

魔王「ん?」
勇者「あんまり柔らかくないし、
 寝心地悪いけど、膝を貸してやろうか?」

魔王「良いのか?」
勇者「おやすいご用だ」
668 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 13:37:27.58 ID:BJlDi/AP
「そこまでですっ!」
「その手を……は、離してくださいっ!」

「貴様ら、何者だっ!?」

 凍り付いたような月光の中を飛び込んできたのは二つの小さな
影だった。
 まだ子供のようなあどけない表情を、それでも闘志に燃やして、
 栗色の長い髪をたなびかせる少女。彼女のその幼いしかし将来を
十分に予感させる可憐な美貌に似合わない、薄手のぴっちりとした
服の胸部を盛り上げる発育した胸がふるえる。
 愛らしい腰回りにフリルを沢山つけたミニスカートからはニー
ソックスに包まれた健康そうな太ももを突き出され、強気そうに
大地を踏みしめた体勢で高らかに名を名乗る。

「わたしはごきげん剣士ななこっ!」

 その傍らに立つのは、少女と見まごうばかりの可愛らしい表情を
した少年。まだ発育しきらない、薄く華奢な上半身の線を晒しだし
てしまうような丈の短いブラウスと、細く滑らかな足を見せつけて
しまうようなきわどい半ズボンで、その身体を覆っている。
 少年はその格好が恥ずかしいのか、内股になって身をよじりなが
らも、奇っ怪な黒い影を見つめて気丈に声を張り上げる。

「ぼ、ぼくはごきげん賢者すいかっ!」

 二人が呼吸を合わせて手をハイタッチさせると、そこから奔流の
ように光が流れ、あたりに輝きの微粒子が舞い踊る。
 音楽的な炸裂音と七色の閃光は暗い倉庫を照らし、コウモリにも似た怪人の網膜を焼き尽くす。

「わたしたちっ!」「ぼくたちっ!」
 くるりと回って武器を構える二人。

「相手が悪だかどうかも確認せずに、ノリと勢いで征伐執行!
 わがままいっぱい甘えたい盛りのお年頃っ!
 その名もっ“ごきげん殺人事件”っ!! 執行完了170秒前っ!」
675 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 13:42:32.34 ID:BJlDi/AP
――冬越し村、魔王の屋敷、暖炉の暖める広間

魔王「~♪」
勇者「……ん」

魔王「勇者の膝、気持ちが良いぞ」
勇者「おお、そりゃよかった。眠くなったら寝ても良いんだぞ?」
魔王「そうさせて貰うかも知れないが……」

勇者「ん?」

魔王「勇者は何を読んでおるのだ?」
勇者「新作」

魔王「は?」

勇者「いや、五巻目らしいんだ。『ごきげん殺人事件5 3回チェ
 ンジで温泉旅行殺人事件』なんだけど」

魔王「意味がわからない」
勇者「俺にだって判らないよ」

魔王「判らないものをどうして読んでおるのだ?」
勇者「友人が書いたんだ」

魔王「ほう」
勇者「ほら、女魔法使いだよ」
魔王「そうなのか? 彼女にそのような趣味が?」

勇者「ああ。あっ。これは秘密だぞ? そう言えば
 口止めされてたんだった」

魔王「判った……。だが知ってしまうと興味をそそられるな」
勇者「貸してやろうか? 1巻から読めば同時に読めるぞ」
680 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 13:46:05.74 ID:BJlDi/AP
魔王「……」ぺらっ
勇者「……」

 めらめら、ぱちぱち

魔王「くっ。……ウサりんご大佐め、なんて憎たらしいやつなのだ」
勇者「そいつムカつくよなぁ~」

 ぺらっ、ぺらぺらっ

魔王「……」
勇者「……ほほう」

 ぺらっ

魔王「なっ!? 胃の中までカブ汁で満たすだと……?
 なっ、なんて猟奇的で残虐な発想なんだ。作者は正気かっ!?」

勇者「……いやぁ、どうかな」

 めらめら、ぱちぱち

魔王「ふぅーむ」
勇者「どうした?」

魔王「いや、意味はまったくわからないが面白いな」
勇者「面白いが読み終わってもあらすじを解説できないんだ」

魔王「新規な体験と云えよう」
勇者「珍奇な経験としか云えないと思うぜ」
684 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 13:48:53.17 ID:BJlDi/AP
 めらめら、ぱちぱち

魔王「ふぅー。堪能したぞ。1巻最大の見せ場は、ショーツを
 盗まれたすいか少年のあられもない必殺技だな」

勇者「……いや、それはうがちすぎた見方だろう?」
魔王「では何処が良いというのだ?」

勇者「やっぱり深夜の路上でゾンビの物まねをする村人が
 60ページに渡って描写される所じゃないか?」

魔王「震えが来るな」
勇者「まったくだ」

 めらめら、ぱちぱち

魔王「……」
勇者「……」

魔王「勇者と、こうして背中をくっつけあって本を読む日が
 くるなんて、わたしは想像もしていなかったよ」
勇者「俺だってしてなかったさ。魔王となんて」

魔王「背中……暖かいな」
勇者「うん」

魔王「わたしはずっと一人で本を読んできた。
 もちろん簡単な物から難しいことまで、
 それこそ気が遠くなるほどの勉強もしたけれど、
 それにもまして一人であれやこれや、
 他愛のないことを想像してきたよ。
 でも、勇者と背中をくっつけるなんて簡単なことも
 想像していなかった」

勇者「実物で手を打てば良いんじゃないか? 魔王」
704 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 14:31:00.16 ID:BJlDi/AP
――冬越し村、魔王の屋敷、食堂

メイド妹「じゃーん! 今日はご馳走です!」

魔王「おお! 美味しそうだ」
勇者「家空けてたのに、良く食料があったな」

メイド長「ええ。村長と村の方達が、
 先ほどから何名もいらっしゃって。
 ご帰還のお祝いだと届けてくれるんです」

魔王「ああ、ありがたいな。
 それでは遠慮無くいただこうではないか」

勇者「おう」

メイド長「では、給仕を……」

魔王「ああ。良い。一緒に出してしまってくれないか?
 それに今日は、みんなで一緒に食べよう」

勇者「そうだな」

メイド長「ですが……」

魔王「習慣にする訳じゃない。今日だけだ。
 メイド長、ゆるしてくれ」

メイド長「主人の希望を叶えるのもメイドの仕事ですからね……」
705 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 14:32:17.41 ID:BJlDi/AP
魔王「では、頂きますだ」
勇者「いっただっきまーっす!」

メイド長「パンも焼きたてですね」
メイド姉「はい」にこっ

メイド妹「明日はレーズンの入ったのを作るよ。
 あ、お兄ちゃん。テーブルでの給仕はわたしがやるのっ」

勇者「いいじゃん。たまには楽すれば?
 スープくらい自分で出来るよ」

メイド妹「ちがうのっ。これはわたしの仕事なのっ。
 それにね、作った料理を盛りつけて、お届けして
 “美味しい~”って顔を見るのは、お仕事だけど
 お仕事って云うよりもご褒美なんだよ?
 そこまでセットで料理人なのっ」

魔王「そのとおりだな。それはメイド妹の労働対価だろう?」

勇者「……そうなのか。判ったぞ。おねがいします」

メイド妹「は~い♪ どうぞっ」
勇者「ん……」

メイド妹「どう?」
勇者「美味しいぞ。ベーコンも炒まって、馬鈴薯も最高だ」にこっ

メイド妹「わーい♪」
706 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 14:33:47.72 ID:BJlDi/AP
メイド長「こほん。妹」
メイド妹「はいっ」

メイド長「食事の場で腕を振り回す物ではありません」
メイド妹「ごめんなさい」

メイド長「でも、料理は腕を上げましたね」
メイド妹「は、はいっ」がたっ

勇者「――直立不動で敬礼してるし」
魔王「うむ、メイド長。良い掌握だ」

メイド長「これからも精進なさい」
メイド妹「はいっ♪」

勇者「美味いなぁ」
魔王「うん。この貝のバター焼きも良いな」

メイド長(小声)「ところで、まおー様」

魔王「どうした?」

メイド長(小声)「いかがでした?」
魔王「なにが?」

メイド長(小声)「お二人の時間ですよ」
魔王「ああ、楽しかったぞ。どきどきわくわくだ」
707 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 14:36:30.24 ID:BJlDi/AP
メイド長(小声)「おや。流石の童貞勇者も、では抱擁くらいは」

魔王「それにしても2巻でいきなり武器が砕けた上に
 自分たちが逮捕されるとは……」

メイド長(小声)「はい?」

魔王「“才能の無駄遣い”?
 ……いや“無駄遣いにしか使用できない才能”なのかな。
 世間の評価は判らぬが、ともあれ問題作ではあった」

メイド長(小声)「何を仰ってるのか、わたし……」

魔王「いや、『ごきげん殺人事件』だ。新しい形の物語で
 勇者と二人でずっと読んでいたんだ。面白かったぞ」

メイド長(小声)「ずっと?」
魔王「うん、ずっと」

メイド長「……」
魔王「?」

メイド長「勇者様ー?」
勇者「ん。なんだい、メイド長?」

メイド長「まおー様が、今晩の湯浴みでは背を流したいそうです」
勇者・魔王「えっ!?」

メイド姉「え、あ、わわわ」
メイド妹「一緒お風呂なの? いいなぁ~」
メイド姉「わたし達は良いのっ」

勇者「何を言ってるんだっ。そ、そ、そんなのっ」
魔王「そうだぞっ。メイド長っ。横暴だぞっ」
708 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 14:37:46.80 ID:BJlDi/AP
メイド長「これは決定です」ぎろっ

勇者「お、おーぼーだぞー。ですよー?」
魔王「な、なんでそんなに怒っているのだ? 悪いことしたか?」

メイド長「まったく。時間というのは有限なのですよ」

勇者「その件は慎重に論議をしてだな」
魔王「そうだ、こういうのはムードとかタイミングが」

メイド長「お二方は何を聞き分けのない……。
 判りました。では、勇者様の背中はわたしがお流しします」

メイド妹「お、おねーちゃん?」
メイド姉「わたしたちには早すぎる話題だから、
 静かにしてようね、いもーと」

勇者「メイド長が……ふにふにほわぁん」
魔王「何を想像しているっ、勇者っ。
 そのようなこと許せるわけがないではないかっ」

女騎士「ふぅ。何で毎回こういう展開に出くわしてしまうのだ」

勇者「何時の間にっ」

女騎士「何度も声をかけたぞ。せっかく帰ってきたと聞いて
 たずねてみれば、灼熱開戦とはこのことだ」

魔王「女騎士ではないかっ! 無事に帰ったぞ!
 さぁ、座ってくれ。メイド妹、食事をもう一人分だ」

メイド妹「はーい!」
710 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 14:38:41.28 ID:BJlDi/AP
勇者「まぁ、とにかく風呂の話題は置いておいて」
魔王「う、うむ。ここは一時停止だ」

メイド長「判りました。二人ではともかく
 三人ではちょっと手狭ですしね」

勇者「そういう問題なのかよっ!?」

メイド長「主人のハーレムを整えるのもメイドの役目」

勇者「本当なのかよ、それ」
魔王「メイド長の“メイド道”は複雑怪奇なのだ」

女騎士「無事に帰って良かった。……これは修道院から
 くすねてきたワインだ。まぁ、控えめに飲んでくれ」

メイド長「有り難く頂きますわ」

魔王「話は簡単にだか聞いている。
 中央との戦を双方最小限の被害で食い止めてくれたとか、
 いくら礼を言っても足りない」

女騎士「相手は2万、こっちはその4分の1以下。
 いくらわたしでもまともにやったら死んでしまうよ。
 あれはああでなくては、わたしも困っていた」

勇者「悪いな、来てもらっちゃって。
 明日にでも挨拶に行くつもりだったんだけど」

女騎士「それが待てなかったのはこっちの都合だから。
 お帰りなさい、勇者」
723 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 15:32:34.88 ID:BJlDi/AP
――冬越し村、魔王の屋敷、夜の執務室

魔王「ふぅ……。やれやれ、やっとおちついたか。
 これで報告書やら書類の整理やら……。
 おおっと、そうだ。
 頼まれていた土産も渡してやらぬとな。
 明日は村長の所にも顔を出さないと……んっ。
 土産の包みは何処へ……」

コンコン

魔王「開いている。どうぞー」

女騎士「いま、良いだろうか?」

魔王「ああ。女騎士か。済まないな、騒がしい夕食で」


女騎士「いや、いいんだ。楽しかった。
 修道院の夕食は、宗教的な制約で静かだから。
 こういう楽しい食事は、気持ちが和むよ」

魔王「それなら良いんだが」

女騎士「うん」

魔王「……」
女騎士「…………」

魔王「どうした?」
女騎士「ああ。その。今晩のうちに話したいことがあって」

魔王「聞こう」
724 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 15:34:32.03 ID:BJlDi/AP
女騎士「その、魔王がいない間に」
魔王「うん」

女騎士「勇者に、剣を捧げた」
魔王「……?」

女騎士「判らないか。そのぅ……。
 剣を捧げるというのは、騎士にとって重要な
 ……誓約の儀式なんだ。
 それをしないと一人前とは云えないと云うほどの」

魔王「ふむ」

女騎士「騎士は主人を持って、
 剣を捧げた主君を持って初めて一人前になる。
 剣を捧げるというのは騎士にとって
 主君に全てを委ねると云うことで、
 主君のために働き、戦場では武勲を立てる生き方の規範なんだ。
 主君のことを思い、主君のために尽くす。
 ……主君のものになると云うことなんだ」

魔王「……っ」

女騎士「その誓いを、勇者に捧げた」
魔王「……」

女騎士「魔王がいない間に許可も得ずに、内緒で、卑怯だと思う。
 それは判っている。それに、勇者に対しても
 もしかした無理強いをしたんじゃないかとも……思っている。
 その……。剣を捧げた後、わたしは戦場に行ってしまったし
 勇者は魔界に行ってしまったから、確認はしてないけど。
 困ったような表情は、させてしまった」
725 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 15:36:26.26 ID:BJlDi/AP
女騎士「だからといって取り消せない。
 それは誓いだから、絶対に取り消せないし、
 もし可能だとしても取り消したくはない。
 勇者に剣を捧げたいというのはわたしの魂の願いなんだ。
 ――でも、これは魔王に内緒にすべきではないと思った。
 魔王が勇者の持ち主だからって言うのもあるけれど」

魔王「……」

女騎士「友達だって云ってくれたから」

魔王「……」

女騎士「だから、告げに来た。
 罵ってくれて構わない。いや、そうされるために来たんだ。
 も、もちろんっ。
 わたしは勇者のものだけど、勇者はわたしのものじゃない。
 ――騎士の誓いとはそういう物じゃないんだ。
 だから勇者がわたしに触れなくてもわたしは一生我慢できる。
 魔王と勇者の仲を邪魔するつもりはなくて、
 それは魔王が正しくて……。
 勇者に触れて貰ったりもしてないぞ?
 いやそれは、何というか、そういう意味でと云うことだが」

魔王「ん」
女騎士「うん……」

魔王「そうか」
女騎士「うん……」
727 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 15:38:30.33 ID:BJlDi/AP
魔王「わたしは、図書館で育って。
 と、いっても普通の図書館とも違うのだけれど……。
 つまり、人とのふれ合いが少ない環境で育ったのだ。
 だから男女に限らず情愛には疎くてな」

女騎士「……」

魔王「女騎士は、嫉妬を感じたことがあるか?」

女騎士 こくり

魔王「それは、なんだか胸のあたりがちくちくといがらっぽく
 呼吸が苦しくなるような、
 平衡感覚が失われるようなものだろうか?
 相手を特定できないような無方位の怒りと苛立ち
 それから自己嫌悪と寂しさがミックスされたような感情なのか?」

女騎士「うん、そう」

魔王「ではわたしは嫉妬しているのだな……」
女騎士「……」

魔王「わたしがもし魔力に溢れる魔王であれば、
 漏れ出したそれだけで、床を焦がしてしまうやも知れない」

女騎士「うん……」

魔王「一番哀しいのは、どこかで惨めな気分になっている
 自分が存在することだ」
女騎士「え?」



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最終更新:2010年07月01日 02:21
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