2-1


魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」2-1


66 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 15:07:28.99 ID:Lbanm5QNP
――冬の国、王宮

王子「ああ、けったくそわるい」
執事「はぁ」
王子「むかつくぜ」
執事「諸王国会議でございますか」
王子「……」

執事「聖王都がまたなにか?」
王子「どんぱちやれってさ」

執事「……さようでございますか」
王子「あらかた知ってるんだろう?」

執事「それはまぁ。洒落で諜報部を設置しているわけでもなく」
王子「要するに……」

執事「武勲と」
王子「そうだ」

執事「昨年来、魔族の侵攻は緩やかなままですからな。
 このままでは人間の世界を守るという錦の御旗の価値が
 ゆらぐと、そんなことを考える人もいるのでしょう」

王子「魔族の邪悪さと恐怖、人間の勝利をアピールしないと
 支援するための募金もままならない、と。
 遠回しにそう通達して来やがった」
71 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 15:13:33.14 ID:Lbanm5QNP
執事「聖鍵遠征軍の話はでましたか?」

王子「諸王国側からはな。
 だが、中央の連中はその気はないさ。
 どんなに言いつくろったって、
 過去の聖鍵遠征軍は失敗だったんだ。
 あれだけの軍隊と物資をつぎ込んで
 得られたのは魔界側の都市の一個や二個。
 そもそも聖鍵遠征軍のお題目であるところの
 “魔王城を落として世界に平和をもたらす”事を
 中央の連中だって望んじゃいない。
 戦争が無くなったらまた内輪もめだ」

執事「……」

王子「しかし、それは俺たちもおなじなんだけどな。
 戦争がなければ金が送られてこない。
 小遣いをもらって殺し屋をやっている。
 国ぐるみで傭兵の真似ごとだ。情けない話だ」

執事「若……」

王子「しかしなぁ。今回ばかりは」
執事「会議はどうなりました?」
75 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 15:19:26.51 ID:Lbanm5QNP
王子「まだ結論は出ていない」

執事「判りますなぁ……
 “魔族をやっつけろ、しかし聖鍵遠征軍を出す余力はない”
 となりますとな」

王子「諸王国軍の戦力を使って、
 手早く、しかも中央大陸に華々しい戦果のニュースを
 もたらせるような戦争だろう?
 そんな都合の良い戦争、そこらにほいほい
 転がってるもんかよ」

執事「氷の国、白夜の国、鉄の国の皆様はいかがで?」

王子「まぁ、難しい顔はしてたよ。
 ああ。白夜の国だけはやる気満々だったな」

執事「あそこは、聖王国の貴族の娘だかを新しい
 后に迎えてましたからな。大陸中央とのパイプを
 強化して強国の仲間入りを果たしたいと願って
 いるのでありましょうなぁ」

王子「そういうことなのか」
執事「さようでございます」

王子「会議はまだまだ続くだろうが」
執事「……」
76 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 15:24:17.45 ID:Lbanm5QNP
王子「おそらく、戦場は極光島だろうな」
執事「で、ございましょうな」

王子「極光島は南氷海にうかぶ、人間世界唯一の魔族の版図だ。
 ゲートを超えて魔界へ入らず魔族と一戦を交えるとしたら、
 あそこしかないだろう」
執事「ええ」

王子「あの島を魔族にとられたのは確かに痛手だったからな」

執事「まぁ、当時はここまで被害が大きくなるとは
 思えませんでした。お父様を責めなさるな。
 軍事拠点としての価値はさほどではありませんでしたしな」

王子「ああ。そうだなぁ」
執事「……」

王子「だが、あそこを押さえられたせいで海上運輸と
 南氷海の漁業は、大きな打撃を受けたよ」
執事「さようで」

王子「ああ! あのとき親父達に、魔界へ侵攻して
 都市の一個二個とるよりも、あの小さな島を守る
 勇気と智慧がありゃぁなぁ」

執事「詮方なきことかと」
79 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 15:30:26.67 ID:Lbanm5QNP
執事「軍の編成はどうなりますかね」
王子「なにぶん、島だからな。戦船が中心にならざるをえん」
執事「ふむふむ」

王子「戦船200艘、兵員7000といったところかな」
執事「いかがでしょうね」

王子「俺なら、やりたくはないな。
 人間の軍の優位点は連係攻撃と機動力、情報伝達、
 そして何より、数だ。
 海戦では肝心の数の優位性が失われる。

 7000人の兵士を殺す必要はない。
 船を200隻しずめればいいんだ。
 正気の沙汰の話じゃない」

執事「若ならば?」

王子「戦をしないよ。
 やるならば、勝ったあとにちょこっと海戦をやって、
 軍事的に圧倒したふりだけをするさ。
 そもそも勝利をするための方策がない状態で
 戦をやるのは馬鹿だけだ。
 その上今回の戦、意義も見いだせない。
 大陸中央で安全を貪っている聖王国に指示を出されたから
 しっぽを振って兵を送り込むだって?
 そんなことで勝てるなら苦労はないさ」
80 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 15:34:12.80 ID:Lbanm5QNP
――冬越しの村、村はずれの館、中庭

貴族子弟「どうやら決まりらしいな」
軍人子弟「この冬でござるか?」

貴族子弟「ああ、氷の国の王宮に叔父がいるんだが
 その叔父が知らせてくれた。どうやら大規模な
 海戦を行なうようだ」

軍人子弟「そうでござるか!
 最近は大戦もなかったでござるからね。
 海戦でござるか! となると、
 この近くでやるのではござらんか?」

貴族子弟「ああ、もちろんだとも。
 叔父もはっきりとは言わなかったが、このあたりにも
 動員令がかかるはずだと教えてくれた」

軍人子弟「憎き邪悪な魔族へと聖教会の鉄槌を
 下す時が来たでござるね!」

貴族子弟「君も行くのか?
 僕は叔父の船に乗せてもらうつもりだ」

軍人子弟「もちろんでござる。
 戦こそ武人の誉れでござるよ!」
82 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 15:39:09.80 ID:Lbanm5QNP
女騎士「整列っ」

貴族子弟「は、はいっ!」
軍人子弟「!!」


ザザザッ

女騎士「浮ついた雰囲気だな」

貴族子弟「師範! お話はお聞きですかっ!?」
軍人子弟「拙者、血がたぎるでござるっ」

女騎士「まぁな。聞いてはいる。極光島だそうだ」

貴族子弟「極光島!」
軍人子弟「人間世界にしみ出した
 蛆のごとき魔族の根城でござるな。
 この大地に魔族は必要ないでござる」

女騎士「おい、ゴザル」

軍人子弟「はっ!」 ビシッ

女騎士「嘲りも侮蔑も戦場では不要だ。
 そんな心の動きは、生き残るための敵の一つと
 知った方がよい」
83 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 15:44:47.27 ID:Lbanm5QNP
女騎士「諸君らに今一度訊ねる」

貴族子弟「……」

女騎士「それは諸君らの父君が、なぜこんな田舎の
 学院に諸君らを預けたかと言うことだ」

貴族子弟「それは、もちろん高名な学士様、
 女騎士様がいらっしゃるからです」

軍人子弟「戦場で勇名をはせるためでござる」

女騎士「ちがう」
子弟2人「?」

女騎士「諸君らの父君がこの学院に諸君らを預けたのは
 ――大陸中央の進学校でも、修道会でもなく
 まさにこの学院に諸君らを預けたのは、諸君らを
 一回の雑兵や役人にするためではないぞ」
86 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 15:52:34.75 ID:Lbanm5QNP
女騎士「諸君らは、ここで――あの腹立たしい胸をした
 ――学士に経済なる面妖怪奇な理論を学んでいるので
 あろう? 修道士からは実戦的な医術と農業の基礎を、
 そして私は剣や槍、馬術に限らず、こと戦の事に関して
 一通り以上を教授したつもりだ」

女騎士「それらは全て、一回の兵卒の身には過ぎたるもの。
 それは王の隣に立って戦を治めるための知恵と技だ。
 ――忘れるな。諸君らが身につけた、
 あるいは身につけようとしている技の価値を」

女騎士「中央の学院や修道会では、より洗練された、
 教会の教えに沿った知識を身につけられるだろう。
 社交術も華やかなパーティーで身につけられるに
 違いない。あるいはそれも有用な技であろうな。
 しかし、諸君らの父君はここを選んだ。
 なぜなら、この学院に諸君らを預ければ、
 少なくとも戦場で血気にはやり愚かしい蛮勇を
 振るうことは無かろうと思ったからでもあるし、
 ……“敵に勝つ”というよりももっと意義のある
 戦を学べると思ったからでもあろう。
 あるいは、諸君らの父君が、自分たちには身に
 つけられなかったと後悔する技が、それなのだ」

貴族子弟「はい」 びしっ
軍人子弟「はっ」 びしっ
89 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 15:57:19.26 ID:Lbanm5QNP
女騎士「ではどうだ? その知恵と誇りは、
 この戦争の知らせに子供のように騒げと言っているのか?」

子弟2人「……」

女騎士「目を見開け、耳を澄ませ、この世界の全てを
 勝つための知恵としろ。本当にこれでよいのかと疑え。
 なぜならば諸君らの肩には、もはや諸君らの命以上の
 多数の命と財産がのしかかっているからだ。
 魔族が悪? そのようなものは、戦にはない。
 勝者と敗者あるのみだ」

子弟2人「……」

女騎士「諸君らが戦に行くのならば、私は止めない。
 止める資格もないだろう。
 だが、諸君らが死ぬのを許すつもりはない。
 諸君らは死ぬにはあまりにも未熟だ。
 もし死ぬにしても、その瞬間まで諸君らは
 何を間違えたのかも判らず、
 きょとんとした表情で死ぬだろう。
 そのようなことを許すつもりはない。
 ……さぁ、教練を始めるぞ。今日は普段の
 3倍は厳しいぞ。覚悟するんだなっ!」
91 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 16:06:44.25 ID:Lbanm5QNP
――冬越しの村、村はずれの館

女騎士「なんてねー」
メイド姉「はい?」

女騎士「言っちゃってるんだけどねー」ごろごろ
メイド姉「はぁ……」

女騎士「偉そうに云っても、なんですか。
 わたしも代役教師だから、なんもいう権利ないよねー」

メイド姉「そうですか? 勇者様より遙かに立派に
 努めていらっしゃると思いますよ?」

女騎士「あいつはいい加減すぎるのよ」

メイド姉「ですねぇ」くすっ

女騎士「梨のつぶてもいいところでしょう。
 死んだと思ったら一年ぶりに現れてさ。
 引っ越してきたら修行の旅に出て一年も帰ってこないとか」

メイド姉「……」
97 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 16:11:37.25 ID:Lbanm5QNP
女騎士「信頼されてるって思わなきゃやってられない」
メイド姉「でも、そう思ってらっしゃるんでしょう?」

女騎士「それは、まぁねー」
メイド姉「そこが素敵です」

女騎士「……」


コトン

メイド姉「はい。甘いですよ?」
女騎士「これは何?」

メイド姉「加鼓亜のお茶ですよ? 元気が出ます」
女騎士「熱っ。でも、甘いわね」

メイド姉「これも当主様の実験植物です」
女騎士「そうなのか?」

メイド姉「ええ。水晶農園が出来てから、
 いろいろ実験がはかどるのだとおっしゃってます。
 これは植樹で持ってきたものですけれどね」

女騎士「あのキラキラした建物でしょ。面白いよね。
 あんな建物で、建物全て暖房するとはねー」

メイド姉「暖かい地方の植物も作れるそうで」
100 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 16:16:59.91 ID:Lbanm5QNP
女騎士「でも、あれを立てるために修道会の
 財布は空っぽよ……。
 ああ、とんでもないことになってるなぁ」

メイド姉「そうですか?」
女騎士「とんでもないよ。大ピンチだよ」

メイド姉「でも、嬉しそうなお顔ですよ?」
女騎士「……そんなことはない」むっ

メイド姉「なら良いですけど」にこっ
女騎士「最近、メイド長に似てきたぞ?」

メイド姉「そうですか?」
女騎士「うん、似てきた」

メイド姉「そんなことないですよ。まだまだです」
女騎士「そうかな、仕草とかそっくりだよ」

メイド姉「何がなにやら、判らないですよ。
 文字も読めるようになったし、数学も覚えました。
 出来ることは沢山増えました。でも、わたし」

女騎士「?」

メイド姉「人間になれたんでしょうか……」
108 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 16:26:08.72 ID:Lbanm5QNP
――魔界、開門都市、くすんだ酒場

勇者「へぷしっ!」
酒場の主人「なんだい、兄ちゃん。
 汚ねー汁まきちらさないでくれよ」

勇者「はん。こきやぁがれ。
 掃除もしてねぇような小汚い酒場じゃねぇか」

酒場の主人「ははは! 違いねぇ」


聖鍵遠征軍兵士「ぎゃはははは!!」
  聖鍵遠征軍兵士「酒を持ってこい、この魔族!」
  聖鍵遠征軍兵士「早くしろ、殺すぞ、この女っ!」
  聖鍵遠征軍兵士「こんな肉が食えるかっ」

勇者「……」
酒場の主人「ああ、まったく大暴れだな、商売あがったりだ」
勇者「そうか? ……マスターだって人間だろう?」

酒場の主人「まぁ、そりゃそうだがよ」

勇者「ふむ」

酒場の主人「酒が飲みたきゃ、
 酒を買って外で飲めば良いんだ。
 酒場ってのは食い物や雰囲気も含めて売り物だからよ。
 あんな騒ぎは、ありがたかぁねぇな」
111 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 16:31:51.18 ID:Lbanm5QNP


聖鍵遠征軍兵士「早くしろっての!」
  魔族娘「きゃっ!!」
  聖鍵遠征軍兵士「裸踊りでも見せてくれるのか?」

勇者「……」
酒場の主人「ち、しかたねぇなぁ」


酒場の主人「お客さん。そういう事がしたいなら
   一本裏手の宿屋に行ってくれないですかね?」


聖鍵遠征軍兵士「何だと、親父」
  聖鍵遠征軍兵士「誰のお陰でここの防衛や暮らしが
   成り立っていると思っているんだ!?」

勇者「おい」
魔族娘「は、はいっ。す、すみません。
 ぶ、ぶたないでくださいっ」

勇者「そんなことはしないよ」


酒場の主人「いえ、めっそうもない。心得ております。
   いつもいつも、緑のお天道様とおなじくらい
   感謝しておりますよ」
114 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 16:37:37.87 ID:Lbanm5QNP
勇者「いつもあんな感じか?」
魔族娘「は、はい……」

勇者「この街は、まだ相当な数の魔族が残っているのか?」
魔族娘「……そ、そのぅ」

勇者(そりゃ、警戒もされるか……)
勇者「これを見ろ」 すっ

魔族娘「それは、魔王様の紋章。黒の手甲っ」

勇者「どうなんだ? この街の状況は」
魔族娘「それは、はい……魔、魔王様」

勇者「黒騎士と呼んでくれ」

酒場の主人「あー、やれやれ。商売あがったりだ」
勇者「なんとかなったのか?」

酒場の主人「ああ。済まないね、大騒ぎで。おや」

魔族娘 びくっ
115 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 16:44:18.07 ID:Lbanm5QNP
酒場の主人「あんたがこの娘をかばってくれたのかい」
勇者「ちょっと話をしていただけさ」

酒場の主人「ふふん」
魔族娘 びくびくっ

勇者「……」
酒場の主人「まぁ、いいさ。
 その娘もこんなに怯えちゃ仕事にならないだろう。
 おい! 奥で皿洗いでもしているんだな」

勇者「マスターは器量があるな」

酒場の主人「魔族だろうが何だろうが、
 同じメシを食ってりゃ使うべき使用人だ。
 勝手に壊されちゃたまらんね。
 虐めていいことなんか、一つもないよ」

勇者「……」
魔族娘「それじゃ、あの……」

勇者「おい、マスター。この娘、借りても良いか?」
酒場の主人「ほう?」

勇者「酒手ははずむよ。これでどうだ」 とさっ
酒場の主人「ふむ……」
119 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 16:49:34.37 ID:Lbanm5QNP
魔族娘 びくっ
酒場の主人「この娘も気に入ってるみたいだね。
 あーかまわないよ。どうせ仕事にもならないし、
 外に出せばさっきの連中に嫌がらせをされるだろうさ。
 無理はさせちゃ困るがね」

勇者「ああ、ちょっと話を聞きたいだけさ」

酒場の主人「ははぁん、話ね。まぁ、いいさ。
 この娘の部屋は、裏手の安宿から月極でかりてるんだ。
 “お話”ならそっちへいってくんな」

勇者「ああ、好都合だ」

酒場の主人「お客さんの今晩の宿はどうする?」
勇者「部屋か? そのままとって置いてくれ」

酒場の主人「ああ。判った。夕食の時間になったら
 適当に切り上げてくれよ。
 持っていくなんてごめんだぜ」

勇者「は? ああ。腹が減ったらちゃんと来るよ」

酒場の主人「あはははは。
 まぁ、若いうちはメシよりあっちだわなっ! あははは」
122 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 16:54:18.95 ID:Lbanm5QNP
――魔界、開門都市、下級娼館

ぱたん

勇者「さて、と」
魔族娘 びくぅっ

勇者「あー。なんだ、そうびくびくしないで」
魔族娘「す、すいませんぅ~。ひ、ひどいことはっ」

勇者「しない、しない」
魔族娘「……え、うぅ」

勇者「部屋の対角線に移動されるとさすがにへこむな」
魔族娘「す、すいませんっ。その」 おどおどっ

勇者「あ、いやいいよ。酒飲む?」
魔族娘「いえ……その、飲めなく……いえ、
 その、飲み……ま……す……」

勇者「死にそうな顔で云わないでよ。飲まなくていいよ」
魔族娘「は、はい……」

勇者「んじゃ、お茶でももらってくれば良かったな」
魔族娘「あ、あります……」
124 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 17:09:09.93 ID:Lbanm5QNP
勇者「えーっと、あらかじめ云っておきますが」
魔族娘「はい」
勇者「痛いことはしませんから安心して」

魔族娘「えっ、そのっ。……う、うぅぅ」
勇者「なぜ泣く」

魔族娘「わ、わた、わた」
勇者「落ち着け」

魔族娘「わたし、その……へ、っ下手で……」
勇者「意味判らん」

魔族娘「じょ、上手……で、できなくて
 ご、ご、ご。ごめんなさい、ごめんなさい」

勇者「??」

魔族娘「痛がって……ばかり……で……よくな、
 良くなくて……ご、ごめんなさ……」

勇者「んー? ……あ! ああっ!!」
134 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 17:14:20.41 ID:Lbanm5QNP
――魔界、開門都市、下級娼館

勇者「わたくし大変失礼いたしまして
 落ち着いていただけましたでしょうか?」

魔族娘「は、はいぃ……」

勇者「いやほんと。俺のピンチメーターは
 火竜王のときの約30倍を記録した」

魔族娘「ごっ、ごめんなさいっ」

勇者「話進まないからごめんなさいは止めよう」
魔族娘「ご、ごめんなさいっ」

勇者「……」
魔族娘「……はぅ」

勇者「で、まぁ、簡単にまとめると……。
 この都市を仕切っているのは、聖鍵遠征軍、駐留部隊だと。
 やつらは市街地中央の宿舎から、この街すべてを
 管理……というか、まぁ、乱暴狼藉していると」

魔族娘「はい……」

勇者「どのくらいの数なんだ?」
魔族娘「……沢山。……ご、ごめんなさいっ」
137 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 17:25:00.34 ID:Lbanm5QNP
勇者「街の外の部隊は?」

魔族娘「……外、ですか?」

勇者「周辺の警戒とか、防備とか」

魔族娘「沢山です。……四つ、軍団があります」
勇者「ふむ」

魔族娘「交代で街に帰ってきます。街に帰ってくると
 暴れて、怖くて……ひどいこと、沢山します」

勇者(ふむ……つまり、街の外部。
 おそらく来る途中に見た四方の砦だな。
 そこに魔族の奪還軍を防ぐ軍勢を駐留させて
 中央のこの開門都市には治安維持軍を置いてるんだな。
 まぁ、当然の配置か。
 この都市だけにそこまでの人数は駐留させられないしな。
 メインの戦力は当然外側か。
 街に残った魔族はほぼ奴隷状態らしいから、
 警察力程度の戦力で足りるんだろうな。
 ――その治安維持軍の軍規は堕落しきってるみたいだけど。
 砦の戦力が一つ当たり2000、
 都市内部の治安維持部隊で1000ってところ。
 そのほかに、交代要員や休暇中の兵士1000が都市内部に
 いるって云う程度かな)
140 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 17:30:21.52 ID:Lbanm5QNP
勇者「うーん」
魔族娘 おどおど

勇者「街の中にいる部隊と、そのー。外から帰ってくる
 兵隊は、なにがちがうんだ? 何か違いがあるのか?」

魔族娘「そのー、えっと、それは、違くて……」
勇者「ゆっくりでいいぞ」

魔族娘「ミブン? 街に残っている軍団は、
 ミブンが高いそうです。
 ……王様の親戚や、子供達なんだと、思います」

勇者(貴族が中心なのか……。
 街の中の安全なところで魔族相手にやりたい放題かよ)

魔族娘「宿舎にお金や……お酒……をあつめて
 毎晩、騒ぎを……魔族も、沢山捕らえられているそうです」

勇者(相当に悪い状況だな……。
 その気になれば、ゆるみきった貴族のバカ息子なんか
 1000だろうが2000だろうが消し炭に出来るけれど
 そうなったら周辺砦の1万近い軍勢が暴走するだろう。
 仮に人間の軍すべてを倒したとすれば、
 今度は魔族による民間人間に対する虐殺だ。
 人間全てを守るなんて到底出来ないぞ……)
145 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 17:34:09.41 ID:Lbanm5QNP
勇者「この街には、えーっと、さっきの酒場の
 親父みたいに、軍ではない人間も沢山いるんだろう?」

魔族娘 こくり

勇者「だよなー。相当多いのか?」

魔族娘「……多いです。酒場も、肉屋も、服も、
 野菜も、全部、人間のお店……魔族は、人間の
 半分くらいしかいないはずです」

勇者「魔族は奴隷なんだろう?」

魔族娘「ドレイ……わかりません……。
 でも、ひどい痛いことされて、仕事や、
 やりたくないこと……
 させられ……て……ます……」

勇者「そか」

魔族娘「負けたから……」
勇者「……」

魔族娘「魔族が負けたから、負けたのは、悪だから」
149 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 17:39:37.43 ID:Lbanm5QNP
勇者「魔族は、地獄だな」
魔族娘「……仕方ないです。負けたから」

勇者「これが……」
魔族娘「……」

勇者「これが勇者が勝ち取った戦果なのか……。
 俺たちが地竜王や妖将姫と戦って手に入れた
 魔族の拠点、開門都市はこうなる予定だったのかよっ。
 っていうか、人間が勝ったら魔界は全部こうなるのかよ。
 魔族が勝ったら、人間界は全部こうなってっ!」

魔族娘 ビクッ!

勇者「ちがっ。その、すいません」

魔族娘「は、はいっ」おどおど

勇者「……」
魔族娘「で、でも」
勇者「?」

魔族娘「東の砦の人は、あんまり乱暴……しないって。
 その代わり、街にもあまりきませんけど……。
 魔族なら、逃げたら東に向かえって……
 いわれてます……」
152 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 17:48:16.93 ID:Lbanm5QNP
勇者「んー」
魔族娘「く、黒騎士様?」

勇者「ん?」

魔族娘「お役に立てず、その……」

勇者「ああ、ないない。そんなことない。
 役に立った。情報が手に入ってありがたい」

魔族娘「はっ、はい。その……」

勇者「それにしても……。それだけじゃ……。
 いや、魔王なら金流れを追えって云うか……。
 情報が足りないな……。調査?
 街中でもうちょっと……」

魔族娘「そ、そのぅ……。粗末な物なのですが、
 く、く、黒騎士様さえ……よ、よろしければ」 そぉっ

勇者「脚 を ひ ら く なっ !!」

魔族娘「ひぃっ。す、す、すいませんっ!」

勇者「うわぁ、何で俺こんな事になっちゃってるんだよぅ!?」
157 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 18:00:18.70 ID:Lbanm5QNP
――湾岸都市の商会、会議室

青年商人「ふぅーむ」
中年商人「どうだ? 性能的には精度があがったと
 銅の国の技術者も自慢していたがよ」

青年商人「いや、すばらしい。――生産の方はどうです?」

中年商人「何とか目処が立ったよ。三つの工房が
 協力してくれたからな。月産10個にはなる」

青年商人「ふむふむ。悪くはありませんね」
中年商人「苦労したよ。連中新しい技術に興味津々なのに、
 プライドだけは高くてね、まったく」
青年商人「もう一声」

中年商人「はぁ?」

青年商人「もう一声、作れませんかね。月産15」
中年商人「本気か?」

青年商人「ええ」
中年商人「そりゃまたどうして」


とさっ

青年商人「南部諸王国からの報告書です」
160 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 18:06:00.68 ID:Lbanm5QNP
中年商人「これは……。戦か」
青年商人「そのようですね。極光島を奪い返すと」
中年商人「聖王都か?」

青年商人「聖王都と、今回は教会ですね」
中年商人「……」

青年商人「教会の方も何かと物いりなんですかね。
 魔族との戦いがないと、教会の求心力が
 低下してしまうとのことなんでしょうね……」

中年商人「金も集まらない、と」

青年商人「教皇選挙とのからみもあるでしょう」
中年商人「海戦かぁ。まぁ、商売の種にはなるがな」

青年商人「それはもちろん」
中年商人「それで羅針盤の増産か?」

青年商人「それもありますし、戦船の増産もはじめました。
 錫の国の造船ドックは押さえてあります」

中年商人「どう転ぶかね」
162 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 18:20:59.28 ID:Lbanm5QNP
青年商人「まぁ勝てば嬉しいですよ」


ばさりっ

中年商人「海図か」

青年商人「極光島が確保できれば、西回りの交易路が
 開通できる。陸路に比べてかなり割安な輸送です」
中年商人「ああ、そうなるな」

青年商人「いま、南部諸王国の生産力はあがりつつある」
中年商人「お前の縄張りだな」

青年商人「ええ」こくり 「この流れを壊したくない」
中年商人「ふむ」

青年商人「それに、さる筋から南氷海の鰊(ニシン)を
 注文されています。相当な量の」

中年商人「どれくらいだ? いまでも鰊はあるだろう?」
青年商人「少なくともその5倍」

中年商人「鰊で宮殿でも建てるつもりか!?」

青年商人「鰊を麦に変える魔法だそうで」
165 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 18:31:12.73 ID:Lbanm5QNP
中年商人「ああ、さる筋ってのはあれか、お前の姫君か」
青年商人「僕の星ですからね」

中年商人「お前が恋をするとはね。
 金貨と添い遂げるかと思ってたが」

青年商人「同床異夢なんて言葉もありますが
 彼女とだったら異なるベッドでも同じ夢を見られる」

中年商人「惚気か、敵わんな」

青年商人「しかし一方負けると、これは相当……」
中年商人「まずいか?」

青年商人「負ければ新しい戦艦の受注が増えるとか
 武器の追加発注が来るなんて云ううまみはありますがね」

中年商人「それもこれも、中央の。
 云ってしまえば教会の意向次第だろう?
 魔族がいる限り戦争をやめるわけにも
 行かないが、南部諸王国では政権交代が相次ぐと。
 そういうわけだな」

青年商人「どうなるかは判りませんがね」
中年商人「全ては、戦争次第か」
170 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 18:38:23.50 ID:Lbanm5QNP
――白夜の国、軍艦ドック

兵士達「……すごい数だな」
兵士達「しぃっ……」
兵士達「はじまるぞ」


ザッザッザッ!

白夜王「諸君! 歴戦の勇士たる諸君!
 人間世界の守護の盾たる諸君っ!
 時は来た!!
 愚かなる魔族がこの母なる大地、
 光あふれる我が世界にその汚らしい手を伸ばしてから
 およそ15年!!
 我らが必死の防衛戦、我らが正義の戦は
 一進一退を繰り返し、ついには我らが光の領土
 極光島を失うに至った。
 われらが魔族の重要拠点、開門都市を制圧した時
 差し違えるようにして失ってしまった、
 大いなる失点であった」

王子「そりゃなにか? 俺の親父に喧嘩うってんのか、
 ああん!? このパーマ頭」

執事「若、若っ、聞こえてしまいます」
176 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 18:45:03.68 ID:Lbanm5QNP
白夜王「しかし時は来た! 聞け、勇士諸君よ!
 君たちの眼前にあるのは、世界から結集した
 軍艦である。その数200! 勇猛なる諸君が
 乗り込めば200の軍艦は、そのまま魔族の心臓に
 突き立てられた200の剣となろう!
 南氷海、極光島は魔族の精鋭、
 南氷将軍を僭称する盗人によって占拠されている。
 魔族の戦闘能力は確かに脅威である。
 大型魔族は様々な能力を持つだろう。
 しかし、数ではこちらが圧倒している。
 諸君らがその勇気を我に預ければ勝利は絶対である」

王子「おいおい、まじか? このおっさん
 船に乗せたら数なんて意味ねぇぞ」

白夜王「さあ、乗り込もう! 船出の時間だ。
 太陽は我らが勝利のために輝いている。
 魔族から極光島を取り返した暁には、
 大いなる恩賞が約束されるだろうっ。
 もっともはやく極光島にたどり着いた船には、
 船全員で金貨2000枚が支払われる。
 勇士諸君、その力を人間世界のために振るうのだっ!」
178 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 18:54:45.74 ID:Lbanm5QNP
――魔界、開門都市、略奪された神殿

カランッ

勇者「ここは、一層ひどいな……」
魔族娘「はい……。ここは、神殿です」

勇者「悪いな、案内頼んじゃって」
魔族娘「いえ、あの。沢山お金もらったから……。
 マスターは……その嬉しそうでした。あの……わたしも」

勇者「そうだ。魔族には神様、沢山いるんだろう?」
魔族娘「……ううう、そうです」

ザッザッ

勇者「そうか。人間には精霊様が1人だけだ。
 沢山いるといいよなー」

魔族娘「そうですか?」

勇者「神様に怒られた時、他の神様が匿ってくれるだろう?」
魔族娘「そう……かもしれません」

勇者「ふむふむ……。瓦礫が、すごいな……」

魔族娘「黒騎士さま……は、なんで……」
勇者「?」
181 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 19:00:35.73 ID:Lbanm5QNP
魔族娘「なんで、人間なのに……魔王様の騎士ですか?」

勇者「あー。本当は騎士でも何でもないって云うか、
 説明が難しいんだけど……。
 つまり、なんというか魔王の物なんだ。俺は」

魔族娘「魔王様の?」
勇者「そう」 こくん

魔族娘「持ち物ですか」
勇者「そうそう」

魔族娘「じゃぁ、魔王様に……負けた……のですね」
勇者「へ?」

魔族娘「ちがう、ですか? ……ご、ごめんなさい。
 魔族は……魔族では、勝ったものが、負けたものを
 ……その、自由に……します……から。
 ま、間違えました……か?」おどおど

勇者「あ、ああ。そういうことか」
魔族娘「負けた……ですか」
199 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 19:10:18.13 ID:Lbanm5QNP
勇者「いや、それは違うな。
 ……いや、結果的にはそうなのか?
 でも違うような……」

魔族娘「?」

勇者「ちょっと難しい関係なんだ」
魔族娘「そう、ですか……」

勇者「この像は?」

魔族娘「片目の神様、です……。竜族の……神様。
 その他にも、沢山信じてます。……魔界では
 強い神様……です」

勇者「へぇ、どんな神様なの?」

魔族娘「賢くて、強い……槍を持った……
 魔王様みたいな……神様だそうです」 びくびく

勇者「どうしたの?」

魔族娘「私みたいな下級魔族は……入っちゃダメなんです」

勇者「あはははっ。こんな廃墟で何を今更」
204 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 19:17:04.38 ID:Lbanm5QNP
魔族娘「こっちの二つは……」
勇者「砕かれちゃってぼろぼろだなぁ」

魔族娘「カラスの像です……。
 多分、昔はそうだった、はず……
 こっちは『記憶』、右が『思惟』……です」

勇者「そう言う名前なのかな?
 物知りだなぁ」

魔族娘「神様の……お手伝いで……あちこちに、
 おしらせを……する、係で……賢いです。
 カラスは、良い子……です」

勇者「あははは。そっか。使いっぱに伝令させるか。
 そりゃぁ、確かに魔王によく似てる」

魔族娘「?」

傷病魔族「死ね……死ね、人間は死ねっ」

勇者「……?」
魔族娘「あ……あの……あっちへ、いきましょう」

勇者「あの声は?」
206 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 19:22:44.86 ID:Lbanm5QNP
魔族娘「あのぅ、こういった廃墟には、
 戦で不具になった……その、魔族の人が……
 棲み着くんです。ご、ごめんなさいっ……。
 か、隠す訳じゃ……無いんですけど……」

勇者「うん」

魔族娘「あの、人間の黒騎士様は……その
 い、いやな……気分かなと……。
 あっちへ、いきま……せんか?」

傷病魔族「死ねっ! 我らが神都を奪った
 放漫なる人間め! 悪魔の侵略者!
 何千回でも呪われろ、我らが生活を! 我らが平和を!
 襲い、奪い、侵した貴様らには腐った沼の蛆だけが
 ふさわしい! 死ねっ! 死んで償えっ!
 三千年にわたって呪われるがいいっ!!」

勇者「いや……」
魔族娘「でも」

勇者「いいんだ」
208 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 19:33:09.61 ID:Lbanm5QNP
傷病魔族「あはははは! 死ね死ね死ねっ!!
 貴様らに二度と安息など無い! 奪われた死者の魂が
 安らぐことなど無いと知れ、永劫が消滅するまで
 人間世界など常闇に包まれるがいいっ!!」

魔族娘「……」
勇者「……」


ざっざっざ……

魔族娘「あの、ご、ごめんなさい。あ、れは」
勇者「……」

魔族娘「あんなひと、ばかりじゃ。その……ないです」

勇者「やっぱりさ。違うよ。違ったわ。さっきのさ」

魔族娘「?」

勇者「俺は魔王の持ち物だけど、
 負けたから持ち物にされたわけじゃない。
 勝ったら全てを得る、勝ったら正義。何をしてもいい。
 負けたから持ち物になる。負けたら何をされても仕方ない。
 そういうのじゃない。
 そういうのじゃない事実が俺なんだ。

 俺は……『丘の向こうへ続く道』だ」
211 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 19:49:03.35 ID:Lbanm5QNP
――冬越しの村、村はずれの館

メイド姉「今月分の賃借対照表です」
魔王「うむ」

メイド姉「現金流量が増大しながら不安定です」
魔王「しかたない。新規事業を連続開拓している状態だからな」

メイド姉「損益計算書上は問題ありませんが」

魔王「この世界は金融能力が低いからな。
 ヘッジにも限界があるという訳か」

メイド姉「ヘッジ? ……とはなんでしょう」

魔王「危機に対する保険、だな。経理上の」
メイド姉「はい……。うーん、困りますね」

魔王「『同盟』内部には銀行に似た信用貸し付けの
 機構があると聞いたな。銀行という概念もどうにか
 広める必要があるのだろうが……」

メイド姉「手が足りませんか?」
魔王「そうだな」
213 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 19:52:48.53 ID:Lbanm5QNP
ぱさり

メイド姉「これは?」
魔王「おお、それか。火箭だ」

メイド姉「火箭……?」

魔王「ああ、単純な機構の火矢の一種だ。
 燃えながら飛んでいって、当たると炎が広がる。
 これはナフサを用いたもので、広範囲に対する
 攻撃に効果が見込めるな」

メイド姉「……なふさ?」

魔王「難しかったか? まぁ、武器だ」

メイド姉「……」
魔王「どうした?」

メイド姉「やっぱり、武器も作るんですよね」

魔王「……ああ。備えないのは愚か者だ」
215 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 20:00:06.42 ID:Lbanm5QNP
メイド姉「当主様」
魔王「なんだ?」

メイド姉「その……」
魔王「?」

メイド姉「戦争って、何なのでしょう?
 なぜおきるのですか? なぜ終わらないのですか?」

魔王「それは随分、難しい問いだな」
メイド姉「すみません」

魔王「なぜだろうなぁ」
メイド姉「……当主様にも判らないのですか!?」

魔王「判らないよ。私をなんだと思っていたんだ?」
メイド姉「この世で判らないことがない方かと」

魔王「私には判らないことばかりだよ」
メイド姉「……」
218 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 20:03:06.73 ID:Lbanm5QNP
魔王「戦争は争いの大規模な形の一つだ」
メイド姉「……」

魔王「争いというのは、摩擦だな。
 異なる二つが接触した時に生じる軋轢と反発
 作用と反作用のある部分が争いなんだ」

メイド姉「難しいです」

魔王「村に2人の子供がいて、出会う。
 あの子は僕ではない。僕はあの子ではない。
 2人は別の存在だ。別の存在が出会う。
 そこで起こることの一部分が、争いなんだ」

メイド姉「でもっ! 出会ったからって、
 争いになる訳じゃありません。
 出会って素敵なことだってあるじゃないですか。
 助け合ったり、挨拶をしたり、友達になったり遊んだり」

魔王「そうだな。だから、争いは、
 そう言う素敵なことの一部分なんだ。
 本質的には同じ物なんだよ」



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最終更新:2013年06月07日 20:41
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