第一話:鋼鉄の炎龍プレイレポート

グランドオープニング プレイレポート


レース前


 夜明け前の道を、バイクに乗った一人の女性が走っている。
 その高い知性を窺わせる怜悧な顔に表情は無く、ただ黙々と街の郊外にある工場を目指し進んでいく。

 工場の中はひっそりとしていた。彼女を待っていた年端もいかない少女が黙って彼女を案内する。
 その工場の奥に、彼女の愛車が、彼が最後に手懸けた最高傑作があるのだ。

 「それを早く持って行ってよ。マックス兄さんはソイツに取り殺されたんだわ。悪魔よ、そのパンツァーは」

 最愛の兄を失った少女は、仇を見るような目で、彼女とそのパンツァーを見送った。

 ソレは、彼女が火を入れると身を捩るように狂おしく咆哮をあげる。明らかに正規のパンツァーを凌駕するその性能。

 ついこの前、たった2ヵ月前のことを思い出す。マックスは、彼女に夢を語った。
 いつか、最速のパンツァーを作りだす。そして、彼女にそのパンツァーに乗ってもらって、大陸最速を証明してもらいたいのだと。

 「子供っぽいよね、でも、それが僕の夢なんだ」

 彼女――フリーデリケ・パウルスは、生まれ変わった愛車の力を感じ、一人つぶやいた
 「マックス・・・・貴方は、私に何を望んでいるというのですか?」
 それに答られる者はもういない、街角の街頭テレビがミッドガルド大陸一周レースの開催を告げる会見放送を彼女の耳に告げていた。



 一人の少女が、慌しく鍵を開けようとしていた。その豪奢な衣装をまとった彼女に似合わない、使用人達が出入りする裏口。
「…でも、ここしかもう残っていないのよね」
 彼女は今まで使ったこともない無骨な鍵束から合うカギを見つけようと必至だ。

 もう、みんな気づいているだろう、屋敷の使用人達が私を見つけようと必死になっている筈だ、早く、早くここを出ないと・・・・。

 「お嬢様」

 声を掛けられ、彼女は鍵束を落としてしまう。声をかけた女性は短く溜息をつくと、少女が落とした鍵束を拾い上げ、優雅にその中から鍵を見つけて扉を開けた。

「み、見逃してくれるのかしら、ルー。あなたがお父様にしかられてよ?」

「はい、エヴァンジェリンお嬢様。貴方様がご手配なされた車は既に整備が終わりました、との報告を頂いております」

 夜の闇に走り去った自分の主を見送る彼女・・・ルー・ソリテールは、少女にしなかった報告について考えていた。もうこのお屋敷にいることもない。彼女の本当の仕事を、これから行うのだから。

 「すぐにまた、会えますわ、お嬢様。それに、あんな豚とお嬢様は不釣り合いでございました」



 大勢の記者達がその会見の内容をいち早く伝えようと必死になって質問をしている。会見の内容も重大なものだが、なによりも、その会見を行う男が重要だった。彼こそは、今まで謎に包まれてきたヨルムンガルド社の社長、ガイスト・ジルバーシュタインその人なのだから。

「へぇー、社長さんが出るんだ」

 あくび交じりに返事をするその少女に、苦笑交じりでパトリック・ウォンは返事をする。

「そうそう、それで君に調査を依頼したいんだよね~」

 その少女は小さかった。人の膝ぐらいまでしかない少女に、大の大人が何をお願いしているのか、そう思う者もいるかもしれない。だが、この世界に生きる者ならば不思議には思わないだろう。
 その背中に可愛い羽根を生やしたその少女は、フェアリーである。

「ふ~ん、それでレースに出るのね!でも、なんで?」

「ガイストさんもレースに同行するみたいだからね、参加している方がいいのさ。それに、わが社の最新型ヴィークルを提供するよ」

 最新型と聞いた彼女は、今までが嘘のように眼を輝かせた。
 キラキラと目を輝かせたそのフェアリー・・・エミリア・F・ジェフリーの顔には、すぐにでもこの退屈なお話を終わらせ、そのヴィークルを見たいと書いてあるかのようだった。

「うん、うん、その仕事を受けるわ!だから、早く私のヴィークルを見せて頂戴!!」



 会見会場には、奇妙な沈黙があった。記者たちは一言もガイストの話を聞き洩らすまいと、ペンを進める。
 世界を揺るがす、一大ニュースが起こるのだ。

『…今や、ミッドガルドの東の果てから西の果てまで、機械神の御威光が届かぬ地はありません』
『私はかつてからの夢を実現すべきであると思い立ったのです。すなわち、ミッドガルド大陸一周の夢を!』


「…で、あたしにそのレースの監視役をお願いしたいって言うのかい?」
 はい、と答えるのはヨルムンガルド社の社員である。グラズドヘイムで最も安全とまで言われる料亭にいる彼の額には、汗が滲んでいる。
 最も安全な場所というのは外から来る者に対しての話。
 中が安全ということは、彼を助けてくれる者はここには入ってこれないということ。
 夜の女王と呼ばれる目の前の女性は、彼をつまらなそうに殺すかもしれない脅威だ。
 だが、それだからこそ、この方に頼まなければならない。

「前代未聞、史上空前の規模のレースです。どんなアクシデントが起こるものか予想もつきません」
「そこで、レースの妨害行為によって選手が死亡したり、妨害者の乱入を阻止することを御頼みしたいのです」

 静かに彼が話すのを聞いていたその女性――カーメラ・ディ・カーニオは、少しだけ、その唇に笑みを浮かべた。
 男はようやく、生きてここを出ることができるかもしれないという希望を見つけたような気がした。

「ふぅ。まぁ、ルールを守らせればいいってことでしょう。その仕事、請けましょう」

 男を優しそうに見つめ、微笑む彼女。
 自分の脅えが彼女に伝わっていたことに初めて気づいた男は、そそくさとヤシマ名物の饅頭を取り出し、彼女の前に差し出すのであった。



『資格は問いません!誰よりも早くこの大陸を一周できると思う者はこの素晴らしいレースに参加してください!』
『優勝者には、100万ゴルド相当の、わが社が威信を掛けて製造した最新型ヴィークルを進呈します!!』

 記者たちが、我先に会場を出ようと飛び出して行く。すごいことになるだろう。
 このレースを制した者は、冒険家として名誉と莫大な報酬を得るが、何よりも、後の世まで歴史に名を残す偉業を果たすのだ。


 夜の酒場に、若い男性の声が反響していた。酔っているのかその顔は赤くなっていたが、その眼には好奇心と、前人未到の偉業に挑戦する自信が溢れていた。

「バッカおめぇ、俺なら絶対に80日間で大陸を一周して優勝できるっつーの!!」

 酒場の男たちが下品に笑う。夢を語るばかりのこの男に何ができるのか。その男は、とてつもなく運が悪いのだ。
 外に出れば、何らかのトラブルに巻き込まれる。パンを落とせば逆さに落ちて、必ず下には本がある。
 生来の器用さからか、何とかかんとか生きてる男。そもそも、彼は天涯孤独で出自すらはっきりしない。なのにいつも、俺は世界を一周して見せると、一般人には大きすぎる夢を語るのだ。

「なら、賭けようじゃないか。全財産を、賭けるぜ。出来なかったら、おまえは一生おれの子分だ」

「おうともさ、乗った!!」

 酒場の喧噪が一層激しくなる。賭けだ、賭けが始まったのだ。だが、成功する方に賭けるものがあまりにも少ない。
 ・・・・これじゃ、賭けにならないな、と胴元が思い、その手に掲げていた帽子を下げようとしたときだった。

 ひらりと、豪華な扇子が投げ込まれた。

「わたくしも、その話に乗りますわ」

 酒場には絶対に似合わない、貴族の御令嬢が、そのほら吹き男の元へ、男たちが作る道を当然のように進む。
『優勝者には、100万ゴルド相当の、わが社が威信を掛けて製造した最新型ヴィークルを進呈します!!』

「ミッドガルド一周・・・・素晴らしいではありませんか、この偉業を達成すれば、結婚などという煩わしいイベントに巻き込まれることなどないでしょう!!」

 なんだなんだと騒ぐ男たちをおいて、エヴァンジェリンはクリスと呼ばれる男の手を取った。

「さあ、まいりましょう。ヴィークルは私が用意します。善は急げですわ」

 クリス・ゴダールはいきなり現れた少女の手を握り返し、満面の笑顔を浮かべて店を飛び出した。

「おうともさ! 絶対に優勝してやるぜー!!!」|


最終更新:2009年02月27日 03:14
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