~ 1st day ~



「はちさんはちさんどこ行くの~♪」

 せっせと仕事をするミツバチを追いかけようと駆け出したとたん、メディの身体は宙に浮いた。
 すっ転ぶ。
 地面が花畑だったから良かったが、したたかに鼻を打ってしまった。むーと誰となしにむくれてみ

せる。

「スーさん、歩きにくいよコレ!」

 肘の先からない左腕を振り回す。
 そのたび常人ならば一息吸っただけで七回は死ねる毒霧を散布しているのだが、
死んでいるのはせいぜい先程戯れようとしたハチをはじめとした昆虫くらいである。
 メディにとって虫けらの死など虫けらの死でしかない。問題は、我が身にある。

「腕がなくなると左右の重さが変わって不安定になるのねぇ。困ったもんだわ」

 自らの腕の断面をまじまじと見つめる。
 つい先ほど氷の妖精がメディのテリトリーたる鈴蘭畑に入り込んできたので、
弾幕ごっこと洒落こんだまではいいのだけれど、不覚を取ってしまった。
 氷柱弾を避けきったと思ったのだがちょっとグレイズのめりこみ具合がきつかったのか、左腕をも


がれてしまったのである。
 どうせ痛くないからそのまま毒霧で妖精を追い込み、やっつけてやったけど。

「それにしても、これいつになったら新しいの生えてくるのかなぁ、スーさん?」

 もちろん、メディは氷精に腕の損害賠償を求めた。
 すると彼女は「そんなもんほっときゃ生えてくるわよ」と、こうである。
 そういえば今まで出会ってきた妖怪たちは怪我の治りが早かった。
 腕くらいまた生えてくるだろう。
 なのでさしあたってのメディの問題は、腕がないから身体のバランスが悪いということと、ちょっ

と可愛くなくなってしまったことくらいなのである。
 永琳あたりに治してもらえば良いのかもしれないがどうせ勝手に治るのなら急ぐ必要もないだろう。



 ~ 2nd day ~



 一日待ってみたが、腕はいっこうに生えず、ただ毒がだだ漏れになり続けるだけだった。
 むぅとメディは唸る。困ったというより、イライラしてきた。
 なんでちょっと腕が吹き飛んだくらいでここまで苦労せにゃならんのか。
 そこではたと気付く。

「そうだよ生えるの待ってたらそりゃ時間かかるよ!」

 腕は切断されたのだから、断面に元の腕をひっつければくっつくかもしれない。
 さっそくメディは昨日飛ばされた腕を拾い上げ、傷口にくっつけてみた。
 だがぴったり傷口と接合できない。おそらく、破片となって飛んだ部分が少しあるのだろう。
 少し考えたメディは、頭のリボンをほどいた。
 リボンを包帯代わりにすることで、もげた腕を無理矢理傷口と合わせる。

「うん、なんていうか、これはこれで悪くないわ。できれば手首に飾りたいとこだけど」

 リボンは髪を映えさせる装飾品だと思っていたが、そうとも限らない。発見である。
 治療という面では良くも悪くもこれ以上メディに出来ることはない。
 あとはただ、鈴蘭畑に寝転がって雲のうつろう姿を眺めて待つくらいしかやることはない。
 けれどメディはそんな時間の過ごし方に、退屈感などを覚えることは決してない。
 なぜならこの鈴蘭畑に捨てられてから、ずっとこんな生活を送ってきたのだから。
 今、メディを縛りつけて生き方を押しつける人間などいない。
 いつだってメディは自由なのだ。



 ~ 3rd day ~



 目が覚めて真っ先に気づいたことは、左腕がまたも軽くなっている、ということだった。
 もしやと思い、メディは傷口に目をやった。
 腕は回復するどころか、またもやもげて地面に落ちていた。
 それだけならリボンの縛りつけが緩かったのかと思うだけだ。
 問題は、もげた方の腕の傷口だった。

「……スーさん、ちょっとこれ困ったことになってない?」

 腕の断面は黒黴に覆われたが如くどす黒く染まり、メディが歩いた衝撃だけでぼろぼろと崩れる有

様だった。
 毒に汚染されたせいだろう。自身の能力がどの程度の威力を持つかなど、きちんと把握している。
 しかし今メディの目前で崩れ去らんとしている腕は、三日前までメディ自身のものだったのだ。
 それがメディから切り離されたことで毒への耐性を失い、朽ち果てた。

「となると、まさか……」

 次に起きることを予想して、メディは首を振った。
 さすがにありえない。
 落ち着こう。鈴蘭の香りと、仄かに感じられる毒を胸いっぱいに吸い込み、気持ちを穏やかにさせ
る。
 ほら、やっぱり焦っていた。慌てるのは良くない。
 大丈夫、大丈夫。ほどけたリボンを弄りながら、自分に言い聞かせた。

 しかし、それでも、一度胸中に生まれた疑問は溶け消えない。
 気がついたら、声に出していた。

「……スーさん、私の腕、元に戻るのかな……?」



 ~ 4th day ~



「スーさん、永琳のとこ行くよ」

 普段鈴蘭畑の外へ出歩かないメディではあるが、状況が状況なだけにのんびりしている余裕はなく
なった。
 自分の腕がいつまでたっても治らない、というだけならまだ粘ることが出来たかもしれない。
 しかし、最早メディには一刻の猶予もなくなった。

 傷口から漏れる毒気で、自らの住居である鈴蘭畑すら枯れ果てさせんとしている、今のメディには

 今朝起きると、メディの周囲に咲いた鈴蘭たちがみんな、頭を垂らし萎れていた。
 昨日、予想してありえないと、恐れていたことが早くも現実になってしまったのだ。
 毒の産みの親である鈴蘭たちですら、ただの人形であったメディが妖怪となるほどに溜め込んだ毒
気に長時間触れ続ければ、死んでしまう。
 また、原動力である毒をそれほど漏らしてしまった今のメディは、かつてないほどに消耗していた

 飛ぶ程度の体力はまだ残っているうちに、永琳に助けを求めなければならない。

 飛行中、時折体がふらつき、墜落しかけることが度々あった。
 そのくせに感覚は遠く、自分が今本当に前へちゃんと進んでいるのかどうかすら、わからなくなる
時がある。


「コラー! アンタ何やってんのよ!」

 だから、そんな言葉をかけられてもまずどこから声がするのか把握することから始まり、悠長なこ
とをしているうちに、『それ』が来たのだ。
 右半身に叩きつけられるような衝撃がぶちかまされたと思った次の瞬間には、右脚に焼けるような
痛みが宿っていた。
 そして、墜落していくメディが見たのは太陽を覆う毒霧と、それを噴出させる粉々になった自身の
右脚だった。

「外出歩くんなら、ちゃんと毒しまってからにしなさい!」
「……ぅ……あぅ……」

 地面に叩きつけられた体は、内部からみしみしと不吉極まりない音を立てていた。
 目の前が真っ黒になりそうなほどの痛みが打ち込まれ、メディを苛ませる。
 もう永琳じゃなくても、鈴仙でもてゐでも通りすがりの妖精でも人でもなんでも構わない。助けて
ほしい。
 そう思って目の前に浮かぶ人に、震える右腕を伸ばすと、ざくっ、と何かが目の前に突き立てられ
た。
 目の焦点が痛みで合わない。けれどなんとかそれを見ようと、努力する。

 長細い金属。
 針。

「ほら、ちゃんとお家帰りなさい」

 紅白の巫女が頬を桜色に染め、ぷんすか怒っていた。
 ようやくメディは、なぜ体が痛いのか理解できた。
 ふつふつと、どす黒い衝動が痛みと共にメディの胸にたちこめる。

「……わかった」

 今すぐこの巫女に襲い掛かりたい衝動を抑え、メディは痛む体に鞭打ち、立ち上がった。
 ここで巫女と戦うということは、手ひどくやられただけじゃ納得いかないから完膚なきまでにやっ
てくれと言うようなものだ。
 大人しく従うしかない。

「ところでアンタ、大丈夫? その傷」
「……ほとんどは、あんたがやったんでしょうが……」

 巫女にぶちかまされるまでは、左腕がないだけだったのだ。
 それが今では右足は膝から砕け散り、体中のあちこちに亀裂が走り、先ほどまでと比べものになら
ない勢いで毒を漏らすようになってしまったのだ。
 このうえ永遠亭に行けないとなってしまった今、メディはどうすればいいのか。

「じゃ、治せる奴呼んでおくわ」
「……え?」

 大怪我させた張本人に、助けを寄越すと言われ、思わずメディは目を丸くしてしまった。
 巫女は「まぁあいつならなんとかするでしょ」とか言って、メディに詳しい説明もせずにまた何処
かへと飛んで行ってしまう。

「……結果オーライ……なのかな」



 ~ 5th day ~



 はたして、翌日、巫女の言う『治せる奴』は来た。
 鈴蘭畑は常に仄かな毒を漂わせてはいるものの、メディがいることで普段は統制されている。
 だが今、この鈴蘭畑はメディの垂れ流す高濃度の毒により、死の庭と化していた。
 そんな中、萎れ果てた鈴蘭の残骸を踏みしめ、彼女はメディの前に現れた。

「……これまた、バイオハザードな」

 顔をあげて真っ先に目に入ったのは、グリモワールを抱えた彼女の姿より、彼女に付き従う者たち
の姿だった。
 色とりどり、形もさまざま、メディよりはるかに小ぶりな人形たち。
 そういえば聞いたことがある。
 魔法の森に、人形を遣う七色の魔法使いがいると。

「霊夢に言われてあんたを治しに来た者よ」
「確か……アリス……マー――スタード?」
「傷口に塗りつけてほしいのかしら? ま、自己紹介する手間が省けたわ。マーガトロイドだけど」

 アリスはメディに近づいた。
 毒霧を浴びても顔をしかめる程度で、今この時ですら毒が漏れ続ける傷口に顔を近づけようとする

 メディの胸中に、言いようのないわだかまりが生まれていた。
 人形解放を目指すメディにとって、人形遣いは不倶戴天の敵だ。 
 そんな奴に助けられるのは、屈辱以外の何ものでもない。巫女が最初からアリスをよこすと言って
いたならば、絶対に断っていた。
 人形にばかり働かせ、人形に自分の意見を押しつけ、何も還元しない、そんな奴だと思っていたか
ら。

「とりあえず毒がこれ以上漏れないよう、栓をするのが先決ね」

 だが現実はこうだ。アリスはメディを治すため、自らの危険も省みずにこうして診てくれている。
 彼女に身を任せれば、メディの危機は消え去るだろう。
 しかし――

「どうしたの?」

 アリスはメディの顔を覗き込んだ。
 その瞳は――メディにはそんなのいないが――母親のようだった。
 ――こんなにしちゃって、仕方ない子ね。今痛いの痛いの飛んで行くからね――そう言わんばかりの。
 それは無条件に優しくあるのだけれど……『違う』。
 アリスはメディを、絶対的に自分より『下』の存在と見ているのだ。
 悪気などない。むしろ好意から生まれるもの。
 だが、だからこそ、人形を――自分の庇護下にあるものを縛り付けることが、簡単にできるのだ。

「……れが……」

 だめだ。
 今ここで治してもらわなければ、メディに明日はない。

 だが、今ここで治してもらって、メディの人形解放という悲願に明日はあるだろうか。
 いつか閻魔様に叱られたように、未だメディの意志に賛同する人形なんていない。
 大切に抱えるほどの目的ではない。
 命に代えるほどのものではない。

「だれが……」
「……ちょっと、あんた」

 いや、もう、小難しい理屈などいらないだろう。

 ようするに、メディスン・メランコリーは、ただただ単純に、アリス・マーガトロイドが、やっぱ
り気に入らなかったという、ただそれだけのことだった。

「誰があんたなんかに、助けてもらうもんか!」

 アリスの手を振り払い、毒霧を彼女にぶつけた。
 七色の魔法使いはとっさに霧を避けるが、ものがものなだけに幾分かは吸い込んでしまったらしく
、顔色を真っ青にさせる。
 だがそれだけだ。アリスはまっすぐに、メディを睨みつける。
 それは憎しみでも怒りでもなく、むしろ悲しげな色の瞳。

「全く、手のかかる奴ね! 聞き分けないんだったら、ぶちのめしてでも治させてもらうわよ」
「それはできないっ」
「手負いでそれだけ吠えられるのは褒めてあげるわ。今から仕掛ける私の攻撃を受けてまだ言ってら
れたら、新しいおべべでも縫ってあげようかしら」
「そんな手間あるなら、あなたの可愛い子供たちにしてあげるべきね」
「上海!」

 アリスが傍に控えた人形の名を叫んだ。
 そして、上海人形はアリスの前に出て――地面に落ちた。

「上海?」
「私はこの鈴蘭畑に捨てられた毒人形よ。私の庭では私が女王。アリス、あんたが平気でも、あんた
の人形は私の毒に抗えない」

 アリスは目を見開き、唇を噛んだ。
 気づいた時には既に遅すぎる。アリスの傍に浮かぶ数々の人形は次々に地面へ倒れ伏せる。
 この場所に来た以上、元から蓄積されていた毒だ。それをたった今、メディの能力で制御下に置い
たまで。

「帰れ! 私は私の力で、なんとかしてみせるわ」
「……あんた、私がなんだかわかっているの?」
「人形遣いでしょうが」
「それ以前に、魔法使いなのよね」

 グリモワールを封印する錠前に、アリスは触れた。
 メディは思わず息が止まった。すっかり失念していた。人形はアリスにとって、必ずしも唯一無二
の武器ではない。

「あんたの行動は自分の悲鳴をさらに地獄のラッパにするだけよ」

 この絶望的な状況を回避する手段は、一つだけあった。
 だがそれは――

「おいたをした子には、罰をしなきゃね」

 アリスの指に握られた鍵が、錠前に差し込まれた。



 ~ 6th day ~



 鈴蘭畑から出るなと言われても、ほんの少しくらいならさすがの巫女も飛んでこなかった。
 というか、もう出る力すらメディには残っていなかった。
 なのに、何度も鈴蘭畑の外と真ん中を往復する理由はただ一つ。

「これで……あと三人……」

 動かなくなった人形を、もうほとんど感覚のなくなった腕で抱え込んだ。

「あんたたちには……悪いことしたよね……」

 アリスは退散した。
 メディの脅しによって。

 残された手は、もうそれくらいしかなかったのだ。
 高濃度の毒は、メディの元腕を腐食させ鈴蘭を萎れさせたように、生物無生物すら問わず全てを汚
染する。
 それは人形とて変わりない。
 メディのように、少しずつ自然に蓄積されたのなら話は別だが、急激に送り込まれると人形を構成
する布、糸、陶器、ガラス、あらゆる物質を劣化させ、内部から破壊する。
 アリスが帰らなければそれを実行すると、脅しつけたのだ。

 あれほど沈痛な面持ちをした者を、今までメディは見たことがなかった。
 だが脅しに傷ついたのはアリスだけではなく、メディ自身にすらその毒は及んでいた。
 ――相手の意思を無視して自分の都合や意見を押し付ける。
 それを、メディは、同胞である人形に行った。

 そして、人質として預かった人形を、こうして外に出して、アリスの回収を待っているのだ。
 今更そんなことをしても、メディの心に宿った毒は、気え去ることはないのに。

 ごとっ

 そんな音がした。
 何か、ずいぶんと腕が軽くなったな。そう思って、残った右腕を――
 なかった。
 右腕は、肘の関節から抜け、鈴蘭を押し潰していた。

「あ……ははっ。もう……お花摘めないなぁ」



 ~ 7th day ~



 ――ディ……メディ……

 揺すらないでほしい。今、体のあちこちにがたが来ているのだ。それだけの衝撃で首が取れかねな
い。
 言っても聞きそうにないので、体を揺する腕を、自らの腕で払った。

 ……自分の、腕?

「え!?」
「おはよう、メディ」

 暖かな声をかけられた。
 永琳が、メディを優しげに見下ろしていた。

 ああ……そうか。
 永琳が、助けてくれたのだ。
 最近永遠亭に行けなかったので、心配して来てくれたのかもしれない。
 毒に耐性のある永琳でなければ、きっとだめだっただろう。

 自分の体を、五体の全てを意識する。
 左腕もある。右腕もある。右足も左足もある。
 これで、自由に動ける。
 口で運ぶことにして、それでも顎が外れて、もう鈴蘭畑から出すことのできなかった人形も、アリ
スに返すことができる。



「永琳、あのね、私、すぐにやりたいことが――」

 かすれた自分の声が、真っ青な空に響いた。

 太陽がぎらついていた。
 虫一匹も鈴蘭一輪も咲かない、死の荒野で、メディは目覚めた。

「あ……」

 空は高い。
 風の音だけが、ただ、もの悲しく耳についた。

 視線を横にやると、そこには、どす黒く朽ち果てた、小さな人の形。
 メディにそっくりだった。





  • アリスがいい人すぎる -- 名無しさん (2009-07-30 12:39:53)
  • 最後の人形って上海?メディ本人? よく解らん…。 -- 名無しさん (2009-07-31 08:12:29)
  • 首とれたとおも -- 名無しさん (2009-08-02 22:08:50)
  • えーりんに助けられた夢を見て、目が覚めたら首だけになってたってことかな? -- 名無しさん (2009-09-22 19:48:44)
  • スーさんェ・・・ -- 名無しさん (2010-09-04 23:44:09)
  • メディは死んでしまって、魂だけになったのでは? -- 名無しさん (2010-09-05 05:03:03)
  • アリスが直してればよかったのに…
    メディが断ったからなあ -- 名無しさん (2010-09-05 14:33:23)
  • 痛がる嫁ほど萌える物はない -- メディスン愛好家 (2016-10-14 01:38:27)
  • アリス優しい。 -- 名無しさん (2016-10-18 14:49:04)
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