650 名前が無い程度の能力 [sage] 2012/09/15(土) 21:05:25 ID:JMvyWZH20 [2/3]

ギャグだけじゃ物足りなかったから、シリアスもぶっこむぜ
いぢめとして見ると随分と遠回しかも知れんw

~業と善行~
「あなたは少し業が深すぎる。そのままでは地獄にすらいけない」
巫女が閻魔にそんな事を言われてから数十年が経った
彼女はその後も業を重ね続けながら、穏やかに一生を終えていった
その死に幻想郷中の者が様々な感情を抱き、彼女を送るために宴会が盛大に行われた

巫女の葬儀が終わり、神社から人気が去った頃、
「なあ、あいつは無事にあの世にいけたか?」
一人の女が閻魔に問うた
閻魔は黙って首を横に振った
「生前に積んだ業が…深すぎたのです。彼女の魂は、もはや何処へ逝くことも適わない」
閻魔の表情は暗かった。彼女とて何もしなかったわけではないのだ。だが、駄目だった
警告も説教も実力行使も、全て巫女には通じなかった…最期まで
「あの世にいない…じゃあ、探せばその辺にいるのか?」
女はまた問いかけた
閻魔は再び首を横に振る
「――いいえ、死後この世への未練を絶った死者の魂は、この世を離れます」
「あの者はすっきりとして死にましたから、この世を離れることはできました」
「しかし、決してあの世に至る事はないのです」
つまり、巫女はあの世とこの世の狭間にいるということだ
それは一体どのような場所なのだろう。女は恐ろしくなった
同時に『なんとかしたい』と強く想った
「どうすればあいつはあの世にいけるんだ?」
「…少なくとも自力では抜け出せないでしょう。死した彼女に、業に贖う術はありません」
「なぜ?」
「今の彼女にできることがないからです。業も、罪も、あの世にきて初めて裁かれるのですから」
自らの持つ悔悟棒に視線を落としながら閻魔は小さな声で続ける
「だから、善行を積むようにと警告したのです」
閻魔の眉間に皺が寄る。そこには込められた苛立ちは、誰に対してのものか。女には分からなかった
「"あいつ"には無理なんだな?なら、他の誰かにならできるのか」
「………」
閻魔の眉間の皺が深まった。ある程度、予想できていた言葉だったのだろう
「ええ。彼女の業を背負い、善行を捧げるものが必要ですが」
言うのは簡単だが誰でも出来ることはない。誰かの業を背負うということは、その誰かに代わって
自分がこの世とあの世の狭間に置かれることになるからだ
自らの人生と…死後をも預けられる、それほどのことができる者は、そうはいない
――だが…
閻魔は思考を中断して女を見た
「分かった。私がやる」
女の金色の瞳には決意が宿っていた。決してその場限りのものではない。力強い意志が在った
――だが、それほどのことができる者が、今は目の前にいた
閻魔はため息一つつき、一度瞳を閉じてから、改めて女の瞳を見直した
「本気、ですね…」
瞳に見える意志は、最初に見た時よりも決然として見えた
「なんなら、頭金として舌を抜くか?…ホレ、べー」
そう言ってベロを出してみせる。閻魔は呆れた。冗談か本気かで白黒付ける気にもなれない
また一つため息をつく。これは余分だと心から思った
「…喋れなくなっては、これからやるべき事に支障が出るでしょう」
「あぁ。それもそうだな」
女は悪戯っぽく笑いながら、出した舌を引っ込めた
「言っておきますが生半な事ではないですよ。もう吐ける嘘はないとこの場で誓いなさい」
「それに巫女の業を背負うといっても、彼女が成せなかった贖いを貴女が行えば軽減は可能です」
「但し、今の貴女自身にも重ねている業はあることをお忘れなく」
「二人分の善行を積み、利己的な考えを捨て、文字通り全てを捧げるのです」
「それでも、適うのは巫女があの世に至る事までです。決して"救う"などと思い上がらぬように」
閻魔は早口で一気にまくし立てた。しかも一度も噛まなかった
だが女はその全てを聞き届け、心に強く刻み付けた
「…お前って親切なやつだな」
それでも、出てきたのはそんな言葉だった
「莫迦げたことを言わないで下さい。私は未処理の魂を放って置けないだけです」
閻魔は拗ねたような表情でそう返してきた。女には照れ隠しにしか見えなかった



651 名前が無い程度の能力 [sage] 2012/09/15(土) 21:08:32 ID:JMvyWZH20 [3/3]

(続き)
それからの年月。女は幻想郷中を飛び回り、出来る限りの善き事を尽くした
彼女の変貌振りに既知からは「巫女が死んで気がどうかしたのか」と言われたが、
彼女は黙って微笑を浮かべるだけであった。
誠実で、決して嘘をつかず、過去に巫女と自分が粗相をした事物には特に手厚くもてなした
やがて周囲は彼女が狂ったと思い始めた。それほどに過去の彼女からはかけ離れていたからだ
だが誰も彼女を悪し様に言う事はしなかった。それだけの事を、彼女は続けていったからだ
それでも憎まれ、妬まれ、嫉まれ、怨まれる感情は在った。だが彼女は笑っていた。ただ笑っていた

…さらに長い長い年月が経ち、女は幻想郷の多くの者に愛され、同時に憎まれながらこの世を去った
巫女が逝去した時以上の宴会が催され、最大限の手向けを送った
やがて三途の川に一つの魂がやって来ることで、女の願いは成就した

――だが、女はあの世へは渡れなかった
彼女もまた、この世とあの世の狭間に囚われたのだ

それまで狭間に囚われていた魂は、閻魔から全ての事情を聴いて愕然とした
何者にも縛られなかった自分は死す事でこの世から離れ、あの世とも繋がることなく、
永遠にあの狭間を漂うのだと、そう信じていたからだ。魂は自分の業の深さを理解していた
しかしそんな彼女に道を拓いてくれた者がいたのだ。それも、それは彼女が最もよく知る人物だった
(自分が彼女に何かをしてあげたことがあっただろうか…)
(自分は彼女にとってそれだけのことをしてもらえるものだったのだろうか…)
(しかも彼女はかつて自分がいた狭間に行ってしまった。これでは謝ることも出来ない…)
かつて巫女だった魂は彼女の所業と現在を想い、ただただ涙を落とす事しかできなかった
そんな不甲斐ない魂に対し、閻魔は一言「心配はいらない」と告げた
閻魔の言葉に顔を上げる魂。視線の先には、慈しみに満ちた閻魔の顔があった
彼女の手元にある手鏡――浄玻璃の鏡には…幻想郷に生きる人々の営みが映し出されていた

そして、魂は閻魔によって裁かれ、地獄行きが決定した

審判の場を去る直前、魂は閻魔に一つだけ問うた
「あの子は、どうしてこれほどの事を引き受けたの?」
結局自分では見出せなかった疑問に、閻魔はため息をついた。深いため息だった
「それが分からないから、貴女は地獄行きなのですよ」
閻魔は笑って返した。魂はそれが冗談だと理解すると、苦笑いを浮かべながら地獄へ落ちていった


女の魂が閻魔の下へたどり着いたのは、それからほんの数日後の事である  ~完~


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最終更新:2013年01月02日 23:19