※このSSには独自の設定やキャラの崩壊、グロテスクな表現が含まれています。そういった展開が苦手な方はご注意ください。



































朝の柔らかい陽ざしが心地よい広大な向日葵畑。
小鳥のさえずりと風に揺れる木の葉の音にまざって誰かの話し声が聞こえてくる。

「そしたらチルノったら皆が止めたのに向かっていっちゃってさー。」
「ふふふ、あの妖精らしいわね。」

楽しそうにチルノ達との出来事を話しているのは蟲を操る妖怪、リグル・ナイトバグ。
その話を穏やかな表情で聞いているのは向日葵畑の主、風見 幽香。
接点のない二人が仲良く話しているのを不思議に思う者もいるかもしれない。
それというのも数週間前、偶然向日葵畑の近くまでチルノを追ってきていたリグルと出会い
お互いの事を話しているうちに意気投合し、今では毎朝お茶を楽しむ仲になっていた。

「でもチルノも頑張ってたよ!美鈴さんもこの頃強くなってきてるって誉めてたもん。」
「そう、門番も暇なものねぇ。」

最初はミスティアがいきなり襲われたと言ったりチルノが強敵と言ってたりしたので
乱暴で恐ろしい妖怪だと思っていたが、実際に話してみると花を愛する大人しい妖怪だった。
実際、自分から積極的に人を襲うような事はしていない。
ただ花を悪戯に摘んでいったり向日葵畑に無断で入り込んだりした者には容赦なく制裁をくわえる。
そんな行動も花を綺麗な装飾程度にしか思っていない人間や妖怪、妖精にとっては理不尽な暴力にしか見えない。
幽香自身も次々と花を毟り取るような連中にいちいち説明してするつもりはない。
誤解が誤解を生み、何時しか幻想郷一凶暴な妖怪と言う者まで現れだすようになっていた。

「ねぇ、皆に話してみようよ。きっと分かってくれるよ。」

リグルとしては誤解を解いて皆と仲良くなれればいいと思っている。

「別にいいわよ。言いたい奴には言わせておけばいいのよ。」

だが当の幽香はそれほど気にしていない。
むしろ自分を恐れる事で花に手を出す者が減れば好都合だと思っているぐらいだ。
寂しくないかと訊かれた事もあるが、花の異変の時に知り合ったメディスンがいる。
最近ではリグルが話を聞かせてくれたりもする。二人がいれば孤独を感じる事もない。
元々多くの浅い関係より数人との深い関係を望んでいた幽香にとって、今の関係は理想的だった。

「皆と遊んだ方が楽しいと思うけどなぁ…。」
「ふふふ…あら、そろそろ時間ね。」

気づけばすでに日は高く昇っていた。
幽香は花を摘み取っていってしまう妖精達から花を守るため見回り
リグルはチルノ達と遊ぶ約束の時間だ。

「そろそろ行かないと。じゃあね、幽香。」
「またいらっしゃい、待ってるわ。」
「うん、また明日!」

手を振り向日葵畑を後にするリグルを見送った幽香は見回りに出かける準備の為、自分の家に戻っていった。













日が傾き地平線に近づき始めた頃、見回りを終えた幽香が向日葵畑に戻ってくると何処からか話し声が聞こえてくる。
声を追って向日葵畑の奥へと進むと何やら見覚えのある妖怪の姿が目についた。

「…あれは確か…。」

白く長い耳を持った妖怪、姿こそ花の異変の時に出会った因幡 てゐに似ているが別の妖怪兎だろう。
どちらにしても無断で向日葵畑に入った事を咎める必要がある。
安全な場所だと思われ、仲間に話して群れで来られたりしたら堪ったもんじゃないからだ。
少しキツイ仕置きをしてやろうと妖怪兎達に近づく幽香。
だが幽香より先に誰かが妖怪兎達の所へ駆け寄ってきた。
それが見知った相手だったので向日葵の中に隠れ様子を窺う事にした。

「こんな所にいたなんて……またてゐの仕業ね。」

向日葵畑の中で妖怪兎達を見つけた月の兎、鈴仙・優曇華院・イナバは溜め息をついた。
この頃てゐは妖怪兎を数羽遊びに行かせ、鈴仙に探させるという悪戯をしかけてくる。
本来なら無視してやりたい所だが、妖怪兎達も妖怪兎達で行ったままなかなか帰って来ない為
結局てゐの代わりに鈴仙が探しに行く破目になっていた。

「ここは危ないわ、早く帰るわよ。」

妖怪兎達を集め、連れて帰ろうとする。
だが自由奔放な妖怪兎達は言う事を聞いてくれない。
妖怪兎達を自由自在に動かせる程、鈴仙は慕われても恐れられてもいなかった。

「お願いだから言う事聞いて!」

ここがどれほど危険な場所か分かっているだけに、つい気持ちが焦る。
だがそんな事とは知らず妖怪兎の一羽が向日葵の葉を齧ってしまう。その瞬間、

「!!!」

突然その体が宙を舞い、近くの岩にぶつかり倒れた。
飛ばされた妖怪兎はぐったりとしたまま動かない。
急いで妖怪兎の元に駆け寄る鈴仙。
幸い気絶しているだけで大怪我はしていないようだ。

「……大丈夫、気を失ってるだけみた…」
「御機嫌よう、私の向日葵畑に何か御用かしら?」

突如向日葵畑に怒りを押し殺したような声が響き渡る。
同時に幽香が姿を現し、辺りが緊迫した空気に変わる。
幽香の表情は一見穏やかな笑顔だが、その奥からは強い殺気が溢れ出ていた。
殺気にあてられ立ち竦む妖怪兎達に、鈴仙は気絶した妖怪兎を託し一言、

「その子を連れて永遠亭に急いで。」

それだけ告げると幽香の方へ向って行った。
慌てて逃げ出す妖怪兎達が森の中に消えていくのも見ると、幽香は視線を鈴仙に向ける。

「部下を逃がして自分は残るなんて上司の鑑ね。…覚悟は出来ているのかしら。」

久しぶりにまともな勝負が出来そうな相手に内心幽香は喜んでいた。
最近は噂のせいで知能のある妖怪はよって来ない。
それはそれで喜ばしい事だが偶には手合わせの一つもしてみたい。
妖精ばかりを追い払うのも嫌になってきた所だ。
対して鈴仙は俯いたまま何も喋らない。
スペルカードを構える訳でもなく、じっとしている鈴仙に違和感を感じる。

「…ちょっと、聞いてるの?」

気になって顔を覗き込んで見ると、その表情は恐怖で引き攣っていた。
目は忙しなく動き、頬を汗がつたう。
鈴仙の心はこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
やがてその場に膝をつき、手で体を支え頭を下げだす。

「あら…?」
「…お願いです…許してください……。」

土下座だ。
必死に許しを請い土下座をしている。
てっきり仲間の為に戦うのだと思っていただけに、その惨めな姿に拍子抜けする。
恐らく最初から戦う気などなかったのだろう。
だからといって全員で逃げれば簡単に捕まる。
部下を先に逃がしたのはリーダーとしての立場からか。

「…あの子達には私からしっかり言っておきます…だからどうか…」

それが心からの謝罪なのか、その場凌ぎの演技なのか、そんな事はどうでもいい。
どのみち無傷で帰すつもりなど最初からないのだ。
頭を下げる鈴仙の髪を掴み、無理矢理体を起こす。

「…ぁ……痛……許して…。」
「そうねぇ、次からは部下の教育はちゃんとしなさい。」
「…ま、待って…あぐっ!!」

鈴仙の腹に拳がめり込む。悲鳴と一緒に吐血が零れ地面を赤く塗らした。

「…ぅ…ごほっ!……うぐぅ…。」
「今日は特別よ。これで許してあげる。」

そう言うと鈴仙の顔に拳を振りかぶる。

「ヒィッ!」

目を瞑り痛みに耐えようとする鈴仙に幽香の拳が入るその瞬間、

「うっ!」

腕に痛みを感じ拳を止める。
見ると矢が突き刺さっているではないか。

「…誰!?」

矢を放った相手を探し、辺りを見渡す。
だがそれらしい人影はなく気配もしない。

「………。」

矢を抜きすでに犯人が近くにいない事が分かると鈴仙の方に視線を向ける。
だがそこには鈴仙の姿は影も形もなかった。













「………気に入らないわ。」

ナイトキャップをかぶりベッドに入ると幽香はそう呟いた。
結局ちらちら気配を感じるものの、様子を見に来た妖怪兎ばかりで矢を放った犯人は姿を現さかった。
直接攻めて来ずに一発だけ当てて帰って行ったその相手に苛立ちが募る。

「……文句があるなら何時でも相手になってやろうじゃない。」
『そうよねぇ、やられっ放しなんて感じ悪いわ。』
「!!」

突如暗闇に何者かの声が響く。はっとして体を起こし辺りを見渡す。
だがこんな時間に誰かいる筈がない。
気配を探るもするのは外の蟲の気配だけだ。

「だ、誰!?誰かいるの!?」
『ふふふ、そんなに慌てなくてもいいわよ。』

だが返事がくるので誰かがいるのだろう。
もう一度辺りを探るも、やはり誰もいない。
姿を消す妖怪の噂なら聞いた事があるが、気配を完全に消す妖怪など聞いた事がない。
ましては声の出所は自分のすぐ傍だ。
これだけ近くにいて気配を感じないなんておかしい。

「何なの……貴方、何者なの!?」
『そうねぇ、貴方の事を最もよく知る妖怪かしら。』
「な…」
『そんな事より貴方…悔しくないの?』
「………何の事?」
『昼間の矢の事よ。』
「!!」

ずっと見ていたというのか。
あの時、周りにいたのは妖怪兎だけの筈。
妖怪兎にこんな事が出来るとは思えない。
矢を放った犯人にしては話の内容がおかしい。
しかし気配を感じさせない能力がある新しい妖怪なら見ていてもおかしくない。
段々正体の分からない相手に焦りと不安がこみあげてくる。

「一体、何が目的なの!?」

声を荒げて立ち上がる。

『ふふふ、私は貴方に泣き寝入りしてほしくないだけよ。』

だが相手は余裕の姿勢を崩さない。

「……何を言って…」
『あんな事されて黙ってられないでしょ?悪いのはあの兎よ?勝手に入ってきたのが悪いんじゃない。』
「………。」

突然気分が悪くなる。吐き気もする。

『貴方には罰を与える理由があるわ。何も躊躇う事はない、あの兎諸共、犯人をボコボコにしてやるのよ!』
「………!」

眩暈が襲ってきた。視界が歪みどっちを向いているのか分からなくなる。

『腹が立つでしょ?やり返したいでしょ?その気持ちに素直になればいいだけなのよ?』
「……ああぁ……。」

頭が痛い。その場に立っていられなくなる。

『頭を叩き割ってやりなさい。八つ裂きにしてやりなさい。そうすれば貴方の気持ちも楽になるわ。』
「……ああああ!」

ふらふらになりながらも何とか横になろうとベッドに手を突くが
バランスを崩し、そのままベッドから転がり落ちてしまう。
落ちた際に体を強く打ち、痛みと眩暈でまともに動く事が出来ない。
そんな幽香に少しづつ足音が近づいてくる。
音の方へ目線を向けても歪んだ自分の部屋が映るだけ。
徐々に不安と恐怖を感じ、背筋がぞっとして冷や汗が噴き出してくる。

「………何よ……何なのよ…。」
『素直になりなさい、貴方も本当は思っている筈よ。大事な向日葵畑を荒らす奴らを皆殺しにしてやりたいって。』
「違う!……私は…」
『ある程度傷めつければそれでいい、そう言いたいの?そんなんじゃ向日葵畑は守れないわよ?』
「……私は……。」
『……仕方ないわね。私が少し正直になれるようにしてあげるわ。』
「………ッ!」

何かが頬に触れる。だがそこには何もなく触られてる感覚がするだけだ。
まるで手で撫でられているような感じが顔の上を移動していく。
その感覚は額に辿り着くと徐々に力をいれ頭の中に…

「うぐ……あ…ああ…あああああああああああああああああああああ!!」

激痛がして頭の中が掻き混ぜられるような感覚に、思わず叫び声を上げもがき苦しむ。
身を捩じらせ、のた打ち回るも痛みから逃れる事は出来ない。
次第に痛みで何も考えられなくなっていく。
そこに唐突に破壊衝動が浮かんできて幽香の意思を蝕みだす。

「うぅ…あがが……ぐがあああああああああああ!!」

壊したい。
何もかも滅茶苦茶にぶち壊してやりたい。
そんな衝動が頭の中を支配する。

『ふふふ、そうよ。それでいいの。貴方はそうあるべきなのよ。』

溢れ出す衝動に駆られ部屋中を暴れまわる。
枕を乱暴に掴み引き裂く。
掛け布団を勢いよく振り回し床や壁にぶつける。
タンスを倒し中身をぶち撒ける。
ランプを思いっきり放り投げ砕く。
だがそれでも衝動は止まらない。

「ううぅ……うがあああああああああああああああああ!!」

暴走する破壊衝動は簡単には治まってくれそうになかった。













翌朝、朝日が差し込む向日葵畑にリグルがやってくる。

「……幽香…?」

誰もいない向日葵畑にリグルの問いかけが木霊する。
いつもは真っ白なテーブルの上にハーブティーと朝食を用意して待ってくれてるのに、今日は幽香の姿が見当たらない。
不思議に思い、向日葵畑の奥にある幽香の家を訪ねてみる。

「幽香ー?まだ寝てるのー?」

扉の前で呼びかけてみるも返事がない。
まだ起きていないのだろうか。毎日、日の出の時間には起きているというのに。
いつもと違う様子に不安になってくる。すると、扉の向こうから消え入りそうなほど小さな声が聞こえてきた。

「………リグル?」
「あ、幽香…。」

その声には覇気がなく、幽香らしくない。
まだ起きたばかりで完全に目覚めていないのだろうか。
幽香が寝過ごすなんて珍しい。

「ごめん、起こしちゃった?」
「……いいわよ。…それより今日は休んでいいかしら。少し調子が悪いのよ……。」

体調不良という事なら仕方ない。
無理をして体を壊したら大変だ。

「うん、平気だよ。花の見回りもやっておくからちゃんと休んでてね。」
「………ありがとう。」

普段は見回りについて行こうとしても申し出を断る幽香が珍しく素直に応じる。
そんなに調子が悪いのかと心配になるが、幽香の為に何かしてあげられる事が出来たのは嬉しい。
幽香が安心して休めるようしっかり見回りをしよう。
そう思うとリグルは蟲達を集め見張りを命じると自分自身も様子を見に飛び立っていった。





リグルが飛び立った後の幽香の家の中。
カーテンの閉め切られた真っ暗な部屋で幽香は虚ろな表情で扉にもたれかかっていた。
リグルが来てくれていたがパジャマははだけ髪型は乱れている。
とてもじゃないが誰かに会える状態ではない。
暗い瞳が映す先には羽根が散らばり家具が倒れたままの寝室があった。

「…………。」

あれからリグルが来る数分前まで幽香は暴れ続けていた。
自分の意志など関係なく、ただ衝動に突き動かされるままに動かされた為、心身ともに疲れきっていた。
疲れで体が動かず、とてもじゃないが部屋を掃除する気にはなれない。
冷静になって、なんであんな事をしたのかと考えてみても自分でもよく分からない。
ただ無性に何か壊したくて仕方がなかった、そうとしか言いようがないのだ。
自分はどうにかなってしまうのではないかという不安がよぎる。

「………眠い………。」

そういえば結局寝ていない。
一晩中暴れ回ったのだから当然だ。
今は兎に角眠りたい。ベッドに戻ろうと足に力を込めるもうまく立つ事が出来ない。

「………ッ!」

それでも無理に起き上がろうとした結果、顔から床に倒れてしまった。
もう一度起き上がるだけの気力は残っていない。
次第に意識が朦朧としてくる。

「………。」

どうせ寝室に行っても、あの在り様じゃベッドは使えない。
戻っても床で寝るのと大して変わらないだろう。
衝動も頭痛も治まった今、眠りを妨げる者はいない。
そのまま幽香は深い眠りについた。













「……幽香…。」

あれから1週間が経った。
毎日向日葵畑に行っては幽香を訪ねたが、結局一度も姿を見せてくれなかった。
もしかしたら悪い病気なのかも知れない。自然と思考も悪い方へ向かう。

「リグル危ない!」
「え?……ッ!」

声に驚き振り返ると目の前にボールが飛び込んできた。
すでに至近距離まで近づいていた為かわす事が出来ず、顔にぶつけてしまう。

「うぎゃっ!?」

そのままよろめき、尻餅をつくリグル。
そんな事はお構いなしにボールは茂みの中に転がっていった。

「ちょっと…、大丈夫?」
「あたいの弾幕は、よそ見しててかわせるほど簡単じゃないわよ!」
「ち、チルノちゃん…。ダメだよ、顔を狙っちゃ。」
「リグル、大丈夫ー?手、貸そうかー?」
「大丈夫、自分で立てるよ。」

服についた砂を落とすと急いでボールを拾いに行く。
今はチルノ達とボール遊びをしている最中だった。
こんな時まで考え事をするのはよくない。
そう思い、ボールをルーミアに投げ渡した矢先、

「そういえば、最近幽香見ないなー。」

気にしていた話題が出てくる。

「言われてみるとそうね。平和な事は~いい事よ~。」
「きっとあたいを恐れて隠れてるのよ!」
「そうかなぁ。ねぇ、リグルちゃんはどう思う?」
「え?私?」

幽香と会ってる事はチルノ達には話していない。
ミスティアは乱暴な妖怪だと嫌っているし、チルノは何故かライバル視してる。
そんな関係もあって、なかなか言い出す事が出来ず今日まで続いていた。

「…………よく分からないなぁ。」
「リグルー!なに、ぼーっとしてるのー!」
「あはは、ごめんごめん。」

話してみるべきかもしれない。
もしかしたら相談に乗ってくれるかもしれない。
でも聞いてくれたところでどうなるだろうか。
チルノ達は医者でもなければ、魔法使いでもない。
病気を治す能力なんてないのだ。
皆を無駄に不安にさせるような真似はしたくない。
どうにか幽香の力になれないだろうか。
いろいろ考えていると自分がある事を見落としていた事に気がついた。

「あれ?…医者…?……そうか!」

病気なら永遠亭に行けばいいじゃないか。
永遠亭の技術ならどんな病気も治せる筈だ。
もし病気じゃなかったとしても、きっと解決法を見出してくれる。
沈んでいた気持ちが一気に明るくなる。

「どうかしたの?」
「え?あ、うん。ちょっと用事を思い出して…。」
「そーなのかー。」
「大丈夫よ!ここはあたいに任せて早く行きなさい!」
「ありがとう、チルノ。あとは任せたよ。」
「何を任せるのよ…。あ!私もそろそろ屋台の準備をしないと。」
「皆、帰るんだ…。」
「何言ってるの!三人なら三人で遊べばいいじゃない!行くよ!ルーミア!大ちゃん!」
「待ってよ、チルノちゃん!」

各々の用事の為、紅魔湖を去っていく面々を尻目にリグルは向日葵畑を目指す。
すぐに元気になって幽香と会える。そんな希望がリグルの心に満ち溢れていた。













「幽香!永遠亭に行こう!きっと良くなるよ!」

夕日が辺りを紅く染める夕暮れ時の向日葵畑に扉を叩く音がする。
紅魔湖から帰ってきたリグルが扉の向こうに必死に話しかけていたのだ。
だが返事は一向に帰ってこない。
扉を押しても鍵がかかっているのか開かない。

「……幽香?いないの?」

見回りに出掛けてしまっているのだろうか。
見回りなら蟲達に見張らせているし、何かあったら自分も駆け付けている。
花を摘もうとした大勢の妖精を相手にして追い返した事だってある。
その時は弾幕を放たれ少し怪我をしたが、幽香の為に戦い花を守りきれた事が何より嬉しかった。
しっかりやってるから心配する事ないのに。
そう思い辺りを探そうと家を離れると、

「…幽香にお客さん?」

突然見た事のない少女が話しかけてきた。

「幽香なら眠ってるよ。何か御用なら暫くやめておいた方がいいと思うけど。」

その言葉が妙に引っかかる。
暫くやめておいた方がいいとはどういう意味なのだろうか。
この少女は幽香の事を何か知っているんじゃないか。
そう思うと気が焦り、居ても立ってもいられず少女の肩を力強く掴んだ。

「お願い!知ってるなら教えて!幽香に何があったの!」
「い、痛い…。」
「…!……ごめん…。」
「落ち着いて。ちゃんと話してあげるから。」

リグルが手を離すと少女は近くの平らな岩に腰掛ける。

「貴方リグルでしょ?私はメディスン・メランコリー。鈴蘭畑に住んでいる妖怪よ。」
「メディスン……メランコリー…。」

幽香から聞いた事がある。
花の異変の時から幽香と付き合いのある妖怪。
自分より古い付き合いの彼女なら事情を知っててもおかしくない。
自然とメディスンに対し期待が生まれる。

「私が幽香の異変に気がついたのは3日前。」
「3日前!?3日前に会ったの!?」
「うん。夜中、外が騒がしくて目が覚めたの。」





その日、音の出所を探して鈴蘭畑の外まで出てきたメディスンが見たのは
傘を激しく木にぶつける幽香の姿だった。
傘は衝撃で折れていたがそれでも何度も木に叩きつけている。

「…何してるの?」

友人の異様な行動に思わず口を挿む。
声に気づき、幽香がこちらに視線を向けてきた。

「……誰…?」

真っ赤に充血した幽香の眼がメディスンを睨みつける。
その眼からは強い殺気が放たれていて、恐ろしさに堪らず逃げ出しそうになる。
だが友人の異変を見て見ぬフリは出来ない。
勇気を奮い立たせ、逃げ出そうとする足を必死に抑える。

「メディ……スン……?」

こちらの正体が分かると警戒を解き、険しい表情が疲れきったものに変わる。
ついさっきまで自分が傷つけていた木に力無く寄りかかり
乱れた呼吸を整える姿からは、普段の余裕は全く見られない。

「大丈夫?」

いつもの幽香じゃない。酷く弱りきっている。
友人の異変に力になりたい一心で幽香に手を貸そうと近づく。だが、

「…来な…いで……。」

こんなに辛そうにしてるのに周りを遠ざけようとする。
その姿についついメディスンもむきになる。

「何、くだらない意地張ってるの。ほら、手を出して。」

弱ってる時ぐらい素直になればいいのに。
そう思いながら近づこうとすると、

「そうじゃない………そうじゃないの……。」

必死に頭を左右に振ってメディスンから離れようとする。
何やら様子がおかしい。
一体、幽香の身に何があったと言うのだろうか。
そう思っていると、幽香の口が小さく動く。

「…声が…聞こえるの……。」
「…声?」
「あの声が聞こえてくると……おかしくなって…何もかも壊したくなるの……。」
「………。」
「自分じゃ……どうする事も出来なくて……だから……あ、ああああああああああああああああああああ!!」
「幽香!」

突然頭を抱えその場に蹲る幽香。
心配になり咄嗟に駆け寄ろうとしたメディスンを、鋭い眼光が制止する。

「来ないで!……今の私は……何をするか…分からな…!」
「……!」

幽香の視線がぶれだし、禍々しい気が溢れ出す。
その気にあてられ、竦みあがってしまい一歩も動く事が出来ない。
そんなメディスンの状態に気付いたのか、ふらつきながらも立ち上がりメディスンに背を向け鈴蘭畑から立ち去ろうとする。
このままもう二度と会えないんじゃないか。
急に不安になり追いかけようとするメディスンに幽香の声が微かに届く。

「……一つだけ……頼まれても……いいかしら…。」
「…何?」
「リグルを……見かけたら…もう来ないでって…伝えておいて……。」
「……。」
「………お願い。」
「……分かった。」
「ありがとう……時間がある時にまた来るわ…。」
「…うん。」

再会を誓い最後に寂しそうな笑顔を向けると、幽香は夜の森の中に消えていった。
その姿をメディスンはただただ見つめる事しか出来なかった。





「…そんな……。」

幽香の不調は病気か何かだと思っていた。
しかし今の話だと何者かが幽香を追い詰めているようだ。

「誰がそんな事を……。」
「分からない。幽香も知らないみたいだから何か特殊な能力を持ってるのかも。」
「誰か心当たりは!?」
「……幽香を恨んでる妖怪なんて幾らでもいるから…誰か、なんて…。」
「………。」

言葉に詰まり辺りを静寂が包む。
このまま放っておいたら幽香自身、おかしくなってしまうかもしれない。
なんとかしたいがどうすればいいか分からない。
気持ちばかりが焦って空回りする。
必死に頭を働かそうと考え込んでいると、不意にメディスンが立ち上がる。

「…どうしたの?」
「……私、ずっと考えてたの。幽香の為にどうすればいいのか。」
「何か考えがあるの!?」
「幽香の家を見張るの、幽香を苦しめてる犯人を見つけなくちゃ…。」
「待って!」

立ち去ろうとするメディスンを大声で呼び止める。
幽香は来るなと言っていたが、友達を見捨てるような真似、出来る筈がない。
自分に出来る事があるなら力になりたい。声にも自然と力が入る。

「私も……私も手伝う!」
「リグル…。」
「蟲達と一緒に見張ればメディスンも少し楽になるでしょ!?」
「いいの?」
「幽香は大切な友達だよ?黙って見てるだけなんて出来ないよ!」
「そう…。」

今まで切なげだったメディスンの表情が明るくなる。
幽香の事を本気で考えてくれる妖怪が自分以外にもいた。
ずっと向日葵畑で一人だった幽香に出来た友達の存在が純粋に嬉しい。
幽香の事で一人悩んでいたメディスンの心が少しづつ晴れていくようだった。

「でも二人で見張るならちゃんと計画を立てた方がいいと思うの。」
「そうだよね……。どの方角から見張るかでも違うからね。」

犯人の可能性が誰にでもある為、他の妖怪を頼る訳にはいかない。
今、幽香を救えるのは自分達しかいない。
絶対に犯人を見つける。その一心で、二人は作戦を立てた。
一生懸命考え、気づけば夜中になっていたが努力の甲斐あり死角のない完璧な見張りの陣形が出来上がった。





一方その頃、夜雀と呼ばれる妖怪、ミスティア・ローレライは上機嫌で森の中を進んでいた。

「ふ~んふ~んふ~んふ~ん♪ふふふふふふふふふふふふふふふふふん♪」

最近、焼き八目鰻屋の売り上げがいい。今日も無事完売し、家に戻るところだ。
売上の上昇は焼き八目鰻が浸透してきている証拠だ。
焼き鳥撲滅の日もそう遠くはないだろう。

「ふふ、ふふふんふんふんふん♪ふふ、ふふふんふふふんふふふん♪」

気分がよくて鼻歌も出る。
揺れる屋台も心なしか弾んでるように思えてくる。

「ふふふふんふ~んふ~んふふんふ~んふ~ん♪ふ~んふんふふふふ、ふふふふふふふんふん♪」

楽しい帰り道、その途中何かの気配を感じて立ち止まる。

「ふふ…………ッ!」

それが強い殺気で一直線に自分に向けられている事に気づくと足が震えだす。
この殺気の主を知っている。それだけに振り返りたくない。
だが走って逃げても屋台がある為、とてもじゃないが逃げ切れない。
屋台を置いて行けば持っていかれたり壊されたりする危険性もある。
大切な商売道具だ、折角軌道に乗ってきたのにこんな所で手放したくない。
逃げられないと観念すると屋台を置き、殺気のする方に視線を向けた。

「………幽…香……。」

視界に入り込んだその姿に息を呑む。
パジャマ姿のまま木陰に立つ幽香が殺気を向け続けていたのだ。
異様な姿ではあるが、それより完全に油断していた事の方が問題である。
最近見かけなかったから、てっきり他の場所に移り住んだのかと思っていた。
だがこうして目の前にいるという事は、そうではなかったのだろう。
今更ながら暢気に鼻歌を歌っていた事を後悔する。

「…………。」

しかし幽香は殺気を向けたまま一言も喋らない。
前屈みになり木の影で隠れている為、表情は窺えない。
何とか見逃してもらえないだろうか。
試しにこちらから話しかけてみる。

「…あはは……こ、こんばんは~……。」
「…………。」
「……今日も綺麗なお月様ね~…。」
「………。」
「あは、あはははは……。」
「……。」
「わ、私、用事を思い出したわ!それでは皆さんさようならーっ!」

反応がないのを見て慌てて屋台に向かって走り出す。
もしかしたら逃げ切れるかもしれない。
そう思い屋台に伸ばした手があと少しで届く。その時、

「あがっ!」

背中に強い衝撃をうけ、体を反る。
振り返ろうとしても、何かが体内に入っていてうまく動く事が出来ない。
傷口から血液が流れ出る感覚から、それが刃物ではないかと考える。

「…うっ!」

突然体から異物が引き抜かれる感じがした。
支えを失いその場に倒れそうになりながらも視線を後ろに向ける。
すると目に飛び込んできた光景に顔が青ざめる。

ミスティアの視界に入ってきたのは、右手を真っ赤に染めた幽香の姿だった。
血で染まったその手には自分のそれと同じくらい伸びた爪があり
その爪が背中を刺した刃物の正体である事はすぐに分かった。
このままでは危ない。ここにいてはいけない。
動物的な直感が地面に倒れるミスティアに呼び掛けてくる。
背中の痛みに耐えながら何とか体を起こし幽香から離れようとする。
屋台は惜しいが身の安全が最優先だ。
そう考え、一先ず逃げ出そうと羽を動かす。
間も無くして足が宙に浮き、飛び立とうとした瞬間、

「うぐっ!」

幽香に蹴り飛ばされ近くにあった屋台に強く打ちつけられる。
屋台の上に置いてあった串や調味料が落ち辺りに散乱するが
それを物ともせず、幽香は前のめりに崩れ落ちるミスティアに近寄り踏み付けた。

「ッ!……あ、あぐっ!あああっ!!」

傷口を踏まれ痛みで悶えるミスティアにお構いなしに背中の上に座り込む。
そして右腕を掴み足で固定すると、本来曲がらない方向へ力を加え始める。

「!!……やめて!お願い!誰か助けて!」

それが何を意味するか分かり、泣きながら助けを求めるミスティア。
だがこんな時間に助けに入ってくれるような妖怪は居らず
願いは叶わぬまま、徐々に痛みだけが増していく。

「…助けて……お願い……後生だから……。」

段々声も小さくなり抵抗する力もなくなってくる。
森の中に静けさが戻りつつあったその時、

「嫌!だれか!誰か助けて!嫌ああああああああああああああああああああ!!」

一際大きな叫び声が響き渡る。
やがて何かが折れる音がすると、それっきり悲鳴が聞こえる事はなかった。


  • ミスティアッーーー!! -- 名無しさん (2010-03-19 00:09:20)
  • 声の主は誰だろう?
    -- 名無しさん (2010-11-19 23:09:40)
  • みすちーの扱いがゆゆさま並に酷い件 -- 名無しさん (2011-12-03 22:09:09)
  • みすちいいいいいいいいいい!
    -- 名無しさん (2012-08-29 09:01:16)
  • 前から思ってたけど、幽香って
    花を大事にするのはいいことだけど、すこし
    乱暴すぎなんだよなあ
    -- 名無しさん (2016-02-09 21:59:34)
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