口に出したら、日本では何もできない。

この国の国民はみな例外なく国に盗撮、盗聴されている。

結論から言っちゃうと、
私とあずにゃんがケータイを壊して公園を出た頃、
私の自宅ですでに憂は私のいきがみと遺書とカレーのルーを野菜室から見つけていて、
取り乱してあちこちに電話をかけていた。

もちろん私とあずにゃんのケータイにも電話をかけたけど、ケータイは一足早くあずにゃんに壊されていて繋がらない。

その電話のやり取りはもちろん盗聴されていて、
異変を察した調査局の員は街に設置されているカメラを使い私とあずにゃんの動向を探っていた。

その頃、私とあずにゃんはコンビニでおかしとかジュースとか買って、あずにゃんがトイレに行きたいっていうから、
あずにゃんがトイレに行く間に荷物を無理矢理預かったりとかして。

「絶対に中、開けないでください」

とか、もうあずにゃん、それフリ? 

唯先輩、そういう我慢強さって装備てないんだよ?

2年も一緒に居てそういうところわかってないとか、

あずにゃんは私のこと舐めてるよね、もうバカ。


そして、私とトイレでスッキリあずにゃんがコンビニを出る頃には
その行先が新幹線の乗り場であるということは理解されつくされていた。

------

駅前の交差点で信号を待っているとき、とても嫌な予感がした。

今までライブでも感じたことのないほどの視線を自分の全身で感じて嫌な汗がどっと噴き出していた。

見張られている。

そう直感が告げていた。

こんなにも早くこの逃避行は終わりを告げてしまうのだろうか。

唯先輩の左手を握る右手にさらに力を入れた。

「いたた、あずにゃん、痛いよぉ」

「あ、……す、すいません」

「んもう、手を繋ぐならもっとこうギュって優しく、ね?」

そう言って、唯先輩は私の右手を再び握った。

「あ、ははは……」

その手のひら全体から暖かさが伝わって、私の身体を温める。

ああ、唯先輩は今確かに、確かに生きているのに。

どうして、唯先輩は、どうして。

「唯先輩」

そう、呼びかけた時、信号が青に変わって、人が歩き出した。

せわしなく行き交う多くの人達に紛れて、横断歩道の向う岸でそいつは堂々と唯先輩に銃口を向けて立っていた。

「……っ!?」

気づいた時にはもう遅かった。

いや、イキガミが唯先輩に届いた時、それはすでに完了していたのかもしれない。

それでも、それでも。

それだからこそ。

「唯先輩、ごめん」

「えっ?」

「イキガミの裏ワザ、もうひとつあるんです。

 こないだの朝の特番コーナーで正式に制度化されたって発表されたからもう裏ワザじゃないんですけど」

熱いものが飛び散って、少し遅れて音も私の鼓膜を貫いた。

とたんに景色が豹変する。

誰かの叫び声が聞こえる、


いや、うるさいって、車のクラクションも。
いや、私、いま信号とか気にしてる場合じゃないんでごめんなさい、長押しとかしないでください。

「嫌だ……そんな・・・・・・・・あずにゃん?」

私の血がゆっくりと足を這って地面に流れだす。

「イキガミって大学で言うところの代返みたいな制度できたんですよ、

 唯先輩、防犯カメラのコーナーしか見てないとか、ミーハーにもほどがありますって」

その時にさらにもう一発。

しまった、後見人制度って本人には言っちゃいけないんだった。

う〜ん、肝臓イッタ?

一発目よりもさらに急所。

あー、拳銃で撃たれると、痛いっていうか熱いんだ。初めて知った。

てか、打つの下手過ぎない?

さっき打たれたの肺だから、呼吸苦しいんだけど。


いつの間にか私と唯先輩は四方八方を武装装備をし、銃口をこちらに向けたイヌどもに囲まれていた。

逃げ場がない。

梓は目の前が真っ暗になった。

そんな冗談で世界が暗転して、また、あの穏やかな日常が始まればいいのに。

「え…、え……うそだよね、あずにゃん、これ、そんな、あずにゃん。血が」

「……ユ…い…せん……p・・・・う」

「え、あ、ずにゃん、何言ってるかわかんないよ、

 ちゃんとしゃべってよ、

 ほら、私、バカだから、

 口で言ってくれないと」

私は立っているのもやっとになってきて、

唯先輩に倒れこむようにして、その服にしがみつく。

私の全体重を急に浴びた唯先輩はバランスを崩しながらも

私の身体がそれ以上ダメージを受けないように私を必死で受け止めてくれた。

クピィ〜コピィ〜キュルルルルってファックスを送信するときのような古臭い音が

私の意思に関わらないで、私の喉元あたりから漏れては噴き出していた。

なんだ、私って身体からこんな風にかわいい音出せるんだ。新発見。

-----

「……ユ・・・・せん…い・プィ・・う」

「え、なに? あずにゃん?」

私は涙でもうあずにゃんの顔が見えなかった。

手も服もAB型のこの子の血で真っ赤っかに染まっている。

あぁ、こんな時に限ってどうして思い出すんだろう。

あずにゃんと2人で帰った時にみた夕焼け、すごくきれいだったなぁ。

「……………」

その時また発砲。 パァンだなんて、こんなに鼓膜に直撃する音、みんなで見た花火以来だよ。

あずにゃんを仰向けにして私の腕の中に抱きしめた。

私の両眼に頬を染めたあずにゃんが映っていて、

そして、あずにゃんの両眼にみっともなく鳴いている私が移っていた。

「・・・・sだ・・・・dふぁ・・・・」

「だから、わかんないって、あずにゃん・・・・・・・・・あずにゃん!!!」

顎がカタカタとなった。

ねぇ、私。

私はさ、助けを求めたよね、自分の命、、急に惜しくなって、助けを求めていたよね。

でもさ、たしかに私は馬鹿で、憂よりもわからないことだらけの毎日を送っていたけどさ、

でもさ、でもさ、・・・・・・・・でもさ!!!!

こんな結末を私は、決して、望んではいなかったよね?

私の代わりに、あずにゃんが神様に命をあずキャットされちゃうようなそんな結末なんて望んでいなかったよね?


きっと、あずにゃんだってそうだ。


私は血まみれの手であずにゃんのポーチをまさぐる。

「ごめんね、あずにゃん、ポーチ汚しちゃうね、ごめんね」

その中にはペットボトルが入っている。私は見た。だから、知っている。

四方八方を銃を持ったやつらに囲まれて、その中心には血まみれの女の子2人。

こんだけ銃で囲まれたことなんてないから実感が全くわかなかった。

黒くて長くて、先が細くなっているものが私をめがけて今にも爆発したそうに、

その内側の欲望で私を壊してしまいたくてたまらなそうにこっちを見ている。


△ヤラれますか? △ヤラれませんか?


……あはは、震えが止まらないよ。

不自然にも、私はなんだかニヤっとしてしまった。
あれが自分を殺してしまえる武器だなんて実感がない。

なんか棒切れをかっこよく加工しただけなんじゃないのかな、とか疑っちゃう。

この光景、和ちゃんが知ったら驚くかな。
和ちゃん、あなたの幼馴染、ニートどころか、ゴキブリホイホイの中で最期を待ってる。

でも、せめて、あずにゃんだけは。

私がなにをしようとしているのかわかったのか、

あずにゃんの左手が、力の全く入っていない左手が私の右手を掴んではボトりと落ちた。


「大丈夫だよ、あずにゃん、これは飲むわけじゃないから

 だって、これは裏ワザに使うものだもんね?」

最後の最期まで私を気遣うなんて、あずにゃんは本当に優しいんだからなぁ、もう。

私は左手であずにゃんを抱きしめたまま、口をつかってペットボトルの蓋を開けた。

そこから漏れ出た臭いで予感は確信に変わった。

あずにゃんの左手はあずにゃんの血でできた血だまりの中に落ちたままだった。

もう動かない。

泣くのはきっとあとでいい。

その後すら、今はいとおしいけれど。

私はペットボトルの中身をできるだけ全身に浴びるようにぶちまけた。

そして、あずにゃんがトイレに行っている間に買った100円ライターをポケットから取り出し、

どこかでこの様子を映している防犯カメラ、この一部始終を見ることになるであろう政治家のみなさんに言う。

せーの


「ざまぁみろ」


火のついたままのライターを私は空に投げた。


------

トントンと音がして、「入るよ」と声がした。

「うん、どうぞ」私はそう言って入室を促してみたけど、その声がどんな声なのかよくわからない。

「おはよう、憂」

「あは、やっぱりまだ慣れないや」

「……私も」

 憂はコートを膝に起き、ベッドサイドにあるパイプいすに腰掛けた。

私はあの時死んではいなかった。


「今日は唄、唄うの?」

「うん、今日も隣の病室の小学生と約束してるから」


後見人制度なんて、代返なんて嘘だ。

イキガミが届いた者の『死ぬ権利』を肩代わりするなんて、この国にそんな制度ができていない。

ただ、後見人制度、そのものはできていた。

名前は同じでもその内容がまるで違う。

「じゃあ、今日は私も聴こうかな。久しぶりにお姉ちゃんの唄声聴きたいし」

――――後見人制度、とは、

イキガミが届いた者から移植する部位をしていできるという制度である。







私は唯先輩と公園で再度待ち合わせをする前に、その手続きを済ませていた。

私が指定したのはずばり、唯先輩の『声帯』だった。

私は唄が下手で、自分の声が好きではなかった。

ずっとそれがコンプレックスだった。

容姿は幸いブスな母親に似ず、父親に似て整っていて、

バカで料理のできなかった母親がいなくなってからは

自分で栄養バランスの整った食事も用意してスタイルも整えた。

身長が伸びなかったのはあのクソな母親に似たところだったけど、

唯先輩はそんな私の身長をかわいいと言ってくれたから、嬉しかった。嬉しかった。

その声で、唯先輩のあの声で名前を呼ばれることが好きだった。

いつしか、私は唯先輩ではなく、唯先輩の声に弾かれ始めていた。

歌っても壊れない喉。

唄も上手。

誰からも愛されるようなキュートな音質。

どんなに努力しても声は、自分の声は代えられない。

私、ずっと嫌だった。

本当は私だって歌いたかった、

ただ、ギターを弾くだけじゃ嫌だった。


唯先輩をかばった私への最初の一発は腹部だったし、二発目はやっぱり肺に穴をあけていた。

ただ三発目は下顎から声帯部分を打たれてて、出血多量で死ぬ直前だったけど、

そこはこのクソな制度がまかり通ってるこの国家のシステム。

死体もとい病人に口なし。

いや、まさに私は口がなくて声出せなかったから文句の1つも言えなかったんだけどさ、

下顎から声帯部分とか、AB型の血とかストックいくらでもあるんだってさ。



ねぇ、先輩。私、あなたにはとっても感謝してるんです。

私が用意した灯油をうまくかぶってくれて。

私がトイレで通報していたから、思ったよりも私たち早く見つかったし、

唯先輩がコンビニでライターもちゃんと買ってくれたから、

そのデータから消防車とかもちゃんと用意されてて。

国って優秀ですよね、唯先輩の身体が焼失してギリギリ亡くなって、

でも私が予約した唯先輩の声帯はイキイキとした状態を保って私の元に届けられたんですから。


ほんと、イキガミって最高!!

「ふふ」

「なにさ、憂。笑って」

「いや、ごめん。やっぱり、おかしいなって思って」

「?」

「姿は梓ちゃんなのに、目を閉じたら目の前にお姉ちゃんがいるみたい」

「……憂」

「お姉ちゃん……」

 憂は目をつぶり私の声を待っている。

 私はそんなつぶられた憂の瞳からこぼれる涙をこの手で拭い、

憂が泣き止んでしばらくしたらギターを手に取って、

憂のためにこの声で「U&I」でも歌ってやろうと、

心からそう思った。


おわり



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最終更新:2014年12月17日 22:41