木山先生が最近テレビの動物番組に嵌っている。「犬でも飼ってみたいが、暑いなか散歩に行くのは大変そうだなぁ」などと言うではないか。 それならばと僕は自ら木山先生の犬になろうと思った。 さっそく僕は木山先生の目の前で寝転がり、所謂服従のポーズを見せ付けた。「わんわん! 木山先生わんわん!」 最初は木山先生も驚いていたが、僕の思惑に気づくとおかしそうに目を細め「おぉ、何だこの結構普通に日本語を喋る犬は」と僕の頭を撫で、ノリノリである。 木山先生はさらに僕にお手、やお座り、おかわりなどのしつけをし、僕はそれらを忠実に実行し、頭を撫でて貰うというご褒美を貰っていた。 僕はいつ木山先生がちんちん、と言ってくれるか待っていた。 だけど木山先生は中々言わない。僕はちんちんと言われたときのことを考えてすでに勃起していた。 いつになったら木山先生は言ってくれるのか。その待っている時間は耐えがたかった。 そして気づいた。これこそが『待て』のしつけなのであると。 僕はその時、木山先生の、試すような目つきに気づいた。 なんて人だ。僕は既に恐ろしさすら覚えていたが、木山先生のしつけは止まらない。 次第に木山先生は「犬ならば服を着ているのはおかしい」などと言い出し僕は全裸にされた。 僕は自分のぎんぎんに勃起したぶつを見られるのが恥ずかしくて前を手で隠したのだが、木山先生に諌められる。「犬が手を使うのはおかしいだろう? しかしこんなに大きくして、辛そうだな。よし。飼い主として手伝ってやろう」 そして木山先生はゆっくりと僕の股間に手を伸ばし、 そこで目が覚めた。 僕は誰にも負けない。
最近晴れた日が続き、木山先生はご機嫌だ。清涼な日差しがの健康的な生活を演出するのか、 木山先生はマメに窓を開け換気をするようになった。 吹き込む風が気持ち良いと目を細める木山先生は美しかったが、そんな牧歌も束の間 四六時中窓をあけていたおかげで、ムカデが一匹入り込んできた。 大パニックである。 木山先生は複雑怪奇な悲鳴をあげ、僕は脊椎を骨折したかのような踊りを舞う。 二人して殺虫剤を探すが見当たらず、その間もムカデは床を這い回る。 混乱した木山先生は何故か僕のズボンを下ろしにかかった。 何でですか? って聞くと「お前の件の液体でこいつを殺すんだ!」と卑猥な提案 しかし名案である。僕は言われたとおり、すぐさまズボンを下ろしムカデに放出した。 ムカデは白い白濁液の中でのた打ち回り死んだ。気味悪い光景である。 木山先生はほっとした顔で「助かったよよくやった」と僕を褒めてくれたが、 どうしてか僕は泣いてしまった。 僕はムカデに射精した。 その出来事は消えないで、永遠に僕の背中に重く圧し掛かる。 股間をティッシュで拭いながらさらに僕は泣いた。
木山先生は綺麗だ。 それは地球が回転しているように当たり前のことで、同時に宇宙が誕生したような奇跡でもある。 僕はそう思っているんです、と木山先生がちょっとおやじっぽいくしゃみをしたときに言ったら お得意のニヒルな目つきで僕を睨んで「そう思うなら私の寝巻きにしているTシャツをもぐもぐ食べてみろ」 と言われた 醤油をつけながら半分ぐらいぺろりと食べたところで「私が悪かったもうやめてくれ」と涙目で謝られてしまった 中々美味しかったのに、残念だ
木山先生の脱ぎ癖が中々直らなくて、困っている。 その日も突然ストッキングを脱ぎだしたので僕はとうとう強い語調で叱りつけた。 しかし木山先生は飄々と言う。「起伏の乏しい私の体を見て劣情を催す男性がいるとは…」 その言葉で僕はカチンときた。 感情に任せたままおもむろにズボンを脱ぎ捨て下半身をさらけ出す。「ここにおるわぁああああああ!!」 すると木山先生僕の全力勃起の股間をまじまじと眺めて「とても興奮しているようには見えないが…」 と言った。 僕はまだここにいるよ。
木山先生は一丁前に年齢のことを気にしているらしい。 突然こんなことを聞いてきた。「私は幾つに見える?」「32歳ぐらいですかね?」 とリアルな数字を出したら涙目になってその後部屋に引き篭もり夕飯の時間になっても部屋から出てこなかった。 一応まだ20代らしいが、これマジで? 公式? うそん。
木山先生は偏食家だ。めんどうだとかいって食事をちゃんと採らなかったりする。 最近忙しいのかとみにその兆候が強まり、さらに痩せてきている。 これではいけないと僕は腕をふるい木山先生の好物をたくさん作った。 これなら食の細い木山先生でも、もじゃもじゃと幼子のようにがっつくだろう。 さらに僕は、そんな木山先生を記念撮影するべくデジカメも用意した。 丁度良いタイミングで木山先生が帰宅する。 僕は満面の笑みで木山先生を出迎え、リビングに誘い、机の上に広がる豪華絢爛のご馳走を見せ付ける。「さあご飯にしましょう!」 しかし木山先生の反応は薄い。「今あまり腹が減っていないんだすまない」 と言って一口も手をつけてくれなかった。 僕はその場では笑顔で「ああじゃあしょうがないですねすみません片付けておきます」と手早くサランラップをかけたが 部屋に戻ってから引くぐらい泣いてしまった。 朝起きてリビングにいくと、机で木山先生が突っ伏して気絶していた。机の上にはカラになった皿の数々。 さらに僕の用意したデジカメには、苦しそうな顔でご飯をもじゃりながらピースする奇跡的なほど可愛い木山先生が映っていた。 僕はこの写真を後世にまで伝承するために生まれてきたのだとその時悟った。
木山先生の様子がおかしい。 ちらちらと僕のほうを見るし、目が合うと赤面してさっと顔を逸らしたりする。 また何か変なことを無意識のうちにしてしまったか。 記憶を辿り、はたと思い至る。 昨日の晩の会話である。 話の流れで僕と木山先生は結婚について言及していた。 内容は確か理想の指輪の渡し方とは? だった。「僕ならケーキの中に忍ばせますね」「それは何ともベタだな」「だけどサプライズ感が大きいでしょう? 日常生活で、突然指輪が現れてみなさい。こいつは驚き嬉しい」「へえ。それ、実行する機会はあるのか?」 木山先生はからかうように言った。僕は少しムキになり、「ありますよ。木山先生をあっと驚かせてやります」 と何気なく言ったのだ。 そして今、僕たちの目の前には、おやつのケーキがある。 木山先生は赤い顔をしながら、緊張しているのか少し震えて、フォークでケーキをぐさぐさと潰している。 僕は冷や汗が止まらない。
木山(……)いつも私の傍には常人には理解しがたい異常行動をとっているアイツがいた。場所や時間もわきまえずによく私を変態騒動にまきこんでいたっけ。存在するだけで吐き気がするようなやつだった。気持ち悪くて本当に嫌で自殺を考える日もあった。それなのになんなんだろう…… この気持ちは……あれほど嫌いだったのに…… 消えてくれって願っていたのに……2,3日姿を見ていないだけなのに…… 何でこんなに寂しいのだろうか……木山(私は飽きられてしまったんだな… それもしかたないことか…)“しかたないこと”そう自分に言い聞かせた。それと同時に涙が零れてしまった。―アイツならずっと私の傍にいてくれる。―アイツなら私を幸せにしてくれる。いつしかそう思ってしまっていたようだ。ありえない事だと知っているのに。それでも私は待っている。いつか作者が帰って来ることを。そして私を1000まで連れて行ってくれることを。更にいうと木山先生は俺の事が好きなんだ……
いつか、僕はいつものようにふざけた調子で木山先生にプロポーズめいたことを言ったことがある。「結婚してくださいよ木山先生」 すると木山先生は何やら悲しそうな顔をした。「私は極悪人だぞ」 その言葉がどういった意味を持つのか僕は深く考えないで、まだふざける。「なら僕が一緒にその罪を背負いますよ」 木山先生は悲しく微笑んでいた。
その日は朝から天気であった。 僕は寝ぼけながらもリビングのカーテンと窓を開け、清涼な日差しを部屋に送り込んでから、 木山先生を起こすべく部屋に向かった。 木山先生は今日、朝から出かける用事がある。僕は彼女から朝起こすようにと頼まれたのだが、これが中々骨の折れる作業だ。 木山先生は低血圧だからか、非常に寝起きが悪い。そのため相当体を揺すったり、場合によっては頬をつねったりする必要はある。 その行為は僕にとって心苦しい。 僕は気合を入れてから、木山先生の部屋に入った。 扉を開けてまず目に飛び込んだのは、下着姿でベッドの上に寝転がる木山先生だった。「なんちゅう格好を!」 僕は不埒な格好の木山先生を見ないように顔を逸らしながら、ベッドに近づき、その肩を揺らした。 生身の肌はしっとりして、指に吸い付く。思わず生唾が喉を下った。 木山先生はう~ん、と呻いた。「木山先生起きてください。そして早く服を着てください」 寝ぼけた顔が僕を見上げた。このときばかりは、彼女が年上に見えない。 僕は木山先生の体を隠すように布団をずらしながら、もう一度声をかける。「起きてください。朝ですよ」 するともごもごと口の回らない調子で木山先生は呻いた。「あと五分…」「そうはいきません」 僕は部屋のカーテンを開けた。日差しが木山先生に当たる。「眩しい…カーテンを閉めてくれ」「駄目です」「あと五分だけ寝させてくれ…」「駄目ですって!」 その後も同じようなやりとりを繰り返し、ようやく木山先生はベッドから這い出てきた。 布団がずり落ちて、木山先生の下着姿があらわになる。 僕は慌てて背を向けながら、文句めいたことを言う。「どうしていつも服を脱いでいるんですか」「夜中、暑くて寝苦しくなったんだ。いいだろう」「よくないですよ。朝起こしてくれって頼んできたのは木山先生でしょう。それ相応の格好でいてくださいよ」「全く、朝からやかましいな君は」「やかましくさせてるのは先生でしょう。とにかく、身支度整えたらリビングに来てくださいね。朝食を用意してますから」 僕は木山先生の方を見ないようにしながら、壁伝いに歩いて部屋を出た。 それから十五分ほどして、木山先生はリビングにやってきた。酷い寝癖がついている。
「十五分間何してたんですか。全然身支度整っていませんよ」「整ったよ」 そう言う木山先生の呂律は回っていない。どうやらまだ寝ぼけている。「全くもう。朝ごはん食べてください。寝癖直してあげますから」 僕は洗面台から櫛とワックスを持ち出し、朝食をもそもそと食べる木山先生の髪を後ろから梳かした。「世話をかけてすまないね」「そう思うならもう少しちゃんとしてください」「したいとは思っているんだが……。どうにも朝は弱い」 机の端に置いてあるリモコンを取り上げて、木山先生はテレビをつけた。今日の気温が知りたいのだろう。 ニュース番組が映る。 僕は木山先生の髪を櫛で梳かしながら、ぼうっとテレビを眺めた。 能力者が事件を起こしたというニュースをやっていた。 おや、と思った。 能力者の犯罪などは大して珍しくない。 変わっていたのは、その事件の能力者が、学園都市に登録されていなかった、ということだ。「こんなことってあるんですか」 僕がそう訊くと、木山先生は「ああ、ありえないことじゃないんじゃないか」と適当な返事。まだ寝ぼけている。 未登録の能力者だったため、捜査は難航し、確保に時間がかかったという。 ニュース番組は、学園都市に登録されていない能力者の存在から、学園都市の管理不足を指摘し、 最終的に政治を批判し、番組を終えた。 妙な事件だなとは思ったものの、それ以上気にすることはなかった。「それじゃあ行ってくるよ」 玄関にて、木山先生はひらひらと手を振った。「いってらっしゃい」 そう返すと木山先生はお得意のニヒルな笑みを浮かべてから、家を出た。 木山先生が倒れたという連絡がきたのは、午後になってからだった。
病室に駆けつけると、見知らぬ少女がいた。 彼女が誰なのかと考える前に、僕は奥のベッドで眠る木山先生を見つける。「先生!」 少女を押しのけて、木山先生に駆け寄る。しかし少女はそんな僕の腕を掴み、諌めた。「落ち着きなさい。体を揺すったりしたら、どんな影響があるかわかりませんの」「あんたは」「白井黒子」彼女はそう言って、腕章を指で引っ張り僕に向けた「ジャッジメントですの」「どうしてジャッジメントがこんなところに」「木山先生は能力者に襲われたんですの」「……木山先生に何があったんだ」 事の顛末を白井黒子は語った。 午後1時過ぎ、通行人が道端に倒れる木山先生を発見した。 彼によると、木山先生は寝ているように見えたという。 最初は声をかけてみたが、どうにも様子がおかしい。そこで通報した。 病院に運ばれた木山先生は検査されたが、どこにも異常は無い。 だが頭部が検査されたとき、異常が発見された。 通常、人はレム睡眠とノンレム睡眠を交互に繰り返す。 しかし脳波の状態から、木山先生はずっとレム睡眠の状態であるという。 それはまるで、強制的に眠りにつかされているように……。 この明らかな異常は、能力者の仕業である線が濃厚だと判断され、アンチスキルが呼び出された。 白井黒子は続ける。「これからアンチスキルを経由し、木山先生は研究機関に移送され、そこで精密な検査をされます」「木山先生は大丈夫なのか」「眠っているだけですから、適切な処置をすれば命に別状はありません」「いつ目を覚ますんだ」 そう問うと、白井黒子は言いづらそうに顔を伏せた。「能力者である犯人を確保し、木山先生にかけた能力を解除しなければ、木山先生は眠り続けるでしょう」 その言葉は僕を大きく動揺させた。足元が麻痺する。 僕の肩に、白井黒子は手を置いた「安心してください。我々は犯人確保に尽力します。……わたくしも、木山先生とは面識があります。 犯人を許せない気持ちはあなたと同じです」「僕はどうすれば」「木山先生が移送されるまで期間があります。それまで傍にいてあげてください」 僕は木山先生を見やる。 本当にただ、寝ているようにしか見えなくて、それが僕の不安を煽った。
病室を出た白井黒子は、歯をすりつぶすように、一度ぎりと奥歯をかみ締めた。 苛立っていた。知り合いが事件に巻き込まれ倒れたのは、これが初めてではない。 ジャッジメントとしての誇りと自尊心が、ふがいなさに押しつぶされていた。「必ず、犯人を捕まえてみせますわ」 感情を吐き出すように、そう独り呟いた。 しかし、胸に一抹、残るものがあった。それが何かは知れないが、まるで、小さな引っ掻き傷のようにちくちくと奥にある。 この事件はまるで……。 予感めいたものが渦巻いた。 白井黒子はまず学園都市に登録された能力者の捜査を始めた。 対象は、人を強制的に睡眠状態に陥らせる能力者だ。 木山春生の状態から、犯人は少なくともレベル3以上の実力を持つと思われる。 この作業はデーターベースを探れば容易に情報を割り出せる。それほど難航することなく、 すぐに容疑の疑いがある能力者たちが見つかった。 人数にして6人ほど。二日もあれば、全員を調べ上げることができる。 しかし実際には、白井黒子は彼らの調査を一日で終わらせた。 それは彼女の力量が起因したことではない。 6人全員に完璧なアリバイがあり、『特に調べることが無い』ためだった。 そもそも彼らに動機はなく、平々凡々と学校に通い勉学に励む一般的な学生で、木山春生を襲う 理由も目的もあるとは思えない。 この結果から白井黒子は、一つ思い至った。 つい先日、学園都市に登録されていない能力者が、事件を起こしたという報道。 能力者が見つからないこの状況は、その事件とよく似ていた。 その事件の調査を進めたところ、すぐにある事実が発覚した。 それは核心に迫り過ぎていた。同時に、この事件の救いようのなさを、酷く露呈させた。「なんてことですの……」 白井黒子の予感は当たっていた。
木山先生は眠り続けている。 僕は病室に毎日通って、木山先生の傍にいることを勤めた。木山先生の容態を見守るためだ。 レム睡眠とは、簡単に言えば体の眠りだ。脳は覚醒状態にある。 その状態が続くのは危険だ。 レム睡眠の間、自律神経系の活動は不安定になる。そのため血圧の変化が激しくなったり、心拍や呼吸は不規則かつ速くなる。 睡眠中の突然死という事例があるが、それは自律神経の乱れが心筋梗塞を引き起こすためだ。 木山先生の体には、自律神経の動きを安定させる薬と、血圧を一定に保つ薬が、一定時間投与され続けている。 それが万全であるとはいえない。 異常が発生した場合、迅速な対応が必要になる。 つまり僕がその役目を担っているのだが、四六時中、僕が木山先生のもとにいる必要は、実はない。 木山先生の異常を察知する血圧計は装着されている。 僕は怖いのだ。 このままずっと、木山先生が眠り続けてしまったら。 そう考えたらもう僕は、取り乱すしかなくなって、まともじゃない。 それは木山先生が死んでしまうよりは救われたことなのかもしれない。 でも、あのニヒルな笑みをずっと傍で見続けたいって、僕は思うんだ。 窓が宵闇に黒く塗りつぶされるころ、僕は病室をでた。見舞いの面会時間の締め切りも近い。 この時間病院は患者の就寝時間のために、照明が落とされる。 僕は暗い廊下を歩いて、エントランスに向かった。 エレベーターに乗り込んだところで、病室に忘れ物をしていることに気がついた。 次の階でエレベーターを下り、また上がる。 エレベーターを降りると長い廊下が目の前に臨む。 その廊下の向こうに、人影が佇んでいるのを見つけた。 ついに幽霊を見てしまったか、とまず思った。 次に不審に思う。 人影は木山先生の病室の前で佇んでいるようだった。 ひょっとしたら、木山先生を襲った犯人が、止めをさすために? 僕は一つ深呼吸をして、人影に向かって歩んだ。 人影はこちらに気づいたようだった。体が僕の方向を向く。 そのタイミングで僕は声をあげた。「そこで何をしているんだ」「うひゃあ!」 女性の悲鳴があがった。人影はぐらりと揺れると、床にしりもちをつくと、手をぶんぶん振って、「あの怪しいものじゃないんです道に迷ってしまって本当なんですついでに助けてください」 と泣きそうな声色で言った。
少女の名前は青木明菜といった。「いやぁ、助かりました」 信じがたいことに、彼女は病院内で迷子になっていたという。 病院を面した道路に、自動販売機がある。僕と青木明菜はそこでジュースを飲んでいた。 僕が選んだコーラは彼女のおごりだ。 いいと言ったのだが、お礼をさせてくれと彼女はしつこかった。 青木明菜はぐびっとビタミン飲料を飲み干すと、その勢いでおじぎをしてきた。「本当にありがとうございます」「いやそんな」「あなた様がいなければきっと永遠に病院内をさ迷っていたかもしれません」「怖いねそれ」 青木明菜はそうして何度も仰々しく頭を下げてきたので困った。 変な子だなと思った。 この変な調子には覚えがある。木山先生だ。 木山先生もよく、「こんなところで?」と信じられないぐらい妙なところで道に迷っていた。 彼女との出会いも、道を訊ねられたのがきっかけだし。 青木明菜と木山先生は、僕の中で少し重なるものがあった。「君も誰かのお見舞い?」 僕は何度も頭をさげてくる青木明菜に嫌気がさして、ふいにそんなことを訊いた。 彼女自信が病院に用があるように思えないし、僕らがいたフロアは入院患者専用のものだ。 あたりをつけて何気なく訊いたのだけど、青木明菜はふっと、暗い顔をした。
「ええ、弟が入院していまして」 彼女の様子から、その弟さんの病状というのは、あまり良くなさそうに思えた。「あなた様も誰かのお見舞いに?」 話題を変えたいのか青木明菜は僕に話をふる。「まあ、そうだね」「毎日来ているんですか?」「え?」「病院内に慣れているようでしたから」 それを肯定するのは何だか気恥ずかしかったけど、口ごもるのもなんだと思った。「うん、毎日きているんだ」「よっぽど大切な人なんですねぇ」「そうだね。すごく大切だよ」 ちびちび飲んでいたコーラが空になる。「それじゃあ僕は行くから」 僕がそういうと、青木明菜はもう一度「本当にありがとうございました」と頭を下げ、「病院内で会ったらまたよろしくお願いします」と続けた。 青木明菜は街頭に照らされた夜道に消えた。 彼女の姿が見えなくなったのを確認してから、僕は変な奴だな、と独り呟いた。
その日、病院に到着すると、エントランスのところで声をかけられた。 白井黒子であった。「ちょっとよろしいですか」 白井黒子はくい、と親指を立てて、階上を指した。 屋上に呼び出される経験なんて初めてだった。 風が強い。真っ白な入院患者のシーツが何枚も干されていて、それが風に凪ぐ様は壮観だった。「幻想御手をご存知ですか」 白井黒子は鉄柵に寄りかかりながら、突然そんなことを言った。 僕は気分が重くなるのを感じた。「ああ、知ってるよ。木山先生が作った、能力を得ると引き換えに、意識が昏倒するもの……」 木山先生が引き起こしたその事件は、今は解決したものの、多くの被害者を出した。 僕はその話が嫌いだった。 白井黒子はそんな僕の気も知らず、こう続けた。「木山先生を襲ったのは、その幻想御手の被害者である可能性が高いのです」 それは嫌な事実だった。貧血に似た眩暈に襲われる。奥歯をかみ締めて、どうにか足元を保った。「木山先生を、恨んでの犯行だってことか……」「ええ……。心苦しいでしょうが、あなたにはお伝えしておこうと思いまして」「僕なら大丈夫だよ」 白井黒子はこくりとうなづくと、続ける。
「まずわたくしは、対象を睡眠状態に陥らせることができる能力者を調査しました。 しかし、彼らには全員アリバイがあり、そもそも動機がなかったのです。 ……能力者が見つからないこの状況、何かに似ていませんか?」「え?」「つい先日起こった、登録されていない能力者が起こした事件です」「ああ、知っているよ。そのニュースは、木山先生と一緒に見た」「その犯人の調査をしたところ、犯人は幻想御手の使用者であることがわかりました。 どういうわけか犯人は、意識を失ったあとも、能力を持ち続けていたのです。 アンチスキルに確保されてすぐ、能力は失っていますが。 ……一部の幻想御手使用者が能力を持ち続ける原理はわかりませんが、 彼らがもし凶悪な能力を持ち続けたまま、木山先生に恨みを抱いたとしたら」「……嫌な話だ」「しかし今危惧するべきなのは、犯人が木山先生をまた襲いにくる可能性です」「何?」「彼らは自信の能力が不安定であることを知っています。 木山先生はこのまま自然に目を覚ます可能性が高いのですわ。 それを防ぐため、また、というわけですの」 一度強い風が吹いた。それはどこか、不吉な感に思える。 強い怒りの感情がわきあがった。「そんなこと、絶対にさせない」 強い握力をもって拳を握り締めていたら、手のひらに自分の爪が刺さった。 白井黒子は僕に向き直る。「そして、犯人は木山先生の傍にいる、あなたにも目をつけるでしょう」 気をつけてください、と白井黒子はいった。「木山先生を保護するために、研究機関への移送予定日は短縮されましたが、 それまでは、近づいてくる人間と、妙な人間全員を警戒してください」 そう言われて、はたと思い至った。「何か心当たりが?」「……ある」 脳裏に浮かんでいたのは、青木明菜の姿だった。
白井黒子の能力は、テレポートだ。 その能力で木山先生の病室に戻る。様子に異常は無い。 ほっと胸を撫で下ろしたら、諌めるように白井黒子は言った。「その青木明菜さんはジャッジメントの方で調査しておきます。 仮にその方が能力者だったとして、触れられてはいけません。それだけで意識を奪われる可能性がありますの。 その方には十分お気をつけください」 そう告げて彼女はまたテレポートで消えた。ジャッジメントである白井黒子と青木明菜が遭遇したら、 警戒されて確保が難しくなるかもしれないからだろう。 残された僕は、青木明菜について考えた。 彼女は昨夜、木山先生の病室の前にいた。 道に迷ったなんて嘘じゃないのか。 ふと思い立ち、僕は病室から廊下に顔を出して、辺りを見渡してみた。ひょっとしたら、と思ったのだ。 するとまるで狙い済ましたかのように、青木明菜と出くわした。 青木明菜は僕に気がつくとにぱっと笑った。「奇遇ですねぇ」 もし彼女が犯人だったとして、これほど間抜けなことがあるだろうか。怪しすぎる。 唖然としている僕に青木明菜は首を傾げた。「どうしたんです変な顔して」「別に……。君はこんなところで何してるんだ」「大変恥ずかしいんですがぁ、また道に迷ってしまいましてぇ」
彼女の言葉は白々しい気がした。僕は警戒を強める。「中庭なんかに何の用だよ」「自動販売機があるじゃないですかぁ。ジュースでも買おうかなと思って」「そんなの知らないよ。看護師さんにでもきけよ」「え~つれないなぁ。またジュースおごりますからぁ」 しつこい……。 そう思いつつも、ふと僕はこいつを野放しにしていていいものかと考えた。 姿が見えないよりは、見えるところにこいつを置いていた方がいいのでは。 それにこいつは、いつも木山先生の傍にいる僕のことも襲おうとするだろう。 僕に襲いかかってきたら、尻尾を掴むことができる。「わかった。案内してやるよ」 そう言うとぱぁっと青木明菜は顔を明るくさせて、深々とおじぎした。「ありがとうございますぅ」 青木明菜の間延びした語尾に気が抜けた。怪しさ満点の癖にどこか警戒しきれない。 でもそれが彼女の策略なのかもしれない……。 そんな風に考えていると、疲れてしまった。「あのぅ、大丈夫ですか?」 青木明菜に顔を覗き込まれ、はっとした。
Q.一応聞いときたいんだけどこの主人公は前にとんでもない量の精子を出した奴とは別人だよな?
A.パラレルワールドの、同一人物ですとも言えるし、全然違う人だよオナニーもしたことないよともいえる要するにご随意にってことだねどうしてこんなにふわふわしているのかというと、この主人公っぽい男というのはこのスレに集まる変態どもとして書きたいから。要するに作品に自分を投影して、感情移入して欲しいのよまあそういう風に読んで! なんでおこがましいことは言えないから、好きに読んでね、ってことしか言えないんだなぁわかりづらくてすわんね
中庭につくと青木明菜は「ようやくたどり着いたぁ」などと感激した。 やり難い。取調べの相手が幼稚園児だったときの刑事のような気分だった。 自動販売機の前に来たとき、青木明菜はこんなことを訊いてきた。「さっきの病室に知り合いの方が入院されているんですか」 探られているような、いないような。彼女の言動全てが疑わしく聞こえるが、同時に そんな自分を馬鹿馬鹿しくも思う。「そうだよ」「本当に毎日お見舞いに来ているんですねぇ」 感心するように青木明菜は言った。「君も昨日の今日じゃないか」「ええまあ、私も毎日ってわけじゃないんですけど、結構な頻度で来ていますよ」「それなのに、いつまでも病院の中で迷ったりするのか」 的を得た、と思った。矛盾を突いている。 だが青木明菜は動揺するそぶりを見せなかった。「私きっと頭のどっかがおかしいんだと思います。空間把握能力的な奴が」 あっけらかんと言う。肩透かしを喰らった気分に陥る。 青木明菜は昨夜と同じ、ビタミン飲料を買った。「あなた様は何がいいですか?」「僕はいいよ」「あれそうですか」 青木明菜は中庭に据えられたベンチを指差した。「あそこ移動しましょうよ」 青木明菜を監視したい僕にとって、願っても無い提案だ。二つ返事で了承して、移動する。 ベンチに腰掛けてみて、気がついた。ここから木山先生の病室が見える。 これなら何者かが病室に侵入したとしても、すぐにわかる。 それはそうと、僕は青木明菜を探ろうと、一つ訊いた。「弟さんの容態はどうなんだ」 弟が入院している、ということすら嘘かもしれない。 すると青木明菜は暗い顔つきになった。 押し黙ってしまうかもしれないと思ったが、ぽつりと小さな声で答えてくれた。
「意識不明なんですよ」 まずいことを訊いたかもしれない、と思った。僕のほうが押し黙ってしまう。 だが青木明菜はさらに語る。「いつ意識が戻るのかわからなくて、でも弟が目を覚ましたときは、私が傍にいてあげたいと思っていて、 こうして病院に通っているんですが、いつまでも道になれなくて。本当、駄目ですよねぇ」 辛そうな青木明菜の様子は、嘘を語っているようには見えなかった。 変なことを訊いてごめん、と謝るのも妙な気がした。弟さんは死んでいるわけではないのだから。 仕様が無いから僕は「大切な弟なんだね」とお茶を濁す形で言った。 青木明菜は弱弱しくうなづいた。「ええ、大切です。実は双子の姉弟なんですよ。 小さい頃から何をするにも一緒で、嬉しいのも辛いのも半分こずつにしてきたんです。 男女の姉弟では珍しいね、なんていわれたりして、本当に仲が良かったんです」 僕が何もいえないでいると、青木明菜ははっとして、「すみませんこんな暗い話して」と慌てた。「いや、僕が訊いたことだから」 話の色を変えたいのか青木明菜は「知っていますか?」と一転明るい声をだした。「双子って、結構不思議なことがあるんですよ。片方が怪我をすると、片方は何とも無いのに痛みを感じたり」「へぇ、オカルト番組ではよく聞くけど、本当にあるんだ」「ありますよぉ。実際私たちにもそういうことが何度もありました。まぁ全ての双子がそういう訳じゃないと思いますけど。 きっと私たちはより強い、双子なんですよ」 妙な言い回しにふっ、とおかしくなってしまった。「強い双子か」「ええ、最強の双子です」
その後も僕は、木山先生の傍にいつつ、青木明菜を警戒するという日々を続けたが、 彼女が尻尾を出すことは無く、それどころか彼女を疑うのは全くのお門違いに思えてきて、 ついに木山先生の移送が翌日に控えることとなった。 そして僕は、青木明菜と二人で中庭にて談笑するというのがすっかり習慣になっていた。「治るといいですね、木山先生」 自動販売機の前で、青木明菜は財布から小銭を取り出しながら言う。 彼女には木山先生のことを伝えてあるが、能力者に襲われたのだという話は控えていた。 僕自身も、青木明菜の弟が意識を失う過程は訊いていない。僕らは絶妙な距離感すら築いていた。「本当にね」 言いながら僕はほっと安心していた。 白井黒子が言うには、木山先生にかかった能力は、永続的には続かない、一時的なものだという。 木山先生が安全な場所で保護されれば、僕が危惧することは何も無い。 あとは、目を覚ましてくれるのを待つだけだ。「君の弟さんも目を覚ましたらいいね」「はい」 本当に目を覚ましたらいい。本気でそう思った。待ち続けるのは辛い。 それが死ぬのよりは救われていたとしても、悲しすぎる。 外にでた都合で、僕は携帯電話を見てみた。 すると白井黒子から着信がある。かけ直すと、すぐに出た。『ごめんあそばせ』「何だよ」『木山先生の調子はどうです?』「変わりないよ」『それは良かった。ああそれと、青木明菜についてなのですが』 どきっとした。今まさに彼女が隣にいる。僕は少し、青木明菜から距離をとって、背を向けた。 白井黒子はこう続ける。『端的に言って彼女は白でしたわ。幻想御手の被害者ではありません。レベル0の、一般学生。 動機も能力もありませんでしたの』「そうだとは思っていたよ」『まあ一応、もう少し彼女の調査は続けておきますの。 ああそれと、まだ安心はしないでください。犯人が襲ってくるとしたら、恐らく移送前日の 今日であるのが濃厚ですわ。そしてあなたも危険なので、くれぐれもお気をつけください』「ああわかった。ありがとう」 話をしながら、彼女を警戒する気持ちが薄れてきているのが自分でわかった。 彼女が犯人だとして、木山先生の病室前にいた言い訳に、『道に迷っていた』などと言うだろうか。 青木明菜はやはり、怪しいのに疑いきれない。 妙な奴である。
電話を切り振り向くと、にやついた顔の青木明菜と目が合った。「彼女さんですか? 女の人の声でしたねぇ」「違うよ。ただの知り合いだ」 全くくだらない話題が好きだな、とため息をつく。 その時突然、「あれ」と青木明菜は声をあげた。 見ると、彼女がいつも買っていたビタミン飲料のボタンが、売り切れという表示になっている。「あ~どうしよう」「他のもの買ったら」「え~これが今飲みたいんですよぉ。ちょっと病院の前の自動販売機行ってきます」「え、ちょっと待て」 僕は思わず引き止めた。「また道に迷うんじゃないか」「でもぉ」 仕様が無い、と僕はため息をついた。ちらりと、木山先生の病室を見上げてみる。 異常は無いが、離れるのは少し気がかりだった。「僕が買ってくるよ」「え? いいんですか?」「いいよ。その代わり、ここから木山先生の病室を見ていてくれ」「お安い御用ですよぉ。うわぁありがとうございます。何だか彼氏っぽいですねぇ」「冗談だろ」 言って僕は歩き出した。 この行動はあまりにも軽率だったなんて、そのときは考えもしなかった。
自動販売機の前にたどり着いたところで、つけっぱなしにしていた携帯電話が鳴った。 また白井黒子である。 「どうした?」 暢気な色の僕の声は、慌てた白井黒子の声にかき消された。『今木山先生のもとにいますか』 様子がおかしかった。「いや、いないよ。ちょっと離れていて」『今すぐ戻ってください』「大丈夫だよ。青木明菜にも見張ってもらっているし」 そう言うと白井黒子が電話口で息を呑んだのが、ありありと聞こえた。『今すぐ戻ってください』「一体何なんだよ」『その青木明菜には動機があります』「はぁ? さっきと話が違うじゃないか」『彼女には弟がいますね?』「ああ、いるよ」『彼は意識不明では?』「それがどうしたんだ? というか、そんなことまで調べなくてもいいだろう」 そんなこと言っている場合ではありませんの! と白井黒子は怒鳴った。『その弟が、幻想御手の使用者なんですのよ! ……木山先生を恨むには、動機は十分でしょう』 全身から血の気が引いた。『今すぐ木山先生のもとに戻ってください』 言われる前に、僕は走り出していた。 頭の中で様々な思いがぐるぐる巡っていた。 青木明菜には能力はないはずだ。幻想御手も使用していない。 しかし、木山先生を恨んでいる可能性は、大きい。 走りながら、『治るといいですね、木山先生』といった青木明菜の言葉を思い出した。 あの言葉すらも、嘘だったのか? 僕が、まず最初に木山先生のもとへ向かわず、中庭に向かったのは、 青木明菜を信じる心があったからだろう。
中庭には青木明菜の姿はなかった。 白井黒子との通話は続いている。『青木明菜は』「いない、嘘だろ」『今すぐ木山先生のもとへ』「くそ」 病室に向かって、また駆けた。途中看護師に怒鳴られたが構っていられない。『わたくしも今、テレポートでそちらに向かっています。 青木明菜に接触したら、十分距離をとり、注意をひきつけて、私の到着を待ってください』 携帯電話を耳に当てて白井黒子の声を聞いてはいたが、僕は返事もできなかった。 思考がぐちゃぐちゃ脳裏を過ぎっているようで、頭の中が真っ白にもなっているような、 要するに混乱していた。 病室までが酷く遠く思えた。 木山先生の病室がある階にようやくたどり着く。既に息が切れてまともに呼吸ができなくなっていたが、足は止めない。 病室に飛び込んだとき、どうか青木明菜の姿はないことを願った。 願ったのに、そこに彼女はいた。 青木明菜は木山先生が寝るベッドの前に佇んでいた。その後姿は、僕が知っている青木明菜には見えなかった。「何をしているんだ」 息を切らしながら訊ねると、青木明菜は驚くでもなく、ゆっくりと振り返った。 顔に表情は無く、それがどうしようもなく僕の不安を煽った。 そして彼女は何も答えない。「どうして中庭で待っていなかった」 と僕は続けた。 青木明菜は小さな声で答える。「……病室に人影が見えて、それで」 それは明らかな嘘だった。「木山先生から離れろ」
耳元で白井黒子が叫ぶ。『青木明菜と接触しているんですの? やめなさい! 彼女から離れなさい』「だけど、木山先生が」「誰と話しているんですか?」 青木明菜は僕に向き直ると、こちらに歩み寄ってきた。 僕は反射的に後じさる。「それ以上近づくな」「何を警戒しているんですか? 早く人影を追いかけに行きましょうよ」 青木明菜はさらに僕に詰め寄った。「止まれよ、止まるんだ」「どうして怖がっているんですか」 青木明菜は、僕に手を伸ばした。 その手つきは接触効果の能力者のものだった。 そう確信したのに、僕は動けない。青木明菜の手を、避けようとしない。 僕はまだ彼女を信じていた。「なあ、違うよな。お前じゃないよな」 縋るように僕は言う。耳元で白井黒子が叫んでいる。 青木明菜は何も答えない。 その手が、僕に触れた
視界が反転したことに気づいた次の瞬間、僕は床に叩きつけられていた。 そうしたのは白井黒子だった。テレポートで病室に駆けつけた彼女は、僕をテレポートで反転させ、 青木明菜の手を避けさせたのだ。「ジャッジメントですの!」 彼女の声が病室に響いた。 僕は体が痛むのを堪えながら、慌てて立ち上がった。 そうして青木明菜を見る。 彼女は諦観しているような、そんな顔をしていた。 そして、ため息混じりに、こう言った。「あ~あ、これでおしまいか」 その言葉は信じられなかった。「まさか本当に、お前が木山先生を襲ったのか」「そうですよ。あ~あ」 そう言う青木明菜は最早僕が知っている彼女ではなかった。「あなたを重要参考人として確保させて貰います」 白井黒子は青木明菜に向かってそう言う。 でも、と僕は声をあげた。「彼女には能力はないはずだ。幻想御手も使用していない」 僕の言葉に答えたのは青木明菜だった。「折角だから、全部教えてあげますよ。もう逃げられないみたいだし。 能力ならありますよ。登録もせず、ずっと隠してきましたが」「隠してきたって、どうして」「木山春生を襲うためですよ。決まっているでしょう」 吐き捨てるように青木明菜は言って、僕は心が痛むのを感じた。「僕に近づいたのも、木山先生を襲うためだっていうのか」「もちろん。あなた様はべったり木山春生の傍にいましたから、邪魔で仕様がなかった。アリバイを作るのも難しくなる。 だけどそこを逆手にとって、考えたんですよ。 あなた様を信用させることができたら、私がでっち上げたアリバイはより強固なものになると。 あなたが『あいつがそんなことをするわけがない』と言ってくれるのを期待したんです。 だけどどうやら、ジャッジメントと繋がっていたようですね。全く、計算違いです」
白井黒子が声をあげた。「例えそうしてあなたのアリバイが通用したとしても、あなたに能力があるのがわかればすぐに疑われますわよ」「ああ、その点は心配ありません。私の能力は煙のように不安定なんですよ。 毎日気を使っていないとすぐに失われて、そうして二度と使えなくなる。 アリバイが通用している間に能力を失うことができれば、私には何の疑いもない。 まあ、私が能力を失うまでに、あと50時間ほどはかかりますから、最早その言い逃れも叶いませんが。 ジャッジメントのあなたを眠らせて逃げるなんてことも、私には無理なようですし」「……随分落ち着きはらっていらっしゃるじゃないですか。これからすぐにアンチスキルがやってきます。 それでも何か考えがおありで?」 白井黒子の言う通り、青木明菜の態度は余裕に見えた。 何か策があるのだろうか。 しかし、それは違った。 心を削り取るような、悲痛の青木明菜の声が響いた。「落ち着いていませんよ。はらわたが煮えくり返っています……」 憎しみを発生することができたら、そのような声になるのだろう、と思った。「現れたジャッジメントが、テレポート使いでなければ、木山春生に飛びつくこともできたのに…… 私の能力は不安定でなければ、あの一発でそれが叶ったのに……」 青木明菜は木山先生を横目で一瞥した。「こいつのせいで、私の弟が……。同じ目にあわせてやろうと思っていたのに……。 憎い……! こいつのせいで……!」 青木明菜の憎しみは、僕が想像するよりも、もっともっと巨大なものであった。 その憎しみをもってすれば、人を簡単に騙せるほどの演技なんて、たやすいのだろう。 僕はそのときになってようやく、騙されていたのだと自覚した。「憎い! ちくしょう!」 青木明菜の絶叫が、病室に響いた。
その後アンチスキルが到着し、青木明菜は取り押さえられた。 犯人が確保されたものの、青木明菜の能力性が特殊だったために、その被害者である木山先生は 貴重な資料になるとして、予定通り研究施設に移送された。 僕がそれを了承したのは、そうすることで、木山先生のような被害者が出たときに、 迅速な対応ができると思ったからだ。研究者である木山先生も、同じことを思うだろう。 青木明菜の能力が失われれば、木山先生も目覚める。 一件落着だと素直にいえないのは、僕が青木明菜に騙されていたことで傷心だったのと、 収容された青木明菜が能力を保ち続けたためだ。 僕は、白井黒子と共に、彼女に会いにいくことにした。 面会硝子の向こうの青木明菜は酷くやつれていた。 彼女は何も無い空間に手をかざしていた。恐らくそうして、能力を使い続けているのだろう。 永遠に走り続けられることができないように、能力者も永遠に能力を使うことはできない。 だというのに青木明菜は、自信が衰弱し、危険な状態になっていたとしても、そうしていた。「どうですか、木山先生の調子は」 青木明菜はそんなことを言った。声がかすれている。「眠っているよ。すやすやと」「そうですか。それは良かった」 僕は彼女に対して、憎しみや怒りを抱くことは無かった。 大事な人を襲われて、騙されていたというのに、どうしてだろう。自分でもよくわからなかった。 ただ、青木明菜を憎むのは、むなしいことに思えるのだ。 白井黒子が本題を呈した。「あなたの弟が何故意識を失い続けているのかおわかりですか?」 弟の話題を出した途端、青木明菜は目つきを変えた。狂気すら伺える。「そんなの知りませんよ」「……幻想御手の代償を、払い続けているからですよ」「……どういうこと」「その代償を発生させているのは、あなたなのです」 青木明菜は、はっと息を呑んだ。「原理や詳しいことはわかりませんが、あなたたち姉弟は、昔から双子ということで不思議なシンクロ性を持っていた。 それは科学では説明のつかない何かで、だけど、確実に存在しているということがわかりました。 だから幻想御手を使用していないのにもかかわらず、あなたに能力が発現し、 能力を使っていないのにも関わらず、弟は意識を失い続けている……」「そんな馬鹿なこと」「あなたにはわかるはずです。そして強く感じるはずです。自分が弟と繋がっていることを」
白井黒子は、こう続けた。「あなたが木山先生を襲うために能力を保ち続けたのが、奇しくも、弟を眠らせつづけることに繋がったのですよ。 だからもう、止めてはいかがですか。木山先生を許しなさい、とは言いません。 でも、こんなことは空しいと思いますわ……酷く、酷く空しい……」 青木明菜は顔を伏せると、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。「私たちは、昔から痛いのも嬉しいのも、半分こだったのよ。だから、憎しみも……」 僕は青木明菜が言い終える前に、言った。「そう思うなら、弟の痛みも、君が背負ってやるんだ」 青木明菜の叫ぶような泣き声は、いつまでも耳に残った。 帰路、白井黒子はこんなことを言った。「青木明菜のような人は、今後も出てくるかもしれません。幻想御手の被害者の何人かは、 どういうわけか今も意識を取り戻していないようですから……」 大丈夫だよ、と僕は返した。「僕がずっと木山先生の傍にいるから」 僕の言葉に白井黒子は一瞬きょとんとすると、ふっと笑った。「くさいことを言いますわね」「それは僕の性分だから仕様が無い」「でも、それなら安心ですわ」 青木明菜との面会の後、きっかり50時間後、彼女は能力を失った。 彼女の弟も、意識を取り戻したという。 だけど、木山先生だけは、目を覚まさなかった。
医者が言うには、木山先生は自ら起きることを拒否しているようだ、ということらしい。 何故、と問うた僕に、医者は詳しいことは言えないが、と散々前置きしたあと、 償いでは、と続けた。「償い?」「人はレム睡眠の最中、夢を見る。その薄い意識の中で、外界の声が聞こえることがある。 恐らく彼女は、この事件の顛末を、全て知ってしまったのかもしれない。 夢の中で……」 それは悪夢という奴ではないのですか、と言ったら、医者は何も言わなかった。「いつ目を覚ますんですか」「夢が覚めるまでだろう。その……君がいうところの、悪夢が」 それがいつになるのかわからない、と医者は付け加えた。 木山先生は眠り続けている。 彼女の状態は安定しているとみなされ、自宅療養に徹するべきだろうと、病院は追い出しにかかった。 どのみち、木山先生を入院させ続けるお金はない。 僕は木山先生を引き取り、静かに二人で暮らすことにした。 日々は幾日と経った。 その生活の中で、晴れた日は木山先生を車椅子に乗せて、近所の公園を散歩するのが日課になっていた。 その日はとても綺麗に桜が咲いていた。
「ほら見てくださいよ木山先生」 僕は少し散り始めた桜の木を指差す。「綺麗ですね。だけどやっぱり、木山先生のほうが綺麗ですよ」 僕はこんな風に、何度も反応の無い木山先生に話しかける。 木山先生が悪夢を見ているなら、それが少しでも彩りのあるものになればと思うのだ。「木山先生覚えてますか。僕が前に言ったことを。 木山先生に結婚してくださいってプロポーズしたことです」 僕は車椅子を押しながら、歩きながら、喋り続ける。「木山先生は私は極悪人だぞ、って言いましたよね。 そして僕は、ならば僕が一緒にその罪を背負います、って返したんです」 僕は、独りで、喋り続ける。「ねぇ木山先生。これは嘘じゃないですよ。 僕は木山先生と一緒に罪を償っていきます。独りで背負い込まないでください。 だから、お願いだから」 僕は、独りで――。「お願いだから、起きてくださいよ。僕と、結婚してくださいよ お願いですから……」 木山先生はやっぱり、眠り続けている。 涙は止まらなかった。
ある日、木山先生の部屋を整理していると、日記を見つけた。 いけないとは思いつつも、つい目を通してしまった。僕は木山先生の残滓に縋るようだった。 そこには木山先生が罪悪と背徳に苛まされた文が記されていた。 木山先生は幻想御手により、未だ意識を失い続けている人たちの存在を知っていたのだ。 そして、それをどうしたら救うことができるのかも、記されていた。 それは形にもなっていなくて、絵空事のようなものだったけど、 僕はそれを見つけたとき、気づいたんだ。 やるべきことは、これなのだと。
さて、それでさ、嘘みたいだけど、それから何年って時が経ったんだ。 そして本当に嘘みたいで馬鹿げているけど、僕は大脳生理学者になったんだ。 どうしてって思うだろう。簡単だよ。 幻想御手の被害者の治療研究をするためだ。 彼らの治療手段は、木山先生が残してくれた。あの日記に書かれていたのは、ワクチンソフトの設計プログラムだった。 僕がそれを理解できるまで、酷く長い時間がかかった。理解してからも、それをどうしたら形にできるのかと考えたりで、 とにかく、想像もつかないような年月、僕はそれだけに時間を費やした。 だけど、ようやく。 今日、幻想御手によって意識を失っていた最後の一人が、目を覚ました。「ありがとう、先生」 ずっと意識を失っていた彼女は、自分がどんな境遇にあるのかいまいちわかっていない。 そのため風邪を治してくれてありがとう、みたいな調子で言うのだ。 彼女が自分が失ってしまった膨大な時間に気づき、それを悲しく思ってしまわないよう、 ケアすることも、僕の役目だ。「どういたしまして」 そう返すと、彼女は僕の手を引いた。「よくわからないけど、先生は私にとって、すごくすごく恩人なんだよね? お母さんから聞いたよ」 彼女は実際の年齢より幼い調子で喋る。長い年月に、人格を置き去りにされてしまったためだ。「そんなことはないと思うけど」「それでね、お母さんが言っていたよ。先生みたいな人と結婚しなさいって。だからさ、大好き! 私と結婚してほしいなぁ」 思わず、笑ってしまった。彼女は随分ませた子供だったようだ。「ありがとう。だけど、先生は結婚したい人がいるから、ごめんね」「なーんだ。残念」 彼女はそう口を尖らせた。あまり残念にも見えないので、なおさらおかしい。「それじゃあ、人を待たせてるから僕はもう行くね。お大事に」「その人って、先生の結婚したい人?」 にやにやした笑みを貼り付けながら彼女はそんなことを訊いてきた。「ああそうだよ」「うわ~熱いねぇ」 そう言って彼女はけらけら笑った。
木山先生の部屋に入るとき、僕は何でだか、ずっと前、朝中々起きようとしない 木山先生に苦労していたことを思い出した。 ベッドはその頃と変わっていない。 木山先生はまだ眠っている。 僕はベッドの前の椅子に腰掛けて、眠り続ける木山先生に声をかけた。「木山先生。今日、幻想御手により意識を失っていた最後の子が、目覚めてくれました。 まさか僕がここまで頭良くなるなんて、思いもしなかったでしょう。 わかりますか? 愛の力って奴ですよ」 いつまで経っても、木山先生は美しかった。 そしていつまで経っても、僕は木山先生が好きで仕様が無い。「木山先生。そろそろ起きてくれてもいいんじゃないですか。 僕たちはもう、十分罪は償ったと思いますよ。 まだ眠り続けるつもりですか? いい加減にしてくださいよ」 僕は木山先生の胸に手をかざした。「起きてくれないなら、先生の胸を触っちゃいますよ。 ほら、早く起きないと大変ですよ」 言いながら僕は、気づけば泣いていた。今日は泣かないようにしようと思っていたのに、涙が勝手に溢れた。 僕はこんな風に何度も、木山先生の前で泣いた。 それは、もう木山先生が目覚めることなんてないって、知っているからかもしれない。 悲しくて……。 その時ふいに、木山先生の胸に触れてしまった。
「あ」 僕は反射的に慌てて手をはなし、その勢いで椅子が傾いだ。椅子から転げ落ちそうになる。 何とか体勢を保とうとした僕は、木山先生に抱きつく形になってしまった。 柔らかくて、暖かい感触が体に触れ、理性が吹っ飛んでしまいそうになる。 いっそこのまま、本当に。 いや、そんな馬鹿な。 僕は木山先生からはなれて、椅子から立ち上がった。「わ、わざとじゃないですからね」 言いながら顔が火照っているのを感じた。 この場に長くいてはまずい気がして、僕は踵を返し、足早に扉に向かった。 その時、背後でぎしりとベッドが鳴るのを聞いた。 心臓が跳ねた。 また、ぎしりと鳴る。 肌があわ立つ。僕は振り向けない。 酷く懐かしい声が響いた。「あと5分だけなんて言ったら、怒るかい?」 fin
やべ~…自分で書いておいてなんだけどすごく感動した…細かい矛盾は色々あるけど、今までで色々書いてきて一番出来のいいSSかもしれない…このスレに来た人は、もう他のいやらしいSSなんて読まないでいいから、この『wake me up before you leave』だけ読んで欲しい…やばい…感動しすぎて頭痛がする…今日眠れそうにないわ…もうこのスレこのまま終わろうかな…。なんかそっちのほうが良い気がする…有終の美的な…終わりよければみたいな…ちなみにタイトルの英文はエルレガーデンというバンドのred hot という歌詞からとりました簡単な英文だから必要ないと思うけど、意味は「出かける前に起こしてね」やべ~…このSS全国ロードショーで映画化しないかな…絶対五回は見に行くわ…そんで特典として木山先生のイラストカードもらえるとしたらそれに30万はつぎ込んでもいいわ…まじやべ~…
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