第22学区のとある救命救急病院夜の暗さに包まれた病院の廊下で、フルチューニングは周りの仲間と一緒に意気消沈していた。(結局、アックアには相手にもされませんでした)(…フフ、考えてみればレイは負けてばっかりですね)そう自分を嘲るフルチューニングに、目立った外傷はない。彼女が受けた攻撃は、肘打ちとメイスの振り下ろしの2回。どちらも躊躇ない一撃だったが、十二分に手加減をされていた。しかも一撃で気絶した為に、それ以上の打撃を受けずに済んだのだ。だがそれは、代わりに他の人間がその分の攻撃を受けたという意味でもある。――廊下の奥で蹲っている五和と、集中治療室で眠っている上条当麻。守りたかったはずの2人に守られて、フルチューニングは今も無事だった。
(しかも五和さんの話によれば、一日以内に再びアックアの襲撃がある)(ですが、今のレイに何が出来るのでしょう…)唯一の武器であるゴーレムは、簡単に粉砕された。今からわずか一日で、シェリーのように強い術式を扱えるようにはならない。自身の発電能力が急成長し、オリジナルのように超電磁砲を撃てるようにもならない。体調が回復し、仲間と同じように連携のとれた体術を扱う事すらも。(結局、唯一の可能性はコレだけですか)アックアの前では、もろい壁も同然のゴーレム術式。あまりにも頼りない武器を思い浮かべつつ、フルチューニングはオイルパステルを握りしめた。「私…何の役にも、立たなかったのに…ありがとうって、言ってくれて……」五和の嗚咽交じりの言葉が聞こえたのは、その時だ。(五和さんと、建宮さん…?)疑問符を浮かべるフルチューニングなど目に入らない五和は、目の前の建宮にこう続けた。「あの人は、どんな防御術式に頼る事もできない。どれだけの回復魔術があっても、掠り傷一つも治せない」「本当に、体一つで戦っていただけなのに……」「五和……」「私、そんな人を見殺しにしたんですよ」その一言が、フルチューニングの胸に突き刺さった。五和の話では、2人がやられた後に上条当麻がアックアに単身立ち向かったという。その理由は明白だった。他ならぬ五和を、そしてフルチューニングを救うため。結果彼は、瀕死の重傷を負っている。「そんな人間が、何で一人だけのうのうと生きているんですか。こんなのはおかしいんです。私の方が…」「それはレイも同じ事です」我慢できなくなったフルチューニングが、割り込んで立ち上がった。「むしろ、最後まで戦えなかった分五和さんよりもはるかに情けない」「違う、違うよレイちゃん…」「それに思いおこせば、レイは今まで負け続けです」「まず妹達に負け、アニェーゼ部隊に負け、ビアージオに負けました」今までの戦いで、フルチューニングは確かに負け通しだった。それでも『妹達』を、『オルソラ』を、『アニェーゼ』を救えたのは何故か。「ですが、いつもレイは1人ではありませんでした」「いつだって天草式のみんなが一緒に戦ってくれたから。だから何とかなったんです」「……レイ、ちゃん」「今もそうです。私たち全員が上条当麻を守りたいと思っています」「なのに五和さんだけがこの敗北を背負うなんて…」「違うのっ!」今回遮られたのは、フルチューニングの方だった。目に涙を浮かべた五和が、投げかけられた言葉をすべて否定する。「あの人の代わりに、私がやられていれば全て解決していたはずなんです!!」フルチューニングの言いたい事が、分からない五和ではない。だがそれでも。彼女は自分を責めたくてたまらない。心の底から守りたかった人を守れなかったという事実は、彼女の精神をボロボロにしていた。そんな五和に、フルチューニングは何も言えなくなってしまう。代わりに言葉を発したのは、黙って話を聞いていた建宮だった。「立つ気はないのか」「……」「お前さん、一体そこで何をやってんのよ?」それだけではない。建宮はそのまま五和の胸倉を片手で掴み上げると、近くの壁にズドン!と叩きつけた。フルチューニングを含むみんなが呆気にとられる中、五和が建宮を睨み返す。「…建宮さんだって、負けたじゃないですか」その言葉にフルチューニングが言い返すよりも早く。「こんな女を助けるために、あいつは体を張ったのか?」建宮から、信じられないような発言が飛び出した。
イギリス、王立芸術院その日、講義があるはずのシェリーは教壇に立っていなかった。1人で資料室に籠り、難しい顔をしている。学園都市でフルチューニングと別れてから、薄々感じていた予感がついに的中したからだ。(あの馬鹿、入院中のはずなのにゴーレム術式を使いやがった)(現在学園都市には、後方のアックアから幻想殺しを守るため天草式が派遣されている)(どう考えても、これはあの馬鹿がアックアと一戦やらかしたってことよね)培養器越しに分かれた時、フルチューニングはカバラの教本を欲しがった。おまけに自分の命など惜しくないとまで言い切る始末。わずかに懸念を感じたシェリーは、渡した教本に仕掛けを施していた。すなわち、学園都市でゴーレム術式が発動するとこちらにそれが伝わる感知術を掛けてあったのだ。学園都市は能力者の街で、魔術師はいない。ましてや『必要悪の教会』流にアレンジしたゴーレム術式を扱う人間など、フルチューニング以外には有り得ない。(仮にも師である私を、騙したつもりなのか。あの馬鹿は)(…あなたにも意地があるんでしょうが、それはこちらも同じ事)(すでに私は魔法名にかけて誓った。…もう2度と、壊れる超能力者を出す訳にはいかないってな)そしてシェリーは資料室の電話を手に取ると、とある番号をコールした。『――こーんな夜遅くに、一体何の用なのかにゃー?』「分かってるくせに聞いてくるんじゃねえよ……土御門。頼みがある」『こう見えて、俺ってば結構忙しいんだぜい?』「この状況で頼めるのは、あなたぐらいなのよ」『やれやれ。で、何を頼みたい?』「――――――、――――――」『……は?』シェリーがした頼みごとに、土御門は素っ頓狂な声を上げた。「出来るか?」『1つ目は何とかなるだろうけど、2つ目は正直厳しいぜい』「私はこっちでやらなきゃいけないことがある。学園都市でそれが可能なのは――」『分かった分かった。確かに俺以外に適任な魔術師はいない…借りもあるし、何とかしてやるにゃー』「借り? ああ、あのふざけたメイド服のこと?」『そうそう。流石は天才シェリー・クロムウェル。あれならねーちんも喜ぶ事間違いなしってもんだ』「あいつの趣味じゃねえと思うがな…」『大事なのは見る人の趣味に合っているか、ってことなんだぜい?』「?」『まあ、とにかくこっちは俺がなんとかしてみるにゃー』「…ありがとう」シェリーが通話を終了した直後、今度は電話がかかってきた。「はい」『あらあら。そちらはシェリーさんでよろしいのでございましょうか』「……やっぱりテメェかオルソラ」学園都市から遠く離れた英国の地で、魔術師シェリー・クロムウェルの戦いが始まる。
第7学区のとある病院仲間のいる第22学区を離れて、フルチューニングは1人病院へ戻ってきていた。もちろん、戦場から逃げてきた訳ではない。今の自分に出来る事をするためである。(ぐだぐたと“出来ない事”を考える暇はありません)(術式の強化? 超電磁砲? 体調の回復?)(いずれも今のレイには不可能。ならば、これしか方法はありません)フルチューニングは、つい先ほどの会話を思い出して決意を新たにする。あの時、建宮は嘲笑した。ボロボロになった恩人を前に動こうともしない、そんな女のために命を投げ出したあいつは犬死にだ、と。当然激怒する五和に、あるいはそれ以上の怒りをもって建宮は咆哮する。絶望し立ち上がることすらできない五和に、彼は再び戦う力を与えたのだ。『――後方のアックアは、必ず来る』目を背けたい現実を指摘して。それでもなお、希望はあると言いきった。救える可能性はある、と。『まだ可能性は残っているのに、たとえどれだけ少なくても確実に残っているのに、そいつをつまんねえ後悔や罪悪感で全部捨てちまうのか!?』『笑顔を守りたければ立ち上がれ。自分の都合で他人の人生を投げ捨てるんじゃないってのよ!!』あまりにも強大な敵、後方のアックアが上条の右手を狙っている。それなのに、今彼を守れるのは――。『今ここで戦えるのは俺達だけだ!!』『惨めだろうが何だろうが、今ここにいる俺達が動かなかったら、今も麻酔で眠らされているあいつは一体誰に守ってもらうのよ!!』女教皇も、増援も来ない。立ち向かえるのは自分たち天草式しかいないのだ。それならば、もう一度立ち上がる他にない。大切なものを守るために。だから建宮はこう言った。『お前さんが最高に良い女であることを証明して、こんなヤツのために命を張って良かったって思わせてやれ』『墓前で懺悔をしたくなけりゃ、俺達は戦うしかねえのよ』そう言われて、五和は、いや天草式全員が戦う覚悟を無言で示す。決意は固まった。天草式十字凄教50余名全員が、再び戦場へ舞い戻る。「あの」「どうしたレイ?」フルチューニングが建宮に待ったをかけたのは、その時だった。「今すぐアックアと再戦するつもりではないですよね?」「…ああ。ふざけた事に、こっちには一日の猶予を与えられている」「利用できるものはこの際何でも利用するべきだ。それが時間でもな」「悔しいが戦力差は絶望的。然るべき準備を整えなければ、また同じ事の繰り返しなのよな」「そうですか。それを聞いて安心しました」意味深なフルチューニングの言い方に、天草式全員が注意を向けた。「次は全員で戦うつもりですよね」「…もちろんだ。それがどうしたのよ?」「それなら、レイの“戦力”について知っておいてもらいたいのですが」「待て、今のお前さんに能力は……」諫早が思わず疑問を口にする。「分かっています。…キオッジアで部品を奪われた上、今の体調の良くない状態では能力は使えません」「仮に使えても、レベル3程度が限界である以上アックアへの有効な攻撃手段にはならないですし」そこまで言うと、フルチューニングは握っていたオイルパステルを見せた。「五和さんは、先ほど見ましたよね?」「レイちゃんの、ゴーレム術式……」五和の返事に、みんなが驚きの声を上げる。只1人、建宮だけは静かに溜息をついた。「あの女王艦隊での戦いが終わってから、俺はシェリー・クロムウェルという女魔術師を訪ねたのよ」「レイを助けにわざわざ女王艦隊まで乗り込んできたからには、何らかのつながりがあるのは明らかだったからな」「我らに内緒で他の魔術師に弟子入りするとは、隠し事が上手くなったものよなあレイ?」「…ば、ばれてましたか」いきなり出鼻をくじかれて、フルチューニングは怯えたように体を小さくする。(っていうか、師匠は女王艦隊へ乗り込んでいたのですか…!)(あの時の事はぼんやりとしていて思い出せませんが、せめて一言教えてくれても良かったのに)(どうして師匠は、変なところで恥ずかしがり屋なんでしょう)「で、そのゴーレム術式とやらはどれぐらいの戦力になるんだい?」黙ってしまったフルチューニングに、牛深が優しく問いかけた。それでようやく気を取り直した彼女は、簡単にスペックを説明していく。「――ですから、一時的とはいえ力で拮抗することなら可能です。尤も、かく乱用に使うのがベストでしょうが」「まあ、おおよそは理解できたのよな」教皇代理である建宮が、今回の作戦を再び練り直す。天草式の真髄が高度な連携にある以上、今のフルチューニング及びゴーレムを主軸に据えることは不可能だ。むしろ、唯一単体で力勝負が出来るゴーレムを囮や陽動にして、アックアの隙を生み出すという使い方をするべきだろう。(本音を言えば、あの化け物相手にレイを戦わせたくはないが…)(いかんよなあ…この俺が私情を挟みたくなるとはよ)(――死なせやしない、絶対に)「より詳細な手順は、イギリスからの情報を待ってから詰める事にするが――」建宮の作戦案に全員が耳を傾け、やがて同意した。そして今、フルチューニングは自分が入院していた病院の臨床研究エリアに来ていた。あの救急救命病院とは違って、ライトの明かりが眩しい小さな待合所でようやく彼女は発見する。(やはり、ここにいましたか!)もう夜遅いにも関わらず、目的の人物がそこにいたことに安堵して彼女は近づいた。だが話しかけようとするよりも早く、逆に相手から言葉が発せられる。「こんな時間に、一体何の用なのですか?とミサカは問いただします」「お願いがあってきました。今病院にいる『妹達』を全員呼び出してもらえますか」「……」突然の願い事に対し、目的の人物――御坂妹は無表情でコクリと頷いた。わずか2分足らずで病院にいた『妹達』が全員集合し、フルチューニングのお願い事を聞いた。「…用意は可能ですが、それを一体何に使うのですか?とミサカ10039号は訝しみます」「下手すれば大事になります、とミサカ19090号も懸念を表明します」「そもそも持ち出す理由を教えないとはどういうつもりですか、とミサカ13577号は呆れます」無茶な事を頼んでいるという自覚があったので、フルチューニングは言い返せない。それに、この問題に他の妹達を巻き込む訳にもいかなかった。「お願いします、今のレイにはどうしても必要なのです!」「――分かりました、言う通りにしましょう、とミサカ10032号は長女に従います」頭を下げたフルチューニングに、御坂妹がついに折れて承諾した。「どう見ても諦めない様子なのですから、ここで問答するのは時間の無駄です、とミサカ10032号は事実を告げます」「ですが、後々怒られのはミサカ達ですよ?とミサカ13577号は不満を述べます」「仕方ありません。これであの実験の時の借りを返せると思えば安いものです、とミサカ10039号は投げやりに答えます」「そうですね、ちゃんと返してくれるなら…とミサカ19090号も10032号と10039号に同意します」結局、フルチューニングはそれをきっかけに渋々ではあるが全員の承諾を取り付けた。そして目的のものを預かると、天草式が待つ戦場へ出発した。ちなみに。そこで恋する乙女五和が、石油化学コンビナートに大引火状態になっている事、アックアの情報を伝えたシェリーが、フルチューニングに何かあったらただじゃおかないと建宮を脅しつけている事、土御門元春と言う魔術師が陰で色々と暗躍している事、それらを彼女は知らないままである。
第22学区のとある鉄橋天草式と合流したフルチューニングは、何故かガタガタと震えている建宮を疑問に思いながらも、用意が整った事を報告した。「もうすこし有れば良かったのですが…」「いやいや、用意できただけ上出来よな」「ところで、どうして先ほどから建宮さんは震えているのですか?」「へあ!? そ、そう。武者震いってヤツなのよ!」「…?」つい先ほどまで建宮は、マジギレした五和に怯え、シェリーの“あの馬鹿に何かあったらテメェの肉塊でゴーレム作るからな?”という一言に怯え、仲間からの“この大馬鹿野郎!またお前だけレイの秘密(シェリーに弟子入り)を知っていたのか!”という冷たい視線に怯えていた。ぶっちゃけアックアと対峙するよりも恐怖を感じていたかもしれない。「ま、おふざけはここまで」だが、ここにきて空気が変わる。「ここから先は――戦場だ」天草式十字凄教の矜持を掛けた、絶望的な戦いが幕を開ける。深い闇の中、それでもアックアは“敵”の存在を感知した。それでも欠片も動じることなく、淡々と言葉を放つ。「準備はもう済んだのか?」その言葉に応じるかのように、天草式のメンバーがその足音を響かせた。誰もが武器を握るその姿は、まるで豪華なパレードのようだ。剣、槍、斧、弓、鞭、鎖鎌、十手、鉄の笛。様々な武器が鈍く光るその中で。たった一人丸腰で立つ少女が、アックアにはやけに目立って感じられた。(最初に戦った時は失念していたが、彼女が報告にあった魔術を使う能力者であるか)(まさかゴーレム術式を行使するとは思わなかったが、あの拙さでは話になるまい)そんなアックアの視線から彼女を庇うように、建宮が1歩前に出た。それだけで、交渉の結果は火を見るより明らかだ。「交渉は決裂、という訳であるか」「それ以外に何があるってのよ」「別に。困るのは貴様達の方である。……唯一生き残る可能性のある選択肢を、自らの手で放棄したというのだから」「どうやら、あなたは少し視野が狭いようです」アックアの押しつぶすような気配を切り裂いて、丸腰の少女――フルチューニングが言葉を挟んだ。「あなたに上条当麻の右腕を差し出さずとも、私たち全員が生き残る方法があるんですよ」「ほう。一応その方法を聞いておこうか?」「決まっています。あなたをここでボコボコにすればそれでOKです」「…下らんな。私は聖人であり、『神の右席』としての力も有している」「……」「それを正しく理解した上で、なお守るべき者のために命を賭して戦うと言うのならば、私は期待するのである。人の持つ可能性とやらに」「ならば、期待に応えなくてはいけませんね」不敵に笑うフルチューニングに、アックアが笑い返す。
「その大言が寝言でない事を期待しよう」「その上で、勝つ」そしてアックアは、メイスを構えるために半歩動く。文字通り天草式を粉砕するつもりだ。「勝負とは善悪ではなく強弱によって決定するものだという事を、私は証明するのである」「…まるで、自分が悪だと認めているかのようなセリフですね?」「所詮善悪など、価値観の違いに過ぎない」「分からないのか? 力無き善は、時として悪よりも性質が悪いのであ――」アックアの話はそこで終わりを告げる。痺れを切らした五和が、ドバン!!と全力で海軍用船上槍を放ち――アックアを巻き込んで起爆させたからだ。「…五和さん?」「いっ、五和……ちゃーん?」ポカーンと驚く2人を無視するどころか、五和は悔しそうに舌打ちまでした。無傷で現れたアックアが、呆れたように語る。「人の話は最後まで聞くものではないかね?」「……話なら、後で聞いてあげますよ」フルチューニングと建宮を押しのけて、五和が前に出てきて宣言した。「さんざんさんざんさんざんさんざんグチャグチャのグチャにブチのめした後に!」「まだ顎が砕けていなかったらの話ですけどね!!」事情を知る天草式の面々が、ことごとく目を逸らす。唯一理解できないフルチューニングが、建宮に詰め寄った。「(一体五和さんはどうしたのですか?)」「(大丈夫よレイ。あれが恋する女って事。神様でも敵に回せるんだから)」傍に寄り添う対馬が、妙に冷静にフルチューニングを諭す。直接の原因となった建宮が呆然としている中で。五和とアックアが、轟音と共に激突した。普通の人間であるはずの五和が、聖人であるアックアと渡り合う。その理由は共に戦う天草式だ。互いに動体視力や運動能力を補強し、増強して。1つの生き物として戦場を移動する。(だが、あの少女だけは“動いていない”)(女王艦隊における戦いで、致命的なダメージを受けているという話だが…)(そんな弱点をみすみすさらして、この私に勝とうと考えているのであるか)アックアの感じたとおり、フルチューニングがこの輪に入る事は出来ない。それはあまりにも明確な標的だった。「せめて、ゴーレム術式ぐらいは構築しておくべきであったな」アックアが、メイスを振り下ろしながら彼女に言い放つ。そこには失望があった。だがしかし。「――当然、すでに完成済みですが?」「なに…?」気が付けば、他の天草式が距離をとっている。悪寒を感じたアックアがメイスで防御を取るのと同時。バババババババババババババババババババババ!!!!!対戦車用ライフルのフルオート――秒間12発の遠距離狙撃がなんと10丁分。凄まじい爆音を引きつれて、辺り一帯を粉にする勢いで射出された。「……これは」「安心しました。あなたが防御を取ったという事は、“当たれば死ぬ”ということですね?」「まさか、狙撃兵を雇ったのであるか?」「いいえ。これがレイのゴーレムです」フルチューニングがオイルパステルを横に振るう。「さあ、いきましょう《ゴーレム・フルチューニング》!」再びライフルによる掃射が始まり、アックアが銃弾を叩き落としながら後ろへ下がった。その間に、ズゥゥン!という音を立てて上の階層から着地した巨大ゴーレムが、“体に備え付いてある20の銃口”をアックアに向ける。「本当は、マシンガンやガトリングガンを付ける事が出来れば良かったのですが」「れっ、レイ…ちゃーん? あんな威力があるとは聞いていないのよな…?」「たまたま手に入った武装がこれだったんです」今のフルチューニングが頼れるのは、どこまでいってもゴーレム術式だけ。その術式を強化する事が出来ない以上、ゴーレムの“材料”を強化するしかない。そう思い至った彼女が思い出したのは、初めての敗北だった。負けっぱなしのフルチューニングが、最初に負けた『妹達』――あの時彼女達は銃を持っていた。それだけではない。病院車の警護の時にも、彼女達は銃を携えていた。フルチューニングが病院へ戻ったのは、銃器を借りるためである。(無理を言って借りた鋼鉄破り(メタルイーターMX)10丁と、オモチャの兵隊(トイソルジャー) 10丁を武装として組み込みました )(術式は師匠に遠く及びませんが、戦力の観点から見れば引けを取りません)50口径の対戦車砲ライフルと、5.6ミリ弾のアサルトライフル。メタルイーターの暴力的な反動も、重く巨大なゴーレムなら全て受け止める事が出来る。魔術に科学を取り入れた、フルチューニングならではの作戦だった。「まさか、魔術人形に銃器で武装させるとはな」土煙りの中、未だ傷の無いアックアが感心したように呟いた。対しフルチューニングも、オイルパステルを彼に向けて静かに宣戦布告する。「レイには、何が何でも叶えたい願いがありますから」「詳しい“魔法名”の儀式なんて知りませんし、認められるかどうかも分かりません」「…ふん」「ですが、この魔法名は譲れません。今こそレイは宣言しましょう」「――Crastinum000(届かぬ明日を掴む者)!!」
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