これまでのまとめ竜神当麻 →原石にまつわる情報を集めるように旅掛へ依頼し、オッレルスに接触しようと試みる。上条さんによるインデックス寝とられを防ぐため、外堀を埋めようと必死。海原光貴 →妹達と共に学園都市を脱出した。ステファニー=ゴージャスバレス →砂原緻密の治療と引き換えに、かえる顔の医師の病院の掃除係になる。削板軍覇 →ステファニーと共にアルバイトを始める。
インデックスサイド ―学園都市 第三学区― 第三学区に存在する、とあるホテルのスイートルームのソファーに、上条夫妻と月詠小萌の三人が腰掛けていた。 息子が行方不明になったという報を受けた刀夜は、仕事を放り出して、妻と共に学園都市に駆けつけたのだ。 学園都市に到着するなり、上条当麻捜索の責任者だという男からこの部屋をあてがわれた。 事情を説明する為に、担任である月詠小萌がこの部屋を訪れたのがつい先ほどの事である。刀夜「では、当麻が何故行方不明になったのか、先生もご存知ないんですか?」小萌「はい。あの、か、上条ちゃんとはここ二週間ほど、連絡が取れない状態でして……。今までも、授業を無断欠席したり、遅刻する事はいっぱいあったのです。上条ちゃんは優しい子ですから、困ってる人がいると、すぐに首をつっ込んじゃって……」刀夜「ええ、あの子の性分というか、体質については私達もよく理解しています」小萌「ほ、本当に申し訳のしようがないのです……」 小萌はうなだれてしまった。この先生の事だ、心から責任を感じてくれているのだろう。
詩菜「当麻さん……」刀夜「大丈夫だよ詩菜さん。当麻は強い子だ。それに学園都市の人達が捜索に協力してくれている。きっとすぐに見つかるさ」詩菜「ええ、そうですね」 刀夜は詩菜の手を取り、ぎゅっと握り締める。 その時、ドアの方からノックをする音が聞こえた。部屋はオートロックである為、外からは開けられない。刀夜が席を立ち応対すると、ドアの向こうに純白のシスターと赤髪の神父、そして黒い修道服に身を包んだ背の低いシスターが立っていた。黒い方のシスターは何故か顔を赤らめ、不安定にフラフラとしながら、赤髪の神父に掴まり立ちしている。具合でも悪いのだろうか?そう刀夜が考えていると。そのシスターがたどたどしい日本語で挨拶し始めた。
アニェーゼ「し、失礼します。私はイギリス清教より上条当麻探索の命を受けて派遣された、アニェーゼ=サンクティスと、も、申します。特別捜索本部の設置にあたり、親族の方のご挨拶したく思い、参上しました」刀夜「はぁ」ステイル「シスターアニェーゼ、日本語が苦手なら、僕が代わりに説明しようか?」アニェーゼ「い、いえ。ここは私に任せちまってください」刀夜「よく分かりませんが。まあ、立ち話もなんですし、どうぞお入り下さい」小萌「シスターちゃん!」 来客の中にインデックスの姿を認め、小萌が驚きの声を上げる。インデックス「こもえ……」 小萌はトテトテとインデックスに駆け寄ると、その小さな腕で、彼女をぎゅっと抱きしめた。小萌「心配したんですよ。上条ちゃんと一緒にシスターちゃんまでいなくなっちゃうんですから」インデックス「ごめん、こもえ」 インデックスの顔に笑顔が無い。例えお腹が空いているときでも、こんなに元気の無い姿は見せたことが無かったというのに……。 刀夜に案内され、三人はソファーに腰掛けた。安定した掴まりどころを得た為か、アニェーゼが安堵の息を漏らす。アニェーゼ「自己紹介しちまいますね。私は特別捜索本部イギリス清教側の責任者でアニェーゼ=サンクティスです」ステイル「僕はステイル=マグヌスだ」 ステイルの預かり知らぬ事だが、実はステイルと上条夫妻は面識がある。 ただ、エンゼルフォールの発動期間中であった為、中身は神裂火織で、外側だけがステイルの姿という歪んだ形での面識なのだが。 刀夜と詩菜の中では、ステイルはシナをつくる女の子っぽい恥ずかしがり屋な外人さん、といったイメージが定着している。 以前、海の家で会った時は、神裂と名乗っていたはずなんだが、偽名だったのだろうか?刀夜はそう思いつつも。そこを言及しても、話が進まないと考えたので、一先ず保留しておく事にした。刀夜「お三方ともイギリス清教の所属の方なんですか?」インデックス「そうなんだよ」詩菜「インデックスちゃんはイギリス清教のシスターさんだったのね」インデックス「うん」刀夜「インデックスちゃんは学園都市の生徒じゃなかったのかい?」ステイル「この子は諸事情あって、世界中の様々な組織から命を狙われているんだ。三ヶ月前、彼女が学園都市に逃げ込んだ時、上条当麻と出会った」インデックス「その時から、当麻は私をずっと自分の家に匿って、守ってくれていたんだよ」刀夜「そうか。どうりで……いくらご近所さんだといっても、親しすぎる気はしてたんだ。でもどうしてうちの息子が……警察には相談したのかい?それにイギリス清教の所属ならイギリスは守ってくれないのかい?」ステイル「複雑な政治的理由とか、込み入った事情があってね。僕としても、あんな素人にこの子の護衛を任せるなんて反対だったんだけど。仕方なかったんだよ」刀夜「そうですか。じゃあ、もしかして、当麻はイギリス清教の問題に巻き込まれてしまったんですか?行方不明になったのもその為に?」インデックス「ごめんなさい……とうまは、私を」 インデックスの言葉を遮るように、ステイルが口を挟んだ。ステイル「すまないが、上条当麻が行方不明になった経緯について、僕達は話す事が出来ない。そういった権限は与えられていないんだ。でも、貴方が想像した通り、この件にイギリス清教が深く絡んでいる事は否定しない」詩菜「当麻さんは無事なんですか?」アニェーゼ「現在調査中です。上の報告ではその……テロリストに拉致された可能性が高いという話ですんで、今はイギリス、学園都市の各組織が総力を挙げて危険因子の洗い直しを始めているってとこです」刀夜「テロリスト!?……身代金の要求とかは?」アニェーゼ「いえ、今んところは何も。それに、やっこさんは恐らく身代金の要求なんかはしてこねえでしょうね……」刀夜「どうゆう事ですか?」ステイル「上条当麻の価値っていうのは、金銭で代えが利くようなものじゃないんだよ。あの男の右腕は、戦略核ミサイルを遥かに超える価値を持っている」刀夜「右腕!?……またか、またあの右腕がっ!!」 刀夜は切れそうな程に、唇をかみ締める。 まだだ、またあの右腕が息子に不幸を運んできた。 何より、その不幸を取り除いてあげられない自分の無力さが腹立たしかった。確かに、あの日、海の家で、上条当麻は幸せだと言った。 このすばらしい不幸を取り上げるな、と言った。 それが息子の生き方なら、受け入れるのも親の役割なのだろうと。そう思った。 ならば、この状況はどうなのだろう。これすら受け入れなければならないのか。 そんな事は無い筈だ。あってはならない。ステイル「しかし、逆に幸運だとも言える。仮に敵の目的が上条当麻の右腕だとしたら、あの男の命だけは保障されている。あの右腕をどうするつもりかは知らないが、何をするにも、時間がかかる。上条当麻を拉致した連中は、今、逃げ隠れするので精一杯のはずだ」刀夜「当麻に危害が加えられる前に助け出すと?」ステイル「そうだ。その為に僕達がいる」アニェーゼ「これをお受け取りください」 アニェーゼと名乗ったシスターが、懐から手のひら大のケースを取り出した。中に貴金属で作られた勲章が入っている。詩菜「これは?」アニェーゼ「イギリス王室は、上条当麻にナイトの称号を与える事に決定しました。正式な授与は、女王の誕生日に行われる予定ですが、先立ってこの星章をご両親に手渡すようにとの、エリザード女王からのお達しです。”私自身、子を持つ親として、ご両親の心中お察しする。イギリスは、国の威信に賭けて上条当麻を必ず救出してみせる。この星章はその確約の証として納めて欲しい”との事です」刀夜「イギリスの女王陛下が?」ステイル「女王としてはブルーリボンを与えたくて仕方なかったみたいだけどね。功績が公に出来ない上に一国の君主でもない男には、ブルーリボンは与えられないって騎士団長に止められて、しぶしぶその星章になったみたいだよ」 今回に限り、騎士派がやけに協力的なのは気味が悪いけどね。ステイルはそう言葉を締めくくった。 実際、非公式とはいえ、功績の明かせない人物にナイトの称号を与え。さらに、女王しか執り行う事が出来ない。その星章の授与を、清教派の人間に託したのだ。前代未聞の事態だ。 本来なら、騎士派の反発は避けられない。 裏で、騎士派と清教派を橋渡しした人間がいる筈だと、ステイルは睨んでいた。そう、例えば土御門元春あたりの人間だ。詩菜「当麻さんは一体、何をしたんですか?ナイトの称号なんて、ただの学生が戴けるものではないでしょうに……」アニェーゼ「いろいろあり過ぎて、どの功績に対するものなのかよく分かりませんけど、素直に受け取っていいと思いますよ。あの少年は肩書きとかを気にするような性格じゃねえですし。もし、不要だというのなら、売却すればかなりの金になりますし」ステイル「馬鹿を言うな!国際問題になるぞ!」アニェーゼ「冗談ですって」 咥えタバコを噛み千切ってしまいそうな勢いのステイルを、アニェーゼがなだめる。
ステイル「用件はこれだけだ。僕達は、仕事があるのでこれで失礼させてもらうよ」刀夜「どうか、息子をよろしくお願いします」 上条夫妻と小萌は深々と頭を下げた。アニェーゼ「安心して待っていてください。必ず取り戻しますんで」 アニェーゼが三人に向けて力強い笑顔を返してから、退室しようとする。インデックスもそろそろと立ち上がり、二人の後ろを追った。小萌「シスターちゃんも行っちゃうんですか?」インデックス「うん。これが私の本来の仕事だし。それに当麻が困ってるなら、私が助けてあげなきゃ」詩菜「無理はしないでね」インデックス「うん」
御坂サイド ―アメリカ西部沿岸― 御坂達はアメリカ西部の沿岸部にある港にいた。御坂、白井、五和を除いた面々は、情報収集の為に、アメリカ全土にあるそれぞれの持ち場に散らばっていった。御坂「駄目、やっぱり繋がらない」 御坂美琴は父、御坂旅掛の携帯電話に電話をかけながら、渋い顔をする。 旅掛の携帯電話の電源は入っているのだが、竜神の張った結界。アエギディウスの加護により通信が阻害されている。白井「困りましたわね」五和「お父様がどちらに宿泊されているかわかりますか?」
御坂「さっき、調べてみたんだけど。チェックインしてるホテルは分かったわ」五和「では、まずはそちらを当たってみましょう。何か分かるかもしれません」御坂「ごめんね、アイツの探索だけでも大変なのに」五和「いえ、いいんです。情報収集は天草式総出で行っていますので、私一人抜けただけでは、あまり影響はありませし」御坂「でも、五和さんはアイツの探索を優先したいでしょ?」五和「確かに、それはそうなんですけど。でも、私はこれでいいんです。上条さんに会った時、胸を張って会えるように。あの人が命を張って助けた女として、上条さんが誇れるくらいいい女になるって決めましたから。自分の都合ばかりで、他人の幸福を考えられない。そんなつまらない女にはなりたくないんです」
白井「はぁー。まったく、あの類人猿ときたら。本当に罪深い男ですこと」五和「それにしても、魔術師が側にいるかもしれないというのは本当なんですか?」御坂「うーん。あんまり自信ないんだけど。もし私が聞いた声があの男のものなら、たぶんそういう事だと思う。アイツがあの男を、アステカの魔術師って呼んでるのを聞いた事あるもの」五和「アステカの魔術師ですか……。確かに、アステカには人に皮を被る事で、他人に成りすます事が出来る魔術が存在すると聞きますし。ありえない話ではないですね」白井「うっ!ひ、人の皮を被るんですの!?」
五和「ええ。詳しくはないんですけど。おそらく、他人の皮の一部を霊装に組み込む事でそういった効果を得ているんだと思います」御坂「そうよ!海原光貴もそいつに皮を剥されたって言ってた!」五和「……急ぎましょう。状況がよく分かりませんが、魔術師が絡んでいる以上楽観視はできません。それと、その海原光貴さんの人相は分かりますか?」御坂「財界人の御曹司だから、ネットを漁れば写真くらいは見つかると思うけど」五和「必要悪の教会に連絡をとって、その男性を指名手配してもらいましょう。今朝学園都市にいて、今夜アメリカにいたとなると、それなりの移動手段を持っているとみていいでしょうし。今もアメリカにいるとも限りません、世界規模で捜索する必要があります」御坂「そんなに大事にしても大丈夫なの?」五和「別に捕り物をしようって訳ではありません。運よく見つけられたら、任意の事情聴取をしてもらおうってだけですから、問題はありませんよ」御坂「うーん、じゃあお願いするわ。画像は私が今から探すから」五和「はい」 こうして、海原光貴の顔写真が必要悪の教会に出回ることになった。 これが、竜神とエツァリの旅路にどのような影響を与えるのか、彼女達は知らない。
上条サイド ―アメリカ ラスベガス― 深夜二時半、ホテルの部屋で、旅掛は竜神にくだをまいていた。内容は、嫁である美鈴の愚痴だか惚気だかよく分からない話と娘と上条の関係についての話だった。酒臭い息を竜神に吐きかけながら、怒鳴りつける。 口は勇ましいものの眠気が襲ってきているのか、体がフラフラと揺れ、目の焦点があってない。旅掛「いいか!?ぜーったい美琴ちゃんに手ぇーだすんじゃねえぞ!」竜神「はいはい。分かってますよ」上条『これでこの話題何回目だよ……』竜神『さあな。5回過ぎたあたりから数えてない』上条『完全にできあがっちまってるな』旅掛「むにゃ……すぅー」 旅掛はソファーに倒れこみ眠ってしまった。上条『ついに寝ちまったか』竜神『とりあえずベットに運んどくか。風邪ひかれても困るし』上条『頑張れー!』竜神『完全に他人事だな……』 竜神は旅掛の腕を肩に回し。ベッドルームまで移動させる。竜神『っつか重っ!その上酒くせー』 なんとか、ベッドの上に運び、布団をかける。旅掛はむにゃむにゃ寝言を言いながら、布団を掴み、頭まで包まってしまった。竜神「とりあえずこれで大丈夫か……」
これから自分のモーテルに帰るのも面倒だったので、竜神はリビングに戻りソファーに寝転がる。このままここで朝まで過ごそうと考えたのだ。上条『明日からどうするんだ?』竜神『情報を提供してくれる組織を捜すのが第一目標のつもりだったんだけど、いきなり引き当てちまったからな。原石の情報が手に入っただけでも、かなりの進展だよな』上条『アックアの幸運って半端ねえな』竜神『上条さんの悪運だと思うんだけどな……まあ、どうでもいいか。後は、旅掛さんのボディーガード代わりを探す必要があるな』上条『ボディーガード?』
竜神『旅掛さん自身は、それなりに自分の身を守る手段は持ってるんだと思う。刺客から身を守る護身術じゃなくて、目をつけられないように、狙われないようにする技術だな。じゃなきゃ、あれだけ詳しい情報は集められない。でも、これ以上踏み込めば、学園都市から暗殺されかねない。超能力者や魔術師相手に逃げおおせるだけの、備えは必要だろ』上条『具体的には、どんなヤツをあたるんだ?それに雇うなら金が必要だろ?」竜神『利害が一致してる武闘派の組織をあたれば何とかなるんじゃないかと思うんだけど。心当たりが無いわけではないし』上条『心当たり?それって竜神さんの記憶にある組織か?』竜神『いや。お前もよく知ってるヤツだよ。もう手は打ってるんだけど……はっ!?嘘だろ?もう来やがった!!』上条『?』 竜神は危険を察知して、ドアからできるだけ距離をとる。ソファーの影に飛び込んだとき、轟っという風が唸る音と共に、入りぐちのドアが木っ端微塵に吹き飛んだ。 竜神が張っていた結界を、物ともしない一撃だった。 暴風が部屋の中に吹き荒れる。 結界による加護を失った今、素顔をさらすのは不味いと考えた竜神は、咄嗟に海原光貴の姿に戻る。「こそこそしてないで出て来な!!この化物が!!」 その声の主。黄色の古めかしいドレスを身に纏った女は、重そうなハンマーを軽く振り回しながら、堂々と廊下を歩いて来る。ありったけの憎しみを込めたような声で、竜神を罵倒し始めた。「気色悪いんだよ。術式を使った痕跡は残すくせに。使おうとした痕跡がない。魔術の結果だけ残しやがって!」 部屋に踏み込むと同時に、入り口の壁に向かって怒りをぶつける。見えないハンマーによって、壁が粉々に砕け散り、壁面から広がった無数の亀裂が建物全体に広がっていく。建築素材の鉄骨がむき出しになり。衝撃だけで備え付けの家具家電が散乱し、まるでこの部屋だけ内戦地帯のど真ん中にいるような有様だった。「仕舞いにゃ“私の天罰”まで使いやがる。ふざけんじゃねぇぞぉぉぉ!!」上条『何でヴェントがここにいるんだよ!?ってか何でキレてんの!?』竜神『カジノで天罰術式使ったろ?あれを感知して来たんだろ。あの術式は体をいじった特殊な人間しか使えない術式だからな。その使い手が、感知できても不思議じゃない。電撃使いが電撃の攻撃を察知できるようなもんでな。ってかそれを狙ってたんだけどな』上条『はぁ?あの時天罰使ったのはヴェントに俺達の存在を教える為だったのか?じゃあお前が言ってた組織って』竜神『そう、神の右席。あの時は、黒人のチンピラを倒せるし、ヴェントとも会えるかもしれない、これって一石二鳥じゃね、とか思ってたんだけどな……』上条『どうすんだよ!部屋めちゃくちゃじゃねえか!?』竜神『こんなに早く来るとは思ってなかったんだよ!精々アメリカ大陸におびき寄せられれば上等、くらいにしか考えてなかったからな。あの様子だとどうやら随分前から追跡されてたみたいだ』上条『ってか、旅掛さんが起きてこねえ。どんだけ図太いんだあの人』竜神『起きて来られても面倒だけどな』ヴェント「そこか!」 ソファーの影に隠れていた竜神にヴェントが気が付いた。竜神は両手を挙げ、降参の意を示しながら、恐る恐る立ち上がる。竜神「待てヴェント!話合おう」ヴェント「てめぇをブッ殺してからな!!」 ヴェントがハンマーを大きく振りかぶり、竜神の脳天目掛けて振り下ろす。 明確な殺意をもった、一撃必殺の鉄槌。竜神「クソッ!」 竜神は右手にベクトル操作を集中させ、ヴェントのハンマーをなぎ払おうとする。 一方通行のベクトル操作だ。 全身に適応させる事も出来るのだが、それをしてしまうと、反射した攻撃によって、ベットルームで寝ている旅掛や、ヴェント自身を傷つけてしまう恐れがあった。 細心の注意を払い、反射するベクトルの向きを演算する。 ヴェントのハンマーの軌道は、舌のピアスと連動した特殊なものだが、一度戦った上条ならばその軌道を予測する事が出来る。その様子を上条の中から見ていた竜神にしても同じ事だ。 縦に振るわれたハンマーの動きとは裏腹に、衝撃は竜神の右から横なぎにやってきた。眼に見えない一撃に、竜神は右手を合わせる。 ヴェントのハンマーは、虹色の物体に変換され。竜神の右手をぬめりっと滑るように通りすぎていく。しかし、攻撃に使われている力の総量が桁違いなのか、反射がうまく機能しない。 ギチギチッっと右腕の骨が嫌な音を立てる。竜神「クッ!!」反射の膜をすり抜けた攻撃が、竜神の右手を切り刻んでゆく。 膨大な力の塊をやっとの事でやり過ごした時、竜神の上着の右袖はズタボロになり、皮膚には無数の切り傷が刻まれていた。竜神「痛ってぇー!!クソッやっぱり俺じゃアイツみたいにはいかないか……」ヴェント「へー。この一撃を防ぐか……。ますます忌々しい野郎だね」 ヴェントは目を細め、竜神の顔を睨みつける。親の敵でも見るような鋭い視線に、竜神は思わず竦みそうになるが、今はそんな場合ではない。 決して少なくない血がしたたる右手を、ぎゅっと握り締めて、正面からヴェントと向き合う。竜神「とにかく、俺の話を聞いてくれ!俺はお前と話がしたいだけなんだ!!」ヴェント「ざけんじゃないよ!この悪竜が!!アンタが何者か知らないけど、アンタみたいな存在を、この神の右席。前方のヴェントが許すとでも思ってんのかい!?」竜神「俺が竜だって事までバレてんのかよ」ヴェント「まさかとは思ってたけど、直接この眼で見て確信した。聖書にすら記載されてない異形の堕天使がっ!!」竜神「確かに俺は聖書に載ってるような天使じゃない。別の層に属してる存在だからな。でも、それだけで殺そうなんて、ちょっと横暴すぎんだろ?」ヴェント「黙れぇ怪物っ!!」ヴェントはハンマーを振り上げ、力を溜める。幾つもの空気の塊が捩れ、重なり、一つの大きな塊になっていくのが、素人の上条にも理解できた。 あれはやばい、へたをすれば一撃でこのホテルが倒壊するのではないか、そう思わせる程のエネルギーがヴェントの頭上に集積していく。竜神「いいから、ちょっと武器を置いてくれ!このままじゃ、このホテルの客にも迷惑がかかる。どうしても俺をぶちのめしたいなら、場所を変えよう!」ヴェント「はっ!この私に命令形はないのよ!!」 ヴェントの腕に力がこもる。竜神「チッ!わらず屋がっ!!」 ヴェントの腕が振り下ろされる寸前、竜神はヴェントを座標移動でテレポートさせる。目標座標はホテルの前に広がる人工湖の中心。ヴェント「なっ!!」 突然、外に飛ばされたヴェントは、そのまま水面に力を打ち付けた。 ゴォバァッっという激しい音と共に、人工湖の水面が割れる。ヴェントの攻撃は湖の水と堆積していた泥を吹き飛ばすだけでは収まらず、湖の底の硬い地盤に大きな亀裂をつくり出した。 遅れて、凄まじい衝撃波と湖の水の津波、爆発的に拡散する水蒸気が湖の周辺を襲う。周辺の道路を走行していた車は押し流され、湖に面したホテルの窓ガラスは軒並み粉々に割れてしまった。竜神「……ハッ、ハッハッハッハッ。テレズマのテレポートなんて初めてやったけど、案外うまくいくもんだな……ってかあれ食らってたら確実に死んでたぞ」上条『暢気な事言ってる場合かよ!』竜神「そうだな。とりあえず、逃げるか……」 竜神は自身をテレポートで移動させ、ホテルの外に出た。 正面玄関の前にある噴水の上から、湖の底にいるヴェントを見下ろす。 渾身の一撃をかわされたヴェントは、怒り心頭といった面持ちで竜神を見上げ、睨みつけている。自身が吹き飛ばした水が雨の様に降りそそぎ、ヴェントの体を濡らしていた。 9月30日。降りしきる雨の中戦った、あの時と同じように。竜神「場所を移す!俺を殺したかったらついてきやがれ!」ヴェント「クッソォ野郎ぉがっっ!!善人ぶりやがってぇ。なめてんじゃねぇぞぉぉぉぉぉ!!」 テレポートで逃げる竜神。追うヴェント。二人の命を賭けた追いかけっこが始まった。
エツァリサイド ―関東 某駅構内― 海原達三人は学園都市の南に位置する。とある駅にいた。 時刻は夕の六時。駅は帰宅する客で溢れている。 ショチトルとトチトリは仲良く手を繋ぎ。その二人を守るように海原が斜め前を歩く。 一見、普通に歩いているように見えるが、海原の目は自然に辺りを警戒し、あらゆる危険を察知できるように緊張を保っていた。ショチトル「とりあえず国外に出るつもりなのか?」海原「ええ、教会の勢力範囲は危険ですので、東南アジア、あるいは中国あたりに逃げられれば、と思っています」ショチトル「ならば、飛行機か……。何処かで適当な人間の皮を剥いで成りすますか」海原「いえ。成りすますのはやめておきましょう。必要悪の教会に目をつけられそうな行動は避けるべきです。できうる限り、魔術は使用しないのが賢明でしょう」ショチトル「じゃあどうするんだ?私達はパスポートなんか持ってないぞ」海原「魔術を使用しなくても、密行する手段はありますよ。一般の難民や密入国者と同じ方法を使えばいいんです」ショチトル「パスポートを偽造するのか?」海原「ええ。そういったブローカーはどの国にも存在するものですから。最悪、そこらの漁船を奪取してしまえば、近隣のアジア諸国には行き来できるはずです」
ショチトル「では、目的地は海か」海原「そうですね」 突然、ぐうぅっという音が鳴った。ショチトルの方からだ。 ショチトルは恥ずかしそうに頬を赤らめながら、つぶやく。ショチトル「……エツァリ。お腹がすいた」海原「そういえば、学園都市を出てから何も食べていませんでしたね……。コンビニで何か買ってきましょうか。ショチトル達はここで待っていて下さい。自分が適当に買ってきます」ショチトル「私はあのおにぎりとかいうヤツが良い。魚の入ったヤツだ」海原「シャケおにぎりですね」 駅構内に有るコンビ二は、人で溢れかえっていた。 あまりの混雑具合にうんざりしながらも、ショチトルのリクエストであるおにぎりと自分とトチトリの食事と飲み物を購入し、足早にショチトルの元へ向かう。 急がなければ、また彼女の機嫌を損ねてしまうと考えたからだ。 実際海原は、彼女と再開してから、彼女との距離の取り方を掴みかねている。自分が裏切り者であるという負い目もあって、以前のように接する事が難しい。 ショチトルはショチトルで、事ある毎に海原に突っかかるようになった。
昔はあんなに、突っ張った性格ではなかったのですが、などと考え事をしていると、いきなり目の前を人影が横切った。 ぶつかりそうになった、金髪の女性が、大げさなリアクションをとりながら謝罪してくる。見事にセットされた長い髪と、露出の多い服、といより水着のような格好が特徴的な女性だった。「おっと、御免なさいね」海原「いえ、こちらこそ済みません」「あら、坊や……」 女性は海原の顔を見て怪訝な表情を作る。海原「何か?」「ううん。何でもないの。ちょっと知り合いに似てたものだから」海原「そうですか……。連れを待たせているもので、自分は失礼します」 ひょっとすると本物の海原光貴の知り合いかもしれない。そう予想しながら海原はその場を立ち去る。これ以上会話を長引かせるのは不味いかもしれない。「…………」 そんな海原の背中を、金髪の女性は、無言でじーっと見つめていた。 海原が、ショチトル達の元へ向かう途中。海原の携帯電話が着信した。ディスプレイには登録3の文字。土御門からのコールだ。海原「なんですか?」土御門「海原。マズい事になった」海原「?」土御門「どういう訳か知らないが、海原光貴の顔写真が、必要悪の教会で出回っている」海原「はあ?」土御門「天草式経由でもたらせされた情報なんだが、海原光貴に成り代わったアステカの魔術師が、アメリカで発生したトラブルに関わっている可能性がある。って名目で、指名手配されている」海原「なんですって?一体なんでそんな事に……」土御門「俺にもさっぱり分からん。ただ、今のところ関係者としての事情聴取が目的で、お前の身柄を拘束するような命令は出されていない。もし、必要悪の教会の人間に見つかっても、手出しはするな。適当にやり過ごせ」海原「無茶言わないで下さいよ」土御門「それが嫌なら、顔を変えろ。すでにその顔は必要悪の教会全てに知られてると見ていい」海原「……分かりました。何とかしてみます」 ショチトルとトチトリは、寄り添うように、駅構内のベンチに腰掛けていた。ショチトル「遅いぞエツァリ」海原「すみません。少し移動しましょう」ショチトル「ここで、食べないのか?」海原「ちょっと面倒な事になりまして。自分は急いで姿を変える必要が出てきました。早急にこの場を離れて、人気の無い場所に移動しなければなりません」ショチトル「なにがあったんだ?」海原「後で説明します」ショチトル「……分かった」海原「さあトチトリも行きますよ」 海原達は急ぎ駅の敷地から遠ざかる。駅周辺は人気が多く、魔術を使用するのに向いていない。 一分程歩いた時、ショチトルが海原に声を掛けた。海原の方を見ずに、緊張の色が混じった小声で。ショチトル「おい、エツァリ」海原「ええ、つけられてますね」 トチトリと結んだショチトルの手がぎゅっと強く握り締められる。トチトリが不安そうな顔で、ショチトルの横顔を見つめていた。ショチトル「迎え打つか?今はまだ相手は一人みたいだ。二対一なら」海原「いえ。相手の狙いは自分一人です。一端二手に分かれましょう」 海原は、携帯電話を取り出し地図アプリを起動させる。海原「ここから一キロほど北に行ったところに公園があります。二時間後、そこで落ち合いましょう」ショチトル「エツァリ。無理はするなよ」海原「ショチトルこそ。トチトリのことを頼みましたよ」ショチトル「任せろ」海原(このタイミングで自分達を尾行してくるという事は、相手は十中八九必要悪の教会の関係者でしょうね。ショチトル達と一緒にいる所を見られた以上、彼女達と他人の振りをするのは得策ではない……余計に怪しまれてしまう。魔術師は自分一人だけ。そう相手に思わせる事ができれば上出来です。後は、相手を人気の無い所までおびき寄せてから、口八丁手八丁で誤魔化すしか手はないですね。下手に自分が追っ手を振り切ってしまうと、相手の矛先がショチトル達に向いてしまう可能性がある。それに、例え誤解からでも、必要悪の教会の人間を傷つけたとなると、組織全体の敵としてリストアップされかねないですから、追っ手を始末するのもアウト。相手がアステカの魔術に疎い魔術師なら良いのですが……) 海原は通りに向かって手を挙げて、タクシーを捕まえる。ポケットから現金を取り出し、追っ手にも聞こえるくらいの声でショチトルに話しかけた。海原「お先にどうぞ。それとこれはタクシー代です」 海原の意図を理解したショチトルは、それにあわせることにした。ショチトル「すまない」海原「いえいえ。それでは、妹さんもお体をお大事に」トチトリ「…………」 そう言って、トチトリの頭を軽く撫でると、二人をタクシーの中に誘導する。 手を振りながら発進する車を見送ると、合流地点である公園とは反対の方向へと足を向けた。 追っ手が自分について来ている事を確認しながら、できるだけ人気の無い方へと突き進む。しばらく、歩くと、横目に建設途中のビルが見えた。現在、工事は行なわれていないらしく、重機の動く音はおろか、人の気配も無い。 土御門の情報が確かならば、問答無用で戦闘になることは避けられそうだが、相手がどのような人間か分からない。 元々必要悪の教会は、拷問に特化したセクションが存在する。そういった部署に勤める人間ならば、単なる事情聴取に留まらず、拷問の類によって情報を聞き出そうとするかもしれない。そうなれば、戦闘はさけられない。 迎え打つには好都合だ。そう考え、海原は建設現場へと足を踏み入れた。海原「そろそろいいでしょう。出てきてはどうですか?」 海原が振り返ると、建築資材の影から、若い女性が現れる。 駅でぶつかりかけた、あの女性だった。「あら、こんな人気の無い所に連れ込まれて。お姉さん何されちゃうのかしら?」海原「勝手について来たのは、そちらでしょう?」「そっちから誘っておいて、女のせいにするなんて、関心しないわね」海原「自分に何の用ですか?」オリアナ「ちょこっと、坊やとお話がしたいだけよ。お姉さんの名前はオリアナ=トムソン。今は必要悪の教会に雇われてる協力員ってとこね。あっ、坊やは失礼だったかしら?貴方、皮被ってるから大人かどうかも分からないのよね」 オリアナは、手持ち無沙汰に右手で単語帳を玩びながら、不敵な笑みを漏らした。
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