──九月三十日──佐天涙子の朝は遅い。学園都市ご自慢の目覚まし時計も彼女を目覚めさせることは出来ないようだった。佐天「ん……むにゃ……んなー……」時刻は現在午前8時10分。明日から衣替えなので今日は午前中授業である。本来ならば初春飾利という佐天涙子の友達が毎朝起こしに来てくれるのだが──。初春「…………zzz」彼女達のルームメイトは薄情である。否、一応声は掛けてあげたのだが……どうやら目覚めには至らなかったようだ。現在午前8時25分。初春「……ん?……もうすぐ7時半ですか……もうちょっとだけ寝ていましょう……」初春「…………!?」バッ──佐天涙子の九月三十日の朝は、遅かった。
──いつものファミレス──佐天「だからー謝ってるじゃんー許してよー」初春「佐天さんが昨日ずっと寝かせてくれなかった所為で私まで遅刻しちゃったじゃないですか!!」佐天「ごめんごめんってー、でも初春もノリノリだったじゃん」初春「そんなことないです!!私は何度も寝かせてくれって!!」御坂「一体どんな話をしてるのよ……」白井「会話だけ聞くと非常に卑猥ですわよお二人共」初春「なっ!!私はただ佐天さんが昨日の夜に電話してきて寝かしてくれなかっただけです!!」佐天「いやぁ盛り上がったんだけどなぁ……」御坂「あーっと私はちょっと用事があるから抜けるわねー」白井「……お姉様?もしやあの類人猿の所へ行くなどとは言わせませんよ?」御坂「!?だっ誰があんなヤツの所へなんか!!……い、急いでるからっ!」ダッ白井「なっ!?そんな……!!待ってくださいましーお姉様ー」佐天「行っちゃった……いつものパターンか……」初春「白井さんはいつも通りだったと思いますけどね」佐天「あぁー、白井さんはいつも通りか……」佐天「この後どうするー?遊びにでも行く?」初春「えーっと確か支部のほうで雑用があったんで無理ですねー」佐天「もはやテンプレ化してきたわね……」初春「まぁまた今度に遊びましょうか」佐天「まぁあたしはその辺ぶらぶらしてくるわー」初春「それじゃ今日はお開きにしますか」
佐天「ここの地下街って昼だか夜だか時々分からなくなるときがあるのよね」佐天「うーん、皆行っちゃったし帰っても良いんだけれど……何か癪だから喫茶店にでも入ろうかな……と」佐天「『New!!飲む珈琲グミはじめました』って何じゃこりゃ……」??「珈琲ゼリーとは違うのかなってミサカはミサカは呟いてみたり」佐天「うーん正直な話ゼリーとグミの違いがよくわからないんだけど……柔らかさ?」??「なるほどー!ってミサカはミサカはちょっと強引な解釈のアナタに感心してみたり!!」佐天「……ん?」??「んっ?……ってミサカはミサカはアナタと同じように首を傾げてみる」佐天「御坂さん……の妹さん?」??「ミサカは打ち止めって呼ばれる固体だよん!ってミサカはミサカはアナタに答えてみる」佐天「打ち止め……?妹達の妹さんみたいな感じなの……?」打ち止め「まぁまぁ、お話はこの飲む珈琲グミでも飲みながらにしましょうって、ミサカはミサカはアナタを店内に押し込んでみる」ぐいぐい
佐天「つまり打ち止めちゃんは妹達を纏めるホストコンピューターみたいな感じなのね?」打ち止め「ホストというよりかはコンソールに近いかもってミサカはミサカは訂正してみたり」佐天「成る程、つまり妹達の入出力装置って訳ね……ふーむそんなものまで作るとは……」打ち止め「今日は実験を止めてくれたアナタにお礼を言いに来たの!ってミサカはミサカは鶴の恩返し的な展開にしてみたり!!」佐天「……、あたしは何も出来なかったよ……」打ち止め「そんな事無いってミサカはミサカは言ってみる」佐天「でも……」打ち止め「確かにアナタはあの人と戦って負けた、でもそれは無駄じゃなかったんだよ」打ち止め「少なくとも一〇〇三二号は痛めつけられていたアナタをみて、初めて実験を嫌だと感じることが出来たんだってミサカはミサカは告白してみたり」佐天「……そっか、意味はちゃんとあったのね」佐天「それにしてもあの時は自分の骨が折れる音を聞いたはずなんだけど、結局骨折してなかったのよね」打ち止め「あーっと……アレはあの人が音のベクトルを操作してたみたいよってミサカはミサカは言ってみたり」佐天「……まぁいっかー、それにしても打ち止めちゃんは一人で何をやってたの?」打ち止め「だから鶴の恩返しをしに……」佐天「本当は?」打ち止め「ふふん!コレを下位固体から強奪して下位固体と追いかけっこをしてたのってミサカはミサカは答えてみる!」佐天「さらっと山賊のような発言しおったこの子!!」
??「おやおや、何処に居るのかと思えば……」ミサカ「へぇ……こんな所で休憩とは良いご身分ですね上位固体とミサカはサブマシンガンを容赦なく構えます」打ち止め「はっはー、アナタのような下位固体相手では休憩も余裕で取れちゃうのだってミサカはミサカはダッシュで走り去ってみたり」ミサカ「いいでしょう、その挑発に乗ってあげますとミサカは本気モードに移行して上位固体を追いかけます」ダッ佐天「……まるで嵐だ…………」佐天「げっ、もうこんな時間!!完全下校時刻過ぎちゃう!!」佐天「早めに帰って今日はすぐ寝ようかなー」佐天「…………」佐天「しっかしバス来ないなぁ……」佐天「…………」
佐天「流石に遅れすぎじゃない?……、しょうがない歩いて帰るかなー」ブロロロロ……佐天「お、ようやく来たかー遅れすぎだよー」遅れてきたバスがゆっくりとこっちに向かってくる。佐天「……?何か様子が──」バスの様子がおかしい、それに学園都市が静かすぎる。ゆっくりとこっちに向かってきたバスだったがスピードがみるみる下がり、やがて止まった。佐天「??おかしい……絶対におかしいわコレ……」タタタッ佐天「もしもーし、バスの運転手さーん?大丈夫ですかー?」佐天「……?え……運転手さんもお客さんも全員寝てる……?」佐天「どういうことなのかな?能力者の仕業にしては……」佐天「と、とりあえず警備員に通報しとこう……」プルルル
『ザ……な、なんなんだアイツは!?おい、相棒しっかりしろ!』佐天「!?何だぁ?」『誰か!!誰か応答しろ!!侵入者だ!!くそっ!あの女──ぐ……ぁ……』『ふん、魔術の対策もしてないなんて学園都市のセキュリティは甘っちょろいわね』ブッツーツーツー佐天「……、今のって……『魔術』か……」佐天「小難しいことは分からないけど、多分魔術師が攻め込んできたって事よね?」佐天「こういう時どういう行動すればいいのか……」佐天「(攻め込んできた魔術師の居場所、風貌、能力について分からない……)」佐天「このバスの様子が魔術による攻撃なのかな?それとも……」佐天「とにかく、少し歩いてみよう……」
佐天「ん?あれは……警備員?でも何か……装備がちょっと違うような」佐天「そして直ぐに車で何処かへ行った、か……」佐天「(もしあれが警備員だった場合と警備員じゃなかった場合の二つを考えると……)」佐天「一つはさっきのバスの中の人達みたいな人を助ける為に移動した…」佐天「もう一つはこの学園都市の静けさの原因であると思われる『魔術師』の所へ行ったか」佐天「前者は無いかな?だって救助しに行くのにあんな大掛かりな装備は要らないもんね」佐天「だとすると……あの車が向かった先に魔術師が居るって事よね」佐天「よし!!行こう……!!」ダッ佐天涙子の予想は半分正解で半分不正解である。なぜなら彼らは『猟犬部隊』と呼ばれる学園都市の暗部組織であって────あの一方通行を殺しに行く途中だったのだから。
小雨の振る最中佐天涙子は走っていた。何だか不穏な空気を漂わせている場所へ一歩一歩近づいている感じである。走っている最中に黒塗りの、いかにも盗難車のような車が佐天涙子の進行方向とは逆に走り去っていった。佐天「む、なんだ??魔術師から逃げてった……?」 ヒュルル~佐天「ん……!?ちょっ……」突然ミサイルのようなものが先ほど走り去った車へ向けて飛んでいった。爆音とともに砂煙が舞い上がるが、車は見えない。どうやらミサイルには当たらずに逃げ切れたようだ。佐天「びっくりした……、それにしても変だな……」佐天「あの車に魔術師が乗っていたならば納得だけれども、この学園都市の静けさの原因である魔術師が逃げるなんてあるかな?」佐天「仲間割れ?違うような気がするけどそう解釈しよう」佐天「さっきの車を追うよりかは先に進んだほうが──」佐天涙子の思考を中断せざるを得ない勢いで黒塗りの車が走り去っていく。恐らく先ほどの車を追っていったのかな、と佐天涙子が思った時にはもう車は見えなくなっていた。佐天「魔術師以外でも、何か起こっているのかも……」佐天「急ごう!!」タッタッタ
目的地に到着した、と佐天涙子は即座に判断する。なぜならば先ほど見た黒ずくめの男達が十数人ほど倒れており────その真ん中に黄色のレインコートのようなものを着た女が立っていたからだ。??「あっらー?誰かしらアナタ?私の姿を見て倒れてないって事はアンタが上条当麻?……、そんなワケないか」佐天「……、当麻さんを狙いに来たんですか?この学園都市の様子は貴女の魔術の所為ですか?」??「質問は一個に絞って欲しいものね、魔術について知ってるところを見るとアナタ魔術師か何か?」佐天「この街のただの学生です。これ以上学園都市を混乱させるというなら止めてみせます」??「ふーん、アンタに止められるとは思えないケド?」スッ一瞬で黄色の女は佐天涙子の目の前に来る。佐天「!?な、何……?」??「上条当麻と知り合いみたいだけれど、何処にいるか知らないかしら?」佐天「知ってても……教えるわけが……」??「あ、そう別にいいんだけどねーん、アンタが教えてくれなくたって向こうから出てくるでしょうし」佐天「……、アナタ一体何者なんですか?この学園都市に何をしに来たんです?」??「そうねぇ答えてあげましょうか、私は『神の右席』前方のヴェント、この街には上条当麻を殺しに来たワケ」ヴェント「だから雑魚はさっさと消えてくんない?」
佐天「雑魚、ですって?学園都市を襲撃したり魔術で人を傷つけたりして……」
佐天「どこまで人を舐めてるんですかアナタは!」キッ!ヴェント「はっ!どーでもイイんだよ学園都市の人間が傷つこうが死のうがね、私は上条当麻を殺すためなら『日本』をも犠牲にするわよ」ヴェント「それはお嬢さん?アンタも同じよ──死にたくないなら下がりなさい」佐天「……、それを聞いてあたしが怖気づくとでも思ったんですか?絶対に貴女をここから進ませたりはしない!!」ヴェント「──?(敵意はしっかりある、私の天罰術式がこの娘に発動していないのはどうしてかなーん……)」ヴァント「ハハッ、勇ましいねぇー。ところでお嬢ちゃん私は名乗ったのにアナタは名乗らないのは可笑しくなーい?」佐天「……、佐天──佐天涙子です……」ヴェント「んふ、佐天涙子ちゃーん?さっきのー私をここから進めさせたりはしないってー、セ・リ・フ──」ヴェント「──五臓六腑をシェイクして人肉ジュースになった後でも言えんのかしら?」ガッ
ゴウッ!!という音を立てて重々しい有刺鉄線のハンマーが現れたと確認できたのは──風を切って吹っ飛んでいる自身の状況を確認した後だった。ヴェント「はいっ一歩♪ってか?この前方のヴェントを相手に『進ませない』なんてセリフを吐くだなんて、私も舐められたものね」ヴェント「ま、死んじゃいねーだろうが暫く意識はねーだろ、無駄な時間を食わせやがっちゃってまぁ」ヴェント「禁書目録を先に殺すか?──いや先ずは上条当麻だな」スタスタヴェント「(にしてもどうしてあの小娘は私の天罰術式が効かなかった?)」ヴェント「……、ん?」チラ違和感。ヴェントは少々の違和感を感じ自身の服についてあった保険である霊装を見る。霊装自体は少々の攻撃を防ぐ程度のものであったのだが──その霊装が壊れている。役目を終えたマッチのように、二度と機能することのない状態になっている。
ヴェント「なっ?これは……まさかあのガキが……!?」先ほどこの『前方のヴェント』を前に啖呵を切った少女を吹っ飛ばしたシーンを脳内で再生してみる。心当たりといえば、彼女を殴り飛ばした瞬間に、彼女の体がくの字に折れ曲がって──ヴェント「この霊装が偶然あのガキの『右手』に触れたけど……」ヴェント「噂の上条当麻の『右手』じゃあるまいし──」ヴェント「(佐天涙子……?佐天……偶然?いや──ま、まさかあのガキ……)」バッここで初めてヴェントは先ほど吹き飛ばした少女の方向を見る。彼女にしては珍しい、そして彼女を知る人が見たら驚いたことだろう何故なら──『前方のヴェント』、20億人の最終兵器が焦っていたのだから
ヴェント「ハッ、ハハハッ!!なんだそりゃーよぉ!!──アレイスタァァァァァ!!」ヴェント「はぁはぁ……、アレイスターあなたは何処まで『計画』していたというのよ!!」ヴェント「は、効く訳無いじゃない!!私の天罰術式が」ヴェントはやや自嘲的な笑みを浮かべつつその辺にあったベンチを破壊する。まるで事実を認めたくないかのような立ち振る舞いは駄々をこねる子供のそれに似ていた。ヴェント「ふー……、天罰術式は『人間』への罰という意味の術式だ」ヴェント「『神』に唾を吐く『人間』を許さないってな……」ヴェント「佐天──左の天、『神』の力を含む『人間』に天罰が下るわけないわよねぇ!!」ヴェント「上条当麻だけじゃ無かったと言うの?うふ、アハハ……」ヴェント「アハッ、ギャハハハハハハハッ!!」ヴェント「殺す、殺してやるわよ……ッ!!このキモチワルイ学園都市を!!アレイスター、アンタ諸共ね!」
ヴェント「──やることが一つ増えたわねーん……」ヴェント「先ずは上条当麻、その次に佐天涙子……、そしてアレイスター……アンタはその次よ!」
──────…・・・・・・佐天涙子が吹っ飛んだ先は川だった、水深が深い川ならば多少は良かったのであろうが浅瀬に(といっても深さは膝上程度はあるようだが)吹っ飛んできた佐天涙子であった。少しの間意識を失っていたようだが──佐天「あー──、いてて……。なんとか着地の衝撃だけは範囲指定の時止めで何とかなったけど……痛っ!!」佐天「っつー、けど派手に吹っ飛ばされた割には怪我が少ない──、打ち所が良かったのかしら」彼女は知る由も無かった。自身の右手がどのような意味を持つものかそして神の右席の使う魔術がどういったものなのかを。佐天「──てか寒っ!?川まで吹っ飛ばされたから服がビチャビチャだよ……」佐天「よし、先ずは寮に戻って着替えようかな」
佐天「バスは来ない訳で、かなり歩いたわけだけど……」
佐天「ふー、寮までは学区を挟んでるから遠いのよね……」佐天「ぬれた服で街を歩くなんて、普段の学園都市だったらありえないわね」佐天「……、へぷしっ!!──う~……風邪ひきそう……ん?これは──」佐天「血?それもかなり新しいような──あれは……!!」暗くて足元にあるのが血だと判断できたのは最近血の匂いを嗅ぎ慣れていた所為だろうか足元の血溜りの先には先ほど佐天涙子を吹っ飛ばし、学園都市に攻め込んできた魔術師────前方のヴェントが苦しそうに咳をしているのが見えた。佐天涙子がヴェントの存在に気付いたと同じくヴェントもこちらの存在に気付いたようだ。
ヴェント「チッ!!げほげほっ……くそ……上条当麻の次はテメェか佐天涙子」ヴェント「ぐっ、げほっ──いいわよ、上条当麻の前に殺してアゲル」佐天「……、いいですよ今度は油断しません!!」何故か血を吐いているヴェントと戦うことを一瞬躊躇した佐天涙子だったがハッキリ言って奇麗事を並べるだけの余裕が無い、今ここで止めることが出来なければ被害が拡大するだけだと判断した。ヴェント「ハッ、油断とか隙があったとか!!そんな次元の存在じゃないんだよ!!神の右席ってのは!!」佐天「!!(やっぱり動きが鈍い、コレなら!!)」佐天「時間を遅くする!!ここでアナタを止めてやる!!」ヴェント「!?(この小娘の速度が異常なほどに上がった?──いやこれは!!)」佐天涙子がヴェントに近づくまでの数瞬の間に彼女の持つハンマーで足場のアスファルトを崩した。佐天「くっ、やっぱり遅くするんじゃなくて静止させて近づいたほうが良かったか……」ヴェント「ガッ、ゲホゲホッ……、はは佐天涙子!!どうやら上条当麻よりかよっぽど右手の進化は進んでいるようネ」
ヴェント「でもそれが仇となるのよ!!────」
前方のヴェントが手にする有刺鉄線が巻かれたハンマーを軽々しく振るおうとした瞬間ヴェント「ガァッ──ゲホッ……なんなのよ!!これは──!!」上条当麻、佐天涙子の攻撃ではないことは確かだが、この吐血の原因は一体──佐天「『隙』あり、です!!神の右席だか知りませんけど、今止めてあげます!!」ヴェント「ぐ!!ァァァァあああッ!!!」佐天涙子の右手がヴェントに触れる前に彼女はぐるりと方向転換すると見当違いな方向へ有刺鉄線を巻いたハンマーを振り回す。砕いたアスファルトの破片が周囲に飛び散る。それが良かったのか、佐天涙子は近づけないようだった。ヴェント「チッ、くそッ!!」
──逃げられた。そう感じてしまうのは先の戦闘が佐天涙子が有利な状況だったからだろうか。否、実際は違う。もし、前方のヴェントが万全の状態で佐天涙子を殺そうと思ったのなら、一瞬で彼女は肉塊になっていただろう。それほど迄にヴェントを襲っている謎の攻撃は彼女の身体能力その他を蝕んでいた。佐天「止めよう、今度こそ……絶対に学園都市は魔術師の好きにはさせない!!」彼女が呟いたのは一つの覚悟。大好きなこの場所をこの学園都市を守るんだ、という意思表示。口に出すことで、その思いは体に染み込み立派な覚悟になった。
──逃げた。自分でも信じたくは無かったあの程度の少年と少女を二人殺害する程度に逃げの一手を取った自分が。【二十億人の最終兵器】と呼ばれる自分が。げほっ、と水っぽい咳を連続して出る。口を押さえる手の隙間からドロドロとした重い血液が自分の手を伝って落ちていく。あの少年を殺害する一歩手前から自分の体がおかしい。自身は特殊な作りをしているとはいえ、こんなこと一切なかった。ヴェント「殺す、今度は一瞬で殺してアゲル……科学はニクイ──そうよね【 】」彼女が呟いたのは弟の名前。科学を憎むようになった、神の右席である彼女の根幹の部分。忌むべき科学の象徴とも言うべきこの学園都市を壊すという意思表示。弟の名前を呟いただけでヴェントの体を苛む震えがいくらか引いた。
佐天「よし、ヴェントが逃げた方向はあっちの鉄橋の所辺りかな?」佐天「……、能力を使って追いつくのは良いかもしれないけれど、体力保持するために温存しておこうかな」佐天「それにヴェントのあの吐血の具合ではそう早くは動けないと思うし……」─路地裏─佐天「ここさえ抜ければもうすぐ鉄橋ね──」??「ちょっと待ちなアンタ!」佐天「え──?アナタは……」姉御「特別講習の時以来じゃないか、えーっと佐天涙子っつったっけ?」佐天「どうしてアナタがここに……?」姉御「そんなの決まってんわよ、今学園都市に起きてることについてだよ」姉御「じゅんt……いやアタイの舎弟も今意識不明になってんだ」姉御「似てねぇか?幻想御手を使ったアンタにも分かるだろ?」佐天「意識不明……ですか、いや確かにそうですけど──」姉御「アタイがぶっ飛ばしてやろうと思ってな、木山春生だったっけ?」
佐天「え、えぇ~と(多分、ていうか木山さんは全く関係ないと思いますけど…)」姉御「それで、アンタはこんな所で何してんだい?」佐天「あたしもこの学園都市の異変を止めようと思って──」姉御「なら丁度良い、二人で木山をぶっ飛ばしに行くぞ」佐天「──それは出来ません」姉御「あ?どういうことだ?」佐天「木山さんは確かに幻想御手で生徒達を意識不明にしたことは有ります──」佐天「──でも違うんです!今回の件と木山さんは!!」姉御「一体どういうことだい?──……、まさかアンタ木山を庇ってる訳じゃないわよね?」佐天「!?な、どうして──!!」姉御「問答無用ォォ!!木山春生はどこか吐きなさいッ!!」佐天「ぐっ……(埒が明かない……。ていうか話聞いて欲しい……。こうしている間にもヴェントは行ってしまうのに)」佐天「わかりました、あなたが話を聞いてくれないというのなら、あたしがその行動ごと止めてあげます」姉御「ふん!!潔く認めたかぁッ!木山は何処だっ!!」ダッ
今回の事件とはまるで関係のない事で怒りをぶつけて来る相手であったが幻想御手を使用したことのある自分には分かる、彼女の怒りが……少しだけ。佐天「あたしはッ!あの頃とは違う!!」そう、幻想御手の時とは違う──あたしには止める【力】がある……。此方へ拳を振りかざし向かってくる彼女を、時間が遅くなった世界で少しだけ同情した。佐天「少しの間、静止しててくれますか?あたしはヴェントを追わなければ──」彼女へ走り出そうと右足を一歩踏み出──佐天「え?う、動かない!?」姉御「知らないだろう?幻想御手を使ったとはいえアタイ元々はレベル3」姉御「表層融解(フラックスコート)、あの時みたいにアスファルトを自在に操れるわけじゃないが──」姉御「こうしてアンタの足をアスファルトに埋めることが出来るのさ!!」姉御「さぁ!!吐け!!木山は何処に──」
そこから先のセリフは、ゴン!!!という轟音によってかき消された。見れば、何か巨大な物が色々な建物を破壊しながら恐るべき速度で飛んでいっていた。何処かとは二人には全く想像もつきはしないが、それは窓のないビル。とある人物への純粋な【怒り】という感情を向けて一方通行が放った、地球の自転を遅らせるほどの攻撃。学園都市の統括理事長、アレイスターが存在しているとされている世界最硬のシェルターへ。
佐天「……………………」姉御「……………………」言葉がでない、佐天涙子はそう思う。今のは一体何だ? もしかしてヴェントが遂に当麻さんを殺すために──?姉御「お、おい……今のも木山春生の仕業なの……か?」佐天「……、できると思いますか? 少し落ち着いてください。 今回の件は木山さんは関係ありませんから」姉御「あ、あぁ……」佐天「というか、今この学園都市に侵入者が来たって情報をニュースか何かで見てないんですか?」姉御「侵入者だって!?ソイツがこの学園都市の騒ぎを?」佐天「そうです、あたしはその人を止めに行くので──」姉御「クソッ!!その侵入者とやらの所にアタイも──グッ!?ガハッ……」姉御「………………」佐天「なっ!?これは?意識が……?姉御さん?ヴェントの魔法ですか……?」佐天「くっ……さっきの飛んで行ったモノも気になるし……、姉御さんごめんなさい!あたし、先に行くね」タッタッタッ
佐天「ん?あそこで歩いてる女の子は一体──?」
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