「はぁ…」浜面仕上は人ごみの中で溜め息をついた。ここは第十五学区の繁華街。つくづく自分はこのような洒落た場所は似合わない、と思う。そう思うのになぜここにいるのかと言うと。ついさっきファミレスで『浜面、超12月です!12月と言えば何でしょうか!?』向かいに座っていた絹旗最愛が乗り出すように聞いてきた。『はぁ?あー…一年も終わりだな。あ、大掃除!』凍りつく空気。麦野沈利がやれやれというように頭に手をやる。『アンタって…』『やっぱり超キモいです』麦野に続いて絹旗が言う。
『12月ですよ!大掃除もですが、その前に超超大事なイベントがあるじゃないですか!?』『んー?あぁ…クリスマスのことを言ってるのか?』ブクブクとコップにストローで息を吹きこみながら、絹旗はつまらなさそうに『浜面みたいな人に滝壺さんは、やっぱり超もったいないのかもしれません』『はぁ!?どういうことだよ!』浜面が少し頬を赤らめながら言うのが、絹旗と麦野にとっては面白くもあり、悔しくもあった。『女の子にとってクリスマスは超大事なイベントなんです!それを「あぁ…」で済ませるなんて超呆れました!罰としてクリスマスツリーに飾る飾りを超買ってきてください!』『その罰が意味わかんねーよ!』『結局、浜面は超パシリってことです』『ま、お金くらいは工面してやるから行ってきなよ』麦野が財布を開きながら言う。『はい、自分のに使ったら殺す』微笑む麦野。このセリフが無ければ男のほとんどが惚れているだろう。『じゃ、浜面。超早く行ってくるです。ついでにクリスマスに必要そうな物も超買ってきてください』『結局俺はパシリか…』『何をいまさら…さっさと行って来い』
そんなわけで面倒な人混みの中を歩いているのである。「はぁ…」また溜め息をつく。(ま、一人ならもっと嫌だろうけど)そう思って視線を横へ向けると「?」滝壺理后が首を傾げていた。「はまづら、大丈夫?さっきから溜め息ばっかりだよ?」「ん、心配ねぇよ」視線が合ったことに少しどきりとしたが、慌てて目を逸らし浜面は平静を装う。しかし、その行動が裏目に出たのか、滝壺は少し不安そうな顔をする。「私とじゃ楽しくない?」しまった、と浜面は慌てて滝壺に向き直る。「そそ…そんなことねぇよ!むしろ滝壺がいないともっとブルーな気持ちだったよ」「本当?」小さく首を傾げる滝壺。
「あ、あぁ!」浜面は顔を赤らめながらまた目を逸らした。滝壺と出会ってしばらく経つが、このような可愛らしい行動に浜面は未だに耐性がない。お互い好き合っているのは知っているのに、このような人ごみの中でも手を繋ごうとしない、といっても甲斐性なしの浜面には到底できないことだった。(あの仕草は反則だよ…)しかし浜面の返事を聞いても納得がいかないのか、不安な表情は戻らない。沈黙が息苦しく感じた浜面は、何か話題を探す。「あ、クリスマスといえばプレゼントだよな…滝壺は何か欲しい物ないのか?」「欲しい物…?」「そう!高い物は買えねえけど、何か買ってやるよ」お財布の中はそこまで暖かくは無いが、滝壺のためなら気にしない。「うーん…」顎に人差し指を当てて考え込む滝壺。なんとも可愛らしい、愛おしい、このまま抱きしめてしまいたい。できるわけがない。と、浜面は滝壺の姿を見てあることを思いつく。「そうだ滝壺!服でも買おう!」「?」手はそのままで首を傾げる滝壺。「ほら、さすがにジャージだと寒いだろ?一応セーターもあるけど、別の物も買おうぜ」そう言って軽く笑う。「…うん」滝壺もつられて笑う。ようやく不安そうな表情が消えた。浜面が近くの店に入ると滝壺も後に続く。入った店は学園都市ほか、日本全国にチェーン展開している安いと有名な店だった。
(っと…入ったまでは良いが…)浜面は自分のミスに気付いた。センスが無い。今の自分の服装に自信があるかと聞かれると、どちらでもないし別にどう言われても構わない。だが、滝壺のような女の子の服を選べる程のセンスは自分に無いのは確かだ。かと言って自分から入ったにも関わらず、どうぞご自由にとはなんとも身勝手だ。(どうしたものか…)浜面が腕を組みながら考えていると、滝壺が何かを見つけたようで店の中を歩く。慌てて浜面が追いかけると、滝壺が見ているのは手袋の売り場だった。そこにしゃがみこんで、手袋をひとつひとつ見ていく滝壺。浜面はその行動がわからない。滝壺は既に手袋を持っているし、別に古いものでもないので買い換えるには早過ぎる。もしくは今のデザインが気に入らないのか。それだとしても、使える物があるのに新しい物を買うという行為は滝壺の性格からして考えにくい。嫌な例えだが、そうだとすれば自分なんてとうの昔に捨てられていただろう。とにかく理解できない滝壺の行動を見守っていた浜面だが、「はまづら、これ欲しい」と言われ、滝壺に差し出された手袋を見てさらに驚く。「お…おぉ?でも滝壺、これ男物の手袋だぞ、こんなデザインでいいのか?」「うん、大丈夫…」何が大丈夫なのかわからないが、とにかくレジへ向かう。浜面自身手袋は持っていない。もしかして、それに気を使ってわざわざ買わせようとしているのか。しかしそうだとすれば男のプライドとして少し悔しいものがあるのだが…(まぁ買うって言ったのは俺だけどな…)
支払いを済ませて少々落ち込みながら店を出ると、隣では滝壺が手袋に付けられた商品ラベルと戦っていた。「はい、はまづら」ラベルの取れた手袋を浜面に手渡す滝壺。やっぱりな、と落ち込みながらも滝壺の気遣いに感謝して右手に手袋をはめた。だが、滝壺は左手の手袋をなかなか渡してこない。疑問に思い滝壺のほうを見ると、彼女は自身の左手にさっきの手袋をはめていた。「え?」浜面はさっきから滝壺の行動がまったくわからない。もしかして、自分のように鈍い男じゃなかったら滝壺の行動の意味がわかるのだろうか。絹旗の言うように、浜面仕上に滝壺理后はもったいないのか。そんなことを考えてずーんと沈む浜面に、滝壺が声をかけた。「はまづら…」「ん?」浜面が顔を上げると滝壺は少し頬を赤らめながら、そしていつものしっかりと構えるような視線とは違い、目をチラチラと気まずそうに逸らしながら小さく言った。「右手…寒い…」「ん?え?」浜面は一瞬意味がわからなかったが、しばらくして言葉の意味が少しずつ理解できてきた。(つまり…これは…)すすす─と寒い左手をかわいらしい右手によせる。だが、あと少しで触れる、といったところで止まった。(本当にこういう意味なんだよな?)浜面の中に広がる大きな不安。その不安のあらわれか、浜面の左手はふわふわと二人の間を行き来している。しかし、その時きゅっ─と右手が左手を捕らえた。「─ッ!?」驚いた顔で滝壺に向き直る浜面。「…」滝壺のほうは無言のまま目を逸らすだけ。「…あったけーな」浜面は独り言のように言う。「私のほうが暖かく感じるから、はまづらは冷たいはずだよ?」「いや…あったけーよ」浜面は手に少し力をこめる。確かに小さい滝壺の手は冷たい、しかしそれに勝る何かが浜面の中を満たしていた。
しばらくは二人そろって幸せ気分で街を行くあても無くとことこと歩いていた。麦野や絹旗が見たら鬼の形相で「買い物は?」と聞いてきそうだが、今の二人にはどうでもよかった。相変わらず人の量は多く、対向する人と避け合いながら道を進む。滝壺は、手は繋いでいるが浜面の後ろに続くように歩いている。後ろの滝壺の様子を見ようと振り返りながら歩いていると─どん、と浜面の頭に向かいから来た人の身体が当たった。(あーこれはマズイかもしれん…)浜面は直感でそう思った。そもそも人が多いとはいえ、相手が気を付けていればここまで綺麗に当たるはずが無い。そして浜面仕上は知っている、綺麗に当ててくる相手と当ててくる理由を。「ってーな!どこ見て歩いてんだコラ!」(あーやっぱり…)浜面がゆっくりと視線を前に戻すと、柄の悪い男が3人立っていた。スキルアウト、浜面もそこに身を埋めていた。確かに社会的に見ればクズかもしれないが、居心地は良かった。「い、いや…すいません。後ろのこの子が気になってたもんで」「はぁ?すいません、で済む話じゃねーんだよ。あーいてぇ…これダメだ、慰謝料モンだわ」(はぁ…)やれやれ、と浜面は心底呆れる。このスキルアウト達にでは無い。過去にこのような行為をした自分にだ。ここまで腐った行動は無かったはずだが、他人の迷惑を考えずに騒ぐ暴れるの行動はあった。しかし今はこの場を切り抜けるのが最優先事項だ。滝壺が不安そうに手に力を込める。「え、あーそんなヤワな身体じゃないでしょう?はは…」「あー?俺の身体は一番俺が知ってるんだよ!さっさと有り金渡せや!」胸倉を掴まれた。これであと少しの言葉のやり取りで拳が飛んでくるだろう。別に自分が殴られるのは構わないが、自分がぶちのめされた後の滝壺が心配だ。(金なんか渡したら俺の命も危ないし、奪ったこいつらの命も危ないだろうからなぁ…)誰か仲裁に入ってくれる勇気ある人はいないか、と思った時に。ヒーローは絶妙のタイミングで、遠慮がちに入ってきた。「あのーちょっとよろしいでせうか?」浜面と男の間に入ってきたツンツン黒髪。にチョップが入った。「馬鹿野郎!そんなヘコヘコしてるとアンチスキルがナメられるじゃん!」警備員であろう二人。浜面はどちらの顔も見覚えがあった。というかどちらの顔も忘れるわけがない。「アンチスキルじゃん。恐喝してんならそれなりの対応させてもらうけど?」「…っち。おい、行こうぜ。兄ちゃん覚えとけよ」警備員と聞くなり引っ込むあたり、まだまだヘタレだなぁと浜面はくだらないことを思う。「さてと、だいじょう…あれ?浜面じゃん」浜面の知っている警備員、黄泉川愛穂は驚いた顔をする。「可愛い女の子連れてるからてっきり純情カップルだとばかり思ってたじゃん」「それってどういうことだよ!俺が滝壺みたいな子連れてたらやっぱり似合わないって事かよ!」半ば自暴自棄になって叫ぶ。「大丈夫。私はそんな浜面でも大丈夫」慰めるように言う滝壺に、浜面は天使を見たような気分になった。「それで、なんでお前がアンチスキルなんてやってるんだ?」浜面は男のほうに向き直った。「これはまー…いろいろとありましてね」言葉を濁す上条。それに何かを察したのか、それとも興味が無いのか、それ以上探求してくることはなかった。「それじゃ、俺らもう行くわ。今回ばかりはありがとうな黄泉川」「当然のことをしたまでじゃん。車盗るんじゃないよ」「しねーよ馬鹿!」
立ち去って行く浜面たちを見て、黄泉川は小さく言った。「アイツも変わったじゃん」「俺も思います」呟く上条に黄泉川は意外そうな目を向ける。「あぁ、そういえば知り合いだったのか?」「えぇ、ちょっと…」「何だろうね…恋のおかげなのかなぁ…」「本気で言ってます?」真剣そうに考える黄泉川がおかしく、上条は吹き出してしまう。そんな上条に軽く拳骨を下ろしながら「馬鹿!人は大切な人が出てきたら本当に変わるじゃん。上条もそんな人の一人や二人、いないのか?」言われて考えてみる。確かにインデックスは大切な人だが、今言っている大切な人とは少し違う。吹寄とか姫神とか、学校のメンツで考えてみるがイマイチしっくり来ない。どちらかと言うと、インデックスは人懐っこい妹のような感じで、吹寄や姫神は面倒見の良い姉といったところか。
「俺は音沙汰無しですよ」言ったあとで、美琴はどうなのだろうと考えたが、わざわざ訂正するのもおかしいので上条は考えるのをやめた。「ま、若いんだからこれからじゃん。何かあったら相談してくるといいじゃん」それなら最近のインデックスや御坂妹の意味深な発言を相談してもらおうとか考えたが、それはできなかった。肩口につけた小さな無線機のノイズをたてた。『至急!至急!本部から各隊へ。第七学区において能力者の暴走が発生。コードイエロー。能力者は電撃使い。付近を警邏中の隊員は速やかに現場に急行せよ』
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