晩秋の正午過ぎは釣瓶落とし。16時を表示するデジタル時計を、まだ明るい斜陽が煌々と照らしていた。女性看護師が「日光も大事ですよ?」と言って開けて行ったカーテンから容赦無く差し込む光線。それが動けない少年の網膜、視神経をチクチクと攻撃していた。「看護婦さん、早く来てくれよ………」右手で遮光するがあまり意味は無く、毛布を被ろうにも日光で暑いので被りたくない。「あーもー!ちくしょう」緩やかな八方塞がりの最中、少年は「不幸だ…………」彼の代名詞とも言える言葉を吐き出した。
「何が『釣瓶落とし』だよ。落ちねぇじゃないですか。ずっと止まっているじゃないですか」ぶちぶちと不満を漏らす少年。『自分でカーテンを閉められない』。それはある種拷問以上の辛さだった。吊り上げられた左脚を恨めしそうに睨むも、状況は不変だ。「だれかー………だれかいませんかー………」そんな都合良く誰かが来てくれるワケがない。そんなこと分かっている。分かっているが、『すがってもいいじゃないか』というのが不幸な彼の切実な叫びだった。コンコンそんな叫びが通じたのか、「おーっす!かーみやーん!」金髪にサングラスの友人、土御門元春が、何か袋をぶら下げて入って来た。返事も待たずに。
上条「うおっ!土御門!お前ノックしたなら返事くらい待てよ!」ビクッ土御門「いいじゃないか かみやん。俺と かみやんの仲ぜよ?」上条「いや、だから上条さんにだってプライベートやプライバシーはあるわけで土御門「知る権利だにゃー」ケラケラ上条「微妙に使い方間違ってんだよ!」土御門「ま、そんなことはどうでもいいんですたい」上条「良くねぇよ。上条さんには権利無しですか。No Rightsですか」土御門「おお!かみやんが英語使ったぜよ!」上条「バカにしてるのかバカにしてるなバカにしやがって」土御門「ま、そんなことはどうでもいいんですにゃー」上条「お前どうでもいいこと多すぎだろ」
土御門「ちょっと近くに用事があるから、見舞いに来てやったんだぜい」上条「用事?なんだよ用事って」土御門「余計な詮索は賢くないにゃー、かみやん」上条「はいはいそうですかー」土御門「…………ところで、かみやん」上条「なんだよ?」土御門「コレ、なにか分かるかにゃー?」上条「ん?袋の中身を当てろってか?」土御門「シュレディンガーじゃ無いぜよ?」上条「わかってるよ。う~ん、形からして、雑誌?」土御門「何の?」上条「う~~~~ん………幸せになれる10の方法とか……」土御門「切実だにゃー」上条「ほっとけ」
土御門「ヒント!エロ本だにゃー」グフフフフ上条「何っ!?エロ本だとっ!?」土御門「そうだにゃー。買うのに苦労したぜい」上条「ジャンルは…………メイドか?」土御門「不正解」上条「なんでそんな冷たく言い放つんだよ………」土御門「こんな薄っぺらい紙ごときでメイドさんの真の良さが伝わるワケが無いだろう」上条「なんで仕事モード入ってんだよ。てか早く くれよ」土御門「欲しがり屋さんだにゃー」ガサゴソ上条「うるせぇよ」土御門「じゃじゃーん!!」バッ!上条「うぉぉぉぉ!!それは………っ!」土御門「『オクサマ24時』シリーズ最新刊だぜい!」上条「くれっ!!早く!それをくれっ!」ウヒョー!土御門「…………さすがにキモいにゃー」上条「けっこう頑張ってテンション上げたんだよ」
土御門「ほれ」パサッ上条「おお!ありがとな!土御門」土御門「いいんだにゃー。じゃ」上条「えっ、もう帰るのか?」土御門「ああ、用事があるからにゃー」上条「そっか……あ、帰る前にさ、カーテン閉めてってくれないか?」土御門「……………かみやん、俺にその気は無いぜよ?」上条「俺もお前には劣情を抱かねーよバカヤロウ」土御門「安心したぜよ」シャーッ上条「お前の眼に上条さんはどう映ってるんですか………」土御門「ハハハッ、じゃーな、かみやん」ガラッ上条「おー、さんきゅーなー」
ピシャリとドアが閉まり、部屋には静寂が舞い戻った。手元には友が差し入れてくれたアダルト雑誌、『オクサマ24時』がある。以前青髮から貰った月刊誌の最新刊。歳上好きの上条に合わせた友人のチョイスである。そう、『名目上』歳上好きの上条の。「……………」「………土御門、ごめんな」そう言って上条は、まだ開いてもいない『オクサマ24時』をゴミ箱に放りこんだ。
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美琴「ぐすっ……ぐすっ………」ギュー絹旗「泣き止みましたか?御坂」ギュー美琴「ゔん。もう大丈夫」ズズーッ絹旗「良かった………それと、」ギュー美琴「ん?」ギュー絹旗「………超酸欠寸前なんですけど」ギュー美琴「えっ?ご、ごめん!」パッ絹旗「ふぅー……いいんですよ。元気になってくれて超何よりです」美琴「…………いつの間にか、立場逆転してたわね」絹旗「御坂が超錯乱したんじゃないですか」美琴「し、してないわよ!」絹旗「いや、いきなり『キモチワルイ、キモチワルイ』って」美琴「そんな外人みたいな言い方してないわよ」絹旗「正直、超ビビりました」美琴「でしょうね」アハハ…
絹旗「それにしても、超遅いですね」美琴「インデックスのこと?」絹旗「はい。普通トイレぐらいでこんなに超時間かかるワケないでしょう?」美琴「そうよねぇ………うん、ちょっと探してくるわ」ガタッ絹旗「あ、じゃあ私も一緒に」ガタッ美琴「あ、絹旗さんは席とっといて」絹旗「む………まぁ、いいですよ」美琴「ごめんねー、じゃっ」タタタッ絹旗「…………」「……………フレンダ、」「私、超吹っ切れましたよ」「だから、超心配しないでくださいね」「たまに泣いちゃうかもしれませんが、」「私は、もう大丈夫です」「…………独り言なんて、超らしくないですね」フフッ「フレンダ…………」
「うっ……ひぐっ……」トイレで一人、泣く女が一人。「ぐすっ………うぅ………」私はB子だ。B子やおばさんと、同じ目線を持っている。持っているはずなのだ。A子のように、女性に焦がれることはありえないはずのだ。なのに、「ふぇぇ………うくっ………」痛い。痛いのだ。存在すら不確かな『こころ』が。確かに、痛いのだ。
「……わた、しなら………」私なら。私なら、もっと優しくできるのに。私なら、もっとぎゅってできるのに。私なら、もっと上手く慰められるのに。私なら、私ならもっと絹旗よりも………そんな思考と共に、じわじわと傷口を広げるような痛みを伴って理解した。私は、最低な人間に成り下がった。絹旗最愛に向けられた、醜い、ドロドロとドス黒い羨望。御坂美琴に向けられた、醜い、ぐらぐら判然としない感情。それらが混ざり、ぐちゃぐちゃな心と脳をぐちゃぐちゃと揺さぶる。催した吐き気は心労か、嫌悪か。涙を拭う袖口は、非情なまでの冷たさに支配されていた。
その時、キィ………という古臭い木製のドアが、気圧の変化を伴い、鼓膜を揺さぶった。誰かが、入ってきた。誰かは分からない。分からないが、「……みこと…………?」名前を、呼んでみる。今一番会いたい人で今一番会いたくない人の名前を。「来ないで」という感情と「来て」という願望を込めた小さな、本当に小さな叫びに乗せて。それから一呼吸おいて、「インデックス?」「コンコン」という乾いたノックと共に、返事が返ってきた。それだけで、たったそれだけで私の心は臆病者のように怯え、跳ね上がった。
「インデックス? お腹、いたいの?」いつもと変わらない声。その普通さが普通では無いように感じる私は病気なのだろうか。何かを隠して『普通』を作っていると思う心は忌むべきものなのだろうか。「う、うん。ちょっと、食べすぎちゃったかも」声よ、震えるな。涙よ、流れるな。そう思えば思うほど、私の中の奥、『ココロ』と言われるものは、ぎゅうぎゅうと締め付けられる。痛みを伴う会話。それを続けなければならない苦痛。今、私の顔は醜く歪んでいるだろう。「もう。だから『やめときなさい』って言ったのに………」
「えへへ、ごめんねみこと」ごめんね、みこと。わたしは、わたしはそんなにキレイな人間じゃなかったみたいなんだよ。「早く済ませなさいよ。絹旗さんも心配してるし」その証拠に今、キヌハタサンに嫉妬してるもん。『みことが取られた』って。わたしのものでもないのに。ごめんね、みこと。でも、「ねぇ、みこと」これだけは、「ん?なに?」これだけは、聞かせて。「………みことは、」
「みことは、………………『A子』、なの?」「ーーーーーー!!」閑散とした狭苦しい女子トイレが、二人を呑み込んだ。
「みことは、………………『A子』、なの?」絶句。全身から嫌な汗が噴き出す。「…………いきなり、どうしたのよ?そんなこと聞いて」インデックスは知っていたのか。インデックスに知られていたのか。その現実が、私の頭をぶん殴る。ぐらり、と空間が歪んだ気がした。そんなことお構いなしに、「みことは、『A子』なの?」彼女は問うことをやめなかった。まるで機械のように、淡々と、ただただ無表情に感じられたそれは、私の思考をえぐり取った。真っ白な思考の原野を手探りで歩く。惨めに腰を曲げ、目を見開いて、ぱたぱたと両手を動かしながら、びくびくと。「…………質問の意味がわからないわ」必死の解答。やめてくれ。これ以上はやめてくれ。そう思えば思うほど、私は追い詰められてゆく。
「だから、」非情なまでに普通の、彼女の声。やめてくれ。それ以上はやめてくれ。やめ「みことは、レズビアンなの?」「ーーーーーーッ!!!」胃の腑に、ガツンと衝撃が走った。込み上げる吐き気、めまい、異常発汗。手足はガクガクと、唇はブルブルと震え目の前の現実を否定しようとする。言え。「違う」と、たった一言「違う」と。それだけで、それだけでいいんだ。たったそれだけで、何もかもが元のように回り始めるのだから。
「ぁ……う」必死に、言葉を集める。「ち……ぁぅ」さらさらと、砂漠の砂のように集めた言葉は手から地面へ。「アタシは、そんなんじゃ………」涙で砂を固め、一つ一つ、丁寧に拾い集める。「アタシは、レズビアンなんかじゃ………ない………からっ!」拳を握りしめ、隔てられたドアに向かって叫ぶ。まるで絞り出すように、苦しみながら、一言一言を紡いでゆく。「……………そう、だよね。やっぱりみこと、レズビアンじゃなかったんだね」一定のトーンで喋る彼女。無表情の声は、嘘つきな私を責め立てた。「当たり前じゃない。そんな気持ち悪い。じゃ、外で待ってるから」いつもの調子で彼女に言う。拳には力を、目には涙を。そのまま歯を食いしばって、トイレを後にした。
『アタシは、レズビアンなんかじゃ………ない………からっ!』御坂美琴が放った言葉。それを聞いた私は、言いようの無い安心感に抱かれていた。「レズビアンなどではなかったのか」と。「絹旗とは何も無いのか」と。彼女自身が、御坂美琴自身が放った言葉であるからこそ信用に足るものであった。「なんだか、寒いんだよ」ぽつり、と一言。私は、安心したのだ。ホッと胸をなでおろしたのだ。そう心の中で、頭の中で反芻する。
しかし、止まらない。止まってくれないのだ。「ううぅ………ぐすっ………」涙が。安堵したはずなのに、何か、何かが私をチクチクと痛めつけるのだ。彼女は、御坂美琴は『レズビアンでは無かった』のだ。それでいいはずなのに。なにもかもが元通りのはずなのに。「ふぇっ………うぇぇ………」何か、何かが私をぎゅうぎゅうと締め付けるのだ。「苦し、いよ………助、けて………」両腕で自分の身体を抱きしめ、ぶるぶると震える。寒さからか、わびしさからか。はたまた別の感情か。「助けてよ………ねぇ………」名前を呼ぶ。「助けて………とうま………」大好きな人の、名前を。
泣き止んだのは数分後だったと思う。表現が曖昧なのは、どれほどの時間が経過したか分からないからだ。何日も、何時間も泣いていた気もするし、ほんのわずかな時間だった気もする。「うわぁ、ひどい顔なんだよ………」腫れたまぶた、真っ赤な目、頬に刻まれた紅い筋は「私は泣いていました」と言わんばかりに、冷たい蛍光灯の光の下、主張をしていた。こんな顔を見せたら、2人を心配させてしまうだろう。そう思い、ばしゃばしゃと顔を洗う。湯は出るが、あえて冷水で。肌を切り裂くような冷たさが、今の私には心地良かった。
「ぷはっ!」顔を上げフェイスミラーで確認すると、まだほんのりと赤みのある目をしていた。ハンカチで顔を拭き、フードを深めにかぶる。見られないように、悟られないように。自分の心を隠すように。深く、深く。「よしっ!」いつもの笑顔を作り、気合を入れた。『らしく無い自分は、ここに置いて行こう』。そんな決意が見られる笑顔。それを『作った』。まるで呑んだくれのように自分自身を騙す。それに気づかないまま、トイレを後にした。
絹旗「…………ねぇ、御坂」美琴「……………」絹旗「これ、超どうします?」美琴「………………」絹旗「これ、超どうします?」美琴「二回も聞かないでよ」絹旗「御坂が超答えないからでしょうが」美琴「そんなこと、私に聞かれても………」絹旗「じゃあ!じゃあ…………私は、超どうすればいいんですか………っ!」美琴「…………ごめんね、答えられない」絹旗「この、この…………」絹旗「この超ポップコーンの山をどうすればいいんですか…………っ!!」美琴「いや、だから知らないって」
絹旗「そんな反応は あまりにも超薄情じゃないですか!?」美琴「『あまりにも』か『超』かどっちかにしなさいよ。そんな欲張り要らないわよ」絹旗「『超』は超口癖だから超いいんです!」美琴「『超』増殖してるじゃない。『超』が超増えて超面倒なことになってるじゃない」絹旗「超真似しないでください!」ウガー!美琴「それより早く食べちゃいなさいよ」絹旗「……………超手伝って、くれないんですか?」美琴「超ファイトっ」ガンバレ絹旗「さすがにLサイズソロは超キツイですよ………」
美琴「そもそもなんでLなんて買ったのよ」絹旗「今日は超一日中映画館にいるつもりでしたので………」美琴「へぇ、映画好きなんだ」絹旗「いや、超好きですけど、普通の映画じゃあ超ダメなんですよ」美琴「はい?」絹旗「超莫大な資金を超つぎ込んで作られたにもかかわらず、結果超クソになった超産業廃棄物並みの映画でないと私は超NGなんです。たとえば超ハリウッドが美琴「早く食べなさいよ」絹旗「人が超熱く語っている時に………」ムシャムシャ美琴「ごめんね。超超言い過ぎてて超めんどくさそうだったから、つい………」絹旗「サラッと超ヒドイこと言ってません?」美琴「気のせいよ」
絹旗「で、それは?」美琴「ああこれ?インデックスのポップコーンよ」絹旗「…………いや、超無理でしょう」美琴「何が?」絹旗「いやだって、インデックスってだいたい私と超同じくらいですし………」美琴「だから?」絹旗「いや、超食べられないんじゃ………」美琴「なんで?」絹旗「超おちょくってんですか」美琴「いやいや滅相もない」
絹旗「とにかく、インデックスにLサイズは超無理があります」美琴「いや、それがね禁書「ただいまー」美琴「あ、おかえりー」絹旗(なんかフードを超深めにかぶってますね………超見えてるんでしょうか?あれ)禁書「よいしょっと」美琴「おっさん臭いわよ」禁書「いやぁ、いっぱい出たんだよ」美琴「汚い話題に持っていかないで」絹旗「そ、それよりインデックス、そのポップコーン、超どうするんですか?」禁書「何が?」絹旗「インデックスは私と超一緒くらいの体系じゃないですか」禁書「だから?」絹旗「いや、超食べられないんじゃないかなーと」禁書「なんで?」絹旗「超おちょくってんですか」禁書「?」美琴「この子は素なのよ」
禁書「ねぇみこと。さいあいは何言ってるの?」美琴「早食いが見たいんだって」禁書「そういうことならそう言えばいいんだよ、さいあい」絹旗「そんなこと超一言も言ってませんが」美琴「制限時間は10秒ね、よーい………」絹旗「なぜ超始めるんですか。超誰も望んでいない事をなぜ始めるんですか。」美琴「スタート!」
小さな茶髪の少女は、息をのんだ。目の前で繰り広げられる、現実を超越した光景。まるで「カレーは飲み物」「パスタはおやつ」と言わんばかりの所業だ。銀髪の少女。華奢な身体をした、雪のような肌をしたシスターが、アメリカンサイズのポップコーンを小さな両手で持ち、ざらざらと、ざらざらざらと、天を仰ぎ流し込んでゆく。まるでキリスト教の大天使達が世界の終末のラッパを吹くような様子なで、少女は少女の顔よりも大きいポップコーンを、外人でも一時間はかかりそうなシロモノを、ものの数秒で、丸呑みしてしまった。
美琴「あー、ちょっとオーバーしちゃったわね」禁書「もももも!もももももも!」モシャモシャ美琴「ごめんなに言ってるかわからない」禁書「も~~~」シュン絹旗「」ポカーン美琴「絹旗さん?大丈夫?」絹旗「……………え?手品?」美琴「何が?」絹旗「いやいや超ありえないじゃないですか」美琴「だから?」絹旗「いや、だから超手品かなーって……」美琴「なんで?」絹旗「……もういいですよぅ…………」グスッ
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