とある世界の残酷歌劇 > 幕前 > 07

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常盤台中学第一講堂で生徒総会が行われていた頃。 講堂からは幾らか離れた場所、会議室では臨時の理事会が開かれていた。 理事は十名もいない。 彼らの経営方針は元より概ね一致していた。 こうして理事会を開くとなっても精々が二、三の打ち合わせ程度で他からしてみれば異常なほどに簡素なものだった。 舵取りをする船頭は多ければいいという話ではない。あれやこれやと好きに言い合ってその結果船が山に登ったではお粗末にも程がある。 それに策を弄し他者を陥れるような回りくどい真似をせずとも十分に富と名誉に溢れているような人々だったし、己の境遇に満足もしている。 だから本来、臨時の理事会などが行われるような事はなかった。 が、今回は話が別だ。 名門私立中学というブランド。豊富な資金援助と莫大な献金、そして学園都市の中でも群を抜いた学費によってその気風は維持されている。 その障害となるものは排除しなければならない。元来利益追求とはそういう類のものだ。 ブランドというものの武器であり敵であるものは風評。 実も勿論の事ではあるが、名が最大の武器なのは間違いない。 あれは素晴らしい。文句の付け様がない。ブランド名を出しただけで一目置かれる。そういう存在。 仮にその看板が失墜する事があればそれは破滅を意味する。 入学希望者は減り献金は滞り援助額も下がるだろう。煌びやかな校名を維持するにはそれだけで致命的だ。 だから今回の件、常盤台の二枚看板の片方、御坂美琴の失踪については早急に対応する必要があった。 彼女はアイドルだ。常盤台の名を維持するのに必要な超能力者という最高の看板女優。 もう片方、食蜂操祈と違うベクトルで彼女は表舞台で明るく華やかに踊るアイドルでなければならない。 彼ら理事会はそのために尽力してきたし、障害となるものはあらゆる手段で排除してきた。 勿論の事彼女自身の活躍もあるのだがそれは彼ら裏方によって支えられて出来たものだという事を忘れてはならない。 もっとも――裏の裏、真の闇たる部分までは彼らのような表の世界の人間が知ろう余地もないのだけれど。 そうして緊急の会合が催されたのだが。 部屋の中、理事会の面々は皆一様に無言だった。 それと言うのも無理はない。 彼らに突き付けられた歩兵用の軽機関銃の砲口が窓から差し込む真昼の陽光に鈍く輝いていた。 突然部屋に乱入してきた少女達は皆同じ制服を纏っていた。 他でもないここ常盤台の制服。揃いのブレザーの胸には校章のあしらわれたワッペンが縫い付けられている。 その手には格好には不釣合いな無骨な銃器。言うまでもなく如何に人を殺害せしめるかを追及した殺人の兵器である。                         あたまのなかみ 「流石、理事の方々は賢明ですね。大事な商売道具をぶちまけたくなかったら動かないで下さい」 そう冷たく言うのは少女達の内の一人、他でもない今回の理事会での話の中心であった御坂美琴――としか思えない少女だった。 何故そのような回りくどい表現をせねばならないのか。理由は幾つかある。 御坂美琴という名の少女は間違いなくアイドルだった。 芸能人のような目を見張る宝石の輝きには及ばぬものの、彼女はいるだけで場がぱっと明るくなるような、花のような少女だった。 だがこちらに銃口を向けている彼女は――それと同じ外見、声色をしているが、決してそのような存在ではなかった。 言うなれば造花。生花の形だけを抽出して作られた無機質の模造品。それも芥子花だ。 姿形こそ美しいもののその真は内から滲み出る麻薬の質に他ならない。容姿だけは素晴らしいのにその性質は如実に気配として現れている。 刀剣の類と同様の気配かもしれない。美しいその流麗な姿と同居する禍々しさ。つまり彼女の本質は自身手に持っているそれと何ら変わりない。 そしてもう一つ。 先に述べたものも真実として受け入れがたいが――こちらはもっと、気配などという朧気なものではなく確固とした実体を持っていた。 部屋に乱入してきた少女、十六名。 その内、四名が同じ――御坂美琴の顔をしていた。 世界にはそっくり同じ容姿をした人間が三人いるという。 確かにそうだったとしよう。だが四人もいるという事はそうあるまい。 先の気配と合わせ、目の前の少女らが『御坂美琴』だとは信じられなかった。 最もあり得る可能性としては、他者の認識を操作改竄する能力、または外見を変質させる能力に因るもの。 つまりは成り済まし。確かにこの街にごまんといる学生――能力者の中にはそういう異能の才を開花させた者もいる。 だが何故、とここで思う。彼女、もしくは彼が御坂美琴ではなかったとして、だからといって姿を変える必要性など皆無なのだ。 御坂美琴という存在がこの場に欲しくば一人で足りる。わざわざ複数用意しては偽者ですと公言しているようなものだ。 姿を変えたいのであれば彼女の姿でなくても足りるし、彼女に罪を転嫁したいのならば前述の通り一人で十分。 それに全員が揃って同じ顔、または違う顔というならまだしも、内の数人だけが同じ顔というのも疑問に思う。 つまりこれは多分、特に意味などないのだ。 たまたま借りた姿が御坂美琴のものだったとか、何か理由があって御坂美琴の姿に化けたとかそういうものではない。 これこそが彼女達の素顔なのだ。 少なくとも『御坂美琴の顔をした人物』が四人。同時にこの場に存在していた。 御坂美琴の姿をした一人がか細い少女のものだというのに片手で銃を構えたまま携帯電話をポケットから取り出し、短い操作でどこかに発信する。 「――こちら一〇〇三二号。鳥は鳥篭に、とミサカは短く手順を確認します」 それが符号なのだろう。鳥とは自分達の事で、鳥篭にとはこの場を制圧した事を意味する。 形ばかりのものではない、洗練された動きは間違いなく専門の訓練を詰んできた者のそれだ。 動きに乱れはなく、瞳の中に一点の曇りもなく、機械的にただ淡々と仕事をこなしてゆく。 実物を見た事がなくても容易に分かる――軍隊の動き。 一〇〇三二号と電話の相手に名乗った少女は少しの間通話口に耳を傾けていたが、 その後一言も発する事なく通話を切り、再び携帯電話をブレザーのポケットにしまった。 「それでは暫しの間お付き合いください。なおこちらには読心能力者がいます。どうか妙な動きはなさらぬよう、とミサカは事前勧告します」 彼女らが少女だけで構成された部隊という事にはそれだけの意味がある。 この街の子供達は皆、例外なく能力開発を受けている。ここ常盤台はその中でも選りすぐりの実力者の巣窟だ。 彼女らは一人残らず能力者。最低でも強能力者。中には大能力者もいるだろう。 軍隊において戦術的価値を持ち得るほどの強力な能力者。 それは謂わば、この場にいるのは十数人だというのに一個中隊、数百人規模の相手を前にしているようなものだ。 理事会の大人達――能力開発を受けていない平々凡々な普通の人間には太刀打ちできるはずもない。 加えて読心能力者の存在はこちらの動きは全て読まれているという事実を告げている。 助けを求めようともそれすら叶わず、彼らはこの狭い部屋に完全に閉じ込められていた。 ただ一人――この状況をどうにかできる者がいるとすれば。 「…………一つ、いいですか」 その人物もまた同じく異能の才、それもとびきりの才能を持つ者。 「どうぞ、とミサカは発言を許可します」 この場における指揮官なのだろう、一〇〇三二号と自らを指した少女に銃口を向けられたまま。 「あなたは、自分の知る……御坂美琴さんですか?」 理事長であり病気がちな祖父の代理としてこの場に出席していた海原光貴は彼女に困惑と嫌悪に揺れる渋面を向けた。 正直なところ海原には、この場を武力制圧された事よりも彼女の方が重要だった。 御坂美琴という年齢的には一つ下の少女。 海原光貴は自分が彼女に恋心を抱いている事を正しく理解していた。 だからこそ、他のあらゆる事象を無視して第一に目の前の少女の容姿に目が行った。 こちらに銃口を向けているというそれは認めたくないが紛れもない事実で。 だからと言って現実から逃避するような思考は持ち合わせていない。 今この場にいるのも彼女のためだ。 孫と件の御坂美琴との面識を知っていた祖父に、昨晩就寝直前に彼女の行方を知らないかと聞かれた。 その瞬間海原は彼女の身に何かが起きた事を察知し、全力で事件の解決に奔走する事を決断した。 驚嘆すべきはその決断力と行動力。中学生のものではない。 だが彼も大能力者。有象無象の溢れる学園都市の中では超能力者七名は別格とすると最高位の能力者だ。 念動力という至極ありふれた、平々凡々な異能の才をそれほどまでに高めた彼は間違いなく屈指の実力者だった。 希少性と運用の難易度から価値を付与された、例えば空間移動能力などとは比べ物にならない。 単純に言ってしまえば、空間移動能力者は自分を移動させられるだけで大能力者と認定される。 凡百の才をその位置まで持っていく事にどれほどの努力と才能を要したことだろうか。 だからこそ彼は自分と同様の、ありふれた発電能力の才でもって頂点へと達した彼女に惹かれたのかもしれないが――。 「少なくともミサカはあなたと面識はありません、とミサカは問いに対し明確に解答します」 一人称をして『ミサカ』と名乗る少女は自分と面識がないという。 それはつまり――。 「あなたは、……あなた方は、御坂美琴さんではない……?」 「はい」 確認に対する短い肯定に海原はこのような状況に置かれているというのに安堵の念を禁じ得なかった。 そう、自分の知る御坂美琴という少女はこのような真似をするはずがない。 それこそ天地がひっくり返るなどという奇想天外な出来事が成されでもしない限りありえない。 しかしだとするならば彼女達は一体――。 海原の脳裏に浮かんだ疑問に、問いもしないのに彼女は答えた。 「ミサカは、御坂美琴のクローンです、とミサカは簡潔に事実を解答します」 それは彼女にしてみれば先の肯定に続く言葉だったのだろう。 だが海原の得た僅かばかりの安堵を打ち砕くには充分なものだった。 「クロー……ン……」 それは人として踏み入れてはいけない禁断の領域。 万物の理に反す最悪の秘法。神の御業にこそ許される生命創造。 それが海原光貴の見た最初の闇。 学園都市という存在の深奥に隠されていた無謬の怪物だった。 「ご理解頂けましたら今度こそ、お静かに願います、とミサカはここであなたの頭を弾くのは不本意であると示します」 彼女は無機質めいた言葉で海原に突き付けた機関銃を軽く振りその存在を強調する。 これ以上の会話は不要、知る必要はない。目的は殺戮ではないが障害となるならば吝かではないと。 「待って下さい。もう一つ」 だが海原はそこで引き下がれるほど大人ではなかったし、何より想いを寄せている少女の名を出されてまで黙ってなどいられなかった。 「御坂さんは……あなた達の事を知っているんですか」 「はい」 返事は至極あっさりしたものだった。                    オリジナル 「そもそもミサカがここにいるのもお姉様の意思に因るものです、とミサカは補足します」 「御坂さんが……」 少女の言葉に嘘がないとすれば……彼女の言う御坂美琴と自分の知る御坂美琴は別人なのだろうか。 少なくとも海原の知る御坂美琴はこのような真似ができるはずもない。 だが――その言葉を決定的に裏付ける人物がこの場に現れる。 こんこん、と会議室の扉が叩かれ、返事も待たずに開かれた。 突然の事だったが部屋の中、銃を構えた少女達は誰一人として動こうとはしなかった。 それはつまりこの人物は予定内の来客で――。 「ごめんねーお待たせ。でも結局、時間通りかな?」 入ってきたのは長い金髪の、他と同じく常盤台の制服を着た少女と。 「…………あら、奇遇ですわね」 彼女に続く、小柄な少女。 髪を頭の両脇で二つに結った見覚えのある顔。 「御機嫌よう。ええと……海原さん、でしたっけ?」 どこか鬱々とした顔で白井黒子は海原に微笑んだ。 一瞬、何がどうなっているのか分からなかった。 けれど考えてみればこの状況は至極当然で。 御坂美琴が事の中枢に関与しているのだとしたら。 白井黒子、他ならぬ彼女が関わっていないはずがないのだった。 「白井さん……どうして……」 だがどうしても解せない。 白井は中学一年生。まだ幼いと言ってもいい年齢の少女だ。 その上、風紀委員に席を持つ彼女がこんな犯罪行為――いや、テロにも等しい所業を行うなどどうしても納得がいかない。 「どうして、と申されましても」 白井は鬱陶しそうに肩に掛かった髪を払い、首を傾げた。 「まさかまさか、お姉様のためのものだという以外にあるとでも思っているんですの?」 「っ……!」 矢張り、彼女は予想通り――。 「結局、アンタ何か勘違いしてない?」 白井の脇に立っていた金髪の少女が、一体何が可笑しいのか、にやにやと猫のように笑う。 「アイツを盾に取られてとか、アンタが考えてるような簡単な話じゃない訳よ」 彼女の言葉に海原は愕然とする。 まさかこれは、思考を――。 「ええ、読んでるわよ? 先にそう言ったじゃん」 金髪の少女は柔らかく微笑み、それから両手を二度打ち鳴らす。 「はいはいごくろーさまー。結局もうアンタたちは帰っていいわよーお疲れ様ー」 その言葉は背後の少女達、銃器を構えた常盤台の生徒らに向けられたものだ。 彼女達はそのまま無言で、入ってきた時と同じように無駄のない動きで教室を後にする。 ぱたん、と小さく音を立て扉が閉まる。 後に残されたのは海原ら理事会の面々と、白井と金髪の少女。そして御坂美琴と同じ顔をした四人の少女。 彼女ら能力者の部隊を帰したという事は、一つの事実を示している。 彼女達の仕事は終わった。もう用はない。 それが不要だというのならば、この目の前の少女は武装した能力者の集団以上の力を持っている。 あの一糸乱れぬ動きと機械的な表情はどこかSF映画にでも出てくるようなロボットを思わせる。 この場を単独で制圧できる者、かつ今までの状況、この場、彼女の外見から鑑みれば――。 「第五位……『心理掌握』……っ」 「ぴんぽーん大正解ー。アンタ、中々頭の回転は早いみたいね」 海原の唸るような声に超能力者の少女は拍手を送る。 「ふうん……へぇ」 ちりちりと脳の中に火花が散るような感覚。今まさに彼女の能力を受けているのだろう。 海原は不快感を隠そうともせず彼女を睨み付けるが、言葉を発することはできなかった。 思考を持つもの、他の獣の類は知らないが、自分が人という時点で既に彼女に敗北している。 彼女は精神と記憶を司る超能力者。海原がどれほど堅固な鎧を身に纏えたとしてもその能力に対しては全くの無力だ。 現に海原は少女達が銃を持って部屋に乱入してきた時から弾丸から身を守るように自身の能力で生成した力場の膜を纏っている。 が、それには一切干渉せずに彼女の能力は直接作用している。どのような仕組みに依るものかも分からず、海原にそれを防ぐ術はない。 そのような思考も彼女は全て承知の上なのだろう。先ほどからずっと含み笑いを絶やそうともしない。 ならば、と海原は開き直る。今さらどうこう足掻いても無駄な事だ。策も何もあったものではない。 こうして生きている以上思考は止められず、思考した時点で彼女に知られてしまう。 その精神性はさて置き思考の面では海原はただの中学生だ。無我の境地などに達する事など不可能で、ならばと腹を括るしかない。 そう決断した矢先。 金髪の超能力者の両目が僅かに細められ、蛇に這い回られるような悪寒がぞろりと肌を舐めた気がした。 「アンタ――中々面白いわね」 その言葉に白井は彼女に訝しげな視線を向ける。 当然の事ながら彼女には分かっているのだろう。 分かった上で彼女は黙殺し、そ知らぬ顔で視線を海原に向けたまま続け。 「ねえ。結局、一つ聞くけど、アンタさ……好きな女のために死ぬのと、好きな女を殺されるのと、どっちがいい?」 そんな究極の、最悪の選択を突き付けてきた。 「――――――」 その問いの意味を海原は即座に理解する事ができなかった。 彼女の言葉は一体どういう意味だ。 今この時、そんな問いを投げ掛ける彼女の思惑は分からない。 恐らく誰にも。『心理掌握』という能力を持つ少女の思惑など何人たりとも理解できるはずがない。 けれど投げ掛けられた言葉には相応の意味がある。言葉だからこそそこには何らかの意味が内包され自分に理解を求めている。 好きな女のために死ぬ。 好きな女を殺される。 究極ともいえる二択。どちらが正しくどちらが間違いという事もない。 ある意味ではどちらもが正しくどちらもが間違っている。本来その質問自体が狂っているのだ。 「一応言っとくけど、どっちも嫌ってのはナシだからね?」 金髪の少女は海原の瞳の奥底、心の源泉までも見透かすような視線で彼に笑い掛ける。 『好きな女』という言葉が何を指すのかくらいはどれほど鈍くとも察しが付くだろう。 自分が想いを寄せる少女の存在は自分自身が一番よく知っている。 なれば、だからこそ目の前の金髪の少女が、記憶と思考を司る超能力者がそれを知っていたとしても何ら不思議はない。 彼女のために死ぬ、という選択肢。これもいいだろう。 具体的な内容は兎も角としてそれが何を意味しているのかくらいはおおよそ見当がつく。 だが――好きな女を殺される、というのは、一体。       、 好きな女にであったならばまだ分かる。 しかし彼女の言葉はまるで――。 「それではまるで、あなたが彼女を殺すと、そう言っているように聞こえますが」 表情が引き攣っているのを自覚し、海原は声が裏返りそうになるのを抑えながら言葉を返す。 彼女が御坂美琴を殺すと言うのならば――海原光貴は彼女を捨て置けない。 それを分かった上で眼前の少女は問い掛けている。 彼女のためにその命を投げ出すか。 それとも何もせず彼女を殺されるか――あるいは、ここで自分を殺すか。 「ええ、その通りよ。でも間違い」 彼女は肯定しながら否定する。 相反する二つを同時に口にしながらもその言葉は正しかった。 「私は誰かを殺せるような能力なんか持ってない。結局、超能力者だなんて言っておきながら私はその程度でしかない訳よ。  具体的な暴力性なんて皆無で、私に出来る事なんてそれこそこの貧弱な身体のスペックに限られてる。  直接的な影響力なんて微塵も持ってない。誰も殺せないし、誰も救えやしない。  私の観測したこの虚構事象は世界の法則を凌駕する可能性なんて一片たりとも持っちゃいないわ。  どれだけ必死になろうとこの世界は微塵も揺らぎやしない。そよ風一つさえ起こせない最弱に一番近い能力。  私の夢想するファンタジーやメルヘンの介入する余地なんてありゃしないのよ。  銃で撃たれれば多分普通に、極当たり前なように死ぬでしょうね。、そんなどこにでもいる程度のガラクタ。  実際、アンタのその能力で攻撃されたら私なんてひとたまりもない。結局、私なんてその程度のものでしかないわ」 どこか砂糖菓子のような、毒々しいまでの甘さを感じさせる声で朗々と詠うように言葉を紡ぐ。 彼女は一体何がそんなに可笑しいのか、目を細め、喜悦の浮かぶ顔はけれど泣いているように見えた。 その甘言を弄す様はまるで人を籠絡する事こそ至上と謳う悪魔のようで。 「でもね、だからこそ私は今ここで、アンタの大好きな女の子を完膚なきまでに殺し尽くせる」 くつくつと、愉快そうに笑いを押し殺し彼女はそう断言する。 誰一人殺せない能力だからこそ。 今この場で最悪の選択を強いる事が出来る。 細められた青い目が海原を射抜き、赤い唇がゆっくりと開かれる。 蛭のように蠢く舌が紡ぐのは間違いなく呪いの言葉だ。 「その思慕も憧憬も執着も韜晦も情念も崇拝も悲哀も憐憫も、およそ記憶と感情と呼べるもの全て、アンタの想いの悉くを殺戮する」 それは即ち悪魔の戯言に等しい。 心――人の持ち得る最後の砦。死してなお誰にも侵される事のない神聖な場所。 だが、何人たりとも立ち入る事のできない絶対の領域だからこそ、虫の一匹すら殺せぬ彼女の能力はそこを蹂躙し尽す。 言うなればそれは魂の強姦に等しい。 人の域を逸脱しかけた、悪魔の所業に他ならない。 至極当然、自明の理である。 元より超能力者とは須らく人ならざるものに最も近しい者を指す。 そして何より――第一位『一方通行』よりも、第二位『未元物質』よりも。 彼女、『心理掌握』こそが現時点においてその座に最も近しいのかも知れないのだから。 「結局私は直接的に物理的に誰かを殺せるほどの能力を持ってないけれど、  アンタの抱える大事な大事な自分だけの現実に介入してそこにある木偶を破壊する事なんて造作もない。  さあ選びなさい。道化になって舞台に上がるか、それとも客席からも追い出されるか。たったそれだけ、結局、二つに一つよ。  好きな女よりも自分の方が大事だなんて、そんな悲哀も何もない事ぬかすようならアンタには観劇する権利すらない。  苦痛も快楽もなくアンタが大事だって言い張るそれを殺してあげる。そして何も知らぬままただのうのうと生きさらばえるがいいわ」 もっとも――果たしてそれが真に生きていると言えるのかと問われれば安易に首肯できるはずもないのだが。 そして海原も指先一つ動かせずにいた。 視線は彼女の青い瞳と交錯したまま。不自然に動悸は早く、握り締めた手の内にはじっとりと汗が滲んでいる。 なのに暖房のよく利いたこの部屋が何故だが凍えるように寒かった。                  、 、 、 目の前の少女の形をしたナニカは相変わらず嘲笑う猫のような視線でこちらを見ている。 「ちなみに、ついでに言っとくと、もしアンタが結局選べないだなんて巫山戯た事をぬかすようならアンタには生きる価値すらない。  この場で脳漿をぶちまけてあげるわ。銃のトリガーを引くくらいなら私だってできるんだから。ねえ、科学って素晴らしいと思わない?」 そう言って彼女はいつの間にか手にしていた拳銃を手の中で転がし遊ぶ。 金属光を持たないそれは一見子供の玩具に見える。だが強化樹脂で作られたそれは間違いなく人殺しの道具だ。 「あ、結局、選択肢三つになっちゃってるじゃん」 そしてまた彼女は可笑しそうに笑うのだ。 「さ、どれがいい?」 「ちょっとお遊びが過ぎませんか、『心理掌握』」 それまで沈黙を保っていた白井が口を開いた。 「わたくしはあなたの個人的趣味に付き合う気など毛頭ございませんの。  それにそもそもあなたの仕事はこの方々の口封じのはず。まさかお忘れではありませんよね」 「結局、口さがないわねえ。もう少しそのツンツンしたのじゃない表情を見せてくれると私としてもやりやすいんだけど」 「ご冗談を」 恐らく仲間であろう相手に親しみも気遣いもなく事務的な言葉を告げる白井に金髪の少女は肩を竦めた。 「ただまあ――心配しなくても大丈夫よ」 拳銃のトリガーに指を掛け、くるりと回して見せながら彼女は言う。 「もうやってるわ」 そう、既にこの会議室は彼女の手に落ちている。 元よりいた常盤台理事会の面々は、海原を除いて今まで誰一人として口を開いていない。 どころか、銃器を持っているとはいえ、異能の力を持っているとはいえ、見た目には中学生の少女ばかりが数名だ。 黙したまま大人しく座しているその状況こそが何よりも雄弁に彼女の力の威力を物語っている。 「……それについては理解しています。  ですが、でしたらそこの方は何故――」 生かしているのかと。 白井がそう問うよりも早く海原は動いた。 即ち第四の選択肢。 自分も、御坂美琴も殺させはしないという覚悟。 そう、彼女自身が言っていたではないか。 彼女は最弱の超能力者。事の元凶、彼女を殺せば――。 殺人の忌避は拭えないが、機械の如くに感情を凍らせ海原は無感情にその能力を行使する。 まだ死にたくはないし、それ以上に心の内にある彼女への想いを踏みにじられるなど許せるはずがなかった。 魂を犯されるなど断じて許せるはずがない。 ある種の生存本能。 海原光貴は発作的に、あるいは自動的に凶悪極まりない力の奔流を彼女に叩き付け――。 「……本っ当に救いがないほど愚かしいわねアンタ」 口調とは裏腹に彼女は優しげな微笑を海原に向ける。 ――その顔はいつまでたっても笑顔のままで。 「でもまあ、及第点ってところかしら。逃げたりとか、気絶させる程度に抑えるとか、そういう妥協案に走らなかったんだから。  結局、それが正解。私みたいなのは最低限殺そうとでもしなきゃどうしようもない。中々にいい殺意だったわよ。ごちそーさま」 「――――」 何食わぬ顔で平然と笑顔を向ける彼女に海原は戦慄する。 自分は間違いなく彼女を殺そうとした。そしてそれだけの力があった。 「どう――して――」 「当然でしょう? 私が誰だか忘れたの?」 なのに彼女は――掠り傷一つ、髪の一房も揺らす事なく、目を細めて笑っている。 「結局、アンタの能力を使えなくする事くらい訳ないのよ」 『心理掌握』とは単なる精神感応系能力の頂点というものではない。 絶対服従の精神汚染も。 魂を侵食する人格否定も。 人生を割り砕く記憶改竄も。 その能力の一端、余波程度のものでしかない。 「確かにアンタは今、正しく演算して正しく能力を発露させようとしたわ。  間違いなく私を殺せる威力と明確な意思を持って。そこには私の能力の介入する余地はない。  だったらどうして――って、凄く単純で簡単な事。たった一つのシンプルな答えよ」 異能の力を発現させるという点においての基本中の基本。 最根源。全ての能力の共通事項。 誰もが持ち得ながら誰もが無意識に無自覚に忌避しているもの。                  げんそう 「結局、アンタは今、私を殺す現実を観測したのかしら?」 「まさ、か――」 そう――これこそが『心理掌握』。 「これが私の――幻想殺し」 最弱故の最強。 超能力者第五位の真価とは即ち。                                        キリングフィールド 「現実じゃ私は何の力も持たないけど、精神と記憶、心の扉の内は私の独壇場って訳。  結局、幻想にしか生きられない私は幻想の中でなら万能の存在となる。アンタだけの幻想なんて容易く殺せるのよ」 能力の根源、世界法則に反した特異点を観測する固我。 たった一つの絶対的な現実を観測する狂気すらも彼女の手の内。        パーソナルリアリティ たとえそれが自分だけの現実であっても例外ではない。 故にこその心理掌握。    げんじつ 相手の幻想を無慈悲に握り潰す見えざる掌こそが彼女の力だ。 「じゃ、改めて訊くけど」 手の内で転がしていた拳銃を握り直し、銃口をぴたりと海原に向け彼女は尋ねる。 「好きな女のために死ぬか、好きな女を殺されるか。それともここで死ぬ?」 「…………」 その問いに海原は答えられない。 答えなど出せるはずがない。 けれど、だからこそ答えなど最初から一つしかないのだ。 「…………そ」 小さく呟き、そして。 彼女は躊躇いもなく引き金を引く。 バスッ、と気の抜けるような発射音と共に弾丸が銃口から狙い通りに海原の額目掛けて射出される。 念動力の異能を持ち銃弾程度であれば意にも介さず防げる彼の能力も今は『心理掌握』に封じられている。 弾丸は遮るもののない虚空を突き進み――。 ぱちん、と小さな音を立てて跳ねた。 「…………」 「おもちゃ、よ。ばーかばーか」 けらけらと笑う金髪の少女はプラスチックの塊を海原に向かって無造作に放り投げる。 咄嗟にそれを両手で受け止め、海原は眉を顰め傷む額に指を遣り軽く擦った。 「ま、これでも本物だって信じ込ませれば死ぬんだけど。プラシーボ効果って知ってる?」 「……あなたは、もしかして」 何かを口にしかけた海原を遮るように彼女は手で制し、それから人差し指を立てる。 「結局、まだ言っちゃだーめ」 指を立て口元に添えるとおどけるように片目を瞑った。 「いいわよ。結局こんなのモラトリアムも同然だけど、そういうの嫌いじゃない訳よ。  まだどうにかできるなんて希望を持ってるならその幻想が殺されるまで精々足掻いてみるといいわ。  捕らわれのお姫様を助けて目覚めのキスをしてやれるっていうならそうすればいい。  でも先に言っとくとね――あれは完全無欠にどうしようもないわ。あの子はもうとっくに完結してる。  それでもアンタがヒーローになれると思い上がってるなら好きにすればいいじゃない。  頑張りなさい王子様。結局、ここで降りた方が、あるいは幸せだったかもしれないのに」 「人の幸福を勝手に決め付けないで下さい」 今度ははっきりと海原は言い放った。 「――いい殺意」                               、 、 ぱちん、と彼女が指を鳴らすと同時、海原の中に何かが形を取る。 それは漠然と得ていた喪失感をパズルのピースが空白を埋めるようにぴったりと型にはまる。 「結局、感謝しなさいよね。ここで私を殺してたら、本当にもうどうしようもなくなってたんだから」 「……あなたの言う事はどこまでが嘘でどこまでが本当なのか分かりませんよ」 「じゃあ私を殺してみる? 今度は止めやしないわよ」 「……それは本気で言ってるんですか」 「さあね。結局、私にも分からないわ」 おどけるように嘯く彼女の笑顔に海原は、結局何も出来なかった。 「はーいそれじゃあ撤収ー」 ぱんぱん、と二度彼女が手を打ち鳴らす。 それを合図にずっと沈黙していた同じ顔をした少女達が会議室の扉を開け音もなく姿を消す。 それに続くように理事らがのろのろと立ち上がり、ゆっくりと部屋を出ていった。 後に残るのは三人。海原光貴、『心理掌握』と、そして白井黒子。 「ようこそ地獄へ。結局、後戻りはもう出来ないわよ」 笑顔を浮かべる彼女は気違い猫と同じ。 何を言っても素通りに、口から吐かれるのは妄言と区別が付かない。 「女王様が首をお刎ねと言ったら、アンタはそれができる?」 できる、と。やってみせる、と海原は口には出さず決意する。 万に一つもない望みだったとしても『彼女』を救ってみせると固く誓う。 そのためならどれほどの犠牲であっても厭わない。 例え自分の身であろうとも――そういう事だろう。 どちらか選べ、と彼女は言った。 どちらもなどと都合のいい事は言えない。絶対的な優劣を付けろと、そういう事だ。 二兎を追えるほどの生半可な状況ではない。どちらも取り落とす事さえある。 親兄弟だろうと無二の親友だろうと殺してみせる。 彼女を救うためなら自分でさえも殺してみせる。 ただこの魂だけは、と。何も言わずに胸に秘めたまま。 そして海原は金髪の少女を見遣り、彼女と目が合った。 相変わらずの得体の知れない笑顔はどのような感情を表すものなのか。 海原にはその一端さえも理解できなかった。 歓喜。嘲笑。慈愛。憐憫。楽観。ともすれば泣いているようにさえ見える。 その真意は推し量れなどしない。 ただ彼女は一言。 「――結局、いい殺意」 そう言って笑うのだ。 「それじゃ私達もさっさと――あれ?」 白井の空間移動能力で、と言い掛けて、彼女の姿が見えない事に気付いた。 少し見回すと机の陰から白井が立ち上がるのが見えた。 「アンタ何してんの?」 もう一人の少女は対照的に露骨に嫌そうに眉を顰め、何かを手渡そうとするように右手を差し出す。 「遊ぶのはもう結構ですけれど、せめて後始末くらいはご自分でなさってくださいな」 摘み上げたのはオレンジ色の小さなプラスチックの弾丸。 それを受け取る彼女は悪戯の見つかってしまった子供のように笑っていた。 ―――――――――――――――――――― [[前へ>とある世界の残酷歌劇/幕前/06]]        [[次へ>とある世界の残酷歌劇/幕前/08]]

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