拝啓 弥生三月春はあけぼの様へ

この糞暑い八月が誕生月なのだと思うと嫌になります。あなたのように春木の芽時、こころが何やら落ち着かぬ頃に生まれていたらさぞ気分も良かったのにと思う。
しかしながら三月生まれというのは、いつも背伸びしていなければないらない運命にあるようで、さぞかし大変な学校生活でしたかね?
ほぼ一年も成長度が違う四月生まれの子供たちと一緒に学校生活を送るのはどうだったんでしょうね。
まあ本人はさほどに覚えてることも少ないのでしょが、それでも知らず知らずのうちに生き方にまで何かしらの影響があったのではないかと思うのは、他人のあらぬ想像というものでしょうか?

いえ、今日はそんな生まれの月について話すつもりはないのでして、もっと大事な、どうしても伝えて置きたいことがあるのです。
伝えて置きたいなどと言ったところで、この一文駄文戯れ文があなた、弥生三月春はあけぼの様に届くなどは有り得ないのですがね。
あなたが仮りにこの手紙を目にすることがあったにしても、私、葉月八月夏草に寝そべってる男が、弥生三月春はあけぼの様が知る葉月八月夏草に寝そべってる男が私である保証などどこにもないのですが…

あれからどれほどの月日年月が二人の空を経巡ったのかと想い巡らせ詩文に浸る夜もあるなどと言ったらお笑いになりますか?
ときに涙する秋の夜長や白いほどに白いあなたの肌のような湖畔の雪景色に目を奪われ止る時間に張り付いている私がいたりするなど、想いも及ばないでしょうね。

たったひとりで想いが溢れる夏の汗混じりビール旨き夜風の窓越しにあなたと会話する私がいるなんて信じられないですか?

 どこにいます?
 もう探せません…
 せめて…
 などは申しません

まあ、これでいいのでしょうかね。実は胸が張り裂けんばかりに内側が醗酵熟成し過ぎて膨らし子。
そうそうあなたを写したフィルムが見つかりました。写真ではありません、ビデオです。あなたが青い空からジャンプして深い白い谷へと落ちてゆく姿が映っているのですが、なにやら両手を広げながら叫んでいたんですね、あのとき。知りませんでした。いえ、谷へ向かってジャンプしたのは覚えているのでしたが、あの叫び声には気づかなかった。
死ぬぅ~!と叫んだのでしか?あるいは、しねぇ~!と叫んだのでしたか?
それが知りたいと思って打鍵しているわけでして、ただこの駄文戯れ文一文があなた、弥生三月春はあけぼの様に届けばの話。

なぜ弥生三月春はあけぼの様であるあなたが青い空から飛び出したのだったか、つらつら懸命に思い出そうとしているのですが、どうしても定かではないのです。
思い出せるところまでなんとか辿ってみようと考えてますが、うまく行くかどうか…。
あの日、ふたりでボードを担いで山を登ったあの日ですが、前の日まで雪が何日も降り続いていて青空など望めないと諦めていたのでしたね。
勿論ふたりだけの旅ではなかったのでしたが、ルイズ山の頂上まで行けるのはグループではあなとわたし二人きりでしたから、必然、行動はふたりがいつも一緒のリフトなのでしたね。
最終リフトを降りたときの眼前に拡がっていた景色は思い出しても息が止まります、息を呑みます、息が出来ない。
顔を見合わせて声も出せず、ただ笑みを交し合うのが精一杯で、お互いの肩を叩き合って興奮したのでしたが、覚えてますか?
後から後からリフト客が降りてきて同じように興奮していたものでしたね。
切り立つ雪の絶壁に立ちながら、どちらともなく顔が近づいて、それはそれはロマンチックなこと。長ぁ~い接吻キスアラレは亀田のお煎餅のようなわけには行きませんでした。まあ、つまりそんなことはなかったのでした。弥生三月様の名誉のために嘘はいけません、嘘は…ははは。
リフトから先にはまだ高所があって、そこにはリフトは接続されていなかったので、ふたりボードを担いで昇り始めたのでしたね。
元の標高が高いのでかなり苦しい登攀でしたが、頭上に拡がる奇跡のよな青い空に誘われ苦しさなど人生あちこちに投げ捨てて来た罪のことを振り返るなら当然の罰のようなもの。
あの登攀の息苦しさを当然のものとして受け入れていた弥生三月様も抱えていた罪とはなんだったんでしょう?

登っても登っても見えて来ない頂上に不安になって、もうこの辺りからでいいよと言ったのに、答えることをせずに私を追い越して登っていくあなた。
すれ違うあなた目と私の目が合ったとき、わたしはあなたの目を注意深くあるいは一瞬の永遠のように覗き込んだのでした。
あなたの目はなぜ?という目をしていた。
いえ、ココまで来ていながらどうして登らないのという非難の目を弥生三月春はあけぼの様がしていたという意味ではなく、
あなたの目はなぜこれほどまで美しいの?と思った私の発するなぜ?の話。
あなたの薄いどちらかといえば灰色に近い色をしたハーフなアイリスに拡がるカオス・フラクタルの美しさに胸が痛かった。この世にこれほど美しいカオスがあるだろうか?
この世にこれほど胸が痛くなるフラクタルがあるだろうか?
この世にこれほど叶わぬ恋があるだろうか、というのは蛇足。
蛇足?蛇に足などあってなるものか!いや待てよ、蛇に足があったなら蛇を毛嫌いする者は居なくなってくれるだろうか?
ああ、愛しの蛇クン。
足などないからこその蛇クン、元気でいてね。
と、ひとまず蛇足。実は書き疲れていて、このお話の続きを打つのが面倒になっている。
いえ、話はちゃんとあるのですよ。だってジツワですから。
実は…。

頂上に着いたときの空の奇跡、白い峰の奇跡は言葉にしようもないほどでした。
息切れが嘘のように鎮まっていき、ゆったりした気持ちがすべてを許し。すべてに許されていた。
零下20度はあったのに身体からは湯気が立ち上り上着を脱いで暫しの休憩。
白い頂上から見える奇跡のパノラマを前にして、何かに導かれるようにしてあなたの目を再び覗き込んだ私は、奇跡に包まれた頂上にいてもうひとつの奇跡に出遭ったのでした。
わたしはあなたに背を向けて不覚にも今にも涙を流そうとしていたのでした。行くわよ、という声を聞いても振り向けずにいたのでした。
直ぐにでも振り向いてそのこと、涙だ出るよぉ。と言えば良かった。言ってしまえば良かった。そこがわたしの優柔不断、後悔の源泉。
言っておけば良かった。言っておけば後悔などせずに済んだかも知れないのに…。

行くわよ!
うん...
何してんの、行くわよ!
うん...
ひゃぁあほぉ~!

涙を一粒流して満足した私はようやく振り向いたのですが、
あなたは、ひゃぁあほぉ~!と歓喜の声を上げたと思ったら、白い頂上から青い空に一度飛び着いて、あっけなく真逆さまに白い谷へと吸い込まれて行ったのです。

弥生三月春はあけぼの様、どうしていますか?
あの時以来会えないでいる私は、あなたの奇跡のアイリス・フラクタルな目を思い出さずにいられません。
そしてグングン白い谷に吸い込まれていくときあなたは幸福だったのでしょうか…
しぬぅ~!と言ったのだったか、しねぇ~!と言ったんだか…

青い空を掴めもせず、白い谷に飛び込みもしなかった後悔だらけの、葉月八月夏草に寝そべって馬鹿な涙を流してしまった私より。