あの日、俺は東北自動車道を北上していた。何日か前に太平洋上で発生した大型の台風が列島に沿って北上する俺を追いかけて来ていた。追いつかれる前に津軽海峡を渡リ切り函館に着くことだけをあの日は考えていた。青函を繋ぐフェリーが欠航にならない内に渡りたい。
 雲が東から西へと流れていた。追いかけてくる台風の渦の端がこのあたりまで達しているのだ。
 俺は計算した。時速100キロ超で走行しているのだから、なんとか台風より先に函館へ行くことが出来るはずだと。ぎりぎり欠航前には乗れると踏んだ。だが、フェリーに間に合ったにしても、相当に海は荒れているだろうから、激しい船酔いだけは覚悟しなくてはならない。心配はそれだけだった。
 別に急ぐ旅ではないのだから、台風が過ぎてから海峡を渡ってもいいのだが、俺は賭けていた。誰と何を賭けているというのではない。台風と競うことに何か意味があるに違いないのだと言聞かせた。幸運を呼び込むためには、どうしても台風に勝たなければならないのだ。
 人生を変えようと決意した俺は、新しい生活をどうしても北海道で始めたいと考えた。東京の同業者から紹介してもらった仕事に飛びついた。なんで北海道なんだ。東京での暮らしが嫌なら、山梨でも長野でも群馬でも栃木でもいいじゃないか。わざわざ北海道を選ぶことはないだろう。などと言われたが、俺には北海道以外での生活は考えられなかった。冬が長い土地での暮らしは俺の生命力のためだ。生きる力を与えてくれるのは冬なのだという確信。話は半年前に遡る。
 三月末に俺は東京での仕事を辞めた。そしてカナダのバンフへとスキー旅行に出かけた。ビザぎりぎりまでカナダにいるつもりだった。あわよくばそのまま向こうに住み着いてもいいと思いながら。実際には二ヶ月あまりで帰国したのだったが。出かける前に英語の聞き取りやら簡単な会話を勉強したが、まったく役には立たなかった。何を言っているのかサッパリ聞き取れないのだ。ところどころ理解出来る単語は出てくるものの、その単語のところで停滞してしまって文脈などどこかへ飛んで行ってしまう。それでも何とかアメリカでの二回の乗り換えを無事に終えてカルガリー空港に着くことが出来たのは奇跡のようなものだ。何人かの日本人も同じ飛行機に乗っていたのだろうが、記憶はない。
 カルガリー空港に迎えのスタッフが来ていることを俺は忘れていた。緊張していたのだろう。出口を出たところで、「あなた、○×さん、ですか」と声を掛けられたが、おそらくそのカナダ人が俺をホテルまで案内してくれるガイドだったのだろう。迎えがいることを忘れていた俺には、そのカナダ人の発音する「○×さん、ですか?」という発音が、明らかに俺の名前でないと思ったから、「違う、ノー!」と言って過ぎてしまったのだった。迎えの人間が手配されていたことに気づいたのは、それから何日か経ったスキー場でのことだった。山頂に立った俺は、雄大なカナディアンロッキーの峰々を眺めているときに、突然思い出したのだ。あ、あの男・・・ガイドだったか。俺はスキー板を履いて立つゲレンデの頂上で大笑いした。 (中断・・・いつものことだ)