『XOXO -God Bless You-』


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誰かが脱ぎ散らかした靴に、さっきまで被っていた季節外れのかぼちゃの着ぐるみ、漂う珈琲の香り。
カチャカチャと食器がぶつかる音、そして五人分と一頭の寝息。

誰かの誕生日だったわけでもないし、特別祝うような出来事があったのでもない。
高橋さんが突然「みんなでわいわいやりたいなぁ」って言い出して、聞いた途端に久住さんとジュンジュンが騒いで、
いつもは止めるはずの新垣さんも「いいねぇやろうよ」なんて言ったものだから、みんな一気にその気になって急遽パーティが行われたのだ。

高橋さんが今日新しく仕入れてきた豆で煎れた珈琲を、亀井さんは一番最初に飲もうとして舌を火傷していた。
ジュンジュンと小春は珈琲に入れる砂糖の量で言い合いをして、リンリンが的外れな解決策を提示していた。
普段メンバーの前であまり騒がない田中さんは、高橋さん不在のリゾナントを仕切った達成感からかテンションがおかしかった。
そして、そんな田中さんを道重さんと亀井さんがいじり倒しているのも見かけた。
自分は、いつどんな目的で購入したのかを小一時間問いつめたいくらいのかぼちゃの着ぐるみを着せられた。

新垣さんは最近買ったデジカメでそんな光景を撮りためて、「現像しといて」って久住さんに頼んでいた。
その光景を見た高橋さんは「別に小春使わんでもコンビニで出来んのに」と笑っていた。


たいして面白くもない話に泣けるぐらい笑えたり、誰が言い出したか“おおきなかぶ”ならぬ“おおきなかぼちゃ”ゲームで引っ張られたり、
着ぐるみに対抗したかったらしいジュンジュンがパンダ化したり。

閉店時間からぶっ続けではしゃぎ回っていたからか時計の短針が頂点を過ぎる頃には、圧倒的スピードをもって夢の世界へと飛び立った亀井さんを皮切りに
ドミノ倒しのように連鎖が生じた結果、現在残っているのは高橋さんと新垣さん、そして自分だけだった。

幸せだ。
何をもって“幸せ”と定義するのかはわからないが、それ以外の言葉で今の感情を表す術を自分は知らない。
ただただ、幸せだった。

「ジュンジュン半分戻ってきとるで」

お皿を洗う高橋さんがあごで後ろを指す。
振り返ると上半身は人間のそれであり、白黒の毛に覆われた腰から下の部分に田中さんの頭をのせている姿が見えた。

「これどうにかしないと田中っち起きたとき大変だよ」
「間違いなく『この変態がっ!!』って殴り倒しそうですよね」
「視えたん?」 
「いえ、ただの予想ですけど、でもこのまま放置したら絶対そうなりますよね」



ほんの少しだけ意識を未来にとばしてみるけれど、どうも霧が立ち込めたように不明瞭なビジョンしか視えてこない。
視えたところで、まっ裸のジュンジュンがKOされるだけの映像なので別にどうでもいいのだけれど。


「ガキさん出番や」
「はぁ?なんのよ」
「ここは一つ精神干渉でどうにかしてもらおうかと」 
「断る」
「なんでやぁ~無駄な血が流れんで済むんよ?もしかして…」
「もしかしても何も無いから。はい、珈琲おかわり」

ノリで言ってみただけやのに…なんてぶすくれながらも、きちんとカップを受け取ってドリップを始めるところがさすがはマスターなのか、新垣さんの扱いが上手いのか。


「ふっ…わぁ」

「愛佳も寝てええんよ~」
「ここ狭いけど…横になる?」

他のメンバーの勢いに隠れてはいたものの、二人だってそこそこハメを外していた。
それなのに最年長組である二人には少しもまどろむ気配が見えない。一番若いはずの自分ですらだいぶ限界にきているというのに。

「まだまだいけますって、だいじょぉ…ぶです」
「いやいや途中あくび挟んでるから。カウンターきつくない?」
「それは全然大丈夫ですけど、えーー」
「えーーじゃないから。ほら風邪引かないように、ね?」

そう言って新垣さんは上着を掛け、微笑みながら頭を二回なでてくれた。

瞬間、一気に自身を襲う眠気が強くなった。

「それじゃお先に…」

失礼します、まで言いきれたどうか自信は無い。
ただ、くしゃっと笑った高橋さんと、暖かい佇まいをした新垣さんから“おやすみ”とだけは伝わってきた。
そしてそれがリゾナンター全員に共鳴していくのを感じられたところで、静かにまぶたを下ろした。




「時間は?」
「里沙ちゃん次第やね」

そう言って愛はカウンターを飛び越えた。既に予定の時刻を過ぎてはいたが、ここに不備があっては全てが台無しになってしまうからには丁寧にならざるを得ない。


終わりがここから始まるのだから。


「とにかく私は愛佳に集中するから、あとのメンバーが起きないか見張っててよ」
「わかってる」

視界の端で愛がメンバーのずれた毛布を直すのを捉えたと同時にまぶたを閉じ、意識の触手を愛佳の精神に侵入させる。
メンバーに対する信頼感からか、無防備に眠り続ける標的に侵入するのはいとも容易いことであった。
パーティーの続きを夢見る表層を抜けて、紫色に輝く中枢部に辿り着く。目的は意識の占領ではなく、能力の阻害であるからにして、これ以上深く潜る必要性は無かった。
中枢に触れぬよう、しかし確実にその周囲に雲を浮かべる。一重、二重、三重に連ならせ、光が漏れ出ぬようになれば任務完了である。


これであたしの力が続く限りは、予知は使えない。


二人だけで行動を起こすと決まった際に、最も危惧したのは愛佳の未来予知能力であった。
私たちの行動を事前に知られたのでは、実行に移す前に潰えてしまう。
万が一に備え、本格的に実行する一週間以上前から“仕込み”を始めてはいたものの、それは予想以上に功を奏していたようだった。
あとは各メンバーそれぞれの、愛と里沙に対する共鳴回路に障壁を設けるだけ。


「これ今日の…」

最後の対象であるジュンジュンの意識世界から帰還し顔を上げれば、愛が一枚の写真を眺めていた。
それは紛れも無く私が9人で過ごしている時間を切り取ったもの。

「小春の足のとこに落ちとったんよ」
「現像してくれてたんだ…」

光沢のある表面をゆっくりと指でなぞる。
目もつぶって、馬鹿みたいに口開けて、写りがいいとはお世辞にも言えないが、それは間違いなくここに存在していたという証明だった。

私が私であった、最後の証明。


「ガキさん、ほんなら行くで」
「ちょっと待ってて、すぐ終わるから」

せかす声を背で聞きながら、カウンターに置かれていた伝票用のペンを握って先を滑らせた。

「なん書きよったん?」
「帰ってきてからのお楽しみ」
「帰ってこれんやったら?」
「覚えてたら教えてあげるよ」
「なんやそれ」
「よし、行きますか!」
「あ、ちゃんと場所教えてくれなわからんから」

写真に書き込んだ、たった四つの文字。
今の自分に出来る最大のメッセージ。

「わかってる。それじゃ、お世話になります」

重ねた手のひらから手のひらへ、目標移動点の座標を伝え、目を閉じる。
刹那、身体の表面に緩やかな熱を感じた。
床が抜けるような感触がした次の瞬間にはもう、あの珈琲の香りはもうどこにも無かった。