『モーニング戦隊リゾナンターR 第??話 「Wingspan の世界:闇の翼(4)」』



                                ←back


どうして? 完璧にセットした筈なのに。

不発に終わった爆弾を手にするマルシェの目の前では、愛の首を鷲づかみにした“彼女”が起き上がっていた。
“彼女”は右腕一本で愛の身体を高く持ち上げると、床に叩きつけた。
バキッ。
何かが砕ける音がした。

マルシェの心臓が波打つ。

彼女の右腕が関節の部分で折れ曲がっている。

―愛ちゃんが床に叩きつけられる時に、“彼女” の右肘を固定した状態で倒れ込んだんだ。

自らの力と愛の体重を一点に受けた右腕は曲がってはいけない方向に捻じ曲がっている。
そんな状態でも“彼女”は何の痛痒も感じていない。
立ち上がれず咳き込んでいる愛に壊れた右腕で打ちかかる。
壊れた右腕がぶらんと空を切る様は滑稽で哀しかった。
“彼女”は右腕を諦めたのか、左腕を振り上げる。
その左腕には鋭利な羆の爪が光っている。

“彼女”の懐に飛び込んだマルシェの左拳が閃く。

鈍い衝撃が跳ね返ってくる。

―効いてない。

もう感情を失ったはずの“彼女”の瞳が憎しみの色を帯びたように見えた。

「危ない」

マルシェの身体を抱えた愛が、両脚の力を爆発させた。
彼女”の左腕が二人の周りの空気を削り取っていく。

“彼女”が左腕を床に絡めとられている隙に脱出経路を見つけようとする二人だったが、消耗しつくした二人には叶いそうもなかった。
“彼女”から少しでも遠ざかるのが精一杯だった。

左腕を床から抜き取った“彼女”は、その先に輝く羆の爪を二人に向ける。

「無茶や」 マルシェの無謀を詰る愛。

「それはお互い様だね」 

冷然と答えるマルシェ。

「愛ちゃん一人なら逃げられるんじゃないか。 脳がオーバーヒートを起してるんなら、あたしの脳細胞を貸したっていいけど」

「そんなこと出来ん」

―まあそう言うだろうね。 “彼女”のあの爪は生体ロケット弾として機能する。 炸裂したら強酸性の体液が飛散するけど爆発の威力自体は大きくない、だったら…

自分が盾になろうとするマルシェだったが、愛も同じことを考えていた。
自分の身体を傍らにいる仲間よりも先に凶弾に晒そうとする二人に対して、遂に生体ロケット弾が発射された。
固く手を握り合う二人。

爆音、強酸で筋肉が焼ける音。

「えっ、暴発したの」

“彼女”の左腕が砕け散り、左半身を中心に強酸で焼け爛れていた。

「違う」

愛はその瞬間を見ていた。

「あいつの左手からは間違いなく、爪型のロケット弾が発射された。 でも…」

「でも?」

その瞬間に目を塞いでしまったマルシェが先を促がす。

「でも、跳ね返された。 何かに跳ね返されて左掌に戻っていった」

「えっ!」

両腕を仕えなくなった“彼女”だったが、あくまでも与えられた命令を果そうとしていた。
頭を下げ二人に向かって突進しようとした。

今度はマルシェも見た。
二人に向かって突進を開始した“彼女”がまるでそこにある見えない壁にぶつかったかのように、跳ね返されて倒れた瞬間を。
一瞬光が見えた。
その光はかつて何度もマルシェのことを救った人が帯びていた光に似ていた。まるで月のような。

「まさか、…」

痛みを感じない“彼女”は立ち上がり、自らの使命を妨害した何かを排除しようとしていた。
壊れた両腕で目の前の空間を攻撃する。
本来の力こそ失われたが、普通の人間が喰らえば昏倒するであろう強烈な攻撃が繰り出される度に、光が走った。
その度に“彼女”の腕はより無残に壊れていく。
そしてその腕から“彼女”の体液や体組織が飛び散ると、目の前の空間を染めていく。
まるでそこに目に見えない誰かがいるように。

「誰かいる」

愛が言うように、そこには誰かが居た。
その誰かはフード付きのジャケットを身につけていた。

はっきりと標的を視認した“彼女”は使命を果そうとするが、その牙は折れてしまっていた。
他ならぬ“彼女”自身の力によって。

まるで壊れたゼンマイ仕掛けの玩具のように効力のない攻撃を繰り出す“彼女”の首に腕が絡められた。

ゴキッ。

鈍い音と共に“彼女”の首が折れ曲がる。
躊躇いなく“彼女”の首をへし折ったフード付きジャケットの人物は、“彼女”の膝の裏に足刀蹴りを跳ばしてその巨躯を倒す。
“彼女”の傍らに立ったその人は、頭を踏み潰そうとする。

「やめて!!」

マルシェの悲痛な叫び声が走った。

「やめて。 マコでしょ。 あなたマコでしょ!」

その人はマルシェの懇願を顧みることなく自分の足で“彼女”の頭を蹂躙した。
頑強な“彼女”の肉体は最初の一二発の衝撃には踏みとどまったが、やがて耐え切れなくなったのかだんだんとその形は崩れていく。

「麻琴!!」

愛がもう戦闘でも虐殺でもないただの冒涜行為を止めるために走り寄った。
しかしフード付きジャケットに手が届こうとした瞬間、走りこんだ勢いのまま跳ね返されてしまう。
“彼女”の頭がもう原型を留めなくなってようやくその人は踏み潰すことを止めた。

自らの手で顔を隠していたフードを上げるとそこにあったのは…・

「麻琴」

愛とマルシェの口から同じ名前が紡ぎだされた。

「邪魔をして欲しくないな」

麻琴と呼ばれた女の声は冷たかった。

「マコ、あんた一体」

「マコ? ああ、そういえばそういう呼び方もあったんだっけな」

「麻琴」

そう呼んだ愛のことを指差した。 

「i914」と。

「マコッ。 愛ちゃんのことをそんな風に呼ぶなんて」

「愛ちゃん? 随分仲が良いんだね二人は。 あれっ何か違ってる?」

「麻琴。 何でそんなに酷いことをした」

愛は“彼女”への仕打ちを責める。

「酷い?。 何か勘違いをしてるんじゃないかな。 こいつはオバサンによって闇の傀儡人形として再生された。
もう人間じゃない。 というよりも生物でもない。 そんなこいつをどうしたって酷いなんていわれる筋合いはないね」

そう言った麻琴は再び足を振り上げて、“彼女”の残骸を踏みにじる。
その音に耳を塞ぐマルシェ。

「おったんか。 あの二人とやりあったあの場所におったんか」

仲間の不実を詰るような口ぶりの愛に対してあくまでも麻琴は冷たかった。

「ああ、いたさ。 “反射”のチカラで光や音を反射させて潜んでいた。 ついでにその時に…」

麻琴が一瞬言いよどむ。

「紺野あさ美の所持していた爆弾の起爆装置にも細工させてもらった」

自分が紺野あさ美と呼ばれたことに表情を硬くするマルシェ。

「で、でもそれは私たちのことを思ってくれたから。 マコが私たちを助けてくれたのよね」

願いのようなマルシェの声は麻琴の態度で跳ね返された。

「起爆装置に細工したのは、ドクターマルシェこと紺野あさ美の身柄を生きたまま抑えろという通達に従ったからなんだけどね」

その言葉の意味するところを理解したマルシェの顔が蒼ざめる。

「マコ、あんたまさか」

「ああ、そうさ。 私は今ダークネスの、保田さんの指示に従って動いている。 お前たちを襲ったこいつを処分したのも保田さんの意向によるものだ」

「麻琴。 何であんたが」

「マコはきっと何かそうしなければならない理由があるのよね」

愛とマルシェの問い掛けにを聞いた麻琴は哀しげな顔をした。

「そうなんだ。 私ダークネスに捕まって、改造されたんだ。
私の頭の中には超小型爆弾が埋め込まれて、耳の辺りには極小の聴覚チップもセットされているんだ。
そして、もしも私が裏切ったと判断されたら爆弾のスイッチが押されて私は木っ端微塵になるんだ……とでも言えば君たちは満足なのかな」

麻琴の豹変に言葉を失う二人。

「私は自分の意思でこっち側を選んだんだ。 あんたが背を向けたこっち側をね」

言い終わるとフードを被り二人に背を向ける。

「ま、今日は挨拶代わりということで」

「待てっ」

「待って」

異口同音に叫ぶ愛とマルシェを振り返ることなく麻琴は歩き去って行った。
硬い拒絶の足音を響かせながら。

                       ★

壊れかけの世界でそのビルだけは元の姿を保ち続けているように見える。
そこは「オバサン」と「ボク」が出逢った場所。
ドクターマルシェが里沙を伴い出奔したダークネスの拠点。
そしてMの本部だった場所。
形は保っているとはいえ、電力の供給は絶たれ真っ暗闇のビルの地下に明りが燈っている一角がある。
かつてはダークネスの情報センターだった部屋。
明りが燈っているとはいえ、それはごく一部で壁に設置された大型のディスプレイは何も映していない。
その前で椅子に腰掛け、スキットルから直接酒をあおる女が居た。

ジャリッ。

外観は保っているとはいえビル内には砂や瓦礫が入り込んでいる。
それを踏みしめる音がしたが女は見向きもしない。
やがて誰かが傍らに立った。

「保田さん」

そう呼びかけられてようやく女は近づいてきた人間に声をかけた。

「あら、小川。 昔の仲間との再会はもう終わったの」

保田の問いかけには答えずに、麻琴はジャケットから何かを取り出す。
ダークネスの構成員に供与される情報端末だ。
指先で操作してある画面を呼び出すと話し出す。

「保田さんから指示があった対象の処分は完了しました。
実際に私が手を下したのは合成獣化能力を有した女だけですが」

もう一人の女は?という保田の質問に対して麻琴は…。

「パペットコマンダーは自らのチカラで傀儡人形にした合成獣化能力者の手によって果てました」

「上出来よ。 肩慣らしとしてはまずまずの相手だったでしょう」

「問題ありませんでした。 しかし当初処分対象として登録されていた女が一名、除外されているのですがこれは一体」

「彼女ならいいのよ。 この拠点の襲撃には関わってなかったようだしね。 私を手伝ってもらうことにしたから」

ですが、と言いよどんだ麻琴の様子を保田は見逃さなかった。

「小川、あんた何か言いたいことがあるの?」

「疑問に思ったことはあります。 ですが私ごときが保田さんのすることに口を挟むなんて」

麻琴の返事を聞いた保田は嬉しそうに顔を綻ばせた。

「小川、あんたは考え違いをしてるわ。 あんたには睡眠学習を通して膨大な情報を与えてあるけど、それはあくまで単なる情報に過ぎない。
自分の中に生まれた疑問を解き明かそうとする努力があんたを成長させる。 それに私にはただ従順なだけの部下なんて必要ない」

私に必要なのは仲間なのよという保田の言葉には麻琴も感激した様子を見せる。

「尋ねなさい。 あんたの疑問に思ったことは何でもこの私に尋ねなさい。 私の答えられることなら何でも答えてあげるから」

でも答えるわけにいかないと判断した時には答えないけどねと言う保田に対して麻琴は疑問を口にした。

「何故あの二人を始末させたのですか。 今さらあの二人を始末したところでこの世界の崩壊に歯止めはかけられないのではないでしょうか」

「確かにね。 でもね小川。 この世界は私にとってははじまりの場所。 
私がこれからやろうとすることの前にはじまりの場所を汚した連中をそのままにしておくことは出来なかった。 こんな答えじゃどうかしら」

「保田さんは何をしようとしてるのですか」

そのためにはC3細胞のような非人道的な研究が必要なのですかという問い掛けをした時は流石に麻琴も震えていた。

「もしも神という存在が現実のものだとして。 その神に私たちの生きる世界はまやかしの偽物でもう終わってしまうと告げられたらあんたはどうする」

保田の言葉の唐突さに言葉を失う麻琴。

「大人しく受け容れてこれまでと変わらない暮らしを送るか。 それとも終末までの刹那を享楽的に生きていくか。 私はどちらも真っ平御免ね。 私は抗ってやる」

「ですがもしも神が万能の存在ならば、保田さん抵抗も想定済ではないですか。 保田さんも神の掌の上で踊らされているに過ぎないのでは」

「言うわね、小川。 確かにそうかもしれない。 全ては神の掌の上で起きた出来事に過ぎなかったとしても、私は抗うわ」

力強い保田の視線を眩しそうに見つめていると、なおも保田は話しかけてくる。

「ねえ小川。 もしもC3細胞の実態にあんたが嫌悪感を抱いたなら。 それを作り出した私のことを軽蔑するなら、私の元を去っていいのよ、だって」

自分と行動を共にすれば、もっと卑劣で外道なものを目にする筈だから、と告げる保田の言葉を聞き終えると麻琴は跪いた。

「私はダークネスに対して忠誠を誓った身です。 いや私が忠誠を捧げるのは保田さんだけです」

「頼もしいわね」

保田が穏やかな笑いを浮かべる。

「ダークネスを裏切った紺野あさ美や新垣里沙。 そしてi914を発見しました。 もし命令を下されば直ちに…」

始末しますという麻琴の声は保田によって遮られた。

「いいのよ。 この世界におけるダークネスはもう崩壊した。 ドクターマルシェを対象とする拘束命令も失効している。
それに私には彼女、紺野あさ美に対して負い目があるしね」

負い目とは何ですかという言葉は呑み込んだ。
それ以上は自分が踏み込んではいけない領域のような気がしたからだ。

「では次の命令を」

「実は圭織のことを助けてあげて欲しいんだけどね。 でもその前に」

声を潜めると麻琴に顔を近づけるように言った。
緊張しながら顔を近づけてきた麻琴の耳元に口を寄せると何か呟いた。

「…分……パ………、真…恵里……」

                       ★


「クラスター型のナノマシン?」

聞き慣れない言葉に愛は戸惑った様子を見せた。
二人は里沙のいる場所に戻っていた。
二人の前にはマルシェが世話をしていたラットのケージが有った。
元気に動き回る小動物たちの中で、一匹だけグッタリとしている。
その一匹を取り出すと掌に乗せて身体を撫でるマルシェ。

「そう変異型の組織のみに集中攻撃を加える医療用のナノマシン。 これならC3細胞を根絶できる」

「だったら、早くそれを里沙ちゃんに。 そうしたら里沙ちゃんもそっちのラットみたいに元気に」

「違うんだ、愛ちゃん。 確かに全てのラットには里沙ちゃんの身体から抽出したC3細胞を投与した。 でもクラスター型のナノマシンを使用したのは今私の掌の上にいるこの子だけなんだよ」

愛はマルシェの言っていることが理解できなかった。

「C3細胞と宿主との結びつきは極めて強い。 だからC3細胞を攻撃して根絶すれば宿主本来の健康な細胞にもダメージを与えることになる」

「じゃあもしも里沙ちゃんにナノマシンを使えば…」

「ああ。 里沙ちゃんの体内のC3細胞も根絶すると同時に、里沙ちゃんも…」

マルシェの掌の上でラットはピクリとも動かなくなった。

「何か、いい手はないんか」

「一つ考え付いたプランがある」

何それと勢い込む愛。

「里沙ちゃんの体内でナノマシンを起動させるのと並行して高レベルの治癒能力者に能力を発動してもらう。
C3細胞を根絶する過程で傷ついた里沙ちゃんの正常な細胞に成長の異常亢進を起してもらう。 そうすればあるいは」

「じゃあ早く治癒能力者を探さなければ」

「この世界に異変が起こる直前の時点でダークネスが情報を掌握していた最高レベルの治癒能力者はリゾナンターの道重さゆみだった。
逃亡の旅を続けながら彼女とコンタクトを取ろうとしたけど叶わなかった。 彼女もまたこの世界を救うために何処かで戦っているんだと思う」

じゃあ自分がさゆを探すという愛の申し出をマルシェは断る。
一つ気掛かりなことが有るという。

「旧Mが作成したの能力判定指標によれば異変以前の道重さゆみの能力レベルは5。 足りないんだ。
最高のレベル7の治癒能力者でなければ、クラスター型ナノマシンによる細胞の損傷を治癒出来ないんだ」

異変を経て道重さゆみの能力レベルが上昇している可能性もあるが、確証は無い。
そんな不透明な状況でこれ以上愛を消耗させるわけにはいかないと話すマルシェの顔は曇っていた。

「あーしは知ってるよ。 レベル7の治癒能力者を。 その人は今あーしの目の前におる」

「ダメなんだ。 現在の私は能力者ではない。 ダークネスの研究部門に身を投じると決めた瞬間から私から癒しの光は失われた。 私には里沙ちゃんを救うことは出来ないんだ」

みんな変わっていく。 自分も愛も里沙も、そして麻琴も。と寂しそうに笑うマルシェを抱きしめる愛。

「ちょっと愛ちゃん」

「確かに変わっていくものもある。 でも変わらないこともある。 それは私たちが仲間として共有した時間。 それだけは絶対に変わらない」

「ああ、そうかもしれない。 いや、きっとそうなんだろう」


「迷わずに帰れるのかい」

「多分。 っていうかまだ旅の途中やし」

「そうだったね。 並列する世界か。 行ってみたい気もするけどね。 科学者の端くれとして」

でも、今の私にはすることがある。というマルシェ。

「里沙ちゃんを絶対に元の体に戻す。 悪の天才科学者と呼ばれたこの頭脳を駆使して絶対にね」

黙って拳を突き出す愛。 マルシェも呼応して突き出した拳と拳が突き合される。
やがて愛の身体が光の粒子となって…。

「行っちゃったね」

傍らで瓦礫にもたれかかるようにしていた里沙に話しかけるマルシェ。

「私は里沙ちゃんがひょっとしたら自分の意志を失ってるんじゃないかと不安になったことがある。 でもちゃんと里沙ちゃんは里沙ちゃんで私のことを見守ってくれているんだ」

だから、と言葉を続けようとした時、何かが落ちる音がした。

「あひゃー」

「ちょっと愛ちゃん、どうしたの」

「いやつい忘れるところだった。 さっき里沙ちゃんと二人して話してたときのことなんやけど」

マルシェに筋弛緩剤を打たれた愛が、精神系の能力を通して里沙と心の疎通を図った時のことを話す。

「あーし、いくつもの世界を旅して、何人もの里沙ちゃんと出会ってきた。 裏切りの罪を償う為に離れた仲間を一人見守る新垣里沙。
自分のマンションの部屋を滅茶苦茶にされてリゾナンターに嫌気が指している新垣里沙。 先輩の霊に憑かれた新垣里沙」

閉ざされていた里沙の目が開く。 まるで言うなとでも言いたげだ。

「そうしたら里沙ちゃん、自分は何処の世界でも散々な目に遭う運命にあるんだねって言ったんだけど、自分はマシな方かなって言ってた」

マルシェの顔に戸惑いの色が見える。

「あさ美ちゃんが一緒にいてくれた。 あさ美ちゃんと一緒に旅ができたんだから自分は幸せな方なのかもって」

マルシェは里沙の瞳を覗きこんだ。
瞳を通して里沙と話そうとでもするように。

「とても温かいんだって。 あさ美ちゃんの心が。 時折感じられるあさ美ちゃんの心はとっても温かいんだって」

言いたいことだけを言うと愛は再びチカラを発動した。
旅を続ける為に。


―愛ちゃん、あんたって人は嵐みたいな人だよ。

突然現れたかと思うと、引っかきまわすだけ引っかきまわして消えてった。
根本的な問題は解決していないが、心の中に巣食っていた押し潰されていくような絶望感は何処かに行ってしまった。
昨日までとは違う感覚が自分の中にある気がする。

―もしかして、今なら。

ぴくりともしないラットに思いを注ぐ。
ダークネスに身を投じてからの数年間、封印してきた感情。
生物の持つ自己治癒能力を増幅させるチカラ。

―ふっ。当たり前だね。
そんなに都合よく行くはずないね。

何の変化もないラットを目にして乾いた感情を抱えるマルシェ。

―私の抱える闇の暗さ、業の深さは私が一番知っている。
誰かを癒すなんて、私には到底…。

この子はどこかに葬ってあげよう。
でも里沙ちゃんには見せたくないな。
とりあえず戻したケージを車に積む為にマルシェはその場を離れた。
後に残された里沙が力強く瞬きをした。
空には月が輝いている。
すべては厳かな月の光の下で。

                            ★

夜空を飛ぶステルス型戦闘機。
光学迷彩モードが解除され、月光を漆黒の翼に浴びている。
操縦席には一人の女。
その顔には何の感情も宿していない。
コンソールが点灯する。
通信データが送られてきたことを示している。
計器を操作して、ディスプレイに表示した。

誰もいない後部座席に突然人影が現れた。
現れたのは若い女性。
機を操っている女性と同じくらいの年齢に見える。
現れた女性は操縦席の女性に何か話しかけるが、反応は返ってこない。
動力機関の喧騒の所為だと考えたのか、口を大きく開けて声を張り上げるが相変わらず無反応だ。
業を煮やしたのか、掌で操縦席にいる女の頭を叩こうとする。

「…状況を考えろ、愚か者。 お前などと心中するなどゴメンだ」

操縦席の女性は計器を操作すると機内の騒音をカットした。

「だから、ただいまって何度も言ってるし」

乗り込んできた女性は心外そうな顔をした。

「このジェットストライカーがいつお前の家になった」

「寂しかったんやろ。 あーしの顔が見れて嬉しいやろ」

操縦士の顔に浮かぶ冷笑。

「いやに嬉しそうじゃないか」

「わかるぅ。 聞きたい? 聞きたいやろ?」

「必要ない」

「またぁ。 無理して」

操縦席にいた「A」は瞬間移動の力で自機に乗り込んできた高橋愛に言ったが、言われた愛は「A」の拒絶もお構いなしに話し出す。

「……それでね、私がそのことを言ってあげたらあさ美ちゃんの頬が染まったんよ。
それは夜やから色ははっきりと見えんかったけど、きっと真っ赤になってたと思うよ。 でね、でね…」

「お前が何故そんなに嬉しそうなんだ?」

愛が昔の仲間だと思ってる3人。
紺野あさ美、新垣里沙、小川麻琴は本当に愛が同じ時間を共有した仲間だと言い切れるのかと指摘する「A」
錯綜する並行世界ですれ違っただけの存在ではないのかと。

「関係ない。 たとえ世界が違っても、たとえ時間の隔たりがあっても変わらないものがある」

「だが、小川麻琴はお前に敵意を示したのだろう」

愛は声を落とす。

「それはそうやけど、でも麻琴も私の大事な仲間なことに変りはない。 もし私に向かってきたとしても…」

取り戻すという決意は口には出さず胸に秘めた。
一方的な会話が途絶えると、愛はコックピットの中を触りだす。

「おい、お前。 何をしてる」

「いや映画はどうやったら見れるのかと」

「この機にはそんな機能は設定されていない」

「じゃあ機内食は」

「この機は旅客機ではない」

「A」の素っ気ない返答に失望を隠せない愛だったが、すぐに悪魔のような笑いを浮かべる。

「じゃあ、じゃあ、次の世界に到着するまで思う存分、いっぱいいっぱいあーしの話を聞いてもらうやよぉぉ」

「…失せろ」

「あひゃぁぁぁぁっ」

「A」は愛の乗っている座席を強制射出した。
圧縮空気によって時速120キロで打ち出された座席が垂直に上昇するのを見届けると、ステルス機能を作動させて機の姿を消す。
射出された座席が既定の高度に達し、パラシュートが作動したことを視認すると全速力で空域から遠ざかる。

【学習】 感情 “ウザい” 完了

邪魔者を排除した「A」は、情報ディスプレイを視認した。

―ルートが変わった
それも存在しない世界
世界の破壊者を存在しない世界に送り込んで何をさせようというのだ、あのお方は

特務機関 “刃千史” 緑炎執行人 銭琳 コードネーム “地獄の業火” 


【次回予告】
風に吹かれて愛が辿り着いたのは広大な原野が広がる世界。
愛を世界の破壊者として捕まえようとしたのは

「リンリンマン参上! 悪い奴はチョチョイのチョイでサヨナラね!」

モーニング戦隊リゾナンターR 第16話「リンリンマン参上」 正義の炎で闇を照らせ!



                                ←back




最終更新:2011年02月19日 00:21